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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
指揮訓練任務編
95/411

服への…変身

 俺達は一週間と少し振りにアークドラグノフに戻り、俺の他部隊での指揮訓練へと向かう準備をしようとしていた。


「出発するのは明後日だな〜。 俺の方でも色々とセイシュウに調査を頼んでおいてあったから、話せるレベルまで纏めたら艦内アナウンスで呼ぶ。 …ま〜多分二、三時間はかかるだろうからそれまでは準備だな〜」


「明後日だな。 分かった」


「よ〜し! んじゃ〜後でな〜」


 レオンと別れてから俺、知影、風音、フィー、セティ、ユリの6人は俺の部屋で色々と話し合うことにした。


「…先ず一番大事なのは、弓弦が指揮をする部隊に女の子がいるかどう」


 ハリセンで知影の頭を叩く。


「…そんなことはどうでも良いだろ!「「「「どうでも良くない(です)!!」」」」ッ!?」


 何でどうでも良くないんだ!? 良く分からんが、向こうの策の渦中に飛び込むも同然なのに何が!?」


「…私が御目付として同行致しましたとしても、弓弦様はきっと…増やされてしまうでしょう…!」


 まるで自らの力不足を嘆くかのごとく風音が唇を噛む。


「風音、こればかりは仕方が無いわ…それがこの方の才能なのだから…」


「…だが向こうもそう簡単に籠絡出来るような者を寄越すだろうか?」


「…誰が来ても…可能性がある」


「それに風音さんは直接妨害することは出来難いからその点がさらに危ないかな…」


 …おい、遠回しに俺に文句を言っているつもりではないだろうな…まったく…。


「それで、風音を何に変身させたら良いんだ? 服は隊員服だとして…この帽子の中の犬耳も何とかしないといけないからな…」


「…見られないように極力注意していくしか無いと思う。 下手に魔法を使ったら気付かれやすくなると思うし…」


「…風音、何になりたい…?」


「…そうですね…弓弦様の側に在っても比較的違和感が無いものが…」


「そうだな。 理にかなってると思う。 …しかし、橘殿がいつも身に着けているものとなると…」


「…服?」


 セティの言葉で訪れる静寂。 確かにいつも身に着けているのは間違い無いが…。


「いやでも服はちょっと…ねぇ?」


「…ものは試しかもしれない。 一度やってみても良いと思います」


「あらあら…私は構いませんが…服になれるのでしょうか?」


「…確かにものは試しだな。 やってみるか。 『…まことなる幻…ことわりを捻じ曲げ我が身をせん…エヒトハルツィナツィオーン』


 風音を中心として霧が発生する。 視界を埋め尽くすきりが晴れた後風音が立っていた場所に。


「ほ、本当に服になっちゃった…」


 シャツが落ちていた。 それを拾って話し掛ける。


「風音、大丈夫か?」


『はい。 奇妙な感覚ですが…問題無いです』


「そうか。 皆、聞こえるか?」


 全員首を横に振る…知影達には聞こえてないみたいだな。 俺にだけ聞こえるみたいだ。


「よし、取り敢えず着てみるか」


 脱衣所に移動して着てみる。 所謂ヒートテックなのか、温かい。


『…っ!? こ、この感覚、は…』


「どうした?」


『い、いえ…何でも、ありま、せん…」


 ひたすら何かに耐えているような声だったが、本人が何でもないと言うので知影達の下に戻る。


「…違和感は無いからバレないと思うけど…風音さんは何だって?」


『………普通です。 至って普通です。 決して普通でなくは無いので、そう皆様に御伝え下さい』


「風音に外の声は聞こえてるみたいだな。 本人曰く、普通だとさ。 魔法の効果かサイズも丁度良いし、これで大丈夫だと『っ‼︎』…大丈夫、だよな?」


『大丈夫です。 大丈夫ですからぁっ‼︎』


「お、おい! どうした!」


「どうしたのだ!?」


「風音が急に『くぅっ‼︎』風音!?」


「…っ服を脱いでください!」


 風音の様子が明らかにおかしいので急いでシャツを脱いで“エヒトハルツィナツィオーン”を使って元に戻す。


「橘殿は見てはいかんぞ…っ」


 風音のあられもない姿が見えたような気がするがユリに目を塞がれる。 もう今更なんだが…ってそういう問題でもないか。


「た、直ちに着替えて参ります!」


 着物を着るために風音は脱衣所に消えたが、ユリの手が離れることは何故かない。


「……ユリ。 そろそろ手を離してもらっても良いか? …俺も服を着たいのだが…」


「ッ!? す、すまぬ…」


 やっと離れてくれるユリ。 咄嗟のことであったのは分かる。 分かるが…やけに視線を感じた。 その数五つ…って全員か。


「常々思うけど、弓弦ってまた身体が一段と引き締まったよね…」


「そうね…少な過ぎず、多過ぎなくて無駄が無い…素敵な身体だと思うわ…素敵です、ご主人様…」


「…う、うむ」


「…ユリが一番見てた…近くで…思いっ「言うなぁっ!」…本当のことだよ…?」


「…流石にそう人の身体のことを言われると照れるものがあるのだが…と、大丈夫か風音?」


「…はい」


 何か一言文句を言おうと思ったが、風音が覚束なげな足取りで戻って来たのを見、彼女の身体を支えて座らせる。 …いつもより身体が熱を帯びている…顔も赤いし…反動だろうか?


「風音、何があったのか説明してもらおうかしら?」


「私も聞きたいな。 弓弦が慌てるくらいだし、何かあったんでしょ?」


「…そうですね。 少し…取り乱してしまいました」


「…私達は何故風音殿が取り乱すような事態になったのかを聞いているのだが」


「…風音何か隠して…る?」


「少し身体が熱っぽいし…それが反動だったら対策を講じる必要があるからな」


「い、いえ…反動と言えば反動なのかもしれませんが…魔法の反動…とは違うと思います…あぁですが…やはり反動…でしょうか…?」


 珍しく風音にしては要領を得ない返しだ…だからそれが知影達にさらに懐疑心を持たせることになった。


「…何かを隠しているわね? 言いなさい。 これはとても大事なことよ」


「そうそう。 何たって服になってそれを弓弦に着てもらうなんて経験、普通に有り得ないし羨ましい…じゃない。 もしもの時のための対策が講じ辛いから」


「…言葉は話せなくとも、私達の言葉が聞こえた以上は感覚があると見て間違い無い。 後はどの感覚「…っ」…風音殿、どうされた?」


「い、いえ…何でも…何でもございません…」


「……感覚に関係があること」


「セティ…私は大丈夫ですからそれ以上『マインドケッテ』」


「…フィー。 いくら何でもそれは…」


 風音なら話してくれたはずだ…無理矢理魔法で聞き出すのはどうかと思うが…はぁ。


「…実質ご主人様を1人で送り出さなければならないこの状況。 頼りの風音が何らかの隠し事をしているようでは先が思いやられます。 時間もありませんし、不安要素を一つでも少なくするためにはこうするしかありません。 さて風音、悪いとは思っているけど聞かせてもらうわよ。 服になって何を感じたのかを」


 フィーの質問に対して虚ろな目をした風音はゆっくりと話し始めた。


「…不思議な感覚でした…弓弦様が私の中へと御入りになり…内側から私を広げていくのです…最初は少し引っ張られるように痛かったのですけど…身体が慣れてきたのかそれもすぐに無くなり…とても温かくて…何故か妙なほどに弓弦様が愛おしい…そんな心地良い感覚が致しまし…あら? 私は何を…」


 …フィーが途中で魔法を解除したのでそれ以上は聞けなかったが、もう十分過ぎるほど聞いてはいけないようなことを聞いてしまったような気がする。 フィーはセティの犬耳を塞いでいるし、ユリは真っ赤になって「あうあう」と言っている。 それとは対照的に知影が真っ青になっているのが目に止まったが、今は良いだろう。


「あ、あああ汗とかも服だから吸っちゃうんだよね…だ、だとしたらその感覚ってほほほほ殆どっ!?」


 ハリセンで知影の言葉を中断させる。 はしたないぞまったく…。


「ふ、服は駄目ね。 このままでは色々と余計な心配ごとが増えるような気がするわ。 ご主人様も、よろしいですね?」


「あ、あぁそうだな。 何か他に案は無いか?」


 服とか身につけるものは駄目だな。 無事に帰って来た時の風音が怖い。 見てみたいが怖い。


「…弓弦、何を想像しているのかな…!」


「…衣服以外で俺が身につけているもの…と言えばコレだと思ってな」


 帽子を手に取る。


「帽子か。 うむ、一つ思いついたな。 橘殿、少し良いか?」


「何だ?」












 三時間が経ち、俺達を呼ぶアナウンスが流れたので俺達6人は研究室へと向かった。


「やぁ…? 風音中佐はどこだい?」


 研究室へ入った5人を見てセイシュウが見えない風音の姿を探す。


「これだ。 話し合った結果、この姿が一番問題無いそうだからな」


「形と言い色と言い綺麗な羽ですわ…それが風音大佐なのですわね」


「あぁ。 風音らしい羽だよな。 軽く触れるだけで熱を感じるんだ」


 帽子に飾りとして結び付けられた緋色の羽を撫でる。


『くすぐったいですよ』と頭の中に聞こえたが特に話すことも無いのでそっとしておく。


「ロリーのやつが手を回してくれてな〜。 もしもの時のためにアンナのやつも部隊に加わる手筈になっているからな〜?」


「はい。 これが弓弦君が指揮を執ることになる小部隊隊員の名簿だよ…アンナを含めて6人。 男3人女3人の一見ありきたりな編成だけど…」


「階級も最高が少佐で、魔法属性の方も特別なものは無いのですわ…ですがこの中に間者がいる可能性があります。 誰かは分からない且つ、直接敵対行動を取る必要も無いはず…それに弓弦君とアンナさんが負ける要素は少ないのだけど」


 受け取って目を通してみる。


『ロイ・シュトゥルワーヌ大尉 風。 メライ・ソーン少佐 地。 キール・ジャンソン大尉 火。 ユズナハ・レイヤー中尉 闇。 トレエ・ドゥフト中尉 水』


「前の3人が男で後の2人が女だな〜。 魔法の属性も偏りが無いところを見ると至って普通に思えるのだが〜…」


「…深く考え過ぎてもしょうがないよ。 どれだけ対策を練ったとしもごふっ!? り、リィル君!?」


 拳がセイシュウの鳩尾にめり込む。


「楽観的過ぎますわよ。 博士はその場その場で策を練れると思いますが、もしもの状況になった場合はアンナ「「ぷっ」」…失礼ですわよ」


 …アンナは普通の名前だと思うが…そんなに笑える要素があるのだろうか。


『…御分かりになられないのですか? …いいえ、何でもありません』


「ま〜実際に起こらないといくらでも事の可能性はあるからな〜。 取り敢えずは解散で良いぞ〜」


 レオンの一言でその場は解散ということになった。 知影は1人でセイシュウ達に話があるそうなのでその場に残し、俺達は研究室を出た。


        *


「話があるんだよね? 知影ちゃん」


「…はい」


 弓弦のことを深く思い描くことで彼が食堂の辺りへと向かったことを確認してから私は返事をした。


「弓弦抜きでの話とはまた珍しいな〜。 …外した方が良いか?」


「いえ、隊長さんにもリィルさんにも出来れば聞いてほしい話です」


わたくしにも? どのような話でしょう?」


「私を弓弦の中に戻す…ということは可能ですか?」


 博士達は互いに目配せし合う。


「…何だって急にそんなことを聞くんだ〜?」


「ずっと聞きそびれていたのですけど…私を弓弦の意識から切り離した方法やその原理を知っておきたいんです。 今回は風音さんが変身して弓弦と行動しますけど…以前のように私が彼の中にいた方がそういった時に効率が良いと思ったので…どうですか?」


「「「…本音は?」」」


「常に弓弦の側にいたいか…あ」


 …つい言っちゃった。 あ〜あ…。


「…そんなことだと思ったけど…そうだね、話しておいた方が良いかな。 リィル君、説明を頼むよ」


「お任せくださいまし!」


 リィルさんが手に持つ端末を操作すると、研究室の壁に大きなディスプレイが現れる。


「説明しましょう! 先ず以前の弓弦君と知影ちゃんの状態のことを『同化状態』とします。 さて、この同化状態ですが、原因は弓弦君の魔法によるものだと私と博士の間で結論が出ています。 つまり知影ちゃんの存在自体が彼に吸収されたということです。 その結果があの状態。 再構成させるための魔力マナや原子は全て弓弦君の中に存在していたからあなたは以前と殆ど変わらない状態で元に戻ることが出来た…ということです」


「…私という存在が弓弦の中に…だからこの眼も…」


 確かに辻褄は合うけど…。


「その通りですわ。 流石、聡明ですわね。 その眼は言わば後遺症…と言ってしまうと嫌な響きですが…「名ごふっ!?」そう、名残ですわ!」


「う、うぅ…」


「…セイシュウ、大丈夫か〜?」


 これも愛の形…なんて言ったら弓弦がはどう思うかな…考えるまでもない…よね。 でも簡単なスキンシップは大事。 夫婦として♪ …簡単なスキンシップ…フフフ。


「…知影ちゃん、聞いていますの?」


「え? はい。 つまり私と弓弦、互いの左右対称のオッドアイは同化状態時の名残ということですよね?」


「そう。 知影ちゃんの左眼は本来弓弦君の、弓弦君の左眼は本来知影ちゃんの瞳よ。 でも、名残として残るのは見た目だけじゃない。 見た目以外のものにも残っているのよね…そうでしょ?」


「…能力」


「正確には身体技能。 例えば弓弦君の体捌きや知影ちゃんの短剣の扱い方はそれぞれがそれぞれに対して瓜二つよ。 タイミングや細かい筋肉の動きが完璧に一致。 一切のズレが無い、まるで同じ人がやっているみたいに動いてますわ」


 リィルさんの言葉は確かな確信に基づいているみたいで、同時に私の中でも得心がいった。 


「弓弦のハイエルフ化…はどう考えてますか? この同化によるものでしょうか?」


 互いの形質が残ったと言うのなら、それはフィーナにも当てはまるはず。 …そう思ったのだけど…。


「それはちごほっ!?」


「な〜リィルちゃん。 程々にしとかないと、そろそろセイシュウが沈むぞ〜?」


「一応考えておきますわ。 …そこのゴミの言う通り、弓弦君とフィリアーナさんが同化したことはありませんわ」


 はっきりと断言するリィルさん。


「あの耳は弓弦君のものよ。 フィリアーナさんとは違う、彼自身のね。 2人がしたという『ハイエルフの契り』…文献が幾つか残っている程度だけど…全ての内容と一致しますわ」


「…フィーナの剣技についても同じですか?」


「彼女が使う居合い斬りは弓弦君と同じ型ではあるけど違うらしいですわよ。 隊長」


「そうだな〜…簡単に言ってしまえば同じ師匠から学んだ型だな〜。 ま〜本人が弓弦から学んだと言ったのなら本当にそうなんだろ〜。 知影ちゃんのような〜…ような〜…そうそう、愛が可能にさせた完全コピーとは違うぞ〜」


「愛って…愛!? そうよね…私と弓弦の深い愛が可能にさせたもの…やっぱり愛し合っているんだよ…ね? 弓弦♪ 弓弦弓弦♪」


『ハックション! うぅ…絶対知影のやつが噂してるな…』


 弓弦が私を呼んでる! 行かなきゃ!


「…知影ちゃん!? まだ話は終わってませ」


        *


「…行ってしまいましたわ…」


 「まだ続きますのに…」とリィルが言いながら肩を落とす。


「心が覗ける…か。 弓弦君も本当に苦労しているみたいだね」


「そうだな〜…だがま〜本人は本人で諦めというか〜…不満は抱きながらも何だかんだ楽しそうだから良いと思うぞ〜」


「若さ…ですわね」


「…前は兎も角、今は僕達よりも年上になるんだよね…ハイエルフ、面白いね」


「お〜! 久々に研究者としての血が騒いだか〜?」


「ふっ…騒いでなごふっ!?」


 もう本日何度目になるか分からないリィルの拳がセイシュウの顔面を抉る。


「弛んでいますわよ。 何故そうも怠けようとするのですか…あの頃は…っでしたのに…」


「…意識、無いぞ〜」


「分かってて言っているのですわ。 本当にこの人は…」


 ブツブツと言いながらもセイシュウをベッドに横たえさせたリィルは彼のくすんだ鈍色の髪を手でくるくると絡め取るように弄る。


「ま〜何だ…ご馳走さんだ〜。 それで話を戻すが〜…『アレ』なんだよな〜?」


「あなたが思っている通りですわ。 調べてみましたけど…こちらはほぼ間違いありませんわ…ですが…」


「俺もそれは思ってるが〜…そうとしか思えないな〜。 そうとしか思えないからそう思えないのだが〜…それだと色々辻褄が合わないんだよな〜」


「もう一度見てみますか?」


「…そうだな〜」


 リィルが端末を操作するとディスプレイに四分割された映像が流れる。 場所を始め人物や手に持つ武器に違いはあるが、ある疑問を持っている人物ならその中にある共通点を必ずと言って良いほど見出せる…そんな映像であった。 レオンとリィルはその映像を厳しい目で見つめる。


「接点はどうだ〜?」


「…接点も何も、あの時が初対面で間違いないはずですわ。 それに…そのような行動をすると思いまして?」


「…お堅いあいつがするはずが無いよな〜…う〜む…さっぱり分からんな!」


「自信有り気に言わないでくださいまし」


「しかしだな〜…何故気づいていないんだ〜? そういうものは普通一番最初に気づくものだと思うが〜」


「普通なら気づくと思いますわ。 ですがあの時はおそらく、別のことで気が気ではなかったと思いますわよ…本当にいつもの態度とは裏腹に、ですわね…愛ですわ…」


 自分と重ねたのであろうか、うっとりと自身の言葉に酔いしてれている様子のリィルをレオンは何とも言えない表情で見る。


「…その様子ではまだ立ち直られてないのですわね…」


「…弓弦達を見ているとどうも

…な〜」


「…た「君の判断は間違ってなかったよ」…博士」


 気絶から立ち直ったセイシュウが落ち着いた声音でレオンに言う。


「あそこで引いていなかったら僕達は全滅していた…間違い無くね」


「…俺が一番嫌いな戦法はな、『小を捨て大を取る』だ…全員で生きて帰ってこそ意味がある…意味があったんだ…なのに…」


「隊長、らしくないですわよ…今日はもうお休みくださいまし…」


「…分かった…すまないな〜…」


 どこか覚束ない足取りでレオンが研究室を出て行く。 リィルは端末を操作してディスプレイを収納させてベッドの近くの椅子に座る。


「…隊長も一途な方ですわね…あの人のことをまだ想われているとは…」


「…仕方が無いよ。 今でこそ気丈に振舞っているけど…彼はまだ諦めていないから」


「…あるのですか?」


「…伝承に伝えられるハイエルフが実在したんだ。 可能性としては無くもないよ。 魔法はあらゆる事象に干渉することが出来るのだから…その魔法があったとしても…ね」


 横になりながら目を閉じて、セイシュウは自らの記憶を辿っている。


「…二種類だ。 二種類あると言われているけど…“失われた属性”だから無理…か」


「…フィリアーナさんなら何か…知っているかもしれませんわよ。 ハイエルフの、彼女なら…」


 セイシュウが起き上がって飴玉を口に運ぼう…としてリィルに取られる。


「…糖分、糖分が欲しい…頼むよリィル君…」


「当分糖分は駄目ですわよ」


 取った飴玉を口に運んだリィルを見てセイシュウが溜息と共にがっくしと肩を落とす。


「…はぁ、フィリアーナちゃんはきっと教えないと思うよ。 弓弦君の頼みなら兎も角、レオンや僕とかがお願いしようとしたら話すらしてくれないからね…」


「彼女は気高きハイエルフ…警戒心が強いのですからそれこそ仕方がありませんわね…本当にあの子達は…」


「弓弦君…か…綺麗な女の子に囲まれて羨ましいな…。 …さて、僕はあいつの仕事やっておないといけないね。 じゃあ、ここ、任せたよ」


 セイシュウを見送ってリィルは部屋の掃除をする。


「……」


 カリッと飴が噛まれる音がする。 その後少しして飲み込んでから、


「…綺麗ではありませんが…私が…。 …ですが隊長のお仕事の代理、頑張ってくださいまし」


 その言葉がセイシュウに届くことはなかったが、友人と同じくやる時はちゃんとやる彼の背中を見、満足そうにリィルは部屋の掃除を始めた。

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