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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
裏舞台編
382/411

震撼

 暗がりを降りて行く。

 日の当たる世界から、闇の潜む地に足を運んだ男が居た。


「あー。疲れた」


 それは、先程までは魔物に襲われていたはずの男だった。

 城へ向かうと言っておきながら、男が向かったのは、街の西部にある一軒の建物。

 入口に『隊員証』を当てて認証を済ませると同時に、対侵入者用のセキュリティを解除すると、中へと入って行った。


「いや~。あんなに幼くて強い隊員が居るなんて。ああ言う繊細なお年頃は、是非ともこちらで教育して、未来への礎になってもらいたいぐらいですよ」


 下卑た独り言を零しながら歩く男の先に、立ち塞がる一人の人物が居た。


「誰だッ!?」


 顔を上げて、銃を突き付ける男。

 しかし銃口を向けられても、魔物に追われていた男は動じなかった。

 先程まで動揺していた表情が、まるで仮面であったかのように。男の表情は冷めていた。


「…見ない顔だな。どうやってここに入った!?」


「おや。連絡は入っていないですか?」


「…貴様のような人間が来るとは知らされていない! 今日ここに来るのは、面倒で面妖で気味の悪い奇妙な生き物のはずだ!」


 だが、このあんまりな言葉には若干の動揺を禁じ得なかった。

 溜息と共に呆れを吐き出し、文句を返す。


「…酷い言い草ですねぇ。ザングスの声を借りたゼザの悪意がありありと伝わります。…まぁ、今はこんな姿をしているのですから無理はありません」


 そう言うと、魔物に追われていた男は懐から小さな手の平サイズのゴム珠を取り出した。


「な、何をするつもりだ!」


 警備の男の後退りは、珠から放たれる異様な淡い光を見て反射的なものだ。


「私のことを、より分かり易くするための手段を行おうとしているのですよ。ねぇ、皆さん」


 少し離れた所から足音が聞こえた。

 程無くしてゾロゾロと現れた数十人の男達が身構える中で、珠を持つ男は面白そうに嗤った。


「幻を作る魔法とは面白いものです。魔法一つで、ここまで姿形を変えられるなんて…。そうは思いませんか? 皆さん」


 男は珠に力を込めた。

 風船のように音を立てて割れる玉。そこから溢れた光が、男を隈無く包んでいく。


「『魔石』から取り出した魔力(マナ)の応用…名付けるならば、一度限りの『簡易魔法具』。いやはや、実に素晴らしいものです。この研究が進めば、素養の無い者でもローリスクで魔法が使えるかもしれない。…あなた達は今、大いなる研究の一端を垣間見ているのです」


 男達にどよめきが起こり、広がった。

 光が収まった時。そこには紛れもなく、「面倒で面妖で気味の悪い奇妙な生き物」が立っていた。


「ローランド・ヌーフィーです。この街に居る仲間は、ここに全員居ますね?」


 男達は、互いの顔を見合った。

 ローランドから放たれる異様な気配は、並みの心臓では恐怖に呑まれてしまうまでのもの。

 付け加えるならば、会話しただけで呪われてしまうかもしれないと錯覚しそうなものであった。

 故に、誰もが話そうとしたくなかった。しかし話さない訳にはいかず。


「い、いえ! 奥にもまだ!」


 結局、最初にローランドと話していた男が人身御供となるのであった。


「結構。そこに案内をお願いします。決行直前の作戦会議といましょうか」


 建物の奥へと向かう道すがら、当然とばかりのローランドの言葉に男が疑問を口にする。


「はっ。…直前ですか?」


「えぇ、そうです。事前に連絡したのですから勿論、襲撃準備は整っていますよね? 少し機を窺っても良いとは考えていたのですが、どうやらそうも言ってられませんので」


「…はぁ。…ひっ」


 緊張感に欠ける返事に、ローランドの剥き出た眼球が向けられる。

 恐怖で人を殺せそうな視線を向けながら、誰もに聞こえるよう嗄れた声が響く。


「皆さんは一度、自分達の敵が誰なのか…考えた方が良い。ここは潜伏場所としては悪くありませんが、立地が妥当過ぎます。恐らく、あのディー・リーシュワならば…もう見付けていてもおかしくはないですねぇ」


 広がるどよめき。

 にわかには信じられないとばかりに、男達が言葉を交わしている。

 余程ここの場所に自信があるのだろう。いつかは見付かるとしても、それは今ではないと甘い考えでいるのだ。

 だがローランドはそう思えなかった。

 口にした言葉通り、敵にはディーが居る。『ティンリエット学園』で教鞭を執り、数々の隊員を輩出した男が。

 彼の何を恐れているのか。ローランドは、彼の頭脳を懸念していた。


「(『アークノア』の…ディー。『組織』の中でも、唯一私と争える頭脳を持つ『あの男』を育て…また恐れさせる男…怖いですねぇ)」


 天才を育てた男もまた、天才。

 天才の思考を知っているからこそ、自分の数手先を読む思考の先を、さらに読むことが出来る。

 等しい天才同士の争いは、いわば頭脳による素手での殴り合いなのだ。そのため、先に勝利の流れを手繰り寄せた方の勝ちとなる。

 向こうに行動を起こされる前に、ローランドは先手を打ちたかった。


「では、無血開城! が可能な作戦を説明します。皆さん、心して聞いてください」


 「無血開城」の一言が場の空気を引き締める。

 誰だって自分の命は惜しい。そして自分の命の後には仲間の命が惜しくなる。欲深い人間という存在程、その言葉は深く心に染み入った。

 印象強い言葉を用い、関心を強くこちらに向けさせる。印象に酔わせ、思考を縛るーーー簡単な人心掌握術の一つだ。


「手始めに、城の地下に仕掛けてある爆弾を爆破します。爆発の混乱に乗じて城内に侵入し、地下のある一角を占拠する。口頭で説明するのは難しいですから、詳しい場所は現地で私が指示します。後、これを」


 ローランドは服の裏から、ビニル袋を取り出した。

 その中から小さな袋を出し、一人一人に渡していく。


「…これは?」


「保険です。お守りみたいなものですから、全員常に携帯するように」


 男達は奇妙そうに小袋を見ていた。

 ローランドとしては、持参してもらわないと困るものがあった。


「…ちゃんと携帯するんですよ」


 念押し。


「本当に、携帯するんですよ」


 二度目の念押し。

 一同を順に見ていくと、順に何度も頷かれた。


「以上です。何か疑問の人は…居ますか?」


 疑問は、誰の口からも出なかった。

 そちらの方が手間が省けて嬉しいため、一向に構わなかった。


「では、今から決行します。早ければ早い程戦果が期待出来ますからね。頼みますよ、皆さん」


 慌ただしく用意に勤しむ男達を見るローランドの口角が上がる。


「(…そう。血、さえ流れなければ…それもまた、無血開城と言えるのです…ヒヒッ)」


 歪に、嘲笑うように。


「…?」


 ふと、空が眩しかった。


「何でしょう、眩しいですねぇ」


 いや、ここは建物の中。

 空なんて見えるはずがない。

 それどころか、照明よりも明るい光源なんて先程までどこにもーーー?


「(まさか)…ッ!?」


 何かが、起こる。

 自分の想像を超えた、何かが。

 ローランドは反射的に、潰れたように身を伏せた。


* * *


 ディーの言葉が、場の緊迫感を強めた。

 トン。と、場に響くのは判子の音。

 暫しの間を置き、ヨハンが口を開く。


「残党狩りか。…構わんが、俺は好かん」


「あ、おい」


 渋面のまま押印したヨハンは、スラスラと筆を動かす。

 すぐ近くでアンナの恨むような声が聞こえたが、気にしようともしない。


「ま~、仕方(し~かた)無いね~。こ~こは『保守派』の旗印。身中の虫は…叩き潰すべきだ」


 ヨハンは唸る。

 安全のためには、仕方の無いことかもしれない。

 世界の平和のためには、必要なことかもしれないがーーー


「(果たして、『大元帥』の意志を継ぐ我々が取るべき手段なのか…?)」


 迷いはあった。

 だが甘さこそが人を殺すこともまた、ヨハンは知っていた。

 一筆書き終えて筆をアンナに返す。

 「良いのか?」と、訊いてくる小声の彼女の視線は、上眼遣いにしては鷹のような眼光だった。

 この場面では、少々どうでも良い感想である。


「……」


 アンナは遣り取りを静観することにしたのか、無言の傍観者になった。


「…殺すのか」


 振り返ったヨハンの瞳が、まっすぐディーを射抜く。

 交わり、暫し見詰め合う両者。

 窓から入った風が、仄かに甘く香る。

 街からの風だ。混じる香りは、露店に並ぶ果実のものか。

 徐々に暮れていく逆光に当てられながら、やがて白髪交じりの男は視線を僅かに逸らす。


「い~や、極力召し捕えるようにす~るさ。…極力(きょ~くりょく)ね」


 そして髪をワシャワシャと掻きながら、下を向いた。


「手勢は」


一人(ひ~とり)で行く。も~しもの時のために、戦力は割けないんだな」


 一人で複数人の敵を捕獲するのは、困難を極める。捕縛魔法が使えない者ならば尚更である。

 幾ら一度気絶させることが出来ても、モタモタしていると意識を取り戻されて土竜叩き状態になるのだ。

 ディーの言葉は、最早捕まえる気が無いと言っていることに等しかった。


「お前は何を恐れている? 空間の揺らぎが示しているものか」


 沈黙。

 一分程だろうか。十分な沈黙の後にディーは背を向ける。


「…僕ぁ、ど~うにも嫌な予感が拭えないんだ。(ま~ち)に潜伏する闇をどうにかしないと、こ~のまま街が、(し~ろ)が…世界(せ~かい)が塗り潰されてしまうような気がする」


「…今からでも行くのか?」


「こ~れも予感だが、今日の魔物襲撃は…始まりだ。消~えたと言う男こそ、向こうさんが待ち侘びていた最後の駒ではな~いのかって、僕ぁ思う」


 扉に手を掛けたディーの横顔は、寂し気に笑っていた。

 その笑みは何かを悟っているようで、酷くヨハンの心中に不安を植え付けた。


「良いか、ヨハン。僕が出たらす~ぐに城の守りを固めてくれ。何があっても良いように」


 それはまるで、自らの命が消えるのを覚悟しているようで。

 ヨハンは寂し気な背中を掴んだ。

 強く、力の限り掴み、友の行く手を阻む。


「…気負うなよ、ディー。一人で出来ることなんてたかが知れている」


 ディーの隣に立つヨハン。

 その右手には、愛用の槍が握られていた。


「火傷は治った。両手はこの通りだ。お前達に任せていた分、俺も本来の役割を全うせねばな」


 身体は、動く。

 多少感覚は鈍っているが、それでも人並みには戦えるはず。


「…その前にこれを終わらせろ」


 槍の感触を確かめ振り返ったヨハンを、鳶色の瞳が冷ややかに見ていた。


「戦えるぐらいに回復しているのなら、こっちをやれ。こっちこそがお前の本来の役割だろうが、城主」


 抗議で眉間に皺を増やすアンナに、悪いとは思った。

 しかし彼女に向けられた言葉は、「一度任された仕事は、全うしろ」という切り捨てであった。


「…都合の良いことをしゃあしゃあと…。終わらせれば良いんだろう、終わらせれーーー?」


 言葉を途中で切るアンナ。

 バッと音を立てて彼女が睨むのは、窓の外。


「何か…来るーーーッ!?」


 直後。

 街の一角が、滲んだ。

 生じた風に混ざる滲みが窓を鳴らし、アンナの鳶色髪を持ち上げた。


「この気配、覚えがある…。どこかで…。だが…この穢れた気配は…まさか…【リスクX】…!」


 脳裏を過る、最悪の敵の襲来。

 表情を凍らせるアンナの背後で扉が開かれる。


「あ~の建物の方角か! 最後の駒が揃ったとばかりに、これか! 随分(ず~いぶん)物騒な里帰りだよ!」


 ディーが大慌てで部屋を出て行った。

 去り際に残された言葉が、ヨハンの足を縫い止める。


「…ッ!?」


 見開かれた瞳が、動揺に揺れていた。

 想像だにしなかった現実を瞑目と共に飲み込み、静かに唇が持ち上がる。

 ギリリ、と音を立てたのは食い縛られた歯。

 槍を持つ腕が震えていた。


「…元帥。悪いがトレエと共に城の防備に当たれ。『装置』への道は厳重に、牢の監視も捕虜に悟られないよう強めろ。良いな」


「いや、私も行く!」


 壁に立て掛けてあった剣を手に、迫るアンナ。

 しかしそんな彼女を、突き出されたヨハンの手が制した。


「お前は残れ。今、城の守りを手薄にするのは危険だ」


「戦えるのかッ!? 幾らお前達でも、病み上がりと言って良い状態では…ッ! 私が行く! リーシュワは連れ戻す! 城はお前達が守れッ!!」


 アンナは引き下がらない。

 ヨハンもディーも、命を賭する戦いに身を投じるにはまだ早いと考える彼女。

 そこらの三下ならば良いのだ。しかし相手が悪い。戦闘の際には、間違い無く命の取り合いになる。

 アンナも城の重要性は分かっていた。故に城を空けるという考えは言わず、自らが剣を振るおうとした。


「残れと言っている!」


 だが、強い語気を伴うヨハンによって再度制された。


「…っ」


 反論したかった。

 それでも付いて行こうとした。

 だが、有無を言わせぬ気迫がヨハンから放たれてたために呑まれた。

 柳眉を逆立てたアンナは、「好きにしろ」と肩を落とした。

 感情に任せて何を言っても、聞く耳一つ持ってもらえない。それが分かっていたために。


「すまないな」


 それは、誰に向けての謝罪だったのか。

 俯き、背中を向けた男の言葉が決意を宿していた。


「…あれは数ある悪魔の中で、俺が…俺達が…討たねばならない、唯一の【リスクX】だ。だから…頼む」


 何を頼むのか。

 城を、『装置』を、人々をーーーそして妻を。

 途切れ途切れの言葉の隙間に、ヨハン・ピースハートという男の本心が見え隠れしていた。


「ピースハート……」


 ヨハンは、その言葉を最後に部屋を飛び出して行く。

 彼の思いにどう答えてやれば良いのか。それを考える前に、もう一人分の思いを受け止める必要があったのだ。


「…出て来て良いぞ」


 入口の扉が閉まり、別の扉が開く。

 静かに姿を現したジェシカは伏せた瞳に憂いを湛え、小さな溜息を吐いた。


「…気付いていたのですか?」


「扉越しにずっと聞き耳を立てていただろう。席を立った時に気付いた」


「…そうですか」


 肩を落とすジェシカ。

 その視線は、窓の外に向けられた。


「…十四年前の悪魔が、この街に現れたのですね。だからあの人も、ディーさんも、あんなに……」


 街を眺める横顔が、夕日に照らされる。


「『滅失の虚者』…か」


 彼女の呟きを、アンナは隣に並んで受け止めた。

 『殲滅属性』を司る悪魔であり、十四年前に起きた『豪雪の悲劇』で悪夢を振り撒いた【リスクX】。

 それ以上のことを詳しくは知らないが、最近になって数度活動が確認されていると聞いていた。


「でも、里帰りって…?」


「…私も詳しくは知らんが、元々この辺りを縄張りにしていたのかもな」


「……そうなんですか」


 そう言いながらも、ジェシカはどこか腑に落ちないようだった。

 だがアンナとしても、付け足せるような情報を持ち合わせていなかった。

 何かしらのフォローを入れようとする彼女だったが、 発しかけた言葉は喉元で留まる。

 街が、また揺れた。


「(…そろそろか)」


 嫌な気配が強まっていく街の西部を睨んだ彼女は、そこに向かう小さな男の背中を見付けた。


「…話はここまでだ、ジェシカ。ピースハートの指示通り城の者に警戒態勢を知らせ、城門を閉じてくれ」


 ハッとするジェシカ。

 自分がすべきことを瞬時に悟った彼女の表情からは、憂いが消えた。


「分かりました」


「もしも城が攻められた時は、お前がここから指揮をしろ。トレエが牢の見張り、私は直ちに地下へ行き、『装置』を守る」


「はい!」


「行くぞ!」


 再び破られた平穏。

 アンナは地下へ、ジェシカは城内へ。

 こうして戦いの第二幕が、切った上がろうとしていた。


ーーー報告です!


「何だ」


「…ほ、捕虜がっ」


「「……!!」」


 衝撃の報せと共に。

「ふむ…大方の成分に違いは見当たらないな。特に炎症を起こしている訳でもない…多少の数値変動を起こしてはいるが、特に目立つものは無い…」




「…細菌らしきものも見付からない。…感染症ではないのか? いや、そんなはずはない。私の見立てに間違いは無いはずなんだ。…試験方法を変えるか」


「…ぐぅ」


「すぅ…」


「…人の苦労も知らずに、随分な熟睡振りだな。いや…寝かせたのは私だな、うむ。だから私が文句を言っても仕方が無いのだが…。はぁ、コーヒーでも一杯…」




「…予告だ! 『虚ろな女は歌を歌う。虚ろな心で憧憬を歌う。虚ろな女は音色を奏でる。虚ろな瞳で回顧を見詰め。虚ろな女は滅びを詠う。奏でる題目は破滅と題されたーーー次回、滅失』…さて、研究の続きを……」




「む…これは…っ!?」

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