ポッキーとプリッツの火
「お目に掛かれて光栄です! 殿下のお噂は我らのもとでもかねがね」
「……そうか」
日に焼けた黒い肌、南方訛りの敬語でおべっかを言う男を押し退け式場全体を静かに見渡す。
豪奢なシャンデリアの灯す白い輝き。赤い絨毯と高価な調度品に溢れた空間の中に……目的である彼女の後ろ姿は見る事が出来ない。
「ッ」
焦りと緊張が胸中を占めまるで羽虫のような群がってくる連中を追い返し、ひたすらズンズンと進んで行く。
「ポッキー様」
「……」
明るい声音に、粘着質を含む高い声で呼ばれ俺は足を止める。
「つぶイチゴ」
「はい」
今は一番相手をしたくなかった女。自身の従姉妹である彼女は自前の赤い髪に合わせたピンクのドレススカートを揺らして、男を誘う整えられたら笑みを浮かべ俺を見ていた。
「お探ししていたんですよ? よければ私とご一緒に一曲」
「悪いがお前に構ってるヒマはない」
つぶイチゴは話し始めると会話が長い。
シナをつくり追い縋ってくる手付きを全てかわすと、俺は会場をもう一度見渡すとアイツの姿を探す。
来ているはずなのに見つけられない姿。焦りだす俺の心をあざ笑うようにつぶイチゴの言葉は続く。
「あの女、プリッツですよね。お探しなのは」
「っ!」
つきまとう指先は止め代わりに追い縋ってくる漏れた呟き。驚きに見返る俺を迎えたのは勝ち誇る笑みと、赤く昂揚させたつぶイチゴの頬。
形のよい唇が曲がり信じられない言葉がその口をついて外に出る。
「あの女なら帰りましたよ? たかが塩菓子の分際でこの晩餐会に紛れ込んでいましたので……私少し注意をしてあげましたの、そうしたらあの子ったら顔を真っ赤にして走り出してしまい、ふふふ実に滑稽でしたわポッキー様にも見せて差し上げたかったくらい」
「……お前」
「はい?」
終始誇らしげにすら語るつぶイチゴとは反対に自分の告げた言葉が思ったより低く、そして冷たく変わっていくのを確信した。……アイツの事を貶めて笑うその口を、細めた瞳を歪めて見下しているその顔を……全て、殴りつけてやりたい欲求が湧き上がってくるが……今俺がすべき事はそんな事じゃない。
「失礼する」
「え。ポ、ポッキー様?」
会話を切り上げ走り出す。今は一刻も早くアイツのそばに。
脳裏に浮かぶプリッツの笑顔が少しでも曇ると考えただけで俺の胸は締め付けるような痛みを訴え続けていた。
―――――――――。
会場を抜け、黒い夜道をひたすらに走る。楽団の奏でる明るい舞踏曲は遠くなり、白い月明かりだけが示してくれる薄暗い道。
……昔も、こんな事があったと微かな記憶が頭を過ぎる。目的の場所は『あの時』と変わらず大きな木の根本。探し続けた小さな後ろ姿が見えた時、押し殺す泣き声が風に混じって聞こえてくる。
――ウっ――ク―
「……プリッツ」
「っ」
我慢出来ず後ろから声を掛けると、アイツは驚きに顔を上げ、その拍子に瞳から透明な涙が溢れ零れる。
「ぽ、ポッキー様?」
気付かれてないとでも思うのか、プリッツは急いで目元を拭うと見るのも辛い痛々しい笑顔を顔に張り付ける。
「あは、こんなところで、どうしましたか? まだ晩餐会も途中でしょう」
「……」
「もう、ダメじゃないですか。主賓が抜け出すなんて前代未聞です」
「……」
「あの、ポッキー、様?」
「プリッツ」
そんな……そんな他人行儀に名前を呼ぶな。
喉から出掛かったその言葉を飲み込み一歩プリッツまで近付くと寄った分だけアイツは離れて行く。
咄嗟に浮かべた俺の顔は余程ひどいものだったのだろう。彼女の笑みは苦々しいものへと変わっていく。
「あッ……ふふ、やめてください。こんな恥ずかしい格好で私……」
「何を言う」
『アレ』に何を言われたのか知らないが、プリッツは自分の服の裾を精一杯引き下ろし震える身体を縮込ませると下を向く。
恥ずかしい? どこが恥ずかしいというのか。若草を思わせる緑のワンピースは彼女によく似合っていて、どれだけ高価な装飾で身を固めた他の女より俺の心を掴んで離さない。
「私が、いけないんです」
顔を下へと向けたままで、俺の方を一切見ようとせずに彼女は続ける。
「アナタに、ポッキーに会えると思ってうれしくなって、勝手にはしゃいで」
「やめろ」
「ふふ、ごめんなさい恥ずかしかったよね。あなたに恥をかかせてしまっていたら私」
「やめろ……」
「私、なんてっ、私」
「やめろ!」
勝手に離れ遠ざかろうとする彼女を追い、手の届く距離まで近付くとその身体を抱き締める。
「ポッ、キ」
プリッツの身体は一瞬身じろぐように跳ねる、腕の中でもがく反応は逃げ出そうと試みているようだがそうはいかない。
「プリッツ」
抱き締めてしまえば分かる華奢な身体。衣越しに感じる高い鼓動は緊張からか、それとも俺と同じ気持ちでいてくれるからか……後者である事を願わずにはいられず俺は腕に込める力を強める。
「ポッキー」
「……」
ようやく顔を上げた彼女を見つめて互いの距離はゼロに、そのまま吸い込まれるように上から唇を重ねる。
「っ」
触れた口の奥から何かを言おうとして喉が動いているのが分かるが、全ての言葉を俺の唇で封殺して何も言わせず。互いに長い余韻を感じた後にそっと口を離す。
溶け出したチョコが互いの口で混ざり合い細い糸を俺達の間を紡いで垂れている。
「サラダ」
「え」
抱き締め合ったまま告げた名前は彼女の幼名。……遥か昔、互いの立場も分からなかった時に交わした俺達だけの呼び名。
「び、ビター?」
「サラダ、聞いてくれ俺は」
「やっ、ダメ待って」
「……俺はっ」
再び現れる抵抗、腕の中から逃げ出そうともがく彼女を今度こそ俺は逃がさない。
かつて一度誤ってしまった互いの関係に、今度こそは歩み違いなどしないようにハッキリと伝える。
「お前が好きだ」
「っ」
「好き、なんだ……もう離れたくない」「……ビ、タ」
それは、まるで子供のような言いぐさ。
抑え切れない感情だけを真っ直ぐにぶつけた告白に自身の頬が熱くなるのを感じる。
「……」
不器用な俺を笑いたければ笑うといい。それで、それでサラダが笑みになってくれるなら構わないから。
「……バカ」
小さな呟きが漏れる。彼女は震えていた身体を俺の胸へともたれさせ、その目からは静かに一筋の涙が零れ落ちた。
泣かないでほしい。
流れる雫を再び触れた唇で絡め取れば塩みの強いサラダ味。
「ありがとう」
感謝の気持ちから腕の力を更に強めると「痛いから」と彼女に怒られ俺はしどろもどろとなって謝罪を口にする。
うまくいかない関係でもようやく伝えられた自分の気持ち。互いに伸ばした手を掴み合えた今日は、ポッキープリッツの日。
ナニコレェ。
自身初めての携帯からの投稿に書いたこともない恋愛小説?でも楽しかった。
ちなみに私はトッポ派です(台無し)