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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
38/411

出立する者、取り残される者

「明らかにタイミングおかしいよ!?」


 『狭間の世界』を航行する戦艦、『アークドラグノフ』。

 その食堂内に突然、セイシュウの声が響いた。因みに時間は昼。

 昼といっても、正午とかそんな時間ではない。飯時に賑わいを見せてからニ、三回程利用客が入れ替わった時間帯。

 即ち午後のおやつタイムな時間帯だ。


「博士? 何か言いましたか?」


「…いや、このパフェは美味いなぁ…と」


「うわ、いつの間に」


 机を挟んで彼と向かい合っているディオは、その言葉を聞いて眉をひそめた。

 呆れたような表情だ。

 そして、心から呆れていた。


「またそのパフェですか…リィルさんに言付けますよ?」


 するとどうであろうか。セイシュウの顔が瞬く間に青褪める。

 歯をガチガチと鳴らしているその姿は、情けないことこの上ない。

 しかもしきりに周囲を気にする始末。

 挙動不審だ。


「…頼むから止めて。彼女また最近ストレス溜まっているから」


「では、控えてください」


 ディオが強気に言えるのには、訳がある。

 隊長不在の『アークドラグノフ』実行部隊は、現在活動を最小限のものとしている。例として挙げるなら、物資運搬活動等の危険の少ない活動しか行っていないのだ。

 物資運搬といっても艦でまとめて運搬するため、隊員は精々搬入と搬出ぐらいしか活動しない。

 つまりその間は、暇を持て余すのだ。

 暇を持て余した人間は、大概趣味に走る。セイシュウの場合、それが糖分補給という行為なのだ。

 糖分摂取過多気味であることを、助手であるリィルがこれでもかと気に掛けているのにゴーイングマイウェイ。

 眼を放したら糖分を摂取しようとするセイシュウを見張るように、ディオは言い付けられているのであった。


「フッ…止められな「せt」良し! たまには控えてみようかな!?」


 魔法の言葉、「説明」。

 この言葉一つ言うだけで、リィルはどこからでも駆け付ける。

 流石に世界の壁までは越えられないと思うが、原理の不可解な彼女の出現を、セイシュウは現象として理解していた。

 つまり、よく分からないが現れる。現れてほしくないのなら、魔法の言葉を口にするべからず。

 それが、リィルとの長い付き合いの中でセイシュウが学んできたことであった。


「博士がこんなんじゃ…そりゃあ、リィルさんだってストレス溜まりますよ。分かってるんですか?」


「でも僕だってストレスは溜まる。これは…僕なりのストレス発散法だよ」


「あ、食べた」


 今日も食べられてしまった。

 そもそも注文を許した時点で結果派決まり切っていたが、ディオは嘆息する。

 毎日こんな感じだ。


「はぁ…」


 ──アデウスの襲撃によりレオン、ユリ、弓弦、知影の四名が行方不明になってから既にニヶ月が経過した。

 当初見られていた指揮系統の混乱は収まり、現在はセイシュウとリィルが隊長代理として書類決済等の雑務に追われている。

 当然ストレスが溜まるであろうことは想像に難くないのだが、もう少し別の発散法を見出してほしいと思うディオだ。


「…呼び出したのはこのため?」


 ここにきて、初めて彼等以外の人物が喋った。

 ディオとセイシュウは、決して二人で食事をしていたのではない。そもそもこの時間帯にセイシュウが食堂に居ることを許すというのは、即ちデザートの摂取を許容するということ。

 結果食べられてしまったものの、ディオとセイシュウはこの時間帯に、この場に足を運ぶ必要があった。

 待ち合わせをしていたのだ。


「…なら…帰る」


 その人物こそ、向かい合って四人が座れるテーブル席でディオの隣に座っていた少女だった。

 面倒そうに席を立つと、ツイと踵を返そうとする。


「ごめんごめんシェロック中佐」


 慌ててセイシュウが彼女を呼び戻した。

 この時間帯に食堂に来たのは、この少女に話があったため。

 帰られてしまっては元も子もない。


「…手短が良い」


 少女は小さく息を吐くと、再び席に着いた。 


「…さて、君を呼び出したのは他でもない──」


 少女の名はセティ。セリスティーナ・シェロック。

腰の辺りまで伸びた黒髪と赤いリボン、切れ長の翡翠色の瞳が特徴な十一歳。巫女装束のような着物を見事に着こなす、部隊の副隊長を任されている人物である。

 あまり感情を出すことが少なく、口数も少な目。

 しかし戦闘においては腰に帯びた東洋刀で敵を無双していく実力者だ。

 彼女は二ヶ月前に任務(ミッション)から戻って来てから、レオンの代わりに艦の防衛に当たっている。たった一人で時折襲来する怪物を撃退するのだから、副隊長の肩書きは伊達ではないということだ。

 今回のように、呼び出しをしたらこうして姿を見せてくれるのだが、食事の時間以外は艦内でその姿を見かける者は少ない。

 しかしその美しい容姿は、およそ十一歳とは思えない程に整っている。

 もう五、六歳上でもおかしくはない大人顔負けのスタイルは、世の男には将来を期待させ、一部の世の女には己の現状に対する残酷な現実を突き付けるのだとか。


「…分かった」


 セイシュウの依頼に、セティは二つ返事で了承した。


「意外とあっさりなんだね」


 あっさりと快諾したセティを、意外そうにディオが見る。

 少女はこの部隊の副隊長──即ち上司であるため、ある程度の敬意を持たなければならないのだが、少女と話していると、どうにもディオは口調が崩れてしまっていた。

 最初の頃は敬語を使っていたのだが、「堅苦しいのは嫌」とセティが話したために現在の口調になっていたりする。


「…断る理由が無い」


「そうかい、ならお願いしよう。先日、ようやく皆が飛ばされたであろう世界を特定出来てね。向こうへ行くためにもう座標は合わせてあるんだ」


 本来、隊長業務代理というのは実行部隊内で二番目に階級の高い隊員が受け持つことになっている。

 しかし大佐であるセイシュウ、中佐であるリィルの内どちらの方が実質的な代理業務を行っているかというと、リィルの方だった。

 普段から山のように積み上がった書類は、元々隊長であるレオンがサボっていたために招じたもの。普段は尻を叩く側であったリィルはが現在尻拭いをしている状態なのだ。彼女のストレスが溜まる理由がそこにある。

 ではセイシュウが基本的にどのような業務を行っていたのかというと──


「ワープアウトの世界を特定出来たのですか!?」


 アデウスが展開した魔法陣の解析と同時に、インカムの波長を辿ったのだ。

 インカムは途中で破損してしまったのか、最後まで辿ることは出来なかったが、おおよその場所は絞り込めた。

 後は二ヶ月かけて魔法陣を解析し、一定の座標軸を算出。インカムの波長と座標軸とを照合すると、とある一つの世界が浮上した。

 界座標(ワールドポイント)【51694】。即ち51694番目に観測された世界。

 他にも該当する世界は数箇所あったが、セイシュウの中で観測された順番が引っ掛かったのだ。

 実は、それまで観測されていた世界の数は、【51693】までとセイシュウは記憶していた。

 しかし、それよりも一つ数字の大きい世界。だが新しく誕生した世界という訳ではないことは、幾つも人の王国らしきものが確認出来る時点で明らかだ。

 ここでセイシュウは、一つ仮設を立てた。

 この【51694】世界。実は『陰』によって一度は崩壊してしまった世界が、何らかの形で再生されたために観測出来るようになったのではないか──と。

 例えば、この世界に飛ばされた異世界人が何らかの形で崩壊前の時間軸に転移し、崩壊の原因となった出来事を解決したら──崩壊の事実は無かったことになり、世界は存続し続けることになる。

 そして、アデウスは「空間」を司る悪魔。

 人の中では『失われた属性』とされ、今では幾つかの文献で名が確認出来るだけとなっている空間属性の中に、時間を越えられる余地のある魔法が存在しているのかもしれない。

 しかも「空間」は──「時間」と密接に関係する。

 その時、その場所で。事象の説明に、この両者は欠かすことの出来ない概念だ。

 しかもアデウスが放った魔法は、消滅間際に発動させたためか陣の形成が不安定だった。戦闘に参加した隊員達のインカムから送られるはずだった映像は、戦闘の余波で砂嵐となってしまったために懸命な修復作業でも不鮮明な映像となってしまったが──何度確認しても魔法陣の揺らぎがあったと思えた。

 魔法陣の揺らぎは、発動効果の揺らぎを意味する。

 行方不明者の四人は、微妙に異なるタイミングでワープホールに呑み込まれたため、世界は同じだが転移後の場所が──時間軸が異なる状況下に飛ばされていても何らおかしくはない。

 四人の内誰かが、はたまた全員が、偶然にも崩壊の原因を取り除いて世界を救った。そのために再生した世界が新しい世界として観測出来るようになった──ここまでが、限られた情報から導き出したセイシュウの予測だった。


「ま、何とかね。…違うかもしれないけど」


 艦とインカムの波長が消えたポイントを直線で結び、少しずつ扇のように線を広げると、そのまま魔法陣から得られた座標軸をエリアで囲んだ部分を偶然貫いた。

 そして、偶然条件をクリアする新しい世界の存在。

 おまけとばかりに、昨晩その世界から、僅かだがレオンが持つインカムの反応があった。

 あまりに一瞬過ぎたために計器のバクや見間違いも考えられたが、反応は偶然にも【51694】世界からであった。

 偶然の連続。全ては予測でしかない。


「でも、偶然は二つも三つも重ならないものだから」


 だが、自信はある。

 セイシュウが眼鏡を指で押さえる仕草が、得意そうに吊り上がった口角が物語っていた。


「準備が整い次第、ただちに向かってくれ。…あの馬鹿のこと、頼んだよ」


「…善処はする」


 頷くと、セティは席を立った。


「僕では駄目だったのですか?」


 居住区へと向かう小さな背中を見送ってから、ディオが不満気に口を開く。


「…危険性を考慮しての判断。リィル君と何度も話し合った上で決定したからね。これは、副隊長が担うような案件だ」


 セイシュウがセティに頼んだ依頼内容は、単身での未開異世界突入。

 昨日突然反応があったレオンのインカムの位置を道標として【51694】世界へと向かい、行方不明者の捜索に当たる。

 対象の異世界は崩界率こそ進んでいないが、何せ情報が少ない。万全を期すために、副隊長であるセティにお願いしようというのが、昨晩セイシュウとリィルの間で出された結論だ。


「…僕では役不足なのですか? せめて、お供ぐらい」


 セイシュウは首を左右に振る。


「…この際だからはっきり言っておくよ。先の副隊長の援護を君にもお願いしたのは、あまりに緊急過ぎたからの措置。今回、残念ながらそこまでの緊急案件ではないんだ。君どころかオルグレン中尉でも駄目なんだよ」


 ディオの階級は少尉。

 一見それなりの階級であるように思えるが、実は実行部隊内で最も低い階級──いわば、新人である。

 この階級では、余程安全が確保出来ているか、逆にあまりの緊急事態である場合のみ異世界への突入が許可されている。

 今回の場合、未開異世界を調査するという名目の下、隊員を出動させることとなる。緊急ではないが、安全が保証されている訳でもない。

 ディオの要望を聞き届ける理由にはいかなかった。


「う…」


「それに、大前提として転移人数は少ない方が良いことも考慮するとシェロック中佐一択になるね」


 大前提とは、転移装置の負荷に基づくものだ。

 転移装置の殆どは、とある理由によって完全に故障してしまったら替えの利かない一品物であったりする。細かい定員の有無は装置によりまちまちだが、いずれにせよ一人よりも二人、二人よりも三人の方が負荷が増えるのは当然のこと。

 負荷が増えれば故障の要因となるだけでなく、転移場所の座標が微妙に擦れたりする。

 可愛いものなら、違う大陸への転移。酷いものなら、違う世界への転移。

 困ったことに、帰還するための装置は必ず設定通りの場所に到達するのだ。そのため隊員は、装置の下に戻らなければ帰還が出来なかったりする。

 また帰還装置は、転移装置のある世界との時間の流れを同調させる機能もあるのだ。

 無数も世界があれば、当然時間の流れが違う世界もある。

 そのため帰還装置の無い世界に飛んでしまった隊員は、運が悪いと年単位で救援を待つ羽目に。

 それが起きないよう、転移事故が起きた場合には隊員の飛ばされた世界へ戦艦が急行するという決まりになっているのだ。

 兎にも角にも、転移する人数は少ない方が良いのである。


「そう、ですか…」


 未だ納得がいっていない様子のディオは、眼に見えて肩を落としながら食堂を去った。

 それを見送るセイシュウの──


「ふ…」


 口角が、吊り上がった。


「あ、ストロベリーパフェ一つね」


 再びパフェを頼む。

 届くや否や、じっくりと堪能していく。


「うーん! この甘酸っぱさ…まるで青春の荒波に揉まれようと小舟で大海原へと漕ぎ出す若者達のようだ…堪らないね…!」


 謎の感想を述べている彼を他所に、カツンと食堂内に音が響く。

 小さく、しかし、あまりにもよく響く足音だ。

 “それ”に気付いた者は我先にと食堂から脱出して行くのだが、当然パフェに夢中になっているセイシュウは気付かない。


「全く…この至福の…時間をもぐもぐ…控える、なんて…そんな無理なこと出来る訳…もぐ…ないよねぇ…?」


 あまりに至福の時間であり過ぎたのだ。

 本来ならば、耳聡く聞き取り退散の一手を打てる危機も、今の状態では打てない。

 セイシュウの視界にはパフェが、思考には糖分摂取の喜びが辺り一面を埋め尽くしていた。

 辛うじて生への本能が警鐘を鳴らしていたとしても、糖分の存在が興味を捉えて離さない。


「そう…出来ないのですわね…」


 だから、のうのうと背後まで接近を許してしまったのだ。


「…げっ」


 背後から濃密に感じる気配に、セイシュウは己の大き過ぎる失態を悟るのであった。

「ゆづる〜るるるるるる〜る。ゆづ〜るるるるる〜♪ ふふ〜んふふふふふ〜んふん…♪」


「…なぁ知影ちゃん。急に歌い出したりなんかしてどうしたんだ〜?」


「ッ、まだ私が歌っている途中でしょうがッ!」


「んな〜っ!?」


「あ、ごめんない隊長さん。つい…」


「…あ〜いや、別に良いんだがな〜? どうしたんだ〜?」


「ん〜。何となくですけど、弓弦君が私達よりも北の国に居るって考えると…自然と口遊みたくなったんですよ。何となく」


「北側の大陸か〜」


「きっと、狐とか一杯ですよ」


「キツネ?」


「キツネって可愛いですよねぇ。何か…艶っぽい感じがします」


「…キツネって何だ〜?」


「あれ、隊長さん狐を知らないんですか? 割と居そうな気がしますけど」


「…あ〜どこかで見たような気もするな〜」


「因みに、どんな見た目をしているんですか?」


「…う〜ん…こう、毛がツンツンしてる感じでな〜」


「ふんふん」


「色は黄色っぽい…と言うか金色と言うか〜」


「ふんふんふん」


「瞳は緑っぽい色だな〜」


「…ふんふん」


「で〜、ガタイが凄く良くてツヤツヤしてるんだな〜」


「…うん?」


「黄色い雲に乗って空を飛んだり、満月の夜に巨大化したり…」


「…うん」


「鳴き声は、『オッス!』って感じだな〜」


「隊長さん」


「それで強いヤツ見て興奮している時は、『ワクワクすっぞ!』って鳴くんだそうだ〜」


「隊長さん!」


「お〜?」


「隊長さん…多分それ、違うと思います。多分と言うか…間違い無く違います」


「…キツネってこんなんじゃないのか〜?」


「隊長さんが言ってるのは、どっちかって言うと猿です」


「そうなのか〜。じゃあキツネって言うのは何なんだろうな〜。さっぱり分からんな!」


「…私は隊長さんの中で、どうしてそこまで具体的なキツネ像出てきたのかさっぱり分かりません…と言うかなんでそんなにドラ○ンボールに詳しいんですか」


「摩訶不思議ってヤツだな〜!」


「あぁ…ハチャメチャが押し寄せてきてるよ…」


「じゃ〜予告だ〜!『揺れる心に伸ばされる手は、優しく包むようにして答えに沿う。彼の胸にある答えが望むものであっても、そうでなくても、沿うことにこそ本懐を見出して──次回、見上げた空は、今日も蒼く』」


「…はぁ…なんで私がツッコミなんか…弓弦のツッコミが恋しよぅ……」


「…キツネについての話…誰に聞いたんだったかな〜」

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