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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
“非日常”という“日常”
9/411

対峙

 鬼神。今の彼女──「神ヶ崎 知影」を形容する言葉として、これ程的確な言葉はないだろうと、レオンは対峙しながら考えていた。


「おっかね〜奴だ…ッ!」


 額の汗を拭い、レオンは大剣を構え直す。

 傷付け過ぎず、気絶させる。たったそれだけのことをするはずだった。

 しかしいつしか、戦闘が始まって二時間近くが経過していた。それだけの時間だ、例えレオンでなくとも疲れを感じてしまうだろう。


「(狙いは喉か〜…ッ!) こんのッ!」


 フェイントを多用した喉元への斬撃を防ぎ、そのまま刃を弾いてカウンターを繰り出す。

 横薙ぎの一閃は、鮮やかに避けられた。


「な~セイシュウ! 何とかならないのか~!」

 

 レオンは頭上に向かって大きく呼び掛けた。

 現在この『VR2』の前では、セイシュウとリィルが何かしらの作業を行ってくれている。

 何でも「援護」の準備らしいが、ヨハンにとってはそれどころでない。

 思いの外強い相手への苦戦を強いられる中、何とか生き延びているというのに、どうして待つことが出来ようか。

 何度目か分からない問い掛けに、セイシュウは「もう少し時間を稼いで!」の一点張りだった。

 因みにこちらは、最初にレオンが呼び掛けてから三十分程度経過していた。

 だが今か今かと待つレオンにとって、最早時間はどうでも良い。例え一秒だろうが、この戦いは濃密な一時の連続であった。


「フフフフフ!!」


 剣を逆手に構えた知影は、壊れたように笑いながら斬り掛かる。

 その速さは、ある「裏技」を使っているレオンの速さに肉薄する程。

 並の人間ではあり得ない。しかし、あり得させる程に常人離れしたスピードが、レオンの反応を若干遅らせる。


「この…っ!!」


 裏技その二を放つ。

 裏技とは、即ち禁じ手。軍人が無手の民人相手に銃で戦うぐらいには、強力かつ有利に戦局を運ぶ攻撃手段だ。

 彼が剣を振るうと、彼女が突然左にサイドステップをした。

 レオンの大剣、二本分の距離は空いていたであろうか。一見安全地帯に見えるが、切先が届かないだけ(・・・・・・・・・)の距離でしかない。見えていないだけで、レオンの振るった一撃は確かに届いていた(・・・・・)。避けられていなければ。


「こいつも、もう避けるか〜。適応早過ぎだ〜っ!」


 レオンは歯噛みする。

 一度通用した手は、余程動きを封じ込めない限りは二度と効かない。

 例えどんなに本来の彼女や弓弦からしたら理解出来ないようなことでも、彼女は瞬時に対応策を見出す。そしてその通りに理想の回避をする。

 なら一度目は通用するのか。これは半分正解で、半分不正解である。

 一度目と二度目以降の違い──それは、攻撃に反応するまでに彼女が消費する時間の違いに限られた。

 最初に見せた行動は、ギリギリまで引き付けられてからかわす。 そこで有効範囲を見切られる。二度目以降の行動はまるで掌で踊らされるかのように、攻撃が絶対に当たらないギリギリの位置に移動し、死角から攻撃する。

 当たらない。何をやっても攻撃が当たらず、最早千日手状態。互いに頭上のゲージこそ減っていないが、双方のスタミナには大きな差が生じている。

 攻め切れない状況がレオンの首を真綿で締めているのだ。

 もし永遠に続くかもしれないこの戦いに、終わりが訪れるとするのなら──それはレオンのスタミナ切れによる敗北しか考えられない。それ程、戦闘状況は拮抗的で一方的だった。


「…あの嬢ちゃん、本当に素人か〜? こりゃ体術だけなら、相当上級者だぞ〜っ」


 ゆらりと幽鬼のような足取りで迫る知影。

 獰猛な眼光は、獲物を前にする獣のよう。

 今のレオンの頼みの綱は、外で何かしらの策を講じているであろう親友。

 今出来ることは、準備が整うまでにただ時間稼ぎをすることか。身構えるレオンに対して、剣が投擲とうてきされた。


「(得物を投げ捨てただと〜っ!?)」


 たった一つの得物を手放した行動を訝しみながらも、眉間を貫こうとする剣を弾く。

 避けるか、弾くか。二つの選択肢の中で、敢えて弾いてみせたのたのは咄嗟の選択だ。

 弾かれた剣が宙を舞う中、レオンは攻勢に出ようとするも──


「ッ!?」


 一瞬の迎撃が、レオンの視界を奪っていた。

 その一瞬に、知影の姿が消えている。

 どこだ。消えた姿を探すレオンの背後に、気配。

 投擲とうてきの狙いは、次の瞬間直面することに。


「弓弦の、敵……!!」


 レオンの死角から迫る知影の手。

 背後を、取られていた。

 視界の端にも映らない僅かな死角を縫うように、彼女は巧妙に背後へと移動してみせたのだ。


「ぐ…っ」


 視線誘導と、行動予測。

 レオンの思考を操り、戦況を有利に手繰り寄せるような智謀の美技だ。

 気付いた時にはもう遅い。背後を斬ろうとしたレオンの顔面を、華奢な手が覆った。


「フフフ…捕まえた…!」


 捉えられた。

 確実に消耗していっているレオンと、まるで無限のスタミナを持っているかのような知影──こうなるのは時間の問題だったのだが、ついに現実のこととなった。

 暗い笑みを浮かべた彼女は溢れんばかりの殺意を解き放ち、レオンの頭を握り締めていく──ッ!


「死、ん、で、しまえぇぇぇぇぇぇぇええええッッ!!」


「ぐぉ…く、くそ…っ!!」


 激痛に耐えるレオンの脳裏に、リィルの忠告が思い出される。


『先にお伝えしておきますが、女の恨みは怖いですわよ。システム上、死ぬことはありませんし、怪我もその場限りのものになりますけど…。あまり狂気に当てられるようなことがあれば、心に傷を負ってトラウマになる可能性も否定できませんわ。注意してくださいまし』


「(こんなぁ…くそ〜っ!)」


 このままでは危険だ。

 自分の身も、隊長としての尊厳も。

 だから、絶対に負ける訳にはいかない。

 本当に危機感を感じたレオンは、裏技その三を切ることに。


「痛い? 痛いでしょ? 弓弦はもっと痛かったんだよ…? フ、フフフ…!!」


 知影がレオンの顔を鷲掴みにしつつ持ち上げていき、圧する──俗にいうアイアンクローだが、大の男を片手で簡単に持ち上げながら行うという恐ろしい芸当だ。

 圧倒的な殺意に彩られたオッドアイに光は無く。本来ならば可憐と形容出来る桜色の唇から、絶え間無く漏れ出るのはレオンへの怨嗟と、彼女の想い人への狂おしい恋慕。恋に狂い、絶望に身を焦がし、心に再び氷の錠で閉ざしてなお、彼女という存在全てを肯定してくれた者を殺した男への憎悪の念は止め処無い。

 ありとあらゆる感情の全てが、巌も断ち切る殺気という刃になって叩き付けられる。


「もっと、もっと、もっともっともっともっともぉっと痛め付けてあげる…放してほしかったら、早く、早く死んでぇっ!!」


 しかしレオンとて簡単にやられる訳にはいかない。

 激痛に耐え、己の内に巡る力に働き掛け、確実な一手のために機を窺う。

 そして気が──溜まった。


「ッ!」


 人の身には、血流の他に二種類の流動体が巡っていると言われている。「気」とはその内の片割れである。

 万物に宿る自然の力の一つである「気」。極めれば、空も飛べる──まではいかないが。肉体を強靭にしたり、武器として放てたりする。

 レオンは隊長である。実力も、当然部隊の中では一番高い。

 実力とは、単に力の差でも、知恵の差だけでもない。それらに加えて強力な手札を、どれ程持っているのか否かだ。


「発ッ!!」


 裏技その三──技の名を、『活心衝かつしんしょう』初ノ型“烈破れつは”という。

 体内で練った気を、裂帛の気合と共に衝撃波として自らの周囲に放ち、吹き飛ばす牽制用の技だ。

 『活心衝』とは、彼が師である祖父から伝授された武術である。他にも幾つか型はあるが、彼はこの武術を使うことを良しとしていない。

 それは偉大な祖父への反感か、単に戒めているだけなのか──それは兎も角。逆をいうのならば、使うことを自ら戒めている技を使わなければならない程、今は追い詰められていたのだ。


「!?」


 爆発的に拡散した気が、空気を震わせる。

 生じた猛烈な風が、容赦無く知影の身体に衝突した。

 密着状態かつ、彼女に初めて見せた技であったのが功を奏したのか、衝撃波をその身に受けた彼女は吹き飛ばされた。

 拘束が、解かれる。


「(今だ…ッ!)」


 おそらくこの技も二度目以降は通用しない。

 ならば、この機会を最大限に活かす。

 一気にレオンは、攻撃に転じた。


「悪く思うなよ~…!!」


 攻撃は最大の防御である。

 力強く地を蹴ったレオンは一瞬でトップスピードに達する。

 最早出し惜しみは、しない。裏技その四である。


「お〜らァッ!」


 剣技、『加速剣』。一撃の重さと、一振りの速さを活かした剣技で、彼独特の剣術だ。

 レオンは剣を水平に構えると、そのまま知影に向かって駆ける。

 疾風怒濤。刃は一筋の風となり、戦場を吹き抜ける。


「っ!!」


 体勢を立て直す直前──着地の直後を急襲する。

 知影は受けの体勢を取るしかない。そして、地に突き刺さった剣を素早く構える。

 剣の方向へと吹き飛ばしたのは、狙った結果だ。

 得物は、即ち獲物にするえさ。彼女が得物を手にすることも、この技の狙い(・・・・・・)だった。


「(取ったな〜…ッ!)」


 彼女の姿勢に構わずレオンは、自らの速さと重さが乗った剣を知影の剣に打つける。

 甲高い金属音。火花か散り、衝撃が双方に伝わる。


「く…っ!?」


 確かな手応えを感じた瞬間、レオンはすぐ剣を手元に引いて背後にまで駆け抜けた。

 知影の背後を、取った。

 重い衝撃に、僅かに足が地に沈み込む知影。

 しかし彼女が背後に対応するよりも、レオンの方が、圧倒的に速い──ッ!

 駆け抜けた風は、剣を軸にして反転した!


「これでも、もらってけ~!!」


 加速剣が一つ──“クロスインパクト”。

 吹き抜ける風が、十字を描く。

 その名の通り、レオンは上段から剣を振り下ろした──!


「…お~お~」


 振り下ろした、だが。


「フフフ」


 知影の反応速度が、一度は後手に回ってもなお、見事に反応してみせていた。

 レオンの一撃は、振り向き様に振るわれた彼女の剣に止められていたのだ。

 何という反応の良さか。しかし、レオンの一撃は届いた。


──ピシッ。


 音を立てて砕ける剣。

 速さと重さの乗った縦一文字に、知影の得物が耐えられなかったのだ。

 そして──。


──レオン! 準備が出来た、今から彼女の身体を数秒間拘束するよ、その間に無力化をッ!!


 待っていた声が聞こえた。

 折れた剣を手に反撃に移ろうとした知影が、動きを止める。

 レオンは素早く知影の背後に回り込み、その首筋に手刀を落とした。


「!?」


 知影の意識が落ちた。

 同時にゲージが端から端へと減り、空になる。

 目標の気絶、達成であった。


「だぁ〜! しんっどかったぞ〜っ」


 地に倒れ伏そうとした知影を支え、大きく一息吐く。

 辛かった。殺さないように手加減するのは、殺すよりも手が掛かってしまうのだ。


「お疲れ様」


 額の汗を空いた左手で拭い、時を過ごしていると声が聞こえた。

 闘技場形式の空間の壁に扉が現れ、外部へ任務ミッション中の副隊長を除く三人の実行部隊隊員と、セイシュウ、リィルが中に入って来た。


「何だ〜…。待機させてたのか〜」


 確か、全員艦橋に待機するよう伝えたはずなのだが。

 リィルが女同士で知影、ディオが男同士で弓弦を外へと運んで行くのを見遣り、セイシュウにジト眼を向ける。

 

「念のために呼び戻したんだ。君が捕まった後にね」


 そんなセイシュウは、彼の肩をポンッと叩いた。

 用心深いこの男は、仮にレオンが敗北を喫しそうになった場合のために手を打っていたのだ。

 それは、例え限り無く零に近くても、零でなければ用心するというこの男の性格からして、らしい行動であった。


「女の子相手に大苦戦、だったね。まさか『活心衝かつしんしょう』をもう一度見れる日が来るなんて、思わなかったよ」


 レオンの表情が、一瞬(かげ)りを帯びた。

 遠い日を思い起こすような瞳に、セイシュウは自らの失態を察する。

 「失言だったね」と話す彼の肩に、レオンは気にしていないとばかりに腕を回した。


「戦ってみるか~? 軽く死ねると思うぞ~。もう俺は遠慮したいぐらいだしな~」


「良い運動にはなりそうだね」


「お前さん、最近運動不足だったよな〜?」


「ははは…そうなんだよ。少しお腹出てきた」


「おいおい…」


 人には、歴史がある。

 それは生きてきた時間の分だけ、長い。

 人生の半分以上もの時間を共に過ごしてきた親友同士は、冗談の言い合いに話を移した。


「いやでも、本当に凄い戦いだったよ。彼女みたいなのを、天才って言うんだろうねぇ」


「お前が言うな~、この天才野郎~…っとと」


「ははは…ったく」


 ふらついた親友の身体を、セイシュウはしっかりと支える。

 レオンは支えに体重を任せ、歩幅を合わせる。

 互いに信頼し合える間柄の深さが、そこにはあった。


「だらし無いな~、そんなんで隊長が務まるのかい? レオン」


「お前さんがもっと早くにやってくれれば、きっと俺はここまで疲れなかったはずだ~。援護が遅いっての。はぁ~、この後の業務どうしてくれるんだ~? セイシュウ」


 互いに嫌味を言い合い、互いに笑う。

 出会ったあの日から変わることのない遣り取りが何ともおかしくて。


「頑張れよ、隊長」


「代行しろよ〜、詫びとして」


「や〜だね。僕は菓子を食べるんだ」


「んだと〜? なら食べなくてもリィルちゃんに言い付けるからな〜」


「食べなくても!? ははは…それは勘弁」


「はっはっは!」


 一頻り笑った後。

 レオンは自由な方の手で握り拳を作り、セイシュウの前に持っていく。

 それは、合図だった。


「この次も頼むぞ、頭脳派」


 気付いたセイシュウも、同じように空いた方の手で握り拳を作り、レオンの拳の前に持っていく。

 それは、合図なのだ。互いの絆を確かめ合い、また互いの尽力を労う時の。


「任せておいてよ、肉体派」


 激闘後の静寂に包まれた仮想空間を出るための扉を潜る直前。

 変わらない絆を確かめる二つの拳が、軽く打つかった。

「博士にはああ言っていますけど、隊長も大概鈍っていますわねぇ」


「…アレで鈍っているのか?」


「それでは今回は、私達の隊長が使う剣術について説明しますわ!」


「……。剣術か…」


「弓弦君も興味がありそうですわね?」


「まぁ、俺も剣を扱う立場だしな。人の剣術が気になるってこともある」


「男の子ですわね。ではそんな弓弦君のために、今回はしっかりと説明を──」


「あー。いや、そこまでは」


「連れないですわ。まぁ良くってよ。さて、隊長の剣術ですが…その名も、『加速剣』と呼ばれる剣術ですわ」


「…速さを一撃に乗せる剣術か」


「その通り。加速で乗せた力を相手に叩き付ける…その名の通り、加速していれば加速している程威力が増しますわ」


「相手との速度差で威力が変動する系の剣術なんだな」


「そんなスマートではありませんわよ。どちらかと言えば、パワー全振りの剣術ですわ」


「…勢い任せの剣術か」


「ですが、強力ですわよ。風すら操る剣術ですから」


「…何かちょっと、くすぐられるな」


「幾つかの型はありますが、型をなぞることで効率良く速度を上乗せ出来ますわ。…もっとも、血の滲む鍛錬が必要ですが」


「だろうな。見様見真似じゃ、アイツのような速さは出せない。それどころか、重さも乗せられないただの隙晒しだ」


「さて、そんな『加速剣』の型ですが。先程話した通り、複数存在しますわ」


「複数って、幾つあるんだ?」


「正確な数までは分かりませんの。秘伝の書があることは分かっているのですけど…」


「何だ、知らないのか」


「…そんな残念そうな顔をしないでくださいまし。そうですね…型は、“クロスインパクト”、“アクセルファング”、“スラッシュビジョン”、“アクセルピアース”、“スピードスラスト”…辺りは知っていますわよ」


「…どんな型なんだ?」


「その内出ますわ。具体的には、十六章までには見れるかもしれませんわね」


「…雑だな」


「最初に説明を断ったのはあなたでしてよ? 弓弦君」


「……」


「では予告ですわ! 『激闘を制したレオンは、バトンを友に託した。バトンは友の手を経て、内に宿された思い出の残滓を具現化する。眼覚めた弓弦を見守るように、彼女は居た──次回、ユリと、彼女』…白衣女子、登場」


「…白衣女子?」


「あぁ、彼女のことですわね。どうぞお楽しみくださいまし」


「??」

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