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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
昇進試験編
79/411

バレンタイン短編  “チョコレート対決!”

 その日は朝からアークドラグノフ内が騒がしかった。その騒がしさたるや相当なもので、今俺こと橘 弓弦と言う被害者が、それはもうそれはもう心地良い眠りから、さながら地獄に急転直下させられたかのように覚まさせられた。


「…はぁ。朝から何なんだ一体…そう思わないか知影、フィー…?」


 珍しい。隣で二人が寝ていないとは。

 ん? そう言えば昨日何か言っていたな……


ーーー弓弦。ちょっと今晩はセティの部屋でガールズトークしてくるね♪


ーーー私達が居ないからって寂しがられてはいけませんよ? ふふっ♪


 …あぁ。こんなことを言っていたな。とは言え…二人が隣で寝ていない日…と言うのも初めてなんじゃないか? …あぁ、初めてだな。

 部屋の中を見る。

 静かだ…だが外は騒がしい。取り敢えず出てみるか? いや、その前に。


「コーヒーコーヒー…っと」


 既に予め用意してあるコーヒー豆からコーヒーを作る。そうだな…少し甘めにしてみるのも良いかもしれないな。

 世の世知辛さをその苦味で拭うのが苦いコーヒーなら、寂しさを紛らわ…静かな朝に個人的に合うと思っているのは今淹れている微糖気味のコーヒーだ。砂糖と粉末状の生クリーム(クリープ)を入れて掻き混ぜる。コーヒー独特のあの香ばしい香りにほんのりと甘みが加わって、これが中々良い。コーヒーも好きだがお茶も好きでジュースも好きでお酒も好きだ。…多いな。

 まぁ兎に角、今はコーヒーブレイクと言うやつだ。

 窓を開けて部屋の換気もする。涼やかな朝の澄んだ空気が部屋を満た…いやに甘い空気だな。この香り…チョコだろうか? 誰かがチョコを焼いているのかもしれない…朝から物好きなものだ。

 コンコン。とドアが叩かれる。


「弓弦! 僕だ、開けてくれないかい?」


 ディオか。…扉のロックを解除する。


「やぁ弓弦…? コーヒーを飲んでいるのかい? 僕も一杯良いかな?」


「好きにしろ…って、今度は誰だ?」


 再びノック。


「俺だ〜」


 レオンも来るとは…珍しい。


「まだロックしていないから入っても良いぞ」


「じゃ、入るぞ〜!」


「…? ルクセント中尉も来ていたんだね。…あ、僕もお邪魔するよ。ほらオルグレン大尉」


「俺も入らせてもらうが構わないか?」


 ディオルセフ・ウェン・ルクセントに続いて八嵩はちがさセイシュウ、レオン・ハーウェル、そして何故かトウガ・オルグレンまで部屋に入ってきた。…更に。


「……橘少将。失礼する」


「あんたも来ていたのか」


「付き合いだ」


「ロリーのか?」


「あぁ」


 カザイ(フルネームはまだ知らない)も部屋に入ってきた。男性キャラ勢揃い…珍しい日もあることだ。


「全員コーヒーで良いか? …あぁ、分かった」


 それぞれに好みを聞いてコーヒーを淹れてから床に座る。個室内では靴を脱ぐのが決まりなので汚れていないから問題無い。


「それで、何だって艦は甘い香りが充満しているしここまで俺の部屋にメンバーが集まるんだ?」


「弓弦は今日何があるか知っているか〜?」


「何って…知らないから訊いているんだ。…知影とフィーも居ないし…」


「…まぁあの二人はね。居ないのは当然だよ」


「当然…?」


「…良いコーヒーだ。焙煎からか?」


「フィーのお手製だ。悪くないだろ?」


 フィーって昔から色々栽培してたりするんだよな。このコーヒー豆や棚にある紅茶葉とかはあいつが作ってくれたやつで、これで飲み物を淹れると俺好みの味が出来て好きなんだよな……


「あぁ…中々良い味だ」


 カザイが口に少し含んで眼を閉じる。…寛ぐ気満々だな。


「それで? 当然とは?」


「あぁ、今日は女性隊員が意中の男性隊員に手作りのチョコをあげる日なんだ。だから朝から賑やかなんだよ」


 …あ、バレンタインか。…成る程、通りで居ないはずだ…って、この世界にもそんな風習があったんだな。


「昔からそういう風習があってだな〜。たまにはと言うやつで今日は任務ミッションを休むのを推奨しているんだ〜。艦の搭乗員で出払っている奴も殆ど居ないから今日は一日中賑やかだぞ〜」


「ふっふっふ…そうだよ、チョコだよチョコ! 甘い物だよ! 僕はこの日が待ち遠しくて仕方が無かったんだ♪ リィル君が作ったチョコなら食べ放題だからねっ!」


 出たよ甘党セイシュウ。


「…リィルさんこの日だけはバレンタインチョコを貰って美味しそうに食べる博士に寛容だからなぁ…。これで気付いてないんだよこの人」


「…? 気付くも何も、寛容だってことに気付いているからテンションが高いんじゃないのか?」


「「……」」


 ディオとトウガが何故かポカンと口を開ける。


「……」


 カザイも軽く俺を見つめてからコーヒーを飲んで眼を閉じる。無言…か、なんて…な。


「ディオ。弓弦も同類だから理解出来るはずが無いだろ〜?」


「…人のことには気付くとは思ったんだけど…想像以上だ…はぁ。やっぱり鈍い方が良いのかな…?」


「女心とは分からんものだディオ。仕方が無いと考えろ」


「でもトウガ…「そう言うものだと考えろ」…分かったよ」


「…魅力が無いと言えば嘘になるからな〜。美味しいとこばっか持っていって無自覚で、そういう発言をする…どんどん増えるのが眼に見えるぞ〜…」


 …何故か凄く馬鹿にされている気がする。女心…一応それなりには分かっているつもりなんだがなぁ。

 まぁそれよりも、


「…で、わざわざ俺の部屋に何しに来たんだ? 出来ることなら静かに過ごしていたいのだが」


「……」


 カザイが眼を開き、頬を少しだけ緩ませてコーヒーを飲んで眼を閉じる。「…同感だ」…と、言ったところだな。


「バレンタインなんだろ? ならその内知影達が帰ってきて、騒がしくなるから今は静かにさせてくれ」


「…うわぁ…貰えることが当たり前だと思っている人の余裕だ…良いなぁ…」


「本当だな〜まったく。これだからな〜…はぁ」


「なぁ…頼むから「たっだいま〜♪」…はぁ。お帰り…っ!?」











* * *


「う、うぅ…」


 畳の香り…ここはセティの部屋か…?


「御目覚めになりましたよ〜!!」


 天部 風音の声で視界を、彼女を含めて五人の女性が取り囲む。


「ふっふっふ…弓弦、今日が何の日か知ってる?」


「ん、あぁ。バレンタインだろ? それがどうかしたか?」


「う、うむ…隊長殿等が居たのでもしやとは思ったがやはり知っていたか」


「でしたらご主人様が何故こうなられているのか…分かりますよね?」


「…誰のが一番美味しいか…決める」


「あらあら…良かったですね♪」


 不敵に微笑む神ヶ崎 知影、ユリ・ステルラ・クアシエトール、フィリアーナ・エル・オープスト・タチバナ、セリスティーナ・シェロックまたは、イヅナ・エフ・オープストがそれぞれ小包を俺に向けて差し出す。


「クスッ♪ 私は『洋菓子』と呼ばれるものに関して疎いですから…このような粗品しか御渡し出来ませんが、宜しければ御賞味の程を」


 風音も丁寧に包まれた小包を俺に差し出す。

 …おぉ、意外に全員まともだ。これが姉さん達ときたら「私を食・べ・て♪」を平気で実行する頭のネジのぶっ飛び加減…まぁ、悪くはなかった…じゃない! そこまでいってないようで何よりだ。まぁロクなことが無さそうなので逃げたい気持ちはあるんだよな。


「じゃあジャンケンだ。はい「「「「「じゃ〜んけ〜ん」」」」」


 だが…すまん、命が惜しいから…よし、今の内ッ!!


「ッ!!」「ッ!?」


 …刃?


「クス…どちらに向かわれるのですか」


 薙刀が眼の前に。


「い、いや…どこにも行くわけナイダロ…は、ははは…っ」


「そうですか…ではもう少々御待ち下さい」


 …失敗失敗。次こそは。


「「「「「じゃ〜んけん!」」」」」


 今だッ!


「ユリちゃん!「了解だ!」撃てぇっ!」


 っ!?


「危なっ!?「待ってください!」すまん、だが、触られて堪るか!「えいっ!!」っ!!「焔烈きゃあっ!?」火気厳禁だ!」


 ユリの銃弾を叩き斬ってフィーの犬耳攻撃を躱し、透かさず飛来した知影の矢を掴んで風音の薙刀に当てる。よし! このまま!


「……」


 扉の前に立ち塞がるセティ。

 ごめんなセティ…だが、俺は……!!


「逃げちゃ駄目…絶対…! 皆頑張った…だから…食べて…?」


 …っ、こう言う時のセティには何故か逆らえない…ッ! 観念…するしかないのかっ!?

 …ま、まぁそれに、食べたくないと言えば嘘になってしまうからな。


「…じゃあセティのやつを先に食べさせてくれ。良いよな?」


「…!! うん…っ!」


「弓弦様はもしや…」


「いいえ…でも多分…」


 フィー達の話の内容が気にならなくもなかったが、セティから小包を受け取って開いてみる。


「おぉ…ザッハトルテか」


 一口食べて眼を見開く。ヤバい…何がヤバいかって? 美味すぎる…っ! 杏ジャムの甘味もケーキとの調和が取れていて、普通に行列が出来るお店の味…そう思えた。


「これ…一人で作ったんだよな?」


「うん…皆分かれて別々に作ったよ。…だから誰が何を作ったのか…知らない」


 お、珍しく「うん」って言ったな。可愛いじゃないか。


「そうか…っ!?」


 …今最後に広がったバターの香り…どこか懐かしいような…? いや、気の所為か。


「セティはお菓子作りが上手だな…美味しかったぞ?」


「……コクリ」


 控えめな笑顔を見せて後ろに下がる。犬耳がリボンの下でピコピコ動いていてとても嬉しそうだ。にしても本当に良く似てるなぁ……


「じゃあ次は私のを食べて…と言ってもセティのに比べたら見劣りしちゃうけどね」


「お、おう…」


 知影は何を作ったのだろうか…楽しみだ。

 開けてみる…トリュフチョコレートか。…うん、食べ易くて良いな…? この味は…ラズベリーか。甘酸っぱい感じが悪くない。


「美味しいな。次は誰「ちょっと待ってよ!!」…何だ」


 …どうせなら早く済ませたいのだが…何故か知影が無理矢理俺の顔を自分の方へと向ける。


「…ねぇ、感想はそれだけ? 少し簡単過ぎないかな? もっとこう…こう言うとこが美味しい…とか「次は誰」だから何でそれ以上言わないの? 弓弦ラズベリー好きだよね? 結構な頻度でラズベリーグミを買ってた記憶があるけど」


「知影頼む。頼むから次のチョコ!?」


「弓弦何か隠してるでしょ。今の弓弦そんな顔してる…それ必死に考えまいとしている顔だよ?」


「止めっ!? 犬耳をぉっ!? ぐっ、ラズベリーが…っ」


 どうしてよりによってこのタイミングで犬耳を触るんだ!?


「なんで胸を押さえて…まさか弓弦、ラズベリー駄目だった?」


「違う! 違うから取り敢えず何でも良いからってひゃうっ!?」


 甘酸っぱ過ぎて胸が締め付けられる! ラズベリーは好きだがこの感覚が…俺…は…っ。


「あ♪ ラズベリーの味ってね…青春の味なんだよ♪ 甘酸っぱい味に胸がキュンッ…てなるの。きっと弓弦が私に恋してる「合っているようで違うわぁぁっ!!」…私のこ「大好きだ! 大好きだから取り敢えず犬耳を離せ!」…うん、私も大好きだよ弓弦♡ …‘折角私の髪とか血とか入れたのに…’」


 ぁぁぁ…ら、ラズベリーが染みる…っ! って、今こいつ何て言った!? 


「今弓弦の心が凄く(ラズベリーで)ドキドキしているが伝わってくるよ…そうだ…折角のバレンタインだもの…もっとドキドキすること私としーーーガク」


「…大丈夫?」


 セティが知影も気絶させてくたお蔭で助かった…ふぅ。


「ご主人様♪ お口直しに私のチョコをどうぞ♪」


「あぁ、ありがとう……!!!!!!」


 フィーの小包の中に入っていたのはチョコレートパイ。個々で作ったにも関わらずバターの香りがセティと似ているのは使ったものが同じなのだろう。流石姉妹…と言ったところだが、妹であるセティの方が味の点でより洗練されている印象だ。うーん…店とかで出すのなら、セティに軍配が上がるか。

 …でも、だからだろうか…このパイは凄く家庭的な味がする。

 セティのはお店で、つまり万人受けするがレシピ通りで(どこか機械的)…ぎこちない…そんな感じを受ける。

 大してフィーのは大きさ、味、香り、食感がまるで純粋に俺のためだけに作られたお菓子…そんな感じだ。何故だろうか…お菓子に込められた深い愛情が感じられて…そこはかとなく感じられる懐かしさに胸が締め付けられる……ような。

 …あぁ、ラズベリーめ…許すまじ……


「お、おいひい(美味しい)なんらよ(何だよ)ゴクン。この味は反則だ…」


「ふふっ…自信作です。ご主人様のためだけに試行錯誤を繰り返して作ったチョコパイです。美味しいのは当然ですよ♪」


「ぬぅぅ…勝ち目…あるかなぁ…」


「まぁまぁ知影殿。次は私で良いだろうか」


「えぇ。どうぞ御構いなく」


 下がったフィーに変わって俺の前に進み出たユリが若干躊躇いがちに小包を渡す。


「その…あまり期待はしないでほしい。菓子はあまり作らないのでな」


 開けると中にあったのは少しだけ不恰好なチョコタルト。いや手作りなんだしこれが普通だ。他の面々のレベルが高過ぎるんだ。


「その…直前にこうも完璧なものを立て続けに見せられるとな…いや、元々自信などあったものでも無いがそれがさらに無くなってしまってな…」


「フィ、フィーナ…あれってまさか…っ」


「…!? 彼女、出来るわね…!!」


「? …どう言うこと?」


 知影達が何か話しているが、よく聞き取れない。


「普通はこんなもんだ。比較対象が明らかにおかしいんだ…味はうん。美味しいぞ」


 チョコはビターだろうか。甘過ぎず、苦過ぎないチョコが手作りのタルト生地のサクサク感と合わさっていて、美味しい…っ!? こ、これは一体…何だ?


「そ、そうか…い、いや嬉しいというわけではないのだが…流石に不味いもの食べさせるのもどうかと思ってだな…何はともあれ、安心したぞ!」


 こ、こここ…こんなことが可能なのか!? 信じらない…っ。

 俺の手にあるのはただのチョコタルトに非ず。


「タルト…層が三つ…? しかも何だこれは?」


 チョコの部分を綺麗に三等分して、上から順に普通のチョコ、チョコムース、生チョコの層が…見事に出来ている。普通に食べる分では気付き難いが俺は気付いてしまった。この奇跡という名の芸術に……


「(チョコの層が)綺麗だ…ユリ」


「な、何を突然言い出すのだ橘殿!? いい一応礼は言っておくが…」


 う~ん…美味いなぁ。


「で、では最後は私…ですね。どうぞ…」


「…大福?」


 「成る程、そういうことか…」と思い、少し食べてみる。


「はい。大福です…その、いかがでしょうか?」


 「合うのか?』」が初見の感想だ。だが見た目に騙されてはいけない。 

 この大福はまるでそう、異なる文化の共存を表しているみたいだ。和と洋の共存、和洋折衷。確かに生半可な状態では美しき調和は取れない…そんな大福とチョコ。片方の風味が強過ぎても弱過ぎても、もう片方の風味を損ねてしまう。

 …しかしこの大福はどうだ。どちらを殺してしまうこと無く互いに生かし合っている。引き立って合っているのだ。…これは驚くべきことではないだろうか?

 安直な“合体”では無く“共存”…和菓子でもあり洋菓子でもあり、またそのどちらでもない新たな菓子の可能性…嗚呼…人類は今、新たなステージに立とうとしているのやもしれない…コホン。


「…水を差すようで悪いが…私には全く理解が出来ん…」


「…ユリ。本当に分からないの?」


 ユリが見るからに疑問符を浮かべながら大福を見詰めている。


「まさか、この大福が…? これが…対話だと…っ私は認めない…ユリちゃんはまだ」


「私が…負けた? …に対するお菓子で? でも…認めるしか…無いというの…く…っ!」


 …セティはまだしも、二人は間違い無く人の心を覗いていたな…まだ結果を言っていないのに。


「クス…それで、どなたが一番なので御座いますか?」


「一番は…一番美味しかったのは…」











* * *


「弓弦…帰って来ない…」


「セイシュウも…リィルちゃんに連れて行かれたしな〜」


「……」


 ……。


「トウガは寝ちゃった…暇だよ」


「暇だな〜」


「……」


「カザイ。どこ行くんだ〜?」


「……散歩だ」


 橘 弓弦の部屋を出て俺は人を探す。…何故か探さずにはいられなかったのだ。


「……く…っ。くじで当たらなければ…。やはりあの男は…っ」


 ーーー探し人はすぐに見つかった。そう離れていない場所で一人中を覗いている。やるとは思っていたが眼の当たりにすると、何ともやるせない気分になる。

 …それが“あの光景”と重なる部分があり、それが俺の心にさざなみを立てる。荒ぶろうとする感情を押し留め俺は声を掛けようとし…背後に気配を、感じた。


「ほっほ、青春じゃ…そっとしておくが良かろうて。ほれ、見つかったら面倒じゃ…離れるぞ?」


「……」


 …そっとしておく…か。


「無言…かの。ほれ、“彼女”に頼まれたチョコじゃ、受け取るのじゃ」


 彼女…か。あぁ、先程の珍しい光景は“彼女”によるものか。

 チョコを受け取り、一礼をして俺はその場を離れる。一人の空間がほしかった。

 …この艦は艦であって艦でない…俺は硝煙に毒されているのだろう。毒された俺にとってこの艦は居辛い。平和と言う言葉もまた、俺には似合うことのない言葉なのだ…だが、そんな中であの男…橘 弓弦の淹れたコーヒーは俺の心の渇きを癒した。

 不思議なものだ…俺と通じるものがあることが。俺の心の三叉路で俺を導いてくれるのはあの男なのかもしれない。俺が近いのか、あの男が近いのかは分からないが…だが友と呼ぶに値する人間であったのならば…俺と共に硝煙に包まれながら修羅と化すのか、それとも俺を炎の匂いが染み付いた修羅道から救い出すのか…? …俺は救いを求めているのだろうか。

 …。救い、かーーー











* * *


 レオン達はいつの間にかどこかへ行ってしまったようだ。部屋に戻ってベッドに横になった俺は隊員服のポケットから二つの小包を出した。

 この小包。一つはセティの部屋の入り口に置かれていた俺宛ての小包でもう一つは知影のだ。どうも昔から酸味が強めのラズベリーを食べると胸が苦しくなる謎の症状があって日々訓練していたが…色々あったからな。訓練…ここ暫くはやってなかった。よく姉さん達が吊り橋効果を期待してキツめのを食べさせられたものだが、今考えてみるとやっぱり微笑ましい。と言うか、原因間違い無くあの人達だ。 食べないのも失礼なので、誰が置いていったかは分からないが小包を開けて中を見るとチョコのマカロンが。渡したければ直接渡してくれれば良いものを…照れ屋なのだろうか? それにこの…『義理』の文字も気になる…まぁどうでも良いか。 ん? これはまた懐かしいような味がするな…以前食べたことがあるものに近いのかもしれない。アバウト過ぎて俺もよく分からんが、チョコの苦味が中々丁度良い。

 これは病み付きになりそうだ…が、それだけに誰が作ったのか分からんのが惜しいな…お礼を言いたいが…言えないのがもどかしい。だが探すのもその人に失礼…か、はぁ…… 

 寝る前にチョコをしまっておくか…と言っても知影に見つかったら何されるか…いや、今食べてしまうか…? そうだな、そうするか。


「…!!!!!! 〜〜〜〜〜〜っ!!」


 うぐ……酸味に胸が…っ!!


ーーーコンコンコン。


 布団の上で悶えている…とドアがノックされる。


「い、今は絶対に部屋に入るな! 良いなっ!!」


 だ、誰が外にいるのか知らんが今の俺を見られたくない! 頼むから去ってくれ…!


「…ぐぁっ」


 ベッドから大きな音を立てて落ちる。


「た、橘殿!? 大事無い「来るな!」ッ!?」


「今は黙って早く部屋から出て行ってくれ!」


「だが橘殿!!」


 よりにもよって近くに寄って俺の身体を抱き起こすユリ。吐息が犬耳に掛かって……!

 …あぁ…もう駄目だ……


「ぐ…っ!? た、橘殿…? な、何を…〜〜〜〜っ!?」











 その後色々あって胸の苦しみは収まり、俺はユリに平身低頭の様でひたすら謝り続ける。一応未然で終わるには終わったし、何があったのか言いたくもないが、写真の一件以来に俺とユリの仲が深まった…とだけは言っておこう。

 …それにしてもカザイ達は何のためにここを訪れたのだろうか…謎だ。いや、どうでも良いか。今は……


「…寝ないのか、橘殿」


「ん…寝るぞ」


 細かいことは考えずに寝るとしよう。…うん、それが最善手だ。取り敢えずはそれで良いか……


「ってちょっと待てぇッ!」


「…む? 寝ないのか?」


「どうしてお前がまだここに居るんだ、ユリ!」


 ここ…ユリの部屋じゃないか!? どうして俺…こんな場所に!?


「…む? 知影殿が怖いから…ではなかったのか?」


 …。あぁ…そうだった。

 今日の知影に捕まるとまた食われそうになりかねないから、「私の部屋で良ければ、今日一日は落ち着けるはずだ」…との、ユリの厚意に甘えることにしたんだ。

 今日の知影は完全に発情していたからな…これが結構助かるものなんだ。


「さぁさぁ、早く寝ると良い。程良い睡眠は身体に良いものだからな、うむ」


「あぁ……」


 …うん、疲れたし、寝よう。お休みだ……

『朝に昼に、夜と。ひたすらに右手を動かして書類を捌いている弓弦の様子はその日、どこか喜びの感情が滲み出ているようであった。対して本来その業務を行わなければならない人物の瞳は、正に死魚の如しであった。何故彼の瞳は死んでいるのか。何故彼の瞳はどこか、爛々としているのか。それはーーー新章となる次々回、しゃぶしゃぶパニック!? …少女達は躍る…宵に躍る』

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