伝説の樹の下で告白か。経験してみたかったな。by弓弦
──前回までの、あらすじ。
無事教員としての初仕事である、全校生徒への挨拶を終えた弓弦。
体内に残っている悪魔──アデウスも提言した、講堂隣の体育館から不思議な魔力の存在を感じつつも、そちらは後で探索しようと決めていた。
そんな彼の姿は、未だディーと共にあった。
『ティンリエット学園』二階部分の奥にある、不思議な結界。その先の螺旋階段を降りながら、彼はディーの話に耳を傾けていた。
* * *
「訓練所…ですか」
ディーの口から出た言葉を、弓弦は繰り返す。
二人は螺旋階段を降り終え、一階部分へと辿り着いていた。
「あぁ。正確には、そ~う言う名で通っている場所なんだな」
薄暗い大広間。
一階部分と思っていたが、土の香りが強く漂っている。
「(…地下か)」
恐らく一階部分よりも、さらに下の階層だ。
そして学園の地下とは思えない程に、不穏な気配がする。
「(ユリが来たら震え上がりそうだ)」
妙な寒気もした。
そして、どうにも嫌な予感がする。
「…まるで、訓練以外の目的に使われているような響きに聞こえますが。そもそも何の訓練所なのですか」
ディーは眼を細めた。
彼が徐に指で示した先にあったのは、銀の扉達。
そのどれもに結界が張られており、何とも物々しい感じだ。
「絆、の訓練所だ」
「それはまた……」
大層な名前に、弓弦は眼を瞬かせる。
あの結界の先には、「絆」を試す「何か」があるということなのだろう。
「生徒に数人の部隊を作ってもらい、中を冒険してもらう。無~事、最奥にある社から、お題の物を取って来ると言う訓練なんだな」
「色々仕掛けとかあるんですか?」
「落~とし穴に始まったりとか、幽霊に取り憑かれたりするんだな」
「…。それを一組の男女が乗り越えたら、二人の想いは成就すると言う言い伝えとかって…あるんですか?」
「お~。この学園の卒業生でもないのに、良~く知っているんだな」
「(…肝試し)」
弓弦は身体の力が抜けていくのを覚えた。
何なのだろうか。この散々と持ち上げられてから急速落下させられた気分は。
「因みに、色々と仕掛けはあるけど色仕掛けはないんだな」
あろうがなかろうが、とんだ「絆の訓練」である。意味合い的に間違ってはいないのだが。
そういうものは普通、お互いを信じる心を確かめるための試練があってもおかしくないはずだ。
例えば、入口で落とし穴に落ちるのだとしたら。途中で姿形変わらぬパートナーと鉢合わせするのだが、その大概が偽物で。襲い掛かって来て。
いつしか眼の前に現れたのが本物か、偽物かの区別が付かなくなり、出会ったパートナーの偽物と思われる存在と片っ端から戦い続けるのだ。そして心が消耗した頃を見計らい、遂に本物と鉢合わせる。
何一つ確かなものが無い中、焦燥に弱り切った心が本物を本物と見定めることが出来るのかどうか──そんな嫌らしい試練を浮かべていた弓弦にとって、これ程肩透かしなこともなかった。
『…師匠の性格の悪さが…否、想像力の豊かさが出ている…』
「(…性格が悪くて悪かったな)」
アデウスの感想に間髪入れず突っ込んだ弓弦は、頭痛を覚えて静かに眼を閉じた。
肝試しのために、立入禁止区域に入る。立入禁止区域かどうかは分からないが、こういう手合いの所は大概立入禁止だろう。
そしてどこの世界でも、若者の考えることは同じということだろう。
一つ大きく異なるのは、「幽霊」が間違い無く実在しているということぐらいか。
「つ~いでに言うんなら、学園の外れにある大きな樹の下で想いを伝え合うと、幸せになれるってジンクスがあるんだな」
「(またベタな…っ)」
恋愛あるあるな話である。
ジンクスがあるということは、実例があるということ。
ディーの口振りからして、どうやら心当たりがあるようだ。
「ま~、そ~んなジンクスがあるにはあるんだが…。ここは、一応生徒の立ち入りを禁止している場所なんだな」
ここに来ることそのものに危険は無いのだが、興味半分で来られることは「危険」と話すディー。
「(…やっぱり立入禁止区域か)」
何のことはないように話す彼だが、「危険」が何なのかが弓弦は気になった。
「こ~んな所に、我こそはの生徒達が集まってみろ。たちまち校内の人気スポットになるんだな」
それに人眼にも付き難い。
悪事を考える輩の出現を増長させる要素を排除したいとの考えが、そこにあった。
「…成程。しかし、何故ここを自分に?」
「そ~れは、こ~この管理者が代々魔法生物の教師って決まっているからなんだな」
「…。それはまた…理由があるのですか?」
「魔法生物の教師は、実地授業がある。つまり、腕の立つ人物にしか任せられない科目だ」
ディーはそう言うと、弓弦の肩を叩く。
「一番安定して腕の立つ教師なら、警備も安心して任せられるって話なんだな」
力強い音が響く。
それは、期待という名の重圧だろうか。表情を微かに険しくした弓弦に、ディーは笑い掛ける。
「君が、一番適任なのさ。橘少将」
「…自分以外にも、適任は居ると思うのですが」
「ハーウェル坊や奪還最大の立役者が、そ~う謙遜するものではないんだな。…龍使い」
あっけらかんと、それは実にさり気無く。
当たり前のような問い掛けは、しかし探りを入れる類のもの。
ディーの言葉が流れるようにして核心を狙う。
「…それは、誰のことですか? 随分な呼び方ですが」
面食らう弓弦。
自身の魔法属性を隠そうとしている彼にとって、その問いは面倒なものだ。
ディー・リーシュワ。
彼が弓弦のことを、どれだけ知っているかは不明である。
しかし、弓弦をこの学園に送り出した人物達は、彼の魔法を秘匿すべきものだとした。
「戦場で龍を駆れる人間が居るとしたら、そ~れは君だと僕ぁ踏んでいる」
いや実際のところ、そちらに関しての重要度はあまり高くない。
弓弦はもう一つ、人に知られてはならない秘密を持っていた。
それは彼の他に、魔力が見える者達とプラス一人しか知らない大きな秘密。
「はぁ…そうなんですか」
弓弦は先程からの姿勢を崩さずに、追及を受け流した。
秘密──つまり、彼の中に住まう悪魔達のことだ。
秘密を知らない者達は、「精霊」だと伝えていることには理由がある。
それは他ならぬ、悪魔達からの提案があったが──。
「……」
「そう思ってもらえるのは光栄です」
提案を受け入れたのは、悪魔達の気遣いを無下にしないため。
「光栄ですが…」
──悪魔が世界に仇なす存在で、それは誰もが知る事実。
内心、察してはいるのだ。
どう説明したとしても、全ての人間に受け入れられる訳ではない。
討つのではなく、受け容れてしまう。自らの持つ魔法が故にそれを可能としてしまう自分は、ともすればいつか──
『師匠…』
それ以上は、考えない。
それ以上を考える必要は、無い。
思考を切り替えることで、心が穏やかになる。
すると、どうだ。
少し。ほんの少しだけ「龍使い」が魅力的な呼び方に聞こえた。
それは心の内に燻っていた、かつての名残を思い出させるかのように。
特定の男児がヒーローに憧れ、己の存在に盲信を抱き始めるように。
弓弦自身そんな時期があったからこそ、恥ずかしいものでも見るようにディーを見た。
考えるまでもなく、失礼な視線であった。
「私は龍なんて、扱えませんよ。何かの間違いでは」
ディーの視線と、真っ向から衝突する。
嘘は言っていない。
悪魔龍は、大切な身内だ。どうして身内を扱うなぞと考えられようか。
「それに自分はアシストしただけです。隊長を助けたのは、部隊全員の力ですよ」
謙遜ではない事実も、淡々と補足する。
「だ~が、龍を駆る者が居たと言う報告があったことには変わりない。龍が居ないとするなら、あの場に居た全員の言葉が嘘と言うことになるんだな」
「そもそも、本当の龍だったのですか? 魔法の中には、魔力が生物の形を模すものもあります。見間違えようぐらい、ごまんとありますよ」
「…確かに。それも否定出来ないんだな」
交わる視線。
互いに穏やかな色を宿しているが、腹の底の探り探られが起きている。
しかしディーが何と言ってこようと、弓弦としては譲るつもりはなかった。
口走っているのは、所詮薄っぺらな嘘でしかない。
だが嘘であっても、偽り続ける必要があった。
それが大切な「仲間」であり「家族」のためなら。
偽りのメッキで覆い包んでも、守る。
それが悪魔達を吸収した自身の責任でもあるのだから──。
『(…いや、師匠は……)」
口を開きかけたアデウス。しかし言葉を飲み込む。
責任ではない。単にそれは、弓弦の願望だ。
願いのために、彼は動いている。自身の意図せぬところで、心に従っている。
それを敢えて指摘することで、動揺を誘発させる必要は無いと考えたのだ。
「…良い眼をしているんだな」
視線を外すと、ディーは相好を崩す。
どうやら、何かしら満足したようだ。
そんなことを様子から窺っていると、今度は興味深そうな視線と共に、唸られた。
「中々、苦労したんじゃないか? オッドアイって奴は、ど~うにも吉報だ凶報だの目の敵にされる。あ~るいは、不思議な力が宿っていたりとか」
「…そんな文化もあるとは聞きますが。自分は幸いにも」
弓弦の瞳は左右で違う。薄暗い地下の中でもハッキリと違いが分かる、それぞれ黒の紫の瞳。
これには訳があるのだが、それは彼の魔法に関する情報が含まれる。
必要以上の嘘を重ねる必要は無いと、弓弦は言葉をはぐらかした。
「ふ~む。と、なると。君は中々平和な国から来たと言うことだ。争いの無い、平和な国から」
「…そうだとして、どうして分かるのですか?」
真実であった。
弓弦が暮らしていた世界では、大きな争いなんて早々なかった。
「魔物」、「魔法」。そのどちらも、空想上の存在であった。
「争いは、人の心を荒ませる。荒んだ心に、影は忍び寄る。吹~きこまれた闇は心に芽吹き、人を堕としていく。…吉報だ凶報だの、周りとは違うぐらいで、他人を傷付けるような者に」
どこか遠い場所を見ているように、ディーは語る。
弓弦の視線を受けると、やはりどこか微笑ましそうに笑う。
「そ~れがないと言うことは、平和な世界に生きた証なんだな」
ディーに促され、来たばかりの道を戻って行く。
上階へと続く階段をコツコツと上がり、目指すのは次の場所。
どうやら、この地下空間についての説明は終わりのようだ。
「…だが、悲しい世界に生きた子達もこの学園には居る。表には出さなくても、心の深い所に傷を負った生徒達が…」
しかし彼の話は、なおも続いた。
多くの生徒を見守りながら育ててきたディー。
しかしその中には、日の当たらない道に消えてしまった者も居る。
手は尽くした。尽くしたが、尽くし足らなかった。
己の道を選択するのは、本人だ。だが周りの大人達は、少しでも幸福の下に生きられるよう導く役目がある。
弓弦はただ静かに耳を傾ける。
「そんな生徒達を、結局導けぬままに送り出してしまうこともある。…時の流れはな、本当に…早く、残酷なんだな」
「……」
「だから、僕ぁ全力を尽くす。僕ぁ教師だ。そして…大人だ。…子供たちがずっと仲間達と笑い続けられるように、育てる義務がある」
静かな声音に、強い意志。
人を教え導くことへの強い意志だ。
弓弦はその言葉の裏に、依頼が隠されてるように思えた。
「…少~し、真面目過ぎたんだな。さて気を取り直して」
この男が何故、自分達を受け入れてくれたのか。それは、かつての教え子に頼まれたこともあるが、もう一つ。弓弦とトウガにのみ課されている任務も関係しているのだろう。
生徒達を、守れるように。
「(しっかりやらないとな…)」
先輩教師の言葉を、弓弦は心に刻む。
気を抜ける部分もあるだろうが、気を抜いてはいけない部分もある。
教師生活は、迫るかもしれない危険から生徒達を守る戦いの日々なのだ。
確かな決意を胸に、階段を昇って行く。
「わっ!?」
そんな彼を、心から頼りにしているかのように、ディーは強く肩を叩いた。
「楽しく! だけど学びになる授業を、お願いするんだな」
あわや階段の角と正面衝突しそうになったのを踏み止まり、一息吐く。
地下空間殺人事件は、未遂に収まった。
「すまんすまん」とディーは笑い、再び印籠を取り出す。
その視線の先では、光が先程よりも強くなっていた。
──出口だ。印籠から放たれた魔力が、結界を打ち消していく。
「ほ~ら」
扉を出ると、先程の印籠を渡された。
管理者である以上、鍵も管理する。
弓弦はスーツの内ポケットに入れて、身なりを軽く整えた。
「さ~て次は…ここだ」
そしてディーの隣に並び、少し歩いて。
地下に向かう前に通り過ぎた扉の前で、足を止めた。
「ここは?」
「君の準備室になるんだな」
学園長室と似たような扉のノブを捻り、中に入る。
正面にあるのは、机。左右に本棚が二つずつあり、窓からの光を浴びている。
「ん…?」
どうにも既視感がある。
記憶を探ってみると、似たような景色を確かに見たことがあった。
それも、普段から自分が行き慣れていた場所とである。
「『アークドラグノフ』の隊長室と似てますね」
「向~こうが、こちらに似せたんだな。僕も教員時代は、ここを使っていた。ハーウェル坊やと八嵩坊やは、いつもここで説教されていたから、印象強かったんだろう」
「あぁ…成程」
無意識なのか敢えてかは知らないが、尊敬する人を真似することは良くある心理ではある。
それはさておき、弓弦個人の感想としては落ち着ける場所という認識で決まった。
「生徒の相談とかも、こ~こですると良い。も~しかしたら、懐かれて居付かれるかもしれんがな。はっはっ」
「懐かれる…?」
普通ならば、生徒に懐かれるのは良いことなのだが。
どうにも、嫌な予感がするのは気の所為ではない。
「(知影辺りに知られたら、厄介だな…)」
溜まり場になる恐れ、大。
弓弦はこの場所を、友人達の眼から隠すことを、密かに決めた。
「教員やっていると、生徒達の様々な感情の標的にされる。好意、敵意、その他諸々…と。そ~こは人対人の職である以上、避~けては通れないんだな」
「ディーさんもあったんですか? 居座られたこと」
染み染みとした、いうなれば実感に満ちた感想。
先人の話は、聞いておいて損はない。
部屋の端に窺える埃に眼を留めながら、弓弦が訊く。
日がある内に掃除しよう。そんなことも考えていた。
『師匠、代わりにしても支障は無いか?』
頭の中に聞こえたアデウスの提案に、否を返しておく。
この部屋を使わせてもらう以上、掃除をするのは自分の役目だと考えていた。
そして、親父ギャグは無視した。
「…ま~。酷い時には朝から晩まで…居座られたことはあったんだな」
溜まり場としての適正は、相当に高いようである。
「右にある棚の一番下には、冷蔵庫もあるし。飲み物や食べ物が温くならないよう、勝手に使われたりもしたんだな」
「冷蔵庫…ですか?」
『アークドラグノフ』の隊長室には無い設置物だ。
疑い半分で確認してみると、ディーの言う通り冷蔵庫らしきものがあった。
「本当だ……」
本棚の下段に並ぶ本を退かした先にある空洞、その先に隠されていた。
だから隠れ冷蔵庫と呼ぶべきか。
小型の冷蔵庫だ。弓弦が扉を開けた瞬間に解放された冷気は、思いの外冷たい。
暑い日も寒い日も、いつもこの中には冷えた何某かを蓄えられるのだろう。
どうやら、絶賛稼働中のようだ。中には何も入っていないが。
「(…絶対にアイツ等は連れて来ないようにしよう)」
教室からは離れた場所、人もあまり居ない。
冷蔵庫があり、ふかふかなソファもある。
居座られるには条件十分。だからここに連れて来ないようにすれば、その危険性は減らせるはず。
連れて来ない、見付からせない。
弓弦はそんな小さな決意を固めた。
だが同時に心のどこかで叶わないような気がするのは、これまでの経験か。
「共用の冷蔵庫は、何かとトラブルが付き物だし…。こ~こを使いたい気持ちは分かるんだが…」
使わせても良い。そうしてしまうのは簡単だ。
しかし、校則的に難しい側面があるのだろう。
「(まぁ…ありがちな校則だけどな)」
曰く、冷蔵庫は指定されたものを共用で使うこと。また、中に収納する飲食物には必ず名前を記しておくこと。
生徒達からすれば、他人と共用することを良しとしない者も居る。だから、専用を求める。
しかし弓弦は、そもそも冷蔵庫が使えること自体がまず素晴らしいものだと考えていた。
学校に冷蔵庫なんて無かった者の思考である。だから冷蔵庫を使えることに、密かな喜びを感じていた。
「校則は守るためにあるもの…ですよね、一応」
「そ~う言うことなんだな。一応」
冷蔵庫を元に戻す。
ディーは隠されていく冷蔵庫を懐かし気に見ていたが、ふと思い出したことがあると話す。
「こ~この説明はこんなものだけど」
腕に巻いた時計を一瞥し、続ける。
「そ~この窓から見えるアレ。噂の樹なんだな」
指で示された窓。
陽の光が斜めに差し込む世界の中で、青々とした樹木が根を下ろしている。
その生命力の、何と圧倒されるものか。一枚の絵画に出来る程、その威容は美しかった。
「あれは…確かに、ご利益がありそうです」
弓弦は思わず、魅入ってしまっていた。
風にそよぐ梢。次いで葉が囁き合う。
空と、緑の香りを孕んで吹き抜けるそよ風の──嗚呼、何と清々しいことか。
「(シテロや…フィーが好きそうだな…)」
自然が好きな二人の存在を浮かべ、弓弦は眼を細める。
後で見せてやろう。思わず小さな笑みが零れていた。
「(そうだ、レイア辺りも喜ぶんじゃないか? ユリも乙女なところがあるしな…。あ、イヅナにも見せてやりたい。風音も…木の側に立たせると、絵になるだろうな。そこまでいったら、知影に見せないのも悪いな…)」
結局女性陣全員に見せようと考えてしまう辺り、何だかんだお人好しな弓弦である。
「こ~こは、生徒達の恋路を見届けられる特等席だ。…惚~れた腫れたには、心が揺らぎ、揺~らいだ心に闇が忍び寄る…。そう言った意味でも、この場所は有用なんだな」
「…あぁ、成程」
瞳を細めたディーの言葉に、弓弦は同意する。
恋愛どうこうのジンクスは、様々な意味で誇張されるのだ。
例えば、ここで告白されたら永遠に結ばれる等といった形が大多数を占めるだろう。
そこから連想されること──つまり、あの樹の下は絶好の告白スポットということだろう。
プライベートな領域の代表格である恋愛事情も、弓弦が教員としてこの部屋を使っている以上は知ることが出来る。不可抗力の意味を持たせられるのだ。
「ま~、心は良い意味でも悪い意味でも影響が大きい。そ~んな注意事項が分かったところで、次に行くぞ~」
この部屋に関する全ての説明が終わり、ディーは別の部屋を目指す。
まだまだ時刻は昼前だ。
時折眠たくなることもあるが、説明を受けた方が分かり易いことも多い。そんなことを考えながら、弓弦は後を付いて行った。
「はい」
次は、どこに案内されるのか。
好奇心が尽きる気配は、まるで無かった。
──チャッチャカチャ、チャッチャカチャ、チャッチャッチャッカッチャ!
「さぁ、始まりますわよ〜! ネクストミュージック、スタート!」
──教えて! それは何? 教えて! お姉さん♡ そのお悩みを解いてあげます♪
「…ポン」
──タヌキさん? 違うよ! 妖精さん? そうだよ! ユリタヌキって言うんだよ♪
綺麗な、お姉さんと可愛い、ユリタヌキ♪ 二人が楽しく教えてくれる〜ぅ♪
「「集まれ〜! 皆〜!!」」
──皆でおいでよ〜♪ 笑おうよ〜♪
「ミュージック、ストップですわ!」
「…ポン」
「学園と言えば勉強! 勉強と言えば、解説ッ! さぁ、『なにそれ? 教えてリィルお姉さん!』の始まりですわ! ‘…ほら’」
「っ、ぱ、ぱちぱちぱちぱち〜ポン!」
「はい。四回目となりましたこのコーナー。次なるお題は…」
──ダカダカダカダカダカ…! ダン!!
「“フレイムイーター”ですわ!」
「パチパチパチ〜だポン。ねぇねぇお姉さん、“フレイムイーター”ってどんな魔法だポン? “フレイム”の上位魔法かな」
「お答えしましょう! “フレイムイーター”とは、複数匹の炎の蛇を召喚する魔法でしてよ。どちらかと言うと…“ファイアーボール”の上位魔法に近いですわ」
「へ〜」
「放たれた炎蛇は宙を滑りながら、不規則な軌道で獲物に喰らい付きます。牙を突き立てると、火傷どころじゃ済みませんわよ」
「…それは怖いポン」
「では詠唱例に移りましょう。『朽ちよ』…これはかつて弓弦君とフィリアーナが討った悪魔…バアゼルが用いたとされる詠唱です。支配属性を司ると記憶していましたが、それ以外の属性も使えましたのね」
「…何か、ズルいポン」
「人間が使える属性は、一人一つ。人の心臓が一つしかないように、それが理のですわ」
「でも、そこらに居る魔物でも二つ以上の属性を扱ったりするのに…」
「人間である以上、二つ以上の属性は使えませんわ。無い物ねだりをしても仕方ありませんわよ、ユリタヌキ。皆違って皆良い。ある種の個性ですわ」
「何か綺麗に纏められたポン」
「もう一つの詠唱例です。『来れ炎蛇焼け、焦がせ』…これはヨハン・ピースハート大将の詠唱ですわね」
「大将さん、強そうだポン」
「強そう、じゃなくて本当に強いのですわ。『組織』最強の炎使い、ですわよ」
「へ〜」
「…。さて! 続いて“フレイム”の上位魔法である、“フレイムボムズ”の説明ですわよ〜!」
「今回も二段構えだポン? そんなに詰め込むだなんて…出来ればごめ…」
「“フレイム”が発火なら、その上位はより破壊力の高い発火…つまり爆発。“フレイムボムズ”とは、小爆発を起こして対象を吹き飛ばす中級魔法ですわ」
「……毎回付き合わされるこっちの身にも」
「“フレイムボムズ”ッ!」
──ドーンッ!
「うわぁぁあぁぁああっ!? 爆発しただとッ!? 何故リィルが火属性魔法をッ!?」
「えぇ…実は私」
「…?」
「火属性魔法使いなのですわッ!!」
──ドドーンッ!
「な…! いやいやいや! 雷魔法使いのクセに、そんなはずはないだろう!」
「でも、使えますわぁ!」
──ドドドーンッ!!
「だが…人間は一つの属性しか…。どんな絡繰を。…『魔法具』か? いや…まさか」
「お察しがよろしくてよ、ユリタヌキ。答えは簡単。世にどんな理があろうと、ここでは私こそが理ッ!」
──ドーンッ!
「法ッ!!」
──ドーンッッ!!
「神ッッなのですわッ!」
──ドドーンッッ!!!!
「…こんな神、嫌だ」
「ドーンッ!」
「きゃぁぁぁぁあっ!?」
「…さて詠唱例ですわ! 『膨れよ炎爆ぜよ、焼き飛ばせ』…これも、ヨハン・ピースハート大将の詠唱ですわね。正確無慈悲な魔法行使は、確実に獲物の息の根を焼き飛ばしますわ」
「ぅぅ…着ぐるみが…折角弓弦と作ったのに…」
「…さて予告ですわ! 『知影です! いやぁ…学園編だよ学園編。学校だよ学校! 学校と言えば私でしょ! 弓弦と学校通っていたんだよ私、懐かしいなぁ。あの時は同じ学生だったのに…君は先生、私は学生。何か…時間の流れ感じちゃうねっ。君が遠い所に行っちゃったみたいで…ちょっと寂しい…のもあるけどやっぱり弓弦いつも以上にカッコ良いって言うか本当にカッコ良いしカッコ良過ぎて心臓辛いぁぁぁああ動悸が凄いドキドキで壊れちゃいそうだから弓弦に診てもらいたいスーツ姿の弓弦にいや白衣姿でも良いけど素敵だけどやだそんなの放課後の保健室的な生徒と先生のいけない関係的なきゃーっきゃーっ──次回、スーツ姿のパートナーって、唆るよね』」
「…着ぐるみ……」
「…ほらユリタヌキ、あなたの友人の部分もありますわよ。ちゃんと言ってくださいまし」
「……着ぐるみタヌキ…」
「フレイムボ──」
「撃ち抜くぞリィルゥ…ッ!」
「…ユリ…タヌキ。眉間に銃口突き付けるの止めてもらえます…?」
「──ッ!」
「分かりましたッ分かりましてよッ!?」
「『うむ、眼新しいな。by知影&ユリ』…」
「…一瞬で三途の川が見えましたわ…。凄まじい殺気…」
「…着ぐるみ…」
「…流石に可哀想なことをしましたわね……」