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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
55/411

暗雲立ち込める東の国 前編

 私達は、森の入口と思われる場所まで移動した。

 木々の並ぶ深緑の地。入口と言っても、森と言うものはそこかしこから内部に入れるもの。

 草原との境界が入口と呼べるのかもしれないが、今回はそうではない。

 生い茂った草花の下に、辛うじて覗いていた土色の道が森へと続いているのを私達は発見した。

 道は森の内部に続いていた。一個中隊が進軍出来そうな幅に、木々が並んでいる。

 そんな場所を見付けたのだ。入口と呼称するのが普通だ。

 そこまでは良かった。問題なのは、入口と同時に他の存在も発見してしまったことだ。

 兵の存在だ。それも、武装している。

 森の入口らしい入口は大勢の武装兵によって封鎖されており、妙に物々しい雰囲気が漂っていたのだった。

 かなり厳重そうだ。何かあったのだろうか。


「俺達は旅の者なんだが…」


 現在隊長殿が兵士達から様々な話を訊いてくれている。

 何せ妙に緊迫した空気が流れているのだ。一番交渉にも荒事にも慣れている隊長殿が行くのは当然のことだろう。私達三人は、少し離れた所から様子を窺っていた。


「セティちゃんの武器って刀なの?」


「…刀」


「魔法属性は?」


「…水」


 何気無い話が出来るのも、隊長殿を信頼しているからこそのもの。決して丸投げではない。

 逐一交渉の動向に気を配ってはいるが、ただ待っているのも退屈──と言うことで、知影殿は先程からセティ殿に色々質問をしている。

 一方で私は、いつでも得物に手を伸ばせるようにしつつも腰を落ち着けていた。

 何かあれば、狙撃も魔法も可能だ。

 勿論、何もないことに越したことはないが。


「その着物の着付け方って誰に教わったの?」


 そんな私を他所に、二人は親交を深めていく。

 基本的には知影殿が、時々セティ殿が疑問を伝えていた。

 セティ殿は、橘殿に関する質問が多いか。

 やはり副隊長として、新人隊員のことが気になっているのだろう。

 関心させられるものだ。


「…母の友人から…教わった」


 幾度の質問を経た知影殿の疑問は、セティ殿の身形みなりへと向けられた。

 セティ殿は隊員服ではなく、「着物」と呼ばれる衣類に袖を通している。

 何でも、東洋の衣装らしい。淡い黄緑色を基調とし、黄金色の花模様が可愛らしい着物は、蒲公英たんぽぽをモチーフとしているらしい。以前そんな話を聞いた覚えがあった。

 あわや晴れ姿にも思えなくもない格好だが、それが彼女の普段着だ。

 隊員服に袖を通すことは、滅多に無い。

 ただどのような服を着ている時も、彼女の髪はリボンで結われている。

 上質な生地の、細いリボン。初めて会った時から眼にしているが、未だにほつれ一つ見られない。まるで魔法のリボンだ。

 着物とリボン。この二つは、彼女のトレードマークとも言えるものだった。

 いつも丁寧に身形を整えている彼女だが、母親の友人から教わったのだな。初耳だ。


「そうなんだ。その人って、お父様とも知り合い?」


「…知り合い。どっちとも仲が良かった」


 父親か。

 知影殿は、何かが気になっているようだ。

 気さくな様子で質問しているが、私には分かる。

 返答を聞いた直後に一瞬、鋭い光を瞳が宿す。

 それは、よくよく注視することで初めて分かるような変化だ。恐らく、セティ殿も気付いていない。

 何をそんな気にしているのだろうか。


「へ〜。セティのお父様とお母様はどのような方だったの?」


 少なくとも、彼女はセティ殿の両親について気になっているようだ。

 随分と踏み込んだ質問をするが、その質問は…。


「……………」


 案の定、セティ殿は沈黙した。

 どう答えたものだろうか。あまり変わることのない表情から、僅かに困惑の色が窺えた。


「あ! えぇと、その…教えたくないなら別に良い──」


 知影殿は流石に突っ込み過ぎたことを反省してか、慌てて訂正しようとする。


「…父は」


 だが、セティ殿は彼女を制して言葉を続ける。


「…父は…剣を教えてくれた師匠。…母のことが大好きな優しい人だった(・・・)


だった(・・・)…? あ…っ」


 言葉の違和感に鸚鵡おうむ返すも、すぐに気付いて口を噤む知影殿。

 しまった。その表情が彼女の心情を言外に物語っていた。


「もう居ない」


「…そんな」


「母もそんな父のことが大好きで…凄い魔法使い…だった(・・・)


「良いよ! もう言わなくても…」


「もう居ない」


 淡々と話すセティ殿。

 そう。彼女の両親は、既にこの世に居ない。彼女は、ずっと一人で生きているのだ。

 十一歳なのに、こうも辛い人生を歩んでいたと聞くと…隊長殿が部隊に入隊させたのも頷ける。

 人の良い隊長殿のことだ。居場所を作ってあげたのだろう。


「…ごめんね…嫌なことを訊いて…」


 そのまま黙ってしまう二人。

 セティ殿の両親のことは私や隊長殿もよく知らない。本人が言うには凄い方々であったそうだ。

 彼女の戦闘技術は全て両親直伝らしく、武術と魔術の手解きを受けていたそうだ。

 齢十一にして、隊長殿に勝るとも劣らぬあの実力…。本人の才もあるのだろうが、やはり指導も良かったのだろう。可能ならば一度お会いしたかったものだが…それは叶わぬ夢。

 残念でならなかった。


「…嫌じゃない。聞かれたら、答えられる」


「…セテイちゃん」


 答えられると言うのは、答えようとしているから。

 答えられるように、努めている。

 動じていない体を装ってはいるが、セティ殿は未だに別離の悲しみを乗り越えられずにいるのだろう。

 だが少しずつ、少しずつ自分の中に気持ちを溶かしていきながら、着実に前を向いて、歩みを進める。

 その小さき身で、大したものだ。彼女は立派に副隊長をしているのだ。


「……」


 私も、見習わなくてはならないな。


「お〜お〜…鬱そうな雰囲気だな〜。ま〜良いか。よし、結果から言うぞ〜」


 色々と考えている内に、時間が経っていたのだろう。

 隊長殿が、相変わらずの呑気な様子で戻って来た。


「…隊長殿、もう少し空気を読んでほしいのだが…」


「森には〜入ることが出来ない…訳ではない。要するにだな〜、今日の昼に『ジャポン』…東の国の王を殺した化物がこの森の奥に逃げ込んだらしくてな〜? 明日の化物討伐に参加するのなら、暫くは立ち入り禁止のところを特別に許可してもらえるみたいだそうだ〜」


「む…」


 本人なりに、聞いたことを噛み砕いて説明してくれたらしい。

 苦言を無視され、私は眉を顰めた。

 本人には聞こえていなかったのだろうが、少しだけ思うところがあった。

 口には出さないが。


「辻斬りの類いか何者なのか。突如玉座の間に乗り込んで来て王を、バッサリ〜ってな。駆け付けた警備兵によって退けられた後、この森に逃げ込んだそうだ」


 話しているのに気付いた知影殿とセティ殿が私達の下に来る。


「…王様が…。タイミングが悪かったってことですか?」


「ま、そうでもあるが、それだけじゃあない」


「???」


 知影殿の頭上には疑問符が浮かんでいた。

 隊長殿の話は、私とセティ殿からすれば理解出来る話だが、知影殿にはまだ慣れない話だろう。


「あ、都合が良い側面もあるってことですか」


 だが何を言いたいのかを理解したのか、すぐに頷いた。

 少しだけ感心したような瞳をした彼女に、隊長殿が補足する。


「そうだ〜。早く弓弦と合流したいかつ、一国の王を殺した化物を放っておくなんて選択は、あんま考えられないんだな〜。一応『崩壊率』を上昇させる要因の気がしなくもない。俺は彼等と協力するべきだと考えているが、皆はどうだ〜?」


「私は構わない」


「私もです」


「…私も」


 『崩壊率』。即ち世界崩壊の原因であり、遠因でもある。

 世界を崩壊に導きかねない事象が起きた際に上昇する、世界の耐久度。「100」を超過すると、世界そのものが崩壊して陰に呑まれてしまう。

 大陸を割るような自然災害では当然上昇するし、小さなところでは一国の内乱でも上昇する。

 まぁ内乱に関しては、世界にとって有益をもたらす者の治世となった場合に減少することもあるのだが。内乱で人が大勢命を落とすと上昇する。

 そうやって、「率」である以上は時の流れと共に増えもすれば減りもする。

 自然経過で快方へと向かう場合もあるだろう。しかし上昇の場に居合わせたのなら、可能な限り対応に当たるのが“私達”の流儀だ。


「お〜し」


 私達の意思を確認した隊長殿は、先程話していた兵士の所へ向かった。

 一言二言話すと、今度はその兵士を連れて戻って来た。


「よ〜し! 今晩作戦会議を行うそうだから、そこに居る…」


上辻うえつじ 乙成おつなりです」


「上辻さんと一緒に城まで行くぞ〜」


 上辻…? ふむ…名前の響きが知影殿や弓弦殿と似ているな。


「上辻です。この度は化物討伐に加わっていただけるとのことで、協力感謝します。大変恐縮ではありますが、城の方までご足労お願いいたします」


 上辻と名乗った土臭い印象を受ける男は、軽い敬礼をした。

 彼は、包囲兵の上官のようだ。

 身軽そうな軽鎧に身を包み、腰には刀を帯びていた。


「ようこそ、『ジャポン』へ」

 

 人柄の良さそうな上辻殿に案内されること一時間程。私達は『ジャポン』に到着した。

 遠くに見える城は、私が知る城よりも土臭い印象を受けた。

 砂漠の国の城程ではないが、独特な形状をしている。

 頂上の方を見ると、天守閣(知影殿に教えてもらった)に小さな穴が開いている。そこから化物が侵入したことが窺えた。


「…完全に時代劇の町だ。でも……」


 町に入ってから、知影殿は右へ左へと視線を向けていた。

 好奇心丸出しの瞳だ。しかし、その表情はすぐに曇る。


「…暗い」


 『ジャポン』は、どことなく暗澹とした風が流れていた。

 街の人間の表情も、心なしか暗い。

 私も気になりつつあったのだが、それ以外にも城への道中さらに気になった場所があった。


「ここは?」


「うわ〜…凄いな。何だこれ」


 平屋や露店の並ぶ通りの一角。

 鼻孔を衝く焦げ臭い香りに視線を向けると、塀に囲まれた奇妙な空き地があった。

 空き地には、灰色の砂が積もっていた。私達が歩いている道の土肌とは違う、明らかな異物の砂だ。他には、精々石ころが転がっているくらいか。

 それ以外には、何もない。何も無いからこそ、異質さがそこにはあった。


「そこには昨朝まで、『鹿風亭』と言う二百年以上も続く老舗旅亭がありました」


「昨朝まで?」


 思わぬ言葉に、私は上辻殿に訊き返していた。

 昨朝まであった──成程。だとすれば、この妙に焦げ臭い香りにも頷けると言うもの。


「えぇ、昨朝まで。…我々に退けられた腹いせだったのかもしれません。化物によって跡形も無く破壊されました。…若くして旅亭を継いだ美人な女将と、質の高いおもてなしでこの国を代表する旅亭だったのですが…残念です」


 言葉以上に上辻殿は悔しさを滲ませていた。

 多くの命が奪われた理由が、腹いせであったのならば…許し難いものがあるのだろうな。

 俯いた彼が握り締めた拳は、怒りに震えていた。


「そいつは酷いもんだな…!」


 隊長殿の語気は、微かに怒気混じりのものだった。

 調子者だが、人の命を何よりも大切にする男──それが隊長殿だ。


「‘美人女将……’」


「……」


 これが、隊長殿だ。

 流石と言うか、何と言うか。私は心の底からの呆れを込めて、隠し持った得物を取り出していた。

 白衣の中に銃身を隠し、銃口だけ覗く状態で隊長殿の背に当てる。


「ユリちゃん、背中に固いものが…?」


「ふっ、当てている。どこにでもある銃口をな」


「…そこはかとなく生命の危機を感じるんだが…?」


「気にするな。私は気にしてないぞ」


「気にしろよ……」


 小声で聞こえた欲望に向けて取り出した得物を、私は白衣の中に収納した。


「‘…『鹿風亭』…私も、一度泊まってみたかった……’」


 すると隣から、残念がる小さな声が聞こえた。

 心の底から残念そうな様子は隊長殿と似ているのだが、こちらは打って変わって可愛らしい。

 

「…セティ殿は、ここのこと知っていたのか?」


 セティ殿はキョトンと首を傾げた。

 数度瞬きをした後に、「他の街で聞いた」と答える。


「最初、南の大陸に降りたから」


「ふむ。とすると…『ポートスルフ』辺りか?」 


 南大陸の街と言えば、『カリエンテ』と『ポートスルフ』が浮かんだ。

 私達を追ってこの世界に来たのなら、恐らく『ポートスルフ』だと私は思った。


「…コク。『ポートスルフ』で訊いた」


 海を挟んだあの港町にも名が知れている旅籠屋か…。

 恐らく、この東の国に関する情報収集をしたら一度は耳にするのだろう。

 私達はこの国の情報をあまり集めていなかったために、聞きそびれてしまったのだろう。

 国を代表する旅籠屋。それも、ただの国ではない。この、何とも異国情緒溢れる国の宿なのだ。セティ殿の言葉にも頷ける。


「ねぇ、ユリちゃん…何かさ、綺麗じゃない?」


 だが知影殿は、どうにも腑に落ちないことがあるようだった。

 腕を組みながら眉を顰め、考え込んでいた。


「…どう言うことだ?」


「ほら、化物がここを襲ったのって昨日の朝…なんだよね。…どうしてこの一角だけ燃やしたのかな。他の所には全然燃え広がっていないし…少し、綺麗過ぎるような…」


「…む? 言われてみると」


 知影殿の疑問に、私も首を傾げた。

 昨日の朝から今この時まで、一日しか時間が経過していない。

 一日もあれば火は消えるだろうし、この国の建築物に木造が多い以上、燃やされれば灰にもなるだろう。

 だが、火ならばもう少し燃え広がってもおかしくない。

 旅籠屋があった一角だけ(・・)跡形も無く燃えてしまったことが、私も気になった。

 化物とやらが、特別な感情を旅籠屋に抱いていたのだろうか。

 いやだとしても、妙に行儀が良い。


「うーん…材料が足りないなぁ」


「化物は周辺の魔物とは比較にならない程強力な魔法を使うのです。撃退した際も『音弥さん』が宝剣で、化物の魔法を封じてくれたから出来たのであって…。もしあの人が居なければ…この国は滅んでいたかもしれないのです」


 上辻殿の補足を聞いても、まだ知影殿は腑に落ちないようだ。

 「材料が足らない」…まるで、何かもの作りをしているような言い方だった。

 恐らく彼女は、自らの中で推論を組み立てているのだろう。


「『宝剣』…ですか」


「はい。魔を封じる力を持った、聖なる剣です」


「魔封じの剣…そう言うのあるのかな、ユリちゃん?」


「…魔法付加エンチェントされた武具は、世界に数多く存在する──と、されている。存在すると考えるべきだろう」


「ふぅん」


 魔封じ…つまり、魔法を封じる魔法。

 魔法の発動を封じるのか、集った魔力マナを打ち消すのか。確かそんな魔法があったな。

 闇の系統…む? 違うな。確か『失われた属性』の魔法にそんな効果を持つものがあったような気がする。

 昔読んだ文献での知恵だ。真偽は定かでないが、世界が無数にある以上、魔法もまた無数にあると考えるのが当然の考え方だろう。


「魔法を封じる剣…ね〜。その音弥って奴は、明日の化物退治に参加してくれるのか〜?」


「勿論あの人も遊撃隊の隊長として参加しますよ。私達やあなた方は言わば先遣隊のようなものですから…」


 先遣隊。その言葉に、隊長殿の眉が動いた。

 あまり良い意味では受け取れない響きの言葉に引っ掛かるものがあったのだろう。

 しかし何も言わないまま、言葉の続きに耳を傾けていた。


「明日は音弥さんの隊が、側面から奇襲を掛けるまでの時間稼ぎが主な目的かと。作戦会議もそれについてだと思います」


「不意討ちを狙うってことですね。…勝つためには必要かもしれないけど…」


「それだけ勝たねばならない、と言うことです。…こんなことを言うのも何ですが、いざと言う場合は戦線を離れてもらっても結構ですので」


 それだけ言うと、上辻殿は歩き始めた。

 地を踏み締めながら先を行く背中には、強い決意が窺える。

 そう、まるで死地へと向かわんとしているような強い決意が。


「先遣隊かぁ…。負け戦とか、一番槍とか、殿こそ武士やら漢の花とは言うんだけど。私これでも女の子なんだよねぇ。ああ言うのはちょっと…」


「あの男…」


 自らが捨て石と言うのを自覚しているのか。

 将来は中々良い武人になりそうだな、うむ。…無論今既に、そうでないとも限らないが。


「三人共〜置いて行くぞ〜?」 


 知影殿の独特な言葉に意識を持っていかれていると、隊長殿と上辻殿の姿が遠くにあった。

 いつの間にやら、置いて行かれていたようだ。


「すまない! ほら知影殿」


「はーい」


「セティ殿は…む?」


 セティ殿が元居た場所から動いていた。

 一体どこに行ったのか。視線を巡らすと、空き地の中にあった。


「‘…音’」


 名残惜しそうに、何か呟いている彼女。

 ぼんやりとした瞳は、空き地の壁──を捉えているように見えるが、焦点を結んでいない。

 夢見心地のような、眼には見えない何かを見ているようでもある。


「…セティ?」


 それはまるで、今は亡き旅籠屋の姿を見ているようだった。


「…すぐ行く」


 知影殿の呼び掛けに応じ、彼女はとてとてと戻って来た。

 随分と名残惜しそうな姿を見せてくれるものだ。

 子どもらしいと言うか、何と言うか。

 余程楽しみにしていたのか、こちらに来る姿は普段よりも気落ちしている様子だった。

「…すぅ」


「ふぅ…!」


「…どうやら、息を吹き返された様ですね…!」


「えぇ、えぇ…本当に…。一時は、どうなることかと思ったわ…。そうよね、子どもの足が付くような浅瀬でも…うつ伏せなら溺れるもの。流石に、癒やしの聖なる泉で溺死なんて…笑えないわ」


「溺死…。賢人の御二方にも、その様な概念が通じるとは思っていませんでした」


「あなたは私達を何だと思ってるのよ……」


「いえ、御二方なら水の中でも息が出来ると…」


「…確かに、そんな魔法もあるけど…流石に生身の状態では出来ないわよ」


「え?」


「ちょっと…誰がエラ呼吸よ。ハイエルフだって、肺で呼吸しているわよ」


「はぁ…。肺だけに」


「……」


「…。それにしても…弓弦様に何事も無くて、何よりですね」


「…。こんな、番外編みたいな場所で何かあったら笑えないわよ。もぅ…」


「クス…ッ。フィーナ様、本当に必死な御様子でしたからね。これもその賜物で御座いましょう」


「…あなたが居て助かったわ。一人だったら私、もっと取り乱していたかもしれないし」


「肩とは言わず、蘇生方法も御教授頂ければ…御力になれたと思いますが」


「…私も昔、本で読んだっ切りだったから。教えるには自信が無かったわ」


「でもせめて、あの…口から直接息を吹き込むくらいでしたら…出来たとは思います」


「…次があっても、そっちよりは…圧迫の方をやってくれた方が嬉しいわよ。その…個人的に」


「生命の危機でも、そう言った部分は気になさるのですね」


「そこは…あなたにも気にしてほしいところだけど」


「いえ、御二方に同行する者としての覚悟の前に、その様な細事を気にする訳にも参りませんので」


「…悪かったわね、嫉妬深くて」


「フィーナ様は、それ程に弓弦様のことを大切にされていると言うだけに御座います」


「そう」


「嫉妬深い…とは思いますが」


「…言うわね」


「クス…ッ。では予告です♪ 『待ち受ける戦いを前に、一行は与えられた時間を過ごしていく。不安に暮れる者と不安をひた隠す者、見守る者と傍観する者。各々の秘めたる思いを彼方より見下ろしながら、東国の夜は更けていく──次回、暗雲立ち込める東の国 後編』」


「嫉妬深くて何が悪いのよ。この人は大切な、たった一人の家族なのに……」


「家族…で御座いますか。…そうですね、大切になさる気持ち…分かります」


「……えぇ、本当に…大切」


「(そう…家族は大切で、尊いもの…血の繋がりの有無に、関わらず……)」




「(ですから私は彼が……それを看過した自分が許せずに、身を焦がすような黒い情念を胸に、此方側に立っているのです……)」

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