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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
41/411

妖精の村ブリューテ

 『妖精の村ブリューテ』の外れに、その家はあった。

 森と生きるハイエルフが建てた家らしく、木造建築の住居だ。

 扉を開けてみれば、机、椅子、食器等──今は亡き生活の跡が遺されている。

 およそ二百年余まで、この家は村で最も高貴なる血統を持つ一族が暮らしていたのだとか。

 その一族の名は、「オープスト家」といった。


「(…フィーの家…か)」


 そう。ここはフィーナが村を出る前まで、家族と共に暮らしていた家であった。

 突然の実家訪問に謎の緊張を抱いていた弓弦。

 しかし家の地下に降りた途端、彼の頭にはふと、とある考えが浮かんできていた。

 即ち、「フィーナって、思いの外偉い存在なのではないか」──と。

 この家に来るまで崩れた家屋を眺める機会があったが、彼女の家は一回りは大きい。

 しかも庭があれば地下室もあり、木製の門が庭の入口にそびえ立っていたのだ。地下室は知らないが、他に関してはこの家以外に見られなかったものだ。

 他の家には無いものが多くある。

 立地は村の入口から最も遠い場所。

 そして、地下室。

 色々と弓弦が、変に勘繰らずにはいられないだけの特徴が揃っていた。

 極め付けに、眼の前で行われている光景だ。

 階段を降りた地下には、見た目こそ木で出来ているが、明らかにただの扉ではないと分かる扉があった。

 というのも、不自然な程に扉から魔力マナを感じるのだ。

 意識を研ぎ澄まして魔力マナを観察してみると、どうやら鎖上の形状をしており、扉に巻き付いている。

 まるで封印がされているような印象を受けた。


「ここをこうして…良し」


 扉の前には、フィーナが立っていた。

 「折角来たのだから、回収しておかないと」と話していたのは十数分前のこと。

 今は記憶を手繰りながら、扉に解除のための魔法陣を描き込んでいる最中であった。


「合言葉…確か……」


 フィーナは一通り魔法陣を描き終えると、陣の中心に手を置いて瞑目した。


「‘…ミザ…コリフ’」


 呟かれる合言葉らしき言葉。

 すると、


──ゴゴゴ…。


 扉が重い音を立てながら開いた。

 魔法による施錠の解除に感動した弓弦は、思わず手を叩いた。

 徐々に開いていく扉の隙間からその向こう側を覗いてみると、


「おぉ…」


 その先にあったのは、圧巻と表しても差し支えない程の魔力マナが込められた、『魔法具』の数々だ。

 様々な属性の様々な『魔法具』は、離れた場所から見ると光が混じり合い、虹色の輝きを放っていた。

 弓弦は思わず感嘆の息を吐いた。

 どれがどのような効果を持つ道具かは分からないが、少なくとも宝の宝庫であることは確かだ。

 金銀財宝の山に等しい輝きが、視界一杯を焼いていた。


「あぁっ!! やっぱり残ってたわ!」


 フィーナは意気揚々として扉の奥へと進む。

 眩い輝きも、『魔法具』の数々も、彼女の記憶との差異は無かった。

 復讐を誓って森を去った日から、変わることのない景色。

 家族で大切にしていた、「家宝」という名の思い出の山がそこにあった。

 心のどこかでは、誰かに持ち去られているかもしれないという恐怖があった。

 かつて村を滅ぼした存在か、先日手に掛けたケルヴィンか。誰が持ち去ってもおかしくない程、ここの『魔法具』は宝なのだ。

 それこそ、魔法が喪われて久しいこの世界においては一つ一つが巨万の富を生むのだから。

 だから、変わらず残っていたことが嬉しかった。


「これです!」


 『魔法具』の中から迷わずフィーナが取り出したのは、小さな球。


「…どんな効果があるんだ?」


 その球は、山吹色の輝きを淡く放っていた。

 大きさにして、テニスボール程のサイズだろうか。しかし、手頃なサイズ感としては考えられない程の力を感じる。

 まるで膨大なエナジーを、極限にまで凝縮したようであった。 

 球──と呼ぶよりは、珠と呼ぶべきかもしれない。

 まるで宝石のように、美しい物質だった。


「ふふ、使ってみれば分かりますよ。それ!」


 フィーナが珠を掲げると、弓弦の身体が淡く輝いた。


「お…!」


 程無くして、身体が仄かに熱を持つ。


「(何だこの感じ…力が…!)」


 まるで爽快感に等しい感覚だ。

 身体が今まで以上に馴染むような、羽のように軽くなったような。

 身体中に魔力マナが溢れてくるのを感じた。


「『地脈の宝珠』と言います。このように掲げると、魔力マナを癒やしてくれる優れものです。魔力マナの性質が特殊なハイエルフ限定だけど…ね?」


 何でも、人間が使うと身体が魔力マナを受け止め切れずに疑似酩酊状態になるのだとか。

 強過ぎる力は、害となるのだ。


「つまり効果があるのは俺とフィー限定ってことか…何か凄いな」


 自分達専用の道具。

 何とも魅力的な響きであった。


「後…これです!」


 続いて彼女が取り出したのは、分厚い書物。


「おわっ…地味に重さがあるな」


 手に取ってみると、あるページが光を放った。


「(不思議な力を感じる…。それに…この力どこかで……)」


 何とも形容し難い既視感に包まれた。

 弓弦は中を読んでみることに。


「『魔法文字ルーン』…か。」


 内容はハイエルフの書物らしく、不思議な文字が並んでいた。

 “アカシックルーン”を用いて、日本語に変換してみると──


「出でよ不可視の箱……」


 開いたページには、“アカシックボックス”の詠唱文が書かれていた。


「狭間の世界に漂う宝物庫より、物質を取り出す魔法……」


 そして、魔法の説明文も。


「そうか…!」


 記憶に、とある光景が思い起こされた。

 何となくではあるが、夢で見たような気がする。

 確証は無いが、もし夢で見ていたのだとしたら寝言で呟いたのも納得だ。

 しかし、何故夢で見れたのだろうか。


「(誰かに見せられたような……)」


「ご主人様…?」


 見たという事実は、あったのだろう。 

 だがそれ以外のことは、思い出せそうになかった。


「あぁ、何でもない。これはどんな『魔法具』なんだ?」


 フィーナは不思議そうな顔をしていたが、小さく頷いた。

 弓弦から受け取った本を閉じると、表紙を彼に見せた。


「『ソロンの魔術辞典』…『地脈の宝珠』と同じくエルフの秘宝です。中には主に、持ち主が潜在的に扱える魔法の説明や詠唱が書かれています。…またこの本自体にも、魔法の威力を増加させる増幅器ブースターとしての効力があるとされているんです。凄いですよね」


「随分と優秀な効果を持っているんだな…」


 「秘宝」と話す彼女は、とても誇らしそうだった。

 それもそのはず。誇らしく思えるのも納得の効果だ。


「一説によると、あらゆる魔法について記されているそうなのですが…必要な項目しか表示されないんです」


 弓弦の開いていたページをフィーナが開くと、そこには何の文字も記されていなかった。

 念のために開いた前後のページも、ことごとくが空白になっている。

 それはまるで、過ぎた力を与えないように。

 本が読み手を見定めているかのように。

 再び弓弦が手に取ると、“アカシックボックス”の記述が仄かな光と共に出現した。


「(本の…意思か)」


 何ともファンタジー感に満ちた表現だ。

 しかし実際に目の当たりにしてしまえば、頷けてしまう。


「…つまり、使えない魔法については確認することが出来ないのか」


「はい、その通りです。…私もこの本を手に取ったのは初めてなので、それ以上のことは言えませんが」


 試しに、他のページも捲ってみる。

 “パワードエッジ”を始め、“フレイムソード”、“クイック”、“ベントゥスアニマ”、“フィンブルコフィン”、“プロテクト”といった魔法の項目を発見することが出来た。


「(…こうして見てみると、色んな属性の魔法が使えるんだな)」


 人間は、一人につき一つの属性しか魔法を用いることが出来ない。

 複数の属性を扱える特別感を感じたが、どこか寂しさも感じた。


「(…特別な力…か。ゲームとか、冒険小説とかの出来事だったら…他人のことだったら、羨ましいと思うのかもしれないが…)」


 弓弦は小さく頭を振った。

 考えても意味の無いことだ。今考えることでもない。


「よ〜いしょっと」


 聞こえた声に、弓弦は顔を上げた。

 視線のすぐそこに、フィーナの背中があった。

 弓弦が自分に問い掛けている間に、どうやら彼女は部屋中の『魔法具』を近くに積み上げていたようだ。

 二つ三つの『魔法具』が、重そうな物から順に積み上がっている。

 丁寧な積み上げ方だ。何となくではあるが、種類別に分けられているような、そうでないような──というのは、弓弦はどれがどの『魔法具』か分からないからだ。

 本のようなものもあれば鏡のようなものもあるし、一つ一つの詳細を聞こうがものなら日付が変わりそうだ。


「はぁ…」


 弓弦が感嘆の息を吐きながら眼を丸くしていると、フィーナが振り返った。

 振り返った彼女は、この上なく良いことを思い付いたような表情をしていた。


「さぁ、折角立派な倉庫魔法があるのです。この際ここの『魔法具』全部、中に入れておきましょう!!」


「それは構わないが…全部持ち出しても良いのか?」


「はい!」


 弓弦が“アカシックボックス”を発動させると、せかせかと穴に部屋中の道具を詰め込んでいくフィーナ。

 足下に穴を出現させたため、穴の中に次々と落としているような状態だ。

 しかし量に反して穴は一杯になることはない。

 穴を覗き込んでも、暗闇が広がるだけ。


「(四次元的なアレだな…)」


 弓弦は改めて、自らが使っている魔法の便利さを理解する。

 好きな時に物を入れられ、好きな時に出すことが出来る。

 これ程便利な魔法は、早々無いだろう。

 穴はどんどん『魔法具』を呑み込んでいき──やがて、部屋中の『魔法具』を収納し切ってしまった。


「凄い…本当に全部入ってしまったな…」


「さて!」


 パチン! と手を合わせるフィーナ。

 澄んだ音が辺りに響き、やがて静寂が訪れる。

 今日の彼女は上機嫌だ。


「あまりここに長居しても仕方が無いですし、そろそろ当初の目的地である『ジャポン』へ行きましょうか」


 フィーナから初めて聞かされた、目的地の名前。

 これまで「東の国」を始めとした呼称で認識していた弓弦であったが、文字通り眼を見開き飛び上がった。


「『ジャポン』ッ!?」


 ──それは、自らが知る場所にあまりにも似ている名前だったからだ。

 文字にして、一文字。

 似ているを飛び越え、似過ぎていた。


「それはまた…何と言うか、凄い名前だな」


「ふふ♪ ご主人様もそう思いますか? …実は私も初めて聞いた時は同じ感想でした! 今から楽しみですね!」


 不思議な語感の名前。

 だが不思議に思えると同時に、どうにも懐かしさを覚える。

 「どんな国なのか。行ってみたい」。弓弦の中で期待が膨らんでいった。


「あぁ! さ、行くか!」


 そうと決まれば、いざ『ジャポン』へ。


「…はいっ!!」


 弓弦は嬉しそうにはにかむフィーナの頭を帽子の上から軽く撫で、上の階に戻る。

 樹木の香りのする階段を昇ると、視界の中に入ってくるものがあった。


「そう言えば……」


 オープスト宅の一階。

 そには来る時気にも留めなかったが、辺りに様々な思い出の品であろう物が多くあった。

 この家の住民ではないので多くは察せない。

 しかしその中にも、思い出の品らしきものはある。

 薄く埃を被ってはいるが、在りし日の穏やかな日々を切り取ったような品々が──


「…フィー」


 自然と足を止めていた。

 辺りに窺える思い出の名残を前に、弓弦はどうしても確認しなければならないことがあった。


「本当にもう、良いのか?」


 後ろを行くフィーナが、おもむろに顔を上げる。


「何が…ですか?」


 その視線が、一瞬別の方向に向かった。

 それは、迷いだ。

 口に秘めたままの思いが、何かしらあるために。


「家…だったんだろう? 君の」


 弓弦の言葉にフィーナは少し思案すると、首を横に振る。


「…ご主人様の魔法があれば、いつでも戻って来れます」


「いや、そこまでの魔法は使えないんだが…」


「きっと使えるようになりますよ」


 確信に満ちた表情で、クスリと笑う。


「それに、今の私の家は『名無し島』にあります。…帰る場所はいつでもご主人様のお側と決めています…。そう、決まっているのよ?」


 同時に彼女の表情は、決意に満ちたものでもあった。

 正面から見詰めてくる翡翠色の眼差しに、思わず吸い込まれそうになる。

 「どうしてそこまで」──という言葉は出てこなかった。

 「どうしても」、「どこまでも」。彼女の決意は固そうであった。


「…じゃあこれ、持って行っても良いか?」


 だから、せめてもの妥協案を提案する。

 彼女は強がっている訳ではない。だからといって、思い出の全てを残していくのは違う気がする。

 時には日々の糧となり、時には心を縛り付ける鎖となる。

 だが「思い出」程、心に強く働き掛けるものはない。

 今を逃せば、次は無いかもしれないのだ。

 当たり前のように過ごしていた日常が、一瞬にして奪われてしまったように。


「(なんて…偉そうに考えてはみるが)」


 要は、彼女が寂し気に視線を向けた品を持ち出したいだけ。

 僅かでも名残惜しさを感じたのなら、それは手元に置いておくべきなのだと思ったのだ。

 必要でないと感じたのならば、後で捨てるなりすれば良い。しかし必要であるかそうでないかの選択肢を選ぶためには、そもそも手元に無ければならない。

 後は弓弦自身、置いて行くとはいかがなものかと思った品を見付けてしまったのだ。


「え…?」


 弓弦が手に持ったのは、額縁に収められたフィーナの家族の絵と、彼女が被っている帽子と同じ形の帽子。

 一瞬ではあったが、どちらも先程が視線を注がれていた物だ。


「‘…どうして変な時に目聡いのよ’」


 差し出された品々を前に、フィーナが肩を落とした。


「それ…何だか分かって持っています?」


 弓弦は手元に視線を落とす。

 幼い顔立ちながら、非常に美しい金髪の少女を挟んで二人の人物が立っている。

 それぼれ壮年の英国紳士風な雰囲気を漂わせた男と、眼の前の女性を一回り大人っぽくしたような美女だ。

 にこやかに描かれている様は、とても微笑ましい。


「家族の絵だろ? 帽子は…何だろうな?」


 藁で編まれた帽子だ。

 丁寧に編まれており、まじまじと見ると淡く輝いているような気がした。

 仄かに甘い香りがする。鼻腔に触れると、どこか懐かしさを覚えた。


「(何か魔力マナを宿している。…温かい…?)」


 それはまるで、帽子という名の芸術品に思えた。

 素朴なデザインの帽子だ。なのに何故だか、温かい気持ちが込み上げてくる。

 まるで製作者の感情が、そのまま込められているようだ。


「……」


 何となく、弓弦は察しが付いたような気がした。


「えぇ」


 気付いたように顔を上げた弓弦に、フィーナはそっと頷いた。

 ハッキリと分かった訳ではない。しかし、彼が帽子の持ち主の正体に気付いたと直感したのだ。


「…母の帽子ですよ」


 だから答えを口にする。

 弓弦の面持ちに、言葉が現れた。

 「やっぱり」。そしてどこか迷ったような表情を浮かべた彼に、こう続けた。


「どうぞ、被ってください。…母も喜ぶと思います」


「良いのか? …形見だろ?」


「だから、です。私には私の帽子がありますから、私の代わりに被ってください。…いつまでも耳を出しておく訳にもいきませんから」


「ん?」


 思わぬ言葉に、弓弦の眼が丸くなった。

 耳。どうして今そんなことを言われなければならないのか。

 そもそも聞き間違いなのかもしれない。そんな聞き返しの意味もある仕草だった。


「耳、ですよ」


 やはり、耳。

 フィーナが帽子の中で耳を動かしたことで、弓弦はようやく気付いた。


「あ、そうか」


 『カリエンテ』の夜から、弓弦の耳はフィーナと似たような犬耳に変わっていた。

 人の耳とは違う耳だ。弓弦が『ハイエルフ』であることの、外見上における証左でもある。

 感覚に慣れ過ぎていて、最早忘れていたことだった。


「あれ…それにしては、人の眼を感じなかったような気が」


「…私が幻覚魔法で隠していたから、よ。もぅ…」


 どうやら気付かないところで、気を回してくれていたようだ。

 申し訳無い気持ちで弓弦は帽子を受け取ると、耳を隠すようにして被った。

 髪が押さえられる感覚と、フィット感を覚えた。

 まるで被っていないような違和感の無さだ。弓弦は思わず帽子に手を伸ばし、帽子の存在を確認する。


「ん…」


 温もりを感じた。

 同時に、自分の中に何らの力が流れ込んでような感覚を覚えた。

 どうやら、帽子に込められていた魔法を吸収したようだ。


「(フィーの母親が込めた魔法…か)」


 この村が滅びてから、二百年は経っている。

 しかしそれだけの時が経ってもなお、魔法は生きていた。

 被っただけで、力を与えてくれた。


「(…不思議だな、魔法って)」


 少しだけ、胸に込み上げてくるものがあった。

 まるで魔法と共に思いを託されたような──そんな気分になったのだ。

 もっとも表情には出さないが。


「ふふ、似合ってますよ」


「…似合ってるか?」


「えぇ♪ お揃いですし」


 お揃いというのが、少々気恥ずかしかった。

 心から嬉しそうにフィーナが話す姿が眩しい。

 今にも鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌振りだ。


「(お揃い…なぁ)」


 橘 弓弦、高校生。

 家族以外の人物とのペアルックは初めてだった。

 思わず視線を逸らし、居た堪れなさから逃れようとして、


「あ」


 自分が彼女の家から持ち出そうとしていた品がもう一つあったことを思い出した。

 フィーナを外した視界に、家族の絵が入り込んできた。 


「なぁ、フィー」


 ここだけの話──帽子か絵のどちらかを持ち出したいか訊かれたら、弓弦は絵の方を持ち出したかった。

 絵といっても、まるで描いた時の光景をそのまま切り出したように思える様は、弓弦が元居た世界に存在していた「写真」に近い。

 つまりこの絵を見れば、いつでも家族の姿を見ることが出来るのだ。

 思い出の彼方にある、大切な家族の姿を。


「…これも、持って行くよな」


 記憶というのは、とてもあやふやなもので。

 思い出せる時は簡単に思い出せるのに、そうでない時は全く思い出せない。

 覚えているはずなのに、思い出せない。何重もの記憶の扉に阻まれて、懸命に思い出そうとすればする程──思い出せない。

 ふとした時に思い出せる時もあれば、いつまで経っても思い出せない時がある。そうして──思い出そうとしていたことすら忘れてしまう。

 やがて別の記憶と混ぜられて、本当の記憶は薄れていく。

 だから、思い出すための鍵が必要。その一つが──絵。


「(どうして俺…ここまで絵が大事だと考えるんだろうな)」


 何故なのかを考えようとして──プツリと思考が途切れた。

 頭のどこかにはあるはずだ。だが、思考にもやが滲んでいく。

 それでも思い出そうとして──一つ、恐ろしいことが思い浮かんだ。

 「まさか」、「でも」。だが、納得はいく。


「(いや、気の所為だ)」


 だから、誤魔化した。

 それ以上考えなかった。


「…?」


 弓弦が逡巡する様子を、フィーナは不思議そうに見ていた。

 ハッキリと表情に現れている訳ではない。ただ何となく──悩んでいるように思えたのだ。

 何となくだから、特にそれ以上の理由は無いのだけども。

 しかし彼なりの思い遣りを無下にするよりは、優しさに頷いて上げた方が良い。


「…はい。持って行きましょうか。でも…」


 フィーナは観念することにした。

 だがどうせならと、一つあることをしようと行動を起こした。


「少し貸して下さい」


 弓弦から絵を受け取ると、胸に押し抱いた。

 瞑目する。そのまま静かに、魔力マナと祈りを込めていく。


「──はい、これで良いでしょう」


 まずは自分だけで確認し、その後弓弦に絵を見せるフィーナ。

 どこか緊張した面持ちで、両手で対角線上に額縁を持つ姿が何とも微笑ましい。まるで何かの発表をしているような感じだ。

 いや、それは確かに発表なのだろう。

 絵の内容が、先程のものから変化したのだから。


「これは…!?」


 額縁を受け取った弓弦は驚きに声を上げた。

 幼いフィーナと、にこやかに笑っているその両親の姿が描かれていたはずの絵。

 しかし今手渡された絵は、両親はそのままに他の人物が変化している。

 具体的には幼いフィーナが居た場所に成長した今のフィーナと──弓弦が居た。

 互いに手を繋ぎ、笑っている。その表情は幸せに満ちており、自分が映っているというのに微笑ましさを覚えた。


「…俺か。良いのか? 俺なんかをこの中に入れて」


 だが同時に戸惑いを覚えた。

 どことなく場違いなのではないだろうか。何というか、恐れ多さを感じる。

 折角の家族絵だというのに。


「契りを結んだあなただって、私とは家族です。ふふっ♪ 寧ろ、これで当然です。お父様もお母様も喜んでいますよ」


 フィーナが笑って口にした「家族」──その言葉は、とても不思議な響きを持っていた。

 まるで木々の間を風が通り抜けていくように、すんなりと弓弦の中に入ってきた。


「家族か…そうだな」


 好きな言葉だ、と弓弦は思った。

 まだフィーナと出会って、それ程多くの時間が流れた訳ではない。

 しかし互いの間には、深い絆がある。単なる友人には当てはまらない、強い絆だ。

 それを言葉にするならば──家族なのだろう。


「こんな駄目人間な俺だが…これからも支えてくれるか?」


 迷ってばかりで頼りない男でも、


「喜んで支えるわよ。…いつまでもね」


 彼女は喜んで、側で支えてくれるのだろう。


「…そうか」


 弓弦は帽子を深く被って外に出た。

 少しだけ逃げるように出て行ったのは、仄かに熱を持った頬を見られたくなかったから。


「…ふふっ」


 そんな彼の姿を見送ってから、フィーナはゆっくりと辺りを見渡した。

 記憶の彼方に思い出される、幼き日の思い出。

 椅子に座り、自分と向い合っている二人の大人。

 いつも笑っていた。いつも優しかった。

 いつも──愛されていた。


「(お父様…お母様……)」


 思い出の影は、窓から射し込む光に消えていった。

 今となっては、誰も住むことのない空家。

 それでもこの家には、今でも思い出が輝いていた。


「行ってきます」


 新たな未来へと歩むため、過去の思い出に背を向けて。

 フィーナは小さく呟くと、弓弦の後に続いた。

「RPGあるある、言ってみよ〜!」


「む?」


「旅立ちの地に重大な秘密が眠ってる」


「む」


「故郷が滅びて旅に出る」


「無残な」


「主人公が記憶喪失」


「私で良ければ力になりたいが」


「身内に英雄が居る」


「……」


「投獄される」


「投獄っ!?」


「お金が足りない」


「切実な…」


「ラスボスよりも強い中ボス」


「ボス…?」


「ヒロインと結ばれる!」


「厳しい旅を通して結ばれた間柄か」


「そう! つまり弓弦と私は結ばれる運命ッ!」


「何故そうなるのだ…」


「人生は! RPG!」


「ふむ、格言のように聞こえるぞ」


「人生は! エンターテインメント!」


「…私はそうは思わんが」


「…じゃあ、ユリちゃんにとって人生って何?」


「それを語るには、私はまだ未熟者過ぎる」


「そう言わずに、ね? 何か無いの?」


「私にとっての人生…か」


「うんうん」


「出来るなら…幸多からんことを願うばかりだな」


「ユリちゃん、人生をどう例えるか訊いてるんだけど…」


「ふむ…なら、戦いだ」


「…ありがちだねぇ」


「どれ程多くの幸せを手に出来るか、どれ程多くの人を医術で救えるか…。常に問われるものがある。だから、戦いだ」


「じゃあ、ユリちゃんにとっての幸せって…何?」


「何故そのような真面目な質問を……」


「答えて」


「(何と言う真剣な瞳なんだ…。先程までふざけた様子を見せていたのが嘘のようだ)」


「……」


「分からん」


「分からない?」


「その時感じる幸せもあれば、後から顧みればこそ見付かる幸せもある。だから…分からん」


「今の幸せは無いの?」


「今の幸せ…か」




「(…魅力的な柔軟剤の香りを見付けたことは、幸せと言えば幸せだな……)」


「…む、何か今…嫌な気配を感じたんだけど」


「む? 気の所為だと思うぞ」


「…で、幸せって何?」


「それは、眼に見えないものだ」


「またはぐらかした…」


「ふ…っ」


「もう良いよ…予告言うから。『東の大陸に、その国ありと語られる国がある。四季と呼ばれる四種の時節に染められる町は、美しい自然の鮮やかな町。見知らぬ異世界の中でも一風変わった情緒漂う町並み。それはにとって、どこか見知った故郷の景色と重なっていた──次回、東の国ジャポン』…ジャポン…かぁ、何か名前まで似ているなぁ」


「ジャポン? 似ている?」


「私と弓弦がね、暮らしていた国は…別の国の言葉で『ジャパン』って呼ばれていた国だったから。何か懐かしくなっちゃったな」


「…そうなのか。あまり言いたくないことを訊いてしまったかもしれんな。すまん」


「と言うことでユリちゃん、言い難いことでも言ってね? お互い様──」


「さらばだ!」


「あ、逃げたっ!!」

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