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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
裏舞台編
370/411

空腹

 いよいよ夜の帳が下りた街並みでは、陽の代わりに光が人々の生活を照らしている。

 大通りに映る人影も疎らになり、街に生きる人々はそれぞれの家へと帰っていた。

 『シリュエージュ城』との間を分ける川によって橋続きになっている『エージュ街』は、今日も一日穏やかな日を終えようとしていた。

 街が平和なのは、喜ばしいことだ。

 無辜の民が生きる世界を守るために、『組織』は存在しているのだから。


「(そう、そ~のため…だったんだが。い~つからか、身内同士で揉め合って、揉み合って、(い~ま)や揉~みくちゃなんだな…)」


 平和な風景を見ると、つい忘れがちになってしまうことがある。

 侵入者による襲撃があってから、実に半日近く経過しているのだ。

 『組織』から分裂した敵対派閥に関する現状の報告に赴いたのが、少々懐かしく感じる。

 この時に至るまでディーもヨハンも、アンナも、城の者も多くの傷を負った。だがディーとトレエが居なければ、今頃この『シリュエージュ城』とヨハンの命は『革新派』の手に渡っていただろう。

 そういう意味では、このタイミングでの襲撃は良かったのかもしれない。死者が出ている以上、最善ではないがーーー


「‘わぁ…綺麗です……’」


 トレエが街並みを眺めて呟く。

 小さく、今にも消えてしまいそうな声だったがディーの耳を通り抜けた。

 和む。和んでしまいそうになるが、今は他に考えなければならないことがある。公と私、しっかりと弁えられるのが隊長であり真っ当な大人というものなのだ。

 窓の外に視線を移したままのディーは、困惑と和みが綯い交ぜになった感情を飲み込むため、眉を顰めて思案していた。

 討伐といえば、対象を討つこと。

 『幻憶の導き手』が討伐されていたということはつまり、どういうことか。


「…討伐(と~うばつ)記録?」


 公式の討伐記録ーーーそれはつまり、過去に討伐が確認された事実が『太古の記録書(エルダーレコード)』に記録されているということだ。

 ならば『幻憶の導き手』は、既に存在しないはずの悪魔だとでもいうのか。


『何百年…いや、何千年前…と、言ったところでしょうか。正確な時代は定かではありませんが』


 そんなにも前なのか。

 異世界では往々にして、流れている時間が異なっていることがあるが、実際のところ数日の誤差程度であったりする。

 だから、数多の異世界に任務(ミッション)で赴いたとしても、ちょっとしたお出掛けのようになるのだ。どこかの物語であるような、自分では一日外出していただけなのに、帰ったら年単位の時間が流れていたーーーなんてことはないのである。

 だから、異なる世界に居てもリアルタイムでの通信が出来るのだった。

 しかしこれには例外がある。『組織』が一度も介入していない世界ーーーつまり、界座標ワールドポイントが存在しない世界だ。

 異世界への転移には『転移装置』を用いるのだが、これは世界に対する一種のくさびとして機能している。

 時という大きな流れの中においても世界に流れる時間が等しいのは、この楔で世界と世界を繋いでいるためなのであった。

 ならば、何千年前といわれても、いってしまえば昨日のことになるのかもしれないーーーとは、ならない。

 世界と世界を繋ぐ楔は、『太古の記録書(エルダーレコード)』由来のものである。『界座標ワールドポイント』とは、『装置』が認識した順で表されている。そのため楔が打ち込まれていない世界とは、『装置』が認識していない世界である。

 そのため、『装置』に「百年前」とあれば、『界座標ワールドポイント』が振られてから百年前ということになる。元々流れていた時間に差があっても、ある程度正確な経過年数が分かるのもこれが理由である。


「何故そんな過去のデータをサルベージ出来る。何千年も前の記録ともなれば、時~間が掛かると思うんだな」


 ディーはジェラルの報告中における疑問が増える中で、その内の一つを口にする。その疑問とは、あまりに速い検索速度に関してであった。

 『太古の記録書(エルダーレコード)』の記録量は膨大。そのため、古いデータであればある程、検索にも時間を要する。

 少なくとも、こんな数分単位での検索が出来るはずはない。何千年も前ならば、もしかすればカレンダーを数回(めく)る必要が生じる。日を数日跨ぐ程度ならば、辛うじて検索履歴が残っていためすぐに検索出来るのだが、月を跨げば関係無い。これは、一月もあれば無数のデータを『装置』が送受信出来てしまうためだ。

 あらゆる世界、あらゆる時間ーーー『太古の記録書(エルダーレコード)』は、それら殆どを記録している記録媒体なのだ。履歴なんてものの数日でデータの山に埋もれてしまうのである。

 それだけではない。『太古の記録書(エルダーレコード)』に記録されている情報の殆どは、決まって記録が封印ロックされていることが多い。

 元々資格無き者等に『装置』の情報を悪用させないための防衛機能なのだろうが、これが高性能過ぎるというか何というか。時間を掛けて情報の存在を確認出来ても、肝心の内容を確認出来ないなんてことはザラである。

おまけに、記録されている情報全ての閲覧は、かの『大元帥』ですら不可能であったと聞く。本当に必要な情報に限って、誰にも解錠出来ない封印が施されているのだ。

 そのためどう考えても、ディーは何千年も前の情報だと思えなかった。

 以前の閲覧では見ることの出来なかった情報は、それ以降に追加されたと考えるのが普通なのだ。


『詳しくは分かりませんが、どうやら極々最近検索された…が事実のようですね。そしてその時に情報のロックも解除されている。普通、それなりの権限が無ければ閲覧出来ない部類の情報だと思いますが』


(だ~れ)の仕業だか。だ~が…キナ臭い。死~んだはずの悪魔が復活したのか、あるいはそもそも死んでいなかったのか」


『それとも、第三者が名を騙っているのかもしれません。その場合も、良くあるものですから』


 それも考えはした。

 しかし、ディーは首を傾ける。


微妙(び~みょう)なところなんだな。あの底知れなさと狡猾さ、偽りを真実として映す質量を持った幻影…そ~して、使用する『幻』という属性。あ~れは確か、伝承の彼方に伝えられるハイエルフぐらいしか使えない属性なんだな。それか…高位の魔物か」


『それについては同意です。ハイエルフが今の世に生きていたのなら考えられたのですが、今や絶滅したとされて久しい。高位の魔物という可能性も捨て切れはしませんが、やはり…悪魔が復活したと考えるべきでしょうか』


「死~んだのが復活か、得意の幻で『装置』すら欺いたのか。いずれにせよ、隊員(た~いいん)に紛れ込ませて送り付けたんだ。『革新派』と悪魔の繋がりは根深いと見たんだな」


『…ですが。いずれにせよ『ノイズ』の謎は解けません。指揮訓練の時期には、既に『ノイズ』の出現があったとするならば…これまで確認されてきた一時的な出現であると言うパターンから外れます。何らかの異常事態であることが考えられます』


 『ノイズ』は一時的であるはず。なのに、今に至るまで持続している。単純なノイズで収まらない「何か」があるというのは、確かに不気味に思える。


成程(な~るほど)なんだな。で~、それを踏まえてどう考える。アムイと言う男と、『幻憶の導き手』の関係性を」


 ジェラルは小さく唸った。

 彼は『アークノア』の艦員の中でも突出して頭の切れる男。その彼をして悩ませる問いに、どのような結論が出るのだろうか。


「…?」


 事が事なので、身体が自然と力んでしまい痛みが走る。

 どうにかして、心身を落ち着けられないだろうか。ふと悩んだディーの視界には、心配そうに見詰めてくるトレエの姿があった。


「…ぅっ。そんなに見詰めないで…ください」


 照れて恥ずかしがる少女、実に良きかな。

 痛みを忘れて和むディーであったが、耳元では溜息が聞こえている。


『…隊長、よろしいですか?』


 その声音は、あまりにも呆れていた。

 結論を出したらしいジェラルの、それはそれは冷たい視線が注がれているような感覚に咳払いを一つ。


『いやー、困りますね。人が折角頭を巡らして答えを言おうというのに、隊長は悠々と幼い部下の視姦ですか。お歳だと言うのに、いやはや無駄にお盛んですねー』


 咳払いに対し、ジェラルは嫌味を重ねる。


「…(わ~る)かったって。それで、どんな答えが出た」


 咳払いが聞こえた。

 小言よりも先に、今は言うべきことがある以上どうやら許してくれたようだ。

 気を取り直して、また気を取り直させて、ジェラルは考えを口にした。


『はい。『装置』に『ノイズ』が何故出現しているのか…それを踏まえると、アムイと『幻憶の導き手』…両者の関係性は同種であり、また別種の存在である…と言ったところでしょうか』


 今度はディーが唸った。

 全く同種の存在ならば、両者はイコールで繋がる。あくまで同一存在としての関連づけがなされるからだ。

 しかし、ならば『ノイズ』など出現しないはず。

 鍵となるのは、異常事態。つまり通常ではありえない繋がりが両者の間にあるということ。

 それが何であるのかを考えた上で出された結論に、ディーは心当たりがあった。


「…ど~っち付かずの存在にでもなっている…ってところかね」


 静かに語る記憶の片隅に、一人の女性の姿が浮かんでいる。

 かつての教え子。雪の彼方に散ったはずの親友の娘。命散らさせた仇を一眼見んと足を運べば、突き付けられたのは絶望の現実。悪夢のような、悪魔の存在。

 今はどこで、何をしているのだろうか。最期に会った時よりも成長した姿で、生命に仇なす仕業を働いているのかーーー


『えぇ恐らく。先日隊長の話にあった、『革新派』大将ジェフ・サウザーが用いたとされる方法と原理は似ているのかもしれません』


 もっともジェラルの結論は、ディーのものと微妙に異なっていた。

 彼の答えは、アムイが何らかの方法で悪魔の魔力(マナ)を入手し、自らの力として用いているというものであった。


「…ディー隊長」


 寂寥感に覆われた笑みに、トレエが心配そうな視線を注ぐ。

 だがその笑みが刹那にして引き締まると、少女の身体がビクリと跳ねた。


「…(い~や)な予感がするんだな」


『同意です。何せ向こうには、あの二足歩行するゴキブリ…変な生物が居ますし』


 予測される『革新派』の行動に関して、どうやらヨハンと対応を練る必要性が増えたかもしれない。

 既に何かしらの手を打たねばならない時が、眼前に迫ろうとしている。


「ローランド・ヌーフィーか…。あ~の頭脳は、味方でも敵でも厄介だな」


『何をしでかすか分からないという意味では、確かにそうでしょう。ですがこちらにも対抗し得る戦力は存在するはずです。立てる白羽の矢は用意すべきですね』


 いざとなれば天才に、天才を打つける。

 白羽の矢が立つであろう人物の目星は付いているが故の言葉だ。

 「そ~うだね」と、ディーは返して一息吐くのだった。


「…こ~んなところかね」


 情報伝達はそろそろ十分か。

 話を切り上げるよう促したのには、隣の少女の視線が落ち着きを失い始めた背景がある。

 本人は隠しているのだろうが、どうやらお腹が空いているらしい。ならば自分達しか居ない狭目の部屋で、いつまでも退屈な報告に付き合わせる訳にもいかないだろう。


『分かりました。…では今回の襲撃、『革新派』の仕業と判断して間違い無いでしょうね』


 ディーは頷いた。

 恐らくこれから他の捕虜からも事情を聴取することになるだろうが、恐らく間違い無いだろう。


「ま~…(ひ~と)の皮を被った悪魔には覚えがあるし、今回の襲撃の返礼もする。まだ暫くこっちに滞在するから、そ~っちはお願いするんだな」


『分かりました。…やれやれ、人使いが荒いですねぇ』


 その言葉を最後に通信は切れた。

 インカムをトレエに返したディーは、空いた手を自らの服のポケットに入れる。


「ほい」


 ゴソゴソと音を立てて取り出されたのは、三枚の金貨。

 トレエは自らの手に握らされた物質を眺め、不思議そうに瞬きした。


今日(きょ~う)のお給金。同行(ど~うこう)任務(ミッション)の報酬なんだな」


 連絡役という役割を担ってこの地に赴いている以上、トレエに報酬をもらう権利が発生していた。

 元々一日の終わりに給金を渡すつもりだったのだ。渡せる良い機会だと考え、手渡した。

 丁度、この世界の通貨を持ち合わせていたのが幸いだった。電子通貨の入っている『隊員章』を貸すことも考えたが、自分は自分で金を使う可能性もあるため止めておくことに。

 因みに金貨は、銀貨十枚分の価値があり、銀貨は銅貨十枚分。銀貨が三枚もあれば、上等な食事付きの宿で一泊することが出来る。金貨三枚は、中尉に対する報酬として倍を優に超えた額であった。


「そんな…こんなに貰えないです…!」


 ディーに手を差し出して金貨を返そうとするトレエだったが、当然受け取ろうとされるはずもなく。

 ディーの朗らかな笑顔に寝負けし、取り出した隊員章の間に金貨をしまう。


「…ありがとう…ございます」


 その面持ちは、実に不承不承といったところか。

 受け取ってはくれたが、手を付けてくれるかどうか。気にはなるが、それ以上に心身の疲労がディーを苛んだ。


「…さ~てと」


 身体を横にしたディーは、瞼の脱力に従う。

 今意識を手放したら、次に起きるのは明日の朝ぐらいになるような気がした。やらねばならないことはあるのだが、こうも体力の無い状態では何も出来そうにない。


「…ドゥフト中尉も今日一日疲れただろう。君の好きなように使(つ~か)ってくれた方が、その金貨達も(よ~ろこ)ぶはず…。精々(せ~いぜい)、役立て……」


 そこでディーの意識は途切れた。

 言葉が尻窄みになった当初は落ち着かない様子を見せる彼女であったが、寝息を立てる姿に落ち着きを取り戻す。


「…どう…しよう」


 まるで大都市の真ん中に放り出された気分だった。

 お腹は空いているが、今は夜。はたしてこんな時間に食事処がやっているのだろうか。やっていたとしても、はてさて自分が辿り着けるのか。謎であった。

 もう目的地を見失って迷ってしまうのは嫌なので、どうにかして食事にありつきたいトレエ。ディーの寝息が部屋に消えていく中、ああでもないこうでもないと暫し悩んだ。


「…ぁ」


 ーーーしかしその間にも空腹が悲鳴を上げる。

 道に迷おうが判断に迷おうが、迷っている間にと時間は過ぎていくのだ。


「ぅぅぅ…行くしかないです……」


 トレエは後髪を引かれる思いで部屋を後にして、城内通路へと繰り出した。

 彷徨い歩く内に、既に見慣れた通路を右へ左へ。時々鼻を鳴らすのは、食事の匂いを求めた動作だ。


「ぅ…」


 お腹が鳴った。

 幸いにして付近に誰も居なかったが、聞かれていたら恥ずか死んでしまいそうだ。


「(早く…見付けたいです…)」


 今度は早歩きで城内を進む。

 『エージュ街』に繰り出そうかと考えはしたが、城門が固く閉ざされていたために断念する。

 それはそうだろう。襲撃があった当日だというのに、攻められ易い状況を作り出す必要は無いのだ。

 外へ出られない以上、やはり城内で食事を探さなければならない。そして目指す場所は食堂。いい加減探し疲れてきたので、早く見付けたい。

 見付けたいのに。


「…どこですかぁ…っ」


 トレエの姿は、今日何度目かの中庭を目指していた。

 城内の中心部分にある青空天井の中庭は、似たような光景続きの城内においてある種の癒しなのだ。

 花咲く緑を眺めて、あわ良くば食べれそうな植物をーーー


「…あ」


 と思って足を運んだのだが、先客が居た。ヨハンの部屋で別れたアンナだ。

 庭の隅に生えている草花を、しゃがみ込み、能面のように変化の無い表情で見詰めている。

 その眼は据わっている。両の瞳に草花を捉えている人物の姿に少女は悟った。


「む……」


 仲間、であると。


「トレエ・ドゥフト中尉か。夜も更けたと言うのに、私に用か?」


 しゃがんだまま、首だけをトレエに向けたアンナは問いを向ける。

 心なしか疲労困憊しているように見えるのは、トレエと同じものに襲われているためか。


「…こんばんは…です。元帥さんはここで何をしているんですか…?」


「私か。私は…花を愛でていた」


 眼が泳ぐアンナ。

 あの据わった瞳は、どう考えても愛でていたとは思えない。


「お花…」


 だがそんなことよりも、トレエの視線は花に釘付けであった。

 食べられるのだろうか。食べられるのだとしたら、この空腹を紛らわすためにーーー


「…美味しそうな花…です」


 本音が思わず口を衝いて零れた。


「分かるか? 私もそう思って…ん゛んっ!!」


 別の本音がまたポロリ。

 自分から墓穴を掘ったことは、咳払いをしても誤魔化せない。

 アンナは顔を逸らし、黙ってしまう。そんな彼女にどう言葉を掛けたものか、トレエが迷っている間に静寂が訪れた。

 一旦話が途切れてしまうと、どう切り出すべきか困ってしまうことがある。人に話し掛けることが苦手である程、その傾向は強い。

 困惑中のトレエは、じっと美味しそうな花を見詰めるしかなかった。


「「……」」


 空腹同士の二人。

 ただ黙々と花を見詰める様子は、寂し気な雰囲気を漂わせていた。

 いつまでも続くように思われたが、静寂を破るのは決まってーーー


「「…ぐぅ」」


 腹の虫だった。


「「……」」


 顔を見合わせる二人。

 聞こえてきたのは自分の音と、相手の音。

 この時、二人の心が交わった。


「…貴殿も、腹を空かせているのか」


 探るような問いに、トレエはコクリと頷く。


「…です」


「…私の家にでも来るか? 食材ならあるぞ」


 そう言ってアンナが指差したのは、中庭にある二階建ての家だ。

 何故、中庭の中に家があるのだろうか。そんなことを考えていたのは、ディーを捜していた時であったか。まさかその家の主が、アンナであったとは。

 驚くトレエであったが、それよりも彼女の心を強く惹き付けたのは、「食材」という単語であった。

 食材、つまり待ちに待った食事にありつける。どうして心踊らずにはいられようか。

 トレエは、半ば反射的に力強く頷いていた。


「…です!」


 何故食材があるのにアンナが腹を空かせていたのか。その理由を深く考えずに。

「…なんてね! そう来ると思っていたわよッ! 知影~~ッ!」


「…っ、おい!」


「今日のユヅルの下着、新作よ~っ!」


「何だとッ!?」


「はッ! 私参上ッッ! 弓弦のおニューもらったぁぁぁぁぁッッ!!!!」


「(ふふ。すぐに来てくれると思ってたわ。…さぁ変態さん、あの人を止めて頂戴)」


「おいッ!? まだ三秒も掛かっていないぞッ!?!? だが、俺が医務室に入る方がーーーッ!!」


「(知影は一瞬にしてトップスピード。低目の姿勢から伸ばした右手が、あの人に…ッ!)」


「遅いっ!」


「(違う、足払いッ! ユヅルを引っ掛けて転ばせるつもりだわ!)」


「っ!?」


「(ユヅルの身体が、宙に!)」


「ここだぁぁッッ!!!!」


「(えっ、今手が増えたような…? いいえ違うわ、あれは残像…ッ!)」


「うぐっ」


「(取り敢えずユヅルを止めてくれたけど…。顔から床に…大丈夫かしら?)」


「…ふっ」


「(…知影の手に何か握られているわね。あ、開いたわ。…まさか、本当に…)」


「…ぐ……」


「(あの人が今日穿いてる下着じゃない…っ。ズボンの上からどうやったのよ…)」


「…って、これ新しいのじゃないじゃんっ。フィーナの嘘吐き」


「流石ね、知影。どうやったのかは見えなかったけど、見事な手際よ」


「それ程でも。じゃあこれ、勿体無いから持って帰るからね」


「おい、持って帰るな」


「えぇ、暫く部屋空けておくから程々にね」


「おい許すなっ」


「はぁい」


「行くな知影っ、このまま人をノーパンにするつもりかっ!?」


「うん♪ イッてき「待て」まぐっ!? ちょっと弓弦っ、急に足を掴まないでよ!」


「断る! 離してほしかったら今すぐ、それを返せ!」


「いーやーだっ。だって最近、脱ぎたてホヤホヤ堪能出来てないもんっ。この機会は逃さないんだからっ。だから離してよっっ」


「断る!」


「イかせて! イかせてよ弓弦! お願いだからぁっ」


「だが断る!」


「…なんて会話をしているのよあなた達っ」


「って、フィーナっ。お前は何をしようとしているんだっ」


「あなたのズボンを掴んでいるのよ」


「掴むなっ。脱げたら色々とマズいっ」


「なら、知影の足を掴む手を離しなさい。そうすれば脱げずに済むわよ」


「…離せっ」


「い、や」


「弓弦離してっ」


「断るっ。フィー離せっ」


「断るわ」


「ぐ…ぅぅ」


「さぁどうするの? どんどんあなたの肌が見えてくるわよ♪」


「…ぐ。分かった」


「ふっ、さらば♪」


「…離したぞ。じゃあお前も離してくれ」


「ふふ♪ はい、どうぞ」


「…はぁ。なんで朝からモザイク未遂やらないといけないんだか」


「あら、私が隠してあげても良かったのよ?」


「ズボンを戻す以外のことだろ、どうせ」


「ズボンを戻す以外に何があるのかしら…?」


「……」


「……」


「…知らん。じゃあ俺はこれで」


医務室(そっち)は駄目よ」


「……」


「ねぇあなた。私、艦内デートがしたいわ」


「…俺はノーパンでか」


「えぇ♪ 何なら、命令さえしてくれれば私も同じようにするわよ?」


「…いや、そう言うの良いから」


「望むところなんだけど」


「分かった、分かったから…行くぞ、デート」


「あなたとなら喜んで♪」


「そりゃ良かったな」


「何なら、本当に新しい下着買ってあげても良いわよ」


「予告だ。『人には弱い心がある。身体が弱れば心も弱る。人には弱い心がある。だからこそ人は甘え、そして完璧ではない。人には弱い心がある。弱くても、立ち上がらねばならない時があるーーー次回、白眼』」


「あ、無視した」


「ほら、行くぞ」

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