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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
指揮訓練任務編
96/411

ホワイトデー中編上 “男達の夜”

 重い瞼を擦って身体を起こすと何と夕方であった。 アークドラグノフに帰還した翌日、つまり指揮訓練の前日の今日。 弓弦は、夕方に起きた。 起きてしまったのである。


「…うぐ…流石に…飲み過ぎたか」


 勿論彼がこんな時間に起きたのは理由がある。 頭痛に苛まれている様子から分かる人は多いとは思うが、彼の言う通り飲み過ぎである。 詰まる所の二日酔いであるが彼が二日酔いに陥るまで飲むなどこれまでは殆ど無かった…逆を言えばそれほど飲んだと言うことである。


「…遅ようございます、ご主人様」


「…あぁ、遅よう」


 彼が起きるのが遅かったからなのか、フィーナの機嫌が悪い。 彼女の、ひいては彼女の犬耳をよく知る者だからこそ分かる機嫌の悪さであるがどこか悲しそうなその態度が脳裏に引っ掛かった。 なので彼は寝る前の艦内商業区にある隠れ酒場でのことを思い出すことにしたーーー。


               *


「お〜いたいた。 弓弦〜!」


 帰還日の夕方、特にすることも無く弓弦が1人艦内を散歩していると背後からレオンに呼び止められた。


「…レオンか。 どうかしたか?」


「今からコレ、いかないか〜? 明日は1日中空いているだろ〜?」


「…しかし明日は“      ”だからな…早く起きる必要があるんだが…」


「飲み過ぎなきゃ大丈夫だろ〜。 セイシュウのやつも似たようなことを言ってたが〜…あいつはもう先に行って席取っているぞ〜?」


「…そうか、なら行かないのも悪いな。 飲み過ぎさえしなければ大丈夫なはずだから…よし、行くか」


「そうこなくっちゃな〜‼︎」


 パチンッと指を鳴らすレオン。 弓弦も生き生きとした表情で早歩きの状態の彼に続く。


「…ここだ〜。 隠れ場だから実のところを言うと知っているのは俺とセイシュウ、そんでお前さんだけだ〜」


「…ならわざわざ席を取っておく必要も無かったのじゃないか?」


「気分ってやつだ〜。 そら、入るぞ〜」


 商業区の外れの外れ…といっても商業区自体広くないので外れというほど外れではないのだが、隠れスポットであるのは事実であった。 商業区のとあるお店の店側の扉を開けた先にあるその酒場はどこかムーディな、ジャズバンドの音楽が聞こえてきそうな雰囲気を感じさせる店であった。


「いらっしゃいませ」


「俺はビールと枝豆を頼む〜。 弓弦、お前さんはどうする〜?」


 促されてメニュー表に目を通して指で種類を追っていく。 …かなりバリエーションが豊富なようでざっと八十種類近くの酒の名前がそこに書かれていた。


「そうだな…じゃあジャポン酒の一人旅と鮪の刺身を頼む」


「ジャポン酒か。 目が高い…こいつはつい最近入荷したばかりのものだ」


「あぁ。 ん…? トウガ…か?」


 棚から一升瓶とビール瓶を取り出してグラスと一緒に提供する店主の姿に見覚えがあることに弓弦は気付いた。


「そうだ。 ここは俺が個人的に経営させてもらってる店だ」


「…客ってここにいる2人だけだよな…売上大丈夫か? …この味なら水割りだな。 水もくれ」


「趣味でやっているからさほど問題無いな。 …これで良いか?」


「あぁ。 十分だ」


「じゃあメンバーは揃ったし、乾杯といこうか?」


 ここに来て最初に口を開いたセイシュウがグラスを片手に持つ。


「そうだな〜…だが何に乾杯するんだ〜?」


「今日ここで飲めることに乾杯ということで良いと思うよ」


 そう言うセイシュウの息は若干酒臭い。


「ま〜良いか〜。 よ〜し、グラスを持てよ〜」


 それぞれがグラスを持つ。


「今日ここで飲めることに〜?」


「「「乾杯!!」」」


 グラスを軽くぶつけて中の飲み物を一気に煽る。


「…美味いな! 中々俺好みの味だ」


「枝豆と鮪の刺身だ」


「セイシュウ、そこの醤油と山葵わさびを…そうそうそれだ。 すまないな」


 光沢を放つ赤身を醤油に少し漬けて口に運ぶ。


「これはまた新鮮だな。 いつ仕入れたんだ?」


 言いながら今度は山葵を乗せて同じように食べる。


「…〜っ、鼻にきた…っ」


「どれ、俺ももらうぞ〜」


「僕ももらうよ」


 レオンとセイシュウも同じ様に食べて眉を顰める。


「これは〜っ! ぐ…っ涙が出そうだ〜…」


「…辛っ!? の、飲みもろ…んく、んく…ぷはっ! 食べたことない味だよ…」


「ははっ! 初めは皆そんな感じだ。…俺としては結構好きな味なんだが」


 水で割った一人旅をグイッと飲み干して新しく注ぐ。


「…カザイ、お代わりだ〜‼︎」


「同じく僕も!」


「…勢いがあるのは良いが潰れるぞ?」


「まだまだいけるから大丈夫だ〜!」


「こうして飲めるんだから飲める内に飲んでおかないとね!」


 新しくカザイから酒を受け取って飲み始める2人。


「…よし、カザイ。 このエルフのくちづけというやつを出してくれないか?」


「良いが…それは結構後でくるぞ、大丈夫か?」


 弓弦が頷くと、カザイが棚からワイン瓶とワイングラスを取り出す。


「…あ、後何かチーズ系のつまみも頼む」


 隣に小さな球状のチーズの入ったグラスが。


「…なぁレオン」


「ん〜?」


「弓弦君って結構お酒好きだよね…年に見合わず…って僕達よりも年上になるのか…よくそれであの娘達に嫌われないよね」


「そんなので嫌われるようだったらそこまでの話だ〜。 例えば…フィリアーナちゃんはこいつに晩酌したり一緒に朝まで飲んだりするらしいぞ〜?」


 本人のすぐ隣でそんな話をし始める2人。 少し酔ってきたようだ。


「へ〜。 ハイエルフってお酒好きなんだね…これは新たな発見だよ」


「どっちかが合わせているわけじゃなくてお互いが自然体だからな〜。 ま〜それだけなら兎も角あの娘はとことん尽くしてくれるタイプの娘だからな〜…か〜っ! 羨ましいな〜! おい!」


「晩酌か〜…弓弦君が空けたグラスに喜んでオープスト大佐がお酒を注いでいる姿が目に浮かぶよ…ホント、僕達にはあんな蔑みの視線を向けてくるのに弓弦君だけ真逆の温かい視線向けちゃってさ…オルグレン大尉はどう思うんだい?」


「俺は会ったこと自体あまりないからな…だがそんなものだと思うよ。 恋する乙女が想い人に向ける視線とそうでない者に向ける視線、違って当然だと思うがな」


 グラスを拭きながら素っ気なく答えるカザイ。


「色々事情があってな。 フィーは人間の男に強い嫌悪感を抱いているんだ…悪く思わないでやってほしい」


「悪いとは思っていないがな〜。 酒の席だ〜。 色々愚痴ってくれても一向に構わないぞ〜?」


「浮世の憂さは酒と共に流す…ぷは…溜め込まずに吐き出してしまえば気楽なものだよ。 お代わりお願い」


「博士はそろそろペースを落とした方が良い。 …誰も多言はしないから言いたければ言ってくれ」


 ワイングラスに映る自分の顔を見つめる弓弦。 話すべきかどうか、話しても良いのかどうか悩む彼であったが、グラスを傾けて深呼吸して表情を引き締めると首を左右に振る。


「すまないな。 そればっかりは勘弁してくれ…知りたかったらあいつの口から直接…だ」


「つれないな〜…だがま〜仕方無いか〜。 だったら別のことでも話してくれないか〜?」


「別の話か…」










 ーーー数時間後。


「…っく、何でそこでそ〜なるんだよ〜! そこはバシッと決めてだな〜っく、そのままゴーしろよ〜!」


「そうだよそうだよ! 何でそこで引き下がっちゃうんだよ! 男ならガシッといってよ!」


「見事に出来上がったな…」


 2人のあまりの酔いっぷりにカザイが逆に感心したように見ているが、弓弦はと言うと…。


「…仕方が無いだろう…責任が取れないんだから…はぁ、1人だけを選ぶわけにはいかないんだぞ…あぁ、もう一本出してくれないか?」


 こちらはこちらで出来上がっていた。


「余程気に入ったようで何よりだが…橘もそろそろ止めた方が良い。 明日…というか今日は“      ”。 貰うのは貰うで嬉しかったとは思うが返しの手間を考えるともう休むことをお勧めするな。 手作りするつもりなんだろ?」


「当然…というか、そうじゃないと満足しなさそうだからな。 知影は飴チュー…フィーは最悪味噌汁と犬耳の触り合いでもしておけば何とかなるとは思うが…問題は風音やユリやセティだな…出来ればあの時チョコを置いていった人物についても知りたいが分からないしな…」


「聞いたかいレオン…」


「お〜お〜…聞いたぞ〜」


「わっ!?」


 酔っ払い2人に襲われる弓弦。


「人が聞いておけば〜…本当に何股掛けているんだ〜!」


「そうだよ! そういうのに全く縁が無い僕達の身にもなってよ!」


「「「いや、セイシュウ(博士)はいるだろ」」」


 綺麗にそれぞれ視線の先のセイシュウに対して言葉が重なる。


「何で揃って同じこと言うんだ! どう考えてもいないよ‼︎」


「いや〜…だってな〜…っく」


「…どう考えてもあれを否定することは出来ないな」


「同感だ。 甲斐甲斐しく世話を焼かれているくせにどの口が言うんら?」


 レオン、カザイ、弓弦が互いの顔を見合わせて同時に口を開く。


「「「フレージュ(リィル(ちゃん))に」」」


「何でリィル君の名前が出てくるんだい!? 彼女は助手だよ!? 単なる助手! Josyuだよ‼︎」


「そうやって必死に否定するところがなお怪しいな〜…っく」


「助手を強調するところが何ともな…」


 弓弦が手を打つ。


「…そうか! 『人生の助手』という意味なら辻褄が合う‼︎」


 レオンとカザイがハッとしたように弓弦を指差す。


「「それだ‼︎」」


「違うよ!? 論理的に破綻しているよ! 研究者の助手! 人生の助手なんて初めて聞いたよ‼︎」


「今弓弦が思いついたばかりなんだから当然だろ〜?」


「…っ!! でも人生の助手は無いよ‼︎ 彼女はあくまで研究のパートナー!「「「つまり人生のパートナー(だな〜)」」」だから違うよぉぉぉっ!?」


 大爆笑するレオン、静かに笑う弓弦とカザイに対して深呼吸して呼吸を整えると弓弦を指差す。


「大体こういうのは弓弦君の役目だよね! 役割だよね!? なんで君までそっち側に回っているんだい!?」


「何で…って、面白いからに決まっているがそれが「もう良いよ‼︎」」


 さも当たり前のように返す彼にがっくしと膝を着く。


「き、君がボケに回るのがここまで恐ろしいものだとはね…! 想定外だよ…っ!」


「俺がツッコミ役だなんて誰が決めたんだ?」


「作し…皆だよ! 君がツッコミをしないと収拾がつかない! 何とかしてくれよ!!」


「…何とかってどうすれば良いんだ?」


「取り敢えず何とかって言ってみれば良いと思うぞ〜? …っく」


「何とか「違うよ!? 何でボケに回るんだい!?」」


 大声を出し過ぎて胃から何か戻ってきそうな感じがするセイシュウは笑う膝を必死に鼓舞して立ち上が…ろうとして倒れ込む。 飲み過ぎである。


「いや…博士が『何とかしてくれ』と言ったから橘は何とかしたまでだと思うがどう違うんだ?」


「どうもこうもどう考えても違うと思う…っぷ」


「どう考えても具体的に言ってもらわなくては動きようが無いのだが…何を俺に求めているんだ?」


「ツッコミだよ! ツッコミを求めているんだよ僕は!! さぁ分かったのなら何とかしてくれ‼︎」


 机を支えに立ち上がるセイシュウ。


「「「何とか「違ぁぁぁぁうっっ!! …っぷ、うわぁっ!?」」」」


 腕の力が抜けて転倒する。


「……っぷ、あぁもう…なんで寄ってたかって僕を弄るんだよ……ぷはっ! やってられないよ! オルグレン大尉! お代わりだ!!」


「取り敢えず水を飲んで落ち着け。 少しペースを落とさないとつ「知らないよ! 飲みたいんだよ! 飲み足りないんだよ!」…どうなっても責任取れないからな」


「俺ももう一本空けてくれ」


「…橘、お前も大概にしておかないと奥さん達に怒られるぞ?」


「大丈夫さ。 知影もフィーも許してくれる…ふぅ。 果報者だよ、俺は…あんな可愛い妻がいて…ん、愛されている…本当に可愛いんだぞあいつら…はぁ…」


 弓弦がグラスに新しくワインを注ぐ。 奥さんと言われてすぐに2人の名前が出ている辺り、何だかんだ言って本人も認めているのである。 知影とフィーナが聞いたら狂喜乱舞するような言葉を言えるほど彼は酔っていた。


「どうしたんだ弓弦〜珍しく歯の浮くような言葉を言っているじゃないか〜…で〜? その先は〜?」


「可愛いんだよ…信じられないな…二次元のヒロインのような超スペックで、何で俺なんかを好きになってくれたんだか分からないぐらいだ…っく、本当に…本当に大好きだぁ…っ、そうそう、可愛いと言えば姉さん達も可愛かったなぁ…」


「おお〜? それでそれで〜?」


「…何で弓弦君ばっかり…僕もそんな人が欲しいよ! この歳になって独り身は寂しいに決まっているじゃないかっ! あぁっ! 嫁さんが欲しいよ!!」












「…そこまでにしておけ。 もう日が昇るから今日は終わりだ。 続きはまた今度にしてくれ」


「……zzz」


「そうか…これから良いところだったのだが仕方が無いな。 カザイ、エルフのくちづけ一本持ち帰っても良いか?」


「好きにしろ。 お代は割勘か?」


「俺が全部持つさ〜。 何たって隊長だからな〜!」


 そこから更に数時間後。 カザイの一言により男3人の飲み会は終了した。 レオンが勘定を払って危うげな足取りでどこかへと消え、弓弦はワイン瓶片手に自分の部屋へと戻った。


「ただいま」


「随分と遅い帰りですねご主人様」


「遅いよ弓弦、フィーナと2人でずっと待っていたんだよ? …って何そのワイン瓶…まさか飲みに行ってたの!?」


 彼が部屋に戻ると、瞼が重そうな知影とフィーナが出迎えた。


「これ、土産だ。 中々味が良くてな…今度一緒に飲むぞ」


「あ、はい♪ …!? ご、ご主人様一体どれほどお飲みになったのですか!」


 瓶を受け取ったフィーナが弓弦の酒臭さに驚きの声を上げる。


「…ん、ちょっとな。 まぁたまには良いだろ…な?」


「フィーナ、そのお酒…度数は?」


「14%…ワインでは普通ね。 エルフのくちづけ…! これブリューテで造られていたものではないですか! 一体これをどこで!?」


 エルフのくちづけ。 これは妖精の村ブリューテ特産のワインであるのだが、実は製造者であった1人のハイエルフが、自身に何かあった時のために自らが最も信頼している人間に製造法が書かれた書物を託していたことで今に続く、カリエンテの隠れた銘酒だ。 今は亡きフィーナの父親が最も愛したワインである。


「名前に惹かれて試しに飲んでみたんだが、味が俺好みでな。 そうか…ブリューテの…。 なら尚更今度一緒に飲むとするか、何なら今からでも…」


「ぁ…っ♪ だ、ダメです…今は知影が起きていますから…」


 近づく弓弦の唇を恥ずかしそうに視線を逸らし頬を染めて人差し指で止めるフィーナ。


「ちょっと! 私子ども扱い!? 酔っているのは分かるけどやって良いことといけないことぐらいは判断出来るよね!?」


「何だ…知影も、大人の世界に混ざりたいのか? 良いぞ、お前がその気なら俺はいつでも…♪」


「え!? ゆ、弓弦…今日は狼なの…ゃ、ゃぁ…っ♪」


 『今の弓弦は酔っている』ということは分かっているが、いつもとは違う積極的な弓弦に対して知影の意志はあまりにも弱く、危うくされるがままになりそうであったが、2人を抱き寄せた後の強烈な脱力感を最後に彼の記憶は途切れた。

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