昇進試験その二
『VR2』に戻るとリィルとトウガ(誰だ?)の試験が終わっていた。…結果はリィルが不合格でトウガが大尉に昇進だ。…部隊の階級とはこうも簡単に上がるものなのか、疑問だ。
「…私が行かせてもらおうか」
ユリが前に出る。
「俺か」
相手はカザイ。だから銃対銃になるか。
カザイが先にVR2の中に入る。
「…橘殿」
「何だ?」
それに続こうとしていたユリだったが、何かを言おうとして少し悩んだ後、『VR2』へと入った。
「見ていてくれ」…と肩越しに言ってから。
* * *
…私も合格したいところだが…風音殿やセティ殿のようにはいかぬだろうな……さて、
「カザイ殿、条件は何だ?」
「簡単だ。マーカーに攻撃を加えること、それだけだ」
見るとカザイ殿の心臓の位置に銃弾一発程の大きさの小さな印が現れていた…同時に私にも。
「始めるぞ」
二つの銃口が私に向けられる。中々の得物だな…単純なデザインだが手が加えられている。恐らく彼専用のカスタマイズ品、世に二つと無い逸品と見た。
ダンッ!
「っ!!」
なんて力強い音だ! そして、速い。
ダンッ!
後ろに下がりながら、銃弾を銃弾で弾く。当然だが至近距離では私の方が圧倒的に不利…ならば、向こうの射程距離外から仕掛ける…!
牽制弾を放ち、気を逸らそうと試みていると放たれる銃弾。
「…っ!」
相手の銃弾が私の足下で爆発し砂埃を巻き起こす。砂埃に紛れていると私の上を影が通過したので咄嗟に身を伏せゴホッ…手榴弾か。砂埃が邪魔だがそれで私の射撃が封じれることはない。
地面を転がり追射撃を躱しながら返すように射撃する。
「よし…っ!」
射撃が止んだ。命中したと思ったが…外れか。
「いや、違うっ」
四方向からの跳弾…狙いがずれているのは私の動きを予測してか…っ! 成る程、やるな。
「だが、反射角の計算は私も得手だ!」
全て撃ち落として立ち上がり、反撃。
「……っ!」
弾切れ…再充填。
素早く銃口を計算して出した射撃口に向けるが姿を完全に見失った。どこだ…どこに居る…!?
「ここだ」
背後に気配…射撃。
避ける。
射撃。
撃ち落とす。背後を取られた挙句、まさか砂埃に囲まれるとはな…何故こうも粉塵が巻き上がるのかは謎ながとんだ失態だ。橘殿に見せられない程の…っ。
だが、やれることはある!
射撃。
「こうするまでだ!」
突っ込む!!
頬を銃弾が掠め痛みが走る…が、どうやら距離を取れたようだな。
「……」
砂埃の中をカザイ殿が歩いて来る…幸運にも先程の銃弾は右足に命中していたのか、右足に力が入っていないように見える。
「「…………」」
対峙し、互い静かに銃を向ける。
発砲。カザイ殿の撃った銃弾に狙いを定め私も射撃する。
すると三つの銃弾が空中で交錯し、それぞれの対象へと向かったように見えた直後、危機感にスコープから顔を外す。
「………くっ!?」
スコープをやられたか…向こうは!?
「……」
飛んできた二つの銃弾。
「外した…のか…?」
向こうに銃弾が命中した様子は…いや、これは…!
「……よし」
カザイ殿が右の銃を投げ捨てる…見た所、銃は私が放った銃弾を受け壊れていた。バーチャルで良かった。あれ程の銃、もし現実で壊していたら後悔を覚えたかもしれない。
さて…スコープが破壊された以上、遠距離射撃の命中精度は下がる…ならば。
素早くホルスターを付け替える。一番上に装填されるのは橘殿と買った材料で作成した特殊狙撃弾だ。
「…!!」
発射する。カザイ殿はそれを見事に撃ち落とす…が、それが狙いだ…ッ!
薬莢内で反応が始まったため、光を放ち始める銃弾。
「!!!!!!!!」
ドゴーンッ!! と爆音が轟き閃光がカザイ殿を包む。
「……っ」
「……もらう!!」
眼が眩む閃光の中、銃を左手で構え一気に肉迫する!
至近距離での争い。 互いの狙いは互いの心臓…そこには、一瞬の油断も許されない!!
伸ばされる左手の銃を右手で押し退け、印に銃を当てて引き金を引くも右手で腕を掴まれ外す。
「…っ!!」
…流れる動作で私の印に当てられる銃を、掴まれている左手を右手ごと下に引っ張りしゃがむことで避ける。それにより右足に力が入らないカザイ殿の体勢を崩させることに成功した。
再び左手を右手で弾くと同時に、拘束の緩んだ彼の右手を振り払いそのままの体勢で、左胸の印…心臓に銃口を当てる。
引き金を…引く。
ダンッ! と銃声が静かに響き、カザイ殿は仰向けに倒れた。
「……」
印は消えているーーー私の、勝ちだな。
「立てるか?」
しかし…相当に手加減されていたな。
「あぁ」
だが、勝利は勝利だ。橘殿はしっかりと見ていてくれたのだろうか…先程までの様子を見る限りでは心配だが……
* * *
…悩んでいた。ユリにどういった感想を伝えるべきなのか……
カザイとの昇格試験の最後の格闘はまるで、アクション映画のワンシーンとようなインパクトがあり、知らず知らずの内に一人静かに盛り上がっていたのは確かだ。その所為か知影とフィーの機嫌が若干悪くなってしまっているのだが…仕方が無い、嫉妬深いなぁ…はぁ、自業自得か。
「お」
二人が戻って来た。
カザイ…かなり疲れているように見えるが大丈夫か?
「…で、橘殿。見ていてくれたか?」
「あ、あぁ…ちゃんと…見ていたぞ」
「本当か! それで、どうだったのだ?」
いきなりか…さて、どんな感想を言うべきか。
「ユリちゃーん、弓弦がさっき『微妙だ』…とか言ってたよ」
「……ご主人様は私の犬耳に夢中で映像を見ていないわよ」
「「…黒いね」」
「…お、お~…ふらふらしてきたな〜…」
「…女の争いですわね」
「青春結構結構…さて、次は誰かの?」
…好き勝手言ってくれる外野を放っておいて俺は、必死に思考を巡らせる。
あのゴホッ…異様な砂埃の中で何があったかはよく見えなかったがそれはユリも同じだったはず、なのにカザイの足に命中させた場面や、スコープを撃ち抜かれた代わりに右の銃を撃ち抜き返した場面も、手に汗を握った。…一言で言うのならば、「カッコ良い」…これに尽きるだろう。
…だが、女性にカッコ良いと言うのは実際問題どうなのだろうか。言われると傷付く人も居るには居るのだからもし、その言葉でユリが不機嫌になってしまったら…? いやいや! 本音を言った方がこういう時は良いと思う…よし。
「かっ…」
よし言おう! …と思ったところで、あの任務の特別報酬として出された贈り物を受け取った時のことが何故か思い出されてきた……
* * *
その日、レオンから「特別報酬が届いたぞ〜」と呼び出された俺とユリは隊長室の扉を叩いた。
促され入室するとレオンの机の上には、二つのダンボールが。
「二人から見て右が弓弦、左がユリちゃん宛の贈り物だな〜。…ま〜…ぷっ…受け取っとけ…っ」
そのいかにも笑いを堪えているレオンを見て中身が大体予想出来た…いや、予想していたのだが、それが正しいということで確定したようだ。
意を決して開けてみる。
「な、な、ななななな…っ!? こ、ここ…こんなもの私には受け取れないぞ!」
「…………参ったな」
…中身はそれぞれ、純白の薄いドレスとしっかりとした生地のタキシード。これ寸法丁度良かったりするんだよなぁ…ははは。
「…っ、ははははっ! 良かったじゃないか〜! よ~し、このまま俺について来い! 隊長命令だ〜!」
職権乱用ここにあり。
俺は妙にそわそわするユリと共にレオンに付いて行った。
「…帰って、良いですか?」
思わずそう言いたくなる程、面倒なことになった、なってしまった。
「お〜似合っとるな〜!」
「………あの二人にはくれぐれも厳密にしてくれ…頼む」
「…分かっとる分かっとる、任せとけ〜!」
今一つ信用が出来ないな……
「……う、うむ。 これで良いのだろうか…」
そんな声共に背後の扉が開いて、純白の女神が現れた。
「…………これは嫉妬ものだな〜」
「た、隊長殿!? そんな眼で見ないでくれっ!!」
まず一番眼を引くのは…言い方がアレだがユリの豊満な…っと、言ったら後々怖そうだ。レオンの視線は既に釘付けとなっている。
所々覗く肌はドレスの白と合わさり一層艶めかしく俺の眼に映る。
そんなユリの顔は真っ赤に染まり、そう赤くなられていると俺まで更に照れてしまう。
「綺麗だ…」
そう口にするのがやっとな程、所謂ウェディングドレスに身を包んだ眼の前の女性は美しかった。
「た、橘殿こそ…「はい駄目〜」」
「ユリちゃん…せめてこの時ぐらいは、名前で呼んだ方が雰囲気出ると思うぞ〜?」
…カメラマンなので追い出すことが出来ないのが腹立たしいな。一々茶々を入れてくるのが面倒だ。
「…ゆ、ゆ、ゆ、ゆづぅ…くっ…」
妙に頑張っている様子のユリは深く深呼吸をする。
「ゆ、弓弦…似合っている…ぞ…っ」
「はは、本当か? 嬉しいな」
「…〜っ!」
っ、だぁぁっ! 照れるなモジモジするな上眼遣いで見るなぁっ!
「……は、早く撮ってもらうぞ!」
「…そうだな」
「ん〜? 良いのか〜? じゃ〜…よっこらしょ〜っと!」
レオンが空中に現れたウィンドウを操作すると、一瞬にして教会の中に俺達は立っていた。…教会に関する出来事二度目だな。
「じゃ〜もっと寄れ〜、お~お~そうだそうだ〜」
少しずつ、少しずつ寄っていく俺達…そしてまだ間にハッキリと空間があるのに止まる。
「もっと寄れ〜!」
そうは言ってもな…どこまで近付いて良いのか今一つ分からないからな…距離感とか大事だろうし……
「……」
ユリは俯いて何かを呟いていた。
「‘……どうせ一時の夢だと思えば…っ!’」
…かと思うと、
「おわっ!?」
ユリが俺に抱き付いてきた。
「お~お~!! やれば出来るじゃないか!!」
カシャッ! とレオンがシャッターを押す。
「良いぞ〜! いかにもって感じだな!!」
「そ、そうか…? う、うむ…折角だ…ゆづ…弓弦、沢山、撮ってもらうぞ…!!」
「ユリ…さっきとは真逆のことを言っているぞ」
「っ、気にするな! 私は楽しいぞ!」
…どういった心境の変化なのだろうか?
乙女心とやらは複雑だ。
「良いね〜! そ〜そ〜! こっち見ろ〜!」
* * *
…その後二時間程写真を撮られていたが…俺とレオンがバテ気味だったのに対して、ユリは終始元気だったな……
う~ん…あの時綺麗と言ったら喜んでいたところを見ると、やはり彼女も乙女なんだよな。…ならカッコ良いは失礼だな。うん。
だがアレを可愛いとも言えないよな……
「橘殿?」
…よし、決めた。
「すまん。(必死に戦う)ユリばかり見ていてな…どんな戦いをしていたのかは分からないんだ」
よし、これで誤魔化せただろう…少し言葉足らずかもしれんが問題無い。
「私のことばかり見ていたの!? コホン…そうか」
…衝撃のあまり口調が軽くおかしくなっていたな。やっぱり言葉の選択を間違えたっぽいし…ならフォローを入れた方が良い…と。
「だからもし良かったら今度、ユリの(戦い方)全てを見せてほしい。俺はユリの(戦闘術)全てを知りたいんだ」
このフォローは流石に完璧だろう。さり気なくユリの戦い方に興味があるとアピールしたからな…うん。
「…全然フォローになってませんからね? 寧ろ悪化したと思います」
フィー…まさか、人の回想を覗いてないよな?
「‘ご主人様のタキシード姿はとても素敵でしたよ? でも良かったですね。 知影さんに見られたら怒られますよ?’」
…フィーは味方だよな?
「‘…はい。ですが’」
『悔しいので味噌一杯です。それで見なかったことにします』
よし乗った。…同時に二人以上に覗かれることが無くて本当に助かった……
「むぅぅ…弓弦の思考が覗けない…!!」
…本当の本当に助かった。
「…私なんかで良いのか?」
「あぁ、ユリさえ良ければ…だが」
「そうか…しかし心の準備があるからな…で、では今日の夜で「ユリ、少しこっちに来て」」
成る程、ユリは夜に訓練しているのか…感心感心。
「…成る程じゃないよ!」
…フィーが終わったと思ったらすぐに知影がズンズンと寄って来ると同時に覗きを始めたようだ。
「フィーナと何を話していたの?」
「…秘密だ」
「ねぇ…最近私に対して冷たくない?」
「そんなはずは…断じて無いな」
断じて無い…よな?
まぁでも寝る時とか…おおよそ高校生らしからぬ事をしているんだが。
「…むぅ」
赤面する知影が何を想像したのかは分からないが、要するに同衾しているだけだから健全だ。
「‘な、何だとっ!? …私の勘違いだと言うのか…?’」
「‘残念だけど…そうね。ご主人様が紛らわしい言い方をされただけから…悪いわね’」
流石フィーだ。よく分からないが俺のフォローをしてくれているのだろう。
「…で! 次は誰なのじゃ! 早う言わんかっ!!」
おっと忘れてた。
「あら、それなら私が行くわ」
ユリと話していたフィーが前に出る。
「相手は私か。よろしく頼む」
…相手はアンナだからセティと同じか。まぁこれはご愁傷様としか言えないな。
「なんで?」
心を覗くなよ…まったく。
「フィーの方が勝つな。絶対に」
「……あっそ」
「フィーが終わったら俺と知影、次はどっちが行くんだ?」
「私に行かせて」
「分かった。フィー」
「…!! はいっ!」
さて、フィーへの激励は言葉よりも“アレ”の方が良いか。…と、考えているそばから手に魔法の鎖が伸びてきたぞ…早いな。ま、取り敢えず引っ張る。
「ん…っ!!」
「…これで良いか?」
「はい! 一瞬で終わらせてご主人様の下に戻りますね!」
効果は抜群だ。
二人は『VR2』に入る。あの様子を見る限りでもどうやら充電は完了だな。これで心配は無いはずだからここまでくると逆にアンナの方が心配だ。
画面の中で二人が対峙する。
「勝利条件は…!?」
モニターを見ているロリーの眼が見開かれる。
「何、支配魔法…じゃと!?」
ロリーが勝利条件を言う前に画面の中のアンナが、虚ろな眼をしたまま自分で自分を貫く…うわ……
「はい、終わりましたよ!」
「……私はいつの間に負けたのだ…?」
フィーは試験に臨んでから十秒も経っていないのに即合格して俺の近くに戻って来た。
「フィー…“マインドケッテ”を使うか普通…」
「ふふ、仕方無いですよ…ご主人様が私の体を火照らせてしまったのですから」
うっとりした表情で俺に身体を預けるフィーは必死に何かを堪えているようで…分かった。
「…ほら」
「……!!」
帽子の中の犬耳を触る。
「…触ってほしかったんだろ?」
「…わん…っ!」
よしよし、素直が一番。可愛いぞフィー。
「じゃあ私が行きま〜す!」
「…む。また私なのか…」
…知影、大丈夫だろうか。
「…レオン。君はこの部屋を出た方が良い」
「お~? 何故だ〜?」
「兎に角…ですわ。ほら早く行きますわよ」
そして何故かリィルに引き摺られていくレオン…何か用事でもあるのだろうか?
* * *
さぁ待ってました私の番! 相手はアンナさん。セティちゃんやフィーナが余裕で勝っていたから私でも勝てるよね? 多分!
「…勝利条件は十分間、生き残ることだ」
弓に矢を番える。
「では、さっさと始めるか」「お先っ!」
放つ…避けられる。
「モードシフト!」
弓弦は剣銃で私は弓短剣…短剣だよ。もっと連撃で組み合わせられるような武器だったら良かったけど…ま、首を掻き斬り易いから不満はないけど。
…だけど、剣相手じゃ今一つ頼りないかな…これでやるしかないんだけども!
「なんだそれは? 私を揶揄ってるのかッ!」
「…っ!!」
嘘、凄く強いんだけど…っ!!
『ライトソード!』
剣が光を帯びる。
「てやぁぁッ!!」
横斬りは後ろに飛んで避ける! …そんで次にくるのは当然…!!
「…!? だが、甘いッ」
突きを刃の中心で受け左に去なし、逆手に持ち替える。
「もらったよ!」
「く…っ!」
勢いを乗せた斜め振り下ろし、踏み込んで横斬り、返す刃で左に抜けて離れ、短剣を弓に変形、射る。
…繰り出す最中私は、既視感を覚えていた。今、自分が対峙している“剣の動き”に見覚えがあったから……
「小癪な…っ!!」
…攻撃が、見える。
どんなに早く鋭い一撃でも、最初から分かっていれば幾らでも去なせる! 去なせるのだよ…!
『…闇を斬り裂け! ブライト! キャリバー!!』
アンナはそれを振り下ろす。どんなに強力な魔法でも当たらなければ…って、地面が割れたぁっ!?
「…っ!?」
回避が間に合わな…きゃぁぁっ!!
ーーーなんてね?
「それを待っていたんだよね!!」
特殊な矢を纏めて三本射る。
セイシュウさん渾身の作品であるこの特殊矢は、私を襲うはずだった魔力を奪って纏うんだとか。科学の力って凄いねー!!
それに対してアンナは構わず、今度は光の刃を振り上げる…矢は、消滅。
「小細工が私に通じると思うな!!」
「くぅ…っ!!」
科学が…負けた?
「残念だ…私の剣を見切る眼と言い判断も素晴らしい智人と見たんだが」
押されている…っ!
「恋愛などにうつつを抜かすようではな!!」
まだ三分程時間が残ってる…ここは時間稼ぎが得策、だね…!
「それが…どうしたって言うの!」
「勿体無いと言っている! 貴殿も、私やカザイに勝利したあの四人も!! 揃いも揃って橘 弓弦などと言うどうしようもない男に恋をしていることが!!」
剣を打ち合う。
「…は?」
「そんな男など捨て、日々鍛錬に励め! そうすれば、更に高みに登れるんだぞ!!」
「…そんな男?」
今、そんな男って言った? 弓弦のことを…?
…は? この女、何馬鹿なこと言ってんの? ふふふ…っ。
「これ程の実力を持った者達を堕落させている、元凶を…私は!!」
……ユルサナイ。
「この名のも…!?」
ふふふ…ふふふふふ…っ!!
「『私は』? …さぁ、その続きを言ってみてよ…!!」
* * *
…画面の中では知影がアンナにアイアンクローをしていた。
「…やっぱりこうなった」
気絶したディオに謎の薬を飲ませてからセイシュウは呟く。
「彼女なら絶対言うと思ったんだよ…あのレ「何を言ったんだ?」」
ん、言葉を被せてしまったな。
「ご主人様のことを貶したのでしょう…許せませんね」
「…何故それで知影が、あんなにもアンナに怒るんだ?」
よく分からん。
「…本気で言ってるのか橘殿」
「ユリ…この人はこう言う人」
「…む、そうだったな」
「十分経過だ」
「…試験終了じゃな」
カザイとロリーが画面を見ながら言う。だが画面の中で知影はアンナにアイアンクローをしたまま出て来る気配は無い。…はぁ、仕方が無いな。
「…はぁ。俺が行って来る」
知影の暴走を止めるのは俺の役目の一つだからなぁ…若干面倒だが。
* * *
「弓弦はカッコ良いよ…ヒーローだもの…あなたが思うような人ではないから…ッ!!」
「…っ、分かった! 分かったからこれを解け!」
「嘘。全然分かってない」
もっと骨の髄まで叩き込まなきゃ…二度とそんなことを言えないように…ふふふ。
「あ、頭が…ぐぅ…っ!」
「お人好しでね…ツンデレでね…料理上手で犬耳大好きっ子だけど…私やフィーナを堕落させるような人じゃない…寧ろ、弓弦が居るからこそ、私達は私達なんだ…」
「意味が…理解出来ん…!」
「なら理解出来るまで言ってあげる…♪」
…いつまでも、いつまでも…いツまでもいつマでモイつマデモイツマデモ、理解出来るまで、ねぇ…?
「あー、おい知影…試験は終了だ。合格だからそろそろ止めてあげてくれないか?」
「ほら…私なんかこんなに弓弦のことを想ってるからいつでも弓弦の声が聞こえるんだ…」
「き、聞こえるも何も…隣に…!」
隣…? あ!
「弓弦! 待っててね…この女を今躾けているところだか…ら?」
弓弦だぁ…私の弓弦だぁ…♡
「良いから落ち着け。ありがとな…俺のために怒ってくれたんだろ?」
嘘…私弓弦に後ろから抱き寄せられた!? キャッ♪
「く…っ、この私が…貴様のような男に情けを掛けられるなど…!」
解放されたアンナが両手で頭を押さえながら、憎々しげに吐き捨てくる。
「言いたいことがあるのなら直接言ってくれ…悪いところがあるのなら直すから。壁に犬耳あり障子に眼あり、犬耳と眼即ちフィーと知影也だ…心得てくれなければ次は止められるかどうか分からないからな」
「…っ、成程…そうやって人の心を弄んでいるのだな」
弓弦が折角優しい言葉を掛けているのにこの女…っ!
「知影。気持ちは分かるが」
「あ…」
弓弦が抱きしめる力を強めた! やったぁ♪
「一々行動が気に触るな…!!」
…あ。私、分かっちゃった。
「…恋愛経験、無かったりする?」
「なーーーッ!?」
アンナの顔が赤くなる…これ、図星かな。
なら…まぁしょうがない。海のように心が広い私は罪深い彼女も許すのだ。
「じゃあ恋、してみたら? きっと恋をすれば…自分を受け入れてくれる人を見つければ全てが変わるかも…ね」
…だって私がそうだったのだから。
私の全てを受け入れてくれる大切な弓弦…この人のお蔭で今の私があるんだ。
「…ね? 弓弦」
「…まぁ、お前がそう思うのならそうなんだろ。お前の中では…だが」
『……人の心を覗こうと考えるな』
自分は覗いてたクセに。
「…フン、そんなもの…」
捨て台詞と共にそれ以上何も言わずにアンナは『VR2』を出て行った。出て行っちゃえ、邪魔者め。
「…最後は弓弦だね」
相手はきっとあのロリーっていう名前の女の子。…強敵だよね。
「ま、何とかするさ。俺も伊達にフィーと旅をした訳じゃ…っ!?」
他の女の子の名前を出した弓弦の腕を抓る。
「…絶対に勝つって信じてるからね」
そこまで言うのなら、カッコ良い弓弦を久々に見たいなぁ…だって夜はカッコ良いと言うより……
「…昼間から変なことを考えるな」
「人の心を覗かないでよ」
「…知影がやっていたことだろう?」
「乙女の秘密に踏み込んではいけません」
「理不尽だ」
「それが今の社会」
「ここは日本社会じゃないが?」
「屁理屈を捏ねない」
「屁理屈は理屈という漢字が入ってるから大丈夫だ」
「それこそ屁理屈」
「じゃあどう言えば良いんだ?」
「普通に訊けば良いと思うけど?」
「普通に訊けば答えてくれるのか?」
「時と場合によるけどね」
「おいおい、自分で言っておいてそれは無いだろう」
「女心は秋の空みたいなものだもん♪」
「昔は男心だったらしいが?」
「昔は昔、今は今。今が大事」
「それはそうだが…」
「そうならばそうよ」
「…論点すり替えてないか?」
「気の所為気の所為」
「…勝てないな」
「勝とうと思うだけ無〜駄♪」
「ははは」
「ふふふ」
…本当に今が大切だよ…弓弦と笑い合える今が。
「幸せそうだな」
「幸せだからね」
凄い楽しいな、言い合いってさ。なんか今、凄く息が合っているような気がしたし、夫婦感あったよね? ね? 夫婦かぁ…弓弦が私のものになるんだよね。朝も昼も晩も、私と一緒に子作りを…ふふふ。
と、いけないいけない。…弓弦、次は頑張ってね。
「ふぅ…前話で少々張り切り過ぎてしまった結果と言うので御座いましょうか。未だに頬が熱を持っています。慣れない物事はするものではないとは良く耳にする言葉で御座いますが、して良かったと…後悔の念を全く抱かずに居られるのは良いことですね。クス…少しの間だけであったとしても、弓弦様の最も近しい存在であったのは、僭越ながら、誠、心躍るもので御座いました…。さて、この度は私が予告の役目を賜りましたので、申し上げますね。『他の隊員の昇進試験が終了し、最後に残ったのは弓弦。対峙するのはやはり、大人二人を下した謎の幼女。彼は無事に、昇進することが出来るのであろうかーーー次回、昇進試験その三』…風の音が紡ぐ、焔の如き想いを貴方様へ。…床の場では御座いますが私、風音は貴方様のこと、精一杯応援させて頂きますね。弓弦様…」