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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
指揮訓練任務編
99/411

多難気味の…出立

 指揮の技術を養うための遠征だとか裏で巡らされた策略とかまったくもって面倒なことこの上ないその日がとうとう来てしまった。 まぁ受けるといった以上は真面目にやらないといけないのは分かっている、分かってはいるが…少しはゆっくりさせてほしいのが本音だな。 …と言っても前日を慌ただしくしてしまったのは自業自得としか言えないので仕方が無くて泣けてくる。


「ねぇ弓弦…大丈夫…だよね?」


「…ご主人様…」


 左右から知影とフィーが心配そうに俺の名前を呼ぶ。 身体を寄せてくるのは俺と一分一秒でも長く触れていたいのかどうかは分からんが、美少女2人に間近で見つめられると照れてしまうというのが悲しき男の性だ。 甘い香りと俺の内のどこかから生じる安心感が腕を勝手に動かさせ、2人の身体を軽く抱きしめさせる。 つまりベッドの上で美少女(二度目)に挟まれて且つ、抱き寄せたことにより更に甘えるように身を預ける彼女達の頭を撫でるその姿は、側から見ると当人であるはずの俺ですらイラッとくるほど…そうだな…舐めていた。


「失礼致しま…」


 そんな所で風音が部屋に入ってきた。 一応ノックの音はあったはずなのだが気付けなかった。 我ながら何とも情け無いものだ…締まりが無い…とも言えるかもな。 固まるのも無理は無い。 だが動くつもりも無い…というか、動けない。


「…弓弦様、予定の時間まで後一時間程です。 御準備の方をそろそろ… …」


「あぁ。 分かった…ほら、2人共そろそろ離れろ」


「…もうそんな時間なのですね」


「…そうだね、私達のお休みがいよいよ目に見えてきたよ…」


 2人が離れてコーヒーと服の用意を始める…お休みって何なのだろうか か?


「ふぁ…ぁ…。 眠いな…体も重いし気が重い…はぁ」


「しっかりして下さいませ弓弦様。 今日から仮とは言え他部隊の方を指揮せねばならないのですよ?」


「分かってるが…はぁ」


「ご主人様、コーヒーですよ。 これでシャキッとして下さい!」


「隊員服で良いんだよね。 洗濯も終わって乾いているからここに置いとくね?」


「すまないな。 ん…!? ふぃ、フィーこれって…っ」


「はい♪ シャキッと出来るように炭酸コー「うぐ…っ!」ご、ご主人様!?」


 謎の感覚に思わずコーヒーを零しそうになる。


「…こ、コーヒーなのに炭酸…っ、な、何だこの味…上手い具合に混ざっているようで混ざっていな、な、何か違う…っ」


 わ、分からない…どう味を表現すれば良いのか…ただコーヒーに炭酸…それはまるで…想像しただけで鳥肌が立った某乳酸菌納豆茶漬けのような…いや、そこまで酷くはないと思うがただ一言で言うなら…一言で言うのなら…っ。


「な、何じゃこりゃぁぁぁぁっ‼︎」


 俺の魂からの叫びが部屋中に木霊する。


「うわぁっ!? 弓弦が壊れた!?」


「ご主人様!!」


「あ、あ、ど、どう致しましょ「どうもしなくて良い!」」


 あまりに摩訶不思議な味に我を忘れかけたがすんでのところで持ち直す。


「…っ!! …す、すみませんご主人様…まさかこのような味に仕上がるとは…」


「私も飲みたい! …うっ、こ、これは…な、何じゃうっ!?」


 間接キスと、同じように言いたいだけであろう知影をハリセンで止めて脱衣所で隊員服に着替える。


「良い音が致しましたね。 御見事です弓弦様♪」


「ぅぅ…ふぁ…っ」


 そして勝手に手が知影の頭へと移動していた。 甚だしく不本意だ。


「…ズルいです。 私も撫でてくだ「それでは弓弦様、御願い致します」…いい加減刀の錆にしてしまおうかしら…っ」


『…エヒトハルツィナツィオーン』


 風音を羽に変身させて帽子につける…うん、怪しく見えないし…大丈夫だな。 …風音はどうだろうか。


『はい♪ 問題ありません。 何故でしょう…凄く落ち着きます…弓弦様は如何ですか?」


「そうだな…耳が温かいな」


『クスッ…今の御冗談は中々良かったと思います。 それで…本当の所は如何ですか?』


「いやこれは冗談ではなくて本当のことなんだが…」


 実を言うと、犬耳って結構冷えたりする。 だから羽になった風音をこうして帽子に括り付けるとそこから何故か熱が伝わって温かい。 予想するに風音の魔力マナだとは思うが、要するに一種のカイロみたいなものである。


「…魔法も安定していますし、“パーマネンティ”もしっかりとかかっていますね。 これでしたら勝手に魔法が解除されることは無さそうです。 …風音、聞こえているのでしょう? ならくれぐれもご主人様を頼むわよ。 アンナ(あの女)もアテにしていないわけではないけど、やっぱり頼れるのはあなたよ」


「『身命を賭して弓弦様を魔手か御守り致します』…だとさ」


 風音が言ったことをそのまま伝えるとフィーは満足したみたいだった。


「そう言えば“テレパス”だっけ…出来ないんだよね?」


 思い出したように知影がフィーに話しかける。


「そうなのか?」


 悲しげに首を縦に振る。


「はい。 “テレパス”も知影さんの念話(どっちも一緒)もそれぞれ私達とご主人様の一種の回路パスを用いるのですが、私達とは世界を跨ぐほどの距離、そして風音がここまでご主人様と密着する形となっている以上は念話系統は全て風音が最優先という形になります。 知影さんのは分かりませんが、私とご主人様の“テレパス”の原理は互いに流れ合う魔力マナの共鳴です。 情報を掴まれている可能性が高いとは言え、共鳴して活性化した魔力マナからご主人様がハイエルフであるということに対して確信を持たれてしまうのは避けた方が良いと思います。 …ですので、とても…」


「…私もフィーナも弓弦と沢山話していたいし、いざという時に相談に乗りたいけど…それで逆に弓弦が窮地に立つ原因になったら目も当てられないしね。 …だから私達は風音さんに全てを任せるよ。 大丈夫! 弓弦がいない間は色々気を紛らわせておくから安心して♪」


 別れたくないのに送り出さなければならない、そんな遠距離恋愛の始まりを覚悟したような作った笑顔で2人は頷くが…すまん、まったく安心出来ない…色々が広義過ぎて…。


「お〜弓弦〜。 準備は出来たか〜?」


 外からレオンの声が聞こえる…時間だ。


「あぁ! 直ぐ行く! …大人しくしとくんだぞ? もししっかり大人しくしていたら…」


「「していたら…?」」


 …言ってから気づいた。 これはフラグだと。 …口に出してしまったら叶わない、そう…『無事に帰って来たら…結婚しよう(ドヤァ)』クラスの死亡フラグ…いや、死亡フラグというよりかは2人が大人しくしていないであろうフラグともとれるが…というか、絶対に何らかの行動を…いや、信じなきゃなー…うん。


「え? 何て言ったの? 結構真面目に聞き取れなかったんだけど」


「知影さんの言う通りですよ! 焦らされるのも…んっ…好きd」


 だが言わない。 言いたくなかったので手を挙げて軽めに別れの合図をしながら部屋を出る。 帰って来たらその時は…な。


『…仰るつもり、御座いませんよね』


「さて…な。 …で、どこに行けば良いんだ?」


 よくよく考えてみれば、転送装置以外でこの艦を出たことが無い。


「甲板に迎えの小型飛空挺が来てるから行くぞ〜。 お〜? …知影ちゃん達は見送りに出てこないのか〜?」


「大人しくしておくよう今言ったばかりだからな。 少なくとも俺が艦を離れるまでは部屋に篭ってると思う」


「そうか〜」


 レオンと並んで迎えが来ているという甲板まで向かう。 部隊でレオンに次ぐ実力、階級と基本的、常に美少女(三回目)達に囲まれている人物として良い意味でも悪い意味でもそれなりに有名になってしまっているので途中様々な隊員に声をかけられたり激励の言葉を贈られたが、特に語る必要性も無いのでおいておく。


「フン…随分と待たせてくれたな」


「ん、そうか。 それはすまないな」


 迎えの小型飛空挺の前で立っていたのはアンナだった。 嫌味に対して一々返すのも面倒なので適当に聞き流す。


「…弓弦のこと、頼んだからな〜?」


「…こんな男、どうでも良いが命令である以上は仕方が無いからな。 …それを忘れるな」


「お堅いことだな〜。 ま〜攻略されないように気をつけるんだぞ〜?」


「…誰がこんな男…」


 俺を睨みつけてくるアンナ。 …こんなので大丈夫なのだろうか。


「俺がいない間の知影達のこと、任せたからな。 変な行動をしないように見張っておいてくれ」


「お〜お〜。 任せておけ〜…と言いたいが〜…あまり期待はしないでくれ〜」


 手で答えて飛空挺に乗る。 中の方から魔力マナを感じる。 魔力機関か…夢があるな。


「揺れるからしっかり掴まっておくことだ。 気絶でもされたら困る」


「あぁ、そうさせてもら「弓弦ーっ‼︎」…ん?」


 艦内から甲板に知影、フィー、ユリ、セティ、ディオが出て来た。


「行ってらっしゃーーいっ!」


「頑張ってくださいねーーっ!」


「待ってるからなーーっ!」


「…コク」


「無事に帰ってきてよーーっ!」


「あぁ‼︎ 行ってくる‼︎」


 言葉と共に手を振って答えてそれから飛空挺に乗る。


『クス…御期待に添えるよう頑張らねばいけませんね♪』


 あぁ…何があるか分からないが、何も起こらないことを願って絶対に帰ってこよう。


「こちらアンナだ。 橘少将と合流した。 只今よりピュセルで現地に向かう」


 …この飛空挺、“ピュセル”って名前なんだな。


『気を引き締めて参りましょうね、弓弦様』


「あぁ。 サポートは頼むぞ、風音」


『クス…勿論です♪ サボタージュします』


「うん違うからな?」


 援護どころか故意に妨害してどうするんだまったく。


『恋を故意に妨害します♪』


「それは援護とは言えないな。 それに誰と誰の恋だ…」


『弓弦様が新しくそういう方を作らないようにですよ』


 …レオンじゃないがさっぱり分からんな…心配だ…。


「……」


 アンナが目の前にあるスイッチを順番に下ろしてハンドルを握る。 すると前方に小さな揺らぎが生じて穴が開いた。 ピュセルはその穴の中へと入る。


「あと一時間で到着だ。 それまでに何か訊きたいことはあるか?」


「先にこれを渡しておく」


 冷蔵庫から持ってきたケーキをアンナに見せる。


「…フン、いらん」


 当然即刻拒否の返事が。


「余り物だ。 丹精込めて作った物を捨てるのも勿体無いから、受け取ってくれ」


「…。 捨てるぐらいなら貰ってやらんこともない。 そこに置け」


「そうか、ま、口に合うかは分からんからあまり期待せずに食ってくれ」


 アンナの隣にケーキが載った紙皿とプラスチックフォークを置くと、態度のわりには丁寧に台の上に載せた。


「それで、訊きたいことがあるのならさっさと言え」


 声音が先ほどよりかは幾分優しいような気がするのは…俺の自己満足感が創り出した幻聴に近いものだろう。


「そうだな…色々あるが…先ず向こうへ着いたら俺は何をやれば良いんだ?」


「簡単だ。 小隊を率いて魔物を狩ってもらう。 魔物と言っても【リスクB】…貴様にとっては取るに足らん敵だろう」


「そうか。 一応隊員と使用魔法属性は把握しているが…そっちはどこまで掴めているんだ?」


「…! 流石は八嵩はちがさと言ったところか。 しかしあの男がこうも早く動くとは…成る程、そうか」


 1人合点をするアンナ。 何がそうなのだろうか?


『クス…要しますと、弓弦様はそれだけ隊長様方から大切にされているのですよ』


「そうか…ありが「何独り言を言っているのだ」」


 …良いことを思いついた。


「妖精さんと話をしてい『クスッ!』たんだ。 五月蠅くしてしまったのならすまないな」


「は、はぁ…?」


 何を言っているんだこいつは? …と今にも聞こえてきそうな表情をされて少し複雑になる。


『…うふふっ♪ 妖精さん…クスッ…弓弦様反則ですよ?』


 無言で羽を小突く。


「…そう言えば貴様は確か、伝承に伝えられるハイエルフという種族だそうだな。 その帽子で隠し通せるのか?」


「魔法で固定してあるからな。 ロリーとの勝負でも取れなかっただろう? 何なら取れるかどうか試してみるか?」


「…そうだな。 もし簡単に取れたりでもすれば面倒だからな。 試してやろう…オートモード、起動」


 ハンドル奥の画面に『Automode,on』と表示されてハンドルがしまわれる。 音声認識システムありか…凄いな。


「…」


 すぐに確かめるのかと思いきや、先にケーキを食べ始めた。 表情は動かないが、代わりに頰に微かに朱が差しているように見えるのは気の所為…だな。


「‘……悪くない味だった’」


 最後の一切れをゆっくりと咀嚼してからそんな言葉が聞こえた。 


「いくぞ」


 紙皿を畳み、プラスチックフォークと一緒にゴミ箱に捨ててから、アンナが帽子を軽く掴んで持ち上げようとする…が持ち上がらない…というか。


「…もう分かっただろ? 取れないということが…だ、だから諦めて下ろしてくれ」


 俺が持ち上がっていた…地味に苦しい…。


「…取れないか。 …本当にそれは帽子なのか? ハイエルフが得意とされた幻魔法では無いだろうな」


『…疑り深い方ですね』


「この帽子を取れば証明になるか?」


『宜しいのですか?』


「一応協力しなければいけないからな。 …よし、これで取れるはずだ」


 アンナが帽子を掴み、取る。 …犬耳が寒気に晒されて寒い…。


「………………本当に犬耳なのだな…」


「これで良いか? …なら返してもらうっ!?」


 帽子に手を伸ばしてアンナに犬耳を掴まれる。


「……」


 もにゅ。


「うぐ…っ」


「………」


 もにゅもにゅ。


「ひゃ…ぁ…っ。 …返してもらうぞ」


 呆然とするアンナから帽子を引ったくって被り、魔力マナで固定する。


「…何でどいつもこいつも人の犬耳を…っ!」


「……」


 アンナは暫く手を握ったり開いたりを繰り返す。 


『…あらあら、風向きが悪いですね…非常に』


 風音が冷めた声音で何やら抽象的なことを言うが何が悪くなっているのかよく分からない。


「…オートモード、解除」


 現れたハンドルを握って操縦を始めるアンナ。 鳶色の髪から覗く顔は意識して作っているように驚くほど無表情だ。


『………』


 思案している様子の風音も彼女と同じく無言。 …何か暇潰しにやること、無いだろうか。 …日記…はまだ早いし…そうだ。


『出でよ不可視の箱…アカシックボックス』


 取り出した“ソロンの魔術辞典”を開いて目を通してみる。 …吸い込まれる気配が無いのが少しだけ残念だ。


『吸い込まれる…以前その本の中に吸い込まれたことが御有りなのですか?』


「いや、そんな小説があったな…と思い出しているだけだから気にするな」


『クス…そうですか。 …それにしても魔法…沢山あるんですね…』


「そうだな…俺はまだそこまで使えないが…フィーのやつは殆ど使えるんだろうな…」


『…これだけの魔法を殆ど…ですか…さ、流石はフィーナ様…』


「フィーはフィーだ。 あいつは魔法のエキスパートみたいなものだからな…まぁ仕方が無い…ん?」


 右から視線が。


「…それはまさか…“ソロンの魔術辞典”…か? 全ての魔法について書かれているという…あの」


「…さて、な。 だがこれが“ソロンの魔術辞典”というのは確かだ。 …確かと言ってもそれは俺の意見で根拠は無いが」


 そもそもこれが本物、所謂原本とされるものでも写本であったとしても、これの増幅器ブースター、魔法を授けてくれるあの不思議な女と会える力は確かだ。 …と言っても“地脈の宝珠”と合わせるとその鬼畜染みたコンボが凄いが。


「…はどこまで掴んでいるんだ…いや、こればかりは偶然か。 …それはしまっておけ」


「…分かった」


 …失われた魔法がどうこうの人物にとってこれは喉から手が出るほど欲しくなる物だからな…宝具全般に言えるが。


『イースター…西、コンブ…昆布…西の昆布…? 西…確か、赤い昆布…? 西の昆布は凄い…すると弓弦様の御味噌汁の隠し味は西方の昆布…イヅナに聞いておいた方が良いですね…』


 …そっとしておくか。 


「そろそろ到着だ。 気を引き締めろ、橘 弓弦」


 遠くに光が見え、そこを抜ける。


「…寒そうだな」


「何を言っている。 寒そうではなくて寒いのだ」


 抜けた先には以前読んだ某康成先生の小説の冒頭文が思い出されるような雪景色が広がっていた。 空気中に漂っている氷の魔力マナがあちらこちらで活性化しているのでここら一帯はそういった地域なのだろう。 …あの装束を着て行きたかったな…。


『…羽の姿でも寒さは感じるのでしょうか…』


 風音も心配なようだ。


「使用魔法は一基本属性限定…だよな?」


「当然だ。 わざわざ自らハイエルフだと正体を明かすようなことをされては本末転倒だ。 …そう言えば決めていなかったな。 何を使う予定だ」


 属性の偏りを無くすのだったら氷か雷だが…氷は場所的に論外だな…だとすると…雷…か?


『弓弦様が一番多く御使いになる魔法属性の方が良いと思いますよ』


「…雷でいくか。 “ブリッツオブトール”ぐらいしか使えないが」


 …というかそれだけしか使えない。


『あらあら…よろしいのですか?』


「上位攻撃魔法が使えれば十分だろう…が、まさかそれだけしか使えないということは無いな?」


 悲しいことに図星である。


「…すまん。 これだけだ」


「貴様…舐めているのか? …まぁ良い、それで何とかしろ。 くれぐれもボロは出すな」


 整った顔立ちの眉間に皺を作り怒っているも、彼女は揺れ一つ無くピュセルを着陸させる。 


「…っ、向こうだ。 行くぞ」


 ハッチが開くと猛烈な寒風が俺達を襲う。


『ゆ、ゆゆ、ゆゆ弓弦様…ささささささ寒いです…』


「…ハックション! う、うぅ…帽子の中は暖かいのに…犬耳以外が冷え切る…ぅぅ…ぁぁ寒、寒い…」


「…走るぞ」


「あぁ」


 アンナの提案に二つ返事で了解して走り出す。 雪に足が沈み、正直凄く走り辛いが根性でアンナの隣を並走する。


『ぁぁ…ぁぁ…』


「風音!? …っ『風よ、包みて守れ、シュッツエア‼︎』」


 風が身体を包み込んで寒さから守る。 嘘のように暖かく感じるようになった。


「な…っ、先程自分で雷魔法だと決めておいて風魔法だと! 向こうには風魔法の使い手もいるんだぞ、分かっているのか‼︎」


 やはり反応するアンナ。 ついでなので彼女にも掛けた。


「これは…そう! 俺達があまりにも寒がっているのが見ていられなくて妖精さんが使ってくれたんだ!」


「どちらにせよ同じだ!! 妖精と会話が出来ている時点で向こうには怪しまれる! …怪しまれる…が…っ」


 今の俺達は“シュッツエア”の効果により寒さを感じない。 つまり効果が無くなれば寒くなるというわけだ。 駄々以外の何物でもないが、あんな寒いの俺は嫌だ。


『私も…申し訳ありません…無理です』


「もう良い! 雷ではなく風でいけ!」


「寒いの…嫌な「やかましい!」」


 立ち止まり肩をふるふると震わせて、アンナはキッと俺を睨む。


「き、貴様は一体、どれほど私を悩ませれば気が済むのだ…っ、もう許さん…!」


「は? …っ!」


 長剣バスタードソードが俺に突き付けられる。


「今といい夢の中といい…その傲慢さ、下劣さ…成敗してくれる…‼︎」


『夢の中…?』


「『動きは風の如く、加速する…クイック!』…急がないといけないんだろ? なら落ち着け…な?」


『…仰りつつも御逃げになるつもりですよね』


「覚悟ッ!! …っ、逃げるな橘 弓弦!!」


 逃げるが勝ちである。 何事も命あっての物種だ。


「死にたくないからな! 悪いが、逃げさせてもらう!」


『ブライトキャリバー‼︎』


「おっと」


 ギリギリ掠らせて魔法を吸収。 これで“ブライトキャリバー”が使えるようになったはずだ…試しに…。


『ブライトキャリバー!』


『刃よ煌めけ、ブライトキャリバー!!』


 二つの光剣がぶつかり合う形となる。


「…真似…だと…っ、どこまで人を怒らせれば気が済むのだぁっ‼︎」


「ぐ…ぅっ」


『ゆ、弓弦様!!」


「終わりだッ!」


 弾かれる。 同時にアンナは剣を回転させ鞘に納める。 …見覚えのある構え…まさか…っ!


「はぁっ!!」


 その剣線の位置を知っている俺は素早く膝を曲げ両手で剣を縦に押さえるようにして持つ。


 アンナの姿が消える。


「切り捨て御免、成敗!」


 剣が鞘にしまわれる音がすると同時に鋭い衝撃が俺を襲う…が、それだけ。 俺はその技を見切っているし、使える。


「まさか読まれるとは…生意気な…っ!」


 再び剣を抜こうとする姿を見て両手を挙げる。


「降参だ。 もう気は済んだだろ…どうやら向こうから来てくれたみたいだしな」


 すぐ近くに複数の魔力マナが。 戦闘音を聞いてこちらに近づいて来たのだろう。 魔力マナの属性も一致するから間違い無い。


「…フン、勝負はお預けか…」


 確認が取れたのか、アンナがその方向に向け歩いて行く。


「…合流する前にバテバテとはどうなんだよ…はぁ」


『クスッ…未だ未だ、これからですよ?』


「分かってる。 …はぁ」


『………一刀抜砕。 …偶然…なのでしょうか…』


 風音は気になることがあるらしいので、そっとしておくことにして俺もアンナの後に続いてその方向へと向かった。

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