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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
“非日常”という“日常”
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終わる日常 後編

 ──8月13日、河川敷、放課後。


 この日私は弓弦の練習を眺めていた。

 ここ暫くは、ずっと彼の傍に居るような気がする。それは当然。ずっと居たんだから。

 いつしか、私と彼に恋人説が流れるようになっていた。

 私はそれについて何も考えていなかったし、思ってもいなかった。それよりも大事な、モヤモヤした気持ちについて考えることがとても有意義に思えたんだから。


「僕が竹刀振っている姿、見てて楽しいかい?」


「うん」


 汗を流しながら竹刀を振っている弓弦…今の私なら最高のおかずになりそうだよ。

 この時はただ自然と身体が動いて、頷いていたんだ。


「退屈だったら帰った方が良いからね?」


「ううん。終わるまで居る」


「はは、分かったよ」


 笑顔を向けてから、再び振り始める。夕陽が川を橙に染めて、キラキラと輝いている。

 それよりも輝いてるのは弓弦の汗。…はぁ、これが回想なのが悔しい。また実際に眼の前で起こっていたのなら、舐めてみたいのに…世知辛いなぁ。

 弓弦の汗から採取した塩から作るおにぎり…じゅるる、よ、よだでが…♪


「…げ」


 その後家の前の通りに差し掛かった所で、数学の優香先生と会ったんだ。

 表情を引きつらせる弓弦を一瞥してから、少し驚いたように口を開いた。


「…あら、神ヶ崎さん。お家はこの近くなのかしら?」


 笑顔。

 でも学校で浮かべている笑顔とは、少し「色」が違う。

 警戒されている。そんな結論が出た。

 私は気付かない振りを装い、視線をアパートへと向けた。


「はい。すぐそこです」


「そう。ユ…橘君、ちゃんと家まで送ってあげるのよ? 女の子のエスコートは紳士の基本よ」


 因みにこの優香さん、弓弦のお姉さんなんだ。ものすっごい美人で、うちの高校の男子学生複数からラブレターをたくさん貰ったことがあるとか。凄いよねぇ…。


「う…分かったよ」


「駄目よ。そこはちゃんと、『分かりました』って言わなきゃ…ね?」


「…分かりました」


「よし、良い子♪」


 そう言って家の中に入って行く優香先生。

 若干ブラコンが入っているらしいけど、私が見る限り、若干ではないような気がする。

 その後弓弦に家に送ってもらって、弁当箱は洗って返す約束をした。

 家に帰ってからはずっと、昨日と同じようにモヤモヤについて考えていたんだけど、この日も結局モヤモヤの正体は分からなかった。











 ──8月14日、商店街、登校中。


 この日、私と弓弦の運命が変わった。

 平穏な日常から切り離されて、非日常にへと足を踏み入れてしまった、その日。

 私達は人の気配の消えた商店街で出会ってしまったんだ。


「…神ヶ崎さん、離れよう。ここから先はよく分からないけど、危険な気がする」


「…うん」


 引き返そうとしたその時、“何か”が、地面から染み出てきた。黒い、濁りきった、陰みたいなモノが。

 蠢く。人のような形を摸ったかと思うと、


【汝、………………か?】


 人間の言葉を話した。

 けど、酷くノイズが混じったような声で、上手く聞き取ることが出来なかった。


「──ッ!!」


 言葉の代わりに、弓弦は竹刀を取り出した。震える剣先を陰に向けて、強く睨み付ける。

 彼も、私も直感で感じたんだ。


「な、んだよお前…ッ!!」


 ──眼の前の存在が、「この世に在ってはならない存在」だと。


【詮………と…か。…試………………ぞ】 


 陰が、染み出る。


「っ! 神ヶ先さん、僕の後ろから離れないで!」


 次々と襲い掛かってくる陰を相手に弓弦は、必死に応戦した。

 私を背に庇いながら、がむしゃらに、殴り飛ばしたり、竹刀で叩き潰していったり。

 ──けど、限度があった。

 無限に染み出てくる陰の増加速度に弓弦が追い付かなくなっていく。


「く…そ…っ!」


【愚……】


「ふざ、けるなよ…ッ!」


 弓弦は既に肩で息をしていた。

 それでも諦めずに、挫けずに戦ってくれる彼の姿が、私の中のモヤモヤとした感情を刺激した。


「ッ!?」


 だから、私は気付けなかった。


「な…!」


 頭上から振り下ろされようとしていた刃に。


「知影ッ!!」


 少し離れた所から駆け寄る弓弦の声。

 とても遠くから、必死な声が聞こえた。

 近付く死。

 ここで終わり?

 胸の内に抱く疑問に答えを見出せないまま、ここで死んで──終わり?

 私は答えを見出せないことへの恐怖で、咄嗟に眼を閉じた。


「(嫌…っ)」


 ──直後、音が聞こえた。

 身体に走る感覚は、無い。


「(これが…死…?)」


 何も感じない虚無の空間。

 生の、終わり。

 このまま何も感じず死んでいくのか。そう吐露する私の耳に、小さく、荒い息遣いが聞こえた。


「(違う…私、生きてる…)」


 その証左とばかりに、瞼が開いた。

 見慣れた商店街が、日常を犯した存在が、見えた。

 そして──


「──!!!!」


 視界の端に、赤黒いものが映った。ハッとしてその方向を見ると、


「…かは…っ」


 眼の前で弓弦が、膝を付いていた。

 受け止めるために掲げられた竹刀は中央から二つに折れ、陰の先端が──彼の身体に届いていた。

 赤黒い液体、それは彼の──血。

 そのまま座り込む彼の身体は紅に染まっていた。

 広がる紅い水溜まり。

 彼の、人の身体に無くてはならない、大切なものがどんどん流れ出ていた。

そんな彼に向けて振り上げられる、陰が持つ鋭利な物体。

 無慈悲な一撃が見舞われようとしている。

 でもそんなこと──させない。


「弓弦君!!」


 身体が動いていた。

 彼の名前を叫びながら突き出した手は、彼の背中を押す。

 私は咄嗟の判断で、弓弦を突き飛ばした。


「!!!!」


 物体は、私の身体に吸い込まれる。

 鋭い痛み。急激に熱を持つ、私の身体。

 突き飛ばされ地面を転がり、フラフラと立ち上がった彼の視界には倒れる私が映っていた。

 私は彼を見上げながら、またモヤモヤした感情を覚えた。でも不思議なことに、一つの答えがふと浮かんだんだ。

 悩み、悩んで、悩み抜いて。

 彼方まで広がるもやで、一筋の光明が見出せたかのように。


「ぁ…ぁぁ…っ!」


 ──「彼のことが好き」と言う一つの答えが、出た。


「(そ…っか……)」


 皮肉でしかない。やっと見付けた答えの代償が私の死だなんて。生まれて初めて悩み抜いた問いの答えが、最後の最期にやっと出たなんて。

 もっと、もっと早くに答えに辿り着けていれば、彼に甘える…そんなことも出来たかもしれない。

 もっと早くに気付けていれば、私は変われていたのかもしれない。

 …そんな後悔が、たくさん脳裏を過ぎった。

 霞む視界の中で彼は呆然と立ち尽くしていた。時が止まっているように、ただ私を見詰めていた。

 そんな…悲しそうな顔しないで。

 私の想い…伝えるから──。


「──」


 喉…潰されてしまったのだろうか、声が出なかった。

 手も、動かない。あれだけ熱を持っていた身体が、急に芯から冷えていくような感覚がした。


【朽…よ。………………、絶……抱…て】


 私の意識が無くなる直前、最初に現れた陰が嗤ったような気がした──。











 突然身体が楽になったような感覚がして、私は眼を覚ましたんだ。

 たくさん居たはずの陰はいつの間にか居なくなっていて、辺りは静かだった。

 ──いや、完全に静かな訳じゃない。何か…聞こえる。


「弓弦君?」


 微かな呼吸音を聞いて、その方向に顔を向ける。

 すると、弓弦が横たわっていた。呼吸音が聞こえたんだから生きている。

 本当に良かった…と思った。


「…眼が覚めたようね」


 突然聞こえた声。女の人の声だった。


「あなたは…?」


 顔がよく見えなかった。近くに居るのに、首から下が見えるのに、まるでそこだけ逆光が射しているように見えなかった。


「さぁて、ね? でも…そうね、あなた達の助っ人みたいなものかしら」


「…助っ人?」


「ふふ♪ これ以上は秘密よ。さ、今は身体を休めておくことよ。ここは私とあの人が何とかするから」


 私と弓弦の周りを何か透明なものが包み込んだような気がした。

 ──足音が離れて行き、静寂が戻ってくる。

 視界の真ん中に入る空は暑い雲に覆われて、お日様は見えない。

 …商店街の人達はどこに行ったのだろうか。普通じゃ有り得ないことが続け様に起きて、またも私は混乱していた。

 無意味に手を動かしてみると、何かに触れた──彼の手だ。

 ふと、何らかの感情が、混乱した思考の海から浮かび上がって来た。


「…弓弦…君」


 ──それは彼への、想い。

 モヤモヤした感情の答えは、これだったんだ。


「私は、橘 弓弦君のことが、好き」


 言葉に出して確認してみる。

 …間違いなかった。張り裂けそうな胸の奥、今までに感じたことのない、温かい感覚。私の知識がそう、告げていた。

 何もかも、殆ど分からないけど。それだけ強く、感じられた。

 身体はまだ上手く動かせないけど、熱が戻ってきているような感覚があった。何かが流れ出ているような感覚も無いし、意識もハッキリとしていた。

 手の感覚を頼りに、彼の心拍を調べる──力強い拍動が伝わってきた。

 取り敢えずは、私も彼も生きていると実感出来た。


「良かった…」


 いや、安心するのはまだ早かった。

 音が聞こえたような気がして、地面に耳を当てると近付く足音が聞こえた。

 今度は二人分だ。


「痛いところは無いか?」


 男の人の声だ。中々のイケボ。


「もう…疑っておられるのですか?」


 さっきの女の人の声。

 何を疑っているのか…。きっと、私と弓弦の身体の傷が治っていることと関係しているのだろう。


「普通は訊くものだろ? 俺が疑っていると思うか?」


「…はい」


「…はぁ、ヤキモチを妬くな。言いたいことはあるだろうが、取り敢えずは後回しにしてくれ…な?」


「私…結構頑張ったんですよ? ご褒美を待っているんです、ご褒美を」


 そんな遣り取りをしている二人組。

 凄く仲が良さそうなやり取りをしているみたいだった。少しの間重なったように見えたから、きっとキス…していた…と思う。

 もし本当にキスをしていたんだとしたら、見せ付けてくれるよね…。


「…もう少し長くても良いじゃないですか…」


「…皆頑張っているんだぞ? アイツに至ってはずっと眠らされているんだからな…。ただでさえ俺達にはあの子が居るんだし」


「それは…でも託してしまったではありませんか…私だってもう少し傍に居てあげたかったんですよ? それに、今回もそうなるとは限らないじゃありませんか…」


「…会いたいのなら、急ぐぞ。…もう、時間が無いからな」


「…!! では…」


「皆は既に終えているはずだ。俺達も、急がないとな」


 一体何の話をしているのか。分からなかった。

 表情が見えないし、話の流れが唐突も無い。

 元々何かの話をしていた途中だと思ったから、この話の流れから内容を推測するのは難しかった。

 自分達の間で何かの話を完結させてから、弓弦の方を見たような気がした。


「全部押し付けるみたいで悪いな…。だが、お前にしか出来ないことだ。君も…」


 今度は私の近くにしゃがみ込んで、顔を覗き込みながら、笑い掛けてくれたような気がしたんだ。


「程々にしてやってくれよ。海のように広い心でな。…行くぞ」


「はい」


 遠去かる足音。

 それが完全に聞こえなくなった時。


「…ん?」


 弓弦が身体を起こした。

 私もようやく身体の自由がハッキリと利くようになって、彼に倣った。

 その時のことだった──


「「ッ!?」」


 ──空に、亀裂が入った。

 雲が切れたとかじゃない。割れるように、崩れていった。


「お~い!!」


 それに眼を奪われていると、後ろから声が聞こえたんだ。

 傷を負った男の人で、今度は顔が見えた。イケメンだった。


「はぁ、はぁ、間に合ったな~!!」


「…誰ですか?」


「そんなことは後だ~!! 兎に角、立てるか~?」


 私達が立ち上がったのを確認すると、その人は突然大きな剣を抜いた。


「ど~りゃ!!」


 私達の背後の陰が両断された。眼を白黒させる私と彼に向かってその人は「逃げるぞ」と言った。

 訳が分からないことの連続。だけど、その人は信用出来るような気がした。

 弓弦と頷き合って、付いて行く。

 ぎゅっと繋がれた、私と彼の手。だけどその時、私の身体が急に熱を持ったような気がしたんだ。

 でも今は、逃げるのが先だった。

 繋いだ手を離さないように、彼と離れてしまわないように、一生懸命走って行った。

 不思議な装置の下に辿り着いた時、私の身体が、光った。


「…? っ、神ヶ崎さん…?」


「こいつは…っ、ああ分かってる!! 装置に触ってくれ!! 早く!!」


 鬼気迫るその人の表情に、急いで装置に触れると、周囲に光が溢れる。

 ──それは、私の身体からも。


「どうしたんだ…? おい、神ヶ崎さん?」


 光に包まれる景色の中、三人の中で私だけ、まるで消えていくかのように。その姿が消えていく。

 

「神ヶ崎さん…? 知影さん!」


 消えていく私を繋ぎ留めるかのように、弓弦が私を強く抱きしめてくる。

 でも、私の身体はどんどん薄れていく。


「…ごめんね」


 彼の胸に抱かれた瞬間、私の姿は光の粒子になって消えていった。

 直後、身体がバラバラになる感覚が私を襲う。


「知影───────ッッ!!!!」


 悲鳴、ううん違う…私を呼ぶ声が聞こえた。同時に何かに引き寄せられるような感覚の後。

 私の、“私として”の意識が遠くなっていったんだ──。

「これは…モニターと通信機越しに状況を知ってはいましたが、中々難しい場面を切り抜けてきましたわね」


「そうだな…。あの時助けが来てなかったら、危なかった…とは思っている」


「感謝の言葉は、助け出した張本人に伝えてくださいまし。あなた達だけを助け出すために、崩壊秒読みの世界に突入しましたので…」


「…他の人間は、本当に助けられなかったのか?」


「残念ながら、計器が観測した生命反応は二人分だけでしたわ。それ以外の方は…私達が到着するよりも先に、崩壊に巻き込まれていたとしか考えられませんの」


「…計器の問題は、万に一つも無いのか?」


「否定はしませんわ。ですが、例え他に生命反応があったとしても…救い出せたのはあなた達だけでしたわ」


「そうか…いや。否定しない分だけ、潔さがあるな」


「力及ばず、申し訳ありませんわ」


「いや…。なぁリィル…奴等は一体、何なんだ。何故あんなことをする、何故世界を壊せる」


「…アレは、『陰』ですわ。世界に破滅をもたらす使者…生とは対を成す存在です。彼等の性質は、侵食。人の心に、世界に入り込み、じっくり内側から喰らい尽くしていく寄生虫のような存在でしてよ。生者を憎み、正者を憎む。ありとあらゆる存在を侵食し、壊していきますわ」


『侵食する寄生虫…。私達の世界は、内側から壊されていったんだ。…トンデモな存在かも』


「……」


『弓弦君。私、『使者』って言葉が気になるかも。寄生虫なんて言い方してる割には、まるで何かの遣いみたい』


「…何らかの存在に遣わされているような言い方だが。発生機序が分かっているんじゃないか? ついでに、発生機序が分かれば対策の立てようもあるはず。更に言うなら、もっと早くに崩壊の前兆が出現していたはず…。なのにどうして気付けないんだ」


「…気持ちは分かりますわ。確かに、世界に負の感情が蔓延する等と言ったある程度の発生機序は分かっています。それを測る計器もあります。どの程度高まれば、世界が崩壊してしまうのかの目安も…。ですがあなた達の世界は…。あまりにも突然で、前兆なんてありませんでしたわ」


「負の感情が全く蔓延してなかったと?」


「そんな世界はありませんわ。何千、何万とあるどこの世界でも、負の感情は存在します。前兆…と呼べる程、あなた達の世界で大勢の悲しみは生じていなかった。それが突然計器が異常値を振り切る程の異変が起きた。そして、数分としない内に、世界が壊れ始めた。こんなの早々ありませんわよ」


「……」


『…何か、所詮は他人事って感じね』


「(いや…。やれるだけのことはやってくれたんだ。そう…割り切るしかない)…そう、か」


「今回の解説は以上ですわ。少し沈んだ空気ですけど…予告ですわ。『日常は終わり、非日常が始まる。悲しみに暮れる感情も、今は前を向くしかなく。前を向こうと、自分らしく在ろうとする。そうして、夜が明けた──次回、非日常の始まり』…二度寝には、ご用心」


「非日常…か」


「慣れないとは思いますけど、どうかゆっくりしてくださいまし」


「(これからは、こんな非日常が日常となっていくんだろうな……)」

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