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転校初日は、プライバシーが侵害される日の代表格である。by弓弦

 ──前回までの、あらすじ。


 三階にある氷、雷の教室にてフィーナやレイアの姿を見付けた弓弦。

 片や弓弦との結婚指輪をネックレスにしてまで持ち歩くフィーナ。片や学園に来ても変わらず持ち前の歌唱力を 発揮しているレイア。それぞれの変わらない姿を目の当たりにしつつ、彼は二階へと降りて行くのだった。

 一方、単身で街へと向かったヴェアル。

 彼は場末の空き地を発見すると、満足気に主の下へと戻って行った。

 その足取りは、実に軽やかであった。


* * *


 昇る日は、まだまだ頂点まで遠い。

 未だ朝の香りを漂わせる校舎内は、扉の奥に喧騒を包み隠している。

 じきに昼の時間にもなれば、生徒達は一斉に教室を飛び出して食堂に駆け込むのだとか。

 だがその時間にはまだ遠い。

 風教室(クラス・シルフ)の案内が終わり、弓弦とディーの姿はその先にあった。


「(地の教室…)」


 恐らく教室内に居るであろう人物が、思い浮かぶ。

 これまで教室内に転校していた知人達の傾向から、この教室には当然──


「ディオルセフ・ウェン・ルクセントです! えっとその…自己紹介か。何を言えば良いかな…えっと、あ、ディオって呼んでくれると嬉しいです。よろしくお願いします!」


 ディオが居た。

 緊張のためか、ガチガチと身体が震えているのが何とも彼らしい。

 持ち前の貴族然とした爽やかな容姿や声音に向けられる女子達の視線が、どこか熱っぽい。

 一方で男子達は、測るような視線を向けている。

 そんな視線に晒されて。


「(え、ど、どうしよう。何か見られてる、凄い見られてる。何だか良く分からないけど凄い見られてるけどどうしよう…っ)」


 ディオは一人混乱していた。


「(困っているなぁ…)」


 弓弦はそんな彼の様子を、面白そうに窺う。

 挨拶を終えた彼は様々な追及を受けていた。

 曰く、どうしてこの学園に来たのか。

 曰く、いつまでこの学園に居るのか。

 曰く、どんな女子が好きなのか。

 曰く、どんな男子なら受け容れるのか。


「(…ん?)」


 少し気になる質問が無い訳ではなかったが、誰もが彼に興味津々である。

 極めてレベルの高い容姿をしている彼は、クラスの人気者になりそうであった。


(か~れ)が、このクラスの転校生か…。(う~らやま)しい程の美少年なんだな」


 質問攻めの光景を眺めるディーも微笑まし気だ。

 生徒と生徒が通じ合っている様子が、とても美しく見えたのだろう。


「はい! ディオルセフ君!」


「えっ!? な、何だい!?」


「恋人居ますか!」


 教室内では、ディオに面白い質問が打つけられていた。

 それは、転校生に向けられる質問としては禁断の部類に入る。

 何故か。あまりにも、相手の心を穿つ質問であるからだ。

 幾ら紹介の場といえど、ディオとクラスの生徒は今日初めて会ったに等しい関係性なのだ。初対面の人物に、恋人の有無を訊くとは失礼千万。笑止千万。中々ナンセンスな問い掛けである。

 しかしそれを可能とするのが、ディオが持つ親しみ易さということだろう。


「ん?」「お~」


 次の教室へと行こうとするディーと弓弦の足は、その声に縫い止められた。

 瞳は爛々、興味は深々。互いの双眸を扉の先に据えて。

 教師二人、傍観者に本格参戦する。


「…ええっと…」


 暫しの静寂を置いて。

 廊下の二人も含めた視線が注がれる様子が、場の緊張感を高める。


「恋人と呼べるような人は…特に…」


 真面目に答えるディオに、小さな歓声が上がった。


「(どこかで聞いたような返しだか…)」


 それを開戦の合図とばかりに、質問合戦が始まった。

 複数人の質問を同時に聞けるという特技が、ディオにあるはずもなく。


「(た、助けて…)」


 窓側に立つ教師に助けを求める視線を送ったものの、笑顔を返される。

 救世主が、教室内に居なかった。


「(まぁ…美しい光景なんだろうが)」


 飛び交う質問を聞き流しながら、いつしか弓弦は遠い景色を見ていた。

 何故だろうか。

 一部の質問が、どうにも心に引っ掛かってしまう。

 特にディオに注がれる視線の一部が、男女問わずして怪しく思える。

 熱っぽいような、何ともねっとりとしているような。

 それは恋と呼ぶには、あまりにも特殊な色を帯びていた。


「(仲良きことは美しきこと…ってヤツか)」


 羨ましいような、そうでないような。質問が収まる気配は無く、暫く時間を要しそうだ。

 これ以上見ていても、あまり面白そうではない。チヤホヤされるディオを、それ以上観察する趣味も無い。

 賑やかな遣り取りを尻眼に、二人は次の教室へと向かった。


「(後は…火と水の教室か……)」


 何となくであるが、転入しているであろう人物については予想が出来る。

 二人の顔を浮かべながら階段を降りていると、ふと思い出したようにディーが口を開いた。


「そ~言えば橘先生。『トレエ・ドゥフト』中尉は覚えているか?」


「…ドゥフト中尉ですか?」


 その名は、弓弦にとって聞き覚えのあるものであった。

 久しく聞いていない名前であるだけに、思わず訊き直してしまう。

 しかし名が示す人物の姿は、何故だか脳裏にハッキリと思い出せる。

 青白い髪も、その奥に覗く穏やかな瞳も、そのワイヤーのような得物を用いた奇抜な戦闘スタイルも。

 何故だか、無性に守ってあげたくなって──頭を撫でてしまったのも覚えている。

 あの不思議な少女は、今頃どうしているのだろか。


「勿論です。訓練の間の一時的にとは言え、大切な部下の一人だったんですから。忘れたくても忘れられない程です」


「そ~うかい。その彼女なんだが~…今回、大尉に昇進することになったんだな」


 トレエ・ドゥフトは、先の騒動における活躍が認められて昇進が決まった。

 その背後には、彼女のことを気に入った某城主の取り計らいがあるとかないとか。しかし本人の実力はあるため、当然の結果ではあるとはディーの言い分だ。

 そんな裏での遣り取りはさておき、弓弦にとっては単なるめでたい報せであった。


「それは凄い。今度お祝いの手紙でも送ります」


「そ~うしてやってくれ。あ~の子も喜ぶんだな」


 艦で待つ部下への土産をしっかりと作り、ディーはここに来る前のことを思い出す。

 くだんの少女だが、ここに来る前に同行を願い出ていたのだ。

 ディーとしても別に構わなかったのだが、少女の切なる願いは別の者に阻まれた。

 大尉への昇進という褒美を盾に、彼女は現在雑業に忙殺されていることであろう。

 ではここで一つ疑問が生じる。果たして弓弦の手紙で彼女が喜ぶのであろうか──という疑問だ。

 その懸念に対する答えは簡単だ。彼女は、弓弦のことを尊敬している。日頃の言動の中でも時折彼の名前を口に出す程で、その瞳には強い尊敬の感情が窺えた。

 正直なところ、ディーも隊長として若干の嫉妬はある。自分の方が長く隊長としての業務に勤めていたというのに、たった一日二日行動を共にしただけでこの尊敬振りなのだ。

 確かに弓弦という男は、どこか底知れない魅力を備えているのだろう。しかし、しかしだ。たった二日の男に自分に負けてしまうような隊長なのか、自分は──そんなことを悩んだ夜もあった。


「…喜ぶんだな」


 複雑な胸中のわだかまる胸を撫で下ろし、殘る教室への通路を歩く。

 そうして到着した高等部校舎の一階。奥の階段から降りたため、手前に水、奥に火の教室がある。

 順に、まずは水教室の中を覗き見た。


「(…水、か)」


 するとやはりというか、予想通りの声が聞こえてきた。


──セリスティーナ・シェロック。ニックネーム…セティ。…よろしく。


 教室の中では、小柄な、しかしその歳にしては並外れたスタイルを有する少女の姿が。

 セリスティーナ・シェロック。本名、イヅナ・エフ・オープスト。とある事情から普段は「セティ」と名乗る彼女は、何を隠そうフィーナの妹であり、弓弦の義妹でもあった。

 予想通りの人物の登場。だが弓弦の視線は彼女の予想外の髪型に釘付けとなっていた。

 そんな彼女の髪型──腰の辺りまである黒髪を、真紅の細いリボンが可愛らしく飾っているのが特徴的だ。


「(あの髪型は…)」


 普段は大きめのリボンで、はいからさんが通りそうな髪型をしている彼女。しかし今日は幾分幼い印象を受ける髪型である。

 あれは何だったか。弓弦は記憶を探った。


「(そう、ツーサイドアップだ。可愛いな…)」


 今日何度目の「可愛い」であろうか──そんな感想が脳裏を過るも、疑問が氷解して気分は爽快。

 温かい瞳で見詰められる中で淡々と自己紹介を終えたセティは、席に戻って行った。


「ま~さか、彼女がここに来るとは思わなかったんだな」


 『アークドラグノフ』実行部隊副隊長。少女の肩書きと過去を知るディーは、驚きを口にした。

 戦場を駆ける一輪の花。卓越した刀捌きは、獲物を正確に両断する。かつて大将の地位にあったという彼女の両親に由来の潜在能力は、流石というべきか。

 「不幸な事故」で両親を失って以来、あまり感情を表出しない子だったはずが、いつの間にやらこんな集団の場に。


「随分と意外そうですね」


意外(い~がい)だとも、本当に。よ~く来てくれた、と言いたい」


 窓側最前列に座っている彼女。

 よくよく見てみると、楽しそうな雰囲気を見せており、心なしか眼が輝いていた。


「(ハーウェル坊や…しっかりと向き合ったんだな)」


 歳頃の、少女らしい姿。

 記憶の彼方にある曇った表情とは、ほぼ百八十度様変わりしている。

 かつて、あの少女を引き取ると言った男を『大元帥』と共に支持した甲斐もあったというものだった。


部隊(ぶ~たい)でいつも、あの子は何をしている?」


 過去を知るから、余計に今が気になってしまう。

 記憶の中の少女と、眼の前の少女。

 あの頃は──そう、刀術の鍛錬をしていたか。


「…そうです…ね……」


 一方弓弦、ディーの質問が耳に入らない程に意識を集中させていた。


──シェロックちゃんってさ、可愛いよねぇ。化粧品どこの使ってるの?


──あ、それ気になる。


──私も~。


 その先では、セティが周りから話し掛けられている。

 フランクに話し掛けてくれる女生徒達は、彼女の美しさに興味があるようだ。


──化粧…品?


 因みに、セティは化粧品を使用していない。

 彼女の美しさは生来のもの。弓弦も自慢したくなる程の可憐さである。

 しかしそんなことよりも、弓弦の注意を強く引くものがあった。

 引くというか、引いてくるというか。これを意識せずにして何を意識すれば良いのか分からない程には、目立つ。

 目立ち過ぎる。


──壱の言の葉から、探りを入れるとはな。余程、興が向いていると見える。


 そう、右肩に留まっている蝙蝠こうもりの姿が。

 支配属性を司る蝙蝠型悪魔、バアゼル。どこへ行ったのやらと思っていたら、こんな所に。


『王者もすっかり保護者役が板に付いたな。師匠も頼もしい限りではないか?』


 アデウスは感心しているようだが、弓弦は呆れていた。


──娘よ、斯様な輩共は不届きを働く。更衣では背後を取らせるな。


 威嚇するように周囲を睨む様子は、これでもかという程の警戒態勢である。魔力(マナ)だけの存在であるため、弓弦以外には見えていないが。しかしそれを良いことに、何かしでかさないか心配ではある。

 そう思わせる程の、随分な熱の入れようだ。

 何もそこまで過保護にならなくても良いとは思うのだが──。


『…随分と質の良い活力に満ちている』


「(…そうだな)」


 思わず笑みが零れる。

 少々小姑っぽい様子が気にはなるものの、生き生きとしているのは良いことだ。


「(あの子に寄る悪い虫を潰す手間も省けるな)」


 弓弦の零れた笑みは、そこはかとなく黒い。

 悪魔も悪魔なら、宿主も宿主。

 過保護な兄が、ここに居た。


『…ところで師匠? 質問されているぞ』


「(ん?)」


 すっかり忘れていた質問への返答。

 普段彼女が何は何をしていただろうか。


「良く食べて、良く寝て。良く動いて、良く笑って…。毎日楽しそうに過ごしています」


 思い出せるのは決まって、楽しそうな姿ばかりだ。

 セティという少女は、そんな姿ばかりを見せてくれていた。


「…そ~うかい。良~かったんだな」


 知らず知らずの内に、少女は変わっていた。変わってくれていた。

 それも、とても良い方向に。

 成長と共に、時の流れが過去の傷を癒したのか。それとも、青年の語った幸福な時が、受け入れられない過去を覆い隠してしまったのか──そこまでは分からないが。


──良く…分からないけど。…凄い?


 少なくとも、語られた姿と今の姿は──そのどちらも教育者として、とても微笑ましいものだった。


「((た~ちばな)先生、保護者(ほ~ごしゃ)みたいな言い方なんだな…)」


 クラスメイトに頬を触られている姿を尻眼に、二人は次の教室へと移動した。


「(さ~て、次が最後の教室か…)」


 願わくば、こんな姿をいつまでも見られたら良いのだが──そんな想いを胸に秘め、ディーは口元を綻ばせた。

──チャッチャカチャ、チャッチャカチャ、チャッチャッチャッカッチャ!


「さぁ、始まりますわよ〜! ネクストミュージック、スタート!」


──教えて! それは何? 教えて! お姉さん♡ そのお悩みを解いてあげます♪


──ポン!


──タヌキさん? 違うよ! 妖精さん? そうだよ! ユリタヌキって言うんだよ♪

 綺麗な、お姉さんと可愛い、ユリタヌキ♪ 二人が楽しく教えてくれる〜ぅ♪


「集まれ〜! 皆〜!!」


──集まれ〜! 皆〜!!


──皆でおいでよ〜♪ 笑おうよ〜♪


「ミュージック、ストップですわ!」


──ポン!


「学園と言えば勉強! 勉強と言えば、解説ッ! さぁ、『なにそれ? 教えてリィルお姉さん!』の始まりですわ!」




「はい。お分かりの方も多いかと思いますが、現在ユリタヌキはお休み中でしてよ。そんな中、七回目となりましたこのコーナー。次なるお題は…」


──ダカダカダカダカダカ…! ダン!!


「“エクスプロージョン”ですわ!」


──ババーンッ!


「今日もどこかで“エクスプロージョン”♪ 爆発爆裂“エクスプロージョン”♪ ハァイッ!」


──ドーーーンッッ!!!!


「大、爆、発ッッ!!!!」




「…さてこの魔法は、頭上から強力な炎弾を落とし、足下から衝撃と爆炎で焼き尽くす上級魔法。“ファイアーボール及びフレイム系の最終魔法です。勿論頭上からではなく、直線上に放つことも出来ます」




「威力も高く、ファイアーボール系の例に漏れず、火属性上級魔法の中では行使が容易です。是非とも扱えるようしておきたい魔法ですわね。ではこのまま詠唱例に移りましょう」




「『灼熱の業火にて灰燼と化しなさい』…これはフィリアーナ。『炎よ、ここに集え集いて、化せ、焼き焦がせ』…これは彼女のかつての仲間、ガノンフと言う方の詠唱です」




「もう一人…ピースハート大将もこの魔法を使用しますが、何と無詠唱でしてよ。上級魔法である“エクスプロージョン”の無詠唱使用…それこそが、ピースハート大将の代名詞と呼ばれていますわ」




「さて本日はここまで。本編に登場した火属性魔法も、残り僅かとなってきましたわ。次回もどうぞお楽しみに〜」




「…と。予告を忘れていましたわ。『シテロなの。お日様のぽかぽかした日には、やっぱり外で弁当が素敵だと思うの。でもお外で食べる弁当がぽかぽか過ぎるのは駄目なの。中身が傷んじゃうの。でもお弁当がぽかぽかじゃなくても、一緒に食べたい人と食べるのは、心がぽかぽかするの──次回、お弁当は外で食べてこその弁当なの。ぽかぽかするの。byアシュテロ』…アシュ…テロ?」




「…何でしょう、聞き覚えのあるようなないような…不思議な響きを持っている名前ですわね。うーん…思い出せませんけど…」




「…まぁその内思い出すかもしれませんし、良いですわ。…ではまた」

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