ホワイトデー中編下 “お菓子を求めて…本戦”
「お〜お〜セイシュウ、お疲れさんだ〜」
「…中継で見ていたが、あの問題は一体なんなんだ? レオンじゃないがさっぱり分からなかった…よくあんなもの分かったな」
「確かにな〜。 しかしあの問題って障害物として成り立つのか〜?」
「解ければ問題無いよ。 十位以内…入ってると良いけど」
レオンから飲み物を受け取って腰を落ち着けるセイシュウ。
「本戦の障害物はそれぞれ一種類だけらしいね。 …あ、結果が出たみたいだね。 見てくるよ」
掲示板に紙が貼られ、予選通過かどうかを知るために続々と人がその前に集まる。
「お〜? セイシュウのやつ避けられてるみたいだな〜…あ〜あ、凹んでんな〜」
視線の先ではセイシュウが近づいただけで綺麗に列が、二つに分かれるように出来る。
「…あんな問題を瞬時に解いて見せたんだ。 当然といえば当然だが」
「…予選通過だよ、おめでとう…」
棒読みである。
「因みに何位だ?」
「九位、十位の組とは三秒差かな…はぁ」
「予選通過なんだろ〜? もう少し喜ぶことは出来ないのか〜…」
「出来るわけないよ! 僕何か悪いことしたかな!? 何であんなに綺麗に避けられるんだい!?」
「そんなに目立つようなことは…してないな」
「だよね!? そうだよ「俺とレオンは」僕もしてないよっ!?」
「あの…」
若干声を裏返させるセイシュウの後ろに彼と似たような雰囲気の人物が困ったように立っていた。
「314の問題を解かれたのはあなたですよね?」
「ん…そうだけど、それがどうかしたかい?」
「良かった…合っていて…。 おーい!」
その声に似たような白衣を着た学者然の人間が集まる。 それぞれがセイシュウを尊敬の眼差しで見つめていて、邪魔になりそうだと感じたレオンと弓弦はセイシュウを置い…残してその場を離れた。
「やっぱりあの問題、相当難しい問題だったんだな〜」
「服装から考えるとこの国の学者…だろうな。 知影やフィーだったら分かるかもしれないが俺にはまるで分からなかった…あぁすまない、退いてくれ」
集まった人集りが散らばったので弓弦とレオンの2人も貼られた紙を見る。 セイシュウの言った通り九位と書かれた場所の隣に314と書かれていた。 だが314という数字は更にその紙の下にも書かれていて、順位の所には『難』と判子が押されていた。
「どういう意味なんだ〜?」
「さぁな。 だが…そろそろ本戦の時間だな。 走者の順番は予選と同じで良いよな?」
「良いと思うぞ〜。 一位を取らないといけないからな〜、お前さんも本気でやれよ〜?」
「本気でって、まるで俺が予選で本気を出してないみたいじゃないか…魔法を使って良いのか?」
「俺の場合使わなきゃ先に進めなかったからな〜。 良いか〜、俺達は勝たなくちゃいけないんだ〜。 それ以外に助かる方法なんて無いのだからな〜」
「それなんだが「本戦出場の方はお集まりくださ〜いっ!!」…話は後だな。 よし、あいつらのために頑張るか…!」
「リィル君の機嫌が悪くなるとお菓子が食べ難くなるからね。 頑張ろう! それにこのメンバーで負けるようなことがあったら洒落にならないよ」
「「何だセイシュウ、いたのか」」
「いたよ!? 2人してからかうのかい!?」
「さて、じゃ〜ちゃちゃっとお前さんの所に行ってみせるから待っとけよ〜?」
本戦は全組同時に走る。 不思議な王宮の扉の前ではレオンを含め10人の走者がストレッチをしており、開始の時を待っていた。
「…あ、レオンのやつ“クイック”を使ったな。 …本当に全力…か」
「弓弦君も魔法、使って良いんじゃないかい? ここ、本編じゃないんだし…後々のネタバレにさえならなければ何をやっても許されるはずだよ?」
「…そうか…そうだな。 どうせ知影もフィーも見てないのなら…よし」
扉が開かれて第一走者達が中に突入した。 勿論トップはレオン。 “クイック”を使って絶賛爆走中だ。
「では、こちらになります」
メイドに案内されて残りの走者達も王宮に入る。 弓弦は“アカシックボックス”で旅装束を取り出して着用。 陰でこっそりと“クイック”と“ベントゥスアニマ”を掛けて倍速化と飛行+“パーマネンティ”で効果時間の延長をする。
「…使い過ぎじゃないかい?」
「全力だからな。 確実性をより高めるためにはここまでやらないと」
「そ、そう…僕も考えとかないとね」
第二走者の控え位置にまで着いたので、各組の第二走者と第三走者が分かれる。 中継のために浮かんでいる映像端末が現在一位のレオンを映していた。
「どわっ!? こりゃ何だ〜? えらく粘つくぞ〜…」
謎の粘液が発射されてそれをもろに浴びて転倒する。 酷く粘り気があり、嫌な気分にさせられる。 一部の女性走者がこのようになると男性の熱気が上がり、男性走者がこのようになると一部の女性の熱気が上がる謎の相互関係がそこに生じていた。 レオンは粘液を、活心衝初ノ型“烈破”を久々に使用して弾き飛ばし後続と、10マール近い差をつけて弓弦に襷を渡した。
「任せたぞ〜!」
「言われるまでも無いな!」
レオン以上の速さで爆速する弓弦。 装束のマントをはためかせ、まるで宙に浮いているかのような(実際に少し浮いている)走り方はまるで某魔王を彷彿とさせた。
「あれが障害物か!」
そんな彼の前に謎のテントが。
「…ぐっ!?」
構わず突撃すると同時に横から来た何者かに体当たりをされて派手に転んだ。 その人物は弓弦にとって見覚えのある人物“達”であった。
「ひと〜つ、目の前の弓弦の血をすすり」
鬼の仮面を付けた誰かが弓弦の目の前に現れる。
「知影!? 何でお前がこんな所「喋らない!」ん〜っ!?」
どのような行為で弓弦の言葉が止められたのか、日頃の彼女から察してほしい。
「ふ、ふた〜つ、ゆゆゆ、弓弦…殿の楽行三昧」
緑亀の仮面を(洒落ではない)を付けたた誰かが、
「み〜っつ、情け無い弓弦様を、懲らしめてくれましょう♪」
月の輪熊の仮面を付けた誰かが弓弦を取り囲む。
「桃太郎!」
「う、うむ…浦島太郎!」
「金太郎で御座います♪」
「そんな我等は…「「通りすがりの仮面ザムライだ〜っ!!」」
ど〜ん! とテントの中で爆発が起きる。 しかしこの3人、実にノリノリだ。
「まったく、帰ってきたら部屋にいないし、慌てて隊長室に行ったらこの紙が落ちてたの…」
「私やフィーナ様は止めたのですが…どうしても行くと…」
「…無論私も止めたのだが…。 別に出番が無いからここで出てきたわけではないぞ? うむ」
「そうか。 じゃ「ストップ! ストォーップ!」…時間が無いのだが」
「今はザ・ワール痛い! ぁ…っ」
弓弦が早業で取り出したハリセンが知影の頭を叩く。
「ですから今は時間を御気になさらなくても宜しいですよ。 …文字数の方は注意しなくてはいけませんが」
「うむ…ここまでで既に「一万年と二千ねっ!?」二話分割しなくてはいけないが…三話分割するのだろうか?」
「でも私達が出ないと作品として駄目だよ。 今回弓弦と博士と隊長さんの話というのは分かっているけど、カザイさんも出ているし…女っ気が無いファンタジーは頂けないよ♪」
アークドラグノフの男性隊員でまだ登場していない人物がいることに知影達は気づいているが、敢えて言わない。 だが敢えて、言うとするのなら今頃1人VRルームで特訓中の彼は元気でやっているとここで言っておこう。
「そうか。 じゃあな」
「駄目だ弓づ…橘殿」
弓弦の前にユリが立ち塞がる。 恥ずかしさのあまり呼び方が戻っており、顔が赤い。
「…あのな、俺は、俺達はどうしても勝たなくちゃいけないんだ。 時間が止まっているのかどうかは知らないが、早くセイシュウに届けて交代しないとな。 通してくれ」
「だ、駄目だ駄目だ! そうやって優勝して賞品を貰うつもりなのだろう? それは絶対に駄目だ! 私は…」
「私は?」
「弓弦殿が食べたい!!」
世紀の大告白。 焦るあまり、『弓弦殿の手作りお菓子が食べたい』がまったく別の意味にしかとれない言葉に変化してしまい、ユリ以外の3人がジリジリと彼女から離れる。
「うわぁお…ユリちゃん大胆だね…私でもちょっとそれは…」
「仰りたいことの意味は分かるのですが…何故そのようになってしまわれたのでしょう」
「…ぁ、ぁぅ…そ、そんなつもりで言ったわけでは…」
「…どんなつもりで…あ」
弓弦が後退ったその後ろにはテントの出口が。 すぐに体を反転させて外に出ようとする。
「“バインドウォーター”」
顔面からダイブ。
「…っぅ、水!? ということは…」
「…私」
「…セティも来ていたのか」
物陰からセティが登場。
「…コク」
「…お前も行くなと言うのか?」
「…違う、これを着て」
弓弦に手渡されたのは、服である。 では何の服か?
「…これを着ろ…と言うのか?」
「…障害の内容、くじで引いた衣装を着る。 …私が引いてきた。 だから…着る」
「いや引くなよ…まぁ良い、着れば良いのか?」
「…コク」
そう、メイド服である。 お帰りなさいませご主人様♪ …である。
「…セティ…私から弓弦を奪おうと言うの? …そんなの駄目だよ…弓弦はずっと…ずっと…私の…となっ!? …あれ?」
「もう良いからとっとと帰ってくれ…渡す物はちゃんと用意するから」
知影のヤンデレをハリセンで止めて諭すように話し掛ける。 後半の台詞はユリと風音、セティに向けてのものでもある。
「…うん。 でも…分かってるよね」
「分かってる。 ほら、待っていてくれ」
「…見せてもらうからね、弓弦の手作りお菓子の味とやらを…」
「さ、着替えるか」
スルースキルを発動させて手早くメイド服を着用する。 …やけに手慣れているが気にしては負けだ。 効果の切れた魔法を掛け直してから弓弦は再び走り出した。
「もう! この服走り難い! どうしてあの娘ったらこの服を引いてしまったのかしら」
走りながら違和感を感じた弓弦は水溜りの前に立ち止まってメイド服を着用した自分の姿を見、見なかったことにした。 “エヒトハルツィナツィオン”の自動発動と見当をつけて解除するか悩むが、今の姿ならまだしも男の姿でメイド服を着用するのは今の姿より恥をかくこと間違い無しなので恥を忍んで、兎に角知らん振り。
「…姿も変わってるし…それに何よこの声と喋り方は! こ、この姿でセイシュウ君…セ・イ・シュ・ウ! …に襷を渡さなくちゃいけないの…よね」
服の裾が汚れるのは嫌なので少し高めに飛行する。 スカートの中が寒く感じるのは全力で無視して中継のカメラにすら追いつかれないように急いだ。 景色が目まぐるしく変わっていく中、
「(…こんな姿、知影達に見られでもしたら大惨事になること間違い無しだ。 見られてないことを今は祈るしかない、か…)」
と、弓弦は内心考えているが、
「弓弦…はぁ、はぁ…ごめんユリちゃん、さっきは少し引いちゃって」
「…言うな知影殿」
王宮内の展望台から知影とユリがその様子をバッチリ見ていた。
「弓弦可愛いよ弓弦…世界一可愛いっ♪ …食べちゃいたいよ」
「知影殿、そういった言い方は止めておけ。 誤解を招くぞ」
風音とセティは既にアークドラグノフに帰還。 フィーナと一緒に弓弦を待つつもりのようであった。 なのでここにいるのは、ただでさえ発言が迷走する傾向があるのにそのリミッターが外れた知影と、彼女に対する抑止力としては不十分なユリだけである。
「別に良いよ。 誤解も何も、その通りの意味だから。 私の愛を聞けぇぇぇ!」
ギター召喚。
「ど、どこからギターを取り出したのだ!?」
どこからともなく流れ出す色々な意味で危ないロック調の音楽。
「Love you♪ 愛してみせ〜る〜よ♪ わ〜たし〜の旦〜那さ〜まは♪ ちょっと照れ〜や〜だ〜けど〜♪ True love♪ さ〜さげてみせる〜よ♪ わ〜たし〜と〜いう〜す〜べてを♪」
「ち、知影殿!! 何故か分からんがそれ以上は歌わない方が良いと思うぞ!?」
「き〜み〜という人だ〜け〜に♪ 偽りの〜無いあ〜いを♪ 2人のこ〜こ〜ろ〜を重〜ねるこ〜と〜で♪」
彼女の視線の先に移るのは愛する弓弦《旦那様》ただ1人。 ユリの声は聞こえていない。
「君へと〜届け〜ラブハ〜ト♪ 愛と情〜熱をの〜せて〜♪ 寄ってく〜る♪ 女狐〜を♪ 排除してゆ〜け〜♪ 届くか〜なこの〜ラブハ〜ト♪ 届いた〜ら受け取〜って〜、Tightly(しっかり)〜♪ いつでもど〜こでも君〜のこ〜と♪ 大好きだ〜よ〜っ♪」
「…もう私は知らないからな。 先に帰らせてもらう!」
うんざりというように踵を返すユリ。
「あ、スッキリしたし、私も帰るよ!」
階段を降りて転送装置の下へと向かうユリと知影。
「(歌で気持ちを…いや、それは私の役目ではないか。 しかし…ううむ…)」
「ユリちゃん何か言った?」
「い、いや…さぁ、帰還するぞ」
「りょ〜かい♪」
謎の行動をするだけして彼女達が帰還したのと時を同じくして、弓弦の視界にセイシュウが映った。 先程に比べて速度が上がっているのは知影の想いが届いたのだろうか。
「…弓弦…君!? 何だいその格好!?」
「細かい話は後! さぁ! 後は1人走り抜けるだけよセイシュウ君!!」
「あ、うん」
セイシュウが襷を受け取って走り出す。 雷のように走り出した彼を見送って、彼は現れたメイドに苦笑いされながらゴール付近へと移動した。
『さてと…ライトニングアロー』
魔法を自らの身体に打ち込むことで魔法を吸収、脳波の伝達速度を上げ加速したセイシュウの身体から迸る電流が石を弾くと、やっと先頭を走る彼に追いついたカメラに綺麗に命中した。 。そして彼にとって最大の障害物が彼を襲う。
「…糖分…ッ!?」
お菓子の山。 一つでも取ったら失格というまるで彼を狙い澄ましたような障害だ。
『…っ、猛れ迅雷…! デッドインパルス!』
…駆け抜けた。 そう! 駆け抜けた!! セイシュウはこの時初めて糖分の誘惑に打ち勝ったのだ! この障害を仕組んだとある人物が高笑いをしたのかどうかは定かでは無いが、彼の思考からこの時、『糖分』という単語は消え去っていた。
『さぁ314番第三走者がゴール前までやってきました! 凄い速さです!』
「実況あったんだ…そう言えばカメラ破壊しちゃったけど…別に良いかな」
『では最後の障害、カモーーンッ!!』
ゴールテープの前に壁が現れる。
「「セイシュウ(君)!!」」
左右の通路からメイドと一緒にレオンと弓弦が現れてセイシュウの隣に並んで走る。
『実はこの泥状壁、三種類の衝撃を同時に与えないと崩れないという特別な鉱物を混ぜて作っております! これまで数多の走者がこの壁の前に辛酸を舐める結果となっておりましたが彼らはどうか!?』
「レオン! 弓弦君! いくよ!」
「零距離でいかせてもらうわ! はぁぁぁっ! シフト!」
「こいつは初見せ技だ〜! いくぞ〜!!」
弓弦の剣が刺さり、その位置にレオンが左手で剣を刺して後ろに飛び退く。
「プラズマ…セット!」
そこにセイシュウの左手のトンファーの一撃が加わった後、3人はアイコンタクトをして息を合わせる。
「「「零距離一斉発射!(アクセルピアースッ!)(プラズマストライク!)」」」
弓弦が反動で後ろに飛ぶも、体制を瞬時に立て直し剣を突き出しながら突撃し、剣の柄に右の拳を叩き入れたレオンが両手で突き刺したままの剣を握り直し、セイシュウが右手で握るトンファーを回転させながら深く踏み込む。
「「「トライツー・シュトーセンッ!!」」」
三方向から一点のみを狙い、同時に繰り出した突きがそれぞれ壁を突き抜けてゴールへ。
『ゴーーーーーールッ!! 314番、今! 後続に圧倒的な差をつけてのゴールだ! 強過ぎるぜーーーッ!!』
「やっしゃ〜っ! ナイスタイミングだ2人共〜!」
「…ふぅ、これはまた久し振りに動いたな…」
周りから送られる惜しみ無い拍手に答えるレオンとセイシュウ。
『245番と306番同時にゴール! おぉっと!? 他の組も続々やってきたぞ!!』
「では、314番の皆様はこちらへ。 …それとこの方を別室へ!」
「え? きゃ!? …じゃない、うわぁぁっ!?」
集まったメイド達に弓弦がわっせわっせと連行される。 異様な光景だ。 別のメイドと執事に案内されながらレオンは疑問を切り出す。
「…アレ、弓弦…だよな〜?」
「…多分、でも少し自信が無い」
「…どこ連れて行かれたんだろうな〜?」
「悪いようにはされていない…と願いたいけど…」
2人が歩きながら話していると、向こうから別の執事が走ってきた。
「…はい、え? 分かりました」
「何だ〜?」
「はい、ではどのようなお菓子をご希望されるのですか?」
「…。 僕はマカロンをお願いするよ」
「俺は〜…マドレーヌを頼む〜。 贈り物として渡したいからついでにラッピングもだ〜」
「ではこちらでお待ちください」
突然執事と一緒にメイドがどこかへと行ってしまい、2人は通された部屋でお菓子の完成を待つ。
一時間後。
「…弓弦君、どこいっちゃったんだろう?」
「…少し心配になってきたな〜」
扉がコンコンと叩かれる。 セイシュウが促すと扉が開かれ、ワゴンを押してメイドが入ってくる。
「お、お待たせしました」
ワゴンの上段に丁寧にラッピングされた二つの包みを手に取ってそれぞれ渡される。
「こちらでよろしかったでしょうか。 よろしければこちら、お作りしたものと同じものがありますが召し上がりますか?」
「お〜お〜。 戴くぞ〜…ん、こりゃ美味いな〜!」
「僕も。 我慢していたからね…少しぐらいは良いはずだから。 …ッ!? …食べたことの無い味だ…!! 美味しいよ!」
一口で食べ終えた2人から皿を受け取って、お菓子を渡してから丁寧にお辞儀をしてその場を離れるメイドを見てあることにセイシュウが気づく。
「…その剣」
「あ、これは預かってほしいと頼まれて…それでお預かりしております」
「…レオン、先に戻ろうか」
「弓弦のやつを待たなくて良いのか〜?」
「良いから良いから。 多分僕達がいると弓弦君きっと申し訳無く思ってしまうよ?」
メイドに先に帰っておくことを伝えてから帰還装置の下へと戻ってアークドラグノフに帰還するレオンとセイシュウはその場で別れる。 2人の内、セイシュウの行き先は一つ。
「やぁリィル君、ただいま」
「あら博士。 今日は朝から姿が見えませんでしたがどちらに行っておられたのですか?」
「ちょっとね。 はい、これ」
マカロンが入った包みをリィルに手渡す。
「これは…何ですの?」
「遅くなったけどバレンタインのお返しだよ。 開けてごらん」
包みを丁寧に取り去って箱を開けるとパステルカラーのマカロンが。
「…マカロン」
「好きだろう? 僕の記憶に間違えが無ければ今でもこっそり食べてるでしょ? …嬉しくないのかい?」
「そんなことはありませんわ! 凄く…凄く嬉しいです! …よろしければ博士も一つ、食べますか?」
箱から一つ取り出してそれをセイシュウに見せる。 普段の彼女からすると、セイシュウに糖分を与えるのは珍しいものだ。 それ程嬉しかったのである。
だが、
「良いよ。 僕もう先に食べたから」
それは、
「リィル君1人で堪能してくれ。 そっちの方が僕は「良いですわ! もう!」…リィル君?」
弓弦と同じぐらい鈍いこの男には伝わらない想いであった。
「分かりました! 博士がそこまで言うのなら私1人でたぁっぷり堪能させて頂きますわ! 1人で! おーっほっほっほ!」
「がふっ!?」
研究室を追い出されたセイシュウの耳に扉越しの高飛車笑いが届く。
「おーっほっほっほ!」
「いたた…手加減無しだな…まぁ良いや、糖分糖分」
蹴られた部分を摩りながらセイシュウがその場を去った後、研究室で何かの資料を広げたリィルは小さな声で、「バカ」と呟いた。
*
両手で大きめの箱を抱えながら、弓弦はアークドラグノフに帰還した。 メッセージはレオン達に伝わったようで、2人が先に帰ってくれたので弓弦は自分の目的に集中することが出来た。 手に持つ箱はその成果である。
「戻ったぞ」
「お帰りなさいませご主人様♪」
部屋の扉を開けると夜中であるにも関わらず、フィーナを始めとして知影、ユリ、風音、セティが彼を迎えた。
「遅くなってすまないな。 …だが
今までで一番の出来だ。 その、何だ…こう言うのかどうかは知らんが…さ、最高のスパイス入りうわっ!?」
一瞬にして全員が椅子に座る。 全員が全員個人差はあるものの、期待に満ちた眼差しで机の中央に乗せられた大きな箱を見る。 弓弦が箱を開けると、ケーキが入っており、次の瞬間それぞれの前にお皿が置かれている。 驚異的な彼女達の速さに呆れながらも手早くナイフで切り分けて各々の皿に乗せた。 一人分だけ箱に戻して冷蔵庫の中にしまう。
「ほら、じゃあ味わって食べるんだぞ?」
弓弦があの時残った目的は、このケーキを作ることであった。 菓子作りも姉達に仕込まれ一通りは出来るが、どうせ本気で作るのならその道の専門家に教えてもらいながら作った方がより美味しく出来ると、そう思ったからだ。 結果、今までに無い最高のケーキが作れ且つ、彼自身の菓子作りの腕前も上がった。 スパルタで叩き込まれたので苦戦したといえば苦戦し疲れていたのだが、いつの間にか疲れを感じなくなっていた彼はケーキを美味しそうに食べてくれる知影達に気づかれないように、いや彼自身も気づいていないのかもしれないが彼はそんな彼女達を、愛おしげな瞳で眺めているのであった。
*
レオンはアークドラグノフを離れてある場所に来ていた。 近くに海を臨める小さな丘に立つ、小さな“それ”。 その隣にレオンは腰を下ろして海を眺めていた。
「…良い風だ〜。 礼を言ってくれているのかも、しれないな〜」
そよぐ風に身を委ねながらゆっくりと息を吐く。 静かに開かれる彼の瞳は何を語るのであろう。
「…お〜し! 帰るか〜!」
身体を大きく伸ばしながら転送装置の場所へと足を向けるレオン。 振り返ることの無い彼の背中越しに佇む“それ”の前に置かれたマドレーヌの箱と一振りの大剣、手袋が月光を浴び静かに陰を伸ばしていたーーー。