クリスマス短編 “過ぎ去りし日常ーーーThe last of X'mas”
ーーー突然だが、僕はクリスマスにあまり良い思い出が無い。
クリスマスの時期になると、外は人眼を憚らずイチャイチャしてくれるカップルで溢れるからだ。
当然、高校でもそれは同じで放課後の教室内は冬休みの予定の話で持ちきりで、例えばーーー
ーーーねぇねぇ! クリスマスどうする?
ーーーえ~? そりゃもっち彼氏と一緒に決まっているでしょ〜。
ーーーえー、良いなぁ。私の彼なんかバイトで忙しくてとても時間が取れないって。
ーーーそれ絶対浮気でしょ〜? もういっそのこと別れちゃえば〜?
ーーーでもカッコイイし〜お金持ちだしぃ〜。ほら、塩顔系ってヤツ? もうありえないぐらいにカッコイイから!
…はぁ、このリア充話だ。
あぁ騒々しい。なんでこう、周りに聞かせるような声で話すのか。「私、幸せです」アピールなんか願い下げなんだが、まったく。
* * *
ーーー神代高校、12月24日。晴れ。
この学校は他の高校に比べて冬休みが遅く始まる。25日に終業式で10日に始業式だ。
一体誰がこんなタイミングにしたのだろうか。
「はぁ…なんでこうも女子は騒がしいんだよ…ん? 西村、お前またそんな本読んでいるのか?」
「そんなとは失礼な。そうだ橘、見ろよこのページ! この子可愛いよなぁ…」
「ん、あぁ…確かに。こんな子が現実にも居ればな…」
取り敢えず合わせる。
「良いよなぁ…特にこの娘の身体! 発展途上の瑞々《みずみず》しい感じが更に良い。後、ここの台詞なんかさ、必死に背伸びをして大人っぽく振舞っているんだよ…あぁ…ビバ小学生…俺はあの頃に戻りたい…小学生イズベスト…萌え…」
こいつは西村。 発言から分かるとは思うが、重度のロリコンを拗らせた所謂“紳士”だ。
高校で出来た友人だが二次元の話でウマが合うし因みに同じ剣道部である。 …僕はロリコンじゃないからな?
こいつの特徴としては…あぁ、アレだ。よく竹刀を振り回しては、「世界はこの俺を敵に回した!」を始めとしたイタイ発言や、先生に指名されると変にオドオドしたり、発言を噛んだりして、その摩訶不思議な行動から西村々と色々な女子から呼ばれて、挙句の果てに一学期から現在までずっと玩具だ。
発言に関しては僕も覚えがあるのであまり人のことを言えないのだが。
西村が読んでいる本は、スポーツが題材のライトノベルで、小学生がヒロインなのが特徴的な『シュウきゅーぶ』だ。
この本は僕も読んだことがあるがこいつの場合、見る眼が本当に嫌らしい。…将来が非常に心配だ。
「はぁ…西村は女子にモテるで良いよなぁ…」
「な、何言っているんだよ! 橘! お前の方こそモチェるじゃねぇか!! 俺は女子に嫌われてる!」
「あ。男子の方にだったか」
「うるせえ! お前をお持ち帰りしてやろうか!!」
ほら出た謎の発言。頭大丈夫だろうか?
信じられるか? 現実に居るんだぞ……
「おぉお持ち帰り…ふふ腐…」
ホモ発言を聞いて妄想を始めた女子生徒の声が聞こえたので近くへ。
「お嬢様、そんなすぐ発酵するのは止めて下さいと先程申したではありませんか」
すみれお嬢様。彼女も発言から分かると思うが腐っている女子だ。
二次元と二、五次元の男にしか興味が無いようで、学校に“オトゲー”と呼ばれるジャンルのゲームを持ってきて放課中カチャカチャ「腐ふふ…」と、やっている。
テスト期間中ですら男だらけのアニメを見ているけど、意外にも頭は良い。
西村程ではないにしろ、この娘も将来が心配だ。
あぁそうそう、“お嬢様”とは、僕が勝手に呼んでいるだけなので気にしないでほしい。
「ちょっと聞いて下さいよお嬢様。私昨日変な夢を見たのですよ」
このノリが好きなんだよな。
「変な夢? なになに?」
「いやぁ…妄想の度が過ぎたと言いますか…夢の中で異世界冒険をしていたのですよ」
何故か西村も本を読むのを止め、お嬢様と話している僕の近くに来る。…何故来たんだ。
「それがですね…何故か綺麗な女性と一緒に冒険してまして…しかも片方は金髪に翡翠色の瞳の犬耳っ娘ハイエルフだったんですよ!」
「へぇ〜そんなんだ。もう片方の人は?」
「それが…」
教室の窓側の列で帰り支度をしている女子生徒を一瞥する。
「…忘れてしまいました」
「そうなの? ふ〜ん」
その女性は神ヶ崎さんに見た目が似ていたような気がするが、彼女はあんな性格ではない。
まぁあんな可愛い、完璧超人に愛され過ぎて眠れなくなったらそれはそれで…って、いや、有り得ないな。
「……?」
神ヶ崎さんがこちらを見ていたーーーような気がした。…気の所為か。
「それだけです」
「は、はあ…。うーん男だったらなぁ…」
無視。
「んじゃ西村、さっさと部活行くぞ」
「あ、あ。きょ今日はないって」
何故言葉が詰まるのだろうか?
しかし…そうか、ないのだったら早く家に帰るか。
「…なら、クリスマスだしな。今日は早めに家に帰る。じゃ」
二人に別れを言い、教室を後にして商店街へと向かう。
ふと携帯を見ると一番上の姉からメールが来ていたので、マナーモードを切り携帯を開く。
[件名 ユ〜君へ。
ごめん! 悪いけど竹下さんのお店にケーキ取りに行って来て、お願い!
ユ〜君大好き杏里より]
「はぁ…仕方無い、か」
溜息を吐く。
僕が溜息を吐いたのは別にお使いを頼まれたからではない。 別にこれはどんと来いだ。
問題はメールの内容で、我が家の姉妹は何故か、一様に僕のことを「ユ〜君」と呼ぶ。そんで、彼氏居ない歴イコール年齢と言う容姿の無駄使いをしている駄目な姉達だ。
[件名 無題
分かったよ。弓弦]
「送信、と」
『メールだよ♪ おに〜』…ピッ。
[件名 ユ〜君!
「分かったよ。」なんて簡単に返さないで! こう言うタイプのメールはもう少し気の利いた言葉の一つでも入れようよ!
ユ〜君のことが心配な杏里より]
何故だ、今送ってから一分も経ってないぞ?
杏里姉さんの携帯は化物なのだろうか…はぁ、気の利いた言葉…気の利いた言葉……
[件名 無題
全然気にしなくて良いよ。弓弦]
送し『メールだよ♪ おに〜』…ピ。
[件名 もーっ!!
今どうせ「全然気にしなくて良いよ。」とか送ろうとしたでしょ…全っ然気持ちが篭っていない! もっと考えて!
ユ〜君専属応援団長、杏里より]
揚げ足を取られたので、メールの内容を見直すことに。
[件名 仕方無いなぁ。
まったく…ケーキ受け取り忘れるなんてらしくないなぁ。すぐ取りに行ってくるよ。
あ、気にしないで良いからね? 杏里姉さんの言うことなら何でも、訊いてあげるよ♡
姉さんが大好きな弓弦より]
「あ、弓弦君じゃない! こんな所でどうしたの〜? あ、おばさん分かっちゃった、うんうん。恋人でも出来たのかな? 出来ちゃったんだよね!」
里川さん登場。
「違いますって! 僕にそんな人が出来るわけないじゃないですか…? あ」
「しまった」と思った時には既に時遅し。
『メールだよ♪ おに〜』 …ピッ。
[件名 えへへ…♡
ユ〜君今のメール! 永久保存フォルダに入れたからね! やれば出来るじゃない! お姉ちゃん胸がドキドキして止まらないよ!
だから、嬉しくて……皆に自慢しちゃった。ごめんね♪
ユ〜君大好き杏里より]
「な、な、な…なんてことを…っ」
『メールだ『メールだ『メールだよ♪『メールだよ、おに〜ちゃん♪』』』』
「あ…なんか修羅場みたいね…おばさん急に用事思い出しちゃった。じゃあね! …今度相談に乗るから許して!」
里川さん逃走。
出来るのならばメールは開きたくないが、後が怖いので取り敢えず確認する。
[件名 ユ〜君!
杏里姉に送ったメールは何なの!? たかがお使い頼まれたぐらいであんなメールを返すなんて…キモッ! あまりにキモ過ぎて私思わずタンスに小指ぶつけちゃったじゃない!! ユ〜君の所為! 本当にキモッ!!
…私にも送って。 美郷より]
次。
[件名 もぅ…
杏里姉さんにあんなメールを送ってくれちゃって…。悔しいので私にも愛の言葉を送ってね。 あなたの優香]
次。
[件名 (・=・#)
( ゜д゜) (((o(*゜▽゜*)o)))
(−_−#)
…>_<…
(・Д・)ノ]
次。
[件名 無題
弓弦、とっとと帰ってこい。恭弥]
返信…は後に回して、お使いを頼まれたケーキ屋へと向かう。
「叔父さん! ケーキ取りに来たよ!」
「弓弦君がお使いか? 少し待っとけ……ほい。 君も大変だな」
渡されたのは五号サイズのケーキ二つ。
「ありがとうございます!」
「美人姉妹によろしくな」
店を出ると同時に携帯を開いて返信をする。
[件名 大好きだよ。
弟として。弓弦]
恭弥兄さん以外の三人に同じ内容のメールを送信し、僕は足早に家に向かった。
「ただいまー」
愛知県、某所にある橘宅は二階建てのごくごく一般的な一軒家だ。
扉を開け、家に入ると。
「ユ〜君! お帰り!」
「あんまり人を待たせんじゃないわよ! …おかえり」
「おかえりなさいユ〜君」
「…お、お兄ちゃんおかえり…です」
「遅いぞ。お帰り」
ふぅ…さて、紹介をしよう。
「さぁさぁ! もう準備は出来てるよ!」
橘 杏里 二十六歳。ショートヘアとエプロンが良く似合う橘家長女。
職業は保育士で、毎日園児に囲まれて楽しそうだ。
子どもが大好きで、特技は家事全般という彼氏が出来ないはずがない姉…なんだが、未だにそういう話を一切聞かない。…なんでも、昔から告白されてはいるのだが全部断っているのだとか。いい加減結婚してくれ。
「お姉ちゃんはユ〜君がお嫁さんを連れて来るまでは、絶対に結婚しません!」
はい次。
「ほら、さっさと制服脱いで貸しなさいよ。汗臭くてしょうがないから洗ってきてあげる」
橘 美郷 二十三歳。カジュアルボブヘアと杏里姉さんより若干グラマラスなスタイルが特徴な橘家次女。
性格は分かり易い程のツンデレなんだが、姉なので当然……うん、萌えない。
実は僕より剣道が上手くて、お師匠様。…後射的も達人クラス。
職業はOLをやっていって職場での立場は相当なものだとか。…完璧過ぎると色恋沙汰からは遠くなるという説を立派に体現している。後、若干暴力的。
「はい、洗い終わったら干しといてあげるからちゃんとしまいなさいよね」
「美郷姉さん。いつもありがと」
「ば…馬鹿じゃないの…ふ、ふん…」
顔を真っ赤にして奥に消える。はは、凄い喜んでいるみたいだ。
じゃ、次。
「今日のユ〜君はいつにも増して素直ね? そんな素直なユ〜君には、お姉さんがご褒美を与えてあげないと♪」
橘 優香 二十二歳。ふわっとウェーブがかかったロングヘアが特徴な神代高校で教師をやっている橘家三女。
…神代高校、つまりうちの学校に勤めている。
うちの姉たちの中ではスタイルの良さも相まり一番大人っぽい雰囲気で、面倒見も良く、僕もよく勉強を見てもらっている。…何故かよく、保健体育の実技を教えたいって言ってくるのが怖い。
そんな性格なものだから高校でも大人気で、優香姉さんが行う数学の授業はとても分かり易く居眠りする生徒は、居ない。…実際は居眠りしたら面倒臭いものを見せられるからで、例え誰が居眠りしても犠牲者は常に僕なのが世知辛い……男子は羨ましがっているけど。因みにM体質。叩くと喜びます。
「優香姉さん、そんな薄着で抱き着かないでくれ…当たってるから…」
「ふふっ、当ててるの♡ こうすればユ〜君は私にメロメロだから♪」
優香姉さんは更に力を強める。
う、柔らかくて気持ち良……っ、次行こう、次。
「…ムカムカします…」
橘 木乃香 十五歳。優香姉さんと、似たような髪型だけど、前髪で目を隠している橘家四女。
恥ずかしがりやな中学三年生で、僕のことを「お兄ちゃん」と呼んでくれる。 メールの内容は顔文字オンリーでそれがいかにもこの娘らしい。
髪を下ろしているのは好きではない人に顔を見せたくないからだとか。 …はぁ、我が妹ながらどんな理由だろうか。
因みに…と言うか、当然…と言うか、友達は少ない。本人が人見知りで本当に信用している人としか話さないからだとか。…可愛いのに勿体無い。
「…抱き着き…ます」
最後。
「ったく、これだからうちの女共は…」
橘 恭弥 ニ十九歳。橘家長男。
職業は刑事で、決して自宅警備員ではない。
恭弥兄さんも昔からことあるごとに女性からモテているのだが、未だに自分と気が合うパートナーが見つからないと言って、結婚したがらない。…はぁ、三十路前なのに。
いつも襲われている(色々な意味で)僕を助けてくれるので、母を除く女性陣全員に嫌われている。
恭弥兄さんは後ろから優香姉さん、前から木乃香に抱き着かれている僕を救出してくれたが、木乃香の頭突きを食らう。
「…なんでいつも恭弥は私のお兄ちゃんを連れてっちゃうの…です?」
「俺も一応兄だ」
「…恭弥はお兄ちゃんじゃないです。…私の…私たち姉妹の…敵…です!」
「……」
木乃香の心無い言葉により、項垂れる恭弥兄さん。
「…悪い弓弦、少し部屋に篭っとく」
「に、兄さん!?」
橘家長男は家では豆腐メンタルなのである。…母さん曰く、「昔からずっと面倒見ていたのに…恭弥はどうして姉妹全員に嫌われたのでしょうねぇ…」らしいが、だとしたら部屋で拗ねるのも分からなくもない。
「…また恭弥がユ〜君を連れてっちゃった…駄目ね…もぅ…」
「…敵…です…っ」
…僕の所為だよね、多分。…お詫びに肩揉みでもやってあげようか。
「兄さん…入るね」
恭弥兄さんの部屋の扉を開けて中に入ると、いつものごとく隅で体操座りしながら寂しそうにいじけていた。
「…大丈夫?」
「…弓弦だけだ…俺を兄さんと呼んでくれるのは…あいつらときたら…人を…敵だと…はぁ…」
「は、ははは…」
笑うしかない。よくこれで刑事が務まるなぁ…と、最近は本当に思う。
「…ほら、俺はほっといて弓弦はあいつらの所に行ってやれ。すまないないつも」
恭弥兄さんの部屋を出て、階段を登り自分の部屋に向かう。
「ふぅ…ん?」
そのままベッドに倒れ込もうとしたのだが、明らかにベッドに膨らみがあったので止める。
そのまま部屋を出て行こうとしたところで。
「…駄目」
木乃香に先回りされて鍵を閉められた。何故鍵があるのか? 決まっている、部屋の中に入れないようにしなければうちの姉妹が“夜這い”をしてくるからだで、“朝起きたら周りを姉さん達に囲まれて寝ていた”なんて日常茶飯事過ぎて笑えない。頭がおかしくなりそうになるんだよ…視界一杯に美女、美女、美女、美少女……いい香りするし、寝顔……皆可愛いし…!? ん゜んっ!!
「…お兄ちゃんは…木乃香達のもの…恭弥になんか…あげない…ですっ」
「そういうこと。ユ〜君は私たち姉妹の共有財産だから…恭弥にはあげないわ♪」
ベッドに隠れていた優香姉さんが逃げ場のない僕を抑えてベッドに押し倒す。
…よくラノベ等で美人な姉妹がいるのが羨ましいという人達がいる。…だがそれは“二次元”限定だ。僕も“二次元”ならブラコンの妹、姉はストライクゾーンのド! 真ん中なんだがしかし、ここは“三次元”。幾ら姉妹が美人で重度のブラコンでも…でも……
「ユ〜君。力…抜いて…私がリードするわ」
「お兄…ちゃん…」
弟として…食われたくないです、はい。
「…二人共、下降りようか」
「…お兄ちゃん…逃げる…駄目…です」
「くぅおぉぉらぁぁっ!! 抜け駆け禁止だって言ったでしょ‼︎」
なおも僕を食べよう(色々な意味で)と迫る二人が美郷姉さんの怒号で止まった隙を突いて、急いでリビングに降りる。
「ユ〜君、大丈夫だった!? 食べられてない?」
「あの二人は…ユ〜君も何やってるのよまったく…本当にキモいわね」
「ははは…大丈夫だよ。それより、何か手伝えることはない?」
優香姉さんと木乃香に比べればまだ、杏里姉さんと美郷姉さんの方が安心だ。 早くご飯は食べたいし、流石に全部人にやらせるのは気が引けるし…あの二人から逃げたいのが本音だからこの際、何だってやる。
「ユ〜君は大人しく待ってて。私達がユ〜君の為に一生懸命作っているのだから、ね?」
「…分かったよ。楽しみに待ってるね杏里姉さん」
「私も作ってるのだけど」
「…美郷姉さん。それもう十分火が通ってるよ」
「む? わっ!?」
「ありゃ、よそ見禁止だよ美郷!」
「…ユ〜君がキモい所為」
「はは…美郷姉さんも頑張って、ね」
「!!!!!! 頑張ってやらないこともないわ…ふん」
まぁこの二人と言わずこの家の女性陣は、ブラコン含めて兎に角何でもレベルが高い。
僕も本当に様々なことを彼女達から仕込まれていて、今じゃ家事は何でも出来る。西村にも、「お、お前の将来は専業主夫か…」と意味深に言われる始末だが、別にそれも悪くはないと思うし、だったら尽くしてやれるタイプになりたい。
んで、結局暇になったのでゲームの電源を入れてカチャカチャとやる。
やっているゲームはアーカイブ化された名作ゲームの一つ。セーブデータは幾つかあって、内一つは“オペライベント”直前の状態で残してある。…ここまで言えば、分かる人も多いだろうか? …関係無いか。
『チャーラーラーターラータララーターチャララー♪ チャーラーチャーラーラーラーチャーラーラーターラー♪』
『チャラチャチャ、チャラチャチャ、チャーチャー♪ チャチャチャチャーチャー♪』
『チャラララーチャーチャーチャッチャラー♪』
ーーー三十分後。
「出来たわよー! ユ〜君このお皿持ってって!」
料理が完成したらしい。
セーブしてゲームの電源を落とし、杏里姉さんから料理を受け取って机に乗せていく。
「出来たか! よっしゃ待ってました!」
「ほら、木乃香」
「…うん」
引き篭もっていた恭弥兄さんや、あの後下に降りて来ることがなかった、妙にツヤツヤした優香姉さんと木乃香が続々とリビングに入って来た。…人の部屋で一体何をやっていたのだろうか気になるが、何か怖いのでこの思考はやめよう。
そして、食事を始めたいんだが、その前に面倒なことがある。
それは……
「…姉妹なんだからもう少し譲り合うことが出来ないのか?」
「恭弥喋らないで!」
「ユ〜君は渡さないわよ!」
「……私はお兄ちゃんの膝に乗りたい…」
「ゆ、ユ~君、お姉ちゃんの所に来たら良いよ…えへへ」
「あ、あはは…」
本当にこの姉妹は父さんと母さんが不在の場合は酷いものだ。
二人共海外で仕事に行ってるから、この光景は毎日と言うことになる。
更に言うのなら、現在進行形で繰り広げられている人の隣の取り合いは所謂氷山の一角でしかないと言うことだ。今までで最も酷いと思ったのは、つい先日行われた学校開放日である。
当然父さん母さんが来れないので、代わりの杏里姉さん、美郷姉さんならまだしも、何故か木乃香まで学校早退してまで着いて来る始末。
おまけにその日の授業は時間割変更でニ時間とも数学だった…。…察しの良い人なら分かるだろう。
…そう、学校の授業中に危うく繰り広げられるところであったのだ。
「「「「じゃんけんぽん!!」」」」
「…わ、私がユ〜君の上に乗るのね…見られるのも悪くないわ…ふふ」
「紛らわしい言い方は止めて…」
じゃんけんの結果、僕の膝の上には優香姉さんが。…絶対食べ辛いよ。
「…あからさまに照れてる…ユ〜君キモいよ」
「お姉ちゃんがユ〜君の上に乗りたかったなぁ…」
右隣を美郷姉さんが、左隣を杏里姉さんが。凄まじいまでの人口密度に僕の人権が著しく悲鳴を上げている……つまり、暑い。
「……反対…っ!」
机を挟んで反対側には木乃香が不貞腐れながら座っている。
「…今日はクリスマスだから父さんと母さんはいつもどおり二人で海外旅行。お前達姉妹と言ったら…いい加減彼氏作れよ」
「「「「私達はユ〜君が恋人」」」」
「はぁ…なんで「「「「「いただきまーす」」」」」こうもブラコンの集まりになったんだこの家は…俺はな…早くお前たちの花嫁姿を見たいんだよ…」
冷めると折角の料理が台無しになるので食べ始める。
「ひいはむ…ひょうひひゃひゃめるひょ」
「止めるな弓弦…ん?」
「ユ〜君…口に料理を入れたまま喋らないの」
膝の上に乗っている(思いっきり邪魔)優香姉さんが苦笑気味に振り返る…ってこの体勢で振り向かれたら…!!
「「……」」
案の定唇に柔らかい感触が……相変わらず柔らか…ん゜んっ、僕は何も知らないよ。
「「「あっ!!」」」
優香姉さんを除く三姉妹が揃って悲鳴のような声を上げる。
「ふふ…ユ〜君の唇、今日ももらっちゃった♪ もう少し…」
「「「抜け駆け禁止ッ!!」」」
「優香! それは流石にマズイから!」
クルリと向きを変えて固まった僕と抱き合う体勢になる優香姉さんを皆が総出で引き離す。その間に僕は急いで食事を食べ進め、自分の分の食器を洗って片付ける。
「ほら。早く皆も食べて」
その言葉に急いで料理を食べる他の面々。程無くして皿は空になり、渡された皿を洗う。
そちらも程無くして洗い終えると、杏里姉さんに頼まれ、別の皿とショートケーキを一つ取り出して六人分に切り分け、持って行く。
「プレゼントの準備は出来てる?」
「あ…ちょっと待って」
杏里姉さんに自分の分のケーキを渡すと、急いで部屋に向かう。
…少し部屋が散らかっているような気がするのは気の所為だろうか。…いや、無視して机の奥からプレゼントを取り出してリビングに戻る。
「持ってきたよ」
橘家では、クリスマスの日にそれぞれプレゼントを買ってそれを暗闇の中で音楽を掛けながら回していき、音楽が終わった瞬間に持っていたプレゼントを貰うと言うちょっとしたゲームを行う。自分のプレゼントが来た場合はやり直しだ。
「じゃあ…始めましょうか」
杏里姉さんが部屋の電気を消して戻り、音楽を掛けたらゲームの始まり。
「…じゃあ、俺が適当に流すぞ」
恭弥兄さんがプレーヤーの再生ボタンを押すと、プレゼント交換が始まる。
『ちゃ~じゃ~ら~らたん、でぃら~ろ~とろん♪』
「「「「「ス、ストップ!」」」」」
すると兄さんを除く面々の制止の声が綺麗に重なった。掛かっている音楽が明らかにおかしいからだ。…誠、正しい選択をして生きてください。
「恭弥兄さん。その曲は駄目」
「ん…じゃ、変えるか」
『ひゅるるる〜、ひゅる〜ひゅるる〜、ひゅるるる〜ひゅる〜ひゅるる~♪』
「「「「「ひゅるるるる~ひゅる〜♪ ストップ」」」」」
ギターの後の口笛の部分に全員が連られ、再び制止の声が重なる。さっきよりはまだ良いが、今はクリスマスなので別に荒野に旅立ちたいわけではないのが理由。
もう少しそれっぽい曲は無いのだろうか?
「…恭弥兄さん…」
「ジョークだ。じゃ、今度こそ」
『ちゃ〜ららんちゃ〜ん、ちゃ〜ららんちゃ〜ん♪』
次に流れた曲はクリスマス・キャロルの一つのあの曲。ギターで伴奏出来る讃美歌…と言えば分かるだろうか。まぁ、そんな曲だった。
やっとクリスマスらしい曲が流れたのでゲームが始まり、左から渡された様々な大きさのプレゼントを右に渡すことを繰り返す。
『ちゃ〜らちゃ〜ちゃ〜ら〜』
音楽が止まった。
「はい! 電気付けるよ〜?」
杏里姉さんがリビングの電気を点けると、各々が自らの手にあるプレゼントの包みを開ける。
「…わぁ…!!」
僕のプレゼントの中身は手編みのマフラーだった。色が好きな紺色なのもあり、早速首に巻いた感想がこれだ。…いや、普通に嬉し過ぎる。
因みに他のメンバーが持っているプレゼントはこうだ。
杏里姉さん、クマのぬいぐるみ。
美郷姉さん、高級なペン。
優香姉さん、犬耳。
木乃香、マグカップ。
恭弥兄さん、イヤホン。
…犬耳なんて馬鹿な物をプレゼントにした奴は誰だろうか?
「さぁさぁ! じゃあ順番に誰のプレゼントか言っていこう!! このクマさんは誰のプレゼントかな!」
「…私よ。何か文句ある?」
手を挙げたのは、美郷姉さん。
恥ずかしいのか、ちょっと眼を逸らしているのが何とも…いやいやいや! なんでもない。
「ユ〜君今変な眼で私を見てた…キモっ! なら、私のこのペンは? これ、結構高級モデルなんだけど」
「あぁ、それ俺だ」
ナルホド。恭弥兄さん珍しくまともな物を用意したな。…去年はコンビニのお菓子とかだったのに。
「んじゃ、このイヤホンは?」
「………私」
イヤホンは木乃香。
まぁ、中学生だしこのぐらいが妥当な物なんだろう。
「……このマグカップは?」
「それは杏里お姉ちゃんのプレゼントです♪ 可愛いでしょ〜?」
マグカップは杏里姉さん…っと、じゃああの犬耳は何なんだ? …一体誰があんなけしからん物を…。
「ユ〜君に手作りマフラーをプレゼントしたのは私よ♪ ま、狙っていたのだけど♡」
このマフラーは優香姉さんが編んでくれたのか…相変わらず、プロもかくやという出来だ…あぁ…ポカポカする……
「…え〜と…じゃあ優香が持っているその犬耳は?」
それしても誰だろうな…あの犬耳をプレゼントにしたのは……。
優香姉さんは犬耳を髪に着けると、プレゼントした人物の所に歩いて来て抱き着く。
「ふぅ…♡」
…諸君。この中に一人、犯人が居る。…そいつは実の姉に犬耳を着けさせた挙句、内心その破壊力に悶え苦しんでいる変態だ。
「ありがとうございますね。ご主人…じゃない、ユ〜君♪」
…そう、僕だ。僕がやったんだ。恭弥兄さん以外にいったのなら良かったって感じだから、成功だな! うん!!
…とまぁ冗談はさておき。いや、冗談で済みそうな話では無いのだが。
ほら、現に……
「「「……」」」
残りの橘三姉妹が僕に無言の圧力を掛けてきていたから……
* * *
「お眼覚めになりましたか? ご主人様」
「ん…?」
弓弦が眼を開けると頭上にフィーナの顔が。
後頭部に柔らかい感触を感じるということは膝枕をされているのだろうか。
瞳が潤むのを感じた彼は微笑む彼女から視線を外す。
「凄く懐かしい…夢を見た」
「ふふ、それは良かったですね」
過ぎ去りし日常の記憶ーーー非日常になる前の、当たり前だった記憶で弓弦が、忘れかけていた記憶だ。
何故こんなにも大切な人たちの顔が思い出せなかったのだろうか。
「ん…これは…?」
空から、白い粒が落ちてくる。
身体に触れると溶けてしまうそれをじっくりと眺める。
「雪…ですか。東大陸に雪が降るのは珍しいですね」
フィーナの隣に座っている風音が、落ちてくる雪を掌で受け止めながら呟く。
「はは、この雪のお蔭…だな」
「ホワイトクリスマス…ですね」
「…? ホワイトクリスマスとは何ですか?」
フィーナはクリスマスについて知っているようだ。「この世界にもクリスマスに近い風習があるのか」と、弓弦は文化の小さな共通点に驚いたが、風音が知らないところを見ると、東大陸には無いのだろうか。
「…そう言えば『出でよ不可視の箱』」
ふとあることを思い付いた彼は“アカシックボックス”を発動し、展開した魔法陣の中に手を入れる。
予感があったのだ。「そうしなさい」と、誰かが言ってくれているような、そんな感覚が。
「…あった…!」
手に掴んだ“それ”を穴から出す。
弓弦の手には、夢で見たものと同じ、“あの世界”での最後のクリスマスに優香からプレゼントされた紺色のマフラーが。
「首輪と言いこの穴は一体どこに繋がっているのだろうか…いや、今はそんなこと、どうでも良いか」
起き上がり、マフラーを首に巻く。
もう会うことの出来ないであろう姉が編んでくれたそれは、弓弦の心を優しく、温かく包み込んだ。
「…っ!!」
居ないはずの人がそこに居るような気がして涙が、溢れる。
「最近…歳の所為か涙腺が緩んでいるみたいだな…これじゃあ…はは、泣き虫だ」
「ふふ…泣き虫でも良いじゃないですか」
フィーナが、冗談を言う弓弦をそっと抱きしめる。
「ご主人様は優しいんですよ。コホン……誰かのために泣けると言うことはそれだけ、誰かのために優しくなれるのよ? そんなあなただから私は……ふふ♪」
「…そうか。ありがとな、フィー」
「コホン…ご主人様のためならば当然です」
「はは。…よし。ちょっと、走ってくる」
「…私も…行く」
「ん、そうか。じゃあ行くぞ!!」
「ッ!!」
屈伸をしてから、弓弦が軽やかなフットワークでランニングを始め、イヅナもそれに続いた。
その姿がある程度離れたことを確認してから、風音は口を開く。
「クス、弓弦様の夢の中の優香という方、どことなくフィーナ様に似ていらっしゃいましたね」
「…そうかしら?」
フィーナは手に隠し持っていた小さな球体を懐にしまう。
それは『夢見の水晶』と呼ばれる魔法具の一つで、記憶の深層を刺激してそれを夢として見せる効果がある宝具だ。
弓弦だけではなく、二人も水晶を通して彼の様子を見ていたので、当然彼の夢の内容を見ている。プライバシーはどこへやら。
「…ふふ、少し複雑ではあったけど、あの人の喜んでいる顔が見れただけでも十分嬉しいわ」
「…クリスマスという風習は聞いたことがありませんが、別の世界の風習というものは興味深いですね」
フィーナはそれに答えない。
実際この世界にクリスマスという風習は無いのだが、彼女はその言葉を何故か“知っていた”のだ。
「ふぅ…走ったな…」
夢を覗いていたことがバレると怒られるので、弓弦とイヅナが戻って来たのを見て自然と、二人は会話を止める。
「よし、じゃあ行くか!」
「はい」「畏まりました」
こうして四人は改めて、雪降る『ブリューテ』から『アークドラグノフ』に転移するのであった。
「あんな美人な姉妹が居るなんて…弓弦の奴なんて羨ましい…ッ!!」
「良いよね…ああ言うのは仮想上のジャンルだと思っていたけどまさか、実在するなんて……」
「「はぁ……」」
「…お~お~、景気悪そうな溜息吐いてんな~、おい」
「そう言う君は景気良さそうだけどね、レオン」
「そりゃ~そうだろ~? デカい任務の後のキンッキンッに冷えたビールを飲んでんだからな~!! ん、ん、ん…っ、プハーッ!! 美味ぇな、おいっ!!」
「はぁ…ルクセント少尉」
「はい…分かっています博士、予告ですね」
「『キャラクター紹介を挟んでの、次の話からは、新章突入だよ!』」
「『なんだかんだ言っても、ここは軍、僕が少尉であるように、他の皆にも階級が…?』」
「『皆と言えば、新人隊員がまた増えるみたいだね』」
「『両方共弓弦に攻略されていますけどね』」
「『あはは…でも花が増えることは良いことだよ。じゃあ、グダグダになっちゃったけどーーー』」
「「『次回、帰還と階級』」」
「心の強さと」
「糖分が」
「「「道を開く」」訳ないですわぁぁぁぁぁーーッ!!」
「う…う゜わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
「あ、博士…ご愁傷様です」