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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
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朧を断つ一振り

 突然告げられた、驚愕の言葉。

 それがどういうものなのか、完全に理解した訳ではない。

 だが──息が、苦しい。

 瞳が、喉が渇く。


「(…妖精…狩り?)」


 どうしてそんな話をするのか。

 眼の前の女性の真意が見えないが、取り敢えず月並みな言葉を返す。

 どうにか絞り出した言葉を。


「…それはまた…物騒だな」


「妖精…貴方様方のことですよね?」


「何のことだ?」


 にこやかに微笑まながら、投げ掛けられた質問の何と鋭いことか。

 いきなり確信を狙い澄まされたような──否、最早彼女の中で答えは出ているのだろう。


「此の国にあまり長居されない方が宜しいかと」


 これはあくまで確認でしかない。しかしわざわざ確認されて名乗るようなものでもない。

 

「…いえ。詮の無いことです。御忘れ下さい」


 内心の動揺を悟られないように訊き返すと、女将は首を小さく横に振った。

 それ以上の詮索は、しないようだ。


「(妖精狩り…か)」


 しかし彼女の告げた言葉が、妙に引っ掛かる。

 あまり──どころの話ではない。途方も無く不吉な響きの言葉だ。


「(ハイエルフを殺した人間は、大いなる魔力マナを得ることが出来る)」


 弓弦の脳裏に、嫌な予感が浮かぶ。

 それは時を遡る前、『名無し島』で出会った老婆から聞いた話だ。

 馬鹿げた妄想の権化のような話。しかし不思議な程、「妖精狩り」という言葉と重なる。


「(何だ…この不吉な感じは)」


 ゾワリと粟立つ全身の毛に、堪らず眉を顰めてしまう。


「…あら? 戻られたようですね」


 もっとも、別の光景にそのままの表情を向けることになった。


「(おいおい…)」


「…これ…で、最高…の、包、丁を…お願い…っ」


 フィーナの息は絶え絶えの状態であった。

 若干青褪めた顔に、膝もほんの少し笑っている。

 張り切り過ぎるあまり、魔力マナを使い過ぎたのだろう。少々呆れて、物も言えなくさせる様子だ。


「クスッ、畏まりました」


 そんな彼女から、先程よりも赤く輝くオレイカルコス鉱石を受け取ると、女将は急ぎ足で通路の奥へと消えて行った。


「(…どうしたものか)」


 女将を見送るなり身体を預けてきたフィーナを支え、弓弦は思案にふける。

 休ませるのも手か。部屋に連れて行こうとしたところで、


「……」


 手に渡される、半透明の鎖。

 鎖の先は、フィーナの首を飾っているチョーカーへと伸びていた。


「(チラ…)」


 向けられる、期待の眼差し。

 身体をもじつかせながら、何度も何度も横眼で視線を注がれる。


「(…はぁ)」


 引っ張れということか。

 弓弦は周囲に人気が無いことを確認すると、徐に鎖とフィーナを見比べる。


「(仕方が無い…)」


 普段は見えない魔法の鎖を掴み、軽く自らの方へと引っ張った。


「きゃう…っ」


 途端悩まし気な声と共に、フィーナの身体が跳ねる。

 圧迫による幸福感が駆け巡ったのか、息を荒くした彼女は頬を上気させていた。

 身体の血色を始め、非常に元気そうな様子だ。


「(…何でだよ)」


 言いたいことはあるが、取り敢えず元気が戻ったのなら何よりだ。

 呆れを感じながら、弓弦はそんな彼女に、「伝えたいことがある」と前置きする。


「…? はい」


 ウットリと頬を緩めていたフィーナであったが、弓弦の声音に首を傾げると、


「はい」


 二度目の返事で、いつもの落ち着いた調子に戻った。

 浮ついた気持ちで聞くものではないと、瞬時に察したのだ。


「実は──」


 弓弦は口を開くと、まずは自分達の正体を女将に察されたことから話した。次いで、女将からの忠告内容を。

 彼女から聞いたことをそのまま伝えた。

 元々真剣なつもりで耳を傾けていたフィーナであったが、話の後半で表情を険しいものへと変え、瞳を伏せた。


「“妖精狩り”…ですか。二百年前も今も、人間と言う種族は変わらないのですね…」


 口調こそ穏やかであった。

 しかし伏せられた瞳には、暗い感情が渦巻いている。

 燃えるような強い憤りと、怒りの感情だ。


「何も…何も学んでない。どうしてこう、愚かなの……」


 そして、悲しみにも満ちていた。


「フィー…」


 ──ぽふっ。


「ぁ…」


 弓弦は帽子越しにフィーナの頭を、優しく撫でた。

 欲望とは、次から次へと止め処無く沸くモノ。

 沸き続けて当然のモノ。だからといって、全て許容されるべきではないモノ。

 確かに人間は愚かだ。それを擁護するつもりではない。ただ──だからといって諦め、見切りを付けさせてはいけない。そんな気持ちを込め、そっと撫でていた。


「(ユヅル…ご主人様…)」


 嬉しいような恥ずかしいような、何とも形容し難い温かな感情が、全身を包み込む。

 嗚呼、この人は。

 どうしてこんなにも、暗い感情から解き放ってくれるのか。

 吐き気を覚える程の気分だったものが、まるで揺り籠に揺られているような心地に変えられてしまった。


「一部だけだ。流石に人間全てを一括りにするのは…な?」


「…はい。そう仰るのならば…あなたが」


 だから本当なら、不服を覚える言葉でさえも──快く頷ける。

 彼が信じるモノなら、自分も信じることが出来るのだから。


「…良し、じゃあ適当に観光にでも行くか?」


 フィーナの様子が落ち着いたところで、弓弦は一つ提案をした。

 暗い話題であったので、話題転換と気分転換の両立だ。

 フィーナは帽子の中で犬耳をピクリと立て、小さく頷いた。

 弓弦の心遣いが、とてもありがたかった。彼の意思を汲み取り、応じるようにはにかんだ。


「ふふ、そうですね。折角ですから行きましょう」


 鹿風亭の従業員に夕方までには戻る旨を伝え、二人は外へ出ることに。


「これからどうしましょうか」


 賑わいの中へと足を踏み込みつつ、フィーナは周囲を見回す。

 時刻は昼だ。街は賑わってはいるのだが、所々休業状態の店が見受けられる。


「(どうしてかしら…あぁ、バザーの時期だからね)」


 年に二回程開催される『カリエンテ』のバザー。

 あらゆる大陸から商人が集まる一大イベントには、この『ジャポン』の商人も参加する。

 各々が自慢の特産品を持ち寄り、東大陸の港から『カリエンテ』へと向かうのだ。

 大抵の商人が揃ってバザーへと足を運んでしまうために、休業する店もあるのだろう。それでも十分な程、辺りは賑わっているが。

 そんな街中を二人は当てもなく歩き回っていた。


「そうだなぁ…」


 フィーナと共に、弓弦も辺りを見渡す。

 道行く人々を見、店を見、ふと顎に手を当てる。


「ん〜…?」


 道を行く人々は皆、和装と呼ばれる出で立ちをしている。

 着物を始めとしたジャパニズム溢れる和服が、弓弦の中で郷愁の念を駆り立てた。

 懐かしさを覚えつつ眺めていると、何故だか人々と視線が合ったりする。それも様々な人とである。

 どうしてなのか。ふと自分の身体を見下ろしてみて気付いたのだ。

 自分達は洋風の出で立ちをしているため、とても目立っていることに。


「服でも買いに行くか?」


「そうします。勿論、お揃いでお願いします♪」


「あるのかそんな物が…?」


 二人は着物屋に足を向けた。

 先に結果を言うと、やはりそのような服は無かった。

 ワンポイントや模様がある程度似ているものなら時々見掛けたのだが、どれもお揃いというにはどこか違ったのだ。


「(どれも素敵なデザインだけど…。もうちょっと…欲張りたくなるのよね)」


「(ま…職人による手作りだからな。完全に同じ物とまではいかないだろう)」


「…ご主人様」


「…何だ?」


「…布だけ買って、作ってみようと思うのですけど…」


「…ま、それも手だな」


 二人は悩んだ末、やっぱり自分達で作ってしまった方が早いという結論に達し、今度は『カリエンテ』と同じように布屋を物色することに。


「あ! これなんてどうかしら?」


「確かに俺好みの模様だが…フィーが着るには少し似合わないな。…お、これなんてどうだ?」


「…う〜ん。私好みの色ですが…」


 互いに気に入ったものを見付けては相手を呼ぶといったことを繰り返すこと、数度。

 様々な色、柄の布を見ては、相手が着るとどのような姿になるのかを想像して選別していく。

 その度に、互いに同じことを指摘するのだ。

 自分が着る分には良い。しかし相手が着た場合に、微妙に似合っていないと。


「これではご主人様に今一つ合いませんね…ふふ」


 その度に同じような会話をするのだ。

 しかも、微妙に言い方を真似して。

 楽しそうなフィーナに対し、弓弦は背中にむず痒いものを覚えていた。


「…あまり人の言い方を真似しないでくれ…。面と向かって真似されると少し…くるものがある…」


 何度か思っていたことをようやく口にすると、余計に恥ずかしさを覚えて顔を片手で覆う。


「それに、そのタイミングで笑うと俺を馬鹿にしていると捉えたくなるんだが、それでも良いのか?」


「い、いえ! 別に狙った訳ではないの。でも、ふふっ…やはり考えているのは似たようなことなのですね」


「ん…」


「私が似合うかどうかばかり考えているから、自分が着た場合にどうなのかまで考えられていませんよ?」


「お」


 言われて弓弦も気付く。

 この世界で布の買い物をするのは、これで二回目だ。

 前回と今回に共通しているもの。それはフィーナが着たら似合うのかどうか。萌え──とまではいかないが、美しさを引き立てられるかどうなのか。

 それを基準に選んでいたことに今更ながら気付いたのだ。

 自分自身に似合わない布を選ぶのは、そこまで深く考えていなかったからこそ生じる当然の弊害だった。


「(そりゃ…自分よりも相手が着たらどうなのかを考える…よな?)」


 心のどこかで考えていたことを当てられたような気がして、羞恥心がより強く働き始める。

 思考がフィーナという一人の女性に埋め尽くされていたのだ。しかもそのことが見抜かれてしまうとは。

 弓弦は頬が熱くなるのを堪えられなかった。


「まさか…照れてますか?」


「…照れてないから」


 説得力に欠ける反論を告げ、弓弦は首を左右に振る。

 我ながら、説得力に欠け過ぎていた。


「(…ふふっ)」

 

 そんな弓弦の姿を見てフィーナは小さく、本当に小さくだがガッツポーズをする。

 してやったりだ。恥じらう弓弦の姿に、喜びを抑えられなかった。


「……」


「…っ…!」


 だがバッチリと弓弦に見られていた。

 注がれる冷めた視線が、それはもう冷たかった。

 まさか見られているとは思わなかったため、動揺は大きい。


「…ん…っ!」


 そして見られていることの興奮も、大きい。

 赤面して縮こまったフィーナは、プルプルと身悶えしていた。

 それを呆れた瞳で見ていた弓弦だったが、


「ん?」


 棚の中から、一際眼を引くものを見付けた。

 手に取ってマジマジと見てみると、次第に眼が見開かれる。

 これは。


「お…この布地…悪くないんじゃないか? なぁフィー、これならどうだ?」


 フィーナがしゃがんだ際にその近くにあった布。

 白を基調とし、所々に走る黒の刺繍糸が何とも美しく、調和が取れている。

 中々良さげな布地の端を手に取ってフィーナに見せると


「わぁ…っ」


 彼女も大きく頷いた。

 どうやら、これで決まりのようだ。


「毎度〜」


 決して安くはない金銭を払って購入した後、そのまま再び二人でブラブラと歩く。

 人通りは出たばかりの頃より減っただろうか。

 複数の子どもが仲良く長屋に帰って行く光景等が見られた。

 街には茜色が灯りつつあり、少しずつ肌寒くなってきた。


「…日が傾き始めましたね」


 隣を歩くフィーナが、小さく身を震わせた。

 肌寒くなると、少しずつ人恋しくなってくるものだ。弓弦の腕に自らの腕を絡め、そっと密着度を高めた。


「…ふぅ」


 少しずつ伝わる温もりに、桜色の唇から息が吐かれた。

 吐息が白くなることはないが、肌寒さは徐々に強まっていた。


「そうだな。そろそろ戻るか」


 遠い空を眺めていた弓弦が、そんな彼女を見詰める。


「はい」


 眩しそうに横顔を見ていたフィーナと、視線が交わった。

 優しくして微笑まれ、気恥ずかしさに前を向く。

 旅館の立派な屋根が、見えてきた。

 少しだけ足早に歩みを進め、引戸に手を掛けた。

 ガラガラと音を立てると、何故だが中に居る人の姿が多いように思えた。 


「は」


「え」


 そして、戻って同時に入口で固まった。


「「「「お帰りなさいませ!!」」」」


 大合唱である。

 声の数、一、ニ、三──いや、数えるのは諦めた。

 しかし、従業員から料理人に至るまで、それなりの顔触れが揃いも揃っている。

 それもそのはず。何と従業員が、殆ど総出で二人を出迎えたのだ。

 これで固まらなかったら、何とも良い心臓をしているものである。

 少なくとも二人の心臓に、毛は生えていなかった。


「さぁ橘ご夫妻様! 女将がお待ちです!」


 従業員の中でもかなり上の立場であろう二人が、優雅な動作で二人を大広間へと案内する。


「(…な、何だぁっ!?)」


「……」


 突然の事態に困惑しながらも二人がその後に続くと、他の従業員も二人の後に続く。


──うぉぉぉぉぉぉおおッッ!!!!


 大広間には豪勢と表現するさえ憚れる程大量の食事と酒瓶があり、既に他の宿泊客は出来上がっている。

 二人の登場に、奇声に近い声を上げながら、手を叩いていた。

 あまりに盛り上がっているものだから、ふすまを潜るなり足を止める。

 混乱する思考の所為か、身体が動かなかったのだ。


「クスッ、御待ちしておりました!」


 眼を白黒させるとさせる二人に、壇上の方から声が聞こえた。

 視線を遣ると、舞台の上に立つ女将が、誇らし気に何かしらを両手で持っていた。


「さぁ、女将の下へ」


 促され、舞台の上に上がる二人。


「さぁ、とくと御覧あそばせ…」


 女将が手に持つ布を受け取り、解く。


「(うぉ…っ、眩しっ)」


 中から出てきたのは、柄の部分に羽を象った彫刻が彫られている包丁だ。鋭い輝きを放つ刀身は、弓弦はおろか、女将を除くその場の全員が息を呑まされる。

 酔いすら冷まさせる、眩い光。

 大広間はたちどころに静寂と光の支配する場となっていた。


「風音が打ちし一振りの包丁やいば…名は、『朧断おぼろだち』。至高の素材で打たれた、天下に二つとない唯一無二の逸品です。どうぞ、御役立て下さい」


 女将が静かに語る包丁の銘と、その意味。

 朧──つまり、例え姿が判然でなく、捉え所の無い食材さえも断ち切ることが出来る切れ味を有するということ。かつ「朧を断つ」──朧のように切れ味や刃が霞まないことから、銘が与えられたのだとか。


「(これが…包丁だと? 何て鋭い輝きだ…。それに)」


 柄を握り、照明に照らさせる。

 何と、手に馴染む包丁なのだろうか。吸い付くような収まりの良さは、まるで身体の一部になったかのようだ。


「…試しに使っても、良いか?」


「はい。ではそこにある、柵取りした身を切り分けて頂けますか?」


 女将が優雅な動作と共に手で示したのは、大きな魚の身であった。

 弓弦の元居た世界で、「鮪」と呼ばれていた魚に近いだろうか。赤々とした身に、美しい桜色の脂が走っている。まな板の茶色と交わり、まるで美しい桜の木を思わせた。

 見るからに美味しそうな魚だ。

 腹の虫が、そして好奇心が、家の家事を担っていた調理人としての血が騒ぎ立てていた。


「…刺身包丁としても使えるのか…分かった」


 呼吸を整え、包丁を構えた。

 静かに、刺身に向かって刃を振り下ろす。


──ス…ッ。


「こ、これは…ユヅル!?」


──おぉ…! 


 周囲から感嘆の声が上がった。


「な…んだと…っ!?」


 それは、にわかには信じ難く、しかし正に現実の出来事であった。

 弓弦の手の震えが止まらない。

 まるで豆腐を切るかのようだ。抵抗無く刃は滑り、一刀にて魚の身を切断した。切られた身の断面は美しく、滑らか。

 繊維の肌理きめ細かさはまるで、身が今もなお生きているかのようだった。

 食材がかなり豪華なのもあるのだが、その輝きを最大限に引き立てたのは──間違い無くこの包丁、『朧断』を振るったためだ。

 それだけではない。一太刀入れただけでしかないのだが、刀身が一切曇っていない。

 食材を輝かせ、鈍ることのない切れ味──正しく、弓弦が求めていた包丁であった。


「御気に召しましたでしょうか?」


 少し緊張気味の表情で見ていた女将が、どこか安心したように口を開く。

 目の当たりにしている光景に満足しているのか、頬を緩めていた。


「あぁ。素晴らしいものをありがとう…風音さん」


 だが弓弦の言葉にぴしゃりと女将──「風音」と呼ばれた女性の表情が固まった。

 驚きに数度瞬きをし、その後に口元を袖で覆った。


「あらあら…うふふ、いつ頃から御分かりになりました?」


「『オレイカルコス鉱石に込められた魔力マナが少ない』とか言った辺りだ、風音さん。…鍛冶師の知り合いにしては…素材や魔力マナに詳し過ぎだろう? …後は、勘だ」


「…勘?」


 細められる切れ長の瞳。

 何だこの視線な鋭さは。瞳の奥に、『朧断』並みの鋭い光を感じた。


「…いや何となく…。いかにも只者ではないような、そんな雰囲気を感じた…ような気がしたからさ。だからアレだ、そう、ちょっとした鎌を掛けてみたと言う感じだったんだが…どうやら大当たりのようだったな」


「……」


 してやったりと言わんばかりの弓弦に対し、「風音」と自ら名乗らされた女将は、してやられたりといわんばかりの表情を一瞬だけ浮かべた。


「これは…一本取られました」


 因みにフィーナは、帽子を深く被り直し、羨ましそうな表情を弓弦にだけ見えるようにしていたりする。


「(言葉攻め…)」


 純度百%の羨望の眼差しだ。しかし弓弦は気付いていない。


「(放置…っ)」


 そして悔しい反面、少し興奮してしまうフィーナである。


「だからさも、他人が打ったかのように振舞ってこれを渡してくれた時は笑いを堪えるのに苦労したよ」


 弓弦は追い打ちを掛ける。

 攻めのチャンスを、逃さない。揶揄からかえるのなら、揶揄からかう。

 フィーナの存在が、彼の嗜虐性をほんの少しだけ高めさせてしまった結果だ。

 何となくであるが、余裕そうに振る舞われると、余裕を崩したくなってしまったのだった。


「…~っ!」


 流石の風音も、突然の攻勢に余裕を崩された。

 口元を覆う袖はの位置はそのままに、痛い所を突かれたように瞳を伏せた。

 たちまち、ドッと起こる笑い。

 今の風音の様子は、相当珍しいものなのだろう。微笑ましそうな視線が注がれていた。


「クスッ…面白い御方ですね」


 やがて風音は意を決したように袖を下ろすと、その仄かに赤くなった頬のまま、広間を見渡した。

 今日はどうしてだか、良い気分だった。

 まるで、かねてよりこいねがっていた良縁が結ばれたような──待ち人がようやく現れたような、そんな気分だった。


「(…戯れに鍛えた得物ですが、どうやら巡り会える方に恵まれましたね。えぇ、喜ばしいことに御座います)」


 良きことは、共有せねば。

 そうと決まれば。風音は視線を向けたのは、先程一太刀入れられた魚の身。

 大物が一匹釣れれば、一年は遊んで暮らすことも可能な高級魚だ。偶然にも一匹仕入れることが出来たため、今日から少しずつ供していこうと思っていたが──たまには大盤振る舞いでもせねば。


「…本日は『朧断』の完成記念です! 此方の『桃鮪』を、大盤振る舞いしようではありませんか! 御好きなだけ取り分けましょう!」


 それは、赤字覚悟の大盤振る舞いだ。

 額にして、数百万単位の振る舞いっ振り。これで喜ばねば、何で喜ぶというのか。


──おぉぉぉぉぉぉおお!!!!


 上がる男達の雄叫び、女達の黄色い声。

 舞台の前に集まり、皿を片手に列を作り始める。

 その間も、誰もが酒を飲み進めていき、至福の時間に興じる。

 文字通りの宴会が、始まったのだった。

「……新しい人が出てきたね」


「…そうですね、美人ですね」


「…………」


「…………」


「これは訴訟モノだよルクセント少尉。そしてフラグだよ」


「そーですねー……はぁ」


「はぁ……」




「「はぁ……」」




「でも博士にはリィルさんが居るじゃないですか…僕なんて…うぅ、僕だって…異世界で愛を叫びたい! 何だかんだあいての居る博士とは違うんですよッッ!!」


「ルクセント少尉ッ!!!!」


「はいっ!?」


「男はね…」


「…ゴクリ」


「ダ! イ! ナ! マ! イッ!」


「──ッ!?」


「そう! ダイナマイッ! を求める生物なんだッ! まな板はお呼びじゃない!!「誰がまな板でして?」ごふっ?!」


「あ。鳩尾みぞおちに見事な右ストレート…」


「ぐ…パンチだけは良いじゃないか…リィルぐぐぉぉっ!?」


「良いぃ度胸ですわねぇぇ…っ!!」


「ぐぅぉぉっ!?」


「捻りが入った!? アレは痛い…ッ! しかも左からの…!」


「そんなに!」「ぎゅっ!?」


「顔面ストレートッ! からの!?」


「大きい方がッ!」「っ!?」


「右アッパーカット! からしゃがんだ!? あの構えは!?」


「お好みでしてぇぇッ!!」「うごっ」


「ジャンピングアッパーカットだぁぁぁぁッ!!」


「ぐぶぉえっ!?」


「…博士、ダウンだぁッ!」


「口は災いの元でしてよ。ルクセント少尉、解説お見事でしたわ」


「いやぁそれ程でも」


「ぐ…少尉…覚えていろよ…っ」


「さて博士…お分かりでして?」


「う…」


「あ、リィルさん程々にお願いしますね」


「分かっていますわ」


「ぐぇっ、襟と首が……」


「…さぁ? あっちに行きますわよ、は・か・せ?」


「うぅぅぅっ、う゛わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


「はいじゃあ予告だね。『苦悶する者が居た。幾千にも渡る口撃に晒されながら、一人抗い続けていた。苦悩する者が居た。ある者は願いを胸に、ある者は決意を胸に抱いていた。夜の帳が降りた旅籠屋にて、それぞれの時間が流れていく。宵闇に紛れて振るわれる鉄の音は、静かに心を奏でていた──次回、鉄が打つのは、心』…心の強さが道を開くってね? お楽しみに!」

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