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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
裏舞台編
387/411

子猫

 『シリュエージュ城』三階、執務室で待っていたミーア。

 美しい白金色の髪に、クリリと丸い金色の瞳、整った勝気な顔立ちに高貴な雰囲気が漂っている。

 服装も何故か、白い。本来隊員服は黒色なのだが、彼女の服は白色だ。

 本人曰く、「こっちの方が可愛いじゃない」とのこと。所謂彼女オリジナルの服だ。

 隊員服は黒しかないというだけで、別に規定ではないので許されている状態であった。


「はい、これ」


 そんな彼女の目的は、自らの在籍する部隊の隊長に文句を言うためではない。

 文句ではなく、手紙を届けに来たのだった。文句も溜まってはいるのだが。


「隊長の、もう一つの草鞋わらじからの知らせ。そろそろ向こうが忙しくなる時期なんじゃない?」


「…。わ~ざわざすまないんだな」


 手紙の封に記されている印を確認し、ディーは中身に眼を通す。

 文中に記されている月日に眼を止めた彼は、服の胸ポケットから隊員証を取り出した。


(た~し)かにそんな時期だったんだな。す~っかり忘れていた」


 隊員証に表示されている日にちは、記された月日の数日前を表していた。

 これは危なかった。もしこの月日を過ぎていたら、後々面倒事が増えてしまう。

 胸を撫で下ろすディーであったが、ミーアは呆れ顔を浮かべた。


「隊長が忘れていてどうすんのよ。ボケっとしてんじゃないわよ」


「い~やはや、感謝なんだな」


「本当にしてる? ひざまずいて感謝してもらいたいぐらいだわ」


 嗜虐的な光を浮かべるミーアの瞳。

 ビクリと背筋が震えたのは、トレエだった。


「ミーア少佐、何もそこまで…」


 そこまですることはないはず。

 しかし、ミーアは気に食わない様子をアピールしてくる。

 ディーは困るばかりであった。


「良いのよ、ふんっ」


「ぅ…」


 トレエも困ってしまっている人物の一人だ。

 ミーアの否定を打つけられ、悲しそうに小さくなる。


「ぁ…」


 すると、ミーアは眼にも明らかな動揺を見せた。

 そんなつもりはなかったとばかりに、トレエの様子に手を伸ばしていた。


「……」


 アンナはそんな遣り取りを前に、頭痛を覚えた。

 何故だろうか、頭痛だけではない。耳も痛い気分だ。思わず額に手を当て、痛みに耐えようとしてみるも、内側からの痛みがズキズキと響く。


「(何故だ。何故こうも…見ていられない気持ちになる…っ)」


 その痛み即ち、ミーアに対する居た堪れない感情である。


 『アークノア』実行部隊一行の遣り取りを見させられている傍ら、何故か彼女は一人だけ、痛みと戦うのであった。


「そうです、良いのですよ。言葉通り、子猫少佐は満足しているのですからね」


「ぇ…そ、そうなんですか?」


 そんな彼女を他所に。

 ジェラルの言葉に、トレエの視線がミーアへ。


「な、何を言うのよ大佐っ! 私は別に満足なんかしていないんだからっ」


 ミーアから、ジェラルへ。

 視線に、微かな怒りが宿っていた。


「適当なこと言わないでください…っ」


「おや、そう言っている割に…随分と機嫌がよろしいみたいですが」


 再び視線が、ジェラルからミーアへ。


「…ぇ、そうなんですか?」


「清々してるだけよっ。馬鹿な隊長の尻拭いが終わって!」


 ミーアからジェラルへと視線が戻る。

 今度の視線に込められた怒気は、先程よりも明瞭だ。


「…ブローレン大佐はやっぱりいい加減ですっ」


 もう少し、仲良くしてくれないものだろうか。

 ディーは二度目の溜息を吐いた。


「…こ~れも、喧嘩する程何とかってヤツなのかね」


 それならまだ、良いのだが。


「…や~れやれ」


 いがみ合う二対一の光景は、日頃から見慣れていた。

 しかし何も、こんな所で睨み合いをしなくても良いというのに。そうは思いながらも、言葉で言って止まってくれるなら苦労はしない。


「おやおや、嘘吐きとは心外ですね。私は真実を言っているだけですよ?」


 特に、一番の年長者がこの調子なのだ。

 煽って薪をべ、煽って薪に火を点けて。煽って弄ってキレられて。

 ワザとによる嫌がらせのオンパレード。

 もう少し、人を弄るという行為を控えてもらえないだろうか。


「うるさいっ! 黙りなさい嘘吐き! 恥を知りなさいっ!!」


「そうですっ」


 女二人を相手取りながらも、ジェラルは調子を崩さない。

 それどころか、


「いや~。恥を知らなくてどうもすみません。あっはっはっは」


 さらに煽ってみせた。

 その瞬間。不思議と空気が鎮まり返り、さながら時が静止したかのようになった。

 ツカツカとジェラルの下に歩み寄るミーアに合わせ、ディーも微かに身動ぎした。


「アンタねぇ…ッ!」


「はいはい、そ~こまでなんだな!」


 繰り出された蹴りに合わせ、棍をジェラルとの間に挿し入れる。

 鈍い音。棍を通して、衝撃が伝わる。


「~っ!!」


 同時に硬い物に加えた分の衝撃が跳ね返り、堪らずミーアがうずくまった。


「馬鹿隊長っ、何で邪魔するのよぉ…っ!」


実力(じ~つりょく)行使は駄目なんだな」


「うるさいっ。…いつも大佐の方に付いて…っ」


 涙眼になりながらも訴えるミーアだったが、余程痛いのかしおらしくなる。

 震えるのは、痛みか。

 それとも、冷めやらぬ怒りか。


「もう帰るっ! ほんっとあり得ないんだからぁっ!」


 怒りの方であった。

 勢い良く立ち上がった彼女は、そのまま勢いを殺すことなく。


「あっ、ミーア少佐!?」


 トレエの制止も振り切り執務室を飛び出した。


「…行っちゃいました」


 眼をぱちくりとさせ、トレエは反射的に上げた手を下す。

 彼女は言葉通り、旗艦に帰艦したのだろう。そして、もう戻って来ないに違い無い。

 恐らくいそいそとシャワーを浴びて、布団にでも潜り込むのだ。トレエは日頃の経験から、そんなことを悟った。

 ミーア・キャットは怒った時、寝る準備をして不貞寝する習性ーーーもとい、癖があるのである。もう今頃は、シャワーを浴びようとしているはずだった。


「いや~。隊長は辛いですねぇ」


 ジェラル(怒りの元凶)が、さながら他人事のように肩を竦める。

 困ったように首を左右に振った男の姿に、髪の奥でトレエの眉がピクリと上がる。


「ジェラル、揶揄(か~らか)うのも大概にするんだな。こ~れ以上は眼に余る」


 そんな少女の雰囲気に気付いたディーが、無視するはずがない。

 ミーアに続く第二の犠牲者を出さないため、静かにジェラルを見詰める。


「…困ったものです。軽いジョークのつもりだったのですが」


 眼鏡を掛け直したジェラルは、短い溜息の後にそれ以上の弄りを諦めることに。


「ジョーク…ねぇ」


 軽いジョークにしては、随分と言いたいことを言っていたように思えた。

 しかし、悪いと分かっているのを問い詰め過ぎるのも時間の無駄だと考えた。


「…ま~、程々にしてやってくれ」


「えぇ、考えておきます。何せ生き甲斐ですので」


 随分と趣味の良い生き甲斐である。


「さて隊長、私も先に『アークノア』へ戻ります。隊長がこちらに来た時の転送装置は回収してありますので、戻る際はドゥフト中尉を通じて連絡してください」


「分かった。よ~ろしく頼むんだな」


 一礼の後に、ジェラルはディー達に背中を向けた。

 扉を出て突き当たりを曲がった男の姿が消えると、トレエが扉を閉めた。

 パタン。普通に閉めるよりは、少々大きな音か。


「…。やっと行ってくれました」


 溜まりに溜まったストレスを吐き出すかの如く、トレエは一息吐く。

 天敵関係にあるジェラルが去り、自然と力んでいた身体の緊張が解けた証だった。


「ふぅ…」


 アンナもようやく頭痛と耳痛から解放された。

 因みに痛みの原因は、ジェラルではない。


「…何だったんだ、あの痛みは」


(ぼ~く)に訊かれても分~からないんだな。…と言うか、どこか痛むところでもあったの?」


「私にも分からんが、急に頭痛と耳痛がだな…」


「疲れているのだろう」


 アンナの問いに、窓側から声が聞こえた。

 トレエが閉じた扉とは別の扉が開かれ、中から声の主が姿を見せる。


「…ピースハート。眼が覚めたのか」


「ええ、つい先程」


 ヨハンに続いて、ジェシカも部屋に現れた。

 愛する夫と共にある彼女の様子は幸せそうだ。微笑みの絶えない表情から、ヨハンが眼を覚ましたことに対しての安堵が窺えた。


「また世話を掛けたようだな」


(ま~った)くだよ、ヨハン。た~かだかあの程度の精神攻撃に揺さ振られるとは、らしくもない」


 ディーとしては軽い冗談のつもりであった。

 何かしら似合わない冗談で返してくれることを期待したのだが。


「…そうだな。らしくもない」


 親友の返しは、酷く塩らしいものであった。

 まるで自らの内にある感情を、忌々しくも噛み締めるように、淡々とした呟きであった。


「随分と感化されているじゃないか。だが、何がそこまでに貴様をほだした」


 アンナの問い。

 ヨハンはそれに、視線を隣に向けることで答えを示した。


「俺にも…分からん」


 妻を見詰める男の拳が、固く握り締められる。

 『滅失の虚者』フェゴルという存在が、彼の認識を強く揺さ振っていた。

 娘の仇。奴が娘を殺し、最愛の妻を苦しめた。

 だから仇を取り、父親として守れずに命を散らした娘に報いる。

 だから仇を取り、夫としてーーー


「…っ」


 夫として、何だ。

 『フェゴル』を討つことが、本当に妻のためになるというのか。

 いや、それだけではない。

 ヨハンは一度、ほんの刹那に等しい瞬間であっても確かに、『フェゴル』を「娘」として見てしまった。重ねてしまったのだ。

 だから、『フェゴル』を討つこと自体に迷いを感じていた。

 揺れている心が、葛藤を生み出していたのだ。


「そうか、分からないのならそれで良い。まぁ…ちょっとした感想のようなものだからな」


 ヨハンは眼を、微かに見開いた。

 アンナはどこか困ったように表情を緩めており、それはこれまで彼があまり見たことがない様子であったためだ。


「…お前がそんなことを言うとはな」


 意図せずして、そんな感想を呟いていた。

 心配されるとは思わなかったのだ。


「…ピースハート、常々思うが、お前は何か…私に関して勘違いしているんじゃないか?」


「…俺が、何をどう勘違いしていると」


「心配一つすら出来ん女だと馬鹿にするな。と、言いたい」


「む…」


 確かに思い当たる節はある。

 驚くとは即ち、予想していなかったことに対して抱く感情だからだ。


「まぁ…」


 図星に言葉を濁したヨハンの泳いだ視線が、ジェシカと交わった。


「そう思われていたのですか?」


「……」


 沈黙は、肯定の意であった。


「…失礼な男だ」


失礼(し~つれい)な奴なんだな」


「お前もだ、リーシュワ」


「……」


 ディーもまた、眼を泳がせる。

 応答は、沈黙であった。


「全く…人を甘く見過ぎだ。元教職が聞いて呆れるな」


 溜息。

 深々と吐かれた嘆息からの愚痴が、止まらない。


「…はぁ。少し心配したぐらいで、これとはな。これだから男達は…」


「まぁまぁ、そう仰らずに。その道の達人でも、見誤ることぐらいあります」


「…達人か?」


 はすに構えアンナは、兎に角疑わし気だ。

 ディーとヨハンを見る瞳が、疑念に塗れている。

 このままでは、延々と愚痴を吐かれるかもしれない。流石に見かねたジェシカは、手を叩くことで場を仕切り直した。


「あなた、ディーさん。ここは一つ、謝罪した方が良いかもしれませんね」


「む」


「ん~」


 出された助け舟。

 思うところはあるが、素直に二人は乗ることに。


「すまん」


「すまないんだな」


 男達に謝らせ、ジェシカは鼻を鳴らす。

 満足したようだった。

 それはさながら、大人を謝らせて満足した子どもの様子であった。


「ふふ」


 一人そのことに気付いているジェシカは微笑みを浮かべていた。

 ジャンヌベルゼ・アンナ・クアシエトール。巷では「元帥」、「剣聖の乙女」等と呼ばれてはいるが、結局は歳頃の少女なのだ。

 まだまだこの中で、トレエに次いでの年少者。未来有望な若者の一人なのである。


「(トレエちゃんも、ジャンヌさんも…どんな大人になるのでしょうか…?)」


 いつか来る未来を彼方に見据えるジェシカの瞳には、まるで娘達を見守るかのような慈愛が満ちていた。

「…ふむ、やはりこの薬は、強い鎮静作用もあるようだな。暫くは起きなさそうだ…」


「…ぅ…」


「…良い寝顔をしているな。さそがし気持ち良さそう…っ!?」




「…わ、私はかなりっ。大胆なことをしてしまったのではないだろうかっ。こんなにはだけて…胸を揉ます? 吸わす? …幾ら弓弦が正気に戻ったかどうかを確かめるためとはいえ…ぁぅ…。実際に揉まれていたら…いや、そこは縄があるのだっ。縄でこう…キツく縛ってやれば良いのだ! 解けない程にな、うむ! …まぁ、薬は確実に効いているのだから、そんなことにはならなかったとは思うが……」




「…。少し、汗を掻いたな。シャワー…いや。風呂に入りたい。風音殿…風呂を淹れてくれているだろうか…」




「…行ってみなければ分からないか。良し……」




「予告だ! 『物事は起こる。眼に見える所でも、眼に見えない所でも。物事は起こる。収まりの付くことでも、収まらないことでも。そして事態は露見する。気付いた時には、取り返しが付かなくなってーーー次回、動揺』…ふ~ん♪ ふふ~ん♪ ~♪」




「はっ!? いかん、風呂だと考えたら、つい気持ちが昂ぶってしまった。まだ入れるかどうかも分からないのだ。期待をして無駄な期待であったと知れば、落胆も大きくなる。ここは、落ち着いて…すぅ、はぁ…。良し、落ち着いて。極めて冷静に振る舞いながら確かめに行くとしよう」




「おっ風呂~♪」

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