恋愛回顧!?
「…ふぅ、美味しかったな」
食卓に並べられた食事を綺麗に食べ終えてから俺は洗い場に並ぶエプロンに割烹着にメイド服 (そんなものどこにあったんだ…)をそれぞれ着用した3人の女性をぼんやりと眺めていた。 …いや、ぼんやりは正しいが俺は3人の女性を眺めているわけではない。 ただ頭の中で考え事をしていて、その視線の先にたまたま彼女達がいたというだけで別に萌えているわけではない。 決して新妻オーラを漂わせている3人の姿に萌えているわけではないので問題無い。 何が問題無いのかは俺自身ですら分からないが。
…しかし何というか…そう、華がある。 ライトノベルのヒロインのような整った容姿の3人が鼻歌交じりに順番に人の食器を洗っている姿に俺は、まるでそこだけ別世界のような…そんな錯覚を覚えさせられていた。 …順番に洗うのは非効率だとは思うが、俺の頭はこれからどうすべきか…という疑問で溢れていたのでそっとしておく。
…この世界に取り残されて2日目の夜。 魔物を除く知的生命体の痕跡を未だ一切見つけることが出来ていないこの状況。 幸い食料には大いに恵まれているので、迎えが来るまで暫くはこのまま代わり映えしない毎日が過ぎていくと思うが…何故迎えは来ないのだろうか? …気づいていないはずは絶対無い。 俺達が欠けていることを気づかないような事態は先ず最優先に排除しなければならない可能性だ。 他の可能性としては…所謂時差があるのか、それとも…この世界に入ってくることが出来ないのか…が挙げられるが、どうなのだろうか。
「はぁっ…ご主人様が私の体に舐め回すような視線を「向けられていません」…ん…っ!」
「…フィーナ、全然聞く耳持ってないよ」
「……弓弦様は何やら考え事をなさっている御様子ですね」
「うん…これからの予定を考えているんだよ。 …このままで良いのかとか…悩んでいるみたい」
「…覗いているのなら分かるだろう? 今の状況、どう思うんだ?」
知影に聞く。
「…芳しくないのは間違い無いよ。 隊長さん達が気づいていないのはまずあり得ないから、多分迎えに来たくても来れないっていうのが一番確率が高い。 連絡手段が無いから…あ、でも私はこの「他には?」…ケチ」
「暫くは徐々に探索範囲を広げていくのが良策だと思います。 周囲の魔物もそこまで強力ではないですから…」
『ただ一つ、気になった場所があります』
“テレパス”を使ってフィーが会話を続ける。
「弓弦様も御考えの通り、幸い現時点で食事面では問題が無いので当面は現状維持ですね」
『あの湖…微かにですが魔力による結界の気配がありました。 一度調査してみた方が良いと思います』
「そうだな」
二つの意味でフィーと風音に返事をする。
「石の上にも三年…焦らずに今は待つだけですね。 では、御布団を敷いてきます」
「あぁ、頼む。 2人も着替えてきたらどうだ?」
「そうだね。 そしたらそのあと今日弓弦と一緒に寝る人を決めなきゃ。 ふふふ♪」
「私は…今日は遠慮しておくわ。 風音と2人で決めて」
「え! 良いの?」
「ふふ、良いわよ」
「よ〜し…絶対に勝ってやる…っ!」
…などと話しながら2人も着替えに行く。 …毎日俺は誰かと一緒に寝なくてはいけないのか…まぁ悪い気はしないから良いが。
窓から外を眺める…あの湖に結界の気配か。 確かに言われてみればそうかもしれないな。 綺麗な水に豊富な魚、要素はある。 その前にあの大物を釣りたいが…アレを釣ってから潜ってみるか。
「弓弦! 私が勝ったから今日は私と一緒に寝よ♪」
「はいはい」
「ふふふ、今夜は寝かさないよ♪」
「いや寝かせてくれ…」
疲れ溜まるし…。
そして布団の中。 …眠れない。 眠れなさ過ぎて困る…以前に大絶賛(?)お困り中。
「……弓弦…♪ …ふぇへへ…」
何だその笑い方は…あ〜あ涎が垂れかけてるぞみっともないしはしたない…可愛いから許す…何て言おうがものなら調子に乗るからな…まったく。 困ったやつだ。 勿論、俺が寝れないのは知影の所為。 これだけ寝言で幸せそうに自分の名前を呼ばれてドキドキしないほど俺も鈍くはない。 …フィーの時は一緒に寝ていて、何故か不思議なほど安心したんだよな…例えるならそう、陽だまりのように温かくて…。 心を許しているって案外あのことなのかもしれないな。 昼寝をした時も驚くほどぐっすり眠れ…昼寝の所為か。 昼寝で寝過ぎてしまったから今眠れなさ過ぎるのか。
「…すぅ…すぅ」
…と言っても、一緒に昼寝をしたフィーはぐっすり寝ているようだが。
「…だぁい………好き…♪」
…。
……。
………。
…い、いかんな。 このままじゃ寝不足になる。 …外で風に当たって頭でも冷やしてくるか。 …悪いな、知影。 だがお前の所為だ。 お前が人をドキ…っ、早く行くか。
こっそり布団から抜け出して外に出て、拠点小屋の壁に凭れながら吹き抜ける風に身を晒す。 …良い風だな。 当たっていて気持ち良い。
夜空には二つの月。
…月、か。 どこもかしこも月が二つあるが…まぁ偶然か。 変これで何か関係があったら…なんて、馬鹿馬鹿しいか。
陰から何かが現れる。
「キシャアッ」
…魔物か。
「…斬られたくなかったら大人しく去ってくれ。 このままゆっくりと落ち着きたいんだ」
「キシャ…」
「勝てない相手には退くのも一つの戦法。 まぁ、魔物が理解出来るとは思わんが…」
「キシャア……」
「迷い込んだのなら早く仲間の下へ帰ってくれ。 斬るのも億劫になってきた…」
…何故通じるんだ。 何となく俺も鳴き声らしいもので読むことは出来るが…いや、これもある意味おかしいか。 それともやはり魔物も形は違えど生物には変わりないから…ということなのかもしれない。
「キシャ…キシャアッ!」
「…そうか。 なら…はぁっ!」
魔物の腹に拳を叩き込む。
「…吹き飛べっ‼︎」
「キシャァァァッ!?」
彼方へと飛んでいく魔物。 まぁこれで良いよな。 剣を取り出すのも面倒臭いし、消えるとは言え、何か嫌だ。 …甘いか?
「甘い…けど優しさだよ」
知影が扉を開けて外に出てくる。
「…起こしてしまったか。 悪い」
「…弓弦がいないこと、私が気づかないと思う?」
「…思わないが…それにしては遅かったな」
「……すぐ戻ってくると思ってたけどいつまで経っても帰ってこないから…」
…そういうことにしておくか。
「…どの道俺はまだ眠れそうにないからここで暫く座っとく。 外は冷えるから知影は中で待つか先に寝ていてくれ」
「…本気で言ってる?」
「風邪を引かれたら困るからな」
「その時は弓弦に看病してもらう。 お粥とかふ〜ふ〜してもらって…」
「面倒だから断る」
「ダメ…っ、そんなことしたら風邪が移っちゃうよ…♪」
…絶賛妄想中か。 考えていることが何なのかは想像に難くないが、どうせアレなので言及は避ける。
「…一緒にいさせてよ。 体を寄せ合っておけば寒くないから」
「…好きにしてくれ…ってそこに座るな!」
「もう動くの面倒だから断る」
「…はぁ」
知影は体を寄せ合える距離に座ろうとしたが、何を考えてか人の両足の間に勢いよく腰を降ろした。
「ほら、後ろからムギュ〜って抱きしめてよ。 じゃなきゃ私、風邪引いちゃう♪」
「なら中に戻ってくれ…」
「もう動くの面倒だから断る」
「くどい」
「もう動くの面倒だから断る」
「…おい」
「もう動くの面倒「こうすれば良いんだろこうすれば!」…うん♪」
「……はぁ、大人しく寝ていてくれよ」
「弓弦の腕の中ならぐっすり寝てみせるよ♪」
「止めてくれ…頼むから」
「寝かさせてよ…」
唇を尖らせて拗ねたような瞳で振り返る。
「……寝たければ勝手に寝ろ」
…面倒だからだ。 決して折れたわけではない。
「ん…っ! そう言えば、弓弦さっきから私の胸触ってるよね?」
「触ってない。 正確には知影が無理矢理触らせているんだろうが」
「や…っ、弓弦に触られた部分からどんどん変な感じになっちゃう…やっぱり私と弓弦は相性が良いんだよ。 肉体的にも♪」
聞いちゃいない。
「…紛らわしい言い方をするな」
「紛らわしい言い方じゃなくて正しい言い方だよ。 私の体はいつでも弓弦をウェルカムしているのに弓弦ときたら…んーっ!」
「取り敢えず黙っとけ。 月ぐらい静かに見させてくれ」
…“一応”、大切な人と静かに月を眺める…一種の風流じゃないか…だから静かにしてほしい。
『静かにするから手を離してくださいお願いします』
口を塞いでいた手を退ける。
「じゃあ静かにしよう」
「うん…」
そのまま2人で特に何も考えずに二つの月を見る。
「…手を重ねても良いかな?」
「…好きにしろ」
知影の手が俺の手に重なる。 優しく重ねられた手は冷えた風とは対照的に温かい。
「ねぇ弓弦」
「何だ?」
「静かだよね…」
「あぁ」
「静かだぁぁぁぁっ‼︎」
「…静かにしてくれ」
そんな無理に静寂をぶち壊しにいかなくても良いと思うが。
「今は誰にも邪魔されないし…もっと弓弦とお話ししたいよ」
「…いつでも話そうと思えば話せるじゃないか」
「今しか出来無い話だってあるかもしれないよ」
「…少なくとも、俺には無いな」
「私はあるよ」
「どんな話だ?」
「折角2人っきりだし…たまには初心に戻ろうかなって思って」
「初心? どういう意味だ?」
「昔の自分みたいに振る舞うゲーム♪ パチパチパチ〜♪」
「すまん、よく分からないのだが」
「そのまんまだよ。 今から弓弦も私も出会ったばかりの時の自分を演じるの♪」
「演じてどうするんだ?」
「もし演じきれていなかったら罰ゲーム。 その都度自分から相手にキス♪ キャッ♪」
そんなに人にキスされたいのかコイツ…そしてやはり人の話は聞かない。
「そのゲームは俺にとって何のメリットがあるんだ?」
「私に勝てば私からキスしてもらえる」
「いつでも出来るだろそんなこと」
…俺が勝とうが知影が勝とうが結局どちらにとってもご褒美にしかならないのではないのか?
「…弓弦ノリが悪いよ…良いじゃない別に…折角なんだから…」
俯いて地面にのの字を書く知影。 そんなにやりたいのか…。
「…やれば良いんだろ、やれば」
「そゆこと♪ じゃあ3、2、1、始めっ‼︎」
言うと同時に知影の顔から表情が消える…俺にとっては懐かしい学校での表情だ。
「橘君、私の顔を見つめてどうかしたの?」
「な、何でもない…よ」
ブッブ〜…とどこからか音が。
「昔の橘君の声はそんなトーンじゃない、もう少し高い」
「は?」
「よって罰ゲーム。 はい」
声のトーン? いやそんなの言われても…まぁ知影なら一々覚えていそうだ…これは…嵌められたな。
「キス」
「…分かったよ」
知影の頬にそっと口付けをする。
「はい、続き…私の顔を見つめてどうしたの?」
「神ヶ崎さんは綺麗だなぁ…って思ってさ、何か誇らしいな」
…昔の俺って知影に対してどう話していたんだ…? こんなよそよそしい態度じゃなかったような気がするが…。
「そう、ありがと」
返事は素っ気ない。 …違和感が拭えないし…本当にこうだったのか?
「橘君は月を見るのが好きなの?」
「好きだよ、見ていて落ち着くから。 神ヶ崎さんは?」
「そうね、好きよ。 寂しそうに太陽の光を反射して輝いているのがどことなく私に似ているような気がするから」
「似ているかもしれないけど…違うと思う。 だって、僕から見たら神ヶ崎さんは凄く輝いているように見えるし、見ていても落ち着くというか…うん、ドキドキするから」
「ふぇっ!?」
知影は空いた手で自分の胸を押さえて顔を真っ赤にする。 …そうだよ、昔の俺って思ったことを結構素直に言ってたんだよな。 ならそのまま思ったことを言えば良いんだよな。
「神ヶ崎さんはそんなに感情表情が豊かじゃない。 はい、罰ゲームだよ」
「…や、やるわね」
ん?
「神ヶ崎さんは吃ったりしないよ。 はい、罰ゲーム2」
「…ッ!?」
んん?
「神ヶ崎さんが驚く時は『えッ!』だよ。 はい、罰ゲーム3」
「…信じられない」
…違うな。
「首を左右に振る角度が大きいよ。 はい、罰ゲーム4」
「…橘…君?」
…苦笑い?
「神ヶ崎さんが苦笑いをしているのは見たことがないな。 はい、罰ゲーム5」
「おーい」
「『おーい』と言う時は言う前に決まって二回瞬きをしてたよ。 はい、罰ゲーム6」
「……」
…これは間違い無い。
「呆れた時は一回瞬きをしてから瞼が半開き、そこから1.24秒後に2回瞬きをしてた。 はい、罰ゲーム7」
「…橘君あなた、私のことを私が思っていた以上によく見ていたのね」
「言葉遣いが違うよ。 そこは『私が思っていた以上に私のことを見ていたのね』だよ。 はい、罰ゲーむっ!?」
言い終わる前に俺の唇が彼女の唇によってふさがれていた…っ!?
そのまま押し倒される。 両手と両足がそれぞれがっちりホールドされて身動きがとれず、さらに唇を強く当てられる。
「ぷはっ…ゲームはもう終わりだね。 …まさか弓弦がそこまで私を見ていたなんて…気づかなかった」
「昔の俺、結構思ったことをそのまま言っていたからな。 思い浮かんだことを深く考えずに直接言っただ「ごめん我慢出来ない」け…っ!」
再度唇を強く当てられる。 まるで嬉しいという感情をぶつけるみたいに啄んでくるので息が出来ない…。
彼女はゆっくりと離れ、互いの間に延びる唾液の糸を手で絡め取って切なそうに見つめた後口に持っていく…何と言うか、うん。 扇情的過ぎる。
「ん、私、満足♪」
「まったく…無理矢理過ぎだろ。 驚いただろうが」
「ふふふ、でも弓弦ちゃっかり受け入れたよね」
「うるさい。 気が動転していたんだ。 あんな獣みたいなキス…普通やる性別が逆だと思うが」
「私を恋情に狂う獣にしたのは間違い無く弓弦だよ…っ!」
言いながら自らの体を抱いて悶え始める彼女を見ていて俺まで変な感覚を覚える。
「やだ…やだやだやだ…っ、嬉し過ぎるよぉ…っ! あぁもう弓弦大好きっ! 愛してるっ! 旦那様っ‼︎ キャーーーーッ♪」
「知影、気持ちは分かるが…少しは落ち着け」
「分かった弓弦、キスしよ!」
「むぐっ!?」
「ん〜っ!」
ふ、フリーダム過ぎる…。
…ま、良いか。
「は、はしゃぎ過ぎた…苦しい…」
「ほら、そろそろ布団に入るぞ」
「…うん♪ 入ったら私をぎゅって抱きしめながら寝てね♪」
「…はいはい」
*
その後も俺達はのんびりと旅行気分…じゃない、アークドラグノフから来るであろう迎えを待ちながら似たような日々を過ごしていった。 俺は3人の内誰かと魚釣り、残った2人は周辺探索を続けて気がつくとこの世界に取り残されてから7日が過ぎようとしていた。 言い方としてはアレだが、主は釣れないものの魚は毎日のように良く釣れた…だが周辺探索は振るわない結果となることが続く。 つまり未だ文明の気配を見つけることが出来ていなかった。
そんなこんなで7日目の夜、俺は何故周辺探索が振るわない結果になっていたのか知ることになった。 結果から言ってしまうと、そもそも周辺探索自体をしていなかったから振るわない結果となって然るべしだが責めることは出来ない。 …まぁ別の意味で物凄く頑張っていたからだ。
「ど、どうかな? これ…」
「全体の設計は風音と知影さんが、機関を作ったのは私です。 作業の都合上周辺探索の方はあまり出来ませんでしたが…」
「良く出来ていると思います。 これまで水魔法による洗浄でしか出来ませんでしたが、これでしたら」
「そう…だな、良く作れていると思う。 俺の好きな檜だしな。 俺は最後で良いから皆で楽しんでくれ」
結局の所肉体労働をしていないのは俺だけだな…くじ引きで決めていたはずだが何故か俺はいつも食材採取だったからな…今考えてみるとおかしいが。
「何言っているの弓弦、弓弦が最後なんて選択肢があると思う?」
「…無いのか?」
「ありません。 あるはずがありません。 あってはなりません♪」
「ご主人様は私達3人と一緒に入るのですよ♪」
「…断る選択肢は」
「「「無い(です(ね))」」」
強い口調できっぱり言われる。 何故だ…何故そうなるんだ。
「シグテレ「駄目です」ぐっ!?」
…くそ、フィーのやつ…っ!
「…っシグ「ダメ♪」ぅっ!?」
「弓弦様、逃げては駄目ですよ。 私達が今日この日をどれ程待ち侘びたか…」
「知るかそんなもの! 普通一緒に入ることを断るのはお前達の方だろうが! 恥じらいは無いのか恥じらいは‼︎」
「「「無い((です(ね)」」」
「恥じらいを持てぇぇぇぇぇっ‼︎‼︎」
女性としておかしいだろどう考えても!
「風音さんお願い」
「はい。 …申し訳ありませんが拘束させていただきます」
後ろ手と足首にに手錠をかけられ、身動きを封じられる。
「フィー!「わぁぁぁぁぁっ‼︎」」
頼みの綱に…逃げられた。
「弓弦って危なくなった時直ぐにフィーナを操るんだから。 もうその手に引っかからないよ♪」
「…申し訳ありません…ですがご主人様と一緒にお風呂に入りたいんです。 …私駄目な犬ですどうかお仕置きを…ん…っ♪」
必死に両手で犬耳を塞いでそんなことを言う駄犬…助けてくれ…頼むから。
「クス、そろそろ御風呂に入浴出来ますね。 多少窮屈に感じられるとは思いますが…入りましょうか♪」
「じゃあ私が弓弦の服を脱がすね」
「わぁぁっ、止めろ知影!」
“シグテレポ”は無理に使おうとして犬耳を触られ、気絶でもしたら何されるか分かったものじゃないので使えない…。
…ふと、頭の中にある魔法の詠唱が浮かんできた。 これまでの経験から鑑みるに、きっとこの状況を打開してくれるはずだ…! しかし詠唱を噛まずに言えるかどうか…いや、最小限の声でやるしかない!
『…真なる幻』
「あれ? …そうか、手錠外さなきゃ」
よし、気づいていない! 覗かれている気配も無いしいけるぞ…!
『其は理を捻じ曲げ我が身を化せん』
「? 弓弦様何を『エヒトハルツィナツィオーン!』きゃっ!?」
展開した魔法陣が霧を発して周囲を満たす。 …微妙な効果の魔法だが十分…くっ、ふらつく…? たかがこの程度の魔法に一気に魔力を消費したのか…っ!
『風よ、吹き飛ばしなさい!』
「やば…っ!」
折角の霧がフィーの魔法によって吹き飛ばされる。 珍しく威力の調整を誤ったのか俺も一緒に吹き飛ばされて床に倒れる。
「「ゆ、弓弦(様)!?」」
体に上手く力が入らない…大きく魔力を使ってしまったのだろうか…はぁ。
「もう…すきにしてくれ…」
強く打ち付けられたのか原因か上手く喋りにくい…。 フィーも目を見開いて固まっている。 自らの初歩的なミスに驚いたのだろう。
「まぁ、きにするな。 そこまでいっしょにはいりたいのならはいってやるから」
「ゆ!? い、いえご主人様、あのですね?」
立ち上がってフィーの下に行こうとするが、力が入らないのかどうも立ち上がれない…ん? 寒いな…って、俺いつの間に服が脱げているんだ?
「うぅ…たちあがれない…ふぃー、おこしてくれ」
フィーに向かって手を伸ばす…ん? 俺の手ってこんなに小さかったっけ…?
“足元に視線を落とす”…俺立っているな…だが視点が低い?
「「…ゴクリ」」
知影と風音が生唾を飲む気配。
「ま、まさか…“あかしっくぼっくす”」
高い声、低い視点、小さい手、喋りにくい、いつの間にか脱げている服に驚いて固まっている3人…? あの女が俺に授けた魔法が霧だけで終わるはずがない…ということは…‼︎
「っとと」
「大丈夫…ですか?」
いつもより低い位置に空いた穴から鏡を取り出そうとして…ふらつく。 それをフィーに支えてもらって何とか置き、鏡に映る自分の姿を見て。
「な、なぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
…俺は、若返っていた。 具体的に言うとそう、3歳ぐらいの時の俺だ。 姉さん達のアルバム(夥しい量)で見たことがある姿だから間違い無い。 “エヒトハルツィナツィオーン”は若返りの魔法だったのか…。
「…いえ、おそらく“変身属性”の魔法かと」
「へんしんか…なら」
他にも試してみようと詠唱を始める。 知影と風音は固まったままだが、一早く理解して考察するとは…流石はフィー。
「エヒトハルチナチオーン!」
…噛んだ。 もう一度。
「『エヒトハルチナチオーン!』…っ‼︎」
…もう一度。
「エヒトハルチナチオーンッ‼︎‼︎」
「……ツィの発音が出来ないのですね…これは効果が切れるのを待つしかないでしょう」
な、何だと…っ!
「…か、風音さん…っ!」
「…っ、何でしょうか」
「…私の中で何かが目覚めようとしているのだけど…風音さんは?」
「…私もそのような気が致します」
…雲行きが怪しいが兎に角何度もやってやる…当たって砕け…てはいかんな、だが…。
…俺は起こり得る最悪のケースに恐怖しながらも、頭の中でシュミレーションして必死に元に戻るために詠唱をしていった。