ユリとのミッション
俺はユリの部屋の端末から今日受けることになる任務の内容を見ていた。
「『近頃夜になると界座標【40006】にある洞窟から謎の呻き声が聞こえるとのこと。これを調査し、問題の解決を図れ。またその洞窟は付近にある村の掟で二十歳までの若い男女だけ入ることが許される。当該条件を満たすのみ隊員にのみ受注を許可する。ランクD』…か」
かなり特殊な条件の任務だ。二人で受けるので中佐でも受けれるが、二十歳以下で中佐以上の実力というのは満たす隊員はレオンの話を訊く限りは少ないはずだ。
「…どうだろうか?」
「俺で良ければ良いよ」
「そうか…! 橘殿しか頼める人が居なかったんだ…」
そう言い、端末を操作する。
…レオンやセイシュウはまだしも、他にもディオとか居るだろうに…って言うのは野暮ったいか?
「では参るぞ!」
「あ、あぁ」
---とまぁ、そんなこんなで、何故かやけに上機嫌のユリに手を引かれて俺と彼女は任務へと赴くことになった訳だ。
* * *
転移した先は洞窟の付近の茂みだった。周囲は宵の暗闇に包まれ、空には二つの月が静かに光を讃えている。
ここにも二つの月か…異世界クオリティだな。
「…どうやらあの洞窟だな」
周辺に人は居ない。
月の位置を見る限りは深夜なのだろう。
ーーーグ…グググ。
「た、橘殿!! 今のは!?」
ユリが顔を青褪めさせ、洞窟を見る。
確かに呻き声のようだ…洞窟から聞こえるのも間違い無い。
「…行くぞ」
「そ、そうだな‘…怖くない…怖くない’」
後半は声が小さくて良く聞こえなかったが、取り敢えず洞窟の入り口まで行く。
「ん?」
入り口に強い魔力を感じる……? 結界の類だ…そう俺は直感した。
…成る程。条件を満たさない人物は通ることが出来ないみたいだ。
「橘殿? どうされた?」
「いや…中は暗そうだなと思って…っておいユリ?」
「…はっ! …気にするな」
「…分かった」
いきなり手を握られて困ってしまったが、まぁ人間緊張するとそう言うことも無きにしも非ずなのでそれ以上は触れなかった。
『…照らせ!』
ユリの手から放たれた光球、光属性初級魔法“ライト”が、俺達の近くを浮遊して周りを照らす。
だが洞窟は奥へ奥へと続いていてその先を窺い知ることは出来ない。
ーーーグググ…。
「…!!!!」
何かの呻き声と共に冷たい風が吹き付けると、ユリは先程と同じように顔を青褪めさせて縮込まる。寒いのだろうか。
『…風よ…包みて守れ!!』
“シュッツエア”発動。
よし、これで寒くないはずだろう。
「…? すまないな」
何故そんな不思議そうな顔で俺を見る? …違ったのだろうか?
辺りが暗くなる。
「… “ライト”の効果が切れたか」
「‘…ぁ…ぁぅぁぅ…’」
「どうした?」
「い、いや! 何でもないぞ!」
ユリは首をブンブンと振る。
「…“ライト”を頼む。洞窟の構造的にもう少しで最深部だろうからな」
長年の勘だ…と言ってもゲームだが。
こうして考えてみると、ダンジョンのプログラムって面白いものだと思う、まさか異世界の洞窟にも対応出来る訳だな。
「…了解だ」
徐々に広くなっていく通路を二人並んで歩いて行く。今のところ魔物の姿は今の所無い。
ーーーグォォ…ッ…。
ビクッ! …ん?
「…ユリ、どうしたんだ?」
「い、いや! 寒いな! …は、ははっ!」
俺の魔力が弱い所為か“シュッツエア”の効果もそこまで良くはないようだ。本当、フィーの凄さが良く分かるな。
『出でよ不可視の箱…』
…冬における衣服の目的の一つに重ね着による体温の調節がある。魔法の効果が薄いのなら単純に被服面積を多くするしかない。
どうせこの穴の中に丁度良い服が……
「ん」
掴んだ物を穴から出す。
ヒラヒラした薄い布切れ…っ!?
「…ッ!?」
すぐに穴の中に戻す。
深く考えないぞ…考えたら負けだ。何か別の物を……
「…これだ」
紺色のマフラーが。
「…寒いのならこれを首を巻いとけ」
「む? …すまぬな」
ユリはマフラーを受け取って首に巻く。
「女の子には優しくしなきゃ駄目よ?」と、これを俺にくれた人の言葉が思い出される。優香姉さん…貸しても良いよな…?
「…? ~っ!!」
ユリの顔が赤い…流石は優香姉さんが編んだマフラーだ。温かいのだろう。
ーーーググォォ…。
「‘…大丈夫、大丈夫だ…’」
余程寒かったんだな…わざわざ自分に言い訊かせるなんて。
「…橘殿は寒くないのか?」
「寒くないな。俺は良いから、風邪を引かないようにしっかり巻いてくれ。落とすなよ?」
「わ、私とて橘殿に風邪を引かれては困る…」
「そうだな」
寒い訳ではないが、気を使わせても困るから何か羽織るか。
“アカシックボックス”を使って目的の物を探す……
「あった」
フィーと一緒に作った旅装束のマントを羽織る。
強力な“シュッツエア”が付加されているので、これで寒くとも暑くとも全く問題無い。…いや最初から問題は無いのだが。
「これで良いか?」
「…うむ」
…まだ心配そうだ。
「十分温かいから心配するな」
「‘…そう言う問題では無いのだ…そう言う問題では…’」
良く聞き取れなかったが、大丈夫そうだ。
「…魔力…?」
「橘殿?」
「いや、なんでもない」
また結界…何なんだこの洞窟は? 問題無く通り抜けられるようだが……
「…不思議な場所だ…空気が澄んでいると思わないか?」
「確かに…」
広場らしき場所に出た。
俺とユリの前に巨大な扉があり、明らかに人工物の扉だと言うことが分かる。
ーーーググ…。
謎の呻き声はこの奥から聞こえる。
「…行き止まりだな。橘殿、どうするのだ?」
「いや、眼の前に扉があるぞ」
「…? 何もないぞ?」
…何故だ? 何故見えない?
「ほら、ここに…っ!?」
結界だ。それも、何重にも張られた。
「…本当に何も見えないのか?」
「…見えないな。だが念のために調べてもらった方が良い」
「調べられるのか?」
「組織のデータベースには数多の世界の地図がある。以前の世界のように新しく発見された世界でなければ例外は無いはずだ…橘殿、これを」
ユリからインカムを受け取り、それを小突いて通信を入れる。
『どうしたんだい?』
「セイシュウ、任務にある界座標【40006】の洞窟の地図とかは無いか?」
『ーーーあったよ。入り口や各所に特殊な結界が張られている洞窟のことだね』
ここのことだろう。もし、同一世界に他にもこんな洞窟があったら堪ったものじゃない。
「結界が何重にも張られている箇所はあるか?」
『無いよ。結界が張られている場所にしては最深部は行き止まり…と、不思議な場所という情報があるね。地図も最後は小さな広場らしき場所で終わってるよ』
「そうか、ありがとう」
通信を切る。
行き止まり…? なら、俺の眼の前にある扉は一体何だと言うんだ。
「組織のデータベースとやらにも無いようだ」
「だが橘殿の前には扉があるのだろう? なら私はそれを信じよう」
『………』
インカムか? いや、頭の中に声が聞こえる。
「…フィーか?」
『……。はい。“テレパス”という魔法を使って今お話ししています。…話を戻します。ご主人様の眼前にあるという結界…恐らくはハイエルフにしか見えない形式の結界でしょう』
…距離が離れているからだろうか。若干ノイズ雑じりだ。
「成る程。そう言うことか…」
「…妖精の瞳をお使い下さい。結界に意識を集中させればそれがどのようなものなのか分かるはずです』
「分かった…すまないな」
『……悪いと思われているのなら、今晩は知影さん共々沢山可愛がって下さいね?』
「こら。変な言い方をするな」
可愛がるとは何だ可愛がるとは。
『ふふ…半分は冗談です』
「半分だけなんだな」
『…はい。半分だけです♪ では、お待ちしています』
声はそこで聞こえなくなる。
しかし…俺の視覚情報でも覗いたのだろうか。良く結界を眼の前にしていることが分かったな。
「…仕方無いな」
…まぁ良い。そこまで言うのなら沢山愛でてやる……犬耳を。
「…フィーナ殿から通信が入ったのか?」
「そんなところだ」
…。いや、考え過ぎか。
「それで…何と?」
「今見せてやる…ッ!!」
眼の前の結界に向かって意識を集中させる。
…。
……。
………視えた!
「---張られている結界の数は八。その内最初の二つがハイエルフ等にしか見えない妖精の結界だ。これでは見えるはずがない。次に不感知結界が一つ。幻視結界が三重に張られているので行き止まりに見えると。その奥が耐衝結界で…最後の一つが…封印結界?」
「…よく分からないがそれが【ランクD】の理由か。橘殿はこれを解除出来るか?」
「出来る…が…解除しても良いものなのか?」
ユリは少し思案する。
「…問題の解決にはその結界の奥に行くしか無いのだろう? なら決まっているぞ、うむ」
「…分かった」
結界に手で触れ、魔力を送り込むと結界が解除されていく。
ゴゴゴ…と扉が開く。
「…ユリ、行くぞ」
「……」
先に進むと、再び眼の前に巨大な扉と、
「グ…ゴ…ゴ」
鉄のゴーレムがそれを守るようにして立ち塞がっていた。
…呻き声の原因はこいつか。
「やるぞ橘殿!」
「あぁ! 前衛は任せろ!」
ユリが詠唱を始め、俺がゴーレムを引き付ける。
「…っ!! 硬いな!?」
見た目通り中々頑丈らしい。…ならば!
『光よ集い、我らを守護する障壁と化せ!!』
『勇ある者に風の加護を!』
ユリの“プロテクト”と、“ベントゥスアニマ”が掛かったことを確認して飛行する。
行動圏を増やして、そのまま飜弄する算段だ。
『…光塵…ッ! フォトンレーザー!』
小さな光線は鉄のボディに弾かれ、消滅。
「この程度の魔法では弾かれるか…っ!」
「時間を稼ぐ! 最強魔法を打つけろ!」
狙うのは貫通だ!!
「…っ! 心得た!!」
「ゴゴッ!」
迫る拳を剣で往なし、また風による衝撃は斬り裂く。
『…紡ぎし言葉は其の魂呼び覚まし…紡ぎし声音は其の魄呼び寄せん…』
「ゴゴ!!」
危険を察知したのかゴーレムがユリに向かって拳を向ける。…まさか…っ!
「くそっ!!」
ユリとゴーレムを結ぶ直線上に急いで転移すると、重い発射音からは想像出来ない程に速いロケットパンチが…受け止めきれるか…っ!
『我が呼び声に応え万象一切浄化せよ…!!』
全身に掛かる質量を受け止める。
歯を食い縛り、そのまま一気に!!
「…ぐ…っ…ぜゃぁぁっ!」
弾き飛ばすッ!!
「『消し飛べ! プルガシオンドラグニールッ!!』って橘殿ぉっ!?」
「…あ。 やばっ……」
龍を象った激しい光の奔流がゴーレム…と、その対角線上にいる俺をーーーッ!?
『お、思い繋ぎて誘えッ!!!!』
「ゴゴォッ!?」
…通り抜けてゴーレムを喰らい、跡形残さず消滅させた。
「あ、危なっ…!!」
“テレポート”のタイミングがあとコンマ一秒でも遅れていれば、とんでもないことになっていた。
その証拠に俺を守っていた“プロテクト”はしっかりと削られて霧散したのだが、不幸中の幸いか魔力が体内に入ってきたということは、今の魔法を使えるようになったとういうことなのでまぁ良しとする。
「橘殿、大事無いか!? 橘殿!!」
顔面蒼白になったユリに抱き起こされる…おぉ揺れる揺れる…いや俺の身体だが。
「俺は大丈「返事が無い…だと…っ…嘘だ…そんなの…っ」」
…なんか面白そうだから、このまま死んだフリをしよう、うむ。
「…嫌だ…嫌だ嫌だ…っ。返事をして! ねぇ、返事をしてよ!」
ヤバイ…男言葉が崩れてる。これが素のユリなのだろうか?
だとしたら乙女だ…乙女がここにいるぞ!
「…っ、弓弦返事を…して…」
彼女にとっては追い打ちをかけるように、タイミング良く“ライト”の効果が切れて周囲は暗くなる。
「ぁ、ぁぅ…切れちゃった…どうしよう…暗い…怖い…」
…うん、起きるタイミングを逃したな。にしてもこれは…キャラ崩壊って話どころではないと思うが……
「そうだ…うむ。こうすれば……」
ユリは俺を静かに床に降ろして自分も横たわり、俺に身を寄せる。
「…こうすれば怖く無い…な…っ!?」
…。心臓の音、聞かれたな。
「…橘殿…気が付いているな…? さぁ…眼を覚ましてもらおうか…っ!?」
身体を起こす。
「…あ〜その…すまない…起きるタイミングを!?」
ライフルを向けられる。
「…いつからだ。いつから意識があった…?」
ここは正直に答えた方が身のため…だな。
「…最初っ!?」
ライフルで殴られた…痛い……
「馬鹿者! 何故返事をしなかった!」
「すまん…少し調子に乗り過ぎた…」
殆ど俺に非があるので謝る。
「……最初に返事をしてれば私は…いや、なんでもない」
「取り乱して素の自分を見せなかったのに」…とか思ってそうだな…。
しかしライフルで殴られたのは非常に痛かったがそれ以上に良いものを見れた。
あそこまで取り乱したユリの姿…ビデオカメラがあれば、少し録画したかったな。
「…ん? 扉が開き始めたな」
ゴゴゴ…と扉が重い音を立てて開いた。
あのゴーレムはさしずめ守護者だった…と言ったところか。
「よし…気を取り直して先に進むぞ!」
…絶対気を取り直してないだろ。
扉を抜けると、その先には巨大な魔法陣があった。
これは…転移用の魔法陣か。
「橘殿、扉が!」
扉が閉じて帰り道を塞がれる。先に進めと言うことか。
「…何が居るのであろうな…」
「さて、な…」
俺達は魔法陣に足を踏み入れたーーー
* * *
転移した先は教会だった。そう、真っ白な…教会。
どこからパイプオルガンの音色に乗って賛美歌が聞こえる。だが…何だこの禍々しさは。
讃美歌だろ…どうしてこうも、不安になる…?
「橘殿、身体が!」
「ん? …なっ!?」
俺もユリも身体が半透明になっていた。
互いの身体を触ることは出来るが、それ以外の物を触ろうとしても通り抜けてしまう。
「あれは…!?」
ユリが指差す方向を見る。
その表情、声音は驚愕に彩られていた。
「ーーーどう言うことなんだ!?」
ーーーそこには、俺達の視線の先に俺達が居た。
俺、知影、フィー、風音、レオン、ディオ、セイシュウ、リィルと…ユリ…か? それ以外は…分からない…が沢山の人が居た。
「…傷だらけではないか! どうして!?」
分からん…分からないがーーー何か大きな戦闘でもあったのだろうか…?
それに…これだけの隊員が居るのに、どうしてイヅナの姿が見えない。…あの子に何かあったのか…?
『ーーー逃げろ!』
視線の先のレオンが大剣を抜き放って叫び、その言葉にレオンを残して全員が教会を出て行く。
賛美歌とオルガンの音が大きくなり、光が、爆ぜる。
『ーーー俺は隊長だッ! 部下を残して死ねるものかぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!』
視界を埋め尽くす程の光の中、漆黒の翅が舞い…レオンの叫びだけが虚しく響いたーーー
* * *
「---な、何だったんだ今のは!?」
「私にも何が何だか分からない…」
気が付くと俺達はあの魔法陣の間で倒れていた。
魔法陣は徐々に光を失って消滅する中、先程の光景に対する疑問が俺の中で浮かんでいた。
「扉は…開いているな」
「帰還するか?」
「…あぁ」
…何も分からないが、ここに居ても既に意味は無いと言うことだけは分かる。
「…どうやらこの場所には通信が届かない…早く前の間まで引き返した方が良いみたいだ」
ユリがインカムを押さえながら俺の方を見る。
…早く明るい所に行きたいの間違いだな、うん。
「……」
カチャッ。
「…橘殿、今変なことを考えてないか?」
「考えてないから大丈夫だ」
「……そうか、うむ」
この後は、そのまま洞窟の外に出て帰還。
僅かな疑問が残ったまま、俺とユリのミッションは幕を閉じた。
* * *
「お〜お〜。二人ともお疲れさんだ~! 【Dランク】任務を完遂したんだってな〜!」
「あぁ…だがその任務で向かった洞窟で、奇妙なことがあったんだ」
隊長室に向かった俺とユリはレオンにあの時見た、謎の映像のことを話した。
「ーーーその映像に俺が出てきた?」
表情を引き締めるレオン。
いつもは伸ばしている語尾を伸ばさない辺り、驚いているのだろう。
「あぁ。その中で俺達を真っ白な教会から逃したあと…」
「…死んだのか?」
ユリは首を左右に振る。
「分からぬ…ただ、何も見えなかった。眩い光の中、隊長殿の叫ぶ声が聞こえただけでそれ以上は…」
レオンは顎に手を当てて思案する。
「ハイエルフにしか見えず、解除出来ない結界の先に謎の映像…か〜。…その映像は再び見ることが出来ないんだな〜?」
頷く。
「疑うわけではないが信じ難い話だ〜。…本部に報告して調査を頼みたいところだ、がそれも当てにならないか〜」
その本部の情報が不足していたのだ。
この任務が無ければ誰も気付くことはなかっただろう。
だがどうしてあんな映像が隠されていたんだ…?
「…暫くは様子を見た方が良いな〜」
「そうだな」
「うむ」
妥当な判断と言えるだろう。
「よ〜し! んじゃ〜終了っと〜」
レオンが書類を書き終えてそれを机上左側(レオンから見て)の小さな機械の中に入れる。
数秒後、机上右側の小さな機械からカードがニ枚、紙が三枚出てくる。
「これが今回の任務の報酬だ〜。受け取れ〜」
俺とユリがそれぞれ渡されたカードを勲章に翳す。
…どのぐらい報酬金が入ったのだろうか? 魔力を込めて所持金を見る。
『¥267135』
「中途半端だな!?」
なんで一つとして同じ数字が無いんだよ!
「橘殿もか? …私もだ」
ユリの所持金を見せてもらう。
『¥8888888』
「何故揃ってるんだ…」
…一十百千…万…八が多すぎて眼がチカチカする。
…ん? 八…8?
自分のを再び見る。
2+6=8…7+1=8…3+5=8?
「…俺の所持金、前後の数字足したら八になる」
「見せてみろ〜…。うわ〜凄いな〜!!」
「…信じられん」
俺はユリの所持金の方が信じられないけどな。…お互い様か。
「…ん〜? 二人共これを見てみろ〜」
レオンはカードと一緒に送られてきた三枚の書類の内ニ枚を俺達二人に渡す。
ーーー書類にはこんなことが書いてあった。
「「……」」
俺達の手から同時に紙が落ち、ヒラリ…と床に落ちて印字面が表になる。
『あなた方が呻き声の元凶、ゴーレムを討伐して下さったおかげ様で村に静寂が訪れました。『ハザ』村を代表して私が感謝の意をここに綴らせてもらいます。本当に…ありがとうございました。
追記、疑問に思われていたという、何故洞窟の入り口や至る所に結界があるのかと言いますと、あの洞窟の結界は村の将来を担う若い男女の絆を確かめるため…と、通りすがりの旅の魔法使いに張ってもらったものなのです…結界の通過条件は「通過者の互いを想う気持ちが真か偽りか」です…真の意味での最深部に辿り着けたお二人は本当に仲がよろしいんですね? そんなお二人に話し合いの末、お礼を兼ねてプレゼントを贈ることに致しました。後日届くと思いますのでお受け取り下さい』
「…贈り物はいつ届くのだ…?」
震える声と手でユリが二人分の紙を拾う…追記の方が長いとはこれいかに。
「う〜ん…さっぱり分からんな!」
「そうか…」
自身有り気に言うなよ……
「ま〜なんだ。どうやら特別報酬として認められたそうだから近い内に届くと思うぞ〜?」
レオンは自らが持っている書類にゆっくりと目を通して判子を押す。
「良かったな〜! あちらさんの好意で出された報酬だからしっかりと、受けとれよ〜?」
不安しかない。
「……では失礼する」
それには答えることなくユリが隊長室を出ていく。
いつもより歩く速度が速いような……気の所為か。
「じゃあ俺も」「少〜し話がある」
俺も部屋に戻ろうとしたが深刻な顔をしたレオンに止められる。
「…ユリちゃんを…完全に堕としたな?」
「…は?」
意味が分からん…突き落としたりとかはしていないはずだが。
機械に搭乗した訳でもないんだし……
「惚けるなよ〜? …いや、自覚無しなのか…それはそれで問題なんだがな〜…」
「…何が問題なんだ?」
「…無自覚だな〜。じゃ〜質問を変えるか…任務中にユリちゃんに変わったことは無かったか〜?」
「…冷たい風と一緒に呻き声が聞こえた時に寒がってたな…ユリは寒がりなのか?」
「…寒がりでは無かったと思うな〜」
顔を青白くして震えていたのに寒くない訳がなかったと思うが。
「だがマフラーを巻いたらいつものユリに戻ったな。その後も俺に寒くないかどうか訊いてきたから、寒がっているように思えたんだが」
「……分かった〜。変な質問して悪かったな〜…じゃ〜戻って良いぞ〜」
レオンに背を向けて部屋を出る。
後でお礼ついでに二人に謝らないといかんな……
* * *
弓弦が部屋を出た後、レオンは書類に印を押すのを止めて退かすと、机に突っ伏した。
レオンはには危惧していている“あること”があった。…言うまでもなく弓弦のことだ。
知影は最初からだとして、彼が異世界から連れて来たフィリアーナ、風音の両名…副隊長セリスティーナも近頃弓弦に「抱きしめて」と、よくお願いしているようで、その時点でレオンは頭痛を覚えていたのだ(大体知影の所為)
それに加えて今度はユリまで所謂『弓弦ハーレム』の一員に入ろうとしているーーーつまり、この部隊で実力のある…かつ、美人な女性隊員が彼の意思一つで動くようになりつつあるのだ。
しかしこれでは規律的にも道徳的にもかなり危ない。
弓弦が“ユリ親衛隊”を始めとした男性隊員の嫉妬を密かに強く買っていることも、レオンを悩ませた。
だがこれは“部隊の隊長としての彼の悩み”。“レオン個人としての悩み”は別にある。
「は〜…どうしたものか〜」
彼個人の悩み、それは。
「…暇だな〜」
“隊長業務の退屈さ”である。全然関係無いとツッコミを入れてはいけない。
溜まりに溜まってしまった隊長業務。リィルがある程度代行してくれたので本来よりも少ないはずなのだが多い。
書類に眼を通して判子を押すーーー単純作業なだけに直ぐに集中力が切れて耽読することも出来ず嘆息する始末であり疲れているのだ。
このまま気分を滅入らせるのも余計嫌なので彼は思考を切り替える。
「…そう言や〜ユリちゃんの奴…いつから弓弦に対して今の感じになったんだ〜?」
“アデウス”を討った時はただ中良さげな弓弦と知影の様子を羨ましそうに見ていただけ。
砂漠を渡った時もそこまでではなかったはずだ、まだ。
「…『ポートスルフ』の時はどうだ〜?」
ユリはあの時何故か弓弦の隊員服を着て出てきた。
急いでいたこともあったとは思うがーーー否、違う。あの時もまだ違う。
となると、鬼ごっこの時だろうか。レオンの記憶が確かならばあの後二人だけで買い物に行ったとか。
とすればあの時二人に何かがあったと見て間違い無い。
恐らく、自らの抱く感情について本人は自覚していないーーーが、彼女の人柄をある程度知っている人物ならば、彼女が弓弦に好意を抱いていることに気付くのは最も容易い。当人が気付くのも時間の問題だが、まだそれは当分なさそうだ。
「ま〜部下の恋路を見守るのも隊長の役目…か〜」
休憩を終わらせ、レオンは再び書類を机上に広げて仕事に戻った。
「…弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦」
「……」
「弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦」
「……」
「弓弦弓弦弓弦……んっ、寂しいよぉ…」
「…あら、もう読み終わってしまったのね…次の本は…」
「はぁ…はぁ…」
「これね…ん? 栞が挟まっていたみたい…」
「ん…っ♡」
「…予告…ね。そう…そう言えば出番無かったわね…良いわ」
「…大好きだよぉ…っ♪」
「…『少年には夢があった。強くなりたいという夢が。それは少年ならば誰もが抱く可能性を持っている。非力を嘆き、力を求めるのは人の性の一つ…否、生物の性。力を求めるのは悪いことではない、しかし、考えなければならないのは、それが正しい力なのか、間違った力なのか。…その少年が求めているのはどちらの力かそして、二つの力の境界線はどのようなものなのかーーー次回、ディオのとある一日』…あなたと歩む、冒険の旅。ふふ、少年よ、大志を抱くのよ」
「…ん、止められないぃ…っ♡」
「…知影、ポッ〇ーで変なことをしないように。その食べ方だと粉が飛び散るから、ちゃんと手で持って食べるのよ。本当、咥えたまま喋られるなんて、器用ね、もぅ……」