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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
“非日常”という“日常”
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非日常の始まり

 前回までが、私と彼の、簡単な馴れ初めかな。

 あの後、このアークドラグノフに到着した時──既に私の意識が弓弦の中に入っていた。 

 最初は困惑したし、「私の身体、どこっ!?」状態は今も続いてるんだけど。あんなドタバタに比べれば、今はやっと落ち着いてきたってところ。

 だけど正直、私の身体は二の次で良い。だって私だもの。この天才神ヶ崎 知影ちゃんの頭脳にかかれば、いつかは復活出来る手段が見付かるって決まってるから。

 だから一番心配なのは、弓弦の精神状態。

 だって、普通に考えてみると──自分以外の家族は全員死んじゃったことになるんだよね。

 私も私で実体が無い芽衣子ちゃん状態だし、本人は私のことを私と認識していない。自分の妄想の類だと思っている。

 それって凄く辛いことだと思う。弓弦…何か口調も変えちゃったし…。

 弓弦のこと、何とかしてあげたい。

 何とかしたくても、私に出来るのは言葉を掛けてあげることだけ。

 …でも、これが余計に弓弦を追い込んじゃうことがあるから…ままならないなぁ。

 自分の身体を自分で動かせる。なんて素敵なことだったんだろう──そんなことを今悔いても仕方が無い。

 …あ、でもこんなのは出来るんだ♪


「僕は橘 弓弦。好きなものは知影」


 弓弦の身体を動かす!! どう? 凄いよね!? ドヤァ♪

 弓弦が寝ている時とか、意識が眠っている間に限られているけど、その間だったら何でも出来る。あ〜んなことやこ〜んなこと…ふふふ。

 他だと…弓弦の知識を見ることも出来るかな。

 心を覗くのも含めて、普通じゃ出来ないことが出来るのは良いんだけど…普通のことが殆ど出来ないってことが寂しい。何て言うか、虚しくなったりもする。

 でも、せめて私が弓弦を励ましてあげなきゃ…誰が弓弦の傷を癒せるのか。いや、私以外誰も居ないね。

 どちらにしてもこれからは、二人三脚で頑張ってかなきゃ。うん! …二人二脚かな? この場合。 

 さてはてはてさて。弓弦が寝てから、六時間ほど経ったかな。

 私が弓弦の身体を操るこの状態の不思議な点は、肉体的には起きているのにも関わらず、弓弦がちゃんと熟睡感が得られること。そして、私は私でちゃんと疲れを感じること。またまた不思議だよ。

 自分達の世界を飛び出したことで、私の周りには不思議が増えた。

 不思議が増えることは、私の探究心を刺激する。

 弓弦には悪いけど…。私の中では、世界が滅んでも良かったのかなって思ってしまう部分がある。

 悪いとは思っているんだよ? だけど、私には弓弦が居てくれるから。弓弦が側に居てくれれば──それで良い。

 だから世界滅亡を、またそれも人生なのかなぁって思ってしまう。弓弦が居なくなれば、その瞬間にでも飛び降りてやるけど。

 ふふふ…歪だ。

 頭のどこかでは分かってる。でも心のどこでも、弓弦が居ればそれで良し。後はどうでも良い…みたいな。

 こんなこと口に出したら、弓弦に怒られちゃうかも。

 …取り敢えず、私も寝ようかな。弓弦に見付かると、多分怒られちゃうし──。

 と言うことで、お休み♪


* * *


 風が、吹き付けてくる。

 鼻腔をくすぐる香りが、とても爽やかで──涼しくて。

 微かに開いた瞼一杯に差し込んでくる光はとても眩しい。

 朝の訪れだった。


「ん…」


 何だかんだあっても、こうしてぐっすり眠れていることが分かる時間の過ぎ去りよう──我ながら、案外図太い神経しているんだな。身体の痛みは感じないし、背中越しのふかふかなベッドに心地良さを感じる。

 ベッドは良いよな。布団も良いんだが、寝床があるのは良いことだ。

 勿論硬い床でも寝れはする。その引き換えに、気持ち良くとまではいかないが。


『…Zzz』


 頭の中に、寝息が小さく聞こえてくる。

 どうやら彼女は寝ているらしい。俺が起きてから一時間後ぐらいに起きることが多いんだが…良く寝るものだと思う。

 …って、アイツの生活パターンなんか知ってどうするんだか。

 ベッドから身体を起こすと、部屋が朝色に染まっているのが眼に入った。

 ゆっくりと息を吸うと、清々しい空気が肺一杯に入り込んでくる。

 心地良さを堪能していると、次第に意識が覚醒した。

 昨日の出来事が脳裏に思い出される。


「…あぁ、そう言えば」


 昨日のこと。俺はここ──『アークドラグノフ』の実行部隊とやらに入隊したんだった。

 だが、今一つ実感が湧かない。

 そもそも昨日は面倒事に巻き込まれるよりも先に、そそくさと退散した。

 そのために何をするのかでさえ、あまり詳しくは教えられていない身だ。ディオからざっくりと教えてもらってはいたものの。


「さて…何をするか」


 それが問題だ。

 …そう言えば、ディオが部屋で待機するように言っていた気が…。


 …。


 ……。


 …覚えていないな。まぁ、下手に動くよりかは一つの場所に留まっていた方が良いだろうし…って、迷子か俺は。


「…ま、何かするか」


 何もすることがないので、部屋の掃除を始めることにした。

 ここ部屋は今日から正式に俺の部屋になる。ベッドや箪笥、机、椅子等、生活する分にまったく困らない備品が置かれているが、どうにも埃が目立つ。

 これは、掃除が必要だ。あぁ、必要だとも。

 これから使わせてもらう感謝の気持ちを込めて、丁寧に掃除するのも悪くはない。

 埃だろうと何だろうと、隅から隅まで丁寧に掃除する。

 そして、過ごし易い部屋を作る。窓から覗く青空のように、清々しく清潔感に溢れる部屋を。

 とどのつまり、暇だった。


「良し…!」


 取り敢えず換気のために窓を開ける。

 心地良い朝風が、より室内を吹き抜ける。

 こう言う清々しい空気が部屋に入ってくると、部屋まで爽やかな印象を受けるな。


「いっちょやるか!!」


 これからの日々に向け、まずは部屋掃除のために闘魂注入。部屋を片付け、自分の沈みがちな気分にも片を付ける。

 何事も最初と、気合が肝心だ。掃除道具も当然あるは──


「無いのかよ!?」


 無かった!!

 部屋を見渡しても、それらしき物は無い!

 探せど探せど収容家具は空!

 渾身の闘魂注入は空回り!

 実にむなしい。空だけに。…ん゛んっ。何だよ…ディオに雑巾でも借りて、軽く拭き掃除するだけに留めておいた方が良いな。

 無駄に疲れたような気がするが、やることがまた無くなってしまった。

 暇を潰せる本も無いし…仕方無い。このままボーッとしておくか。

 そう。このままベッドに潜って、ボ〜ッと…ボ〜〜ッと……ボ──











「弓弦〜起きているかい?」


 ふと気が付いてみれば。

 ドアの外からディオの声が聞こえた。

 時計を見ると…驚いた、記憶にある時刻と二時間近く針が早い。

 どうやら完全な二度寝をしてしまったようだ。

 急いで脱衣所に駆け込み、鏡で自分の姿を確認。寝癖等が無いことを確認すると、扉に手を掛けてロックを外す。


「どうかしたか?」


 横開きの扉が開いた先には、ディオが立っていた。

 バタバタと立ててしまった音を聞いて察したのだろう。ニヤリ、と擬音が付きそうな笑みを浮かべてくる。


「起きたてかい?」


「…見事な二度寝だ」


 気持ち良かった。

 故に、悔いは無い。


「あはは、それはまた…。と、それよりも。食堂に招集だって」


 …少しだけ。


「アナウンスか何かでもあったのか?」


 ディオは頷く。

 全く聞こえなかったな。

 二度寝だと言うのに、よっぽど寝入ってたようだ。


「そうそう。多分君を紹介するんだと思うよ…後、これ」


 ディオは、手に持っていた袋を手渡してきた。

 紙袋だ。貴族然とした雰囲気の彼には、少々似合わない代物。ビニール袋に比べると、お洒落かもしれない。

 だが何のデザインもされていない、ただただ茶色の紙質は所謂──庶民感に溢れている。

 遠き日の香りを漂わせる茶色地に、そこはかとない懐かしささえ覚えた。

 中を覗くと、黒い服が入っている。


「悪いけどそれに着替えてもらっても良いかな? 普段は良いけど、紹介の時とかは流石にね」


 …面倒だが、仕方無い。


「あぁ、分かった。それと…雑巾を用意してもらえないか?」


「なら僕の部屋に余りがあったはずだから、取ってくるよ。じゃあその服に着替えておいてね」


 ディオと別れて部屋に戻る。

 袋の中に入っていた黒っぽい衣類を、まずは広げて確認。


「…軍服…ってよりは、ジャケットだな」


 意外と洒落乙だった。

 黒を基調とした組み合わせのため地味な印象を受けるが、所々にあしらわれた金の刺繍が良いアクセントを付けている。胸ポケットが左と、裏地の左右にある。

 ズボンは取り立てて特徴の無い黒地の長ズボンだ。黒スキニーが、一番近い表現かもしれない。

 これは…普段着でも全然いけるデザインだ。感心しながら袖を通し、ディオの下へ。


「はいこれ…何に使うんだい?」


 ディオから雑巾を受け取り、静かに戦意を燃やす。


「勿論掃除だ。集合時間までどれぐらいあるんだ?」


 しかしディオは、困ったように首を傾げた。


「う~ん…多分そんなに余裕は無いかな。悪いけど、後回しにした方が良いと思う」


 個人的には掃除がしたい気分だった。まだ朝の闘魂注入が残っているらしい。

 だが時間の余裕を睡眠で費やしたのは、紛れもなく自分自身。

 後ろ髪引かれる思いではあったが、一旦諦めることにする。


「そうか。分かった」


 紹介では何を話すべきなのか。そもそもどんな感じに紹介が行われるのか。

 不安が半分、妙な期待が半分。

 気持ちの──せめて表面では、この非日常で生きていこうと前向きに考えることを決め、俺はディオと一緒に食堂へ向かった。

「さ~て! では今回は…何を説明しましょうか」


「…もう、良いんじゃないか?」


「いいえッ! まだまだ! 全ッ然足りませんわぁッ!」


『全ッ然終わらなそうだよ』


「はぁ…」


わたくし、感動しましたの。まさか弓弦君が、あんなにも掃除好きだなんて…」


「いや、アレは気分転換を兼ねているだけで。別にそこまで掃除好きな訳じゃ…」


「いいえ分かりますわッ! あなたは、掃除好きですわよ! と言うか家事好きですわね!!」


『…リィルさん、まさか…狙ってる…? だとしたら…ブツブツ……』


「…仕込まれただけなんだがな」


『駄目だよ、弓弦君は渡さない。私のもの…ふふふ』


「…。それで。今度は何を話してくれるんだ?」


「それでは、隊員服について説明しましょう。私達が着用している隊員服は、ご存知の通りデザイン性も考えられていますわ。ですがそれは、あくまでオマケ。その真価は、戦闘時にありますの」


「…戦闘中?」


「まずは繊維。特殊な化学繊維の重ねられた布地は耐久性が高く、防弾性にも優れていますわ。これは加えられた強力な衝撃に対して、特殊な反発力で吸収、無効化すると言った効果がありますの。防弾ジャケットに近いですわね。鋭い斬撃に対しては、細かな空気の振動によって繊維が内側から癒着。数撃は防いでくれますわ」


「…意外と高性能なんだな。だが洗濯はどうするんだ。洗濯機は使えるのか?」


『あ~。私も弓弦君に洗濯された~い』


「勿論使えますわ。洗濯機に入れただけで駄目になってしまっては、耐久性も何もありませんわよ。洗濯後は天日干しで結構ですわ。アイロンも使えますわよ」


「洗濯して使い回せるのは良いことだな」


『使い回し…。何かドキドキしてきたんだけど』


「科学の結晶ですわ。さてそんな隊員服ですが、耐久性の次に重要なのは機動性ですわ。着てみたら分かると思いますが、肌着に近い軽量性を実現していますの。身体の動きを阻害することは、まずありませんわ。保温性、防寒性もそれなりにありますのよ」


「確かに着心地は良いな」


『心地が良いって…そんな、使い回すのが心地良いって。なんてサディスティック!』


「(もう良いから、黙ってくれ)」


『ちぇ…』


「上のジャケットは共通ですが、下はズボンとスカートの両方が選べますわ」


「まぁ、そうだろうな」


「さて、これだけの性能を誇る隊員服。本来お金をいただく物ではありますが、今回は何と…無料で提供させていただきますわ♪」


「…妙に通販めいてきたな。と言うか、本来は金を取るのか」


「いえ、取りませんわよ? 話の流れで言ってみただけですわ」


「急に説明が始まって商品を売りつけて…とんだ悪徳商法だな」


「タダなのですから、良いではありませんか」


「無料だけにタチが悪かったりする」


「とまぁ、弓弦君がひねていることが良く分かったところで…予告ですわ! 『非日常へ向かい合うことを決意した弓弦は、レストランへと向かう。艦に住まう者達に歓迎された彼の前に、一人の男が立ちはだかった。仮想空間へと誘われた彼は、壮絶な戦いに立ち向かうこととなる──次回、隊長 前編』…青年よ、戦え」


「…良い性格しているな、リィル」


「それ程でもありませんわ」


「…俺、捻くれているか?」


『……』「……」


「(何か言ってくれ…)」


「ではまた」

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