帰還と階級
「…転移完了」
「やぁ久し振り、待っていたよ。レオンが待っているから隊長室に来てくれ」
アークドラグノフに帰還した弓弦達も知影達のようにセイシュウに出迎えられ、その足で隊長室へと向かった。
「お〜お〜、本当に二人共弓弦に付いて来たんだな~」
「「「……」」」
無言で睨む女性陣。その全ての視線が弓弦に突き刺さる。
「簡単な手続きは終わっとるから、希望によって部屋とかそういうのを決めるぞ~、〇〇号室が良いとかな~」
「実力が示されている以上適性試験は必要無いね。それで部屋は「この人と同じ部屋で」…レオン、どうする?」
「…俺の部屋、かなり狭くならないか? 知影さんも居るし」
フィーナは首を振る。
「私はご主人様と可能な限り一緒が良いです」
「私は……セティと同室にしてもらえれば結構ですよ」
ここに来る途中に本人たってのお願いで、弓弦、フィーナ、風音はこのメンバー以外の人前では“イヅナ”ではなく“セティ”と呼ぶことにしていた。
「一人の隊員の部屋に三人というのは流石に、な〜? 一応、部隊の倫理的にマズイぞ〜」
「そもそも知影君の時も同じ世界の出身者と言うことでかなり無理を通したからね…データの改竄とか」
レオンとセイシュウは揃って溜息を吐くが、片方から聞こえた恐ろしい言葉に弓弦は苦笑した。
「それはすまなかった…あいつの所為で迷惑をかけたみたいだからな」
「それは良いがな〜。ま〜何か特例に値する理由が無ければ同室という案が通らないんだよな〜…な~?」
先程のセイシュウの呟きを咎める響きを持ったレオンの言葉。
「私の名前はフィリアーナ・エル・オープスト・“タチバナ”。何ら問題は無いわ」
“橘”の部分を強調して冷たく言うフィーナに退く気は一切無い。
「俺からも頼む」
フィーナが弓弦の言葉に喜色満面になるが、咳払いと共に元の表情へ。
「ん〜…なら俺達の方で何とかしとくか〜」
そう言いながらレオンは書類に何かを書いていく。
「後、階級の話なんだがな? ま〜言うところの部隊内での地位なんだが〜、セイシュウ」
「了解」
セイシュウは手に持つ機械から、映像を出す。
「リィル君の仕事だけど、彼女今少し手が離せないから僕が代わりに説…伝えさせてもらうよ。生活していて自由な雰囲気がある部隊だけど、一応僕達軍人になるんだよね。だから当然、部隊に在籍している隊員には階級が与えられることになっている。それでスタート地点なんだけど、実行部隊の人間は皆少尉からスタートになるんだ、ルクセント少尉がそうだね。最前線で戦うことが多いための、所謂二階級特進の亜種みたいなものだと思ってくれれば分かり易いかな。…で、功績によってどんどん昇進していく。弓弦君に話すのはこれが初めてなんだけど、大体分かってもらえたかな、結構大きな組織の一員なんだよ僕達」
セイシュウはそこで一旦言葉を切る。
「…簡単に言ってしまえば、この艦以外にも旗艦があるという話で」
「はい、旗艦を擁する大きな組織が背後にあるということですね」
「…任務だったか? あれの受注、達成出来る目安や、戦力としての一種の指針がつまり」
「「「階級だな(ですね)」」
「…息が合ってる」
「そう言うこと、理解が早くて助かるよ。で、その階級なんだけど、下から順にまずは少尉。他の隊員じゃ三等兵みたいな新人だね。一人で任務をさせることは出来ないし、実行部隊内では立場が低い。中尉も殆ど変わらないけど、少尉と大きく違うところは簡単な【Kランク】任務なら一人でも任せられること。その上の大尉だと、少尉や中尉の纏め役。大尉なら【Jランク】までなら一人で行けるよ。でも、一人で依頼をこなすというより、少尉や中尉を纏めて、少し上の【Iランク】任務に行くのが多いみたいだね。で、少佐。 リィル君とかだね。少佐になると一気にランクが上がって【Gランク】までなら一人でも行ける。また、『崩壊異世界』…これはまた機会があったら教えるけど、そこの突入メンバーに加わることが出来るのが特徴かな。 そして中佐。クアシエトール中佐やそこにいるシェロック中佐だね。【Eランク】までなら一人で、その他、上からの極秘任務を任せられることもあるね。勿論、少佐とは比べものにならない位の実力が必要だよ。目安的に、少佐三人分が中佐の実力だね。大佐。これは僕とかがそうだけど【Dランク】までなら一人でもこなせる。ここまでくると、隊長不在時の代理を務めることも出来るよ。それで、少将。これはレオンで、ここも一種の壁。この地位の人は皆、部隊の隊長を務めてるね。組織内のSSSを取り扱えて、【Bランク】なら一人でも大丈夫。まぁ隊長一人は殆ど無いけど。だって基本的にデスクワークが大変過ぎるからね…今まだレオンも半分以上残っているし。それで……」
セイシュウがセティを見る。
「…問題無い」
「中将。殉職されたシェロック中佐の両親がそうだったらしいのだけど、元々は組織全体で十人しか居なかったかな。 この部隊内には居ないけど【Aランク】まで一人で行けるよ。実力は多分レオンと同じぐらいだね。…まぁレオンは色々特別だから。それで大将。【Sランク】までなら一人で行ける資格はあるけど、それは名目上のものだね。実際【リスクS】の悪魔とまともにやりあえる大将は居ないよ。こちらは組織全体で五人。中々お眼にかかれない人達で、実力はおよそ戦略兵器級かな? あの人達の全力なんて計り知れないから。元帥は大元帥の補佐で、組織全体の纏め役。この人達は基本的に動けないんだ。二人しか居なくて、欠けたら大変だから。でも実力は凄いよ。【Xランク】の中でも最恐と恐れられる“ルフェル”を一人で退けた程だから。大元帥は今言った通りだけど、もうかなり御歳を召されているから一種の旗印だね。…実際は本当に元気な人なんだけど」
「元気?」
「『儂が行かずして誰が行くんじゃ! うぉぉぉっ! 燃えてきたァッ!!』が口癖だ〜…本当に年甲斐の無い…はぁ」
「…お、おう」
「…凄い方」
「ですね…」
思わず反応に困ってしまう弓弦達である。
「長くなってしまったね。じゃあ、ここからが君達に関係があることなんだけど…はい」
セイシュウは弓弦達に小さな勲章を渡す。
「やってみるものだね、レオンに言われて大急ぎで発注かけたらその日の内に届いたよ。組織内での身分証明になるからね」
「俺と知影さんは…まぁすぐ『アデウス』が来たからか?」
「それはね、うん。流石に間に合わなかった」
「そうか。気にしないでくれ」
弓弦は勲章を見る。
六芒星のレリーフがそこに彫られていた。
「ご主人様、これ、魔力に反応して光りますよ。…私もご主人様も銀色ですね…綺麗です…」
フィーナに言われた通り、魔力を込めると銀色に輝く。
「私は銅色ですね」
風音は銅色らしい。
「そうだな。これの意味は?」
「芒星の数と色が階級を表しとるぞ〜」
「…少尉から大尉までが五芒星。少佐から大佐が六芒星、少将から大将で七芒星、元帥が八芒星、大元帥が九芒星だよ。七芒星までは銅銀金でそれぞれ少、中、大を表しているね」
「つまり、俺とフィーはいきなり中佐に昇進か? 幾らなんでもそれは」
部隊の階級制度に疑問を持つ弓弦だがセイシュウは、苦笑いをする。
「いや、これでも低いよ。弓弦君は【リスクX】であるアデウスとバアゼルを討滅させているからね。功績から見れば本来はレオンと同じ少将になるはずだったんだよ」
「…何か条件があるのか?」
「基本的に昇進試験があるんだな〜。中佐でも試験無しは結構異例だからそれ以上はキツかったんだよ〜」
「試験と言うのはどう言った内容なのですか?」
「…本部からの立会いの下、戦闘試験」
「成程…」と、風音。
「時期的にも丁度良いし、既にそちらも手配してあるから、数日中には来るはずだ〜」
「一応全員受けることが出来るから、やってみると良いよ」
「頑張りましょうね! ご主人様♪」
「私も自分の実力が知りたいですから…頑張りましょうか」
フィーナも風音も乗り気である。当然、弓弦もそうだが。
「さ〜て! 紹介もあるし、食堂行くぞ食堂!」
手を叩くと、立ち上がり、スキップでレオンは隊長室を後にする。
「えぇ…と。君達二人のことはどう呼んだら良いのかな?」
その後に続こうとしたセイシュウが思い出したように振り向いて訊く。
「「橘で」」
弓弦、盛大にずっこける。
「…二人共…」
「コホン…私は橘よ、これでもあなたの妻を名乗っているのだから」
「クス…私は天部でお願いします」
「…あはは、分かったよ。橘君に天部君」
軽く頭を掻きながらセイシュウは踵を返した。
「じゃあ向こうで待ってるから早くおいでよ」
そのままセイシュウは食堂へと向かってしまったので、弓弦は起き上がると二人の頭を小突く。
「…ああ言った類の冗談は止めてくれよ、まったく…はぁ」
「あらあら…うふふ、冗談ではないとしたら、どうされるのですか?」
「いや、普通に考えて冗談だろ?」
「それよりも、早く行きましょうよご主人様」
「…だそうですよ?」
「二人共…頼むから紹介は真面目にやってくれよ」
「「勿論です」」
ここまでアテにならない『勿論です』も中々無いであろう。
弓弦は胃の痛みを覚えつつも、二人を連れて食堂へと向かった。
* * *
「よ〜し! 全員集まったな〜、じゃ〜部隊の新人を紹介するぞ〜! 上がって来てくれ〜」
レオンの声で、壇上に三人の女性が登って行くのを俺は、食堂の隅から見ている。この後に起こるであろうことを考えると…なぁ? 予防線は張っておいて損は無しだ。
ふと、食道内の男性隊員の間でひそひそと話し声が聞こえた。
まぁしょうがない、壇上に上がった三人の女性は全員が全員女性としてのレベルが高い女性達であったから。所謂、“突如転校してきた美少女転校生”だ、どよめかないはずがない。
「じゃ〜まずは知影ちゃんだ。宜しくな〜」
レオンに促され、知影さんが前に出る。
「神ヶ崎 知影です。もう知っている人も多いと思いますが、そこにいる橘 弓弦の未来の妻です。武器は変形弓、階級は中尉だそうです。宜しくお願いします」
数人が俺を羨ましそうな眼で見る。…待て待て、あいつ、かなり病んでるぞ? 皆見た眼に騙されてるからな…。
『…弓弦君。病んでるってどういうこと…?』
ん? なんだ、聞こえるようになったのか。
…あぁ、距離が近いからってところだろうか。
『声が聞こえるのはここに戻って来てからかな…それまでは“どの辺りにいる”とかしか分からなかったから』
十分じゃないか。俺なんか“どこかにいる”しか分からなかったんだぞ? “どの辺り”と“どこか”は全然違う。
「じゃあ〜…次」
今名前を呼ぼうとして睨まれたな。
あいつの人間嫌い、何とかならないものか……はぁ。
『……』
「フィリアーナ・エル・オープスト・タチバナよ。階級は中佐。よろしくお願いするわ」
ざわめきが起こり、向けられる視線が攻撃性を帯び始めているような気がするのは……うん、気の所為じゃないな。チラチラと交互に見られる視線は多分俺とフィーの帽子に注がれている…はぁ、不快に感じてしまうな。
「……」
フィーも同じなのか、視線を彷徨わせている。
「!!」
どうやら俺を発見したようだ。眼が合った。
後段して真っ直ぐ俺の下を目指して到着するなりさり気無くそっと寄り添ってくる。
「ご主人様ぁ…」
「……人眼があるから控えてくれ」
「コホン…別に良いじゃない」
仕方無いので片手で軽く抱きしめながら頭を撫でてやる。本当に幸せそうな顔をするものだから思わず抱きしめる手に力を込めてしまうと……視線が痛い。
『……弓弦君』
はぁ…どうしたものか。
「じゃあ最後に、頼むぞ〜…」
風音が促されて前に出る。その視線は真っ直ぐ俺の方を向いていて、大方終わったらフィーと同じことをするつもりな魂胆丸見えだ。…まぁ何ら問題は無いのだが、彼女の視線の先を追った男性隊員が負の感情が込められた視線を送ってくるので、早く部屋に戻りたい。
「橘 風音と申します。ユヅル・ルフ・オープスト・タチバナとフィリアーナ・エル・オープスト・タチバナの従者を務めさせて頂いております。武器は薙刀です。以後、宜しく御願い致します」
洗練されたお辞儀をして壇上を降りるとやはり俺の下に来る。
紹介の中に人のハイエルフとしての名前を入れてきたものだから、食堂に集まった隊員の中では俺とフィーの関係を確信した者も多いと思う…思いたくないが、そう思うしかない…はぁ。
「ご…弓弦様。早く戻りましょう」
ニ人に急かされ、自分の部屋へと向かう。
部屋へと二人を連れて行くと、暫くして知影さんやユリ、イ…セティが部屋の中に入って来た。
「さて、説明してね?」
どう説明したものか。
「言葉通りの意味よ。私はこの人の妻」
「そう…じゃあ、死んでくれないかなぁッ!!」
「早まるな知影殿!!」
知影さんが弓を取り出そうとするのをユリが押さえ付け、床に押し倒す。
「離してユリちゃん! そいつ殺せない!!」
「橘殿、何とかしてくれ! …ぐっ!」
「ねぇ弓弦君…私よりこの女の方が大事なの? お揃いの服にお揃いの帽子…雰囲気まですっかり似ちゃって……君は私のもの、私だけのもの…他の女になんか渡さないよ…!」
弓を取りあげたユリを突き飛ばしてフラフラと光の無い瞳で歩いてくるその姿は一種のホラー映像だった。普通に怖い。
「…怖ぃです…ご主人様ぁ…」
震えながらフィーが俺にしがみ付く。…これは…いや、ワザとだな。
「弓弦君から離れて!!」
「知影さん落ち着いて下さい。フィーナ様もあまり煽らないように」
風音の一喝に大人しくなる二人。
「ほら、風音も言っている通りだし、落ち着いてくれ」
「ごめん…」
「すみません…」
バツの悪そうに視線を逸らす二人が、これから仲良く出来るか心配だ…が、
「そう言えば言っておかないといけないことがあるな」
取り敢えず言っておかないといけないことがあるので、帽子を取る。
「弓弦君?」
「それは…」
「犬耳、生えたんだ」
…もう少し言いようはなかったのか、言っておいてすぐ後悔する。
機嫌取りにピコピコと動かしてみるが…反応するだろうか。
「触らせて」
反応した。
知影さんは返事を待たずして犬耳を触りだ…す!?
「知影さん! や、止め…ろっ!?」
「わ、私も良いだろうか?」
「………っ!?」
ユリまで触りだす。最初は恐る恐るだったが徐々に手慣れてきたようで、二人共人の犬耳を鷲掴みにしてきた。
「はぁ…ふ、二人とも止めつっ!?」
強く掴まれるたびに何と言うか、切なくなる。未知の感覚だ。知影さんとユリのことで思考が埋め尽くされる…そんな感覚だ。…フィーはいつもこんな感覚を味わっていたんだな…っ。
「橘殿…こんな表情もするのだな」
「ふっふっふ…ここ? ここが弱いの? ほらほら!」
「う…っあぁ……」
「ご主人様! 気をしっかり持ってください!」
「…二人共、ストップ」
セティが俺を引っ張って救出してくれたお陰で無事に事無きを得る。この感覚は危険だ、あんまりやられ過ぎると、自分を見失ってしまいそうだ。
「すまんなセティ。…人が真面目に話しているのにお前達は…!!」
「だって…ねぇ?」
「うむ、仕方の無いことだ」
「…はぁ、で、落ち着いたか?」
頷く二人。
「…フィーは俺と知影さんと一緒にこの部屋で過ごすことになっているらしいから二人は仲良くしてれよ、じゃなきゃ俺が困る」
「ご主人様が仰るのならば…」
「……別に良いよ」
なんでこうも物分りが良いのに、頑固になるのかよく分からないものだ。乙女心ってやつだろうか。
「じゃあフィー、荷物出すから整理するか」
取り敢えず、片付けしないとな。
買い物から帰って来たら片付けをするのが極々一般的な手順とも言えるものだが、まぁ、そんなところだ。
「はい!」
“アカシックボックス”で詰め込んでいた荷物を出していく。
「よ…っと」
まずは旅の途中で購入した小物。
「中々便利な魔法だな」
「ユリもそう思うか? 俺もだ」
食材。
「冷蔵庫としても…おぉ」
服や布。
「…信じられん」
「あ! そのマフラー見覚えがある」
流石病んでても天才。
本人が忘れていたことをよく覚えているものだ。
「フィー、片方頼む」
「ふふ…はい」
ベッド。
「何故そんな物が出てくる!?」
高さが丁度良かったのか、元から部屋にあったベッドとぴったり合わさった。これで三人で寝れるはずだ。
「これで全部だったか?」
「…はい全部ですね。お疲れ様でしたっ!」
フィーは本当に良く抱き着いてくる。
悪い気はこれっぽっちもしないが。
「私も…えいっ!」
「のわっ!?」
衝撃に体勢を崩してベッドに倒れ込む。後ろも、前からも柔らかい感触が。
「どうして弓弦君のことを好きになったの?」
「…知影と同じ理由よ、きっと」
お互いに耳打ちする。
…本人居る前で話すようなことなのか?
「本当に同じだった…!」
「ほら、やっぱり同じだったでしょ?」
…勿論、気になるにはなるんだが。
「そうだったんだ…なら」
知影さんが転がって俺の左側へ。
「そう言うことよ…だから」
フィーも転がって俺の右側へ。
そのまま左右から密着する。
「「弓弦君は(ご主人様は)私達の共有財産!!」」
俺の意思は無視だが、仲良くしてくれる分にはマシか。
と言うか…知影の奴、良く認めてくれたもんだな…あ、いや、こいつ、油断を誘ってからの暗殺を企んでいるな…? 食えない奴め。
「…風音殿」
「何でしょう?」
「…私は今、無性に凄く苦い珈琲が飲みたいのだが」
「…私もです。御邪魔するのも何ですし、食堂に戻りましょうか。セティ」
「…うん…行く」
向こうは向こうで気が合ったみたいだ。珈琲? 俺も飲みたいな……
「「……」」
突然二人が立ち上がる。
「豆は!?」
「あるよ!!」
知影さんが引き出しから生豆を取り出してフィーに渡す。
その後ケトルに水を入れてスイッチを押す。
『…“エアーフィルター”! …“ラジェーション”!!』
風で周りを包んで“ラジェーション”を使う。
暫くするとパチパチと小気味の良い音と香ばしい珈琲の香りが。焙煎にも使えるらしい。
『“クールウィンド”!』
冷風によって冷やされた珈琲豆を知影さんが二つ持って来た内片方のミルを使い高速で挽いていく。
フィーはその間にドリッパーにフィルターをセットする。
ケトルの湯が沸くと豆を挽き終えるのは同時だった。知影さんが最初に少しだけ湯を注いで十分蒸らしてから渦を描くように中心から外側へと注いでいく。
「持っていくわ!」
「任せた!」
そして俺の前に珈琲が。
突っ込みたいところはあるが、香りを楽しんだ後に一口含む。
「…ッ!?」
香り高く、程良い苦味の中に深みのある味わいだ。
炒った時間から考えるとシティローストだろうか? 俺好みの味だ、砂糖もミルクも要らない珈琲本来の味を引き出した珈琲がそこにあった。
「私も飲んで良いですか?」
「あぁ、良いですとも…ほら」
思わず謎の言葉が出てしまったが、フィーに渡す。
「…うぅ…苦いです…」
顔を顰めるフィー。可愛いものだ。
「その苦味が美味いんだ。…フィーには少し、早過ぎたか?」
「えぇ…確かに早過ぎたようですね…これは慣らしていかないと……あ」
フィーが固まる。
「わ、私も飲むよ!」
「勝手にしてくれ」
「よし…これで私と間接…っ! …苦っ…」
顔を顰める。二人揃ってこの珈琲は受け付けなかったようだ。
美味いのに勿体無いが…苦いというだけで固まるものか?
そう思いながら飲み進めていき、飲み干す。
「ふぅ…ありがとな二人共。それで、よく俺が珈琲飲みたいと分かったな?」
「そ、それは…」
「……」
まぁ答えなんて分かり切っている。知影さんは兎も角フィーまでまたこっそり覗いていたとは……まぁいずれにせよ珈琲の上手さに免じて許してやるつもりだが。
「許して下さるのですか?」
「俺のためを思っての行動だろ? なら、許す」
「…ご主人様…!」
「私は…?」
「…分かってるだろ?」
「うん…!」
「よし、じゃあ…風呂入ってこようかな」
「「ーーー!!!!!!」」
珈琲を飲み干したあと、俺は一眠りする前に風呂に入ることにした。
いざ旅とかとなると毎日風呂に入れるわけではない。それが今になっても慣れなかった、なので入れる時に入っておいても決して損ではないはずだ。
服を脱ぎ、シャワーのお湯に当たりながら、いつも通り髪の毛を洗ったあと二の腕から洗ってそこから全身を洗う。
ガタ……
外に人の気配、やはり来たか。だが既に対策は講じてある。
部屋の入口へのテレポート罠を仕掛けたので絶対に浴室に入ることは叶わない…! …兎に角急いで洗い終えないと。
バリンッ! と破砕音。
もう破られた!? …だが遅いっ!!
『テレポート』
前もってベッドの上に用意したタオルで身体を拭いて、素早く寝間着に着替えて布団に潜り込むところで気付く。
「「……」」
「……」
…嵌められたのは自分だったことに。
「…ふ、風呂はどうした?」
「入り終えているよ?」
「ふふ、ご主人様の隣に私達もいましたから」
確かにスペース的には不可能ではないが、おかしいだろ。
「“イリュージョン”の魔法で姿を消してました。はぁ…いつ見つかるか…はぁ…楽しみで楽しみで…」
「…そんなに長い時間シャワーを浴びていなかったが?」
「私と知影に“クイック”。ご主人様には“ディレイ”をこっそり掛けてました。なのでご主人様に対して私達は四倍の時間があったんです。それだけあれば不可能ではないですよ」
無茶苦茶だ、カオス理論だ。
だが石鹸の良い香りが証拠として存在する以上本当なのかもしれない。…“ディレイ”掛けられて気付かない俺って一体…?
「それだけフィーナの魔法が凄かったってことね」
「…だそうですよ?」
二人が俺の腕に身体を密着させる。
「ご主人様の腕はいつでも私を落ち着かさせてくれます…ふぅ…」
「温かいなぁ…弓弦君の身体…」
「あのな…」
上を見る。どちらを向いても非常に心臓に良くない…参ったもんだ。いやホント……
「「ふぅ……」」
「ひゃあっ!?」
耳に二人の吐息が掛かって変な声が出っ!!
「ご主人様♡」
「弓弦君♡」
…よし寝よう、寝た方が良いよな? うん、大丈夫、羊を数えよう。
…羊が一匹…羊がニ匹……
「…寝ようとしてる」
「ふふ…ご主人様は長旅で疲れているみたい。なら私も…寝るわ。お休みなさい、あなた…」
あ、あな…っ!? っコホン、羊が三十匹羊が三十一匹……
「……本当に寝ちゃった…」
羊が四十匹羊が四十一匹……
「…弓弦君?」
羊が六十匹…羊が六十一匹……
「…これは無理かな…じゃあ私も、ふぁぁ…。久し振りの弓弦君の隣、堪能しなきゃ……お休み♡」
「(犬が百一匹…ん?)」
そこまで数えたが、中々寝付くことが出来ず、身体を起こそうとして…止めた。
「すぅ……」
「…んん…」
「…結局俺より先に寝た、か…」
ぐっすり眠る二人の顔を見ていると俺まで、ここでようやく…ふぁ…眠たくなってきた。
「…お休み…知影、フィー」
…明日は何をしようか。
「暫くはこなまま、平和な日が続くと良いんだがな……」と、そんなことを考えながらそのまま眠気に身を委ねた。
「ま、まさか予告のためだけに今回出番が無いとは思いませんでしたわ…!! 私だってちゃんと本編に出たいんですよ!? …確かにここに出る要員が居なくなってしまうのは大変なことではありますが、何故私でして? …良いですわよ、どうせ説明要員ですわ…はぁ、『次回もなんと、短編のお話になっておりますわ、それも、前編、後編と分かれていますわ。まぁお祭話ではありますので、全員出ているとは思いますわ…確証はありませんけどーーー次回、お正月短編“恐怖の鬼ごっこ”前編』…次回も見ないと暴れますわよ!!」