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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
40/411

港町ポートスルフ

「船が…出ていない!?」


 知影達がやっと辿り着いた『港町ポートスルフ』。

 海によって隔てれた南大陸と東大陸を繋ぐ唯一の港は、数人の旅人と船員達によってごった返していた。

 それだけではない。町の半分が焼き焦げており、桟橋は折れ、灯台は白き残骸となっている。


「どうにかならないんですか!?」


 詰め寄る知影に、薄汚れた作業着に身を包んだ男は首を振る。


「見ての通りの惨状だ。船こそ無事だが、町はボロボロ。まだ死んだ奴等の弔いも出来ていない」


 人々で溢れているが、船員達の殆どは身体のどこかに包帯を巻いている。

 項垂れた船員の額にも、薄く赤が滲んだ包帯が巻かれていた。


「…到底船なんか出せる状況じゃねぇ。悪いが日を改めてくれ」


 先日あったとされる襲撃が残した爪痕は、深い。

 船員の言う通り、船が出せる目処が立っていないないのは明白だ。

 知影達は、ここに来て足踏みすることになったのであった。


「う~む、これじゃ〜当分は無理だな〜。取り敢えずは宿でも取りに行くか〜?」


「うむ、私も同感だ。知影殿、ひとまず少し落ち着いてから情報を収集しよう」


 ユリとレオンの提案により一行は船を諦め、潮風薫る町並みへと引き返した。


「何でこんなにタイミングが悪いのよ…うぅ、弓弦君…」


 宿部屋に着いて椅子に腰掛けた途端に知影が文句を零した。

 三人の身体は長時間砂漠を歩いた所為か服も髪も砂埃を被っており、少々汚い。

 部屋に入った直後に脱衣所を見付け、その先にシャワーを発見したユリは汚れを落としたい気分であった。

 しかし知影はそれよりも、弓弦優先のようだ。


「取り敢えずはシャワーを浴びた方が私は良いと思うぞ? 私も、知影殿も…かなり汗臭い」


 少し酸っぱいような香りは、汗の香り。

 別に嫌いな香りではないが、好きでもない。

 それにここに来るまで、当然のように潮風を浴びている。

 ただでさえ砂埃塗れの髪は、しっかりとベタついていた。


「これでは橘殿に顔向け出来ないぞ」


 一旦考え出してしまうと、衝動は強まるばかり。

 既にユリの手には、タオルが握られていた。


「でも…多分弓弦君は既に東大陸に渡ったはず…。これじゃいつまでたっても追い付くことなんて出来ないよ…。弓弦君〜…会いたいよ弓弦君〜」


 一方で知影は、光の消えた瞳で虚空を見詰め始めた。

 

「(…始まったな〜)」


「(弓弦病…か)」


 弓弦病(※レオン命名)が始まった。

 この病気(?)は知影が弓弦に会いたくてしょうがなくなった状態のことを言うそうだ。

 要するに超絶的な色ボケの花畑思考なのだが、一つだけ面倒なことがあった。それは──


「…あ、弓弦君! いつの間に私の前に居たの…? やっと会えた…弓弦君〜♪」


「(始まったか)…。では私が先にシャワーを浴びさせてもらう。知影殿、失礼する」


「…ユリちゃん。やっと私が弓弦君に会えたのにそれを邪魔するの…? …へぇ…邪魔しようとするんだ…」


 光の消えた瞳でユリを睨み付ける知影。

 虚無の瞳。しかしその奥に、静かな殺気が宿っている。


「邪魔者は…消さないと。ね? 弓弦君♪」


 ──面倒なこと、それは幻覚である。

 恋する乙女の花畑思考は不可能を可能にするというのか。どうもこの状態になった彼女には、眼の前に弓弦が居るような幻覚が見えているのである。

 そして下手に声を掛けると、その病みっ振りを遺憾無く発揮する。

 即ち襲い掛かってくるのだ。その様子は最早、呆れるしかない。


「……では」


 ユリは足早にその場を離れ、脱衣所へと向かう。

 触らぬ知影に祟り無し。レオンも部屋を飛び出して行った。

 それよりも久々のシャワーだ。意気揚々と砂塗れの服を脱ぎ、下着姿になった際、


「む」


 視界端の鏡に映る自分自身を見た際に、彼女はあることに気が付いた。

 それは気の所為と考えてしまえばそれまでのもの。だが確かに、違和感を感じた。

 こういった場合の違和感は、考えれば考える程うやむやになってしまう。つまりは、最初に抱いた感覚こそ真実に一番近いものであることが多い訳で。


「…大きくなっている…?」


 ユリは、自分の胸部に違和感を感じた。

 本当に、本当に少しだけなのだが少し成長しているような──そんな気がした。


「(…まさかな。年齢的にも殆ど成長の終わった身体だ。今更そんなこと、あるはずがない)」


 気の所為と割り切り、ユリは残りの衣類も脱いでシャワーを浴び始めた。


「(少し傷みかけている…まぁ当然…か)」


 備え付けのシャンプーを使い、いつもより丹念に髪を洗い始める。

 ユリの髪は知影やリィル程長くない。精々肩に届くぐらいの長さだ。

 長髪に比べれてしまえば洗うのにあまり時間を要しないが、それでもいつもの倍以上の時間を費やして髪を洗った。


──ふんふ〜ん、ゆ、づ、る、く〜ん♪


 そんな中ふと、知影のことが頭をぎる。

 弓弦馬鹿を除けば、彼女は女性として、隊員としても優秀な人物だ。

 またユリは、彼女は天才──と呼ぶべき人間ではないのだろうかと思った。


──よっ、ほいさっ、アイヤ〜っ!


 砂漠を渡るには体力が必要だ。

 十分な休息と、食事も重要だ。そのため食事は三人で順番に交代しながら用意していったのだが、ここで驚かされた。

 知影の料理が、並みの腕を優に超えていたのだ。

 ユリ自身も料理にはそれなりの腕であると自負しているのだが、間違い無く彼女の腕前はそれに匹敵すると思った(無論それでも彼女の方が上だとは思っている)。

 レオンはレオンで、何でも美味しいと言ってくれる人なので誰の料理が美味しかったのかは今一つ分かり辛い。指標としては、食事を食べるペースが参考になったりするのだが、知影の料理は、ユリの作った料理を食べるペースと大差無かった。

 拮抗しているであろう料理の腕前。

 何故だかそれが、妙に気に食わない。

 初めて実感した時、何故そうも張り合いたくなるのか疑問に思いもした。恐らく、一生懸命磨いてきた料理の腕にこうも簡単に匹敵されては堪らないものがあった──そう結論付けてはみたが、腑に落ちない部分はある。

 理由は謎だ。謎だが、何故だか気に食わない。

 兎に角、大人気無いようにも思えるのだが──それでも気に食わないのだった。


「‘そもそも反則だ…あれ程の完璧超人が相手だとは…これでは勝ち目など皆無ではないか…’」


 何の勝負の勝ち目なのかは分からなかったが、呟いた言葉は更にユリの気分を沈ませる。


「…あ、しまった」


 どうしてそうなるのか分からなかったが、それよりも気付いてしまったことがあった。

 取り敢えずタオルを取って髪と身体を拭き、巻き付ける。

 所謂応急処置だ。というのも、その場から逃げることばかりに思考を奪われていた所為か“自らの”着替えを置いてきてしまったからだ。


「……むぅ」


 ──つまり、自分のではない着替えならある。

 砂塗れの服ではなく、袋に密閉されてる服だ。

 そのため、着替えとしては機能するだろう。

 だが、問題があった。


「(……着てみる…か…?)」


 間違えて持って来てしまった着替え──否、その人物が居ない時点で着替えも何もないのだが、その服──誰かの隊員服を手に持ち半ば本気で思案するユリ。


──知影ちゃん! ユリちゃん! 今すぐ部屋から出てきてくれ〜!


 すると、外から大きな声が。

 脱衣所からでも聞き取れる、大きな声だ。

 聞き覚えのある声に、ユリの顔が上がる。


「む」


 レオンの声だ。

 レオンが驚きと喜びを織り混ぜたような声で外から呼び掛けているようだった。

 部屋を出て行ったかと思えば、宿の外にまで出ていたらしい。


「(だが……)」


 すぐにでも出て行きたいユリだったが、流石にタオル姿で外に出る訳にはいかない。

 だが砂塗れの服には袖を通したくない。

 ユリが思い悩んでいると、


──何があったのですか? 早く言ってください、死にたいですか?


 妄想の中における弓弦との時間を邪魔された知影が返事をした。

 にこやかな声に、殺意が見え隠れしている。

 どうして当たり前のように物騒な言葉を言うのだろうか。

 謎だ。しかし、それが知影という少女なのだ。


「(だが隊長殿のことだ。至急共有したい情報を入手したに違い無い。だとすれば…まさか)」


──!


 薄桃色の瞳が、見開かれた。


「ッ!!」


 次の言葉を聞いた瞬間、ユリは急いで着替えに袖を通した。

 髪を吹き切るのも程々に、風のように脱衣所を飛び出す。

 急がねば。彼女の思考はただそれだけしか考えていなかった。

 今は時間が惜しい。他にもう少し気にしなければならないことがあるような気がするが、それは後だ。

 先程までの迷いを吹き飛ばすだけの驚愕が、レオンの言葉にはあったのだ。

 「二日前に弓弦らしき人物がこの町に居た!」という知らせの中に──。


* * *


 俺が二人と別れ、町で色々な情報を収集していた時に知ったその情報は、妙に引っ掛かるものだった。

 引っ掛けるといっても、町の人々がこれでもかと同じような話題を口にしていたんだ。嫌でも耳に入るし、気になりもする。

 それと、純粋に興味があった。

 ──俺達がこの港町を訪れた時から町は酷く破壊されており、その修復を住民総出で行っている最中だった。

 側から見ても酷い有様ではあったんだが、不思議と活気に包まれていたのが印象的だった。

 人々の顔には、光が差している。勿論悲しんでいる奴等も居たが、少しでも前を向こうとしている姿が多く見られた。

 自然と、見ているこちら側も元気が出てきたものだったな。

 そう、元気を貰えた。砂漠で散々部下に扱き使われて、何だってんだ〜」と愚痴を言いたくて仕方の無い状況から、そんな気持ちになれた。

 だから元気を貰うためにも、情報収集も兼ねて町へと飛び出した。

 知影ちゃんから逃げたかった…って言うのは、ここだけの話だ〜。

 最悪ユリちゃんならどうにか世話を焼いてくれるだろう。そんな期待の下、部下二人を宿に残してきた。

 一応、疲労しているであろう二人を連れ出すのはどうかと言う判断もあった。

 そう、これは部下達のへの気遣いだ。だから、単に尻尾を巻いて逃げて来ただけじゃないんだな。


「お〜お〜。何か力仕事は無いか〜?」


 そんなこんなで、町を飛び出した俺は、取り敢えず町の人に声を掛け、復興作業に従事した。

 少しでも、町の人の力になりたかった。それが元気を貰ったことの恩返しだと考えたためだ。

 勿論、復興を手伝った方が、船の交渉も進め易いと言う思惑もあった。

 それに、惨劇に見舞われたばかりの町をただ放っておくことは出来ないしな。手伝わない手は無かった。


「なぁ、アンタ知ってるか──」


 瓦礫を退かしながら物資を運んでいる際に、天からのご褒美ってヤツか、偶然その話が出た。

 散々町の中で興味が向いていた話だ。俺は当然、当時の出来事を訊くことにした。

 その中で、得られた情報──会話内容は、町を救った一組の旅人についてのものだった。


「(おい…これは〜、マジか…!?)」


 話を聞いた俺は急いで宿屋へと戻り──


「知影ちゃん! ユリちゃん! 今すぐ部屋から出てきてくれ〜!」


 現在に至ると言う訳だ~。


「弓弦がこの町に居たのですか!?」


 相変わらず弓弦のことになると反応が変わる知影がまず出て来た。

 風のような速さだった。


「隊長殿!」


 次にユリちゃんが出て来た。

 風呂上がりだったのか、顔が仄かに赤味を帯びた状態で出て来た。

 彼女は彼女で、急いで出て来たのだろう。髪が乾き切っていない。

 濡れている様子がまた、色っぽいな~。

 アレだな~、眼福眼福。い~つ見ても綺麗な女の子だな!


「橘殿は東大陸へ?」


「どこ!? 弓弦君は街のどこに居るんですっ!?」


 ズイズイと前に出て来る二人に押されて思わず後退りしてしまうが、俺は町で聞いたことをそのまま伝える。

 二日前。突如として現れた妖術士によって、町は焼かれ、人は殺められ──まるで地獄のような光景が広がっていこと。

 もう誰もが町の滅亡を覚悟していた時。砂漠の彼方から不思議な二人組が現れ、妖術師を海上にまで誘き出すと討ち滅ぼしたのだとか──。


「要するにだ〜。不思議な一組の男女が、悪い妖術士を倒した後、空を飛んで北へと消えたって話を聞いたんだ〜。で、身体的特徴としては、男が黒髪、女が金髪。二人共、息を飲む程の美男美女だったらしいぞ」


 記憶を辿りながら話す内容を、二人は真剣に聴いていた。

 まるで一語一句聞き逃さないようにしているみたいだ。う〜む、感心感心。


「でだ〜。ここからが肝心なんだが」


 自分の話に耳を傾けてもらえる喜びを感じながら、話を続けていく。


「女が男のことを、どうも『ユヅル』って呼んでいたらしい。女の名前は不明だが、男に関しては、弓弦である可能性が高い。弓弦が東大陸に向かうどうこう言ってた知影ちゃんの勘が、見事的中したって訳だな〜」


 正直、五割ぐらいしかアテにしてなかったんだが、まさかここに来て新たな手掛かりを得られるとはな。

 流石は知影ちゃん。弓弦への愛は留まるところを知らず…いや、大したものだと思うな~。


「北…となれば橘殿は既に…」


「弓弦君…」


 ユリちゃんが北の空を眺めるのに対し、知影ちゃんは睨んでいる。

 その方角にあるのは、広い海と広い空だ。

 東大陸は、水平線の彼方にも見えていない。


「渡っていると思う。どうしてかは知らんが、空飛んでたらしいからな~」


 海路が駄目なら、空路。

 空を飛ぶ魔法には心当たりがあるし、空を飛んでいたのなら東大陸に移動したと考えて問題無いだろう。

 昔習ったような気がするな~…確か……そう、常駐型の風魔法、「弁当薄くてあれま」だったか。

 高度な魔法で、俺には使えない。使える人物も、二人しか知らない。上級魔法の中でも、輪を掛けて高度な魔法なんだな。

 他の属性にも飛行する魔法はあると思うが、自分が使えない魔法なんざ知らない。こう言うのはもっぱらリィルちゃんやセイシュウの領分だからだ。

 考え事はアイツ等に任せて、俺は身体で動く。

 だから今も、こうして行動を起こし続けている。


「橘殿は風魔法の使い手になったのか? …私には到底考えられないのだが……」


「弓弦は一人ではないからな〜…。まぁ〜普通に考えて、もう一人の女の子が使ったと考えるべきだな〜」


 その言葉に、知影ちゃんとユリちゃんの顔が曇る。

 知影ちゃんに限っては、どんよりとした表情が絶望的な色に染まってる。お〜…殺意が……。

 ユリちゃんは少しむくれたように眼を伏せている。


「…? ん゛んっ」


 視線が合ったかと思うと、咳払いをされた。

 「気にしないでくれ」。そう言われているみたいだった。


「(…この二人……)」

 

 知影ちゃんは兎も角、ユリちゃんは…。

 そう、ユリちゃんだ。

 やたらと弓弦のことで表情を変えるし、何だか様子がおかしい。

 弓弦が来たばかりの時は、そんなに気にしているような素振りを見せていなかったと思うが…。俺の考え過ぎか〜?


「…その女狐について、何か他に情報は?」


 お~お~、知影ちゃんは怒っているよ。

 どこぞの浮気男の所為で、怒ってるんだろうな…。


「…っ」


 ぐ…知影ちゃんに頭握り潰されそうになった記憶が…。

 何か頭フラフラしてきたぞ~…。


「そうだな〜、話してくれた奴の主観もかなり入っているとは思うが…。別嬪さんって印象が揃っていたな〜」


「へぇ…ふぅん、美人さんでしたか…へぇ。私を放ったらかして自分は楽しく異世界旅行…へぇ…」


 アイツのことだ、遊んでいる訳ではないと思うが~。

 変に逆らうと怖いので聞き流すぞ~うん。

 弓弦、すまん。反論すべきなんだろうが、俺は自分の身が可愛い。


「船の他に東大陸へ渡る手段は無いのか?」


 代わりにユリちゃんが助け舟を出してくれた。

 海路が駄目なら空路を使ったのが弓弦達。だが俺達は空路も使えない。

 海路も空路も駄目なら──


「あるぞ〜? 危険が伴うがな〜」


 ──実は、後一つ手段が存在している。

 船は、もし可能であるならばの手段でしかない。保険なんだ。

 一つの手が駄目なら、次の手を。それが駄目なら、次を──俺の親友(セイシュウ)なら、そうするはずだ。

 だから、他の手を求めて──最後の手段を見付けることが出来た。

 そんな苦労があったからこそ、俺はこの質問を待っていた。

 ユリちゃんの問いに即答する。


「流石は隊長殿、頼もしいぞ。それで、方法とは」


 別に海の上を渡らなくても東大陸には行けないことはない。ちゃんと調べてあるぞ~?


「驚くなよ〜? 海の下を通るんだ〜」


 何とそう! 海の下を通るんだ。


「…。海の下?」


 ユリちゃんが怪訝に眉を顰める。

 今一つピンときていない様子だ。


「そっか…! 海底洞窟だ!」


 だが知影ちゃんは気付いたように手を叩いた。

 弓弦のことさえ省けば聡明な彼女。すぐに答えへと至ったようだ。


「この町からも〜少し、北西沿いに歩いた所に大昔に造られた人工洞窟がある。その洞窟を無事に抜けることが出来れば船を使わずとも、東大陸へ向かえるって話だ〜」


「では行きましょうか、えぇすぐにでもッ!!」 


「待て待て知影殿!」


 全速力で北西の方角に消えようとする行動力と運動神経の良さも流石だ。

 ユリちゃんが肩を掴まなければ、瞬く間に姿を見失っていただろう。


「洞窟……それもまして海の下を通るのだ。何が起こるか分からん…。洞窟内での滞在時間を減らすためにも、せめて今日だけは十分な睡眠を取るべきだと思う」


 海底洞窟。知影ちゃんなら、そこを通ることの危険性が分からない訳じゃないと思うんだけどな。 


「ん~、ユリちゃんの言う通りだな~」


 本当にこの子は……弓弦に会うことが出来たら、アイツにきちんと言ってもらわないとな。

 固く心に誓っておこう。


「イヤです! こうしている間にも弓弦は…弓弦はぁっ」


 涙声で訴える知影ちゃん。

 焦っているんだ。彼女にとって、弓弦はそれ程大きな存在と言うことだろう。側に居ない時間が続けば続く程、辛いのだ。

 だが海底洞窟は、「ある」と言う話を聞いただけ。

 入口があるのか、出口まで続いているのか──定かではない。

 しかも探索に入ったら、常に崩落の危険性が伴っているのだ。


「知影殿、まずは落ち着くのだ。今は焦る時ではない」


 震える知影ちゃんを、ユリちゃんがそっと抱きしめた。

 そっと包み込むように。背中に手を回し、擦った。

 …あの子百合属性あるか~? まさか、抱きしめるとはな。

 …少し羨ましいな。いや、本当に少しだけだぞ?

 だが、アレで知影ちゃんは落ち着くのか…?


「あ…この匂い…♪」


 落ち着いた。

 知影ちゃんもまた、ユリちゃんの背中に手を回した。

 二人は抱き合う姿勢となり、辺りには百合の香りが漂い始める。

 その光景には、自然と周囲の視線を集めていた。


「(お〜お〜、眼に優しい光景だ〜)」


 俺も視線を釘付けにされた一人。

 二人の美女の微笑ましい姿に見惚れていた。


「…?」


 しかし、どうして知影ちゃんが落ち着いたのか。

 疑問が脳裏を過ると、何故だかユリちゃんが着ている隊員服が眼に付いた。


「…?」


 心なしか、俺が知るユリちゃんの姿とどこか違う気がする。

 隊員服はある程度個人の希望を反映して発注することが出来るため、服に個性を持たせる隊員も居るが、ユリちゃんはそこまで服に拘っていなかったはず。

 丈の合ったサイズを着ていたはずだが──今の彼女の服は、妙に大きい。

 まるで男物のサイズのようだ。足下もダボついているし──


「…ところで」


 知影ちゃんの声のトーンが下がった。

 ユリちゃんの背に回された手に、力が込められているのが服のしわから分かった。

 俺は察した。


「(まさか…っ)」


 ユリちゃんが、弓弦の隊員服を着ていると言うことに。

 気付けば遠眼に眺めていた観衆が消えており、辺りにはあっと言う間に修羅場の気配が。


「ユリちゃん、どうしてあなたがそれを着ているのかな…?」


 かく言う俺も、少しずつ後退りしていた、

 いや、身体が勝手に動いていた。

 抑えられた知影ちゃんの声、そして抑え切れていない殺気。

 その凄まじさに、生存本能が怯えているようだった。


「ッ!? い、いや! この服は知影殿が私にお詫びで渡してくれた物ではないか!?」


 ユリちゃんは声を半ば裏返らせながら弁明した。

 恐らく指摘されて、自分の服装に気付いたのだろう。


「(どうして弓弦の服が…)」

 

 そう言えばと思い出したのは、砂漠での一幕。

 不可抗力ではあったが、ユリちゃんを脅かして怯えさせてしまった出来事があった。あの時お詫びがどうとかで、知影ちゃんがユリちゃん渡していた物が隊員服だったはず。

 何故それを渡したんだ知影ちゃん。

 何故それを着ているんだユリちゃん。

 そもそも、何故弓弦の隊員服を知影ちゃんが持っているんだ…?

 う〜む……さっぱり分からんな。


「渡したのはそうだよ? でも、着て良いとは…言ってないなぁ…?」


「うっ、それは……」


 兎に角、ここは場を収めなければならない。

 知影ちゃんの怒りを鎮めるためにも、ここは彼女を援護しよう。


「俺も気になるな〜。どうしてユリちゃんが弓弦の隊員服を着ているんだ〜?」


 ついでに揶揄からかうことで、心を落ち着けないとな。


「隊長殿まで!? こ、これはだな…これは、急いでたから間違えて…し、仕方が無かったのだ!」


 ユリちゃんは顔を真っ赤にしながら必死に弁明する。

 口をわなわなとさせながら、動揺で瞳が右往左往している。

 凛々しい普段の彼女からは信じられない程に、乙女な顔だ。


「ふぅん」


「成程な〜」


 これあの子のファンクラブ会員が知ったら、どんな反応をするだろうな。

 カメラがあれば一枚撮っておくのも良いかもしれないが、そんな便利なものは持ち合わせていない。

 取り敢えず、じっくり眼に焼き付けておこう。


「ねぇ、ユリちゃん…」


「(眼福眼福…)」


 視線を注ぎ続ける。

 知影ちゃんの負のオーラは恐怖でしかないが、ユリちゃんの可愛らしさが美味い具合に緩和してくれている。

 ありがたや〜、ありがたや〜だな〜。


「お、おいっ!? だから私を…私をそんな眼で見るなぁぁぁぁぁっ!!」


 そんな二人分の視線を受け、ユリちゃんはとうとううずくまってしまった。


「見ないでくれぇ……」


 注がれる視線から逃れるように顔を覆い、上げた抗議の声は彼女らしくもないか細いもの。

 あまりの恥ずかしさに、ユリちゃんは悶えているのだ。

 恥じらうユリちゃんを見られる日がくるとはな。いやはや萌えるな〜ホント。

 料理好きなところとか、こんな恥じらうところを見れば、年頃の女の子だとつくづく分かるものだ~。


「ま〜二人共。ここじゃ人の眼があるし、そろそろ場所を変えたらどうだ〜?」


 さて、そんな可愛らしいユリちゃんの様子はまたも人眼を集めていた。

 知影ちゃんもどうやら積もる話がありそうだし、場所を変えてもらうか。


「…そうですね」


 応じてくれなかったらどうしたものかと思っていたが、知影ちゃんは納得してくれた。

 周囲を確認すると、ユリちゃんを解放する。


「良〜し! んじゃ~、取り敢えずは明日に備えて解散だ! ほらユリちゃんも!」 


「…ぁぅ…間違えただけだ…本当なのに…」


 ユリちゃんは相変わらずうずくまっていた。

 力無く弁明し続ける姿に、不思議と目頭が熱を持った。 

 ここまでくると、中々可愛そうに見えてきたな。

 実際可愛そうなんだが…。


「さ、ユリちゃん…お部屋で一杯お話聞かせて…? 時間ならたぁっぷりあるからさ……一杯、ね?」


 ユリちゃんの腕が、知影ちゃんによってしっかり掴まれていた。

 解放する気は無いのだろう。知影ちゃんの執念深さが窺える。

 …あ、いかん。またフラフラしてきたぞ……。


「さぁ、行こ…?」


「や、止め…!?」


 全身を襲う脱力感に、俺はその場を離れるしかなかった。

 宿に戻って自分の部屋で休息を取る最中、ユリちゃんの顔が浮かんだ。


──さぁ、始めよっか…。


 耳を澄ませば、窓から隣室の声が聞こえた。

 勿論、聞くつもりはない。

 だが隣ではきっと、ユリちゃんにとっての地獄が繰り広げられているのだろう。

 そして俺は翌日、ユリちゃんにきっと恨まれていることだろう。

 だが、せめて心の中で詫びさせてくれ〜…。


「(ユリちゃん…すまん。)」


 隣室の声は、日が完全に落ちるまで聞こえ続けていた──。

「べ、弁当薄くてあれま……」


「どうしたフィー? 何絶句しているんだ?」


「…ねぇご主人様、どこをどう間違えたら“弁当薄くてあれま”になるのだと思う?」


「“弁当薄くてあれま”? それは…大分悲惨だな」


「そうよね?」


「あぁ。お腹空いている時に弁当の中身が少なかったら悲しくなるし、肉系を入れた時、薄いそこから染み出した脂がかばんに染み付くことを想像するとな……」


「…あの、そうじゃないの。それを言いたいんじゃなくて……」


「まぁ染みないようにラップを敷くのも手だろうし、いっそのこと買い換えるのも手だな。最近の百均や三百均の品質は良い。どうせ消耗品だから、あんまり無理して使い続ける必要も、な」


「…そうね、時には思い切った行動も必要だものね。…でも、そうじゃないのよ」


「物を大切にするのも良いが、溜め込み過ぎるのはよろしくない。大切なのは、バランスなんだよ」


「もうっ、ボケ倒さないで!」


「…? 俺、変なこと言ってるか?」


「おかしい。…ある意味、おかしくないけど」


「???」


「…どうしてそう鈍感なのよ」


「鈍感? あぁ、鈍いってのはコミュニケーションエラーの要因だな。そうならないよう、伝え易い言い方、滑舌を鍛えないと」


「…え」


「あえいうえおあおかけきくけこかこ」


「えぇっ!?」


「さしぇしゅぃしゅせぇんそぉさぁそ…」


「言えてないわよっ!?」


「く…俺も未熟と言うことか」


「何のキャラよそれ……」


「……」


「…何?」

 

「ぷ…っ」


「……」


「良いツッコミだぞ、フィー!」


「…えぇ」


「やっぱりボケ倒すってたのしいな! ツッコミも良いが、ボケも良い」


「……人を弄んでいたのね、もぅ」


「…気を悪くしたか?」


「……悪くなったって言えない自分に、悔しくなっているところよ」


「ははっ、なら良かった」


「ご主人様ったら…もぅ」


「…ん?」


「…予告よ。『落ち行く木の葉が映す、温かな記憶の欠片。はらり、はらりと変わりゆく表裏が、懐かしき記憶を優しくくすぐる。しかし空しきかな。木の葉は落ちたら最後、梢に戻らず大地と一つになる。その流れは変わらない。過去から現在、未来へと流れる、時の流れのように。彼女は父母の遺した品々と対面する。緑薫りし、今は亡き高貴なる守り人達の故郷の奥に、ひっそりと佇む家の地下室にて──次回、妖精の村ブリューテ』…ブリューテ」


「…良し、じゃ…本編に戻るか」


「あ、ご主人様っ」




「…まさか、予告を読んだ私の気分が沈むことを見越して、少しでも元気付けようとしてくれたのかしら…?」


「置いてくぞ〜」


「…変なところで気が効くんだから。…もぅっ。待ってくださ〜いっ!」

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