表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
63/411

約束交わし、再会を願う

 知影と言う名の女性が、抗議の声を上げていた。

 左腕を100°前後上げながら、人差し指をご主人様に向けている。

 まるで推理小説で犯人を指摘している探偵のような仕草だ。

 ご主人様は驚いたように、何度も瞬きしていた。


「ぷ…っ、そ、そこでそれ…やるか……っ」


 そしてご主人様は、噴き出したように笑った。

 何故かツボに入ってしまったらしい。


「む…」


 奇妙な雰囲気が場に立ち込める。

 どうして笑うのか。この時ばかりは、ご主人様の感性を疑った。

 人を指で指さないって、大人から教わらなかったのかしら。 

 どう見ても失礼極まりない態度だった。


「私も弓弦君と一緒に行きた──」


「異議あり!」


 今度は私の隣から、高々とした抗議の声が上がる。


「これは私達の問題なのだよ」


 ご主人様が右手で机を叩き、先程の知影さんとは左右反対の姿勢で言葉を続ける。

 何か口調も変わっているわ。しかも、中々の決め顔をしている。

 新しい遊びね。でも、相手に対して失礼じゃないかしら。

 ご主人様がされるのなら、私は構わないのだけど…。


「これは私達の問題なのだよ。残念だが知影さんは、レオン達と先に帰還してくれたま──」


「異議あり!」


 バンッと、大きな音がした。

 知影が両手で机を叩いたみたい。

 また先程の姿勢になるけど、これは一体何の遊びなのかしら。

 当事者以外の全員が、唖然としていた。 


「どれだけ私があなたを探していたと思う「王宮でのんびりしていて」ユリちゃん静かに! 兎に角! これだけ人に心配させておいて、また先に帰還していてくれだなんて言わないで! 私も付いて行くよ!」


 ご主人様は肩を軽く竦めると、大仰に首を左右に振ってみせた。

 仲良さ気なやり取りで、結構なことだけど──もう少し周りを見てほしいものだわ。


「だから、認めてくれるまでは何度でも異議を申し立てるから!!」


 彼女はどうしても、ご主人様と一緒に居たいみたい。

 一体、知影と言う女性はご主人様の何なのかしら。

 揺れる彼女の瞳を見ると──彼女もまた左右で瞳の色が違っていることに気付いた。

 左が黒色で、右が紫色。どこかで見たような組み合わせの瞳ね。つい最近にも見たような──。


「──!」


 そうだ、ご主人様の瞳と左右反対じゃない。

 偶然か必然かは分からないけど、二人の関係性が気になるわね。

 後で問い質したいところだけど、このやり取りはいつまで続くのかしら。

 そんなことを思っていると、


「…冗談はここまで、だ」


 ご主人様の口調が元に戻った。

 力強く手を叩くことで、場を仕切り直していた。

 

「レオンやユリ、副隊長ならならまだしも、知影さんは駄目だ」


「それ贔屓ひいきにも程があるよ。どうして駄目なの?」


 あれ程勢い付いていた知影が、突き立てていた指を下ろして俯いている。

 呟いた言葉は悔し気で、まるで自分の力不足を悔いているようだった。

 私の眼線からすれば、彼女は決して非力な存在ではないように思える。

 ご主人様を守るために一戦を交えた間柄だけど、彼女の射る矢は敵ながら天晴なものばかりだった。

 ハイエルフの中にも弓の名手は数多く居る。文献や、人間の創作物語の中で、エルフに位置付けされる種族が弓を扱う場面が多いのは伊達ではない。私だって、これでも弓や大弓バリスタぐらいはエルフ並みに扱える。風と語らえば、矢の届く範囲なら狙った部位に命中させられる。

 でも彼女の一矢も、全く見劣りしない精度を誇っていた。

 風と語らうことは出来ないけど、彼女は正確無比な予測能力をもって矢を射っていたのだ。

 武術だけは腕の立つ男や、光の魔力マナの扱いは常人以上のレベルに達している桃髪の女性よりも、一番攻撃されたくないタイミングで矢を放ってきた彼女の方が、何よりも厄介だった。

 しかもそのタイミングを予期して行動を起こせば、それを見越していたかのように矢は来ない。

 代わりに見舞われた男の連撃に対応は遅れ、待望の矢は間隙を縫うように遅い来る──あの瞬間、私の動きは完全に手玉に取られていたと言っても良かった。

 彼女は得体の知れない存在。自分のことを、あたかも人間ではないように語るし、それに──彼女が宿している魔力マナも謎が多い。

 私の記憶違いじゃなければ、あれは──。


「…単純に、心配なんだよ」


 ご主人様が口にした、「心配」と言う言葉。

 それは知影と言う女性が戦うことそのものが、心から心配であるようなニュアンスだった。

 ご主人様の優しさが窺える発言。

 でも私にとっては、何だか胸がモヤモヤするような言葉だった。


「弓弦君…」


 心配された知影は瞳を潤ませ、さながら夢見る乙女のような反応。

 感極まったように、頬が上気していた。

 何? 私を差し置いて惚気ているの?

 見せ付けているの?


「(もぅ…っ!!)」


 私がご主人様を見る眼は、少しだけ厳しいものになっていた。

 横顔をまじまじと見詰めながら、両者のやり取りを眺めていた。


「…頼む、待っていてくれ。待っているのが趣味ではないとは分かっているが…お願いだ」


「駄目。絶対に駄目。今度こそは、一緒に行く。無理って言っても私が勝手に付いて行く。どうせ付いて行くんだよ? ここで許可の一つぐらい……」


「いや、許可の一つも出す訳にはいかない」


「どうしてそんなに…そこの二人に入れ込むの? 私じゃ駄目?」


「駄目だ」


「大丈夫だよ。いつでもどこでも絶対に君を満足させるから」


「……」


 知影の押しは、とても凄まじい。

 絶対に引き下がらないとばかりに、身体ごと私達の方へと乗り出している。

 一体、二人はどんな関係なの?

 気になる。とても気になるわ…。

 満足させ合う関係と言うこと? 何だか…卑猥に聞こえるのだけど。


「何の話をしているんだ」


「私の何が、そこの二人と比べて物足りないかって、話! 私、こう見えても美少女なんですけど!」


 少し思案するように顎に手を当てるご主人様。

 瞳が鋭い光を放った。

 どうやら、何かを思い付いたみたい。


「それは…」


「それは?」


 徐に伸ばされたご主人様の左手が、私の方へ。


「?」


 頭が少しだけ軽くなった。

 頭上を見上げると、ご主人様の手がそこに。


──ぽふっ。


「ん……」


 手が優しく置かれた。

 だけど撫でる気配はなく、頭頂から滑るように私の耳に触れた。

 何をするつもりかしら。手の重みに、自然と顔が正面を向いていた。


「犬耳が正義だからだ」


 そのまま摘まれる。

 背筋にゾワリと刺激が走り、私は思わず身悶えした。


「ひゃう…っ♡」


 堪らず声も漏れる。

 不意を突かれたために、吐息そのままに声を上げてしまった。


「ぅ…っ」


 自分でも驚くぐらいに、艶のある声だったと思う。

 ご主人様を除いた全員の視線が突き刺さる何とも形容し難い感覚に、思わず私は自分の身体を抱きしめた。


「…ご、ご主人様…っ!」


 言葉らしい言葉を口にするまでに、相応の時間を要した。

 湧き上がる感情に耐えながら、辛うじて体裁を保とうとする。

 だけどそんな私の反応を弄ぼうとせんばかりに耳を触られ続ける。

 実に二日振りの感覚だった。

 ハイエルフにとって、耳はとても敏感な部位なのだ。まさか触られるとは露程も思っていなかったため、全身を心地良く駆け巡る感覚がどうしようもなく堪らない。


「そ、こんな…人前…で……!!」


 放置されていたので、焦らされていた所為もあるのだろう。人目があると言うのに、私は強い幸福を感じていた。

 満たされていくような、そんな感覚。それと、少しだけ悔しさを感じていた。

 たかが耳を撫でられたぐらいで、すぐ機嫌を直してしまいそうになっているのだ。

 自分自身の軽さには、幾ばくかの自己嫌悪を感じていた。


「んう…っ♪」


「ゆ、弓弦君の…」


 知影はわなわなと震えていた。

 顔を見る見る内に赤くしながら、静かに立ち上がる。


「…っく!」


 しゃくりあげた。

 堰を切ったように溢れ出す涙を拭おうともせず、私達に背を向ける。


「馬鹿ぁぁぁぁっ!」


 そのままの勢いで、彼女は家を飛び出して行った。

 窓から差し込む光に当てられ、涙の残滓がキラリと輝いていた。

 慌しくも、どこか一つの型にはまったようで美しくもある去り際に全員が苦笑を浮かべていた。


「弓弦…言いたいことは分からなくもないが、そりゃないだろ〜」


「そうだぞ橘殿。それはあまりにも知影が不憫だ」


 二人分の苦言を受けながら、ご主人様は涼しい顔をしていた。

 顔にこそ出ていないけど、私の耳を弄る力は強まっていく。


「ひゃ…や、やぁ…」


 それでも力加減は絶妙の一言。

 空気を読まない行動をしているとは思っていても、伸ばされている手を跳ね除けることが出来ない。

 反抗しようとした意思は、強まる力によって為す術も無く淘汰される。

 それどころか私は、徐々に余裕を失い始めていた。

 ご主人様に手を引かれながら、天の園へと誘われている錯覚さえ覚えていた。

 このままでは、色々と危険な気がする。

 よく分からないけど、危ない。蹂躙されてしまう。


「弓弦様…」


 風音の冷めた視線すら、ご主人様を通して私に注がれている気がする。

 冷めた視線、冷めた視線よ。呆れたような視線なのに、なのに…!


「(寧ろ…!)」


 寧ろ──ッ!!


「ここまでやれば、知影さんも暫くは拗ねるだろう」


 ご主人様の手が、離れていった。


「ぁ……」


「今なら彼女も素直に帰ってくれるはずだ。今の内に」


 眼の前に座る男と桃髪の女性は顔を見合わせた。

 やがて女性が開かれっ放しの扉から外を覗き込みに行く。


「…帰るそうだ。橘殿なんか、知らないと」


 戻って来た彼女は、ご主人様にジト眼を向けていた。


「作戦通り…か〜?」


 男も同じように、ジト眼を向けてくる。


「どのみちバアゼルと戦うのは俺一人だ。…他の誰も連れて行くつもりはない」


 ご主人様は有無を言わせぬ口調で、二人分の視線を受け止めた。

 彼の言動が少々アレだったのは認めるけど、全ては知影を危険な戦いに行かせたくなかったがための行動。

 やっと会えたからこそ、敢えて突き放すことで彼女の安全を確保したのだ。

 誰に何と言われようと、甘んじて受け止める。

 そんな男らしい表情が、行動が、私の心を柔しく揺さ振る。


「でも、本当に一人で…?」


「…奴には借りがあるからな」


 「借り」と聞いた私の脳裏に、先日のとある出来事が浮かんだ。

 『ジャポン城』でご主人様が発動させた、“シグテレポ”と言う魔法。自身がマーキングした場所へと瞬時に転移出来ると言う魔法で、私達は包囲網を突破することが出来た──。

 だけどこの一幕には、もう一つだけ裏がある。

 音弥が用いた魔剣の穢れた力は、私達の魔法を完全に封じ込めていた。その状況下で、どうしてご主人様が魔法を発動出来たのか。

 偶然なんてものはそこには無い。であれば、必然であった背景がある。


「…だとすれば、大きな借りですね」


 ずっと疑問に思っていた。

 私達の脱出が奇跡なのか、別の何かか。

 穢れた魔力マナの中において容易く魔法を発動出来る存在が、ご主人様の魔法を発動させたとか。

 例えばご主人様を一時的に支配下に置き、自らを媒介にして魔法を発動させたのなら──それは、支配している側の魔法となる。

 私達は魔法発動を封じられただけで、魔力マナを失った訳ではなかったのだから。

 無理矢理にでも魔力マナ取り出すことが出来れば、ご主人様の魔法を発動させることも可能なはず。

 対象でない者の魔法発動に、魔剣の力は働かないのだ。

 まるで、抜け道を無理に潜り抜けたような荒業。

 でもそうと考えれば、辻褄の合う部分は多い。

 ご主人様の昏睡に、元々の疲労と併せて無理に魔力マナを引き出された結果が結び付く。

 そんな器用な芸当が出来る存在は、恐らくあの支配の悪魔のみ。

 でも、どうやってご主人様から魔力マナを引き出したのか──疑問はあるけど、他に思い当たる存在は浮かばなかった。

 いずれにしても、私達は生命を救われたのかもしれない。これまでも因縁と絡めると、これは「大きな借り」と言う他無いわね。


「あぁ、だがしっかりと返させてもらう。こう言うのは、倍返しが原則だ」


「そして私と風音が音弥を倒す…と」


 ご主人様は頷いた。


「…そうか〜。ま、知影ちゃんも分かっているだろう。伊達にお前さんの妻だか嫁だかを名乗ってないはずだからな〜」


「あぁ、頼む。レオン」


「(む…)」


 流石は人間。変なことを言ってくれる。

 この人の妻は私だと言うのに、これまでの態度で分からないなんて鈍過ぎる。。

 と言うかご主人様も、どうして否定しないのかしら。


「私も待っているからな」


「あぁ、待っててくれ。ユリ」


「(レオンと、ユリ…ね)」


 頭の良し悪しは兎も角、レオンとユリは話の通じる人間らしい。

 言葉の隅々からご主人様への信頼が窺え、ご主人様からの信頼も厚いみたい。

 名前、ちゃんと覚えておくようにしようかしら。

 …これからは、一応お世話になるかもしれない身。最低限ご主人様の顔は立てられるようにしないと。


「……なら私が、知影の代わりにあなた達に力を貸す」


 そんな二人とは対象的に、少女が一人申し出てきた。

 和装に身を包む彼女は、確か私の魔法を一人で受け止めていた子。

 それまでは一人静かに口を噤んでいた彼女は、ご主人様の瞳を真っ直ぐ覗きながら言葉を続けた。


「副隊長の私なら問題無いはず」


 あまり抑揚の無い声だけど、確かな熱意が感じられた。

 随分と意気込んでいるのは、何故かしら。


「彼女の実力は私も保証します」


 思わぬ援護射撃が、風音から。

 そう言えば、一対一で戦っていたのよね。

 私が魔法発動に意識を向けている間に、何故か二人揃って戻って来たけど、何があったのかしら。


「…ご主人様、どうします?」


 …。色々と思うところはあるけど、私はこの人の判断に従うまで。


「そうだな…」


 ご主人様は腕組みをしながら小さく唸った。

 知影に対しては断固として拒否していた手前、申し出は嬉しいけど返答に困っている様子だ。


「良いと思うぞ」


 と思いきや、あっさりと快諾する。

 これには私も眼を丸くして驚いた。


「…橘殿。その…こう訊くのも変だとは思うのだが、あまりにも…あっさり過ぎないか? それでは知影殿が……」


 扉の外で、物音が聞こえた。

 そこに人の姿は無い。でも、気配はあった。

 どうやら知影が聞き耳を立てているらしい。

 勢い良く飛び出したは良いけど、あまり遠くには行っていなかったみたい。

 今頃期待を胸に、待ち焦がれているのね。その執念には、称賛を贈りたいものだけど──。


「いや…こう、熱視線でお願いされるとな…無下には出来ないと言うか」


「知影殿は灼熱、あるいは煉獄視線を送っていたと思うのだが…」


「あまり熱過ぎても厚かましいように思えてな」


 顔色一つ変えずに、ご主人様はあっけらかんとしていた。

 ユリの言葉にも一理ある。そこはもう少し悩む姿勢を見せるのも優しさな気がしたのだけど。

 さり気無く知影に救いの手を差し伸べていたユリは、顎が外れんばかりに愕然とする。

 どうしてそう貶すような言い方をするのか。もう少し思いやると言うか、オブラートに包んでも良かったはず。

 このあまりの言い様には、自分に対してなら喜べる私も、少しだけ呆れてしまっていた。


「橘殿…」


 扉の外の気配が離れて行く。

 窓に映った後ろ姿からは、どんよりとした悲壮感が立ち上っていた。

 不憫ね…。


「…私は、どうすれば良い?」


「副隊長には、ここの二人の手伝いをしてほしい。音弥と言う男を止めてほしいんだ」


 そんな知影を他所に、ご主人様は少女と話を進めていた。

 任されたとばかりに少女は頷き、まだ何た言いたそうに口を開き──閉じた。

 何か迷っているのか、翡翠色の瞳が僅かに伏せられる。


「…?」


 その瞳を見ていると、何故だか私は不思議な気分にさせられた。

 モヤリとした靄が思考の上辺に生じていく。

 何かしらの引っ掛かりを覚えていた。でもそれが何なのかは分からない。

 ただ彼女の瞳に惹かれるものを感じて──ぼんやりと横から見詰めていた。 

 ほんの少しだけ、誰も口を開かない時間が生じた。

 何とも言えない、奇妙な空気が立ち込める。

 やがて少女は、意を決したようにご主人様の眼を見上げた。


「…セティで良い。…他所他所しいの…あまり好きじゃないから」


「じゃあ、セティ」


「…コク。…副隊長より、そっちが良い」


 小さな頷きと共に、彼女の黒髪が揺れた。

 艷やかな黒髪だ。空気を孕んで流れていく様子に、何故だか見入ってしまう。

 好きな黒髪だと思ってしまうのは、何故かしら。

 和装の所為? でも風音の髪を見ても、特に何とも思わない。


「フィーも風音さんも、それで構わないか?」


「勿論で御座います」


「…えぇ。そうですね」


 だから、不思議が溢れてくる。

 この子…そう、セティ。セティからは何かしらな何かを感じる。

 それが何かは分からないけど、確かめないといけないような気がしていた。


「じゃ〜セティ。インカムを」


 セティが耳に着けていた小さな物体を渡され、レオンはユリと共に扉の外に出て行く。

 あれは何かしら。耳に付ける…『魔法具』かしら。


「…知影ちゃんも来たな〜? …じゃ、セイシュウ〜転送してくれ〜」


 村長の家から少し出た広場にて。

 「インカム」とやらを耳に付けたレオンの声に応じたように、一筋の光の柱が降りてきた。

 眼も眩むような光と共に、眼の前に大きな「何か」が現れる。


「(あれは確か……)」


「あれが、以前言っていた機械だ。どことなく、俺の武器と似ている気がするだろう?」


「…あれは、何と言う…機械? ですか?」


「…うーん、転送装置じゃないか? 見たところ」


「…転送…装置」


 機械…ね。

 それについては、以前ご主人様に教えてもらったことがある。

 何でも、科学の結晶…男の浪漫? やら、何やら。

 ちょっと理解に困る部分もあったから、自分でも勉強しないといけないわね。

 本当、世の中には私の知らないものが沢山あるのね……。


「しかし転送装置か…まさか、実物を見れるとは…くう…っ」


「…浪漫、感じているんですか?」


「まぁ、な。やっぱり実物を見るとな…心が躍る」


 そう話すご主人様は、瞳を爛々と輝かせていた。

 握り拳まで作って…余程興奮しているみたい。男の子ね。ふふっ。


「んじゃユリちゃん、装置の近くに寄ってくれ〜」


「了解だ」


 「転送装置」と呼ばれる機械から迫り出した操作盤に、レオンは何かしらの操作をしている。

 指の動きに合わせて光が走る。まるで鍵盤を奏でているように軽やかな指捌きだ。


「(意外と、指先が器用なのね。…意外と)」


 一通りの操作を終えたらしいレオンは、インカムを外した。


「セティちゃん、返すぞ〜」


 それをそのままセティに投げ渡すと、共に帰還する二人に視線を向けた。


「そろり…そろり……」


 知影が装置から距離を取ろうとしていたのは、その時だった。


「お〜し。知影ちゃんは、装置から離れるなよ〜」


 当然、見咎められた。

 

「はい…」


 塩らしい返事を返す知影は、身を翻した。

 装置と向き合ったのは良いけど、なおも器用に離れて行く。

 普通に歩いているように見えて、重心を移動させながら綺麗に後ろ歩きをしていた。


「知影殿…」


 今度はユリが注意する。


「そ、装置が…ソウチガハナレテ…」


 往生際の悪い知影は、それでも止まらない。


「ユリちゃん」


「…仕方あるまい」


 見かねたユリが、知影の背後に立った。

 そのまま彼女の両腕に自らの腕を掛け、羽交い締めの体勢になる。


「や、やめて…! は、な、し、て!!」


「知影殿、もう諦めるんだ」


「諦めるのを諦めたッ!」


「一度は納得した素振りをしていたではないか…! 見苦しいだけだぞ」


「うぅ…見苦しくても…私は弓弦と、弓弦とぉぉ…っっ!!」


 三人を中心に魔力マナが渦を作り、機械が明滅し始めた。

 知影とユリによる泥仕合が繰り広げられる中、足下に広がる魔法陣に私は眼を凝らした。


「(…妖精の瞳(セイクレッド・ロウ))」


 陣を形成する魔力マナの情報を読み取っていく。

 魔力マナの光は文字となり、私に情報を与えた。


「(転移術式…)」


 術式を起動させると、決められた場所に転移させる効力があるみたい。

 そう…これもまた『魔法具』の一種なのね。

 随分大掛かりだけど、とても良く改良が加えられている。

 それこそ、認証さえ出来れば魔力マナを扱えない存在でも使用出来るようになっている。


「機械って…凄いですね」


「機械、科学…形は違うけど、俺の居た世界では魔法と呼べなくもない部分はあったな」


「ふふっ、そうなんですか?」


「あぁ。例えば、光から電気を生み出したりなんか出来たな」


 ご主人様が、少しだけ元居た世界のことを話してくれた。

 その世界では、電気が生活に欠かせないものだった。だから様々な自然の力を電気の力に変えて、日々の生活に役立てていたのだとか。

 光の力、火の力、水の力、風の力でさえ彼の世界では、電気──雷の力に変換出来ていた。

 まるで魔法みたいな力。だけどご主人様の世界で、魔法を使える者は居ないらしい。


「光から雷…誰も魔法を使えない世界で、魔力マナを一切用いることなくそんなことが」


「…使えないから、だろうな。だからどうにか工夫を凝らして、形にしたんだろう」


 誰も使えないから、科学と言う分野が発展していった。

 懐かしそうに話すご主人様の言葉に、何故だか私も懐かしさを感じていた。

 こうして二人並んで、染み染みと語り合う。『カリエンテ』でも、『ジャポン』でも。彼と出会ってから何度も経験したはずなのに。

 今こうして話せていることに、懐かしさと嬉しさを感じる。

 きっとそれは、彼を失うかもしれない恐怖を味わったからだ。


「ふふっ。とても勉強になります」


「…そんな大したことは言っていないんだがな」


 だからこんなにも──私は愛おしさを覚えていた。

 幸せを噛み締めながら、頬を赤くしていた。


「終わったら何でも言うことを聞いてやるって橘殿は言ってたぞ!!」


 一方でご主人様は、ユリの言葉によって瞬く間に青褪めていた。


「おい! そんなことは言ってないぞ!!」


 静止する知影。

 大人しくユリに引き擦られる彼女の瞳が、


「ん?」


 鋭い光を放ちながらご主人様を見詰める。


「ッ!?」


 蛇に睨まれたかえるのように固まったご主人様は、息を詰まらせて咳き込んだ。

 否定したところで、聞き入れてもらえない。寂し気な横顔からは、諦めの心情が見て取れた。

 

「…じゃ、待っとるぞ〜?」


「…早めに、な?」


「…絶対に帰ってきてね! 色々話したいこともあるから…ふふふ」


 それぞれの別れの言葉と共に消える三人を見送ってから、私達は家の中に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ