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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
裏舞台編
381/411

怪奇

 執務室に姿を見せたヨハンに、三人分の視線が注がれた。

 一人は、書類に向かっていたアンナ。一人は、そんな彼女を面白そうに見ていたディー。一人は、視線を引き出しに注いでいたトレエ。三者三様の視線が彼に集う。


「…随分と、寝ていたな」


 中でもアンナは、実に鋭い視線だ。

 切れ味が抜群の視線は、容赦無くヨハンの身体を貫通する。

 探っている視線だ。ヨハンを、そして扉の先を。


「…そろそろ俺が居ない状態でどこまで出来るか見ておきたくてな」


 用意していた方便を話し、彼女の仕事振りを確認する。


「(…もう残り少しか。早いな)」


 舌打ちをしながらも、頬杖を突いた彼女は書類に眼を通していく。程無くして確認を終えると、手元にあった判を押した。

 一応内容を確認してみたが、『組織』の物資に関する報告書の一枚目だったようだ。今現在どのような物資が、どこに保管されているのか、一日でどの程度増減しているのかを確認して判を押すのだが、当然こちらでも内容を控えなければならない書類だ。


「城主がこんな時間まで寝腐るとは、随分と優雅なものだな」


 口では文句を言いながらも、意識は次の書類に集中していた。

 スラスラと内容を羊皮紙に写している姿は、当初と比較して成長が垣間見える。文句の度に手を止めていた頃の彼女が懐かしく思える程だ。

 このペースだと、後一時間もしない内に終わりそうである。


「すまんな」


 何はともあれ、朝から面倒を掛けたのは事実。

 ヨハンが素直に謝罪すると、アンナは今度こそ手を止めた。


「…な、そこで素直に詫びを入れるなっ」


「(…狙ったつもりだ)」


 無論、言い返せないのを見越した上での謝罪だ。

 変に言い返す機会を与えると、そこから話が膨らんでいきかねない。ヨハンとしては、まず見回りの報告に耳を傾けたかったのだった。


「何なんだ…っ。調子の狂う……!」


 分かっていて言ったのだから、タチの悪い大人だ。

 いつもなら、このように気を回すことはないのだが、やはり先程までの熱がどこかに残っているのだろう。立派な建前の下、少し意地悪をしてしまいたい気持ちになるのである。

 それはヨハンの中に、妙な余裕が生まれているためだ。盛り上がった後の、あの凪の時間ーーー明鏡止水のような心構えが、ワザと相手を揶揄からかうという不器用男にとっての高等技術を可能としていた。


「…元帥、お前は口よりも手を動かすべきだろう」


「手を止めたのは誰の所為だと…っ、言われなくても分かっている!」


 そう言うと、アンナは書類に向き直った。

 少し字を乱しながら内容を写している様子に、彼女の苛立ちが現れていた。


「…ではトレエから報告を聞く。何があった」


 机の前に立ってトレエに発言を促すと、彼女の衣類が汚れていることに気付く。

 何かがあった。傷こそ追っていないが、妙に生臭さを漂わせている少女を見てそう思った。


「…魔物の群れの襲来があり…ました。『マーナガルム』…? って言うそうです」


 首を傾げながらトレエは話す。

 後になって聞いた魔物の名であるため、記憶と結び付かないのだ。


「『マーナガルム』…山岳地帯に生息する、青毛の月狼か」


 少女が話した名を下に、ヨハンは記憶を手繰る。

 歳と共に経験を重ねてきた彼にとって、知識を思い出すのは容易なことであった。


「十五、六個体を群れの一単位として生活する夜行性の狼が、こんな時間に人里に降りて来るとはな……。大方リーダーが殺られた腹いせと言ったところか」


「…復讐、ですか?」


「そう、復讐だ。『マーナガルム』に限った話ではないが、一部の魔物は『敵討ち』と言う習性を持つ。一言に『敵討ち』と言っても魔物によって異なるが…『マーナガルム』の場合は、群れのリーダーが討たれた時の光景が強く脳に刻まれるという特徴を有している。…質問は?」


「…ほぁ」


「ヨ~ハン、(つ~づ)けてくれ」


「…これは、敵を討ち実力を示した個体が次のリーダーとなるため。奴等は、強く脳に刻まれた光景に従って狩りを行うと言われている」


 そんなヨハン、教師としての時代は「魔法生物」について教鞭を執っていた。


「…ほぁ」


 唐突に始まった講義にトレエの眼が丸くなる。


「……」


 アンナも口を、あんぐりと開けていた。


「…トレエ、山岳地帯に行っていたのか?」


「…違い…ます。男の人を追い掛けていました」


「…その男は?」


「…ここに来る。…みたいなことを言っていましたけど、見失っちゃいました」


 男二人の視線が交わった。


「(どう思う)」


「(そ~れについてはこっちも話がある)」


「(…分かった)」


 瞬時の交錯に、互いの意見が行き交う。

 明確に言葉として伝わっている訳ではないが、何となく分かるのだ。


「…ならば男に関しては少し、待つ。魔物の群れは全て討ったか?」


「…十五匹。討ち漏らしは…ないと思います」


 報告に、ヨハンの眉が上がる。


「【リスクJ】を全て討てたのか?」


 その事実は、彼女が少佐以上の実力を有していることを意味する。

 実行部隊の少尉が《しんじん》が少佐になるまでには、十年とはいわずとも数年の時間を要する。少尉、中尉、大尉と昇級し、その後にようやく少佐となれるためだ。

 勿論実力がある場合はその限りではない。どこかの部隊では、あっという間に少将の階級にまで上り詰めた隊員が居たはずだが、誰のことだったか。


「…です」


 すぐに名前が浮かばなかったことに、ヨハンは歳を感じるのであった。


「…怪我は無いのか?」


 そんなことより、今は眼の前の少女のことである。

 見たところ、傷は無いようだが。


「…はい。運が良かったです」


 真実、無傷だったようである。


「ヨハン。う~ちの期待の星を、(あ~ま)く見ないでほしいんだな」


 ディーの声音に苦笑が混じる。

 確かに、あくまで「少女」の枠組みで見ていることは否めない。が、心配なものは心配なのであった。


「なら良い。トレエ、服を汚したままでは気に留める者も多い。ひとまず風呂にでも入って来たらどうだ」


 服が汚れているというよりは、身体が汚れているというのが正しいだろうか。

 風呂に入ってほしかったのは、そんな汚れた身体を綺麗にしてほしいという思いもあった。だがもう一つ、彼女を執務室の外に出てもらうという目的があった。


「分かりました」


 トレエは頷くと、部屋を出て行った。

 追い出すようで悪いとは思った。

 しかしこのままでは、いつまで経ってもジェシカが部屋から出られない。ヨハンなりの、苦渋の判断であった。


「…さて。ディー、報告を」


 ディーの瞳が細められる。


「…そ~んな、込み入った話をするつもりかい?」


「…場合によっては、だ」


 込み入った話にするつもりは、あまりない。

 今は取り敢えず、誤解の無い形で妻を自由にしたかった。


「そ~れもそうだ。んじゃ要点(よ~うてん)を掻い摘んで…」


 ディーは良いように受け取ってくれた。

 微かに雰囲気を険しくした男は小さく息を吸い込むと、瞑目して呼吸を整える。

 整えているのは呼吸だけではない。頭の中の情報だ。

 やがて静かに瞼を上げ、おもむろに口を開いた。


「『エージュ街』の西(に~し)区画。路地の奥に隊員証を持~つ男達が出入りしている(あ~や)しい住居がある。入口(い~りぐち)には隊員証が何らかの鍵となっている扉があり、(な~か)には入れず詳細は分からない。『革新派』との関係(か~んけい)性も現状不明なんだな」


「…怪しい建物か」


 背後で吐かれる悩ましい吐息を聞き流しながら、ヨハンは唸る。

 ディーはあくまで事実を言っているだけであるため、そこに彼の考えは介在していない。だが彼の言葉は、その背景にある予想を雄弁に物語っていた。


「『革新派』がまた何かアクションを起こすと考えているのか?」


「そ~こまでは…。いや、(か~んが)えてはいる。例えば牢に居る隊員の奪還…とか」


「ふむ…」


 現在この『シリュエージュ城』の牢には、先日の侵入者騒動で取り押さえた九人の男女が捕虜にされている。

 日々尋問が行われているが、彼等は自身の背後を一切語ろうとしていない。

 もし彼等が『革新派』の影を口にすれば、そこから影を問い詰めようと思っているのだが現実は上手くいかない。それどころか、完全な穀潰し状態だ。

 相手は人間。せめてとばかりに人道的な処遇をしているつもりだが、それもそろそろ首を傾げる段階になってきた。

 非協力的なのは結構だが、埒が明かない現状を打開するためにも「拷問」という手段を考えなければならない段階だ。


「‘これは…どうすれば……’」


 真面目な話が展開されている中、アンナも一人頭を抱えていた。


「そ~れにドゥフト中尉が言っていた、魔物から逃げていたという男…僕ぁそ~いつも関係しているような気がしてならない」


 何かの書類に関して悩んでいるようだ。視界の端で様子を窺うヨハンは、ディーの言葉に対して同意するように頷いた。

 街の入口から殆ど一本道であるこの城へ来るのに、まず迷うはずがない。

 そして、焦ったようにトレエよりも先に向かったのなら、そろそろ来なければおかしい。おかしいのだが、窓の下を見ても来客の気配は未だに無い。

 トレエの手前敢えて深くは言わなかったが、男がここに来るとは到底思えなかったのだ。


「『リーダーガルム』だけをワザと狩り、『マーナガルム』の群れに街にけしかけたと?」


 男達は事実を掘り下げていく。

 互いの認識を擦り合わせるように、確実に。


「腐っても魔物(ま~もの)だ。そこらの獣とは違う。(か~り)に街の警備兵が間に合ったとしても、数人(す~うにん) は怪我を負う。こ~れは、未だ『装置』を狙う側からすれば攻勢の機会となる。…ただでさえ、ようやく殆どの兵が現場に復帰出来る状態に回復したんだ。今の世、敵は魔物や陰、悪魔だけでなく人間も居る。これ以上守りを削られることは避けたいんだな」


「…お前は何を……」


 ヨハンは声のトーンを少し落とす。

 確認だ。察するのではなく、ディー自身の口から意思を訊く。

 彼は良く良く理解していたのだ。

 ディーが言葉を伸ばさない時、必ず冷酷な判断が下されることを。


「…ピースハート、これに眼を通してくれ」


 アンナに呼ばれ、彼女が机に広げていた書類に眼を通す。


「ついさっき送られてきたばかりの報告書だ」


 左から右、上から下へ。並べられた文字列を追っていたヨハンの瞳が、ある一点で細められた。


「…『崩壊率』の上昇、並びに空間の揺らぎの観測…だと?」


 見間違いかと思い、再度眼を通し直すが内容は変わらない。


「…貴様はどう、考える?」


 アンナの問いに、知識と言葉を探す。

 背後に感じていたディーの視線が鋭くなった。この報告書との関連を探し、やがて文末に記された人の名前に眼が留まった。


「(…既にこの報告、ディーの耳には届いているか…)」


 そこには「ジェラル・ド・ブローレン」と記されていた。


「『崩壊率』の上昇は、世界が破滅に向かっていることを意味する。『崩壊率』の増減を感知するのは、『太古の記録書(エルダーレコード)』。装置が襲撃を受けようとしていたことが関係するのなら、頷けるが……」


「…空間の揺らぎはどうだ?」


「異なる世界からこちらの世界に入って来る者が居ることの証左である空間の揺らぎ自体は、そう珍しいことではない。だがわざわざ報告に上げたのは、そこに思惑が介在していると言うこと。…そうだな?」


 ヨハンは顔だけで振り向いた。

 ディーの雰囲気は穏やかではなく、冷酷である。

 眼光は鋭く、剣呑に満ちていた。


「…ディー、お前まさか……」


「…放置するには危険だ。ガサ入れしたいと思う」


 背中に帯びた棍に触れ、「ガサ入れ」と語るディー。


「(お前は…何を隠している…?)」


 ただのガサ入れだけで済むはずがない。見紛うはずもない闘気を漂わせる友人に背を向けたまま、ヨハンは静かに判を持ち上げるのだった。

「ふぁ…うむ、少し休めたな。さて、フィーナ殿と弓弦は…」


「ふふ…。あなた…♡」


「……。ん゛んっ!!」


「っ!? あ、あらユリ起きたの?」


「…何を…していたのだ?」


「何って…ユヅルの愛らしい犬耳を、はむはむしてたのよ」


「……」


「…。ほら、こうやって犬耳を咥えて…はむっ」


「…ぅ…」


「そしたらこの人、凄く悩まし気な声出すの。可愛いと思わない?」


「…は、はむはむ」


「ふふ、ユリもはむはむしてみる?」


「い、いや遠慮しておく! …それよりもフィーナ殿! 酒臭いではないかっ!」


「そりゃそうよ。あんなに一杯注がれたんだもの。酔わない方が無理ってものよ…♪」


「く…っ、気付かなかった。私が迂闊だったばかりに弓弦の犬耳が…っ。フィーナ殿の魔口に…っ」


「ふふ…最高に幸せな気分♪ あなたに関すること、全て…私にとって♡」


「(フィーナ殿の眼が据わっているっ!? く…このままでは弓弦が危険になるか…!!)」


「さぁご主人様? 私と気持ち良いことの続きを…」


「フィーナ殿すまんッ!」


「…っ!? あら…急に眠気が……」


「…麻酔弾だ。フィーナ殿、悪いな。次は貴殿が休む番だ」


「……すぅ…」


「さてまずは…弓弦から血液を……」




「と、その前に。万が一を考えてフィーナ殿も拘束しておくか。…治療のためだ。許せ」


「すぅ…ん…♪」


「…。何故縛る前より幸せそうな寝顔を…っ!? まぁ良い、さて採血を…。良し、後はこれを調べるとしよう」




「では予告だ! 『蠕く闇に、光が射す。射し込む光が闇を照らす。照らされた闇に光が射し込む。光が刺す(・・)は、蠕く者。そうして闇は、静寂となる。射し込む光に、全て押し潰されてーーー次回、震撼』…さて、まずは成分を調べんとな…」

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