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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
59/411

ぶつかる想い、譲れない願い

 隊長さんの声に次いで、聞こえてきた照射音。

 その場から全力で離れ、私は身を隠していた。

 圧倒的な熱量が、幾重にも降り注ぐ。

 視界を焼くような光だ。瞼を閉じていても、瞳を焼くように眩しい。

 白く輝く景色。だけど私の心は、暗く重い。

 嫌な予感がしていた。

 自分の鼓動が聞こえ続けることを願いながら、時を過ごす。

 瞼の裏が、徐々に元の暗闇を取り戻していく。

 私が徐ろに眼を開けると、そこには。


「──っ」

 

 変わらない緑の景色。

 周囲を見れば、隊長さんが、ユリちゃんが、セティが居る。

 けれども、居るはずの人達が居ない。


「おいおい、マジか……!」


 上辻さんも、援軍も、誰一人居ない。

 周りの自然は何一つ変わっていない。でも私達と共に武器を取っていた人達は、灰すら残さずに消え去っていた。

 まるで、最初から存在していなかったかのように。


「これは…あまりにも……!」


「…ッ!」


 一瞬にしてピリオドが打たれたのだ。

 千もの人生が、たった一つの魔法によって。


「…私達は警告致しました。『去りなさい』と」


 風音と呼ばれた女性は、冷淡に現実を告げた。

 抑揚の無い、何の感情も抱いていないような言葉。

 どうしてここまでの人を殺めて、そんな反応が出来るのか。

 色んな理由が考えられる気がする。

 私だって弓弦君に危害を加える人は、相応の報復をする。二人にとって森は、私にとっての弓弦君のように大切なものかもしれない。

 それでもあまりにも短時間で失われた命の重みは、私にも強く感じられた。

 この人達は、森に立ち入る者に対して一切の手心を加えないのだろう。

 だとしても、この森には弓弦君が居る。私が退けない理由がある。

 そのためには──!


『……潰せッ!』


 渡しよりも先に、動いていた人が居た。

 素早い詠唱。セティが手を突き出した動きに応じたように、風音の頭上に魔法陣が展開した。

 大きな水球だ。一滴の巨大な雫が下方を押し潰そうと落下し──斬り裂かれる。


「ッ!!」


 瞬きの刹那に、セティの姿が消えた。


──ガギィィンッッ!!


 散る火花。

 セティの抜き放った刃が、風音の薙刀と衝突している。

 私の眼では追うことの出来なかった一瞬の出来事だった。セティの抜刀速度もさることながら、それを受けてみせた相手も相手だ。後退ることすらなく、セティの勢いを殺し切っていた。


『起これッ!!』


 セティの攻撃は、物理だけで終わらない。

 再び上がった鋭い声と共に、風音の右側方に魔法陣が現れた。

 さっきのよりも一回り大きい魔法陣から、勢い良く水流が噴き出た。

 バケツどころか、池をひっくり返したような多量の水だ。流石の相手も側方の水流から逃れようと、後ろに飛び退った。


「ッ!」


 水流を突き抜け、セティが踏み込む。

 風音の足が地に降りるよりも先に、再び金属音が上がる。

 水流の向こうで、鍔迫り合いをする両者。

 今度は勢いの分だけ、セティが押していた。


『起これッ!!!』


 今度は風音の左側方に魔法陣が展開する。

 あまりに速い詠唱と、魔法発動。

 それまでは対応出来ていた風音も水流に当てられ、右に吹き飛ばされる。


「…ッ!」


 空かさずセティの姿が消える。

 甲高い金属音のした方へ視線を遣ると、吹き飛ぶ風音を追撃していた。

 勢いの分だけ、優位になる。


「あなたの相手は、私ッ!!」


 振り下ろしに次いで放たれた横薙ぎが、風音を森の彼方へと弾き飛ばした。


「後、任せた」


 着地と同時に、セティは地を蹴る。

 苦々しそうな顔をした隊長さんや、見守ることしか出来なかった私達に感情の読み取れない瞳を向けながら。

 それはきっと、許可を求める問い掛けだったのだろう。


「…あ〜…ったく…任せたぞ〜!」

 

 隊長さんの許可と時を同じくして、彼女はそのまま森の奥へと消えた。

 一人で風音の相手を務めることによって、私達を数的有利を強めたんだ。

 二人同時に相手をするには分が悪い。そんなことは私にも分かるけども。


「…私達は私達の成すべきことをするぞ」


 不安はある。セティの実力を疑う訳じゃないけど。

 でもユリちゃんの言う通り、出来ることをやるしかない。


「うん!!」


 私は、弓弦君にまた会いたいんだ!


「……」


 氷の魔法を扱う美女は、腕組みをしながら彼方を眺めていた。

 悔しい程、様になっている。でも嫉妬する気分にもなれない程、圧倒的な美を放っている。

 何を思っているのだろうか。


『癒やせ!!』


 意図せず訪れた小休止を縫うようにして、ユリちゃんの声が響いた。

 回復魔法ヒールだ。隊長さんの身体に走っている斬撃痕から滲む出血が、止まった。


「…すまないなユリちゃん。さ〜…三対一だ~。悪いが、邪魔をするのなら倒させてもらうぞ~ッ!!」


 第二戦の幕は、傷がある程度癒えた隊長さんが放った“スラッシュビジョン”によって、切り開かれた。

 同じ手を食らうつもりはないのだろう。女性は真面まともに打ち合わず、代わりに氷の障壁を出現させた。

 剣に纏われた風は、氷を薄く削るだけに留まる。

 代わりに向こう側から壁を越えるように、風の刃が襲来する。


「“ウィンドカッターかっ!?”」


 大きく弧を描いた刃達を避けた隊長さんが、剣を構える。

 直後、氷壁に穴が空く程の風が吹き抜けた。


「ぐおっ!? “エアバズーカ”…!?」


 凄まじい風圧に当てられ、隊長さんは私達の所にまで後退させられた。


「離れろッ!」


 轟音が鳴る。

 隊長さんの指示に応じて私とユリちゃんが散開すると、眼の前を稲妻が撃った。


──ドカァァァンッ!!


 彼方から、爆発音が聞こえる。

 こっちが激戦なら、向こうも当然のように激しい戦いが繰り広げられているのかもしれない。

 でも、セティは一人で戦っているんだ。私達を少しでも有利にするために。

 だから、私達は負けられない。一人で戦うセティのためにも。

 だから私は負けられない。この森に居るはずの弓弦と再会するために。


「…トンデモだな〜、おい…!」


「だが、全力で打つかれば押し勝てる」


「あぁ。いけるな、ユリちゃん」


 隊長さんはそう言うと、大剣を片手に駆け出した。


「うむ。知影殿、隊長殿! 時間を稼いでくれ!」


「任せろ!」「はい!」


 隊長さんの動きは、途中から風を纏ったように速くなる。

 確か、“クイック”だったかな。ヘイ○ト的な魔法。ただでさえ速い動きが、眼で追うのもやっとになる。


「「ッ!」」


 数度打ち合いの後に、距離が開く。

 速さと重さの乗った一撃を受けながら、美女は氷の槍を振るっていく。

 槍と剣。接近戦に持ち込んだ分だけ、隊長さんが有利なようにも思える。

 あの美女も強い。だけど、武術では隊長さんの方が上かもしれない。


「…その差を、私が広げる」


 矢をつがえ、美女の隙を狙う。

 揉み合いのような乱戦の中、射線が開くのを待つ。

 眼が、慣れてきた。


「いけぇッ!!」


 引き締めた弓蔓から、一射、二射、間を開けて三射を放つ。

 地方大会総なめの実力は、伊達じゃない。

 隊長さんの剣戟を縫うように放たれた矢が、美女の身を狙うも弾かれる。


「余所見はいけないぞ〜っとッ!!」


 必然的に生じた隙を、隊長さんは正確に狙う。

 懐に踏み込み、鋭い一撃を見舞った。


「く…!」


 受け切る美女。

 一瞬生じた膠着状態を見越した私の二射目が、彼女に迫った。

 僅かに顔を動かして直撃を免れられたけど、金糸のような髪を擦り抜けた。


「そこだぁッ!!」


 隊長さんの斬撃が走る。

 極限にまで許された間合いは、美女に穂先を振らせない。

 攻める、攻める、攻める、攻める攻める──!!

 まるで嵐のような刃の応酬。一振り毎に、大気が震えるような振動が伝わってくる。

 防戦一方になりつつある美女。反撃に転じようと、距離を取った瞬間、


「──!」


 三射目が、迫る。

 私の予測から少しだけ外れているものの、体幹に直撃の位置だ。

 空中で身体を捻りながら、穂先を操る美女。

 直撃と思われた一射が弾かれた。しかし複雑な動きが、彼女の着地を遅らせた。


「ッ!」


 着地間際を狙い、隊長さんが駆ける。

 踏み込まれた地面が抉られた。得物を構え、隊長さんが風になる。


「もらったァッ!!」


 紫電を思わせる速さの一突きを、寸前で美女の氷槍が受ける。

 凄まじい衝突の直後、美女が大きく吹き飛ばされた。

 硝子を割ったような、甲高い音と共に砕け散る氷槍。

 着地した美女の足が衝撃を殺そうと踏ん張るけど、殺し切れずに後退し続けた。

 凄まじい威力だった。衝突と同時に生じた余波に、私の髪も大きくなびいた程に。

 受け切ってみせた美女も凄いけど、私の矢に合せて動いた隊長さんも実力の高さが分かる。


「(意外と私もやれるなぁ……)」


 瞑目したユリちゃんが集中しているのを横眼に、そんなことを考える。

 この三人での連携…何だか、アデウスとの戦いを思い出す。

 今度は私が時間を稼ぐ側になっているけど、この旅で思った以上に向上したチームワークは、しっかりと機能していた。


「…なぁお前さん。降参してくれる気にはならないか〜?」


 美女は応えない。

 代わりに装束に付着した砂埃を払いながら、右手を足下に向ける。

 一瞬の閃光。気付けば彼女の手から、剣サイズの白い光の柱が伸びていた。

 接近戦に対応出来るように、得物を取り替えたんだろう。

 それはまるで、光の剣。言い換えるなら、宇宙で戦争が出来そうな形状をしている。

 隊長さんの問い掛けも虚しく、継戦の意思はあるようだ。


「ッ!」


 低くした体勢から、美女が隊長さんへと向かって来る。

 迎撃するべく剣を構えた隊長さん。

 衝突せんと接近する二人の内、美女の視線が私の方へと移った。


『我は天帝より遣わされし審判者…』


 正確には、私の隣で詠唱を口にするユリちゃんを見ていた。


「その魔法は」


 左の足で地を蹴り、90度方向転換。

 魔法を阻止しようとしたのか、狙いを変えた美女の前に、


「どこを見ているん、だ!!」


 隊長さんが立ちはだかる!

 元々ユリちゃんへと狙いを変える可能性を予知していたみたい。美女の反応後に素早く起こした行動は、上手く彼女の進行を阻めていた。

 衝突する大剣と光剣。

 火花に混じり、光の粒子が散り合う様はまるで、蛍のよう。

 でも鑑賞なんてものは出来ない。

 より接近戦に適した得物を操る美女には、先程まで通用していた接近戦法が通じ難くなっている。


「は、反則かよ…っ!?」


 いや、今度は得物が大きい分、隊長さんの方が不利だ。巧みな剣捌きを前に、隊長さんが小言を零していた。

 なら私の役目は、開こうとしている差を縮めること。

 矢を番え、穂先を美女に定め、頭の中で予測を始める。

 二人の立ち会い方を踏まえ、矢が直撃するタイミングの立ち位置を予測。その中で最も嫌なタイミングや部位へと、正確射撃を狙う。

 ──今!!


「…届け!」


 放たれた一矢が、宙を滑る。

 向こうも予測出来ていたのだろう。私が放った足下への矢はすれすれで避けられるけど、足運びにイレギュラーを捩じ込んだ。


「ナイスだ知影ちゃんッ!!」


 隊長さんは、イレギュラーを見逃さない。

 乱れた呼吸を縫うように、自らの間合いを得る。

 自由を得た得物が力強く振るわれ、美女を弾き飛ばした。


「つぅ…ッ!」


 剣を突き刺し、衝撃を殺す美女。

 私の視界の端が輝きを増したのは、その時だ。


『其の裁き即ち、邪たる者を滅する聖なる光也…光、あれかし…ッ穿ち! 滅却せよ!』


 ユリちゃんの詠唱が、いよいよ完成しようとしていた──!


* * *


「…?」


 ──不意に、私の脳裏にある映像が映った。


『ジャッジメント…レイ!』


 ユリちゃんが、魔法を放っている。

 アデウスを撃った時と同じように、鮮烈な光が女性を呑み込んでいく。


「(…やり過ぎた…かな…?)」


 でもこれで弓弦を探せる。

 そう、思った直後。


「…あぐっ!?」


 聞こえた苦悶の声に、私は隣を急ぎ見た。

 白衣を羽織った退院服から、本来出るはずのないモノが出ている。

 “それ”は白衣を赤く染める円形の染みを広げている。

 光の刃だった。


「何…で…?」


 ユリちゃんの背後に、誰か立っている。

 金糸の如き髪、芸術のような容姿──果たしてその姿は、隊長さんと斬り結んでいるはずの美女だった。


「…!?」


「…私はここよ、どこを狙っていたのかしら」


 ユリちゃんの唇から、血が溢れる。

 せめてもの抵抗をしたのか、銃口が背後に向けられる。

 でもそれよりも先に、


「さよなら」


 刃が引き抜かれた。


「かは…っ」


 ユリちゃんの体勢が崩れていく。

 膝を突きながら懸命に傷口を押さえるも、出血が止まらない。


「ユリィッッ!!!!」


 ここまで荒々しい隊長さんの声を、初めて聞いた。

 血相を変えた様子で駆け寄って来るけど、ユリちゃんはとうとう地に伏してしまった。

 その背中が、動くことはない。


「おい、しっかりしろッ!! 起きろユリッ!! 起きろォォォォッッ!!!!」


 まるで時の止まったような世界の中、私の視界は暗闇に包まれた。

 慟哭するように叫んでいた隊長さんの声だけが、私の耳に響いていた──。


* * *


 あまりにも生々し過ぎる映像は、そこで終わった。


「ユリちゃん! 五時の方向に放って!」


 同時に私は叫んだ。

 そうしないと映像の通りに事が進んでしまいそうだと思った。

 あまりにも信じ難い光景。でも背筋に走る寒気が、冷汗が、現実に起こり得る可能性だと声を上げている。

 ユリちゃんへの叫びは、咄嗟のものだった。

 驚いたように私の方を見た彼女に、私は腕で合図した。

 彼女のほぼ背後。突如として視界に映った映像で、美女が現れた方向へと指を伸ばす。


『ジャッジメント…レイッ!』


 その意味を察してくれたのか、ユリちゃんは魔法を背後に放つ。

 光の奔流の行先は──本来の位置を十二時とした、五時の方角!

 完璧過ぎる照準だった。


「なっ!?」


 隊長さんが斬り結んでいた女性の姿が、霞のように消えていく。

 分身…みたいなものだったのかな。

 それとも…幻とか。

 いずれにせよ、美女の本当の姿はそこには無かった。

 その代わりに、ユリちゃんの放った魔法がある一点で二股に分かれていた。


「やっぱり…」


 激しい光の奔流は、一つの流れに戻ることなく斬り裂かれた。


「まさか、本当に…!?」


 魔法を放ったユリちゃんも、眼前の光景に瞬きしていた。

 緋色の刀を振り下ろした姿勢を取り、僅かながら肩を上下させている美女。

 彼女は私達の不意を突くべく、身を潜ませていたのだ。

 突如として見えた光景に、私は別の意味で鳥肌が立っていた。

 ──もし、私がユリちゃんに伝えなかったら、映像の光景が繰り広げられたのかな…?

 ううん。考察は後。

 例えそうであっても、そうでなかったとしても。攻撃を当てられただけでも良しとしないと。

 戦いはまだ、続いているのだ。


「少しだけ…甘く見ていた」


 初めて消耗した様子を見せた美女が、驚きの声を上げていた。

 彼女は彼女で、勝利の手応えを感じていたのだろう。だから不意を突かれて対応が遅れた。

 消耗は、その証だ。


「人間にしては、良い読みをしているわ」


 魔法を打ち消すなんて造作も無いと言わんばかりに深く息を吐いてから、美女は緋色の刀身に光を帯びさせる。


「…幻属性魔法が使えるということは…本当にハイエルフか……!」


 にわかには信じ難い様子で、隊長さんが私達の下へと戻って来る。

 『ハイエルフ』…まさか、本当に出会えるなんて。


「はぁ…」


 思わず溜息を吐きたくなる。と言うか、吐いた。

 道理でここまで美しい姿をしていると訳か。

 それに…その強さも。


「…私の魔法はどうやら効いていないようだ。…“プルガシオンドラグニール”でも傷一つ負わせられるかどうか」


 ユリちゃんの言い方的に、最強魔法かな。

 確かに、アデウスにも通じた強力な魔法が美女には通じていない。

 相手は魔法のスペシャリスト。強力な魔法を見舞うよりも、物理で畳み掛けた方が有効かもしれない。


「う〜ん…物理か~……仕方が無いな」


 物理の出番だと、隊長さんの纏っているオーラが変わった。

 隊長さんは物理の人だ。頭でどうこう考えるよりは、身体を動かしている方が性に合うみたい。


「…下がっとけ」


 間延びしない、低めの声。

 空気が重くなり、思わず私はユリちゃんにつられて生唾を飲んだ。


「…今際いまわの挨拶は、終わったようね」


 お優しいことに、時間を与えてくれたらしい美女が確認の声を掛けてくれる。

 でも、私達が話し合っている間に刃の輝きが増している。

 抜け目の無い人だ。


「…残念ながら、相談だ。お前さんを倒す…な」


「…そう、それは残念ね」


 大して残念でも無さそうに、美女は言う。

 倒すと言われて何一つ動揺しないのは、自分の勝利を疑っていないためか。

 確かにそれだけの実力があるのかもしれない。

 だけど諦めたらそこまで。試合どころか人生終了しちゃう。

 私も、ユリちゃんも、隊長さんも、誰一人諦めてなんかいなかった。


「さて…と。最後に確認するが、大人しく森を歩かせてはくれないんだよな?」


 だから方法を模索する。その一つとして、隊長さんが再び説得を試みていた。

 出来れば戦いたくない。それは私達の誰もが思っていたことだった。


「…神聖な森に踏み入る者は、森の住人以外あってはならないの。放っておいてもらえないかしら」


 今度は美女が応えてくれた。

 もしかしたらいけるかもしれない。隊長さんの顔が引き締まったのは、見出した可能性を手繰り寄せようとしているためか。


「俺達は仲間を探している。…用が済んだら出て行くつもりだし、そちらに危害を加えるつもりはないんだ。何なら監視だって付けてくれて構わない。だから…」


「駄目よ。…人間は信用出来ないの。まして男なんか、特に」


 取り付く島も無いとばかりに、隊長さんの言葉は一蹴された。

 彼女から感じるのは、人間の男に対する強い憎悪。

 過去に何かがあったんだろう。でも、それを追及することに意味は無い。


「なら、私は駄目か?」


 隊長さんの代わりに、今度はユリちゃんが口を開いた。


「…人間は好きじゃないの」


 こちらも撃沈。

 なら今度は──!


「…じゃあ、私は?」


「…あなた、人間じゃないの?」


 男でも、人間でも駄目。

 ならば私の言うべきことは決まってくる。


「…だとした…ラ?」


 つまり、人間ではないことを伝える。

 実際は真赤な嘘だ。でも、これは必要な嘘。

 この嘘で、争い無く済むのなら──!


「…。例え人間じゃないとしても、あなたは駄目ね」


 …あれ?


「え、何で」


「…あなたは何だか危険な香りがするから」


「な」


 え、ちょ、何それ…理不尽じゃないかな。


「…なら、私だって人間では……」


「…あなたも、妙に嫌な感じがするの」


「む……」


 ならばとアプローチを変えたユリちゃんは、再び撃沈した。


「どうしても…なのか〜?」


「どうしても…よ」


 沈黙が降りる。

 交渉は、完全に決裂していた。


「そう…か……」


 隊長さんは、下ろしていた剣を再び構える。


「二人共、手出しは無用だ。ここからは俺がやる」


 名残惜し気な瞳から一点。瞬き一つで鋭利な光を放つ。


「本気の殺し合いをするつもりで行く。女だからって手加減は出来ないからな…!!」


 その姿が一瞬にして、消えた。

 速い。先程よりも、輪を掛けて。


「っ!?」


 女性が光の剣を構えた次の瞬間には、隊長さんの薙ぎ払いが振るわれていた。


──ガギィィィィインッッ!!


 今までに無い衝突音が響き渡る。

 見れば、あれ程の耐久性を有していた光の剣が容易く打ち砕かれていた。


「そら、どうしたぁッ!!」


 光の粒子を振り払うように、二の太刀が振るわれる。

 美女は、軽やかな身のこなしで斬撃を避けた。


「野蛮…ッ!」


 忌々し気に歯噛みしながら両手を合わせ、引き抜いたのは剣。

 光の剣の次は、火の剣。掌から引き抜く動作と言い、正直カッコ良い。


「多芸だな、オイ! だが!!」


 しかし火の剣もまた、容易に破壊される。

 これまでとは違う、荒々しさの中に洗練された動きが窺える戦い方──アレが、隊長さんの全力。


「…隊長殿があそこまで本気を見せている姿を見たのは、久々だな」


「…私達、加勢しなくても良いのかな……」


「いや、私達が手を出したところで邪魔にしかならないだろう。…私達のすべきことは、隊長殿を信じて傍観するだけだ」


「…そっか」


 いつもとは違う様子の隊長さんの言葉や振る舞いは、間延びさせないだけでここまで変わるものなんだね……。


「ハイボールってのはこんなものなのか!! 遅いぞッ!!」


 あ、うん。やっぱり隊長さんだ。

 お酒になっちゃってるよ。隊長さんってもしかして、もしかしくても頭弱い人なのかな? 

 多分…「ハイエルフ」って言いたかったんだね。


「──そう、なら…付いてこられるかしら…!!」


 何か言葉を唱え…魔法を使ったのだろう。

 女性も加速した。

 そのスピードはあまりにも速過ぎるもの。既に私の眼では捉えることすら出来ない。

 ただ耳に届く剣戟の音と、吹き飛ばされてしまいそうな衝撃破がその戦闘の凄まじさを伝えてくる。

 これが例の「視点」って言う現象か。


「おらよッ!!」「ッ!!」


 改めて二人の姿が見えた時、美女は隊長さんによってその武器を弾き飛ばされていた。

 やっぱりそこは男と女、真っ向からの力勝負は、隊長さんの方が上だったってことか。

 これで、決まる。


「悪いな、トドメだ!!」


 身体を貫こうと構えられた隊長さんの剣が、美女の胸を狙う。

 心臓の位置だ。あまりの容赦の無さと緊張に、私は息を飲んでしまう。


「──力を貸して…ッ!!」


 だけど頭が回るのは、男より女の方が多い。

 隠し持っていた得物を振るわれ、隊長さんは飛び退った。

 得物を取り出す時に美女が、何かを呟いたような気がするけど、よく聞き取れなかった。

 いや実際には聞き取れていたのかもしれない。

 だけど頭が理解を拒んで、忘却の彼方へと追いやってしまった。

 それ程に、衝撃的な出来事が起こっていた。


「……私は、決して負けられないのよッ!!」


 不意を突く形で横に振るわれた武器から、閃光が弾ける。

 何かの発射音が、森に響き渡った。


「ぐ…っ!!」


 武器の間合いからは逃れた隊長さん。

 完全に回避したようにも見える。振るわれた武器が、ただの剣であるならば。

 だけどその武器は、“斬るだけの武器”じゃなかった。


「ぐお…っ!? そいつ…は……っ!!」


 その身体を貫く、数発の銃弾。

 避けることは、出来るはずもなく。直撃を受けた隊長さんは、傷口を押さえながら片膝を突いた。

 反動によって距離が離れた美女が持つ、その武器は──。


「あれは…まさかっ!?」


 持ち手の部分に、不自然な取っ掛かりが付いている。

 剣のはずなのに、先端には穴。隊長さんを不気味に見詰める穴からは、微かに煙が立ち昇っている。

 煙からは、むせるような火薬の匂い。

 あれは、あの武器は──。


「なん…で……?」


 私達がよく知る武器と、全く同じ形状をしていた。

「はぁ…やっぱり戦うんだな。フィーもそうだし、風音さんもどうして好戦的なんだ? もうちょっと穏やかに話が出来ないのか? いきなり天から降り注ぐ炎で全てを滅ぼそうとしているし……問答無用過ぎるだろ。風音さんはもう少し話が通じると思っていたんだが…一体どう言うつもりなんだ?」




「一応三人は平和的に話し合おうとしているみたいだが…もう少し上手く出来ないのか? ユリもバッサリ撃沈しているし、もう少し言葉を重ねてだな…。いや、知影さんの展開方法もどうかと思うが。人間じゃなくて一体何を名乗ろうとしていたんだ? 『ラ』って何だよ、宇宙人かアンドロイドでも名乗ろうとしたのか? レオンも大人の余裕でどうにかして…とか……」




「俺から見ても、美形の部類に入るんだがな…基本脳天気だが余裕もあるし、モテそうな気もするんだが…。レオンの奴、女っ気無いんだよな。独身を楽しんでいると言うか、浮名を流さないんだよ。どうしてだろうな。強くてカッコ良い…好意的に思われ易いポイントだと思うが……」




「ま、それは置いといて予告だ。『その背に、負うものがある。そのかいなにて、振るうものがある。纏う衣装に過日の想い出を載せ、その胸には亡き父母の遺志を。負けられない理由を全身に巡らせ、若き剣客は森を駆ける──次回、ぶつかる想い、秘めたる願い』」




「さて、知影さんの方では激しい戦いが繰り広げられているが…副隊長はどうしているんだろうな。フィーが何か、ボス補正が掛かったみたいに強くなっているし…風音さんの実力もそれなりだろう。果たして、どんな戦いが繰り広げられているのやら……」

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