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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
“非日常”という“日常”
8/411

隊長 後編

「さて、話の途中ですがここでVRルームについて説明しようと思いますッ!! お相手はわたくし、説明お姉さんこと、リィル・フレージュが務めさせていただきますわ!」


 高らかな笑い声を、響かせて。

 どこでもない空間で、スポットライトを浴びる金髪の女性。

 何かが、始まった。


「…えーと、リィル君、幾ら何でもいきなり過ぎだと思うんだけど僕の気のせいかなって痛い!!」


 そんな彼女は、セイシュウの耳を思いっ切り引っ張ると黙らせる。


「ごっ!」


 鳩尾に叩き込むのは、拳。


「ごぉっ!!」


 風を切る速さで抉り、打ち抜くが如くのアッパー。


「ごぉッ!?」


 「2カメ」ときたら、「3カメ」が登場するのが世の常識。

 あまりに強烈な衝撃は、セイシュウの背中にまで伝わった。

 セイシュウの口から、衝撃でり上がった唾が飛沫とってキラリと輝く。

 仰け反る彼の姿勢は──それはもう、美しいまでの「く」の字であった。


「…はい。このVRルームと言うのは、『Virtual(バーチャル) Reality(リアリティ)』の略。直訳すると仮想現実…つまり皆様ご存知、仮想空間のことですわ。この艦にはVRルームが、計五種類設けられていますの。それぞれの概要としては、こちらです」


 『VR1』──孤立時や通常における一体多数の戦闘訓練。

 『VR2』──対戦型の戦闘訓練。

 『VR3』──二人以上での集団戦闘訓練。

 『VR4』──射撃訓練場等のフリー訓練スペース。

 『VR5』──娯楽目的の仮想遊技場。


「以上になりますわ。また仮想空間と言えども、VR空間発生装置に搭載されている、『Impact(インパクト) Convert(コンバート) System(システム)』──通称、『衝撃変換システム』によって、仮想空間での衝撃を擬似的に知覚させる画期的なシステムがございますの。あくまで痛覚を刺激するだけなので、空間内で受けた傷が外に出た際に残ることは基本的にありません。基本的にと言いますのは、知覚をさせるために脳神経に刺激を送るため、脳が勘違いしてしまうパターンがあるのですわ」


 『ICS』とボードに書き、それをペンでグルグルと囲む。

 そこから矢印を引いたかと思うと、「テストに出ます」という謎のメッセージ。

 一体誰に向かって解説しているというのか。少なくとも彼女の付近に居るのは、倒れ伏したセイシュウだけである。

 鈍い音を立てて顔から着陸すると、暫く動かなかった彼──どうやら意識を取り戻したのか、その指先が動いた。


「余程のダメージを負わない限り…そう、幾重にも及んで死体蹴りでもされない限りはありませんが、現実でも痛みが続くこと等の支障が生じることもあるのですわ。だからそうならないために、緊急時に対応出来るような隊員が外で待機していますの。わたくしや、博士ですわね。そもそも、このシステムは──であり…なので…#@/☆*(※都合により大略)」


 「大略」の内容は、想像にお任せしたい。

 だが少なくともその間にセイシュウは立ち上がり、退屈そうに彼女の話を聞いていた。


「…かなり略されたね──ッ!?」


 鞭がバシンと音を立てる。

 リィルが一番良い笑顔を向けていた。


「はい、すみませーんッ!!」


 セイシュウ、全力の土下座。


「…さて。今回弓弦君の試験に使用されたのが、戦闘訓練用仮想空間(以下VR1)ですので、今回はこの『VR1』について少しだけ掘り下げようと思います」


「また説明が長くなりそうだと割愛グフっ!? …り、リィル君指示棒は手の代わりに指したいことを指すためにある訳で、そうやって人に向けて振りかぶるものじゃなが──ガク」


 折れ曲がる指示棒(鉄製)。

 何も喋らなくなったセイシュウが、彼女の足元に倒れ伏した。

 口は災いの元。お分かりいただけたであろうか。


「『VR1』は既に伝えた通り、試験…実行部隊に入った新人が必ず最初に中に入って使用する戦闘訓練場になっています。試験内容は単純で、データで再現された武器を使い、次々に現れる仮想の敵をひたすら撃破していくのが内容です。隊員がどこまで戦えるかを判断するために、仮想敵の強さや基本思考のAI、再出現までの間隔が素人に対してはそれなりに高いレベルで設定されています」


 つまり武術の部の字も知らない素人だと、あっという間に魔物に蹂躙されるレベルということである。

 例えば、某ゲームの序盤中の序盤。有名なあの「青い奴等」との戦いにおいて、二〜三体ならば経験値零の冒険者一人だけでも対応出来る。しかし、これが八体ぐらい同時に出たら──大量の薬草や乱数の味方が無ければ確実に殴り負ける。その程度の難易度だ。


「弓弦君は剣道をやっていたそうですが、身体捌きが中々実戦向きですわね。空間把握能力も、判断能力も素晴らしいものを持っています。…まぁこの二つに関しては彼の中に入っている『神ヶ崎 知影』によるものでしょうけど、それでも見事であることには変わりませんわ。化けますわね、彼…若さとは良いものですわね…ふぅ、今日はここまで」


 ある程度の説明を終え、リィルは一息吐く。一仕事終えたばかりの彼女は、満足気に額を拭った。

 心なしか、肌の張りも良くなっているように見える。「十九歳」と自称している割には、ほんのりと察せられる時の流れが首す──


「理解、出来ましたわね?」


 いかにも「十九歳」。素晴らしい程に「十九歳」を思わせる(・・・・)容姿の彼女は、本懐を遂げたとばかりに充実した表情を浮かべていた。


「では、説明は以上になります。わたくしとそこの博士は、今すぐ『VR1』に行かなくてはならないので失礼しますわ。…ほら博士、起きてくださいまし」


 優し気な言葉とは裏腹に。

 バチーン! と鞭が、鋭く近くの床を打つと、セイシュウは飛び上がるようにして起きた。

 それはまるで、生命の危機に瀕した人間が超絶的な反応の良さを発揮するといったところか。火事場の馬鹿力ならぬ、火事場の超反応的な素早い反射であった。


「痛…もっと優しくして欲しいんだけどな…参ったね。えーと、そうそう、レオンと弓弦君が何かやるみたいだよ」


「…博士、置いて行きますわよ」


 鞭がピンと張られるのを見たセイシュウは何度も首肯して、彼女の後を付いて行った。

 彼の言葉が何を示すのかは、この後明らかになる──。


* * *


 心の中で、ふと呟く。


「何でこうなった…」


 自問してみるが、気を紛らわすことが出来そうにない。

 いや、紛らわそうにも。何でそうなったのか俺の理解がまったくもって追い付いていないので、何が何だか本当に分からない。

 今なら、仲間を攻撃出来そうな気がする。成程、これが俗に言う混乱状態なんだろう。

 変な魔法使ったり、仲間を攻撃するに飽き足らず、自分自身に攻撃を加える等とされてイラッときたかつての日々。しかし自分が同じ立場に立たされてみると、彼等も必死だったんだろうと同情の余地が生じる。…まぁ、それでも苛つくことには変わりないんだが。

 人間と言うものは、大概が自分の思い通りになると喜び、そうでなければ憤りを覚える我儘わがままな存在なのだろう。理性やら何やらで抑え込んでいるとは言っても、根本的には欲望に忠実なんだ──と、ここで現実逃避思考を一つ。


『弓弦君。物事を整理するために、一度落ち着こ。そしてこれまでのことを、ゆっくりと思い返してみたらどうかな?』


 混乱する脳内に、俺の中で居座る彼女の助言が聞こえた。

 それもそうか、どんな経緯でこんなこと──アイツ(レオン)と戦うことになったのか、コイツの言う通り整理してみないとな。

 …あれは、俺が適性試験とやらを終えてすぐのことだった。


『回想、入りま〜す』


 俺は真新しい記憶の頁を、ゆっくりとめくった。


* * *


 良い汗を掻いた。

 そんなバトルハイ状態に満足しつつ、仮想空間から外へ出る。


「ふ〜む」


「ふぅ…終わったぞ…? レオン、どうかしたか?」


「……ん〜? いや~、良い動きだったからな~。思わず見入ってしまったぞ~…」


 試験が終わった俺を迎えたレオンは、部屋に集まっていた隊員に艦橋での待機を命じた。


「凄いね、弓弦。あんなに戦えるなんて驚いたよ」


 その内の一人であったディオが、健闘を讃えてくれる。

 驚いたような表情をしていた。負けていられないと言った様子を漂わせながら、彼は先に出て行った二人の隊員に続く。


『女性戦闘員も居るんだねぇ』


 他二人の隊員(男女一人ずつ)も、驚いたような表情をしていたのが印象的だ。

 …だからだろうか。レオンの表情が、どこか怪訝気味だったのが気になってしまう。

 まぁ普通に考えて、あんな──全方位が見えているような動きをされたら、そんな顔の一つや二つされてもおかしくないだろう。訝しまれて当然だ。


「う~む…そうだ弓弦、お前さ〜ん…。俺と一度剣を合わせてくれないか~? その~何だ、お前さんの実力を直接確かめてみたくてな…。良いか~?」


 そんな提案をしてくるレオン。


『…何か…裏がありそうだけど、どうするの?』


 彼女でなくとも、何かしらの裏を窺わせる男の様子。

 と言うのは、少々顔に出ている。何か別の目的があるのは明白だ。

 だが高揚した気分の所為か、自分の力を試してみたい──そんな欲望が、俺の心の中に滲み出た。

 ここの部隊長との一戦…。折角の機会だ、素人に毛が生えた程度の実力が、どこまで通用するのか試してみても良いかもしれない。

 俺は提案を呑むことにした。


「あぁ。俺からも頼む」


「よしきた! んじゃ~先に入っておくからお前さんも早く来い、駆け足だ! それ行け〜!」


 レオンが『VR2』の中へと入って行く。

 元気な奴だ…ああ言うのを、〇〇歳児って言うんだろうな。


『少しアンポンタンなんだね』


 そこまで言わなくても良いとは思うが、天才の彼女からすればそうも思えてしまうのだろう。

 目上の人間への敬意が、全く感じられない彼女の言葉だった。


『それ、ブーメラン…』


 等と言っているが、俺には意味が分からない。

 そう言えば、ディオの他に出て行った男の隊員…ブーメランのような得物を提げていたな。

 どんな戦い方をするんだろうか。少し気になった。


「(じゃ、行くか)」


 気合を入れ直しての、第一歩。

 すると、少し悪戯っぽい彼女の声が聞こえた。


『…ねぇ、少し待ってみる? 面白そうだし』


 数秒考えてみる。

 そして、出した結論は──。


「(そうだな、面白そうだから少し待ってみるか)」


 面白味がありそうな結論になった。


『ふふふ、さっすが弓弦君、分かってる♪ 相性ピッタシ私の未来の旦那様!』


 誰が旦那様だ…はぁ。











 ──そして、ニ十分後。


「お~い!? 一体いつまで待たせるんだ~!?」


 待ち草臥くたびれたらしいレオンが、中から走り出て来た。

 思いの外待っていてくれたようだ。律儀と言うか、何と言うか。

 当然と言えば当然だが、レオンは少し機嫌が悪かった。

 だが分かってくれ。笑いとは、こう言うものなんだ。


「…今度はお前さんが先に入ってくれ~、良いな~?」


 半眼のレオンが、俺の背後に立つ。

 今にも背中を押しそうな気配だ。


「はぁ」


 仕方無いので、先に仮想空間内へ。


「溜息を吐きたいのはこっちだぞ~…」


『ふふふ、やり過ぎちゃったみたいだね』


 楽しそうな笑い声を聞かせる彼女。

 何となくだが、その真意は戦いによる気疲れを和らげることにあったんだろう。

 頼りになる彼女の存在。

 妄想だろうが、何だろうが──やかましいのが玉にきずなんだが、こう言うのも悪くないのかもしれない。

 気遣いに感謝しつつ、俺は気を引き締め直した。


* * *


『回想終了〜♪ どう? 整理出来た?』


 あぁ、大体理解出来た。

 さて…!


「弓弦、準備出来たか~?」


「…あぁ」


 どこまで通じるのか。

 どこまでやれるのか…。

 ふぅ…。これは、緊張しているな。


「手加減、必要無いか~?」


 視線の先で、そんなことを言うレオン。

 冗談半分なのだろう。眼が笑っていた。


「…全力で頼む」


 ──『VR2』。データ、ロードシマス…。


 頭上に二つのゲージが表示される。

 緑色のゲージだ。深く考えなくても分かる…体力を表示しているんだろう。


『おお~、対戦ゲームみたい! このVR凄いよ、流石は異世界クオリティ!!』


「よ〜っと」


 レオンが身の丈の倍はある大剣を肩に担ぐ。

 …あ、ゲージが若干減った。


『…肩を軽く斬ったみたいだね』


 何て言うか、馬鹿だ。

 随分と初歩的なミスをするのは、俺が侮られているためか?

 それとも、本当に馬鹿なのか。

 …。馬鹿っぽいなぁ。


『弓弦君、一応、目上の人』


 珍しい抗議に驚きつつも、俺は剣を構える。

 さっきの戦いで、この剣の感覚は掴めた。自分の実力を、過不足無く発揮出来るはずだ。


「さてと~、んじゃ~、本気で行くからな~? お前さんも胸を借りるつもりで、全力で掛かってこいよ~?」


 気の抜けるような間延びした声だが、放っているプレッシャーは鋭い。武人の威圧感は、気を抜いたら呑み込まれてしまいそうだ。

 …気の所為か? 剣が風を纏っているように見える。裂くのではなく、纏っているように見えるのが不思議だ。

 剣の周りだけ、空気の流れが違う気がする。俺の見間違いか? それとも…本当に風を纏っているのか?


『まさかあれが噂の…魔法剣エーテルちゃぶ台…ッ!!』


 彼女の冗談が、頭の中で反響する。

 馬鹿なことを言っているみたいだが、今はそれどころではない。

 直線上に対峙した俺とレオンは、互いに戦いへと集中を研ぎ澄ましていく。

 仮想空間で再現されたここは、「コロシアム」に例えるのが妥当な表現かもしれない。障害物は無く、ただ地面が円形上に広がっている。その周囲には、観戦席と思われる座席が段状に設置されている。

 観戦者は誰も居ないため、少々寂し気な雰囲気が漂っていた。

 張り詰められた空気の中、どこからともなく風が吹き抜けると、視界の端──石造りの座席から、小さな石が転がる。

 そして──バトルフィールドに、落ちた。


「行くぞ~!!」


 戦闘開始。

 掛け声と共に、レオンの姿が消えた。

 風が吹き抜けるッ!


『十時の方向! 振り下ろし、来るよ!!』


 彼女の支持に従い、身体を動かす。

 荒ぶる風。縦横無尽に駆け回る風に、風切り音が混ざる。


「ッ!!」


 後ろに飛び退ると、その直前に剣が振り下ろされていた。

 危なかった。レオンの動きが完全に見えない。

 彼女には見えていた。つまり俺の動体視力が追い付いていないだけか──ッ!!


「ほ~! 一の太刀に反応したか~…もう一丁!」


 再び姿が消える。

 何だアレは!? 人間の動きじゃない!

 風が、吹き抜ける──ッ!


『横薙ぎ! 弓弦君飛んでから鍔迫り!』


 鋭い指示。

 空気を斬り裂く鋭い斬撃を、間一髪避けた俺に下からの斬撃が迫る。


「ッぉぉおおおッ!!!!」


 兜割りで真っ向勝負。

 全部知影が言った通りの位置に攻撃が来ている。彼女の指示が無ければ、今頃俺は真っ二つ…かッ!!


「でやぁぁぁっ!!」


 火花散らして、刃と刃が押し込み合う。

 刃に込める力は、俺の全力。だがレオンは、まだどこか余裕を残しているッ!


「ぐ…ッ!」


 刃はどんどん押し込まれ、懸命に抗っていると。


「ッ!?」


 不意に刃が引かれる。

 生じる僅かな隙間。

 引っ掛けられた! 込め過ぎた力が行き場を無くし、体勢を崩してしまう。

 刃を振り被るレオン。しかし対処するには、俺の体勢が悪過ぎるッ!


「…っ、お~らよ!!」


 凄まじい衝撃。

 体勢の崩れた俺はボールのように、逆方向へと吹っ飛ばされた。

 駄目だ…! 完全に力負けしている!


『真正面ッ! 振り下ろし避けてッ!!』


 鋭い彼女の指示。いつになく真剣な叫びだ。

 しかし吹き飛ばされている身体は慣性に逆らえず、回避行動に移れない。


『…っ、何とか受けきって!!』


「ッ!!」


 剣を眼前に構えて受ける。

 そして、着地。足が地に沈む。


「痛──ッ!?」


 右手は柄を握っている。当然左手は、刃面を支えるようにして据えている。

 押し込まれれば押し込まれる程、刃が手に食い込む。

 左手が熱い。ドク、ドクと、鋭い痛みが走る。


『弓弦君っ!?』


 散る火花は刃だけではない。視界でも火花が散る。

 その衝撃は、頭を激しく揺さ振られたように重い。

 叩き付けられるような斬撃に身体が沈み、関節の節々から悲鳴がこれでもかと上がっている。


「行〜くぞッ!」


 荷重が無くなり、レオンが逆袈裟斬りの構えを取る。

 攻撃する方向は分かる。だが地に沈んだ足が、回避に応じない──ッ!


『薙ぎ払い、気を付けてっ!!』


 横にした剣を縦に構え、追い打ちの斬撃を受ける。

 重過ぎる衝撃に、弾き飛ばされた。


「ぐぁっ! ぐ…うう……!」


 激しく世界が回転する。

 いつしか頭上のゲージは、半分に差し掛かっていた。


「…っっ。はぁ、はぁ、痛っ!」


 何とか受身を取れたものの、それだけだ。

 知影の指示があっても、身体が言うことを聞かない。

 激しく消耗した肉体には冷汗が滲み、脂汗が頬を伝っている。

 立っているのが不思議な程、限界に近い状態だった。


「お~お~、やるな~」


 対するレオンは息一つ乱れていない。

 一撃の速さも、重さも、段違いだった。


『弓弦君…大丈夫?』


 大丈夫どころじゃない。

 それが分かっているから、彼女はそれ以上気遣えない。

 言葉を失ったように、自分の無力を悔やむように歯軋りする気配が伝わってきた。


「さ~て」


 剣を上段に構えるレオン。

 切先が陽光を反射し、きらめいた。


「こいつに耐えられれば、お前さんの勝ちだ~。…行くぞ」


 次の瞬間。レオンが、俺の前に居た。


『弓』


 悲鳴混じりの声が、聞こえた気がした。

 しかし彼女の声は、途中で途切れてしまった。

 …いや…途切れたのは…俺の──。











* * *


 暗くて深い闇の中。

 もう一人の私が、私を見詰めていた。


──彼、死んじゃったよ。


 何、馬鹿なことを言っているんだろう。

 あそこはVR空間だから、怪我を負っても死なないし…第一弓弦が死ぬ訳ないよ。


──本当に、


「え?」


──本当にそう思うの。


「何で?」


──見てごらん。


 スポットライトのような光が私の前方に当たる。

 そこには私の未来の旦那様──弓弦が横たわっていた。


「弓弦君!!」


 どうしてここで倒れているのかは分からなかったけど。起こしてあげなきゃ──そう思って彼の下に走った私の視界に、


「っ!?」


 映る、赤いもの。


──何だと思う、それ?


 赤黒い液体が彼の身体から流れ出ていた。

 むせ返るような鉄の匂いが周囲に香る。

 ドクン。不自然に心臓が脈打った。


「…す、凄くリアルだよね! まさかこんなことまで再現しちゃうなんて…いやぁ、お見逸れ行ったってところかな!」


 匂いとか、本当にそのまま!

 うん、血糊の時代は終わった…そんなところかな。うんうん。


──本当に?


 問い掛けるような声。

 私の心を見透かして、真意を穿つような響きを持っていた。


「く、くどいよ! 私は信じないよ、だって、弓弦が死ぬはずはないんだからっ!」


 そんなはずはない。

 懸命に否定する私を嘲笑うように、もう一人の私はクスリと笑った。


──ならそれは一体誰?


「……」


 偽物…だよね。

 何が目的は分からないけど、私を混乱させようとしているに決まってる。


──弓弦だと。あなたが一番分かってるはずだよ。


「違う」


──違わない。


「違うッ!!」


 認めない、認めたら…駄目。

 だって、それを認めちゃったら。弓弦が死んだって認めちゃったら、私はもう…一人ぼっちってことを自ら認めるようなものだから…っ。

   

──弓弦は、死んだの。知影、あなたは一人。…永遠に一人。


 心が揺さ振られる。

 激しく、吐気を催す程に。


「違う……っ!! だって弓弦君は……っ!?」


 違うと信じたかった。

 だけど触れた弓弦の身体は、恐ろしい程に冷たくて。

 触れている私の手、心までもを急激に冷却していくように、冷たかった。

 震える指先を、そっと首筋へ。

 何も、触れられない。指先に伝わらない。

 弓弦は確かに、死んでいた。


──寂しいでしょ?


「……」


 何かが、冷えていく。

 寂しさが思考を縛って、心を凍て付かせて。「私」を黒く塗り潰していく。

 それは、憎しみだった。黒く、暗い、憎悪と呼ばれる感情。


──大好きな弓弦はもう、居ないよ。あの笑顔も、声も、温もりも! …何もかもが、失くなった。


 そんなの、嫌だ。


──ねぇ、弓弦は悲しんでるよ。


 嫌だ…っ!!


──かたきを討とうと、思わない?


「………っ」


 甘く、囁くような声で私に語り掛けてくる「私」。


──殺してしまえば、弓弦は喜んでくれるよ。きっと。


 弓弦の仇討ち…。

 私の全てを肯定してくれる、不器用で、ツンデレな私の未来の旦那様の仇討ち。

 彼が喜んでくれるのなら…やるべきなのかな…。

 そうだよね…私の愛を届けるために、隊長さんには悪いけど。殺されてもらわないといけない。

 それが…弓弦のため。

 そうだよね? 弓弦…。


──殺しちゃおう! 邪魔者は全部、全部全部全部ぜ~んぶ殺して殺して、殺してッ! 殺しちゃおうッ!! フフフ、フフフフフフフフフフフフッ!!


 憎しみが、「殺せ」と叫んでいる。


「そう…殺せば良い。ふ、ふふ…フフフ……」


 弓弦、弓弦…。全ては弓弦のために…。

 弓弦が居ない世界なんて、考えられない。私は、彼が居ないと…生きていけない…ッ!

隊長さんは、そんな私からたった一つの幸せを奪った。

 だったら、私も奪う。隊長さんの大切なものを…。命を奪ってやる──ッ!!


「あは…あはははははッ!!!!」


 哀しそうな笑い声が、空間内で虚しく響いた。


* * *


 地面に倒れ伏した弓弦。

 頭上のゲージは黒になり、彼が力尽きたことを表していた。

 無論死んだ訳ではない。気絶しているだけである。


「なぁ」


 レオンは剣を地面に突き立てながら、動かない弓弦の様子を窺っていた。


「幾ら何でもな~…少し趣味が悪い気がするぞ~? リィルちゃん」


 今回レオンが弓弦に勝負を挑んだのは、セイシュウに頼まれたからである。

 彼の実力を確かめると言う目的もあったのだが、それだけならこうも実力差を示す必要はない。ギリギリの戦いを演じながら、彼の力を探っていけば良いのだから。

 だがわざわざ本気で殺しに掛かったのは、彼の友人が言うところの「実験」が目的だった。

 実験──といってしまえば悪いように聞こえてしまうが、これは弓弦「達」のための実験であった。

 というのも、これは弓弦の身体から、「知影」の存在を切り離すのが目的であったのだ。

 レオンは、そこまで頭の良い方ではない。勉強は苦手だし、日々のデスクワークなんか大変憂鬱で──暇を見付けてサボってしまう程には怠け者だ。

 だが、友人には恵まれていた。その内の一人であるセイシュウ曰く、「彼女が弓弦を守りたいと強く意識すればする程、弓弦の下を一時的にでも離れると言う意識が強い程、弓弦から彼女の存在が切り離され易い」のだそうだ。

 レオンからすれば、さっぱり分からないことである。

 ただ友人の目的を完全に達成するためには、彼女を気絶させる必要があった。


「さ〜て…。始まったな~?」


 暫く待っていると、不意にその時が訪れた。

 弓弦の身体が光を放ち始め、淡い粒子が溢れる。

 それらは彼の眼の前で集まると、人の形になった。

 やがて粒子が色を帯びる。紫紺の髪が、あらゆる絵画にも勝るような美しい肢体が、あらわになる。

 それは、レオンが滅び行く世界から助け出そうとして助けられなかった女性に似ている。

 ──弓弦のゲージが、最大にまで復活した。


「……」


 彼女は膝を折ると、倒れ伏した弓弦の髪を愛おし気に撫でた。

 甘く蕩けるような表情は、想い人に恋い焦がれる少女のそれ。

 やがて彼の手から離れた剣に手を伸ばし、柄を握ると。


「…殺す」


 レオンの心を鷲掴みするかの如く、冷たく笑う。

 向けられる憎しみの、何と壮絶なことか。

 あまりに濃密な殺気は、長らく戦場に身を置いていたレオンをして、冷汗を掻かせる程。


「(これは…ちょいと覚悟を決める必要があるかもな〜)」


 簡単にはいかないであろうことを予感しつつ、レオンは得物を引き抜く。

 彼女はゆっくりと剣を構え、男を睨んだ。

 踏み出すレオン。駆け出す彼女。


「「ッ!」」


 頬を伝った少女の涙が、風に溶けた。

「では今回も説明していきますわね!」


「待て待て待て。俺の状況を考えろ、俺の状況を。どう考えても説明するような状況じゃないだろうが」


「そんなことは関係ありませんわ。わたくしの説明は時空を歪めましてよ」


「どんな無茶だよ…」


「だってそれをしないと、登場キャラクターが少ない現段階では予告が成立しませんの。本来は本編に登場していないキャラクターが予告をしますので、悪しからず」


「…はぁ」


「それでは、今回は言語について説明していきますわ!」


「わー、ぱちぱちぱち」


「…やる気が無いですわね」


「いや、まぁ…心中穏やか…いや、心身共に穏やかじゃないからな。


「まぁ良いですわ。尺もありますし。…さて、様々な異世界を旅している私達ですが、勿論誰もが同じ世界の出身者と言う訳ではありません。基本的に皆さん異なる世界からいらしていますの。当然用いる言語が異なる場合が往々にしてありますわ」


「…世界の数だけ、言語もある。みたいな感じなのか」


「おおよその理解はそれで構いませんわ。ですが世界が異なっても、世界に生きる人である以上は言語に共通点が見られる場合が多いのです。そのため、異世界同士での交流の際には、言語の共通点から作られた言語…俗に言う、『統一言語』と呼ばれるものが用いられていますわ」


「…言いたいことは分かるが。言語の統一って、そう簡単に出来るものじゃないだろう?」


「それは当然ですわ。思想の違いもありますから。…そこで、これの出番でしてよ」


「…いや、出番と言われても。見えないんだが」


「心の眼で見てくださいまし」


「見れるか。で、何なんだそれは」


「『隊員証』ですわ。じきに弓弦君達にも渡される物です。…さて、この『隊員証』…実は特殊な空気振動を発生させる翻訳機能が備わっていますの」


「へぇ、便利なんだな」


「便利ですわよ? 何たって、その人が一番理解出来る言語に言葉を変換してくれますから。これがあるために、私達は言語に不自由無く交流することが出来ているのですわ」


「充電とかは要らないのか?」


「空気があれば、大丈夫ですわ」


「空気をエネルギーに…それは凄いな」


「実際には、空気中に漂うとある粒子をエネルギーに変換していましてよ。それの説明は…またいつか」


「…ちょっと待ってくれ。俺は『隊員証』を貰っていないのに、皆の言葉が理解出来るんだが?」


「恐らくですが。弓弦君達が使っていた言語は、『統一言語』に極めて近いものであると推測します。それ故、言語が理解出来ているのでしょう。時々、そう言った世界もありますの」


「…成程な」


「では言語について理解出来たところで、予告ですわ! 『感情は、研ぎ澄まされれば研ぎ澄まされる程に武器となる。純粋な憎悪の下に行動する彼女に、恐怖は無い、甘えは無い。熟練の剣技に相対するは、驚異的な演算、運動能力。激烈な衝突を制すは知影か、レオンか──次回、対峙』…憎悪を、制せ」


「…知影さん」

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