秘密計画!?
元の場所に戻ってから最初にしたのは、頭上を見上げることだ。
自分の体感時間は頼りにならないため上を見たんだが…あぁ、太陽の位置が変わっていないな。多分だが。確かに時間は経過していないみたいだった。
俺は『ソロンの魔術辞典』をしまうと風音が居る方向へと走って行った。
「風音、大丈夫か!」
「大丈夫です…が、弓弦様も御手伝い願います!」
相当な数の魔物が風音を取り囲んでいた。
その中心で風音は炎を纏って舞うように斬り刻んでいる。敵を見るにそこまで強力な魔物ではないようだ…なので一気に殲滅した。
「すまん…俺の所為で面倒をかけたな」
「クス、謝らなくとも結構ですよ。丁度良い運動にもなりましたし、私も帰り道が分からず困っていらっしゃる弓弦様の下へ向かっている途中でしたから」
…実は半分以上風音が倒してしまたんだよな。正直俺の助けなんて要らなかった…なんてのはここだけの話だ。
コイツ…俺よりも強かったり…するかも…だな。はぁ…まだまだ鍛え足りないな、俺。
「…覗いてたんだな。確かに魚とか食べている時に知影とフィーの声が聞こえないのは不思議に思っていたが…風音がずっと覗いていたのか」
「それほど覗いてはいませんが(嘘)…少なくともその御蔭で弓弦様と合流出来ましたので、言うなれば必要に応じて覗かせてもらった…が正しいです」
『重ね重ね言いますが、私の心を覗いても意味はありませんよ』
風音の先導の下、拠点への帰路に就く…。
移動の手間が面倒だな。後で魔法陣を描いておかないといかんな。
「そう言えば…魚は如何なさったのですか?」
「片付けてある。結構釣れたからなぁ、現在何を作ろうか悩み中だ」
「弓弦様が御作りになるのですか?」
意外そうな視線で見られた。
風音の国は…俺と知影が元居た世界の昔に近いからな。亭主関白な家庭が一般的だったりするんだろうな。
「何だ、不満か? これでも料理には少し自信があるのだがな」
「いえ、そのような訳ではありませんが…。僭越ながら、わざわざ弓弦様が御作りにならなくとも私やフィーナ様、知影さんが作れば宜しいかと考えます」
風音の問いに首を左右に振る。
「くじの結果とは言え俺が一番肉体労働とは言えないことをしているからな…まぁ当然だろ。それに、俺が作った方があいつらのモチベーションが上がるんだ。それはもう鰻上りに。…あぁモチベーションというのは要するにやる気だな」
何て言うか…喜んでもらえて嬉しくないと言えば嘘になってしまうからな。
「餅ポーションですか…意欲の回復薬、弓弦様は御薬も調合なさるのですね」
「うん、違うからな? モチポーションじゃなくてモチベーション。 風音、お前まさか横文字に弱いのか?」
面白い間違え方だ。これまでも横文字結構出てきたが…よくそれで理解出来たな。
「クス…イヅナがその都度教えてくれたのですよ。御蔭様で皆様の話にも理解していくことが出来ました」
イヅナか。流石はフィーの娘、知識が豊富だな。
「だがポーションなんてものをいつ知ったんだ? そんな会話は無かったはずだが」
「会話の中でなくても夜に少し横文字の勉強をしています。ポーションはその中でも初期に覚えた横文字です。イヅナも、体力を回復する必須アイテムと言っていましたよ…弓弦様!?」
へぇ…勉強熱心なんだな…いや待て、イヅナの説明何かおかしいだろっ。
「ん? ぐっ!?」
唖然としていて木に打つかった…痛い…。
「痛…ポーションが水薬と言う意味合いでは正解だ。だが体力は回復しないし、必須アイテムというのは少し違うな」
ハイもまぁ使えるが、後半はエクスかメガでやっと使えるかどうかだ。まさかイヅナのやつ本当にアレを知っているのだろうか。
ま、そんなことよりも。
「もう歩きだして結構経つが…あとどれぐらいで戻れるんだ?」
「あの丘を越えた先です」
…。いや、気の所為だ。気にしたら負けだな。
「遠いな…今日俺そんなに移動したか?」
「……弓弦様、“クイック”を御使い下さい。陽も傾きかけておりますのでこのまま越えます」
誤魔化した…? いや風音がまさかな…って考え過ぎはいけないな。
「『動きは風の如く、加速する…クイック』…さていぐっ!?」
* * *
「…。ご主人様にそんな時期が…」
「そうそう♪ その時の弓弦、黒いマントに革手袋をはめて黒一色の装いをして町中走り回ってたんだよ♪」
結局あれからずっと弓弦との思い出話をしていたフィーナと知影。いつしか澄み切った空には星が輝いていて、その光だけが辛うじて二人の瞳に互いの顔を認識させていた。
「…辺りもすっかり暗くなってしまったわ。ご主人様本当に道に迷われているのかも…」
「………。でももし入れ違いになってしまったら」
周囲は暗闇に支配されようとしている。
そんな中、近くで気配がした。
「「ッ!?」」
二人は同時に反応した。
幾ら辺りが暗闇に支配されていても、知影が弓弦の気配を察知する“弓弦レーダー”の障害にはならない。というか無理、無駄、無意味。無無無なのである。
フィーナはフィーナで魔力を視れるので弓弦の接近に気付くことが出来た。
「橘 風音、ただいま戻りました…弓弦様起きて下さい…到着致しましたよ」
「んん…良い匂いだな…って風音!? おわっ!?」
戻って来た風音と何故か彼女に背負われていたものの、たった今体勢を崩して落下した弓弦が臀部を摩りながら知影とフィーナ、そしてその後ろの家を見て固まる。
「…どこぞの一夜城じゃあるまいし、半日で良くこんなもの建てれたな」
「ふっふっふ、私とフィーナちゃんの知恵と力を合わせればお茶の子さいさいよ♪」
お茶の子さいさいとは恐ろしい。
「最初にここに入るのはご主人様…と、二人で決めていました。さぁご主人様、お入りください♪」
「…分かった…なら入るぞ。…どことなくフィーの家に似ているな」
外観を一通り見終わると靴を脱いで家の中に上がる。
「元となったのは私とご主人様の家ですからね。私の魔力で固定化もされているので耐久性も申し分無いですね」
自慢気に胸を反らすフィーナ。豊満な胸部が前面に押し出され、弓弦は思わず生唾を飲むと同時に視線が釘付けとなるが、殺気を孕んだ視線を受けて素早くそれを逸らす。
「弓弦…今どこ見てたの?」
「あらあら…弓弦様、それはまだ駄目ですよ」
「ご、ご主人様?」
気にしないようにするためにスルースキルを用いる。
「よし、じゃあ色々家具を出さないとな…。本当にあるか? まぁ案ずるより産むが易しか」
弓弦が“アカシックボックス”を使い、穴の中を探る。
「取り敢えず何が必要か順に言ってくれ。探してみるから」
「机ってあるかな?」
「机、机…これか? 引っ張るぞ、せぇぇのっ!!」
机を穴から引っ張りだす。
「ご主人様、椅子はありますか?」
「椅子…よっと!」
椅子を三脚。人数的に一脚足りないが、ある分マシではある。
「では流し台を」
「そんな物が入ってたら凄い…あった」
流し台を取り出して置く。
するとフィーナがカチャカチャと何やら流し台の改造を始めていく。
「食器棚!」
「これか? 重…っ!」
食器棚(食器も入っている)を配置。
ゲーム内の部屋の模様替えをしている気分になってしまい何とも言えない気分になる弓弦だ。
フィーナは謎の改造を続けているので知影と風音が言う家具を他にも出していく。
中には出せない物もあったが、大体の家具を“アカシックボックス”で取り出した弓弦は、疲労のため椅子に腰掛けた。
「終わりました! ご主人様、『麗水の宝玉』を取り出していただけますか? 確かあの時に入れたはずなので」
聞いたことがないものであったが、彼が頭に名前を思い浮かべて手を引く。するとフィーナの家にあった小説の文字で、「水」という文字が浮かんでいる手に丁度収まる大きさの水色の玉がそこにあった。
「それをあの穴に嵌めて蛇口を捻ってください」
恐る恐る穴に玉をはめ込む。
「こうか? …おぉ! 水が出たな!」
「ブリューテの家々を始めとしたエルフの家は皆この魔法装置を使っています。この『麗水の宝玉』はこういった魔法装置に用いる核としては最高品質の物です。料理に使うも良し、そのまま飲用水としても利用出来ますよ♪」
「どれどれ…うん! これは富士山の天然水並みだね!」
知影が水を口に含んで評論する。
「これからはここを拠点として行動していくんだな…っと、寝る場所を忘れていたな。俺用の寝室は…こっちだな」
家の中は入り口にリビングに当たる部屋の他に広い部屋と小さな部屋のもう二つの部屋があったので弓弦は小さな部屋の扉を開ける。
「そう言えばフィーの家あと一つの部屋があったはずだが、あの部屋何があったんだ?」
弓弦の記憶では、今いる小さな部屋はこの家と殆ど同じ造りのフィーナの家での寝室に当たる部屋だったのだが、ふと入っていない部屋があるのを思い出した。
「書物と、ある宝具が置いてありました。もっとも…あの時には既に壊れていたんですけどね」
「どんな宝具が置いてあったんだ?」
「『時読みの鏡』です。鏡に映った者の過去や未来の映像が見ることが出来ました」
「…。‘つまり私の魔法と似たようなものなのね…’」
「そうか…だからあの時既にフィーは、自身が死ぬ運命にあるのが分かっていたんだな」
「はい…でも、その運命はご主人様が覆してくださいました。だからご主人様は私の命の恩人でありご主人様なのです…大好きですご主人様♪」
フィーナが弓弦に抱き付く。抱き付かれた弓弦が困ったような嬉しいような表情で彼女を見るのを見て風音が微かに眉を顰めた。
「と、兎に角だ…要は部屋が二つ現在余っている状態。ならば俺はこの狭い部屋の方を寝室として使った方が…すまん」
何ともいえない微妙な雰囲気だ。
弓弦が微妙な空気を変えようとするも、今度は三人にジト目で見られて謝ってしまう。
「じゃあこの部屋は皆の寝室にするとしてもう片方はどうするのかな?」
「私に案があるのですが…ヒソヒソ」
風音が知影とフィーナを近くに集めて耳打ち。
自分は聞くべきではないと判断した弓弦は夕食の準備をしにその場を離れた。
「ふんふん」
「…それは良いけど風音、出来るの?」
「フィーナ様と知影さんが一日で家を建てられたように、私も時間はかかりますが頑張ってみようと思います。ですので……」
弓弦が場を離れたので、小さめのトーンで話す必要が無くなった。
自然と声が普通の大きさに戻った三人の会話に花が咲く。
「材料があって仮に出来たとしても厳しいと思うよ。通り道は? 逃す所が無いと」
「そう言った効果がある宝具に心当たりはあるけど…あの時詰め込んだかしら? もしあったとしても還元後の受け止め先が必要ね」
「出すは良い良いしまうは怖いと言ったところだね。でも不可能じゃなければやってみたいかな、弓弦も喜んで私達も喜ぶ一石二鳥の案だし…やろうよ!」
「私も是が非でもやらせて頂きたいですね。本番前の練習としての意味合いも強いので」
知影、フィーナ、風音の三人が意見を出し合うことで構想が固まっていく。
「ふむ…材料は問題無いですね。後は部屋の面積と時間なのですが…」
「実際に見た方が早いわ。場所を変えるわよ」
更に場所を変えて大きい部屋へと移動して話し合っていく。途中視界の隅にエプロン姿の弓弦が映ったのでバアゼルの支配魔法もかくやという強烈な誘惑が三人を襲ったが、目的のために必死に衝動を抑えた。
「この面積ですと、少し厳しめですね…いいえ、私達3人でも無理があるかと。…それに削るのにも時間がかかりますので」
「“クイック”を使って倍速状態ならどれぐらい時間がかかりそうかしら?」
「私達の世界だと一ヶ月は軽く必要かな…私達三人だともっとかかるかも」
「そうね、加工済みの物を使ったとしてもそれぐらいはかかると思うわ。それにご主人様のお力添えも必要、具体的な知識があるのは風音だけというのも問題よ」
「削って形を整えるのは大前提とします。その他に必要な事項は、全体面の補強で洩れを無くすこと、可能ならば風流も考えたいですね。折角ですから」
「…補強は私の魔法で何とかするわ。“エアフィルター”を応用すれば可能だから。後は装置を作らないといけないわね…この時点でご主人様に取り出していただかなくてはいけない宝具が数種類あるから」
悩む三人。
だがそこまでの話の流れで、知影は一つ思い浮かんだことがあった。
「…あれ? なら弓弦に手伝ってもらえばこれって完成するよね。フィーナが補強と装置を作って私と風音さんが削って組み立ててしまえば」
「…ご主人様の記憶に残さずに取り出すことが出来る魔法が一つだけあるわ。でも…っ!! …はぁ、はぁ…ふふ、ご主人様ぁ…」
フィーナの頭の中にはこの魔法を初めて弓弦に使った時のことが思い出されていた。同時に身体が火照って息が荒くなったので、耐えられずしゃがみこんで悶えた。
「…!!!!!!」
…かと思うと急に立ち上がって部屋を出て行ってしまう。
忙しいハイエルフの姿に二人は暫く眼を瞬かせたまま見送っていた。
「…絶対に以前試して何かあったって感じが凄くするんだけど…大丈夫かなぁ…」
「ま、まぁフィーナ様を信じましょう…」
フィーナが開け放った扉の隙間から、空腹感を刺激するような香りが漂ってきた。
「味噌の香りがしますね…弓弦様、味噌汁でも作っておられるのでしょうか?」
「弓弦の味噌汁かぁ…冬に時々学校に持ってきてたような気がするけど、飲んだこと無いなぁ…」
ぐぅ〜と、控えめに知影と風音の胃が空腹を知らせる。
「話は終わったな? 飯が出来たから早く来てくれ」
弓弦の呼ぶ声に返事をしてから二人は早足で彼の下に向かった。
「今日は鱒みたいな魚が沢山釣れたからな。簡単だが焼き魚とこの味噌汁が晩飯だ。お腹も空いてるみたいだし、さっさと食べるぞ」
「承知致しました」
「は〜い!」
* * *
夕飯は好評だった。焼き魚だけではどうかと思ったので味噌汁も付けたが、相も変わらずフィーが半分近く飲んでしまった。釣った魚も全部無くなってしまい、明日の食材調達も大変そうだが…ここまで綺麗になくなるとやはり冥利に尽きるところがある。
…アレだ。要するに嬉しい。
「さて、明日はどうする?」
明日の話が出ると言うことは、今日と言う一日の終わりが近いことを意味している。
今日も頑張ったなぁ…って思いたくなるんだが、残念なことにここからまた一波乱がありそうで妙に落ち着かなかった。
「またくじで決めましょうか。…今度は私にやらせていただけないでしょうか?」
異論は出なかったのでフィーがくじを用意する。くじの結果は知影と風音が周辺調査、俺とフィーが食材調達となった。
珍しく知影が羨ましそうな顔をしなかったのが不思議だが、まぁその内自分にも順番が回ってくるのだと思っているのだろう。俺も地味に長期滞在になる予感感じているしな。
だから、明日のためにもそろそろ寝たい。勿論、やることをやった後だが。
「ふぁ…ぁ。じゃあ俺は片付けをしとくから、皆はのんびりと寛いでくれ」
ちゃちゃっと終わらせよう。そして、寝よう。
「いえ、私が洗います。洗わせて下さい、洗わなければならないのです」
そう考えていたところで風音が一歩進み出てきた。
「そ、そうか? じゃあ頼む」
何故か風音が妙な気迫で洗わせてくれと申し出るので、洗い場を風音に任せて寝室にする予定の狭い部屋に移動する。
「今からどうしますか?」
フィーと知影が付いて来た。
何故付いて来たんだこの二人は。
「風音の洗い物が終わるまでに寝場所の用意でもしとく…と言っても好みがあるな。フィー、風音にベッドか布団どっちが良いか聞いてきてくれ」
「はい」
フィーが部屋を出て行く。
「私はどっちでも良いかな…」
どうせ「俺と一緒に寝れるなら♪」とか言いそうだな。分かり易い奴め。
「そうそう、さっすが弓弦。よく分かってる♪ 私は君の隣にいられるならそれだけで満足なの…つまり、今のことだよ♪」
知影が密着してくる。
「暑くなるから止めてくれ」
体温の問題もあるが、そんなに密着されると困るものがある。
…。あー、考えない。考えないぞ。
「弓弦もしかして…ドキドキしてる?」
「してない」
「してる。絶対にしてる。そうやって必死に考えようとしないのが証拠だよ♪」
「…」
…。
「…ねぇ弓弦」
知影がいきなり声のトーンを変える。
「何だ」
真面目な話をしそうな雰囲気なので、無視する訳にもいかず訊き返した。
「私への気持ちってあの時から変わってないよね?」
…何故今更そんなことを聞くのかが分からないな。
心配にでもなったのだろうか? …なら。
「お前自身が一番分かっているはずだ。俺は…僕は知影のためならこの身を投げ出すことも厭わない。きっと…な」
「フィーナは? 風音さんは? ユリちゃんは? セティは? 皆君のとって大切な人。君が守りたいと思っている人達…そんな皆に対しても同じことを言うよね。君ならきっと」
「……」
っ、今日の知影はやたら意地悪をしてくる。言葉でも、俺と色が左右対称になっている瞳でも。
…真面目に答えるしか、ないじゃないか。
「僕は優柔不断なんだ。決めることも決められない、そんな情けない男。いざ選択を迫られたら選べない…言うならラノベの主人公みたいな人間だ、いやそれ以下だな。遥かに劣る…好意に気付いていながら答えようとしない…フィーにも言った…傷付けたくないから選ぶことが出来ない。だけど、選ぶことが出来ないから傷付けてしまう」
とんだジレンマだよな。まったく……
「今は私と話しているんだよ? 他の女の子のこと、言わないでほしいな…」
…どうフォローしようとしても傷付けてしまうんだな…いや、フォローですらないか。
何を言っても傷付けてしまいそうで、正直怖くなってきた。
「呆れただろう? なら早く僕を見限ってしまえば知影は「馬鹿ッ!!」」
まるでピエロだな。俺。
「私が君を見限ると思ってるの! 弓弦の方が意地悪だよ、何でそんな必要無い選択肢を私に与えるの! ねぇ、私の気持ち分かっているでしょ! なのに何で!? 何でそんな…それじゃ弓弦が私に見限ってくれとお願いしているようなものじゃない!! そんなに私に見限ってほしいの! そんなに私のことが嫌なの!」
知影の言葉が胸に刺さる。これまでのどんな攻撃よりも深く、痛く。
「そんなに…私が信用出来ないの…っ! 答えてよ…」
俺は……
「見限ってほしいわけ無いだろ…だけどそれが君のためだ。君なら僕よりも良い人と一緒になれるだろう?」
俺は……っ。
「私のためって、何? 弓弦を見限ることが私のため? 違うよ、全然違う…っ! もっと私のこと見てよ…もっと私の心を覗いてよ…プライバシーどうこうとかじゃないの…君には私の全てを理解してほしいの…私ですら理解出来ていない私を…」
…。
「理解する…」
…何故だろう。頭の中が真っ白になってきた…。
「そう、理解するの…橘 知影という女の子を…」
頭に靄がかかったように…思考が回らない。
「橘 知影を理解する…」
駄目だ…意識が……
「問題、橘 知影って弓弦の何?」
遠く……
「知影…僕の妻…」
…遠…く……
「ふふふ…よく出来ました♪」
唇に柔らかい感触…。
何だろうこれ…。
「おやすみ…私の旦那様」
……。
* * *
ふっふっふ…計☆画☆通☆り♪
『マインドケッテ』
眼の前に弓弦が虚ろな目をして立っている。魔法が効いた証拠らしいけど…。
「ご、ご主人様…では“アカシックボックス”で『麗水の宝玉』と『烈炎の宝玉』と『蓮風の宝玉』を取り出してください」
「取り出す…宝玉…」
弓弦が“アカシックボックス”を使って穴から赤青緑の玉を取り出す。
「…意思が感じられせん…本当に現在弓弦様は私達の命令下にあるようですね」
ぁぁぁぁぁ…薄い本でやるようなことが一杯したいよぉっ。
ぅぅ…勿体無いような気しかしないなぁ。
「…“マインドケッテ”の効力を強めるためと任せたは良いけど知影、あれはやり過ぎよ。途中から私も思わず見入っちゃってたけど」
…ふっふっふ、そう! あれは弓弦の精神に「軽く」衝撃を与えるための演技だったの。騙された人いるかな〜? ふふふ♪
「演技に必要なのは役に入り込むことと勢い! 入り込み過ぎて途中から私の中で何かが囁いたんだ…『もっと言え』ってね♪」
…そう、あれはまるで大いなる意志のようだった…。
「で、ですが先程の弓弦様…私から見ても相当落ち込んでいらっしゃいました…後々の憂いになることがあってはならないと思うのですが…」
「途中からお気付きになられないように徐々に効力を上げていったけど、あなたに散々言われたことは覚えているはずよ。何かフォローの言葉は考えておいた方が良いと思うわ」
…でも最近若干ファーストヒロインの私を蔑ろにしていたからたまにはお仕置きしても良いよね? …それとも、やっぱりやり過ぎちゃったかな…。
「一応考えあるから大丈夫、問題無いよ」
「…その楽観的態度を素晴らしく問題に感じたのは気の所為にしておくわ」
楽観的態度…知~らない。
「弓弦様、御座りです」
「お座り…」
あ、風音さんが面白いことしてる。
「御上手です♪ 御褒美ですよ、どうぞ御召し上がり下さい♪」
風音さんが弓弦をお座りの体勢にして和菓子を出す。
「…! …! …!」
それを弓弦が取ろうとすると手を引っ込めて、手が引くと同時にまた和菓子を出す。やだ弓弦…可愛いっ!
「クス♪ もう少し頑張って下さい、届いてませんよ?」
「風音止めなさい! あなたともあろう人が!」
私がやっている訳じゃないのがアレだけど、可愛いから許す。
良いよ良いよ良いよ、もっとやって♪
「フィーナ様も如何ですか? こんな弓弦様は滅多に見られませんよ♪ 弓弦様、そこにいらっしゃるフィーナ様に『遊んでくれ』と笑顔で御命令を♪」
「風音!! …もう! ご主人様、今魔法を」
「フィー、遊んでくれる…か?」
風音さんの命令を聞いた弓弦が笑顔を見せながらフィーナにお願いをした。笑顔、弓弦の笑顔だ満面の笑み無邪気の笑みがキャーッ♪ キャーッ♪ 弓弦! 可愛い過ぎるよぉっ。
「…っ!! そ、そうですね。少し…遊びましょうか」
あ、フィーナが堕ちた。見ていた私ですらキュンッときちゃったから言われた本人はもう…ふふふっ、逆らえるわけが無いよね♪ だって大好きなご主人様にいつもとは違う子どものような笑顔でお願いされたんだよ? 無理無理♪
…で、私には何かのそう言うことないのかな。
「弓弦様、フィーナ様に『ありがとう、大好き』と今の御気持ちを伝えて下さい♪」
「風音!? あなたご主人様に「フィー、遊んでくれてありがとう…大好き…だよ」ぁ…私も大好きです…♪」
…私が言うのも何だけど一番悪ノリしているのは風音さん。すっかり弓弦を通してフィーナを揶揄っている。私より断然風音さんの方が意地悪な女だよ! そう思うよね! 皆様!
「フィーも知影も風音も大好き…ってハッ!? 俺は何を…」
あ、弓弦が戻ってきた。
「弓弦様、大丈夫ですか?」
「弓弦ごめんね…少し言い過ぎちゃった。でもそう言うことはよく考えてね?」
「変わり身早っ!」とは言わない約束でお願いします。
「あ、あなた達は…っ!!」
「フィー、そんなに犬耳を怒らせてどうする? ほら、撫でさせてくれ」
「…ぁ、わん…♪」
あ、チョロい。
「…で、結局寝場所はどうするんだ?」
「そうですね…フィーナ様はどちらが宜しいですか?」
「私もフィーナが選んだ方で良いよ」
「…明日覚えておきなさいよ」
「ったく、また犬耳が怒ってるぞ…フィーはどちらが良いんだ?」
「ん…っ! 布団でお願いします。…ですが可能ならばご主人様と一緒のお布団が良いです…」
……は? この女、何を言ってるの…って、いけないいけない。海のように広い心な私は許しちゃうんです。
『「となると枕四つの布団三重、寝間着で良いか」出でよ不可視の箱…アカシックボックス』
「よろしいのですか!!」
「気分だ…と、ちゃんとあったな。取り出すぞ…っと」
『今度は布団と枕まであったか…しかもご丁寧に一重だけ二人用ときた。この穴まさか、俺と知影が居たあの世界に繋がってたりは…しないよな?』
穴から綺麗に畳まれた布団三重と枕を取り出していく弓弦。彼も常々思ってるみたいだけど、その内あの穴の中に突入する日が来たりして。
「知影も風音も寝間着と布団のサイズは大丈夫そうだな」
「私とご主人様が中央の二人用布団で寝るとして、風音と知影はそれぞれどっちの布団で寝るのかしら?」
「知影さん、どうぞ御選び下さい。私は余りで結構ですので」
「むぅ…じゃあ右の布団で良いかな」
「では私は左ですね」
それぞれ寝間着に着替えて布団に入る。勿論私達の着替えの間は弓弦に席を外してもらったけど。「親しき中にも礼儀あり」ってね? …一応建前的な問題で必要だったのが強いけど。
「ふぁ…御休みなさいませ」
「あぁ、お休み風音。…さて、明日も今日と同じぐらいかそれ以上の魚を釣らないといかんからな。俺達も寝るぞ、フィー」
「はい♪」
イラッ…でも今日ぐらいは許してあげないと。
「ご主人様の体、温かいです♪」
「バッ…恥ずかしいことを言うな」
…弓弦の心が覗けない…フィーナに取られたかな。
「ふふ♪」
「ははは…」
…え〜本日分かった結論。「良心となる人は時と場合によって変わってくる」…かな? …と言うことで。お後がよろしいようで? これ以上私のイライラが溜まる前にお休みなさい…。
「…ポーション…ミドルポーション…? メガ…エクス…ダーク……ハイ」
「む、リィル。あそこを見てくれ」
「…あら本当。セリスティーナですわ。…勉強をしているみたいですわね。感心しますけど…一体何を学んでいるのでして?」
「うむ。風音殿に横文字を教えるために自らも横文字を復習しているらしい」
「まぁ」
「人に教えるために自らが学び、人に教えることで自らも学ぶ。うむ、素晴らしいことだ」
「微笑ましいですわ。…でも、聞き慣れない横文字ですわね」
「…ケアル…ケアルラ…ケアルダ……」
「…。確かに覚えが無いな」
「ケアルガ……ケアルジャ……」
「…。ユリ? 良く分かりませんけど、これ以上はいけないような気がしますの」
「…う、うむ。そうだな。予告を言って向こうに行くとしよう。『自由な空間とはそこに在る者の心までも自由にする。一人呟く者、箍が外れる者、企む者、病む者…。しかし被害を受けるのは常に、特定の者である。それは何故かーーー次回、情意暴走!?』…自由か。確かに自由とは良いものだが」
「決まり…マナーと呼べるものも必要にはなりますわよね」
「…ホワイトウ「うむ。必要だな!!」」