迫り来る絶望、忍び寄る希望
私達は、一様に息を呑んでいた。
「何だこんなの…アリかっ!?」
「……………ッ!!!!」
「…嘘…ぉっ」
空から迫るのは、落ちるだけでこの大陸を消し飛ばしてしまうような巨大隕石。
隊長さんは剣を支えに立ち上がろうとするけど、余波で体勢を崩してしまう。
ユリちゃんも胸元から秘蔵の銃弾を取り出そうとするけど、魔法によって遅延されていて、到底間に合うものではない。
私も…動けない。動けたとしても、弓じゃ隕石を砕けるはずがない。
「嫌だよ…? …こんな終わり…」
もう、魔法の発動は止められないのだろうか。
「(何か、何か方法は…!)」
周囲を探す。
状況を打開する策を懸命に絞り出していると、こちらに向かって来る人の姿が見えた。
「フィーナ様、あの魔法は一体…!」
セティと戦っていたはずの風音が、血相を変えながら戻って来た。
傷は見受けられないところを見ると…どうしても最悪の予想が浮かんでしまう。
彼女と戦っていたはずのセティは──。
「…皆…っ!」
風音の後に続いて姿を見せた。
足を引き摺りながら、小走りで私達の下へと寄って来る。
着ている着物は煤や傷だらけだし、顔には疲労の色が濃く現れている。
相応の激闘を繰り広げたんだと分かるけど、どうしてあの女性と一緒に…?
「セティちゃん!」
「セ…テ…ィ…ど…の…っ」
疑問はあったけど、無事な姿を見れて安心した。
これで──全滅は避けられる。
「セティちゃん、お前さんだけでも逃げるんだ〜!!」
「レオン…でも……」
「時間が無い! 早く!!」
「セティ!」
こうしている間にも隕石が迫っている。
少しでも遠くに逃れれば、助かる可能性は上がるはず。
「皆……」
セティは困惑したように私達の顔を見──やがて決心を固めたように空を仰いだ。
「ごめん」
刀に手を添え、静かに構えを作りながら瞑目する。
「お前さんまさか…斬るつもりか…?」
「…コク」
セティの刀に、光が集まっていく。
何だか分からないけど、力を溜めているのが分かる。
セティ、本当に隕石を斬るつもりなんだ。
でも、風音は今何をしているの…?
「フィーナ様が発動されたのですか…?」
視線を遣ると、何言かやり取りをしているようだった。
「大丈夫よ風音。人間を排除するだけよ。私の命に代えても、絶対に、“あの人”の下には行かせない。…絶対に、手に掛けさせないわ…ッ」
「十分で御座います…! もう彼方の方々に抵抗する力は残っていません。…無益な殺生は、“あの方”が悲しまれるかと……」
あの口振り…まさか、説得してくれているのだろうか。
けれども魔法は中断されない。
隕石は無情にも迫ってくる。
「…益ならあるわ。…平穏が守られるのだから」
「──それが御意思なのならば」
まだ何か言いたそうではあったけど、風音は静かに美女の背後に控えた。
まさかあそこが…範囲外なの…かな…。
だとしても、遠い…!!
「ぐ…っ」
唸るような音を上げながら、隕石が迫る。
近くで見れば見る程、その質量の重さが窺える。
衝突すれば、この地域一帯が更地になってしまうような東京ドーム半分ぐらいのサイズ。
時間がもう無い──!
「…セティちゃん、いけるか?」
「…まだ。…思ったよりも魔力が集まっていない…。私が放つより…向こうの到達の方が早い…っ!」
セティが悔し気に表情を歪めている。
先程よりも強くなった刀の輝きは、まだ目標には程遠いらしい。
でもその時間が無い。
「っ!?」
ここでようやくユリちゃんの動きが元に戻った。
素早く胸元から取り出していた銃弾を装填するけど、すぐに舌打ちをした。
「ユリちゃん!」
「…距離が近い! 私達もただでは済まんぞ!」
戦略兵器と呼ばれるからには、相応の威力があると思うけど──巻き込まれたら本末転倒。結局全滅は免れられない。
もう少し魔法の失効が早ければと思ったけど、今さら仕方が無い。
別の手は──!?
「そうだ、狙撃であの人を倒せない!?」
「ユリちゃん、術者を狙えるか!!」
「駄目だ、彼女の足下に生えた草の揺れ方からして、周囲に“エアバリアー”が張られている! 飛び道具は届かんぞ!」
私は美女の足下を見た。
確かに、生えている草花が一斉にこちら側に向かって傾いている。
まるで、風に当てられているかのように。
「“エアバリアー”って何ですか!?」
「自分の周囲に追い風を吹かせるような魔法だ! …クソ、本当に張られているじゃねぇか…!」
遠距離武器を弾く、向かい風。
風属性らしい魔法だ。弓弦の知識にも、似たような魔法が登場した作品はあるけど──実際に相手取ると、ここまで厄介な魔法だなんて。
遠距離攻撃以外の攻撃手段を奪ってから、自分に遠距離攻撃専用の防御魔法を掛ける。
定石だ。でもだからこそ、一番効果的。
でも──!
「じゃあその魔法さえ突破出来れば…!」
「いや、仮に狙撃出来たとしても…もう一人が弾く可能性がある!」
「通常弾なら、でしょ!? 何か特殊弾倉無いの!? 炸裂弾とか!!」
「…持ってはいる! だが全ての条件をクリアして狙撃をしても、制御を失った魔法が無差別破壊を引き起こすぞ!!」
「それも駄目なの!?」
「規格外の魔法だが、制御は的確にされているだろう! これまでの魔法と同様にな! だが、一度制御を離れてしまえば…!!」
弾かれることを見越して、爆発する銃弾を見舞う。
だけど目くらましで美女の制御が狂えば、辺り一面に破滅が訪れる。
良い案だと思ったのに──!
「隕石そのものを止めないことには、どうにもならんってことか……!」
「結局、それしかないのかな……っ」
もう防ぐ手立ては無いと言うこと?
だけど、だけど──!!
「こうなりゃ…ありったけの一撃を隕石に見舞うか…!」
「だが一点突破でも、砕けるか…!?」
「細かいことは分からん! だが少しでも良い、落下の衝撃を抑えられれば──!」
「セティ殿に時間を作れる…と言うことか! うむ…やるしかあるまいッ!!」
銃弾を装填するユリちゃんと、魔力を高めている隊長さんの話に耳を傾けながら、私は思考をフル回転させる。
手も足も封じられた状態だけど、知恵は振り絞れるんだ。
絶対に諦めない。絶対弓弦に会う。だから──!!
「…っ!」
防ぐ手立ては無い? そんなはずはない!
絶対に何かある。
打開策。相手にとって痛恨の一手。
それは基本的に、不測の事態を引き起こすことから始まる。
どうすればあの美女を困らせられるのか。
私達に出来ること、本当に無い?
この場に存在している要素。考えろ、考えろ、考えろ──!
私の知識と弓弦の知識、そのどちらかに、何かが──!!
「──!」
私の中に、稲妻が走った。
──そうだ。一つだけ、一つだけ方法があるかもしれない。
「待ってくださいッ!!!!」
私は一喝するようにして、二人の行動を制した。
今正に行動を起こそうとしていた二人の視線が、私に集まる。
一刻を争う状態だ。私はすかさず、閃いた行動が実践出来るかどうかを訊いていた。
「隊長さんはあの空気砲みたいな魔法、使えますよね!?」
「お、お〜! 何をするつもりなんだ〜?」
「良いから詠唱! 術者に向けた状態で詠唱待機してください!!」
隊長さんは、どこか理解しかねている様子で詠唱を始める。
『かつては真夏の自由研究、今では立派な攻撃魔法……』
向かい風に対する、考え得る限りの手段。この手しか無い。
死なば諸共、それでも結構。
賭けられるのなら、賭けてみる!
「ユリちゃん! やっぱり炸裂弾で狙撃して!!」
「向かい風を穿つは追い風か!! …だが知影殿」
「装填! 照準ッ!! 待機ッ!!!」
「う、うむ!」
隕石が迫る。
もう3メートルぐらいの木の高さに到達しようとしており、いよいよ免れられない死が間近に来ている。
『そうして僕等は大人になる…!!』
チャンスは一回。だけど私はユリちゃんの狙撃の腕を信じてる。
向かい風を突き抜ける追い風に乗って、美女の身体を撃ち抜けることを。
「いつでも撃てるぞ〜!」
隊長さんの変な詠唱が終わった!
「ユリちゃんは!?」
「いつでもいけるぞ!」
ユリちゃんも既に照準を合わせている。
これで、いける──!!
「隊長さんはスリーカウントで撃ってください! ユリちゃんはそこからワンテンポ遅れる形で、隊長さんの風に乗せる形で狙撃して!!」
「「了解だ(〜)!!」」
私は肺一杯に息を吸い込んだ。
準備は出来た。
倒せるか、あるいは制御を狂わせるだけに過ぎないのか。
この先は分からない。あの謎の映像も見えない。
でもやるしかなければ、後は実行するだけ!!
策の成功を願い、号令を発する!
「三、二、一ッ!!」
「“エアバズーカ”ッ!!」
隊長さんの前に展開した魔法陣から美女に向けて、圧縮された空気弾が放たれる!
草の根を掻き分けながら、凄まじい風圧が美女へと向かう!
「そこだッ!!」
ユリちゃんの狙撃が、後に続く。
風の道を滑りながら、一直線に。
「(いって…ッ!!)」
最初に、向かい風と追い風が衝突した。
飛び道具を阻む風の障壁は、全体を見れば強固なものかもしれない。でも、一点突破は出来るはず。
例え風穴は空けられなくても、僅かにでも向かい風が止めば──!
「まさか…!?」
美女の表情に、僅かながら驚愕の色が宿った。
風の障壁を突き抜けるようにして、ユリちゃんの銃弾が彼女の下へと到達しようとしている。
すると風音が動いた。
銃弾と美女の間に身体ごと割り込むと──当然とばかりに銃弾を斬る。
一体、どんな動体視力をしているんだか。
でもそれも予想の内──!
「これは…!? フィーナ様!」
銃弾が光を放ったのを見て、私は策の成就を確信した。
銃弾を中心として、内蔵された火薬が爆ぜる!
──ドカァァァンッッ!!
爆音と共に上がる黒煙が、焦げた匂いを鼻孔に運ぶ。
爆発は、確かに二人を呑み込んでいた。声こそ上がらなかったけど、頭上の隕石の動きが僅かに鈍った。
「まさか、本当に…!?」
「いや、恐らく術者の制御を離れたんだろう。だがそれでは…」
「ううん、それこそが狙いなの。…無差別破壊魔法となれば、この森を守りたい彼女にとっては…」
ユリちゃんはハッとしたように私を見た。
私の狙いに気付いたんだ。
彼女が守りたいとは森と、それ以外の“何か”。
それが何であるのかは分からない。でも“守りたい”と言う気持ちに、私は付け込んだのだ。
「…恐ろしいことを考え付いたものだ」
「…どう言うことだ〜?」
「…まだ、効果があるかは分からないです」
彼女は守りたいものがあるが故に、私達を皆殺しにしようとしてくる。
じゃあ私達を殺めることで.守りたいものすら同時に失うかもしれなかったら?
オールオアナッシング。制御を失った魔法で全てを滅ぼすか、魔法を解いて全てを救うのか。
森を愛する彼女の心を逆手に取った、下策だった。
「(お願い…!)」
私は頭上を見上げながら、心の底から願った。
「(さぁ、解いて……!)」
隕石は──。
「「「…っ!!」」」
無情にも、再び動き始めた。
「──流石…と言っておこうかしら」
黒煙の晴れた先で、美女がこちらを睨んでいた。
その傍らでは、風音が静かに咳き込んでいる。
二人の衣類は、僅かではあるけど煤に塗れている。炸裂弾の効果はあったみたいだけど、向こうは魔法解除ではなく、さらなる魔法の制御を実行した。
誤算──ううん、予想の範疇ではあった。
事実として、向こうが上手だったんだ。
「賢しい手を思い付くものね。でも…これでおしまい」
ここにきて隕石が速度を増した。
それも急激に。
まるで私達を弄んでいたかのように、木を擦り抜け、轟音を上げながら迫る。
「悪く思わないで」
後、2メートル──!
「なら──!」
セティが動いた!
先程よりも輝きを増した刀を抜き放って、脇構えの姿勢を取る。
「──ッ!?」
「やはり……使い熟しますか……」
驚くべきは、その刀だった。
刀身から、淡い青色の光が伸びている。
まるで高出力のエネルギーの刃だ。
蒼玉のように美しい輝きに対して美女と風音の表情にも驚きが現れ、私は息を呑んでいた。
「あの流れるような青の輝き…水の魔力だとでも言うのか……! だとすれば、なんて濃密な……ッ!!」
「セティちゃんの刀…良い刀だとは思っていたが…コイツは…!!」
ユリちゃんも、隊長さんも驚いている。
魔力…確か、人の眼にはたった一つだけの適正がある属性しか見えないとか、何とか。見えても、朧気だと。
二人はそれぞれ、光と風。私に至っては何の属性かも分からない。
それだと言うのに、あの輝きが水の魔力なのだとしたら、ユリちゃんの言葉も頷ける。
詳しくは分からないけど、セティが凄いことをしているのは確かだ。
「…ッ!!」
セティが刃を振り上げると、青の輝きが尾を引いた。
煌めく軌跡は流星のよう。
刀の軌道に合わせて天へと昇り、隕石と衝突する!
「これで…!」
迫る隕石を、蒼刀が穿っていく。
石辺が飛び散り、青色の光が粒子となって辺りに降り注ぐ。
砕石にしてはあまりに荒々しく、同時に儚いようにも見える。
「セティ殿…押し留めているのか…!?」
「そう思いたいが…な……!」
苦々しそうに隊長さんが見詰める先は、セティの足下。
足が徐々に地にめり込んでいる。踏ん張っているのか、両足が僅かに震えている。
拮抗の様相を呈しながらも、セティが少しずつ押されている──?
「く…ッ!!」
「セティ…!」
「大丈夫…。…たかだか…石ころ……!!」
歯を食い縛りながら衝撃に耐えているセティ。
彼女は全力を出している。それだと言うのに、食い留めることで精一杯。
本当だったら蒼刀で押し返したいんだ。でも、それが出来ない。
彼女はきっと、悔しがっているんだと思う。
衝撃に耐えられるように歯を食い縛っているだけじゃなくて、実力不足に歯噛みしているんだ。
「ユリちゃん!」
「うむ!!」
隊長さんとユリちゃんが援護を始めた。
魔法を放ちながら、セティと共に隕石を押し返そうとしている。
三人分の攻撃を受けて、隕石の進行は停滞している。
でも、押し返すまでには至っていない。
勝てるのか。私は、相手の様子を窺った。
「…よろしいのですか?」
「……」
美女の様子は変わらない。どこか余裕そうな素振りは、余力を残していることの現れかもしれない。
「く…ぅぅ……!!」
「ぐ…魔力が……!」
「二人共、ふんばれ〜ッ!!」
このままでは、皆が押し負けるのも時間の問題だった。
「(私に…力があれば……!)」
願っても、現実は変わらない。
力と知識、死力を尽くしているんだ。
不思議な光景は見えない。私も代替案を考え続けているけど、何しろ手札が無い。
「…っ」
勝ち目…無し……?
私…弓弦に会うことなく…死んじゃうのかな……。
「‘嫌だよ……’」
脳裏に弓弦の顔が浮かぶ。
この森に居るはずの彼は、今何をしているんだろう。
もしかしたら──この森には居ないのかもしれない。
こんなに激しい戦闘をしているのに、気付かない訳がない。
だとすれば、気付くことの出来ない環境に居るとしか…!
「‘嫌だ…諦めない……!!’」
小声ながらも、声に出していた。
逆転の手は無いのか。周囲を隈無く観察し、手札を探す。
何でも良いんだ。僅かな手掛かりを足掛かりに、勝利を導き出す。
空、隕石、村、人、草、音──辺りを見渡し、手を探す。
「あれ…?」
音? どうして音なんかが気になったんだろう。
まるで、聞こえるはずのない音が聞こえているような。
「(どうしてそんなものが…!!)」
私は耳を澄ました。
──ザッ…。
小さな、足音。
いや、音とするにはあまりにも小さい。
周りが爆音だらけなのだ。足音なんて、余程の質量がある機動戦士系でもなければ聞こえるはずがないのに。
幻聴のような、足音。
だけど私の耳は、聞いていた。
足音──誰かが、こちらに近付いて来ているような音を。
「誰──ッ!?」
その場から動くことの出来ない私達では、ない。
でも、向こう側に居る二人の立ち位置も変わっていない。
──ザッ…。
なのに聞こえる足音。
私が認識している人々ではない、誰かの。
──ザッ…!
止まった──!
「ふぁ…あ……」
聞こえたのは、何とも気の抜けた欠伸。
正に寝起きでございますと、宣伝しているような欠伸だった。
隕石と三人分の攻撃が鎬を削る爆音の中では、あまりにも小さな欠伸だったけど──
「──!!!!」
「あら…!」
「お!」
「む…!」
その場の誰もが、一斉に気付いた。
「…うわぁ…トンデモな魔法だな」
もう駄目かと思う、私が居た。
暮らしていた世界が崩壊した時のように、『アデウス』との戦いの時のように、抗えない現実に打ちひしがれていた。
なのにそんな時に決まって、「彼」は来てくれた。これまでも──今回も。
「それで? 何をやっているんだ、フィー。ストップだ」
声だけで分かる。分かってしまう。
間違い無い。私の、何よりも大切な人が来てくれた。
「あぁ…っ」
頬を一筋の涙が伝う。
「(やっと…会えた…っ!!)」
姿を見せた人物の名を、私は力一杯口にした。
「ヒーローは遅れてやって来る…か! いやぁ、ニクいね! カッコ良い登場じゃないか! くぅ〜っ!! 僕も一度ぐらい、こんな登場をしてみたかったねぇ……」
「一生来ませんわよ、そんな機会」
「う゛ぇっ、ちょっとリィル君…その言い方は酷過ぎないかい? 人間生きてりゃ、人生で一度や二度の見せ場があるもんなんだよ? 男の見せ場ってものがさ」
「じゃあ博士は人間でも男でもないってことですわね。ご愁傷様」
「辛辣だね!? 一応僕が人間の男だってこと、分かるよね? 僕達付き合い長いよね!? って、痛いっ!? ど、どうして鞭で叩かれないといけないんだい!?」
「まるで私と博士が付き合っているみたいな言い方はやめてくださいまし。反吐が出ますの」
「反吐って…」
「っぷ……」
「あ、ちょっとリィル君!?」
「…心配なんて要りませんわよ」
「ここ僕の部屋だから。あまり汚さないでくれると嬉しいなぁって…痛いっっ!?」
「ふんっ」
「…いつつ…今日も良い鞭捌きだね……」
「博士の無神経っ振りも中々のものですわよ」
「いや〜はっはっは。そんなに褒めないでくれよ〜」
「一切褒めていませんわよ。そんなに褒めてほしかったら、もう少し仕事を頑張ってくださいまし」
「あぁ、仕事ね。一眠りひたら考えぅ……いったい!?」
「…また後で見に来ますわ。それまでに、今季の収支を始めとした上への書類を一通り仕上げておいてくださいまし」
「…はひはひ……っ、いだっ!!」
「じゃ私は、代わりに予告でも言いますわね」
「ついでとばかりに鞭で叩かないでくれるかな…?」
「…何か?」
「何デモアリマセン……」
「よろしいですわ。さて…『現れた者は、等しく希望をもたらしていく。ある者は笑い、ある者は安堵し、またある者は地を舐める。訪れた一時の休息に身を浸らせる中、水面下で争いを繰り広げるのは、生きる者の業か──次回、交わる道、交わる意地』」
「…ぐぅ」
「……寝付きの良さが、とても腹立たしいですわ」