夫婦
待つ覚悟を決めてから、時間が経った。
寝室は相も変わらず静寂に支配されており、物音一つ立たない。閉じられた窓から風は入らないし、音を立てるような身動きを取る者も居ない。
そんな室内の衣装棚の中で、ジェシカとトレエは静かに息を潜めていた。
二人が待つのは、勝者の帰還。
今も戦っているかもしれない、部屋の主の帰還だ。
きっと帰って来る。それだけを信じて過ごす時間は、酷くーーー寂しい。
心の内に秘めた想いを押さえ込み、ジェシカは少女を見る。
「……」
静かに瞳を閉じているトレエ。
小さく息を立てている彼女は、どうやら眠ってしまっているようだ。
「(…もうかなりの時間が経ちました。トレエちゃん、平気そうには見えますけど…やっぱり疲れているのね……)」
気を張った状態というものは、中々長続きしないものだ。
身体も疲れるし、気力も奪われる。
トレエと同じように、ジェシカも確かな疲労を感じていた。だが自分まで意識を手放してしまっては、いざという時の行動に移れなくなるといった危機感が意識を繋ぎ止めていた。
昇っていた日が、徐々に下へと降り始めて色を濃くする。
確かな時間の経過が分かる光景を眺めていたジェシカが、憂いた時であった。
ーーーガタッ。
小さな物音を、耳が拾う。
聞こえてきたのは恐らく、扉が開く音だ。これまで何度も耳にしてきたため、容易に理解出来た。
「っ!?」
足音が聞こえる。
誰かが、隣室に入って来た。
「……っ」
誰だ。誰が入って来た。
微かに聞こえる足音からの判別は、ジェシカには出来ない。
故に、ただ息を潜めるしかない。
ーーーガチャ…ッ。
足音が近付く。
今の音は、まさかこの部屋に入って来た音か。
「(こちらに来た…?)」
身体が、自然と強張る。
背筋に浮かぶのは、冷たい汗。
もしこの足音が敵のもので、自分達を探しに来たのだとしたらーーー見付かった先に待ち受けるものが予想出来ないジェシカではなかった。
絶対に、見付かる訳にはいかない。だから、静かに隠れ続ける。
「…っ」
音が、近付く。
まさか、棚に居ることに気付かれたのだろうか。
いや、もしかしたら待ち人が戻って来てくれたのかもしれない。
もし、待ち人以外ならもうーーー
だから、彼女は眼を閉じて願った。
瞳の裏に浮かぶ、大切な人の姿を求めて。
「(あなた…っ)」
棚の戸が、ゆっくりと光に包まれたーーー!
「……」
すぐそこに、人の気配。
一体誰なのか。閉じた視界からは分からない。
瞼を開けるのが、怖かった。
答えを知るのが恐かった。
だがいつまで経っても、何も起こらない。それどころか、人の気配が離れて行く。
「(…どう言うこと…でしょうか?)」
分からない。
だが、いつまでも眼を閉じている訳にもいかなかった。
眼に見えない恐怖よりも、眼に見える恐怖を。その一心で、彼女は眼を見開いた。
「あ…」
視界に入る、眩い景色。
暗闇に慣れてしまっていたのだろう。眩む視界を眼で擦ったジェシカは、思わず声を漏らした。
「ん…?」
光の中で、鳶色の髪が靡いていた。
丁度こちらに歩いて来ていたその人物は、驚いたのか眼を見開く。
「寝ていた…と思ったが、眼を閉じていただけか。驚かせるな、まったく…」
咳払いを、一つ。
そうして仕切り直したのは、アンナだった。
彼女は怪訝そうにジェシカの眼を見て、何か思い至ったのか後ろをーーーベッドを親指で示す。
「…あぁ、すまん。必要だと思ったから勝手に入った」
そこには、一人横たえられている男の姿があった。
男の顔は酷く疲労していることを伝えてくる。見れば見る程傷が見付かり、その両手に至っては爛れたような火傷を負っていた。
ここまで疲労した顔を見るのは、いつ振りだろうか。長らく見慣れていない光景であっただけに、受け止められるまでに時を要した。
「お…おじさん先生…?」
トレエがビクリと身体を震わせた。
何かに怯えたのか、腰が抜けてしまった少女はその場に座り込む。少女の瞳は見開かれ、夕陽が仄かに滲んでいる。
「あ、あなたっ」
少女の反応から数瞬遅れて、ジェシカが一歩を踏み出す。
その足取りは身体と共に、左右に揺れてどこか覚束無い。隣に支えるものが無ければ、すぐにでも転んでしまいそうだ。
どうにかベッドにまで辿り着いた彼女は、二人用ベッドの中央で横たえられている男に手を伸ばし、震えた声で再度呟く。
「あなた…っ」
その瞳が、思いで溢れた。
一度堰を切った思いが、次から次へと溢れて頬を伝い、顎から滴る。
少し痩けたように見える男の頬を撫で、滑るように首へ、左の胸へ。
「ぁ…!」
伸ばした右手は、微かに下から押し上げられた。
小さな呻き声と共に、瞼が動く。
「ヨハン、良かった…っ!」
堪らずジェシカはヨハンの身体に覆い被さった。
突然の衝撃にヨハンの瞼が上がり、瞳が彼女を捉える。
「…ジェシカか」
震えている身体。
そっと背中に手を伸ばそうとすると、焼けるような痛みが広がる。
「っ…」
だが、動かせない訳ではない。
両手に力を込め、痛みに耐えながら動かしていく。
「‘…立てるか?’」
ヨハンが眼を覚ますのを見届けたアンナが足を向けたのは、座り込んだトレエの下だった。
「…?」
キョトンとしてアンナの顔を見上げるトレエ。瞬きした青の瞳が、暫し時を止めた。
「……」
交わる視線が同じ低さになる。
「‘行くぞ、今は二人にしてやれ’」
交わる視線が同じ高さになる。
「‘あ…’」
トレエの手を握ったアンナは、そのまま執務室へと連れ出して行った。
「……」
二人がどのような遣り取りをしたのかは分からないヨハンだったが、視界に入った二人の姿と扉の音から思惑を察する。
まさか、部屋を後にするという行動が元帥の思考にあったとはーーー心のどこかで驚愕したが、同時にそこまでの気遣いをさせる程のことだと察する。
思えば、ここまで身体に傷を負ったのはいつ振りだろうか。少なくとも、城主としての立場になってからは記憶に無い。
思えば、ここまで取り乱した妻を見たのはいつ振りだろうか。少なくとも、ここ十数年は眼にしていない。
胸に顔を埋める妻の姿ーーーただただ震えるその姿に、ヨハンが取ろうと考えた行動は一つだった。
「半日か。随分と…待たせた」
届いた背中を引き寄せる。
震える身体を包み込むように、そっと。
「心配を掛けたな…ジェシカ」
「ヨハン…っ、こんなに傷を…本当に…」
「あぁ」
「あなたが…生きてて良かった…っっ」
「…あぁ」
妻の言葉には、全て重みがあった。
重く、感情の込められた言葉達を一つ一つ受け止める。
「あの子が居なくなって……っ」
「あぁ」
「ヨハンまで居なくなったら…私…っ」
「…あぁ」
「だからお願い…無理を…無理だけ…しないで…っ」
「……」
そうだ。そういえば、最後にここまでの取り乱しようを見せたのは確か、十四年前。
当時十八歳だった「娘」が、この世を去った時ーーー彼女は今日みたいに泣いていた。助けを求めるように顔を埋めてきた。
そして、それからずっとーーー十四年もの間、心の奥底にある感情を押し隠していたのだ。
彼女が悲しみを宿していることは分かっていたはずだった。分かっていたはずだったが、それでも見込みが甘かったことは間違い無い。
「(俺もまだまだか。ジェシカの気持ちに気付けずに……)」
どうすれば、無理をしなくなるのだろうか。
前線に立たないこともそうだろう。だがきっと、もう武器を持ってほしくないというのが本音だろう。
だが、ヨハンの立場がそれを許さない。
ヨハンは大将として、男として、多少の無理を犯してでも成し遂げなければならないものがある。
だからせめて、それが終わるまではーーー
「…っ、っ…っっ」
妻の願いに答えられなかったヨハンは、ただ強く背中を引き寄せるだけに留まった。
* * *
ヨハンとジェシカを部屋に残し、アンナとトレエは隣の執務室へと移動した。
いきなり手を引かれて連れ出され、隣室に来たと思ったら手を離される。咄嗟の出来事が続いてされるがままのトレエであったが、やれやれといった風情のアンナに声を絞り出す。
「…あ、あの…っ」
「…いつか見た顔だな」
しかし小さな声は、少し大きな声に書き換えられた。
ビクリと背中が跳ねたトレエは、振り返ったアンナに見詰められて恐縮する。
眼の前の人物ーーージャンヌベルゼ・アンナ・クアシエトール。トレエはかつて一度だけ、面と向かう機会があった。
その時は、まさか元帥とは思わず普段通りに振る舞えていたのだが、やはり一度知ってしまえばそうすることも出来ず。
「…お久し振り…です」
頭を下げることで視線から逃れたトレエは、怯える気持ちをどうにか抑え込む。
眼の前に居る人物は元帥。現在の『組織』、実質ナンバーワンだ。そのような偉人に顔を覚えていてもらえただなんて、それはそれは恐れ多い。
「その…」
「確か…雪山だったか。アレの指揮訓練で戦場を共にした。まさか、こんな所で再会するとはな」
「…こ、ここ、光栄…です」
光栄ではあるが、やはり恐れ多い。
僅かに上げた視界で腕組みをしているアンナが見えたが、トレエはすぐに下を向く。
本人にそのつもりはないのだろうが、幼い少女は完全に威圧されていた。
「まったく…あの時のアイツときたら、ニヤニヤとつまらん顔をしてふざけて…挙句人を馬鹿にするものだから腹が立って仕方無かった。…貴殿もそうは思わないか?」
「アイツ」。そう言われているであろう人物の姿が、トレエの脳裏に浮かんだ。
ニヤニヤしていただろうか。いや、ニヤニヤというよりは、優し気に笑っていた。
ふざけていたか。いいや、面倒そうな印象は受けたが真面目に隊長としての役割を全うしていた。
「…それは…ないと思います…」
明らかに、違う。そう言えるからこそ、トレエの中に小さな勇気が輝いた。
違うものは違う。ここで訂正してもらう必要性があると、強く感じたのである。
「ん?」
アンナは意外そうに声を上げた。
震えていた少女の声に、瞳に、芯が宿った。それは怯えた様子を見せている少女のために、ちょっとした世間話をしているつもりの彼女にとっては不思議な様子に映る。
「橘隊長さんは…真面目で…素敵な人…です」
「いいや違う」
アンナが首を振ると、少女の瞳が揺れた。
少し食い気味に言ってしまっただろうか。内省し、一呼吸置いてから先を続ける。
「あの男は、立てばナンパ座れば攻略歩く姿は性犯罪だ。油断していると孕ま…いや、襲われるぞ」
少し優しめなアンナの言い方に、トレエの顔が上がった。
「でも橘隊長さんは…とても優しい人…でした」
「優しそうに見せているだけだ。ああ見えて計算高く、狡猾だ。だから関わらない方が良い、怪我をする前にな」
「…でも……」
どうすれば、納得させることが出来るのだろうか。トレエの中では、上手い言葉が見付からない。
「フッ…」
言いたいことが言えず、俯いてしまった少女の頭に置かれる手があった。
「優しいな、貴殿は」
そのまま頭を撫でられる。
「…?」
「誰かのことを慮れるのは美徳だ。だが、その優しさに付け込む輩も居るんだ。…貴殿のような花が無造作に踏みにじられるのが、私は許せないんだ」
「…花…です?」
「フッ…ちょっとした喩えだ」
よく分からない喩えに、少女の頭が疑問で溢れる。
中々に気取った物言いとは純粋な者に疑問符を与え、捻た者に苦笑を浮かばせる。
「…?????」
意味不明な物言いに戸惑う少女の瞳に、「?」が映る。
自分で言っておいで何ではあるが、流石に変な言い方であったか。花とはまるで、自分の頭の中のようだ。アンナは咳払いと共に場を仕切り直す。
「まぁ、そんな与太話は置いといてだ。貴殿はリーシュワの部隊に所属していたのだな。聞く所によると、中々有望な隊員だそうじゃないか」
「…えっと、有…望?」
「一目置かれていると言うことだ。…思えば指揮訓練の時、リーシュワが貴殿を同行者に推したのも分かる気がする」
一人頷くアンナ。
何かに納得しているようだが、何一つとしてトレエには分からない。
「ディー隊長が?」
少女は、自ら所属する部隊の隊長であるディーに特別な感情を抱いている訳ではない。
ディーはディー。隊長であり、優しいおじさんだ。そうとしか認識していないのに一目置かれていると言われても、到底理解出来るものではない。
「あ…そうです、ディー隊長…どこですか?」
そんな時に思い出した、ディーの不在。
ヨハンは今、隣室に居る。ならば、彼と共に行動していたであろうディーは、どこに居るのだろうか。
トレエの疑問に、自分が一番肝心な話を言い忘れていたことに気付くアンナ。彼女はヨハンをこの部屋に連れて来る前に、ディーを別の部屋に放り捨てて来たのだった。
さて、問題はどこに放り捨てて来たのかというと、思い出すために少々時間を要した。
どれだけ無造作に放り捨てて来たのだろうか。チラリと思い出せたのは、肩でヨハンを担いでいたために脇で抱えたディーを、ベッドに向かって投げた記憶であろうか。
回復魔法で応急処置したものの、傷付いた手が痛むものだから一々気を利かせることは出来なかった。
どうせ取り落とすぐらいならばーーーそんな思いでベッドに向かって放り投げたが、あれは見事な縦回転が入ったアンダースローだった。幸いにしてベッド上で止まってくれたはずだが、その後どうなったのかは知らない。というか、興味が無い。
「…リーシュワか。奴なら負傷した兵と共にベッドの上だ」
なのでアンナは、微妙に誤魔化すことにした。
トレエに対する若干の申し訳無さのために、視線が外れる。
「分かり…ました」
トレエは小さく頭を下げると、踵を返した。
よいしょと扉を開けて部屋を出て行く少女の姿を見送る内に、扉が閉まる。
「…行ったか」
足音が遠去かる。
少女の気配が離れて行くことを確認してから、アンナは一息吐く。
どっと疲れが出て来た感覚だ。少女の手前気丈に振る舞っていたが、戦闘の疲れは誤魔化せない。
「はぁ…」
眠たい。そして、腹が減った。
大体、食事をしに外出したらこの有様だ。腹の虫が盛大なオーケストラを奏でていた。
隣室へと通じる部屋に眼を遣ったアンナだが、静けさの漂ってくる気配に嘆息する。
まだ暫く、二人は出て来ないかもしれない。だというのにここで待っていても、時間の無駄だ。
「よし」
そうと決まれば腹拵えか、仮眠だ。
消耗した体力を回復しなければ、どうにも動きようがない。
そのためアンナは、部屋を後にしようと歩き始める。
部屋を退室し、一階を目指して歩く彼女の脳裏に少女の姿が浮かんだ。
「…トレエ・ドゥフトか」
ヨハンの私室へと入った時ーーー正確には、棚に隠れていたジェシカを発見した時。アンナは静かな殺気を感じた。
殺気の源は、幼い少女の手元。
袖の内側、影に隠れて光る線が覗いていた。
所謂、「暗器」と呼ばれる部類の得物だろう。しかも、それが似合っている。
ディー程の男が見初めた隊員。どれ程のものかと観察してみれば、中々に将来性のある少女だ。
そして心なしかーーー自身の大切な後輩と似ているような気がした。
「…そうか、だからか。こんなにも、気になってしまうのは……」
口角を僅かに吊り上げ、アンナは食事を求めて階段を降りて行った。
「…ぐぅ」
ーーー朝から何も入れてない空腹に、一人呻きながら。
「(今…何が起こっているんだろう)」
「ぅ……ぇ……ぁ……ぇ……」
「(クアシエトール大佐…の声…だよね、この声……)」
「ひぁぁぁっ!? ひぇっ、ふぇんっ、ゃぁはははははっ!!!!」
「(と言うかここ…医務室? おかしいな、僕は確か副隊長の拳を受けていたはず…。それで気絶…させられたのかな。そして…誰かに運ばれてここに。だけど、この状況は一体…? どうしてクアシエトール大佐が、あんな可愛い…じゃなくて、あられもない声を……)」
「ふふ…。さ、そろそろ喋っても良い頃だと思うのだけど」
「(この声はオープスト大佐…。あの人がクアシエトール大佐に何かしているのかな? だとしたら、一体何を…何をしているんだ…っ)」
「……」
「それとも、まだ私に弄ばれる?」
「(弄ぶ、どうやって! く…どうして、どうして僕はっ! 変二人に背を向けて寝ているんだっ。これじゃあ声しか聞こえないじゃないかっっ!!!!)」
「…分かった、話そう」
「えぇ、お願いするわ。次に跨がない形でね」
「うぐ…」
「まだ、続けたい…?」
「いやっ、良い! 言うから!! お願いだから止めてくれ!」
「(…ごくり)」
「…あれは、今から二、三時間前…いや、四時間前だったか? いや、考えてみれば五時間ぐらい前だった気がしなくもない」
「…随分とアバウトね」
「…む、一時間前だったか」
「…どうして時間を増やしていくのよ」
「…あまりにも衝撃的だったのでな。時間感覚が麻痺しているようだ」
「そう。で、何が衝撃的だったの」
「夢巨乳病の、もう一つの症状だ。端的に言うと、近くに胸の大きい者が居た場合、その者の胸を…揉みしだきに来るようだ」
「(胸の大きい人を揉みに行く病だって…? そんな病気が存在するなんて…初耳だ。…とんでもない病気って、身近にあるものだね)」
「ふぅん…胸の大きい人…ねぇ。それってもしかして、胸の大きい人が二人以上居る場合、より大きい人の方に襲い掛かって来るなんて…ことは…?」
「……」
「あ、あなたねぇ…っ」
「あくまで仮定の話だ! それに私よりもフィーナ殿の方が、大きいのは事実ではないか!!」
「(わ、わぁ…す、凄い会話…。オープスト大佐…確かに、凄く良いスタイルしてるもんなぁ。…弓弦め、羨ましい)」
「そう、でもその仮定がある以上、扉の先に入るのはごめんよ。身代わりにされるのならなおさらね」
「…ぅ…ぐ」
「じゃあ私、帰るから。冷たいようだけど、あの人以外の男に身体を触られるのは遠慮したいの」
「ま、待ってくれ!」
「い、や、よ。どうしても一人が嫌なら、そこに居る彼を連れて行きなさい。…どうやら、起きているみたいだから」
「(ぎくり…)」
「…し、しかしだな…」
「縋るような眼をしても無駄。じゃあね」
「ぁ…ぅぅ」
「(…本当に行っちゃった)」
「……ディオ殿、本当に起きているのか…?」
「(…ど、どうしよう。ここ…『起きてます』って言うべきかな。…だけど…ちょっぴり気不味い会話も聞いたし…寝たフリをした方が…)」
「…ディオ殿…?」
「(…そうだ。ここは予告を羊数え代わりにして、また寝てしまおう。『人は時々夢を見る。夢見しものは、己の望み。人は時々夢を見る。現実との狭間で、無意識を見る。人は時々夢を願う。現実ではない世界で幻を願うーーー次回、幻夢』…ぐぅ」
「…ディオ殿? おーい、ディオ殿…?」
「ぐぅ……」
「……」
「…私は一体、どうすれば良いのだろうか…。誰か…助けてくれぇぇ…」