焔を纏いし新たな仲間
手渡された物体を見て、私は固まった。
「これは…!?」
一眼で分かるわ。確か…業物と言うのかしらね? 人間の言葉で。
僅かに鞘から覗く刃の鋭利な輝き、手に取るだけで息を呑まれる存在感、そして眩いばかりの魔力──この刀を無くして、業物と言う言葉は語れない。
これ程の業物…どうやって……。
「本当は御二人が鹿風亭を去る際に渡そうと思っていたのですが、遅れました。『朧断』と材を同じくする刀。名を、『軻遇突智之刀』と称します」
つまり、『オレイカルコス鉱石』の刀!?
ハイエルフの手でも作ることの…いえ、本の中の存在──手先の器用さならば右に出る存在は居ないとされる、『ドワーフ』の手でも作れるかどうか──そんな、宝刀の域にさえ届いているような一振り。
さながら神話時代の一品。『ブリューテ』の宝物庫から持ち出した『魔法具』にも決して引けを取らない。
こんな刀を鍛えることが出来るなんて。
驚愕に震える私の手は、感情と同じように震えていた。
「実は此方の方が本命の予定だったのですが…」
「これが…」
見送りの際にでも渡すつもりだったのかしら。
それにしても…かぐつち…かぐ…つち…?
「かぐつち…って何のこと?」
「『ジャポン』に伝わる八百万の神が一柱、炎の神で御座います。御身に宿りし焔は、現世に存在する炎の中で唯一、神の魂までも滅する神殺しの炎だと…。字では、この様に書きます」
風音は少しだけ誇らし気に微笑みながら、足下に落ちていた枝を拾って文字を書く。
軻遇突智…何かの固有名称かしら? 不思議な響きだわ。『朧断』もそうだけど、小難しい文字の書き方。
東の国の…「漢字」だったかしら。独特な形状をした文字ばかよね。見ないで書けるようになるためには相当の努力が必要そう。
「…随分と大層な銘を与えたわね」
「刀身を御高覧頂ければ、その理由もきっと…御理解頂けるかと」
緋色に彩られた鞘は、思った以上に軽い。
『朧断』と同じく羽を象った彫刻がの美しい柄を撫で、徐に刀を抜く。
「(…この、魔力は!?)」
真紅に輝く魔力が、鞘から溢れ出す。
滑らかで、歪みのない刃紋。鋭利な輝きを放つ曲線美は、まるでこの世のものとは思えない。
「(そう…。魔力によって属性変化した、緋色の『オレイカルコス鉱石』を材料としているからね)」
握るだけで魔力が活性化していく。
私が魔力を込めた素材だから、相性が良いのね。
でもそれだけじゃない。魔力と親和性の高い物質特有の、増幅器機能がしっかりと機能している。
素材の良さを活かす──と表すと、まるで料理みたいだけど。でも本質に眼を向ければ、どちらも口にすることは簡単だけど、芸術と呼べるまでに昇華させることは至難の業と言うことで共通する。
本人の腕だけじゃない。けれども素材の良さだけでもない。高温の炎、それに耐えながらも炉全体に熱を保つ窯──いずれを欠いても、この刀は作ることが出来ない。
風音は想像以上の、さらに上を超える程に優秀な鍛冶師と言うこと? でもそれにしても、あまりにも、何と言うか…トンデモね。
旅館の女将で、忍者(疑惑)で優秀な鍛冶師…この後に何の要素がきても驚かない自信が付いてきたわ。
「試し斬りをしても良いかしら」
差し出された風音の手に鞘を預ける。
「はい」
近くに迫った風音の顔を見て、ふと思う。
今思うのも何だけど、美人よね。
肌の艶も、張りにも若さがあるわ。私も負けていないけど。
そう言えば…「若女将」って呼ばれていたのを聞いたことがあるような、ないような。
若女将…ね。何歳なのかしら? 私よりも上? 下?
「……」
自分で考えておきながら少し気分が落ち込んだわ。
どうして負けた気分になるのかしら。負けていないはずなのに。
考えたら、駄目ね。今は試し斬りをしないと。
『出でよ岩塊』
魔法で眼の前に、家一つ分程度の岩を出現させる。
“ストーンフォール”。本来は相手を押し潰したり、障害物として障壁に用いたりする魔法なのだけど…魔法も使いよう。試し斬りには適任ね。
「ふ…ッ」
刀を下段に構える。
狙いを定め、柄に両手を添えた。
「ッ!」
切先を岩へと向ける。
ご主人様の構えを意識して、勢い良く踏み込んだ。
一歩で刃の間合いへ。
「はぁ──ッ!」
振り切った。同時に、確かな手応えが腕に伝わる。
走った剣線に沿い、家の大きさ程もある岩が擦れ落ちていく。
綺麗な紅の軌跡がとても美しい。
特に意識した訳じゃないけど、斬撃に火の魔力が宿っているわね。私の…いえ、刀そのものの魔力ね。魔力か扱えない者でも扱える、魔法の武器。魔法や銀の得物でしか本体を捉えられない魔の存在への最適解の一つ。
刀そのものの斬れ味と、魔力が合わさったがために起きた、当然の結果。
「……」
それにしても…トンデモ刀ね。これ『宝具』に届きそうなクラスじゃない…?
「喜んで頂けたみたいですね」
「…えぇ、信じられないわ」
鞘に納めた刀を掲げると、木漏れ日を浴びて煌めいたような気がした。
本当、綺麗な得物。
切先に触れたものを燃やし尽くす刀、か…。ご主人様が好きそう。
「補足事項ですが、この刀は最初に抜いた人と、その人の血縁にしか抜くことが出来ないので注意して下さいね」
「…はい?」
風音の補足に、私は固まった。
当たり前のように言ってくれたけど、当たり前にして良いような話じゃない。
「最初に抜いたフィーナさんと、その旦那様である弓弦さん以外には、抜くことが出来ない刀…と言うことです」
“コマンドオーダー”と言う魔法がある。
魔法生物に命令を与える場合に用いられたとされる、支配属性に分類される魔法。
守護獣に広く用いられたと文献には残されているわ。だけど、指定した人以外に武器を抜かせないと言う使い方をするなんて。
彼女の言葉が真実かどうかは分からないけど、真実だとしたらとても恐ろしいことになる。
伝説の金属の加工、魔力の付与だけじゃなく、魔法自体の付与…?
私とご主人様が装束に魔力を込める時に使用した、“エンチェントイクイップメント”抜きで…?
「まるで、伝説の剣ね」
…一体彼女、何者?
ここまでの技術…時代錯誤も良いところよ。
二百年…いいえ、千年は生まれてくる時代を間違えているわ。
まさか現代にここまでの存在が……。
「そう…!」
私は、刀の持つ特殊性に心奪われていた。
私とご主人様だけにしか使えない刀。それは彼のことを想う私にとって、喜びを禁じ得ないもの。
つまり、もし私とご主人様の間に子が産まれれば、その子もこの刀を扱えると言うこと。単なる武器としての役目以外に、 家宝としても良いぐらい。
「…折角だから大切に使わせてもらうわ」
「あらあら…随分と嬉しそうですね」
「…そう、見える?」
「僭越ながら申し上げますと、先程から帽子が動いてますので」
「……」
意識を向けてみると、確かに耳が動いていた。
我ながら、分かり易過ぎる反応ね。
「クス…御作りした甲斐があったと言うものです」
…良い人ね、風音は。
良い人ではある。けど──。
「……」
彼女は人間。
ご主人様を傷付けた存在と、同じ種族。
その事実が、胸の奥のしこりとなってスッキリしない。
苦手意識と言うべきものなのかしら。妙に居心地の悪い気分になり、彼女の微笑みに返すことが出来なかった。
「…城で何があったのですか?」
そんな私の心中を見抜いたかのような風音の問い。
ご主人様の負った傷と、私の人間に対する態度の温度差──きっと、彼女の中では大体の予測が付いている。
それでも切り出してきたのは、彼女自身確証が持てないから。
彼女自身、揺れている。人間に対するものと言うよりは、きっと──あの男。
何かしらの浅くはない縁がある。それが具体的に何なのかは分からないし、これっぽっちの興味も湧かないけど。それでも言葉を選ぶ。
「…そう、ね…?」
森の彼方から吹き抜けた風が、頬を撫でる。
だけど妙に纏わり付くような嫌な風に、私は思案を中断した。
「…森の雰囲気が変わったわね」
「え…?」
木々達が騒がしい。
…侵入者?
「まさか…!? もうここまで辿り着こうとしているの…!?」
どうやって。その疑問に対する答えとして、一人の子どもの姿が浮かんだ。
「…話は後。どうやら私達を追っている人間がもうじきここに来るみたいだわ」
風音には悪いけど、良い具合に話が誤魔化せたわ。
もっとも、決して歓迎すべき事態ではないのだけど…!
「…! 戦うのですか」
戦意を隠そうともしない私に、風音は淡々とした声音で問い掛ける。
簪を撫でる表情は、憂いを帯びていた。
「えぇ。森の中で無駄な殺生をしたくないから、選択肢は与えるけど」
本当なら、一人残らず──なんて、危険な思想に染まりたくもなるけど、私にも理性はある。
ご主人様の命と言う理性があるから、辛うじて選択肢を与えるまでに踏み留まることが出来る。
「…どう言った選択肢でしょうか?」
「明確な殺意を向ける人間に対しては、一瞬で殺されるかじっくり殺されるか。それ以外の人間は、大人しく逃げ帰るかその場で殺されるか、よ」
ご主人様はとても優しい人。
私を守ろうと振るった剣で人を殺めた時──あの人の瞳は、背中は、泣いていた。
どこまでも優しい人だから、生きるためと自分に言い聞かせて人を殺めた。自分にも、生き続けなければならない理由があったから。向けられた敵意を、殺した。
だから敵意の無い人間を問答無用で殺したら、きっとあの人が悲しむ。それは、それだけは嫌だから、せめてもの慈悲は与える。
「居たぞ!」
遠くから、こちらを見つけた兵士が向かって来る。
「…早いわね」
予想はしていたけど、“護精の結界”はまるで効果無し。
気配から察するに、二百人程は居るかしら。
先頭の数人には覚えがあるわね。確か…えぇ、忘れるはずもない。
そう、玉座の間であの人のことを化物呼ばわりした人間。
その面持ちは、敵意に彩られている。
──ダァンッ!
聞こえた銃声に、抜き身の刀を振るう。
放たれた銃弾が、二つに切られて地に落ちた。
「いきなりなご挨拶ね……!」
直感した。戦いは避けられない。
狙いが私とご主人様の命なら、避けることは出来ない。
私達に生きる理由がある。
生きるために、誰かを殺める理由がある。
「…選択肢を与えるまでもないわね。神聖なこの地を汚らわしい人間の血で汚すことは本意ではないけど…是非も無いわ。風音、行くわよ」
「準備は整っております」
風音が薙刀を構える。
先程までの憂いはどこへやら。一変、覚悟の決まった顔をしている。そこに迷いは感じられない。
少しだけ、驚いたわ。
「…天部 風音…参ります」
地を蹴った。
着物をはためかせ、突撃。飛び交う銃弾を弾き、なおも加速しながら駆けていく。
「はぁッッ!!」
一度得物を振るえば大気が震え、兵達の身体が吹き飛んでいく。
それはさながら天下無双の勇士のよう。
「……本当、何者なのよ」
地を蹴り、木を蹴り、人の背中を蹴る。縦横無尽に戦場を駆け巡る彼女に、兵達が翻弄されている。
味方であることに安心しながら、私も気を引き締め直す。
あんな常人離れした回避運動が出来るのなら、十分前衛が務めてくれるはず。それどころか、十二分に務まっている。
なら、私は専門領域で迎え撃つ。
『奈落への門よ開け。慈悲など与えない』
使用したのは闇属性中級魔法“ダークハザード”。
範囲も狭ければ、使用する魔力と比較して効果も薄い。しかし薄い効果でも捉えられる程に実力差が開いていれば──いかなる魔法よりも恐ろしい効果を発揮する。闇の底へと叩き落とし、息の根を奪う。
そう、これは即死魔法。
「先に打って出たのはそっち。…奈落で後悔なさい」
展開した紫苑色の魔法陣から闇が生じ、直上の人間達を呑み込んでいく。
一歩、また一歩と踏み出そうとする者も居たけど、それよりも闇の方が早い。腰から胴へ、胴から首へ。
「た、助けてくれぇッ! 助けてくださいィッ!?」
必死にもがいて、手を伸ばして。
「ぎゃぁぁぁぁぁああああッッ!!」
やがて断末魔と共に顔が闇に呑まれ、必死に動かされていた手が力無く倒れて闇の中へ。
「人間なんて奈落に落ちて、果てれば良いのよ…ッ!」
その数、百数十人余り。
確かな手応えに、私は発動を終えた。
「(思ったよりも沈んだ。次は…!?)」
異様な魔力の気配は感じない。
「(…でも、油断は出来ないわね)」
私もご主人様も、例の子どもの気配に直前まで気付けなかった。
謎の存在の不意打ちに注意を払いながら、風音の戦いを眺める。
「…せぃっ!!」
背後の仲間が全滅したことに動揺する兵士達の命を、風音が容赦無く奪っていた。
薙刀が舞う毎に無慈悲な一撃が頸を、身体を、足を分断する。
血飛沫の中で刃を振るう彼女は、まるで踊り子のよう。
「往きます…焔よ!」
風音の身体が炎を纏う。簪を引き抜いたために髪は解かれ、風に踊った。
纏われた炎の中で、着物は黄昏を思わせる橙に染まる。瞳の色は炎を映して赤く染まり、全身から溢れる熱波が周囲を猛烈に叩き付ける。
火の魔法…あまりにも、幾ら何でも、使い熟し過ぎているような──?
まるで、元々魔法が使えていたかのよう。
使えていたはずのものが、本人も知らない内に封じられた──だからこそ、封印が解かれると本人も気付かない内に使えるようになる。
元々使えていたからこそ、今使い熟すことが出来る。
誰が封印していたのかと言う新しい疑問は出来るけど、それが極自然な形。一番腑に落ちるのだけど…。
「…後は私が戴いても宜しいですか?」
風音は薙刀の石突から炎で刃を形作りながら振り向く。
その姿は不覚にも、軽く見惚れてしまう美しさを有していた。
まるで人間離れしているような、いっそ神聖とでも呼べるような──。
「え、えぇ…良いわ」
…。まさか、ね。
「承知致しました」
風音は優しく微笑むと、人間達に向き直った。
「では…参ります」
彼女は地を蹴ると、兵を囲む円を描くように走り出す。
そこから先は、圧巻だった。
「…さぁ、内に宿りし焔よ」
風音が通った後の地面に等間隔で小さな炎が揺らめく。
暖かな炎──と呼ぶよりは、どこか薄ら寒くも思える。
でもそれを踏まえてもなお、力強い炎だった。
「踊りなさい」
一周した彼女が薙刀を手元で回転させる。
同時に炎が一斉に噴き上がり、呼応するように連綿と撚り合わさる。
幾重にも織り混ざった炎はやがて、
「焔の舞」
嵐となる。
「ッ──!?」
嵐は徐々に大きくなると、兵士達を断末魔と共に呑み込んでいく。
“フレアトルネード”とは、少し違うように思える炎の嵐。
炎の熱さと、氷の薄ら寒さが同居したようなこの魔法は──何?
不思議なことに、呑み込むのは兵士達だけで、他の物質を呑み込むことはない。眼に見えて煌々と炎が燃え上がっていると言うのに、不思議な程に付近の自然に引火しない。
対象の指定が出来ている。それは見事なものだけど。
「終、で御座います」
薙刀の回転を止めると嵐も止んだ。
嵐の後には何も残っていない。斬殺された人間も含めて、嵐は燃やし尽くしていた。
人間達は全滅した。存在の痕跡は、どこにも無い。
「見事なものね。お疲れ様」
戻って来た風音を労い、私は刀を収めた。
森には元の静寂が戻っている。
取り敢えず危機は脱したみたい。
「クスッ。咄嗟の思い付きではありましたが…僥倖でした」
「思い付きって…随分思い切ったことをしたわね…」
風音の言葉に脱力する。
「つくづく予想の上をいくのね、あなたって人は」
「クス、常に周りの期待以上の結果を示さなければこの歳で旅籠屋の女将なんて到底務まりません」
「…そう、その歳で…ね。ん?」
聞き捨てならない言葉に眉が寄る。
「この歳で…」その言葉は、一般的とされる年齢じゃないからこそ口に出来る言葉。
思わず、訊かずにはいられなかった。
「…何歳。と訊いても良いかしら?」
そう、禁断の質問を。
「…そうですね」
どこかから簪を取り出した彼女は、纏めていた髪に挿すと照れ臭そうに笑う。
「十八歳です」
その時、私の脳裏に雷が落ちた。
現実のものではなく、比喩として。
バアゼルを貫いたような雷が、轟いた。
「…はい?」
「…十八歳」
「え」
十八…歳。
じゅう…はち?
「えぇぇぇぇぇっ!?!?」
「…ッ!? ど、どうされたのですか?」
「ど、どうもしていないわよ…」
き、訊き間違えたのかしら…?
「コホン。ごめんなさい、急に耳が遠くなっちゃったみたい…しっかり聞いているから、もう一度教えて」
…。訊き間違い…よね?
「十八歳です」
「えぇぇぇぇぇっっ?!」
…十八歳。十八歳ですって!? 私とあの人と…同い年? 私てっきり二十代後半だと(失礼)思っていたのに…人は見た目によらないと言うことかしらね。
「…十八歳で女将…若いのに頑張っているのね」
…あらやだ、この言い方少しおばさんみたいじゃない…って、その言い方考え方が既におばさん臭いのよ…もぅっ!!
「(あぁ…空しくなってきた)」
私だって十八よ? 確かに二百年間眠って過ごしていたけど、十八なのよ。
「(…やっぱり、空しい)」
考えれば考える程にじり寄る虚無感に、私は思わず虚空を見上げてしまった。
「クスッ。いえ、御二方には遠く及びません。えぇ全く及びません、及ぶはずがありませんもの」
不思議な三段換言ね、口癖かしら。
「僭越ながら、私も一つだけ伺ってもよろしいでしょうか」
私の様子を窺うような風音の視線。
流れからして、彼女の質問は何となく予想が出来た。
「…歳のことなら、私とご主人様も十八歳「えっ!?」…驚くようなことじゃないと思うけど」
趣向返しとばかりの驚きように、私は思わず眼を細めた。
心の底から驚いたみたいな反応。自分の年齢について何とも言えない空しさを覚えていたからこそ、呆れ混じりの声音になってしまった。
「(…失礼しちゃうわね)」
自分のことを棚に上げる訳じゃないけど、まさか、まさか風音も私とご主人様が二十代後半に見えた…なんてことは…。
「…私の記憶違いでなければ良いのですが…御二方とも二百歳超えていらっしゃいますよね?」
「(まさかの限界突破っ!?)」
…コホン。風音は何を言っているのかしら。二百十八歳? 二百十八…二百十八歳…。確かに氷の中とは言え、二百年過ごしているのだから間違ってはいない…間違ってはいないの。
記録上と言う側面から見れば、至極当然な数字よ。自分でも考えてはいたけど、やっぱり納得がいかないわ…!
「いいえ、十八よ」
「は、はぁ…」
私達の種族は長いこと見た目が変わらないからこそ譲れない。
年寄り扱いは嫌。記録上どうであろうと心は十八よ、私もあの人も、十八歳。
それで良いわよね…っ!?
「十八だから」
「そう、否定されなくも…?」
「…さ、戻るわよ」
ちょっとした息抜きを終えて、長老の樹へと戻る。
あの音弥と言う人間が現れなかったのは気になるけど、少なくとも今この森に“敵”は居ない。
気を抜くことが出来る瞬間ね。
今後に備えて、今は休息しないと。
「(あの人が待っているかもしれないし)」「御主人様が待っているからですね」
不意の発言に隣を見ると、風音がにこやかに笑っていた。
細められた瞳に光る、見透かすような視線。
どうしてかしら。妙に小恥ずかしい。
そして居た堪れない。
「…っ」
「あ! 御待ち下さい!!」
堪らず早足で歩き出した私の脳裏に、あの人の言葉が浮かんだ。
「(風音さんのような人間が居ることも忘れるな…か)」
──そうね、そうかもしれない。
私はご主人様を守り続けなければならない。あの人が私にしてくれたように。人間から、絶対に。
だけど一人では、限界がある。理不尽な数の前に、私もあの人も敗北を喫してしまった。
そう、強くないの。でも、強くないのなら──!
「ふふっ、上に置いてくわよー」
仲間を作れば良い。
一人では駄目でも、二人でなら。
風音と一緒なら、二人でなら──より安全にあの人を守ることが出来る。
「それは困りましたね…ッ!」
「きゃあっ!?」
「クスッ。先に出入口の上に居れば、置き去りにされませんよね?」
「…速過ぎるわよ、もぅ」
だけど一人より二人なら、二人より三人な訳で。
いいえ、三人どころか、百人力で。
「ありがとう」、「頑張ったな」と──そんな言葉を言われたい訳でも、そっと優しく抱きしめてくれることを期待する訳ではない。
私に対して、何かしてくれることまでは求めていない。
具体的な見返りよりも、ただ──黒と紫色の不思議な瞳を細めて、優しく笑っている姿が見たい──そんな思いを胸に。
「‘長老様、私達を聖なる泉へ──’」
あの人が眼を覚ますのを、私は今か今かと待っている。
「あ〜あ。何か知らない間に変な夢見ちゃった」
「……」
「隊長さん…?」
「ぐご……ぐ……ぅ」
「寝てる…。え、ちょっと待って。もしかして全員寝てた感じかな? …不用心だなぁ。…ふぁ…どっちかが起きるまで、頑張って起きてようかな…」
「はぁ…そうだ、最悪な夢見たんだった。何が『ご主人様♡』よ。あんな美女に甘えられてデレデレしてさ、弓弦の浮気者…っ。ううん違う、弓弦に浮気させるあの女狐が悪いんだよね。全部全部、ぜ~んぶ、弓弦は悪くないの、だって弓弦は私のことだけが大好きなんだからぁ…っ♡」
「…ゆ、歪んでいるね相変わらず…」
「え? 博士、いつの間にここに来たんですか?」
「知影ちゃん、それは今気にすることじゃないよ。それよりも…そんなことばかり言っていて疲れないかい?」
「はぁ…全然。だって考えて見てくださいよ博士、ブスって刺した時の断末魔…泣いて許しを請う姿を晒させながらひたすら刺さないといけないんですよ! ちょっと気持ち悪いけど、やるしかないじゃないですか! 悪いのは言い寄る向こうなんですから!」
「……う、うんそうだネ…っ、それは中々無い趣味だと思うよ…」
「そうですよね!! いやぁ博士、ううん、セイシュウさんなら分かると思ってました!! やっぱり思考回路が似ているのかなぁ…ふふふ」
「……そ、そうかもしれない…ネ…は、はは…」
「そうだ!! 私達、一応IQ高い設定のキャラじゃないですか! 今度二人で何か発明してみませんか!? なるべく死なせず痛みと苦しみを与える道具……作りましょうよ!! 絶対楽しいですっ!!」
「め、メタいねぇ…。か、考えておこう…かな。はは。ほ、ほら僕って色々忙しいから時間があまり取れないんだ…だからこの件はそれまで保留ってことで手を打ってくれないかい?」
「……そうですね、無理を言ってごめんなさい。一人で頑張ってみます……‘あ、でも効率良く弓弦から赤ちゃんの素を搾り取れる発明を作るのも悪くないかな……ふふふ’…?」
「あれ? セイシュウさんどこに行っちゃったんだろう…? まいっか、次の予告は…っと、『弓弦達から遅れること二日程。知影達は海底洞窟を北へと進む。東大陸はまだ遠く、洞窟は彼方へと続いていた。一行を待ち受けていたのは時の彼方より来たりし黒き魔力を纏いし者と、そして──次回、若き剣客』…うーん、困ったなぁ。色んな妄想が止まらないよ…♡」