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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
39/411

見上げた空は、今日も蒼く

 新しく食堂に現れた人物の声を聞いた瞬間、セイシュウの顔が瞬く間に青褪めた。

 見付かりたくない姿を、見付かってはいけない人物に見られてしまった。

 現行犯だ。弁明の余地は存在しない。

 だから逃げなければ。怒りという感情が沸騰する音を背に、セイシュウは席を立った。

 会計は後で払えば良い。そもそもここで捕まってしまったら、下手すれば朝日も拝めなくなるのだ。 

 そのまま、全速力で逃げ出す。


「がッ!?」


 だが背後まで接近されたのが運の尽きであった。

 素早く食堂から逃げようとセイシュウは、隣から出された足につまずいて床に倒れ込んだ。

 いや、滑り込んだという表現が正しい。

 数cm(シーマール)程、顔でスライディングを決めた。


「博士? どちらに向かわれるのです? わたくしの話はまだ…始まってすらいませんわよ?」


 足に巻き付く、鞭。

 その瞬間セイシュウは悟った。

 「終わった…」と。


「い、いや…と、突然急用を思い出してだね…」


 足首に巻き付いた鞭が、キツく締め上げてくる。

 もう痛い。それだけで、リィルの怒りが相当なものであると分かってしまった。


「急用? それはどのようなものなのですか…?」


 脱出を試みようとするセイシュウの後頭部にリィルが足を乗せると、セイシュウの顔がメキメキと音を立てて床に沈んでいく。


「リ、リィル君! 止めてって痛いから! 痛い痛い、止めてくごふっ!?」


 無論比喩的表現だ。

 流石に踏み締めるだけでめり込む程、鉄製の床は柔らかくないし、セイシュウの顔も頑丈ではない。

 しかし誰の眼にも分かる、痛そうな光景だ。

 事実、食堂の店員が厨房の中にもり、夕食の仕込みに移っていた。近くを通過する乗組員は決まって明後日の方向に顔を背けている。

 セイシュウの味方は、誰も居ない。


「おほほほ…おーほっほっほ!! さぁ! 早く理由を言ってくださいまし! …ほらほらぁっ!!」


 しかしリィルという女は、鬼である。

 動けない人間をここぞとばかりに何度も踏んで痛め付ける彼女は正に、鬼と呼んだ方が似合うのではないかとセイシュウは心の隅でそう思った。

 口に出さないのは、口に出そうがものなら鬼が鬼神と化すためだ。

 鬼王ではなく、鬼神である。

 その恐ろしさは、推して知るべし。


「がふっ!? げふっ!? ぁ、ぁ…ガク…」


 リィルが踏めば踏む程に音を立てて床へとめり込んでいったセイシュウは、遂にピクリとも動かなくなってしまう。

 しかしそれで止まるはずもなく、彼女はその後もまるで何かに取り憑かれたようにセイシュウを踏み続けた。


「ふぅ! 何だかスッキリしてきましたわ」

 

 何回踏んだであろうか。暫くすると、文字通り憑き物が落ちたような顔でリィルは食堂を去って行った。

 鼻歌交じりの上機嫌っ振りだ。さぞやストレス発散出来たに違い無い。


「…うぐ…さて! 急いで…パフェ、食べるか…」


 その彼女が去ったのを見計ったようなタイミングで、セイシュウはのろりと起き上がった。

 机や椅子伝いに覚束無い足取りで辿り着いたのは、パフェの下であった。


「──ぐはっ!?」


 そして完食した後、床に背中から崩れ落ちた。

 鉄の天井や照明を眺めながら、身体を動かそうとしても激痛しか走らない。

 パフェという目的も果たしてしまったセイシュウの気力が尽きたのだ。身体が鉛のように重く、思うように動かない。


「(はは…参ったな)」


 怒っている時のリィルの攻撃は、それこそコンクリート性の壁に穴を穿つ程に強烈だった。

 セイシュウはもう慣れているから良いものの、それまで何度生死の境を彷徨いかけたことか。綺麗な川を見たのは一度や二度ではない。


「……………シェロック中佐はもう向こうに着いた頃だろうか…?」


 だが自分のことよりも彼が心配だったのは、親友とその部下の安否だった。

 当たり前のことだが、異世界では何が起こってもおかしくない。なので任務(ミッション)時に赴くことになる異世界では、例外無くこちら側が最大限のバックアップをしなければならない。そうすることによって、隊員達の安全が確保され易いからだ。

 だが無作為転移陣(ゲート)によって何処いずこかの異世界に飛ばされてしまった四人にはそれが出来ない。

 異世界の界座標(ワールドポイント)を突き止めたのは、つい昨日のこと。ほぼほぼ間違い無いが、100%ではない。

 しかも通信も通じないのだ。異世界のどこに居るのかも分からない隊員達に物資を届けるのは、まず不可能というもの。

 因みに物資とは、簡単な治癒促進薬剤や非常食を始め、任務(ミッション)の遂行を助ける品々のことを指す。

 時には、異世界での生活を助けられるよう支給金を渡す場合もある。

 基本的に、転送装置で送ることというのがベースだ。

 レオンとユリはまだ良い。あの二人は何度もミッションの度に異世界に渡っているので経験があり、他の部隊からも一目どころか二目三目置かれている程の実力を持っているからだ。

 しかし問題は後の二人、弓弦と知影だ。

 元々は普通の一般人。

 軍人としての訓練を受けたレオンやユリとは違う。彼らが単独で異世界で旅をするにはまだ、経験が足りない。

 だが、レオンかユリと合流することが出来るのかもしれない。

 それか、どうにかこうにか運良く異世界生活を送れている。

 そんな可能性にセイシュウは賭けていた。

 全員無事に帰って来ると、信じていた。


「…頼むから…早く帰って来てくれ…ガク」

 

 副隊長の活躍に、期待しよう。

 セイシュウは深く深呼吸したのを最後に、意識を失った。


* * *


 開こうとした口を、塞ぐものがあった。


「…良いですよ」


 俺が悩んでいる間に、どうやらフィーナは眼を覚ましていたようだ。

 眼を覚ましていることに気付けない程、俺は考え込んでいたようだ。不意の仕草に、心臓がドクンと跳ねた。

 人差し指で俺の口を塞いでから軽くウィンクをするその姿は、とても艶がある。


「…知影さん…でしたね。私は一番でなくても良いのです。ただ…私は、あなたの側に居られるだけで良いのですから…だから…今は待ちます。待たせてください。…答えが出るまで」


「フィー…」


 仕草一つで俺の胸を打つ彼女は、健気だった。

 こんな俺を、待つと言うのか。

 彼女の瞳には、強い決意が宿っているように見えた。

 それはまるで、心の底から強く思っているように。


「な〜んて」


 どこか冗談めかす彼女の指が、唇から離れた。


「言えれば良いのですが…私には無理ね…。早く、今すぐにでも返事がほしい…。だ、駄目でしょうか?」


 上眼遣いで俺を見上げ、返事を求めてくるフィーナの様子は、俺が現実逃避するのを阻む。

 恐らく、相当の勇気を持って口にした言葉だ。

 彼女の唇が、僅かにだが震えているように思えた。


「…っ」


 「今度こそ、答えを出さねば」。

 そんな考えが頭を過った。

 二百年の時を経ての出会い…と言うのだろうか。本来は出会うはずのなかった二人。

 そんな二人が共に戦い、共に暮らし…今や冒険をしている。

 一言にするなら、幸福だった。

 弱い俺を受け入れ、支えてくれるフィーの想いは嬉しい。

 俺にとって、宝物と呼べるようなものだ。

 フィーといつまでも一緒に居たい──そんな欲望は、ある。

 俺だって男だ。男なんだ。

 彼女と言う宝を、いつまでも自分だけのものにしてしまいたい。そんな罪作りな欲望が心のどこかにあるのだ

 ──だが。

 フィーを選んだとして、知影さんは? 彼女はどうなる?

 住んでいた世界を失ってから彼女と過ごした日常もまた、かけがえのない思い出として俺の中で輝いている。

 俺に悲しみに暮れる暇を与えない程、気丈に馬鹿なことを言っていたのは彼女なりの気遣いか──どうかは分からないが。

 少なくとも知影さんもまた、俺にとって大切な人だ。

 恋人と思われるような遣り取りをしていたこともあるぐらいだ。今の性格はアレだが…彼女の思いにも応えたい俺が居る。 

 実に、欲張りなものだ。


「(…俺は、情けない人間だ)」


 頭では分かっている。

 欲張りなのは、どうなのか。断固とした意思でとちらかを選ぶのが、男なんじゃないかと。

 だが心では分かっていない。

 不誠実だと分かっていても、「二人のため」とかよく分からない大義名分の下、最早自己満足のために、選びたくなかったこの選択を選ぼうとしている。

 そう──。


「フィー」


 「保留」と言う選択肢を。


「…はい」


 フィーの瞳が揺れていた。

 アレは、心の揺れだ。期待と不安の入り混じった瞳の色。

 翡翠色の瞳がまっすぐ俺を見詰めており、静かに俺の答えを待っていた。

 そんな彼女に、俺は自らの選択を伝えた。


「……すまない」


「……っ」


 息を呑むフィー。


「…俺には…選べない。どちらも大切な人だ…。だから、どちらかを選ぶことでどちらかを傷付けたくない…。…君だけを選ぶなんてそとは出来ないんだ…。本当に、すまない…」


 俺をしっかりと中心に映していた瞳が伏せられ、両指が組み合わされている。

 何かに耐えているような様子は、眦まなじりに光るものを見て悲しみに耐えているのだと理解出来た。


「…そう、ですか」


 言ってしまった。

 最低だ。何様のつもりなんだ俺は。傷付けたくないとか言って、結局フィーナを傷付けているじゃないか。

 いつからこんな選択や、馬鹿らしい台詞を言える程、偉くなった? 保留? 何を馬鹿なことを…。


「……」


「(…フィー)」


「欲張り」


 暫く沈黙があった。

 まるで永遠とも思えるような沈黙を破るフィーの言葉は、どこか拗ねていた。

 もしかしたら、呆れているのかもしれない。俺が汲み取れていないだけで、怒っているのかもしれない。

 いずれにせよ、負の感情だ。抱いていて、気持ちの良いものではない。


「…すまない」


 悲しむ彼女の姿から、視線を外した。

 見ていられなかった。居た堪れなくなった。


「(あぁ、大樹の枝、デカいなぁ)」


 そして逃げるように、無理矢理別のことを考えてみる。

 ──ほら、呆れただろう?

 ならいっそのこと、早く俺を見限って、別の人を探せば良い。

 君は魅力ある女性だ。とても素敵な女性だ。

 別の人を探した方が良い。俺よりも君に似合う男なんてもっと居るはずだ。

 ──それが、君のためなのだから。


「…でも、嬉しい。寧ろ、最高?」


 フィーが、予想外のことを口にした。

 思わず見詰めた彼女の瞳は、俺をまっすぐ見据えていた。

 頬は赤い。


「…は?」


 何を言っているんだ。最高だって? この俺が? 

 どう考えてもおかしいだろう。


「(どんだけお花畑なんだ!?)」


 あまりに予想外過ぎる反応に、思わず失礼過ぎることを考えてしまった。

 だが口に出さなかった自分を褒めてやりたい。色々と最低なことを今日はし続けている気がするが、この対応ばかりは中々上出来だ。


「えぇ、最高…。だって、言ったじゃない。私は一番でなくても良いって。でもまさか、同率一位だなんて。今のあなたが居るのは、知影さんのお蔭みたいだし、本当は叶わないとばかり思ってたけど…」


 フィーの瞳から、一滴溢れるものがあった。

 俺はどうやら、勘違いしていたようだ。

 そう思えたのは──。


「色々と、見込みありそうじゃない?」


 彼女が、桜が花開くように美しい笑顔を見せたから。

 向日葵ひまわりのように明るくはないが、見る者の心を奪う、安堵に染まった優しい笑顔。

 彼女の周囲の風景だけ、淡く輝いているようだった。


「〜っ」


 俺はまたも、彼女の顔を見続けられなくなった。

 心の底からのものだと分かる彼女の笑顔に、思わぬ言葉が出るのを抑えた結果だ。

 きっと見続けていたら、口にしてしまったかもしれない。

 「好きだ」、と言う言葉を。

 きっと彼女も似たような言葉を返してくれるだろう。

 そうして幸せの連鎖が広がっていくのだ。


「(…あぁ、分かった)」


 これは夢だ。

 こんな都合の良いことが起こる訳がない。


「…そうね。私にとっても毎日が夢みたい」


 心臓が跳ねた。

 まさか、考えを口に出していたのかもしれない。

 もし口にしていたのだとしたら、自覚の無い間にどれ程の言葉を呟いてしまっていたのだろうか。

 恐る恐る、彼女の様子を窺う。


「あなたが隣に居る…‘ただ…それだけで……’」


「フィー?」


 次第に言葉が尻窄みになっていくフィー。

 吹いていた緑の香りが強い風に、今にも消えてしまいそう大きさの声だった。


「‘ずっと…隣に…私の…ご主人様…すぅ…‘’」


 気が付くと、フィーの瞼が閉じていた。

 まるで先程まで、単に寝惚けていただけだと思えるように眠っていた。それはもう、ぐっすりと。

 信頼し切った顔で身体を預けてくる様子は、やはり飼い主によく懐いた子犬のような愛らしさがあった。


「ずっと側に…か」


 ──あぁ。君がそう望むのなら。

 俺に断る理由は無い。

 こんな俺に付き合ってくれるのなら、その心の赴くままに是非とも側に居てくれ。

 これからも、ずっと……。


「…ふぅ」


 フィーナの金糸のような髪をそっと撫でてから、大樹に背中を預ける。

 溜めていたものを吐き出した息は、思いの外深いものだった。

 そして、温かった。

 まるで胸の内一杯に、温かいものが満ちているように。

 とても穏やかな時間が流れていた。

 これがずっと続くのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 だが、俺は旅を続けなければならない。

 俺が旅をすることになった目的。それは何があっても、決して忘れては行けない。

 フィーと言う道連れが増えたものの、俺にはやることがあるんだ。

 逸れた仲間達を探すと言う、大切な目的が。


「(…空、綺麗だな)」 


 微かに吹いた風に巻き上がる木の葉につられて見上げた空は、ただただ蒼かった。

 この蒼い空の下で、仲間達はどうしているのだろうか。 

 レオンは、ユリは、そして──知影さんは。


「(…お前もこの空を見ているのか…? …知影さん)」


 緑葉の間から覗く木漏れ日を浴びながら、俺はどこかに居るであろう仲間達のことを思い浮かべるのだった。

「んっ、んっ、んっ…ぷはっっ! やっぱりビールは最高だな! って、何だ〜!? 予告か!?」




「お~お~、今回は俺単独で回ってきたというわけか~…。う〜む、何を言うべきか〜」




「…しかしだな~…もう傍から見ていると、あの二人…夫婦みたく見えるんだがな〜。知影ちゃんのことどうするつもりなんだ~? まさかこのまま、二股三股四股と掛けていくんじゃないだろうな~…か~っ!! よくやるもんだな~、おい! 俺のビールは四杯目だっつ〜のに…か〜っっ!」




「…しかし〜結婚か~…。う~ん、さっぱり分からん! が~、ん? つまりこれって、形はどうあれ二人が結婚のようなものを、あの大樹の中とやらで〜したことになるってことか~? おいおい…弓弦の奴どう説明するんだろうな~…っく」




「あ~でも、こっちで知っちゃったことは、向こうに持ち越せないか。もし説明するとしたら〜…『私達、結婚しました♡』…コホン、とか言うつもりなのか~? 何言っても、知影ちゃんが殺意を漂わせそうだが〜…おお恐っ。ま~、お楽しみかどうかは分からないせよ、今後に期待ってことだろうな~! お代わりだ〜!」




「んじゃ予告〜…と、これか~。『遅れること二日、ようやく知影達は港町に到着する。弓弦を追って東大陸に渡ろうとする一行。しかし進もうとする道を阻む、どうしようもない障害。仕方無しに弓弦の手掛かりを探し始めたレオン、弓弦を幻視する知影。そして…絶賛成長中のユリ──次回、港町ポートスルフ』…だそうだ~、ビールとつまみ片手に楽しめよ~!!」

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