転生して勝ち組になったけれど
ラストです。さっくりいきます。
貰ったお土産が微妙なものだったとか、手伝ってもらったはいいけれど結局使い物にならずもう一度自分でやる羽目になったりだとか、親切の押し売りも大概にしてくれという表現で、ありがた迷惑という言葉がある。
流石にこれは予想外だと、目の前で跪く騎士を前にユーリリアは天を仰いだ。ソーラサス王国における公爵家と王家の血筋に関わる彼是は認識しているつもりだったが、まさかこういう結末で決着を付けるとは誰も思うまい。ゲームシナリオには特定の攻略キャラのエンドを迎えた際に、その他の攻略対象の行く末が語られてはいなかったが、このような結末を迎えるとは流石に予想出来ないはずだ。現実的にもあり得ない。
「永遠の忠誠を我が姫に」
恭しくユーリリアの手の甲に口付ける馬鹿王子ことフロヴァル元王子を呆然と見やる。そう、頭を垂れる彼は“元”王子なのだ。
プレナテス学園を卒業後、ユーリリアはハイルークの婚約者として月の国での生活が始まった。仮に恋人同士であっても正嫡であるハイルークの婚約者が王族でもない他国の公爵令嬢では不相応と捉えられるが、そこはソーラサス王国の現状を考えれば、現王家の姫よりもユーリリアの方が余程価値がある。二人の婚約は議会でも満場一致で認められ、円満に婚約を結ぶことが出来た。これが主人公だったらと思うと、本人の強い意志があったとしてもさぞかし紛糾した事だろう。王族といっても小さな島国の姫では、六大国に於ける地方領主程度としか認識されないからだ。現に、能力だけは非常に高いものの序列で考えれば王家の末端に位置する双子王子だが、彼らの結婚相手としてヒロインでは身分不相応と緑の国は判断しているらしく、日夜言い争いが続いているそうだ。ゲーム中でもヒロインは必ず王子達の取り巻きに苛められる場面があって、その当時一国の姫相手に随分と上から目線だと思ったものだが、これほど国力の差があれば然もありなんと納得出来る。世界で一番大きいとされる島国ですら、ソーラサス王国における子爵領の大きさしか程度しかないのだから。
ヒロインよ。せめて相手がこの馬鹿王子であったなら、諸手を挙げて全力で後押ししたものをよりにもよって双子エンドとは……。全キャラに共通する結婚式プロローグの裏側では、こんな苦労があったのかと泣けてくる。
そんな噂を聞きつつ、花嫁修行に勤しんでいたユーリリアの元へやって来たのが、この馬鹿元王子だ。詳しく話を聞けば聞くほど信じ難いのだが、あり得ないと一蹴するには情報が足りなさすぎる。それもあってやきもきしていると、遅れて情報を聞きつけたらしいハイルークが息急き切ってやってきた。
「ユーリィ、聞いてくれ。たった今、君の兄上が次期国王に指名されたと通達があった。それに合わせてフロルも……フロル!」
「ご無沙汰しています、ハイルーク殿下。たった今、我が姫に詳しく説明していたところです」
「その様子では本気なのか?」
「ええ。私よりリーディウス殿の方が遥かに国王に向いていらっしゃるので」
リーディウスとはユーリリアの兄の名前だ。そう、現国王は自分の息子であるフロヴァルを押し退けてリーディウスを次期国王に指名した。それに伴って、王統を正すという名目の元公爵夫妻の子供達全員を王族に格上げしたのである。つまりこの時をもってユーリリアは正真正銘の“姫”になったのだ。逆にフロヴァルは王族から外され臣下に降り、どうしてこうなったのかユーリリアの騎士となったらしい。元婚約者候補かつ元王子がユーリリアの騎士になるなど、周りに誤解の種を撒き散らしているようなものだ。これでハイルークから不貞の疑惑でも向けられようものならば目も当てられない。本気で要らないのだが今からでも熨斗をつけて返品出来ないだろうか。
「ハイル様……」
「ユーリィ。すまない」
言いたいことは察してくれたようだが、静かに首を横に振られた。そこはどうやら政治的な理由が色々とあるようで、つまりは返品不可らしい。
「安心してよ。ユーリィの事はちゃんと守るから」
「結構よ!」
馬鹿元王子との縁は如何あっても切れないようだ。幸せを掴んだ筈なのに、完璧に幸せと言えないこの状況が辛い。一体どこで間違えたのか、それともゲーム補正に抗いきれなかったのか。
転生してもやっぱり人生ままならないものだ。
~その舞台裏3~
「ユーリィには可哀相なことをしちゃったかなぁ」
代々王太子に与えられるという銀冠を弄びながら、今頃驚いているであろう妹へと想いを馳せる。あれだけ兄様兄様、とリーディウスの陰に隠れていた5つ年下の妹であるユーリリアは、ある日を境に懐かなくなった。それが面白くなくて、妹を奪い取った従弟には腹いせとしてユーリリアの嫌いなものを教えてやったが、その効果はこちらが驚くほど上手く発揮した。流石にやり過ぎたかなと幼心に反省したものだが、あれ以来再び妹が彼の手元に戻ってきたので後悔はしていない。誰が英雄への憧れを拗らせた従弟になど妹をやるものか。
フルール大陸では六大国の初代王がそれぞれ信仰されている。神話に対する真偽の程は分からないが、大陸の守護者というのは強ち嘘ではないのかもしれない。実際、現王が玉座に即いてから農地の収穫量は減少し、小規模な災害が時折起きている。だが、ソレイユ公爵領では例年豊作で、災害被害も一切ない。そういった事実が現王への不満に繋がるのだろう。その不満もユーリリアがフロヴァルに嫁ぐことで解消されるはずだったが、ユーリリアが選んだのは月の国の王太子だった。あれでユーリリアに対する変な執着がなければ従弟は優秀で、父親と同じく面倒を嫌うリーディウスは彼に王位を押しつける気だったのだが、現王に先手を打たれてしまい、銀冠はリーディウスへと巡ってきた。甘かったなと父親に鼻で嗤われたことは腹立たしかったが、自分と母親は王位から逃れているあたりが抜け目ない。自分の未熟さに打ちひしがれるも、こうなったら宰相として散々こき使ってやろうと決心したのは秘密だ。
ついでとばかりに弟妹達にも王位を押しつけたまでは良かったが、従弟のことを忘れていたのは完全に彼の落ち度だ。というよりも、仮にも国の頂点に在った者が降格といえども爵位すら蹴り飛ばして、一介の騎士になるなんて普通誰も思わないだろう。従弟は根回しも既にしていたらしく、騎士の称号を得るや否や、月の国へと旅立ってしまった。極少数ではあるが未だフロヴァルを支持する輩もいるので、これ幸いと面倒がなくなったことを喜ぶべきなのだろうが、厄介事を妹に押しつけたようにも思えてなんとも複雑だ。
「まぁ義弟くんがいるから大丈夫だと思うけど。二人ともごめんね」
あれだけ蛇蝎の如く嫌っているから、今更妹が従弟とどうにかなるとも思えない。義弟の方も、従弟とは友人で誠実そうな男だから心配はないだろうが、周囲の心情を慮ると妹があまりにも不憫だ。
リーディウスは大きく嘆息すると、筆を置いて立ち上がった。
☆解説&その後☆
●ユーリリア・ソレイユ(ルナフォリア)
ソレイユ公爵家長女。初代太陽王と同じ、朱金色の髪に空色の瞳を持つ。7歳の時に記憶を取り戻して以来、大人しい性格からアグレッシブな性格へと移行した。お淑やかな外見とは裏腹に割と物事をはっきり言うタイプ。あらゆる知識を使ってハイルークを堕としにかかり、見事釣り上げた。スレンダーな体格がコンプレックス。後に王妃となりハイルークとの間に二男二女を設けた。閉鎖的になりがちな月の国で、積極的に外の文化を取り入れたとされている。
●フロヴァル・ソーラサス(クレセント)
元ソーラサス王国の王子。ゲーム中では金髪碧眼の正統派王子として描かれているが、実際は英雄への憧れを拗らせたまま成長してしまった残念な人。努力の甲斐あってか文武両道で政治にも明るいが、その根底にはユーリリアを守りたいという純粋な想いがあった。リーディウス曰く、恋ではなく一種の崇拝を抱いていた模様。押しかける形でユーリリアの騎士に収まり、生涯に亘って仕え続けた。ユーリリアが長男を産んだ直後にハイルークの乳兄弟で侍女として仕えていた娘と結婚し、夫婦で王太子夫妻を支えた。
●ハイルーク・ルナフォリア
月の国ルナフォリアの王子。短いざんばらな銀髪に濃い藍色の瞳を持つ。ゲーム中ではフロヴァルと双璧をなす存在として描かれている。武芸に秀でている。少し掠れた、耳に心地良い低音の声の持ち主で、ユーリリア曰くお色気ヴォイス。フロヴァルとは同年且つ同じ立場ということで交友関係を結んでいた。その彼からユーリリアのことは散々聞かされていたため、初対面時にこの子が例の…となった。最初の出会い以降もちょくちょくユーリリアのお呼び出し場面に遭遇しており、その都度庇っているうちに少しずつ言葉を交わすようになる。女性は苦手だが、沈黙が苦にならないユーリリアと過ごす時間は楽しかった。ある時、危険な目に合ったところを間一髪で助けてからユーリリアへの想いをはっきりと自覚し、その場で衝動のまま口付けて告白。口下手な代わりに態度で示すので、普段はユーリリアに振り回されているようだが実は振り回している。ユーリリアが自分の声に弱いと知ってからは、わざと耳元で囁いてからかうこともある。
寡黙な質で、王となってからもあまり発言をせず、多くの采配を臣下に任せた。ともすれば傀儡政権になってしまいがちだが、その代わりに王妃が積極的に政治へ参加することで上手くバランスを保った。強かな王妃を唯一手玉で転がせる人物として、それなりに尊敬されていた模様。
●ホノカ・ライドウ
ヒロイン。火の国と地の国の間にある小さな島国の第二王女。柔らかな栗色の髪に灰色の目をした、見た目小動物を思い出させるような少女。ゲーム中では成績によって攻略対象が変わるのだが、本作中では下の中といったところで、上級クラスに属するフロヴァルやハイルークなどとはあまり接点がなかった。外見に反して強い意志を持ち、権力に媚びることを良しとしない性格をしている。国民と近い生活を送っているせいか人懐っこく、自ら動くことを苦にしない。その態度に火、水、木の国の王子が次々に陥落されたが、最終的には木の国の双子王子と恋人になった。その後、双子に乞われるまま木の国へとやってきたが王夫妻や臣下らの反発を呼んだが、根気強く説得を重ねるうちに少しずつ賛成を得ていった。が、あと少しというところで在学中に月の国の王太子妃の不興を買ったという噂が広まり、体裁が悪いとして婚姻は認められず、自国では縁を切られ行く当てもなくなった。結局双子の好意に甘えるまま一生を内縁の妻として過ごした。
●紅蓮・マズール
火の国の王子。当初はヒロインの取り巻きだったが、言いなりにならない主人公に惚れこんで今度は主人公を追いかけるようになった。その過程で甘ったれな俺様気質を矯正され、国に帰ってからは、兄である王の補佐となり活躍した。
●レヴィニア・アクアネス
水の国の王子。ヒロインに振られて傷心の旅に出た。後に小説家となり数々の名作を残す。
●ファビアン・ジュプラル、フェビアン・ジュプラル
木の国の双子王子。魔術の才が突出している反面、興味のないことに対しては全く食指を動かさない。二人で完結していた世界にヒロインが入り込んでからは三人の世界になった。ゲーム中一番扱いが面倒とされている。子供のまま大人になったような性格で、国の上層部は彼らの扱いに手を焼いている。ヒロインを側に置いておくために自国の伯爵令嬢と名ばかりの婚姻を結んだ。子供は一人も作らなかった。
●アーデル・ラヒム=ウェヌシス
金の国の王子。褐色の肌に金の瞳を持つ偉丈夫。何十もの兄弟達と生存競争を繰り広げてきただけあって非常に有能な人物。既に何人もの側妃を娶っている。後に国王となったが主人公とは良き友人であり続けた。
以上、長々とお付き合いくださりありがとうございました。