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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
裏舞台編
364/411

死地

 ヨハンと別れたディーは、『装置』の前に立っていた。

 『装置』の周りをぐるりと歩き、記憶の中にある映像と照合していく。


「ん~」


 異常は見られないことを確認すると、今度は操作盤を叩く。

 すると頭上のディスプレイにデータが羅列していき、下から上へと文字が流れていく。


「んー」


 見たところ、一つ点滅しているデータがあった。

 ディーが操作盤を叩いていくと、点滅しているデータの詳細が表示される。


「…自己防衛機能(じ~こぼうえいきのう)は働いていたみたいだねぇ」


 ディーは、じっくりとデータを眺めながら呟く。

 彼がアンナの下に駆け付ける前。彼女は既に、『装置』の自己防衛機能を解除してしまっていたのだろう。

 だとすると、納得のいく部分があった。

 ディーの脳裏に、アンナと会敵したばかりの様子が思い起こされる。

 実のところ、ディーは殆どアンナにダメージを与えられていない。アンナは、ディーと戦う前から全身に傷を負っていたのだ。

 その理由が、自己防衛装置の起動にあるのだろう。防衛装置の襲撃を受けたことが、彼女の力を半分程度に削ぐ結果に繋がった。


「そ~れ自体は大したもんなんだが、さ~て」


 ディーの指が操作盤を踊る。

 すると、一つの場面がディスプレイに映される。

 自己防衛機能とは、具体的にどのようなものなのか。防衛機能が起動した直後を再生しているディスプレイには、誰も居ない空間が映し出される。

 この『装着』がある空間の、直前にある大きな広間。そこに魔方陣が展開し、一人の女性が現れる。

 跳ばされてきたーーーディーはその光景を見て判断する。

 何者かがアンナを転移させたのか、それとも彼女自身が何らかの方法を使って転移してきたのか。恐らく、前者だろう。彼女は額に手を当てたまま顔を振っていた。

 その前方中央に、光が集まる。

 自己防衛機能が起動し、何かが起ころうとしているのだろう。ディーの視線が静かに、見定めるようなものへと変わった。

 視線の先で集った光はやがて、人の形を成していく。

 立ち上がったアンナと対峙するようにして、形作られた「人」が姿を見せる。


「…こ~れは!」


 青い髪が、見える。

 その手に握られた二挺の銃も、見える。

 形作られた者の正体に、ディーは覚えがあった。


「…中々(な~かなか)の冗談だ。い~や、冗談じゃ…ない?」


 その者は、死んだはずの元帥。「カザイ・アルスィー」の姿をしていた。


『お前なのかーーー?』


 アンナが、震えた声で問い掛けている。

 驚くのも無理はない。カザイがもう存在しないことは、誰よりも彼女が知っている。


「…いや。決~っして、本物じゃない。


 だがアンナは、カザイを本物と認識したらしい。きっと、そう認識せざるを得ない存在感があったのだろう。

 しかし傍観者側の立場で見れば、答えは明快であった。故にディーは確固たる根拠の下、断定した。

 着目したのは、男が握る双銃。

 何故、男が二挺とも持っているのだろうか。一挺は、他ならぬアンナが持っていたはずなのに。

 カザイがアンナの下から持ち出したのか。それも考えられなくはないが、『装置』が再現した「幻」の方が説明が容易だ。


『おい…何か、言え。その口は、飾りか…?』


 緊張が高まっていく。

 そして銃声が、戦闘開始の銅鑼を鳴らした。

 ーーーそこからは、激闘と呼ぶのが実に相応しい戦いが繰り広げられた。

 やはりカザイの姿を模しただけあって、防衛機能は尋常ではない強さであった。

 アンナと互角に渡り合い、時に劣勢となりながらも、時には優勢になった。

 魔法を、得物を、体術を駆使して渡り合う両者の凄まじさに、ディーは見入っていた。


「…世~の中、(う~え)には(う~え)が居るもんだ」


 アンナが得物を変えた。

 その手には、それぞれ神滅の焔刃(レーヴァテイン)轟雷放つ剣(カラドボルグ)が握られる。

 その二振りはそれぞれ、異なる世界では「伝説の剣」と謳われる名剣だ。そして彼女が『剣聖の乙女』と呼ばれる所以でもある。

 属性は、火属性と雷属性だったか。中でも神滅の焔刃(レーヴァテイン)は、襲い来る火属性の魔力(マナ)を焼き尽くし、無効化するという厄介な性質を持っている。この剣が彼女の手にある以上、彼女に火属性の攻撃は通じ難い。

 そういえば、とディーはアンナと会敵した時を思い出す。

 彼女の手に握られていたのは、神滅の焔刃(レーヴァテイン)轟雷放つ剣(カラドボルグ)ではなかった。

 もし、神滅の焔刃(レーヴァテイン)が彼女の手にあったのならば、ヨハンの魔法が全て封じられていた。そうなれば、アンナに勝利は出来なかっただろう。勝てたのは、彼女が普通の剣を握っていたからだ。

 しかし画面の中はどうだろうか。

 炎が吹き荒れ、雷が迸る。アンナは剣の力を勿体振ることなく使っている。

 その凄まじさたるや、『装置』の映像にノイズを生じさせる程だ。あまりに激し過ぎる戦闘は、眩し過ぎて眼にも悪い。

 思い出したようにディーが瞬きしたのは、死闘の勝敗が決した時であった。


『な…ぜだ……』


 勝ったのは、アンナであった。


『…わたし…は……』


 カザイの胸を斬り裂いた轟雷放つ剣(カラドボルグ)が、鮮血に濡れている。

 呆然とするアンナの前で、カザイが仰向けに倒れた。

 きっと、殺すつもりはなかったのだろう。我を忘れたようにカザイの肩を揺さ振るアンナは、悲鳴混じりの声を投げ掛け続ける。


『お前には訊きたいことがあるんだ! こんなことで…こんな所で…易々とくたばるなッ! おい、聞いているのかッッ!!』


「…そ~うか」


 アンナは、カザイに訊きたいことがあったのだ。

 それが何か、までは分からないが。ただ彼女の中では、とてもとても大きな疑問だったのだろう。それこそ最初にカザイを手に掛けた時から、ずっと。

 そんな強い思いが、彼女から冷静な判断力を奪い去った。『装置』が模した偽物を、本物だと思い込みたいがために。

 だが運命とは皮肉なもの。アンナはただ、剣を向けるしかない状況下に追いやられ、その中で再び求めていた相手の生命を奪ってしまった。そのことが、一体どれ程の衝撃を彼女に与えただろうか。


『ほら…早く眼を覚まさせてやる……』


 死体データに効果があるはずもない回復魔法を、これでもかと使い続けているアンナ。

 囁くように、眼の前の現実を受け入れられずにひたすら足掻き続けているアンナ。涙ながらのその姿は、元帥と呼ぶよりは一人の女性であった。


「…元帥(げ~んすい)嬢ちゃん…」


 映像は、そこで終わった。

 防衛機能がどのようなもので、アンナがどうしてあそこまで浮上していたのかは分かった。

 思うことはあるが、これ以上ここに居ても新たに得られるものは無さそうだ。ディーは装置の画面を切り、踵を返した。


「(元帥(げ~んすい)嬢ちゃんの戦い方は、どこか精彩を欠いていた。…それが感情の乱れからくるものなら、説明(せ~つめい)が出来る)」


 道すがら、アンナに抱いた違和感について考える。

 まず、どこから跳ばされて来たのか。そして、誰に跳ばされて来たのかーーー背後の闇が、読めない。

 今回の騒動。敵は、『太古の記録書(エルダーレコード)』を狙っているのだと思っていたが、だとすると納得出来ない点がある。

 『装置』に異変は見られなかった。アンナと防衛機能の争いさえ潜り抜けられれば、『装置』を触ることは可能なはず。

 本当に、『装置』が狙いだったのだろうか。何ともモヤモヤしたものが心を占める。


「(元帥嬢ちゃんは…何故、ここに跳ばされた。元帥嬢ちゃんには、『装置』を狙う理由が無い。素振りも無かった。な~ら…どうして)」


 自己防衛機能と戦わせるのが目的だったのだろうか。『装置』を攻める際の戦力を調整するために。

 ーーーいや、違う。ディーは首を横に振った。それではこちらの警戒心を煽る結果にしか繋がらない。

 攻めるのならば、攻めが失敗した際の手を考え、そして次の手を打つ必要がある。それは、戦術を考える上で基礎中の基礎だ。

 それに二つ、ディーは頭の片隅から離れようとしないことがあった。

 「アムイ」。拘束した兵士が漏らした言葉。そして、消えた一人の侵入者。

 ディーの中で、この二つは結び付いている。「アムイ」とはもしや、最後の一人を示す何かしらの意味を有しているのではないかと。

 これまでの行動を鑑みるに、敵はかなりの策略家だ。こちらの行動の、一歩先を常に抑えられている。こちらが、出来れば取ってほしくない行動をピンポイントで取ってくるのだ。

 ジェシカの人質といい、弱点を狙い澄ました戦略の組み立て方ーーーこれが、偶然でないとすれば。次に敵が取るであろう行動は、自ずと見えてくる。


「(…ま、さ…か)」


 アンナをここに跳ばした理由。

 全てが向こうの思惑通りに進んでいたのだとしたら、その先にある最悪の未来は、一つ。

 ディーの足は、自然と急いでいた。

 今回の騒動。アンナの背後で嗤っていた闇の狙いは、初めから『装置』などではなかったのだ。


「(…ヨハンと元帥嬢ちゃんが、危ないッ!!!!)」


 傷だらけの身体に鞭を入れ、目指すのは友の下。

 程無くして辿り着いた広場では、予想通りで、しかし衝撃の光景がディーを待ち受けていた。


「ヨハン!」


 ヨハンの姿が、アンナの近くにあった。

 槍を構え、こちらに背を向けているが、苦し気なのが震えている身体から分かる。

 それは、アンナを庇っているのだと分かる光景であった。

 誰から庇っているのか。ヨハンが構えた槍と、剣を鬩ぎ合わせる男の姿が視界に入った。

 見覚えのある姿だ。

 前回は後ろ姿を見ただけだが、同一人物以外に考えられない。自分の下から煙のように消えた、奇怪な魔法を用いる最後の侵入者だ。

 ヨハンは懸命に応戦しているが、既に満身創痍となっている身体では、堪え切れなくなるのも時間の問題。ディーが接近する間にも、徐々に剣が押し込まれていた。


「…抵抗は止めてくれないか」


 男が徐に口を開く。

 その言葉は、ヨハンかディーのどちらに向けられたものなのか。


「…ぐ…ッ!」


 抵抗するヨハンを嘲笑うかのように、剣が押し込まれていく。

 足では間に合わない。ならばと行うのは、魔法の詠唱。


『切~り裂けッ!』


 風属性初級魔法“ウィンドカッター”が、ディーの突き出した左手に展開した魔方陣より放たれる。

 鋭い風の刃は、弧を描くようにヨハンの向こう側を狙う。

 なけなしの魔力(マナ)を込めた魔法だ。ディーは自分の内で魔力(マナ)が尽きた感覚を覚えた。

 ここからは、魔法を使えない戦いとなる。

 だが、どうして臆せられようか。

 ヨハンとアンナ。この両者を失うことがあれば、『保守派』は多くの敵に付け入られる隙を作り出してしまう。

 二人を失う訳にはいかない。ならば、抗うまで。

 時間稼ぎのために放たれた風の刃が、男の身体を切り裂いた。


「…チッ」


 舌打ちが聞こえた。

 男の身体が霧のように消える。


「ぐぁッ!?」


 その直後、突如として現れた男の蹴りがヨハンを吹き飛ばした。

 地を転がるヨハン。脇腹を押さえる彼は、激痛に呻いた。

 幸いにして傷口が開いていないが、動ける状態でないことは見て取れた。


「はッ!」


 姿を現した男へ向けて、ディーが棍を振るう。

 男が反応した。振るわれた剣が、棍と衝突する。


「しつこい男だ。ディー・リーシュワ!」


「こ~ちらの台詞なんだな、アムイとやら!!」


 男と得物越しに対峙する。

 間違い無い。一瞬しか見えなかったが、ジェシカを人質にしていた男の顔だ。


「その体たらくで、何が出来ると!」


年寄(と~しよ)りの頑固さ、侮ってほしくないんだなッ!!」


 ディーはアンナを背に庇い、一歩、一歩と踏み出す。そして踏み出す毎に棍を繰り出す。

 決死の攻めだ。負けられない。負けてはならない。強い意志を得物に込めて、体力と気力は振り絞られている。


「そんな攻撃で…こんなものか、中将と言うのは実力が無くてもやっていけるらしい!」


 男はそれらの攻撃を難無く受け止めていった。

 その表情には余裕がある。

 これまでの策を考える限り、きっとまだ何かがあるのだろう。


「(恐らく…)」


 そしてディーは、自身の身体の限界を感じていた。

 ここを退けられたとしても、次の策にはもう対応出来ない。いや、それ以前の話か。


「だがそれでも、負~けられないんだなッ!」


 自分は、ヨハンは、アンナは、もしかしたら城への生還を果たせないのかもしれない。

 不吉な予感が心の裏で、揺さ振りを掛けてくる。しかしそれでも戦うのは、感情で押し負けた瞬間が全滅の始まりだと知っていたから。


「(負けられないのならーーー)」


 せめて、刺し違える。刺し違えてでも、ここで致命傷を与えられればーーーいや、何としても、ここで。


「(ーーーここで討つッ!!)」


 あの男。ここで討ち漏らせば、大いなる脅威となる。

 奇怪な魔法。捉えようと、殺めようと、何故か霧のように消える。

 これだけでも厄介だというのに、何よりも策を幾重にも講じるその頭脳が恐ろしい。

 だから、ここで討つーーー例え、この身が滅びようとも。

 ディーは、命の限り戦う覚悟を固めた。

「…むぅ。これは…参ったぞ」


「ユリ~、入るわよ」


「む、これはフィーナ殿。…ディオ殿を抱えてどうした?」


「彼が通路脇で倒れていて。うなされてるみたいだし、眼が覚めるまでここに置いといてもらえないかしら。ベッド空いてる?」


「…すまない、今日は面倒な急患が入っていてな。今ベッドは満床だ」


「…満床? ここ八床あったわよね? それが満床なんて…まさか、何か流行病でも流行っているの?」


「…流行りと言えば…流行りだ。ただ、病と呼ぶにはあまりにも情けなくてな。だが、敢えて名付けるとするならば…うむ、夢巨乳症だ」


「……。え」


「うむ、しっくりきたな。まぁまずは見た方が早いだろう。奥に」


「いえ、まずは…あら? あの人の魔法だわ。ここから空間が違うわね」


「流石フィーナ殿、気付くものだな。少し防音の必要性が生じていてな。だから弓弦殿に頼み、この扉を境として空間の位相を擦らしてもらった」


「そう、防音。でもあの人…防音結界使えたわよね。どうしてわざわざ魔力(マナ)の要る方で…」


「む、そうなのか? 負担を強いない方で良かったのだが…」


「うーん…気分じゃないかしら」


「…むぅ、確かに」


「それはそれで、謎の流行り病も気になるけど。まずは彼。鍵が閉まっているから彼の部屋には入れないし、かと言って持ち物を探るのもあまり…ね。だから眼が覚めるまでここで休ませてほしかったのだけど」


「…ふむ。ならば、そこにある私の宿直用ベッドを使うと良い。休ませるには十分だろう」


「えぇ、なら使わせてもらうわ。…っしょっと」


「…ぅぅ…ふくたいちょ……」


「……セティ殿の夢でも見てるのか?」


「さて、ね。夢の中に入れる訳じゃないし、知らないわよ」


「うむ、確かに」


「じゃあ、むきょにゅう病? 見せてもらおうかしら」


「なら、その前に予告をして心の準備を済ませておくと良い」


「そうね。分かったわ。…『一人が戦い、そして散る。二人が戦い、そして倒れる。三人が戦い、その先にーーー次回、焔刃』…じゃあ、見せてもらおうかしらね」

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