夏の庭と火回りの華
あるところに、ある王国がありました。
暑くもなく寒くもなくとても過ごしやすい国です。けれどわたしたちの国と同じような四季がありました。夏は暑く、冬は寒い季節です。それでも暑い日は水遊びができますし、寒い日は雪遊びができるので、みんなどの季節も大好きでした。
お城の庭はとても広く、四つの庭に分かれています。それぞれ春・夏・秋・冬の花が咲くように四人の庭師が毎日手入れをしています。花の手入れはとても大切な仕事です。お城の四季の庭に咲く花たちが季節を整えてくれるのです。
夏の庭には火回りの華が咲きます。
王様の背丈ほどもある長い茎のてっぺんに、王様の顔ほどもある大きな花が咲きます。その花びらは炎でできていて、めらめらと燃えながらぐるぐると風車のように回るのです。
火回りの華が夏の庭一面に咲き誇る様はそれはそれは美しいものです。ぎらぎらと輝くお日さまとぐるぐる回る火回りの華。
ある日、お妃さまが庭を散歩されている時に、うっかり火回りの華に触れてしまわれました。さいわい花びらの炎の端がわずかにかすめただけで火傷にならずにすみました。けれどもお妃さまは大層お怒りになられて、「この花を切っておしまい」と命令されました。
庭師は「火回りの華を切ってしまったら、夏が暑くなくなってしまいます」と反対しましたが、お妃さまは「私は暑いのは嫌いです。汗をかくと何度も水浴びをして着替えなければならないからです」といいました。
夏が暑いのは昔から決まっていることです。それに何度も水浴びをするのもとても気持ちのいいものです。
けれども庭師はお城に仕えているものですから、お妃さまの命令は絶対です。
「わかりました。それでは火回りの華を切ってしまいましょう。ところで、その切った花はどちらに捨てればいいですか?」
庭師の言葉に、お妃さまはうるさそうにお手を振られながら「国外れの湖にでも捨てておしまい」とこたえました。
お妃さまに触れてしまった火回りの華の前で、庭師は泣きながら手を合わせました。
「ごめんよ。命令なんだ。今まできれいに燃えてくれてありがとう」
そうして、ちょきんとはさみで切りました。
それから切り取った火回りの華を手押し車に乗せて、国外れの湖に連れて行きました。
湖には遠くの山々から流れてきた冷たい雪解け水がきらきらと光り輝いておりました。庭師は火回りの華を湖面にそっと浮かべて「さようなら」といいました。
火回りの華の花びらは湖の上でも赤々と燃えながら沖へと流れていきました。
夏の庭の火回りの華はひとつ少なくなってしまいました。
けれども残されたたくさんの火回りの華は今日も元気に燃えています。庭師はせめて今咲いている火回りの華を大切にしようと心に決めました。
毎日お水もあげました。お城で使っているお水は国外れの湖から流れてる川の水を引いたものです。庭師は夏の庭に水を撒くたびに今も湖に浮いているだろう火回りの華を懐かしく思うのでした。
お妃さまが散歩にいらっしゃいました。
「のどが渇いたわ。冷たいお水をちょうだい」
庭師は、お妃さま専用の杯にきれいなお水をくんできてさしあげました。
「ぬるいじゃないの。くみたてのお水にしてちょうだい」
「お妃さま。それはたった今くんできたお水です」
「火回りの華がこんなに咲いているからぬるくなってしまったのね。こんな花、切っておしまい」
庭師はまたもや泣きながら火回りの華を切りました。
一輪一輪に謝りながら切りました。
そして、国外れの湖に運ぶと、初めに切った火回りの華がひとつ、湖面に浮いていました。湖がほんのり温かいような気がしました。
「ああ。まだ燃えていたんだね。これからは仲間と一緒だからさびしくないよ」
庭師は一輪ずつ静かに湖面に浮かべました。
湖は火回りの華でいっぱいになりました。
夏の庭にはもうなにも咲いていません。
庭師は毎日泣いて過ごしました。火回りの華のお手入れは暑いし火傷を負うこともありましたが、庭師はいやだと思ったことは一度たりともありませんでした。
身の引き締まるような凛とした冬の庭も好きです。ほかほかとやわらかな春の庭も好きです。物静かで落ち着きのある秋の庭も好きです。どの庭もすてきなのですが、それぞれの庭にも庭師がいて、みんな自分の庭がもっとも好きなのです。
もちろん、夏の庭の庭師は元気いっぱいの火回りの華が咲くこの庭が大好きでした。
今も国外れの湖で燃えている火回りの華たちを懐かしんで、なにも咲いていない庭に小さな川をひきました。湖から流れる川から水をひいたのです。夏の庭に新しくできた川の水は冬でもお湯のように温かく、その水に手を浸すたびに庭師は涙を流すのでした。
「火回りの華がまだ燃えているから水が温かいのだなぁ」と思うのでした。
お妃さまが夏の庭にやってきました。
「夏の庭にあった火回りの華はどうしたの?」
「お妃さまのご命令通り、すべて国外れの湖に捨ててまいりました」
「それならばどうしてこの庭はまだ暑いのかしら」
庭師はきっと湖から流れる水が温かいせいだろう、火回りの華はここに咲いていなくても夏の庭での仕事を忘れていないのだと思いましたが、そのことはいわずにいました。火回りの華を追い出したお妃さまにはいいたくなかったのです。
かわりに、早く夏の庭から去ってほしくてこんなふうにいいました。
「暑いのがおいやなら、ほかの季節の庭に行かれたらいかがでしょう」
けれどもお妃さまは困ったように首をかしげるばかりです。
「それがほかの庭も暑いのですよ」
なんでも水撒きの水が冬でもお湯のように温かく、花が咲かないのだそうです。湖から流れてくる川の水で育てているからにちがいありません。
冬の庭では雪の華は綿毛が細かい氷の粒になっていて、風が吹くとそれが空に舞ってゆきになるのですが、近頃は綿毛が小さくて風に飛ばされないそうです。秋の華は実をつけなくなり、春の華も蕾が開く前に枯れてしまうので虫も鳥も春の庭に訪れなくなってしまったそうです。
「お妃さま」
庭師は思い切って声をかけました。
仕えている身でありながら自分からお妃さまに声をかけるなどしたら首をはねられるかもしれません。庭師が火回りの華をはさみでちょきんと切ったように。
けれども庭師はそれでもいわずにはいられませんでした。
「国外れの湖から火回りの華を連れて帰ってきてもよろしいでしょうか?」
「なにをいうのやら。そんなことをしたらますます暑くなるじゃありませんか」
「それでいいのです。もともとは火回りの華を湖に捨てたことが間違いだったのです」
火回りの華を国外れの湖からお城へと連れて帰ってきても、すべて枯れてしまいました。一度切られた花は元にはもどりません。
けれども庭師はその枯れた花から種を取り、また初めから育てました。
やがて芽が出て、茎が伸び、火回りの華が赤々と燃え上がる頃には、国外れの湖はまた冷たくなってきました。そこから流れる川の水もひんやりと冷たくなりました。
そしてお城の四季の庭に撒くお水もまたかつての役目を果たせるようになりました。雪の華は細かい氷の粒の綿毛を風に飛ばし、秋の華は実をつけ、春の華には虫や鳥が遊びに来ます。
お妃さまは庭師の首をはねたりはしませんでした。
夏の庭に散歩に来たお妃さまはいいました。
「ここはいつ来ても暑いわねぇ」
庭師はお妃さまにうやうやしく杯を差し出しながらいいました。
「はい。だってここは夏の庭なのですから」
お妃さまは優しく微笑んで、冷たいお水をぐいっと飲み干しました。
そんなお妃さまのまわりでは、火回りの華たちがめらめらと燃えながらぐるぐると風車のように回っておりました。
*おしまい*