真面目に授業を聞かない奴に限って、生意気な程才能があったりする。by弓弦
『ティンリエット学園』。
異世界同士の交流が行われている世界では、知らぬ者が居ない程の名門校。
公的に魔法や戦闘の教育を行うこの学園の卒業生の中には、現在『組織』の中で将校の地位に位置する者も居る。
勿論在学生の中にも、中級魔法を扱える程度の実力者は数多く居る。世代によっては、上級魔法も扱える者が居るそうだが、現在の世代が該当するのかは定かでない。
「はぁ…」
そんな学園の高等部にある教室。
氷教室の教壇に立ちながら、弓弦は生徒達に聞こえないような溜息を吐いた。
現在、初めての講義中。
魔法のペンを片手に黒板に向かい、魔法生物の講義を行っているところであった。
「…でだ。この『バット』って魔物は、洞窟等で生活する分感覚が鋭い。暗闇でロクに視界もままならないまま、気が付くと喉元に牙を突き立てられていたって例も、実を言うとあるんだ。【リスクK】だからと、侮るなって話だ」
本日の講義内容は、簡単な自己紹介と『バット』という魔物に関するもの。
既に概要の話を終え、対策についての内容に入っていた。
「だから暗闇では、最低限の視界を確保する手段を持ち合わせていないといけないと言う話になる。…ここまでで質問はあるか?」
振り返り、生徒達の様子を確認する。
教科書と黒板を照らし合わせて、こまめにノートを取っている者も居れば、教科書に直接書き込んでいる者も居る。
最弱に分類される魔物のため、真面に授業を聞かない生徒が居る可能性も考えた。だから各々の形で授業に耳を傾けている様子には安心だった。
「……」
本日欠席することになった一人を除いて。
「(まさか…本当に風邪引くとはな……)」
その席の主とは、フィリアーナ・エル・オープスト。
湯上りの夜風が身体に効いたらしく、案の定咳と高熱でダウンである。
それでも身体を引き摺るようにして学園に登校し、講義前まで席に着いていたのだから感心だ。
──こほっ、こほっ…いえ、ちゃんと講義を……!
顔は赤く、咳で息は乱れ──クラスメイトにも心配される中、それでも「せめて一限だけでも講義に参加したい」話していた彼女。
──駄目だ、保健室でまずは休んでくれ。
──でも…っ。
心の底から講義に参加したかったのだろう。駄々を捏ねるような、必死振りだった。
──これ以上拗らせたらどうする。明日以降のためにも、せめて熱が下がるまでは休んでくれ。…女子で誰か、彼女を保健室まで連れて行くように!
しかし弓弦も譲歩するつもりはなかった。
断固とした態度で懇願を突き返し、彼女に保健室への退室を促したのだった。
──オープストさん…ほら。
──。
クラスメイトに付き添われる直前の抗議の視線。
いや抗議と呼ぶには、それはあまりにも悲しみに彩られていた。
「(…授業終わったら、一旦様子を見に行かないとな…)」
内心でそんなことを考えながらも、挙手した生徒を確認する。
「(アレは…えっと、確か)」
机上に置かれている座席表と照らし合わせる。
「(フラウ・スノウか…)」
短く後ろを切り揃えた銀髪や、整った顔立ちの美しい生徒だ。
同じ制服を着ているはずなのに、他の生徒と比べて、どことなく目立つ印象を受ける。
不思議と、どこかで見たような気がする。
「フラウ、質問は何だ」
しかし、まずは質問第一号である。
一体何を質問されるのか。期待を膨らませながら指名した。
──ざわ…。
途端、ざわつく教室内。
「(…ん?)」
生徒達の顔に、驚きが走っていた。
まるで、驚くしかない事態に遭遇したような──そんな様子だ。
「静かにして」
しかしフラウの一言で、教室内は一瞬にして静まった。
それはまるで、凍ったような──という表現が正しい。
静かにしなければならない。そんな一体感を感じさせた。
「(クラスの纏め役…みたいな感じか)」
弓弦がそんな感想を抱いていると、フラウが言葉を続けた。
「先生、質問…と言うか疑問なんですけど」
そして首を傾げた。
「『バット』なんて低級の魔物…今時魔法を覚えたての子どもでも倒せるのだけど。今日の内容、私達が今改めて学ぶようなこと?」
嘲るような笑みと共に。
「な……」
まさかのまさかな言葉に、弓弦は言葉を失った。
それはつまり、講義内容に対する批判だ。
この講義を受ける意味が分からない。時間の無駄だ。
フラウは真っ向から、講義を否定したのだ。
「(マジかっ)」
新人教師の初授業、生徒から真っ向批判を受ける。
まるで元居た世界で放送されていた、学園ドラマのワンシーンのようだった。
違う、そんな質問望んでいない。寧ろ願い下げだ。
『にゃっは! 反抗期真っ盛りだにゃ!』
『おぉ…これぞ学園だぞ、師匠!』
賑やかになる脳内。
クロとアデウスが大盛り上がりしていた。
「(お前達…他人事だと思って…!)」
『他人事にゃ』
『他人事だ』
「(だろうなッ!?)」
他人事であるのを良いことに、悪魔達は実に楽しそうだ。
『む~…』
他人事として受け取れていない様子の悪魔も、一悪魔居た。
不穏な気配を漂わせ、静かに唸っている。
「…じゃあ、この講義に意味は無いってことか?」
しかし生徒達の手前、黙っている訳にも悪魔達に文句を言う訳にもいかない。
あくまで穏やかに、フラウの真意を尋ねていく。
「えぇ。ついでに言うなら、先生が教えること自体無意味だと思うの。だって先生…魔法生物学の権威でも何でもないのでしょう?」
「権威な、確かにそんなものじゃないが」
どうやらこの学園の教師は、ほぼ特定分野において優れた能力を有しているようだ。
流石は名門と呼ばれている学園であった。
そして、
「先生に教わるくらいなら、家で家庭教師でも雇った方が良いぐらいよ」
生徒達も、それなりにプライドが高いようだ。
フラウの発言に同調するように、生徒達が視線を厳しくした。
「(待て待て、俺はカリキュラム通りにしているつもりだぞ…?)」
講義内容自体は、間違っていないはず。
今現在手に持っている参考書の内容を、一から教えていくというものだ。
だというのに、何なのだこれは。
別に文句を言われるような講義をしたつもりはない。
魔物の生物学的特徴から、特徴的な行動や習性、戦い方に至るまで詳しく解説したつもりなのだが──。
「(参ったなぁ…ここまで反抗されるとは)」
生徒達にとって、弱い魔物は弱い魔物でしかないらしい。
だから、より強大な魔物に対する対策を知ろうとする。
弓弦としても、その気持ちは分かる部分があった。
『む~~~…ッ!』
だがその一方で、あまりにも身勝手な意見だ。
意味が無いから嫌という道理が許されたら、本人が意味の無いものと判断し続ける限り何も得られない。
それはまだ、弓弦自身が意味のあるような講義に出来ていないのだと反省点にもなる。しかし権威の無い人物からの講義だから、意味を見出せない──それは。
『む~~~ッッ!!!!』
シテロが激怒していなかったら、弓弦も堪忍袋の緒が切れていたかもしれない。
「…はぁ」
だが代わりに怒ってくれる存在が居るから、弓弦は冷静に努めることが出来た。
「権威とか、格とか…肩書きがそんなに大事なのか? そんなの、魔物との戦いでは何の役にも立たないだろうに。大事なのは、いかにして戦いの中で正しい判断が出来る知識と手札を持っているかだろう?」
そう冷静に。
「…言葉で言っても難しいだろう。じゃあ今から一つ…勝負をしよう。簡単な試合だ」
ブチ切れていた。
「クラス全員で、俺を倒してみろ」
クラスが静まり返る。
この教師は、何を言っているのか。
誰もが真意を探っている。
「勿論悪い話じゃない。俺に勝ったら…今後俺がこの教室で講義することはないだろう。だが俺が勝ったら、全員大人しく講義に参加してもらう」
弓弦は、一つ大きな賭けに出ていた。
あまりに反抗的過ぎる生徒達を納得させるためには、少なくとも通常の講義では駄目だと判断した。
しかし弓弦としては、基礎からしっかりと学んでもらいたかった。どんなに弱い魔物でも、やはり魔物と呼ばれるぐらいなのだ。動物によって時折人が殺められるように、思わぬ運命の偶然が命取りになり易い。
そもそも上位種の講義をするのに、下位種の説明は不可欠だ。それに、物事を学ぶのなら基本から知るのが道理。いきなり応用をやると、いずれ行き詰まる時が必ず訪れる。
だから基本を否定しようとしている愚か者達に、基本の大切さを教えようとしていた。
「力付くのつもり? 教師なら、教師らしく言葉で説き伏せなさいよ。力付くなんて三下のやることだと思うけど」
「教師としては三下で結構だ。だが言葉以外にも、伝えられることはあるからな。特に、言葉だけじゃ分かってもらえない場合にな」
もっとも、そもそもボイコットされたら折角の講義も意味は無い。
この提案、否定されたらそれまでなのだ。
だから言葉を選び、挑発する。
「まさか、そんな三下教師にクラス総掛かりでも勝てないって訳じゃないだろうな? 名門校の生徒とやらは」
煽ることで、逃げ道を塞ぐ。
「…何ですって」
餌に食い付けば、こちらもの。
プライドの高い生徒というものは、意外と煽られ易い。
落ち着いた対応をされたらどうしようかと思っていたが──彼等はまだ、若い。
「(さぁ、もっと…もっと、熱くなれ…!)」
弓弦は内心でほくそ笑んだ。
『何か歌でありそうだにゃ』
生徒達のプライドを逆撫ですることで、土俵に上げさせる。
──ざわざわ…。
既に教室内のボルテージは高まっている。
そう、生意気な教師に対する怒りという熱気だ。
クラスが一致団結する。何と素晴らしい光景なのだろうか。
それが──自分を共通の敵とするもの以外なら。
「(やるなら、やる。そう、徹底的にだ)」
この状況を活かし、徹底的に敵となる。
これは生徒のため。己に言い聞かせ、弓弦は悪役を演じる。
「あぁ…だが。ハンデの一つぐらいは要るだろうな。何せ三十対一だから」
決め手となるであろう言葉を、口にする。
短く息を吐き、言葉通りの意味で伝わるよう弱者もどきを演じる。
そして生徒達の瞳に拍子抜けするような色が混じるのを待ってから、右手で握り拳を作る。
「俺は片腕で戦う。激烈に痛いから覚悟しろよ」
クラスの雰囲気が、一変した。
怒気が辺り一面に充満し、生徒達の瞳に敵意が漲る。
ここまで上げられれば、十分だろう。
弓弦は教室の扉に手を掛けた。
「じゃ、校庭に集合だ」
そのまま、校庭に向かう。
不敵な笑みを浮かべた姿は、さぞ生意気に映っただろう。
「言わせておけば…! その自信、叩き潰してやるんだから……ッ!」
──おぉぉぉぉおおおおッッ!!!!
その背後では、フラウによる号令が。
直後、鬨の声が割れんばかりに上がった。
* * *
この日初めて、学園長室の扉が開いた。
既に生徒達の登校時間が終わり、講義が始まっている頃合いだろうか。時計を確認すると、思ったよりも十数分は時間が経っていた。
学園一座り心地の良い椅子に腰掛け、指を組んで一息。
「さ~て、今日もお~仕事、なんだな」
ディーだった。
とある部隊の部隊長である彼は、基本的に部隊での仕事に区切りを付けてから出勤する。
そのためどうしても、学園を訪れる時間が多少遅くなってしまうのだ。
しかしだからといって、学園長としての業務を疎かにする訳にもいかない。毎朝行われる職員会議には、出張中でない限り必ず参加している。
今日も今日とて会議に参加し、暫く学園内の庭で草花を眺めながら、ようやく自室の扉を潜ったのだった。
机の上に数枚の書類を並べ、優先順位を付けてから眼を通していく。
「(そ~ろそろ、講義も中盤ぐらいか…)」
業務の傍ら、脳裏に今日初講義となる新人教師の顔が過ぎった。
単なる初講義ではない。初教師初講義だ。二つの初めてが並び、さぞ本人は緊張していたことだろう。
本来ならば、研修のための期間を設けるべきなのだろうが──敢えてそれはしなかった。
本人の実力を期待してというよりは、単純な好奇心だ。
お手並み拝見ではあり、ある意味丸投げでもある。
即ち「面白そうだから」、である。勿論、それ以外の思惑もあるのだが。
「た、大変です学園長!」
というのも魔物生物という科目は、他の科目と比べて少々特殊な部分がある。
勿論その特殊性は、顕著になる時とそうでない時があり、しかし共通するのは必ず存在するということである。
「何だね? ニホーへ教員」
血相を変えて部屋に飛び込んで来たイロハの様子に、ディーは確信した。
どうやら今回は、大分顕著になっているようだ。
「氷教室の皆が校庭に!」
「お~! おっ始めるか~!」
魔法生物という科目の特殊性──それは、生徒達にとって安易な内容に受け取られ易いというものだ。
この学園は、万とある世界の中でも名の知れた名門校だ。自然と生徒達も優秀な者が多く、同じぐらいプライドの高い者も多い。
これまで高名な教師による指導を受けてきたというのに、突然初歩的な魔物についての講義を受ける。
お遊戯のように捉える生徒も多いはずだ。
──それ故に、重要だというのに。
「おっ始めるって…! そんな呑気なこと言ってる場合ですか~っ」
「いや~悪いんだな。魔法生物における生徒と教員の衝突と聞くと、ど~うにも昔の血が騒ぐ」
朗らかに笑い飛ばすディーに対し、肩で息をしているイロハは、呆れたように嘆息する。
毎度のことではあるが、生徒と教員が衝突することなんてことは、早々あるべきではないのだ。
それだというのに、学園の長たる者がこれでは──。
「以前に増して、厳格な考えを持っているご家族が多いんですよ? 生徒の皆が、教師に怪我でもさせられた日には…」
「だ~からと言って甘い講義ばかりしていると、生徒のためにもならない。しっかり魔物の脅威を分かってもらえないことには、や~がて命取りになりかねないんだな」
「でも、痛いのは嫌ですよ。それに氷教室には…『スノウ家』のご令嬢が…」
イロハの顔が、僅かに曇る。
この学園は『中立派』に属しているため、昔から他の派閥からの援助を受けないことにしている。
つまり、分類としては私立の部類に入るのだ。当然運営のためには、私的な援助が必要となる。
その学園運営費の殆どを担ってくれているのが、所謂富裕層の家なのだ。
基本的に資金援助だけで運営には口を出さない彼等だが、流石に通わせている身内に危害が及んだのなら話は別だ。子を守るため、動き出してしまう。
「スノウ家」は、そんな富裕層の一つなのだ。
「何だいイロハちゃんらしくもない。まるでサン教員みたいなことを言うんだな」
「だって怖くもなりますよ~。当主は厳格な人ですし、フラウちゃんは冷たいし…」
故に教師陣の中には、そういった富裕層の生徒に苦手意識を持つ者が居る。
何か問題でも起こそうがものなら、自分の身が危ぶまれるからだ。
仕方が無いとはいえ、悲しい現実であった。
「…あの子が冷たいのは、僕ぁ別に関係無いと思うが…」
教師たるもの、時には厳しく生徒と関わらなければならない。
生徒達の怠慢を許し続けた先に、堕落が待ち受けているのだから。
分かってはいるが、そう出来ない背景もある。
教師達の気持ちも分かるが故に、ディーには何とも歯痒く思えた。
「(さて…彼はどうだか)」
だからこそ、この学園に吹いた新たな風に期待を寄せたくもなった。
長い廊下を抜け、二人がようやく校庭に辿り着くと──
『『『『凍て付く吹雪よッッ!!』』』』
『『『『氷の礫よッ!!』』』』
春先の景色に似つかわしくもない、吹雪景色が広がっていた。
生徒達による“ブリザード”や“アイスバレット”だ。複数の生徒により何重にも唱えられ、校庭の中心が白く染まっている。
気温は肌寒いを通り越して、凍て付く寒さだ。校庭に入った瞬間、イロハとディーはくしゃみをした。
「う~っ、ミニスカには辛いよぅぅっ」
「な、何だ~!? この寒さは~ッ!?」
周囲でこれなのだ。中心部では氷点下を記録しているに違い無い。
──うぉぉぉぉッッ!!
その中に、複数の生徒が飛び込んで行く。
吹雪に混じって聞こえる硬い音。
平和な学園には相応しくない鈍く危険な光を放つ正体に、イロハの瞳が衝撃に縮瞳した。
「学園長ッ!? 皆、武器持ち出してますよッ!?!?」
「お、お~…」
ディーも眼を白黒させていた。
簡単なドンパチかと思えば、ここまで壮絶な戦いが起こっていたとは。経験豊かな学園長であっても、動揺を禁じ得なかった。
──!
しかも、その内の一人が何やら物騒な物を握り締めているものだから眼を疑う。
「あれは…ッ!?」
吹雪が荒れ狂う。
周囲に満ちている氷の魔力が、暴れているのだろう。
魔力の粒子を直接見ることが出来ない人間でも、大気が乱れているのは分かる。
「フラウ・スノウが命じるッ! 『氷狼の雪牙』よ、内に秘められし力を解き放てッッ!」
──眩く輝く突起物を手にした一人の生徒を中心として。
想像を超えた光景に、教室二人は唖然とするしかなかった。
──チャッチャカチャ、チャッチャカチャ、チャッチャッチャッカッチャ!
「さぁ、始まりますわよ〜! ネクストミュージック、スタート!」
──教えて! それは何? 教えて! お姉さん♡ そのお悩みを解いてあげます♪
「ポン」
──タヌキさん? 違うよ! 妖精さん? そうだよ! ユリタヌキって言うんだよ♪
綺麗な、お姉さんと可愛い、ユリタヌキ♪ 二人が楽しく教えてくれる〜ぅ♪
「「集まれ〜! 皆〜!!」」
──皆でおいでよ〜♪ 笑おうよ〜♪
「ミュージック、ストップですわ!」
「ポン♪」
「学園と言えば勉強! 勉強と言えば、解説ッ! さぁ、『なにそれ? 教えてリィルお姉さん!』の始まりですわ! ‘…ほら’」
「ぱちぱちぱちぱち〜ポンポン!」
「はい! このコーナーも十五回目…って、ユリタヌキ? 何だか随分ご機嫌ですわね」
「んん? そんなことないポン♪」
「いやどう見てもご機嫌ですわよ。ご機嫌過ぎて少し気持ち悪いですわ…。中身が違ったり──」
「……」
「──なんてこともないですわね。あ、ユリタヌキに中の人は居ませんわよ? 妖精さんですから!」
「んん? お姉さん、そんな難しいことを言ってもボク分からないポン。それよりも、今日はどの魔法について教えてくれるんだボン?」
「……あなた、何を考えていまして? 前回のアレは…私としても少しやり過ぎたと言うか…悪い…かな、とは思っていますけど。ちょっと不気味ですわよ」
「前回? 前回はぁ〜…ふふふ〜♪」
「……ユリタヌキ、まさかあなたお酒飲んでるなんてことは──」
「……」
「──こともないですわね。どう見ても素面だし、お酒臭くないし…。あ、ユリタヌキに中の人は居ませんわよ? 妖精さんですもの」
「お姉さ〜ん、早く魔法について教えてほしいのだポ〜ン」
「…果てしなく不気味過ぎて、鳥肌立ってきましたわ。ですが良いでしょう。今回紹介する魔法は…」
──ダカダカダカダカダカ…ダン!!
「“ペネトレイトウォーター”ですわ!」
「ぱちぱち〜」
「…。さてこの魔法は、貫通力の高い、直径9mmの水弾を発射する水属性中級魔法でしてよ。結構攻撃的な魔法ですわ」
「ふむふむ。水の弾丸…かっこいいポン」
「銃声と共に描かれる水の軌跡は大変美しく、そして鮮やかです。勿論攻撃力がありますので、そのまま身体を撃ち抜くことも可能でしてよ」
「ひぇぇ…怖いポン……」
「……あなたのその反応が、私には恐ろしくってよ」
「やだなぁお姉さん、ボクは可愛い可愛い妖精なんだから怖くないよ〜?」
「…ひっ、と、鳥肌が……っ。と、兎に角詠唱例ですわ!? 」
『水よ、ここに集いて弾となり、撃ち抜け』
「はい。こちらは、『動乱の北王国編』にて登場した『レティナ』と言うハイエルフの詠唱ですわ。魔法の効果がイメージし易い詠唱となっていますわね。さてお次は」
『弾け貫くは弾丸、其は水で出来ていた』
「こちらはディー中将の部隊に在籍しているトレエ・ドゥフト大尉の詠唱ですわね。最近中尉から昇進したそうで、この場を借りてお祝いの言葉を。おめでとうございますわ♪」
「おめでとうだポン! トレエちゃん凄いな〜♪」
「…………さて。一説では弓弦君に気に掛けられているとも言われている彼女の詠唱も、明快なものですわね。しかし王道をなぞることに越したことはありませんわ」
「お姉さん、どうして王道な方が良いの?」
「魔法の詠唱は、簡単に言ってしまえばイメージの補助をする部分もあるからです。言葉を紡ぐことで、自らの中のイメージを高め、魔力を用いて具現化する──それが、魔法発動の簡単なメカニズムですから」
「簡単って言うと、具体的には難しいってこと?」
「魔法はとても奥が深いものですから。正直なところ、いくら語っても時間が足りませんわ」
「ふむふむ」
「ではそろそろ予告にいきますわ。『弓弦だ。…ったく、どうしてこう初講義からドンパチやらないといけなくなったんだ? って俺の所為か。まぁ、始めてしまった以上仕方が無い。力に訴えるのは好みじゃないが、熱血展開は嫌いじゃない。さて、お仕事の始まりだ──次回、氷魔法があると、夏の暑さも凌げる気がする。by弓弦』…確かに、暑い日には氷魔法が使いたくなる時がありますわね」
「うんうん。とっても涼やかな気分になりそうだポン」
「……」
「? お姉さん、どうしたんだポン?」
「…私は少し、暖を取ってきますわ。では、また」
「…変なお姉さんだポン」