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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
62/411

交わる道、交わる意地

「ゆづ──」


 未だ魔法に捕まっているために動けない私は、彼を呼ぼうとした。

 だけどそれよりも早く、


「その声は…っっ!!!!」


 何故かは知らないけど、美女が歓喜の声を上げていた。

 両指を組んで花のような笑顔を浮かべる姿は、まるで願い事が叶ったかのよう。

 あれだけ苦労させられた隕石の魔法は、跡形も無く霧散。

 そうだよね。術者なんだから、発動解除も出来ちゃうよね。

 魔法解除は出来ると言う見込みは的中したけど、不服に思える部分が多々ある。


「…随分派手にドンパチしたもんだ。おちおち寝てもいられない」


 空を覆っていた隕石が消え、頭上には青空が広がっていた。

 木々から覗く晴れ間の下、声の主の姿が顕になる。

 彼が──橘 弓弦が、頭上を見上げながら歩いていた。

 幻ではない。眠たそうな顔で、ワシワシと髪を掻いている締まりのない様子が、何とも彼らしい。


「そりゃお前〜…悪魔を討ったとか言う賢人の片割れ本人と戦ってたんだぞ? 俺達だって、必死だったんだ…」


「……まるでタイミングを見計らったような登場だな…」


「……遅い」


 そのマイペースな姿には、戦いの最中であったにもかかわらず、誰もが安堵の表情を浮かべていた。

 皆の明るい表情…うん、私の見間違えじゃないんだよね…?

 私だけに見える幻じゃないんだよね…!!


「やっと…会えたね…!」


 本当に困った時に現れる。

 まるでヒーローのような登場に、私は心躍った。

 魔法の効力が失われたのか、拘束も解かれた。

 自由になった手足の感覚を確かめ、私は一歩進み出た。

 今すぐ側に行きたい。飛び付きたい。

 歩みは駆け出しになり、私は一目散に弓弦の下へ──!


「「ご主人様ぁっ!!」」


──ザザザッ!!


 向かう途中でヘッドスライディング。


「えー」


 はい、アウトー。


「ど、どうしたのだ知影殿!?」


 そんな感動の再会の雰囲気を台無しにしてくれたのは、先程まで私達と対峙していた二人。

 私達と相対していた時には、冷酷と評して良い程の態度を取っていたのに。それがあんな、主人に付き従う従者みたいな素振り見せちゃって。

 ねぇねぇあなた方、裏表激し過ぎません?

 ご主人様…へぇ…。ご主人様…ねぇ……?


「あー…うん…何となく…甲子園目指したくなった」


 砂埃を払いながら、私は立ち上がった。

 思いの丈を全て感情に込めて、弓弦を見詰めながら。


「…色々ツッコミを入れたい部分はあるが…心配を掛けたな」


 弓弦君は美女の頭を、とても慣れた様子で撫でていた。

 金糸のような髪に指を滑り込ませ、「よしよし」と言わんばかりに。

 何、あれ。

 何はともあれの略じゃない。

 …何? あれ…!


「ぅぉ…」


「どうかしたのか、隊長殿」


「いや…急に背筋が寒く…頭がクラクラと……」


「…あぁ。少し離れていた方が良いだろう…」


「…そうさせてもらうわ〜…」


 私が居ること、気付いているでしょ!?

 なのに……ぁ、あんな……っ!!


「風音さんも」


「クス…良う御座いました…本当に」


 風音も労われたのが嬉しいのか、嬉しそうに微笑んでいた。

 ただ問題は──あの美女。


「わん…♪」


 髪を撫でられて、この反応。

 くすぐったそうに、幸せそうに。

 って言うか、何? 頭撫でられてわん!? 犬なのあの人!?

 キャラの崩壊が半端無くない!?


「…風音? 何故あなたが、私のご主人様のことを“ご主人様”と呼ぶのかしら?」


 …んん? 今、何て言った?


「……つられる形で咄嗟に出てしまった言葉です。気にしないで下さい」


 何か、仲良さそうにやってるけど。


「はは、呼びたければ呼べば良いぞ、もうこいつで慣れてるから」


 慣れてる? んんん?


「あれれー? おかしいなー」


 謎が深まっていく。解けていかない、深まっていく。


「…どうしたの知影殿、変に高い声を上げて」


 何故か離れた所で放心している隊長さんを残して、ユリちゃんが私の方に来た。

 ジト眼という表現が良く似合う視線だ。まるで人を変人みたいな扱いをしてくれるけど、失礼しちゃう。


「あーうん。何か名探偵になりたくなってさ」


 皆だってあるよね。名探偵になりたくなること。


「…隊長殿ではないが、さっぱり分からんぞ」


 ユリちゃんの思考は迷宮入りしたみたいだ。

 首を傾げながらセティを側に呼び寄せると、治療魔法を掛け始めた。


「…で、何だこの状況は? 本気の殺し合いをしていたみたいだが」


 仄かに赤面する女性達を控えさせながら、弓弦君は私達に視線を向けてきた。

 何だか暫く見ない内に、ずっと逞しくなったみたい。隊員服の上に羽織った装束から覗く肢体が、前よりも引き締まっている。

 私も少しは強くなったと思う。だけど、弓弦君はもっと強くなっている。

 何だか少しだけ、悔しいかも。でもそれ以上に、嬉しい。

 はぁぁぁ…あの逞しい腕に抱かれたい…っ。


「はぁ…はぁ…」


 渡しは思わず息を荒くしてしまう。

 正直言って、興奮していた。


「…なんでこうなっているんだか」


 弓弦君はそんな私や他の皆を一瞥してから、困ったように溜息を吐いた。


「…二人共。後で事情聴取だからな」


「「…はい」」


 肩を落とした二人の間を抜けてると、ようやく私達の方へと足を向けた。

 一歩、また一歩と距離が近付く度に、私の心は踊る。


「さて、と。久し振り…になるのか? 知影さん、レオン、ユリ。…君の名前は?」


 やっと私達の下へと来てくれた弓弦君は、第一声と共にセティの顔を見詰める。


「(そこは私にハグとか、キスじゃないの?)」


 ほら、一応私…元の世界で付き合ってた…みたいな、関係だったし? 身体だって交わったんだよ!?

 それなのに、他の人から相手する。思うところはあったけど、今の私はそれなりに気分が良かった。

 海のように広い心で、喉元まで上ってきた要求を飲み込んだ。


「…セティ。セリスティーナ・シェロック」


 セティは小さな声で、短めの自己紹介をした。

 翡翠色の瞳が、彼をじっと見詰め返している。


「……セティ…? あぁ副隊長か、よろしく。俺は…」


「橘 弓弦」


「…知ってくれていたのか。何だか嬉しいな」


「…副隊長として、当然」


「ははっ…だとしても嬉しいものは嬉しいさ。ありがとな」


 セティは何とも言えない顔で、背中を向けた弓弦君を見詰めていた。

 名前を知っていただけで感謝されるとは思っていなかったみたい。

 あ〜あ、爽やかに言ってくれちゃって。…いや、カッコ良いんだけどさ。


「…フィー、この四人は俺の探していた仲間達だ。立ち話もアレだろうし、どこか落ち着ける場所は無いか?」


 「そうね…」と、美女は小さく唸ってから、離れた所に佇む廃屋を指した。


「…村長の家でしたら丁度良いと思いますよ」


 後ろの家じゃないんかい──とは思ったけど、広い家を指定したのだろう。

 指定された家は、周りのものと比べると一回りは大きかった。

 あ〜あ、言いたかったなぁ。「ここがあの女のハウスね!」って。


「良し、じゃあひとまずあの家に向かおう。フィーも、風音さんも…それで良いよな?」


「えぇ」「はい」


 弓弦君の背後に控えるようにして並んだ二人を見て、私は釈然としない気持ちに駆られていた。


「「……」」


 隊長さんやユリちゃんも、似たようなことを考えていたのだろう。

 私と眼が合うと、どこか二人の美女を見定めているような視線を外した。


「…橘殿と合流したのに、どこか浮かない顔をしているな」


「あれだけ待ち焦がれていたのにな〜。混ざってきても良いんだぞ〜?」


「…少し、考え事をしてました」


「「……」」


「(何…あのフィーナとか、風音とか言う女は…)」


 弓弦君が来てから態度をガラリと変えたけども、大勢の人を顔一つ変えずに殺したことを忘れる訳はいかない。

 上辻さんや、名を知らない多くの人達は、あの二人に命を奪われたんだ。弓弦君は信頼を寄せているようだけど…。


「……」


 ──あ、今フィーナとか言う女に軽く睨まれた気がする!

 そうか、そう言うことか。分かった。ピンときた。


「…っ、目眩が……」


「…た、隊長殿…っ」


「…レオン、大丈夫…?」


 ──そうだよ、弓弦君はあの女達に騙されてるんだ。

 弓弦君は真面目で優しいから、すぐ女狐に付け込まれちゃう。

 それが彼の長所であり、最大の短所。

 だから、守ってあげないと。

 私が弓弦君の眼を覚まさせないといけない…ふふふふふ……。


* * *


「…ご主人様、あの弓を持っている人間の女性が、以前お話しになった知影さんですか?」


 私の心は、跳ねるように踊っていた。

 だって、この人が…ユヅルが眼を覚ましてくれたのよ? 嬉しい…本当に嬉しい。

 一時はどうなることか思ったけど…本当に良かった。


「あぁ。俺の…大切な人だ」


 ……。


「…そう、ですか…」


 大切な人。大切な人、ねぇ…。ふぅん。


「あ、勿論フィーも風音さんも、俺にとっては大切な人だからな?」


「ありがとう御座います♪」


「……」


 付け加えるように言われても、全然フォローになっていないわよ…もぅっ。

 一応私達…『契り』を交わした間柄なのに。一括されると…って、何考えているのかしら、私。

 この人が朴念仁なのは、今に始まったことじゃないものね…。


「…弓弦様、これからはあの方々と共に行動されますか?」


 風音の質問に、ご主人様は首を傾げた。

 こう言う質問には少し考えるのね、ふぅん。不思議な人。

 不思議と言えば…風音が何を考えているのかも不思議だわ。

 風音はどうして、ここまで私達に協力してくれるのかしら。

 急な「ご主人様」呼びにまさかと思ったけど。あなたも…そうなのかしら?

 …いやまさか、考え過ぎね。あの知影って言う人の登場で、ちょっと過敏になっているのかもしれない。


「(そう…まさかね)」


「…それは…取り敢えず落ち着いてからにしよう」


 そして、村長の家へと到着した。

 代々この村を収める『ブリュー家』の邸宅。村で一番大きな家だから使わせてもらおうとしているのだけど、最後の家主が聞いたら激怒しそうね。


「何か…勝手に上がって悪い気がするな」


「良いんです。ご主人様にも迷惑を掛けた人の家なので」


「…? あぁ…って、アイツ村長だったのか?」


「彼は村長の孫。村長ではありません」


 そう、この家はケルヴィンの家。

 時々来る機会があったから、この村の中でも割と馴染みの家だ。

 入口に掛けられている魔法の鍵の解除方法も知っていたし、私にとっては祖父母の家と言う表現が一番近いのかもしれない。


「いずれは村の長になる男…か、道理で態度が大きかった訳だ」


「村長、彼を相当甘やかしていましたから。俗に言う、祖父馬鹿ね」


「そうなのか。孫をる溺愛する祖父母ってのは、人間でもハイエルフでも共通だなぁ」


 ユヅルは染み染みとそんなことを言っていた。

 だけど、ふと気付いたように横眼で私を見る。


「何か、随分フランクに言うんだな」


「あら、そうですか?」


 特に意識もしないで話していたから、私は少し面食らってしまった。

 そんな気になるような言い方をしていたのかしら。

 少しだけ自分の中で考えてみて、思い至ることがあった。


「…でもそうかも」


「?」


「私にとっては村長と言うよりも、旅の仲間って印象が強かったから」


 ケルヴィンの祖父を入れた四人の仲間達と、私は旅をしていたことがある。

 それはご主人様と出会うよりも前のこと。この村を後にして、北の王国へと向かって──決しては長くはない旅路だったけど、忘れ得ぬ日々だ。


「そうか…」


 そう言えば、この人にはあまり話していないわね。

 話す機会も無かったし、それ以外に話したいことが沢山あったから。


「ふふっ。いつか話してあげるわ。読み聞かせ代わりにどうですか?」


「…俺は子どもか」 


 少しだけむくれるご主人様。

 別に子ども扱いするつもりではなかったけど、拗ねているところが少しだけ子どもっぽい。

 本人は怒るかもしれないけど、頭を撫でたくなってしまった。

 人眼もあるし、自重はするけども。


「でも…満更じゃない顔をしてますね」


「…ま、今度な」


 何気無い話をしながら、私は風の魔力マナに働き掛けて、辺りの埃を吹き飛ばす。

 魔法とまではいかない、手品みたいなもの。一部屋分の埃を出してから、私達は応接用の椅子に座った。

 そうそう、ここに着くまで私の隣に座っているご主人様から短く説教をされたの。

 無我夢中で戦っていたから気付かなかったのだけど、私はどうやら危険な魔法の使い方をしていたみたい。

 その行為と言うのが複数魔法の『二種同時発動デュアルキャスト』だった。

 いくら魔法の扱いに慣れていても、過剰に連発すると体内の魔力マナのバランスを損なってしまう。私も、知識としてはあるものだった。

 そのことをご主人様が知っていることに驚いたけど、勉強家な人だから。私が知らない間に書物でも読んでいたのね。

 曰く、「あまり無理しないでくれ」。指で額を、ツンと押されたわ。

 …えぇ、嬉しかったわ。言葉も、指ツンも。

 どうして嬉しかったのだって? …だって…えっと…そう、やっと眼を覚ましてくれたのよ? そんなに時間経ってはいないけど、本当に心配したんだから。


「適当な所に座って」


 程無くして姿を見せた人間達が向かい側の椅子に座り、対面した状態になる。

 人間の男から話し掛けられるのには、あまり良い気はしなかったのだけど──一番事情を知っているのは私だから。私が彼等の問い掛けに答えることになった。

 開口一番の疑問は、私達がどうして人間と敵対しているのか、どうして大勢の人間を殺めたのか──そう言った類のものだった。


「言っておくけど、先に手を出したのはあなた達…人間よ。私と彼は…ただ、観光に訪れていただけ」


 元々私達の行動目的は、世界観光。

 行く先々で、騒動に巻き込まれていただけでしかない。

 そのことを前置きした上で話を進めると、三人共がどこか納得したように耳を傾けてくれた。


「そうだな。ま、他にも理由はあったが」


 ご主人様は知影を見た。

 自分達の故郷に似た国があるのなら、そこが合流地点になり易い──東の国を訪れたのは、そう言った理由があったから。

 結果は目論見通りになったけど、色々と副産物が多くなってしまったわね。


「あなた達は、まるで自分達が正しいように思っていたのかもしれないけど。実際は真逆…。私達は本当の意味で自分達の身を、この森を守ろうとしていただけなのよ」


 一通り話し終え、私は一息吐いた。

 向かいに座る男に両隣の二人が説明しているみたいだけど、何を話しているのか耳に入ってこなかった。

 特に気にしている訳ではないけど、話すことは話した。そう多くのことを語った訳ではないのだけど、戦闘の分も併せて疲労を感じていた。

 

「…?」


 身体が癒やしを求めたのか、右手の指先が左隣に座るご主人様の膝に触れていた。

 反射的に伸ばしてしまったのだ。だけど触れてしまうと、もっと触れていたくなってしまう。


「‘駄目…ですか?’」


 ご主人様は何も言わなかった。

 その代わりとばかりに、左膝を少しだけ私の方へと寄せてくれる。

 それが答えだった。

 でもそんなことをされると、


──サワサワ…。


 思わず撫でたくなってしまう自分の衝動に、抗えなくなってしまった。


「…!」


 ご主人様の眉がピクリと動く。


──サワサワ…。


「……」


 視線が鋭くなる。


──サワサワ…。


「…………」


 一瞬の鋭い視線が、私を心地良く射抜いた。


「‘……んっ’」


 何故かしら。そんなに大したやり取りをしていないのに、満たされた感覚だわ。

 疲労も少しだけ和らいだみたい…あっ、膝が逃げた。


「……」


 「何か文句があるのか」、とでも言いた気な心地良い視線が注がれる。


「(あります。…退けないで)」


「……」


 「ならサワサワするな、くすぐったい」、とでも言いた気な心地良い視線が注がれる。


「(…良いじゃないですか、別に)」


「……」


 途切れ途切れに注がれていた心地良い視線が、とうとう途切れなくなった。


「じー」


 そんなご主人様にも、抗議のような視線が知影から注がれていた。


「ん゛んっ」


 それに気付いたのか、ご主人様は咳払いと共に居住まいを正してしまう。

 私に注がれていた視線も完全に途切れてしまったことが、残念でならない。


「…つまりこう言うことか〜?」


 そうしている間に、向こうの理解が追い付いたみたい。

 両隣の二人は兎も角、男の方はかなり頭が弱いわね。

 大の人間の男で、頭が弱いって…困ったものね。腕っ節は強いみたいだけど。


「兵士達が持っていた剣には、ここに突入した兵士達を徐々に魔物化させる効果があった。それを防ぐために、即死魔法を使ったと」


 確かに眼の前で、あれだけの同族が殺されたら納得が出来ないと言うのは分かる。


「そうです。ですからせめて…人で在る前に、私共わたくしどもが黄泉路に送らせて頂いたと…言うことで御座います」


「…それを俺達が信じると思うか〜?」


 不可抗力だと、私の後を引き継ぐようにして話した風音に男の探るような視線が突き刺さる。

 逆の立場になれば、私だって納得出来ない。けど、そうするしかなかった。

 森に死人の血を吸わせたくなかったし、生者から死者等、陽から陰に転じようとしている存在には即死魔法が通じ易い。

 千人以上にも及ぶ一発必中の背景には、そんな絡繰からくりがあった。同時にその事実は、彼等に呪いの剣を持たせた存在に対する嫌悪感へと繋がった。

 私達を冷血とするのなら、この騒動の裏で糸を引いている存在の方が余程無慈悲だ。


「納得して頂けないのであれば…。申し訳ありませんが、話し合いはここまでです」


 男は唸るようにして眉を顰めた。

 気分を害したと言うよりは、内容を咀嚼しているようだった。


「…ま~事実だとして〜、俺達を殺そうとした理由…は良いか。んじゃ弓弦、『アークドラグノフ』に帰還するつもりはあるか?」


「えっ、隊長さん、それって……」


 眼の前の男が、恐るべきことを言う。

 帰還…と言うことは、この世界を後にすると言うこと。

 私は思わず、顔ごとご主人様を見た。

 きっと、不安そうな顔をしていたんだと思う。夜空のような左眼が、私を一瞬映したような気がした。


「俺は…まだ帰れないな。ここに居るフィーと、風音さんと一緒に、決着を付けなければならない奴が居るからな」


「え、えぇぇぇぇぇっ!?!?」


 知影が天と地をひっくり返したような声を上げた。

 まるで、ご主人様がこの世界を離れることを信じて疑っていなかったように。

 そう考えてみると、男の質問は滞在と帰還のどちらも認めると言った旨に聞こえなくもない。どちらかと言えば、滞在の方に重きを置いているように感じる。まるで、ご主人様の返答を見越していたかのように。


「(…偶然にしろ、意外と気遣いは出来る人なのかもしれないわね)」


 頭は弱いけど。


「そうか〜、因みにどんな奴だ〜? 何なら、俺達も…」


「いや、これは俺達でケリを付けないもいけない問題だ。『アークドラグノフ』に戻れるのなら…四人共疲れているみたいだし、先に帰還していてくれないか?」


「弓弦君…!」


 知影が胸を撫で下ろしていた。

 リアクションの激しい子ね。

 

「決着を付けなければならない奴等と言うのは……」


 ご主人様が私と風音を交互に見る。

 私達がそれぞれ頷くと、真剣な面持ちで答えた。


「音弥と言う男と…バアゼル」


「「バアゼル…!」…って何だ?」


 ズコッと椅子から転げ落ちそうになる、異口同音に鸚鵡おうむ返しした右隣に座る桃髪の女性。

 机を差支えに何とか踏み留まり、小さく咳払いした。


「支配を司る悪魔だぞ、隊長殿。…『リスクX』の名前ぐらい知っていてくれ……」


「そうかそうか〜。…支配魔法?」


「そこからなのか、隊長殿…っ!」


「あ、あはは……」


「…レオン…流石に勉強不足」


「(……まるで寸劇ね)」


 両隣の二人は兎も角、一番年下に見える子に指摘されるって…。呆れるしかない。

 こんな人を上に持つ部下の苦労が偲ばれるわ。

 

「…隊長殿。支配属性とは、文字通り事象を支配する属性だ。精神操作に始まり、魔法の発動権すら奪う。…強靭な精神力でなければ操り人形にされてしまう危険な属性だ」


「ほ〜、そいつは危険だな〜」


「…うむ、危険だ」


「(…何なの、この人達は……)」

 

 たかが悪魔の名前一つで、よくも騒がしく出来るものね。

 「面白いだろ」と言いた気なご主人様の視線に、私は溜息で返した。


「…じー」


 …後あの知影という女性は、一体何を思って私と風音を睨み付けているのか…よく分からない。

 まるで威嚇されている気分になるので、視界の外に追いやった。


「【リスクX】…バアゼル…そうか〜。そんな危険な存在がこの世界に居たのか。…勝算はあるのか〜?」


「ある」


 ご主人様は、強い語気で断言した。


「寧ろ…負ける訳がないな」


 確固たる自信に基づく言葉に、私は呆れていた気分がすくような感覚を覚えた。


「ふふ…」


 素敵なご主人様を持てたことに、幸せを感じた瞬間だった。


「自信があるのは良いが…。奴の支配魔法をどうにかせねば…」


「フィーも風音さんも…奴の支配魔法に負ける程、弱い心の持ち主じゃないからな」


「……」


 少しだけ、耳の痛い話ね。

 例え心が強くても、悪魔の手は巧妙に忍び寄ってくる。

 支配魔法に負けない。口で言うのは簡単だけど…。


「だが橘殿……」


「…奴が待っているんだ。…“あの場所”で、俺を」


 優しい微笑みで見詰められ、桃髪の女性はそれ以上の言葉を言えなかった。

 バアゼルが待つ場所を、何故ご主人様が知っているのか。

 その話はご褒…コホン、説教が終わった時に、ついでとばかりに伝えられている。

 “あの場所”と聞いた私は、中々粋な場所を選ぶと思った。

 「決戦を行うのに、相応しい場所だ」──そう言ってご主人様は、笑っていた。

 その瞳の奥に、隠し切れない闘志を燃やして。


「だからレオン達には、先に帰還していてほしいんだ。…俺も──」


 再度帰還要請を伝える最中、言葉を切ったご主人様は私と風音を見た。

 私達の意思を問うように、左右で色の違う瞳が語り掛けてくる。

 ご主人様は、彼等に付いて行くつもりだ。

 全ての因縁にケリを付けてから、この世界を発つ──そんなことは、元から十分に予想出来ていた。


「(私は……)」


 答えは出ている。

 わざわざ訊いてくれるまでもないことだった。

 私は自分の居場所を、ご主人様の隣に見出している。それは世界が変わろうと、どれ程の時間が流れても──変わらない。

 だけど分かり切ったことでもしっかりと確認してくれることは、この人なりの優しさなのだ。

 だから私は、心からの気持ちを込めて答えてあげよう。


「どこまでも、共に」「御供します」


 風音も似たような言葉を口にしていた。

 少しだけ驚いた。でも、同じだけ納得した。

 彼女もきっと、自分の居場所を見出しているのだ。

 何を、どこまで考えているかは分からないけど──。


「そうか」


 私達の返事を受けたご主人様は、僅かに頬を緩ませた。

 自分はどうしても、この世界を発つ必要がある。だから付いて来なければそれで、構わない──なんてことを、頭では考える人だけど…やっぱり付いて来てほしいみたい。

 以前チラリと零していたことがあるけど、温かな家庭で育ったあの人は、人との繋がりをとても大切にする人。

 強がりばかり口にする人だけど、心根はとても寂しがり屋なのだ。


「俺達も、全てが終わってから追い掛ける」


 俺“達”の中には、私と風音が含まれている。

 不思議と一体感を感じて、私は小さく笑った。


「(何だか懐かしい……)」


 昔一緒に旅した仲間達の顔が、浮かんでは消えた。

 この家に居る所為もあるのだろう。今日は昔のことをよく思い出す一日だった。


「…三人共、異論は無いか〜?」


 頷く桃髪の女性(名前は何て言うのかしら)と、少女。

 しかしその中で一人、


「異議あり!!」


 知影が高々と抗議の声を上げていた。

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