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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
“非日常”という“日常”
4/411

終わる日常 前編

 彼の口から寝息が出るのを確認してから私は、行動を起こした。

 眠る彼の意識を、秘密の手段で無意識下に押し込んで静かに意識を集中させる。

 それは、海に沈めた身体を浮上させる感覚に近い。

 暗くも温かな海から、ゆっくり、ゆっくりと海面へ。


「……」


 そうすると、感覚が生じた。

 私の意識と彼の身体が繋がり、一時的に私が身体の支配権を握る。

 生きてる…って、こんな感じだった。

 身体を動かそうと意識して(今は歩くことだけに集中して、みたいな)口を開くと、喉が震えた。

 彼の身体を借りて、第一声を発する。


「うんうん、やっぱり君はこうでないとね♪」


 その言葉は、当然彼の口から紡がれた…キャッ、イケボ♪ 

 …じゃなくて、それは私が今、彼の身体を使わせてもらっている証拠。何故使っているかというと、そうしたいから。

 彼と言うのは、弓弦。私の──未来の旦那様と決めた人。

 君付けで呼ぶのは、弓弦が怒るから。

 多分私のことを私と認識していないんだと思う。

 でも、本当のところはどうなんだろう…知るのが少し怖いんだ。私は彼に否定されるのが怖いから。…孤独になるのが、怖いから。

 ずっと孤独だった。それは、どんなにチヤホヤされても、人と関わっても、変わらなくて。

 だから私は──どんな経緯であっても私を求めてくれた彼を求めている。求め始めたのは…そう、初めて抱いてくれた夜(※彼女の意見です。実際とは一部異なります)のこと…。

 …うん、彼の腕に包まれていたあの感覚。

 彼の心臓を刻んでいたあの音。

 髪をくすぐった彼の吐息。

 どれも全て、昨日のことのように覚えてる。

 ──と言っても、まだ一週間ぐらいしか経っていないけど。ううん、もう一週間…なのかな。

 あの時、君が咄嗟の行動でそうしたことは分かっていた。だけどそれは、私の中の黒い感情をどこかに吹き飛ばし、壊れて、無くなったと思っていた感情を思い出させてくれる程…私、嬉しかったんだ。…女になった、でも合ってるかも。

 だから、こんなことを思った。思ったと言うより、魂に刻まれた(・・・・・・)と言う感じかな。

 ──彼の全てが私の全て。私の居場所は彼の傍だけ。そんなことを思ったんだ。

 …何で私こんなんなんだろ。これって依存なんだよねきっと。絶対…って言っても良いかも。うん、神に誓えるよ。

 …だから、もし彼が居なくなったら。

 もう、彼の温もりを感じることが出来なくなったら。

 ──私は、また(・・)壊れる。以前の私みたいに、『中身のない人形』になっちゃうんだ。最初はまだ大丈夫だけど、少しずつ、少しずつ──。

 ──ここで一つ、ちょい昔話をしようか。

 今から私が話すのは、かなりシリアスなお話。

 『全てが始まったあの日』、『彼が忘れてしまった記憶の彼方』、私達が過ごしていた日常の痕であって、非日常の始まりを。

 ──8月14日。弓弦の誕生日の二週間前。私達の世界が崩壊した日のことをお話しようと思うけど、少しだけその日から遡って話そうと思う。理由? …決まってるよ。

 私と弓弦の関係のな・れ・そ・め♪ 訊きたいでしょ? ん? 反対意見は即却下。たった今、実刑判決ならぬ実行判決が私の中で下されました。

 じゃあ、台本を用意してっと。

 ──始まり始まり!











* * *


 ──8月11日。晴れ。

 ボーイミーツガール。私と彼はこの時初めて、出会った。ラブコメ的なアレだね。接点の無かった二人が接点を持った、素晴らしい日(※個人の意見です)。

 私は学校の下校時、河川敷で彼を──橘 弓弦を見付けた。ついでに、誰かの鞄が飛んでった…って分かるかなぁこのネタ。ハイ皆さんオハヨー。みたいな。分からないあなたには、「このバカちんが!」 …と言う贈る言葉を一つ。


──はッ! せいッ!


 夕日に照らされ、彼は一心不乱に竹刀を振っていたんだ。 

 練習していたのだけど、私はその意味が分からなかった。 

 彼は剣道部の副部長だった。

 副部長は、部のNo.2。他の部員を牽引する立場だ。だから練習するのは当然と言えば当然なんだけど、その時の私からしたら、凄く不思議な光景として映っていた。

 自慢にもならないけど、私、大体そう言うの練習無しで何でも出来ていた方の人間だから。

 多分天才肌だったんだ。要領が良くて、一度知ったことは忘れない。学年順位だってずっと一位だった。寧ろ二位以下の取り方が分からなかった。我ながら生意気なんだけど、それが事実だった。

 勉強だけじゃない。運動もそう。何やっても気が付けば、人を負かしていた。少なくともアマチュアレベルのスポーツは何度他の子を泣かせてきたことか。…一生懸命やってきた人達を馬鹿にする行為だから自重はしたんだけど。プロ相手にも、勝って相手の人生を壊してしまう気がして、対決を避けてきた。

 だから、練習の理由が分からなかった。

 だから、そんな“分からない”といった感覚を私が抱いたことが分からなくて、彼に見入っていた。


「(橘 弓弦。彼は大家族の次男。お姉さんが三人、妹が一人、お兄さんが一人…。私と逆の人間…か)」


 私は内心、こんなことを思っていた。

 逆だと思ったのは、私が孤児で努力知らずに対して、彼が大家族、努力家と言うことに由来する。 

 因みに私は弓道部の副部長をやっていたんだ。高校一年生の時に始めた。理由は、気分。退屈な学校生活を紛らわそうと思って。

 狙った的は…外さなかった。

 人のを見て、無駄だと感じた部分を取り除いて、練磨して。後は…常に完璧な一矢を繰り返すだけ。

 そうしていく内に、周りで私に勝てる人は居なくなった。

 逸材だ、天才だと言われ慣れた言葉を、結構大きな大会で優勝してしまったばかりに言われた。

 そして副部長まで頼まれてしまった。部長は…流石に断り切れたけど。あんまりに頼まれるものだから、副部長に関しては勢いに呑まれてしまった部分はあった。

 私が自分のことを孤児だと知ったのは、私が株で少しばっかし儲けて(1000万ぐらい?)施設を出た時に施設長から教えてもらった。今更感が満載だけど。だから本当の親は知らない。

 それで、わりと学校に近いアパートの一室を借りて生活していた。大家さんがとても良い人だった。彼と私を出会わせてくれた恩人で、独身の三十八歳。色々世話も焼かれたっけ。


「あれ? 知影ちゃんじゃない! どうしたのこんな所で…って、あ! もしかして…弓弦君のこと、見てたの?」


「見ていた…と言うより「分かった知影ちゃん! もう何も言わなくて良いわよ」


 あの人は何と言うか…うん、この通りの性格だった。

 お節介を絵に描いたら大賞を取れるような人。


「あの子はね~、性格良好家事万能、顔も良いからね~。ほんっと、あの橘さんの息子さんって感じ。みんなみんな美男美女。知影ちゃんは…うん、合格! 紹介してあげよっかいいえ、紹介してあげちゃう! 弓弦く~ん!」


 ──この人が居なかったら。私はきっと、あのままその場を立ち去ってた。彼と話すこともなかった。

 あの頃の私はそんな、壊れている女の子だったから。…心、無かったようなものだし。

 自分の表情だって意識して変えていた。まさに、コピペ状態だった。

 今あの頃に戻れたのなら、私は彼に猛アタックしてる。

 例えば…。ふふふ、すぐに剣道部のマネージャーになってた。それでこっそり弓弦の汗がたっぷり染み込んだタオルに顔を沈めるとか…。凄く幸せな気持ちになれそうだと思わないかな!? 弓弦の、汗だよ!! 嗅いでいるだけでご飯何杯もいけそう…いや、イケる。just-go-on!

 …私、今はこんなのだけど、きっとこれが本来の私。

 自分でも驚いてる。けど不思議な程、「らしさ」がある。


「里川さん! 買い物の帰りですか? ん? 君は…」


「神ヶ崎 知影さん。私のところのアパートに住んでいるあなたの同級生よ」


「…はぁ」


 里川さんの勢いに付いていけてない弓弦。


「この子を家に送って行ってあげてねそれじゃッ!!」


「え? あ、里川さん!?」


 里川さんの、この無茶振り。

 殆ど強引に私を押し付けてどこかに行っちゃった。

 彼方に消えてく里川さんは、昭和漫画でありがちな足下グルグル状態だった。

 呆気に取られた弓弦は、少し気不味そうに。だけど自分が話さなきゃと言う決意を固めてくれたのか、話し掛けてくれた。


「…神ヶ崎 知影さん…だよね?」


「うん」


「…一緒に帰る?」


「うん」


「じゃあ少し待っててくれ。片付けてくるから」


 そう言うなり、彼は広げていた道具を片付けて私の隣まで来る。私が歩き出すと、それに合わせるように彼も歩き始める。


「それにしても学校のプリンセスが隣に住んでいたなんて…気付かなかったな。僕のこと…知ってる? …なんて」


 『学校のプリンセス』かぁ…今は弓弦の奥さんだけど。

 この時の弓弦、ちょびっと緊張していたんだよね。プリンセスなんて…今そんな呼び方されたら多分、天に帰らなくても良いのに昇天しちゃうかも。

 

「橘 弓弦君。三年C組在籍。剣道部副部長」


「そ、そうそう…流石だね…ははは」


 愛想笑い…と言うよりは、照れているんだよね。それと、話題を探しているってところかな。

 日常を生きていた弓弦は、『アークドラグノフ』に来て以来見ていない。無理してる弓弦は心配だけど…今の彼には話し掛けるだけじゃ駄目みたい。

 家族を失ってしまう悲しみは、私には分からないけど。でも弓弦の心がボロボロなのは分かる。

 私がそっと優しく包み込んであげなきゃいけないよね。この私が、たった一人だけ弓弦の辛さを理解出来る存在なのだから。

 彼の心の機微を感じることが出来るのだから。


「じゃあ…ここで」


「うん」


 河川敷を歩いた先に、見えてきた住宅街。

 私と、彼の家が夕焼けに染まっていた。

 その後は大した会話もなく、家の前で私と彼は別れた。

 別れ際の弓弦は、何だかとても眩しかった。


「橘…弓弦君」


 家の中に入った私の頭は彼のことを考えていた。初めて自分の中で疑問に思ったことが解決されなかったんだ。これまでは考えればすぐに答えが出たのに。


「…弓弦君…。どうしてあんなに必死になれるんだろう」


 だから、シャワーを浴びた後らしくもなく、布団の上でゴロゴロしていた。


「どうして私は…こんなにも不思議に…」


 答えが出ないのが不思議で、不思議でしょうがなかった。


「知影ちゃ~ん、居るわね~?」


 そうしていると、ドアの外から里川さんの声が聞こえた。

 扉を開けようとして、ふと自分の姿を見下ろす。

 らしくもないと思った。少し身形みなりが乱れていたから。

 崩れたパジャマを整えてから、扉を開けた。


「ごめんね~。どうしても伝えたいことがあって…」


「…?」


「ちょっと明日、おばさん町内会でお弁当を作って持って行くんだけど、ついでに知影ちゃんのも作っちゃおうかなって思って。明日おばさんの弁当持って行かない?」


 思わぬ提案。

 里川さんが時々持って来てくれる料理は家庭的な味がして美味しかったし、そもそも私に断る理由がなかったから頷いた。


「分かりました」


「ありがとね~。それじゃあ明日、持って来るから…おやすみ」


「おやすみなさい」


 「橘 弓弦」と言う不思議。

 考えれば考える程迷路に入って行く。

 横になりながらも、ずっと頭を離れない。

 結局里川さんが帰った後も、答えは出なかった。











 ──8月12日、『神代じんよ高校』昼休み。


 私の前には弁当が置いてある。可愛らしいランチョンマットで包まれたお弁当箱だ。

 これは朝、里川さんが持って来てくれた物だけど…受け取った時ふと疑問に思ったっけ。

 ──ううん、予感を感じていたんだ、きっと。


「あ、神ヶ崎さんそれ…新しく買ったの?」


「人からの貰い物。私の物じゃないよ」


「へ~、そうなんだ。中身見せてもらっても良い? そう言うの、気になるなぁ」


 私はどちらかと言うと、あまり人とは関わりたくはなかったのだけど。何て言うか…集まって来ちゃったんだ。

 そう、天才ですから。自然と人に慕われる──かどうかは別として。彼女──私の前で自分の弁当を広げている、「竹下 桐葉」さんもその一人。ご両親がケーキ屋を営んでいるらしくて、よく学校にケーキを持って来る。

 出会いは…そう、彼女が転んだ時に手から離れたケーキの箱をキャッチしてみせたんだった。

 大切な人に届けるケーキだったみたい。恐る恐る中身の安全を確認した彼女から、とても感謝されたのを覚えている。

 この学校に入って、そう間も無い頃に。


「た、橘お、お前何を言っちぇるんだ!! は、はぁ!? 知らん! 俺はホモじゃないっ!!」


「何を言っているんだ!! お前は…お前は、ホモ(人間)じゃないか! 分かっているだろ? いい加減…認めろよ。認めてくれ!! なぁっ!!」


 向こうの方では弓弦が、同じ剣道部の西村君とご飯を食べていた。

 映画のワンシーンみたいなシチュエーションをやってたねぇ…。


「ほほほ、ホモ…っ、西村々(にしムラムラ)はやっぱりホモだったの…腐、腐腐腐腐…」


 彼女は確か…そうそう、弓弦に「お嬢様」って呼ばれてる、「森 すみれ」さんだったっけ。…羨ましい。


「は、はぁぁぁぁっ!? 違ぇし!! 俺は、ホモなんかじゃ、ありましぇん「馬鹿野郎!! お前は、人間だッ!!」お前が言っちぇいるのは違うホモだ!! 俺は変態じゃねぇし!! 「え? 僕、お前のこと変態って言ってないけど、まさか…自分で自分のことを変態だと…っ」ぁぁはいはいそうですね!! どうせ俺はホモだよ!!「え、お、お前…ホモだったのか…? ちょっと僕、お前との友情を見直していきたいと思っているんだけど」「えぇぇ!? 西村々(にしムラムラ)やっぱりホモだったの!? 腐、腐腐…」はいはい分かっていましたよ!! そう来るんですね!! ぁぁもう、知るか!!」


 そうそう、この日はチラチラ教室の一番窓側の奥に居る弓弦のことを見ていたっけ。何となく、彼のことが気になって仕方が無かった。

 この時視線を向けていたのは──弁当…いつもどんなの食べてるのかなって…細かい内容が知りたかったんだ。

 さり気無く、自分の弁当を食べながら。


「…?」


 そして、気付いた。


「うん? 橘君がどうしたの? …って、あれ? 生姜焼きに卵焼き、タコさんウィンナーに林檎のうさぎ、簡単なミニサラダ…かぁ。…え?」


 遠眼に弓弦の弁当を見て、私の弁当を見て。竹下さんが首を傾げた。


「どう言うこと?」


 弁当の中身はやっぱり、一緒。里川さんのこと、お隣の弓弦にも渡していたとしてもおかしくはないけど、一口食べてみた瞬間、違うと言う確信に変わった。

 味が全然違ったんだ。正直な話、里川さんが作るご飯とは味が違った。卵焼きは特に。


「もーらいっと。どれどれ…うわ、何これ…」


 ちょっとした隙を突いて竹内さんが、弓弦の卵焼きを食べて眼を見開いた。

 確信に動揺してしまったために、むざむざとおかずを食べられてしまった。


「美味し~いっ!! こんな卵焼き、初めて食べたよ!! これ神ヶ崎さんが作ったの!? こっちの生姜焼きは…? ん!? この味どこかで…って! 橘君の生姜焼き!? え? じゃあこれってまさか、橘君が作った…まさか、へぇ…」


 どうして竹下さんが弓弦が作る生姜焼きの味を知っているのか。

 後から聞いた話だと、中学校が一緒だったんだって。それで調理実習の時、一緒の班で食べれた──みたいな。

 羨ましいって言うのは、今だから思う感想。


「ん? あ、そうか。里川さんも手の込んだことを…」


 弓弦が何を理解したのか、この時の私にはまだ、理解が出来なかった。

 全ては私が弓弦に好意を持っていると早とちりした里川さんの仕業。

 今は断言出来る。ナイスアシスト!

 だけどこの時は、ただただ混乱していた。

 …でも、弓弦が作った弁当は、壊れている私の心でも、確かな温かみを感じることが出来たんだ。

 美味しいとは別の、優しい温かさに私は満たされていた。


「二人って…もしかして、これ?」


 クラス中の生徒の視線が集まる。

 小指を立てながら、弓弦から私へと視線を戻してジッと見詰めてくる竹下さん。

 私は混乱していた。

 初めての混乱かもしれない。

 頭の中がグルグルと。胸の内側が、「△」の魔法陣でも描かれたように熱くなった。

 人の声じゃない騒がしさ。

 自分の内から聞こえてくる騒がしさ。

 初めてのことに混乱した私は──


「…うん」


 思わず頷いてしまっていた。


「えっ!?」


 うん、流石の私もこればっかりは当然だと思う。

 驚かないとか、無理。


「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええっ!!!!」」」」


 空を割かんばかりの大音声。

 男の子達が一斉に弓弦を取り囲む。


「「「「さぁ説明してもらおうか橘 弓弦ッ!?」」」」


「えぇと、それは…ははは」


 困ってる弓弦。だけど言い出した張本人である私と言ったら、黙々と弓弦のお弁当を食べ進めていた。

 騒動なんてどこへやら。ただ弁当の美味しさに夢中になってた。


『こうなったら奥の手、使うか…!』


 弓弦はその時、奥の手を用いることを決意した。

 私がこの時、彼が何を考えていたのかハッキリと分かる理由。それは、今の私は弓弦でもあるから。

 んと、ややこしいね。私は弓弦が持っているもの全てを共有していると言えるんだ。

 だから、彼の全てが分かる。

 彼と私の思考は、言わばネットワークみたいなもので繋がっているの。え~と、簡単に言うと、彼の考えていることが聞こえてくるっていうこと♪


「あ!? 川崎先生のカツラが飛んでった!!」


「「「「な、何だって────ッ!!!!」」」」


「神ヶ崎さん、付いて来て!!」


 ノリが良い皆の注意が逸れた隙を突いて自分の弁当を持ち、私の手を引いて教室の外へ。私も自分の弁当を咄嗟に持った。

 川崎先生は…見ての通り、聞いての通り。カツラ疑惑がある先生。

 一応私は知っているから、先生の名誉のために言っておくけど──カツラです♪


「あっ、ごめん!!」


 そのまま屋上へと私を連れて行った弓弦は、慌てて私から手を離した。

 そして気不味くなったのか、日蔭に腰を下ろして改めて弁当を広げた。

 かなり走ったとは思うんだけど、弁当は寄れていない…これって凄いよね。


「授業前にお弁当食べないとね」


「うん」


「…美味しい?」


「うん。今までで、一番」


「それ程じゃないけど…」


 弁当を食べ終えると少しお話をした。彼は私の反応を探りながら話していたけど、他愛もない会話は授業五分前のチャイムによって終了となった。

 少し話疲れたような気がする。こんなに人と話したのは久し振りだったから…。


「ん、時間だ。じゃあ戻ろうか」


 スッと立ち上がり、私に手を差し出した。


「うん」


 その手を掴んで立つと、一緒に教室へと戻った。

 モヤモヤとした気持ち。私の中でわだかまる、感じたことのない感情。

 やっぱり答えの出ない疑問に私は首を傾げるばかりだった。

「さて予告の始まりですわ!」


『うわ…。話の流れぶった切ったよ、この人。それどころか話の内容すら前後編にぶった切ったよ』


「(前後編に分ける力は無いだろう。…多分)」


「さて今回のお話では、弓弦君達の過去に触れていく話でしてよ。弓弦君、料理がお上手なのですわね」


「…本当に毎回やるつもりなんだな」


「やりますわよ! テンション鰻登りで!」


『気分上々々♪』


「…。そんなキャラなのか? あんた…」


「解説用のテンションですわ!」


「そうか…。なら、今回の解説はもう終わりだな」


「何を言っていますの! これからですわ!!」


「はぁ」


『私としても…弓弦との時間を奪われたくないなぁ』


「で。何を説明してくれるんだ?」


「今回は、『神代高校』についてですわ!」


「……」


「細かいことは言いっこなしでしてよ。さて! この学校なのですが、進学校に分類される程度には偏差値が高いのだとか。弓弦君が住む地域では、五本の指に入る高校…と言っても、学校全体の学力に関してはそれ程高くありませんの。因みに同じ漢字で読みが違う高校もあるそうですが、紛らわしいですわね。神の代と書いて、『じんよ』。『じんだい』ではありませんので悪しからず」


「まぁ…そうだったな」


「ですが何よりも特徴的なのは、全国に名を轟かせる部活が多いこと。中でも当代の剣道部と弓道部は、歴代屈指の実力なのだとか。全国大会の出場も期待されていた…かもしれません」


「…そうだな」


「卒業生は主に大学に進学します。その後は一般企業への就職だったり…その点は、ありきたりですわね」


「…あぁ」


「県内の進学校の中では、偏差値もそれ程…高くはないため、より上の学校を目指す受験生が、押さえに使うことも多い。そのため、学生全体の学力に大きく差がありようですわね…。スポーツ推薦も多いそうですから」


「…だから、落ちぶれていった奴も居た」


「まぁ簡単に、こんなところですわね。それでは、次回の予告ですわ! 『変わらぬと思っていた、続くと思っていた日常。しかしたった一歩。それだけでも踏み外れたら、非日常が口を開ける。この世ならざる存在との邂逅は、世界崩壊の序曲であった──次回、終わる日常 後編』。…そして一つの世界が、終わった」


『…何だか、懐かしいね』


「……」


「では、また」

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