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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
裏舞台編
363/411

死力

 探していた人物と、望まぬ形での邂逅。

 突如として消えた侵入者の『装置』の下へと急いだヨハンは、そこで驚きの光景を眼にすることとなった。


「…元帥」


 当初は本物かどうか疑ったが、対峙している際のプレッシャーや存在感は本物以外の何物でもない。

 もしこれが、偽物だとしたら、随分と精巧に模したものだと褒めてやりたいものであるーーー趣味の悪さを。


「…血迷ったか」


 ヨハンは挑発と共に、出方を窺う。

 いや、それは挑発と呼ぶよりは疑問系の形を呈していた。ヨハンの中で、僅かではあるが燻っている逡巡が問いを向けさせたのだ。


(あ~きら)める訳には、いかないんだな…!」


 ディーが素早く詠唱を済ませる。

 発動したのは、“クイック”。対象の速度を、一定時間倍加させる魔法だ。

 ヨハンを風が包み込み、開戦の準備が済まされる。


「…鬱陶しい!」


 開戦。

 「敵」は、ヨハンの問いを切り捨てた。

 言葉と同時に斬り掛かって来たのを槍で受け止め、ヨハンも覚悟を決める。


「そうか…」


 それは、ヨハンに迷いを振り払わせるためには十分過ぎる返答であった。

 立ちはだかるのならば、容赦はしない。やらねばやられる、その事実がある以上は。

 繰り出される双剣の舞を刃で、柄で受け流しながらヨハンは隙を窺う。


「でぇいッとッ!!」


 そこにディーが加勢した。

 己にも“クイック”を掛けた彼は、アンナと対峙するヨハンの背後から躍り出た。

 ヨハンが繰り出す攻撃の間隔を縫うように死角からの乱撃を見舞うや否や、時間をも置き去りにしてしまいそうな速さで背後へと回った。

 互いに息を合わせた攻撃の嵐を、挟み討ちにしたアンナの身に見舞っていく。

 大将と中将による完璧なコンビネーション。本来ならば前後からの攻撃を捌き切れず、傷を負わせられる。それだけに完璧な連続攻撃であった。

 しかし、得物を振るえども振るえども、返ってくるのは鉄の手応え。アンナはまるで、前後に死角が無いとばかりに攻撃を去なしていた。


「(だが…)」


 何か、引っ掛かりを覚えた。

 もしかしたら、ディーも何か引っ掛かっているからこそ険しい表情をしているのかもしれない。

 強い感情を帯びているアンナの瞳。その瞳はまっすぐヨハンを捉えているように見えるのだがーーー


「よッ!!」


「…ッ!!」


 連撃の中で、今度はディーとタイミングをワザと遅らせて攻撃を加える。

 フェイントだ。アンナが防戦に徹している今こそ、畳み掛ける時。


「(ヨハン!)」


「(構わん)」


 ーーーピキッ。そんな音がした。

 槍と棍を弾き続けていた刃が、突如滑るように柄へと導く。

 鍔迫り合いに持ち込めた。挟撃の状況下の鍔迫り合いは、ヨハンとディーの優位だ。

 元帥の立場にあるといっても、アンナは一人でヨハンとディーは二人だ。単純な力比べならば数で勝る側に軍配が上がる。

 そして、男と女の膂力の差もヨハン達に味方した。


「ーーーッッ!!!!」


 前後方向からの抑え込みに、アンナが体勢を崩した。槍を通して返ってきた手応えが弱くなる。


「「(勝機!)」」


 アンナ越しのアイコンタクトが、互いに同じ言葉を伝え合う。

 ヨハンも、ディーも、得物を押し込める両手に力を込める。

 アンナの表情が苦悶に歪む。

 苦し気に、悔し気に、表情が彼女の感情を露わにしていた。

 何が彼女をそこまで駆り立てるのだろうか。瞳に宿る激情の訳は、一体。

 そもそもだ。彼女の目的は一体何なのだろうか。この場に姿を見せた以上、狙いは『装置』ーーーそう思いはしたが、微妙に点と点が繋がらない。

 どうにも引っ掛かる。

 このままで良いのか。そんな思考が過った。だが、何よりも自分達の生命が優先だ。

 自分達が生命を落とし、もし『装置』に何かがあれば、『装置』に記録されたあらゆる情報が失われる。『組織』が、『装置』をデータベースとしている以上、情報の消失は『組織』の情報網が破壊されてしまうことを意味する。

 また『組織』のネットワークは、『装置』を大元として広がっている。『装置』に何かがあれば、通信機能が失われ、『組織』の連絡網が破壊される。連絡手段を失った部隊が孤立してしまうなどのリスクが多数生じるのだ。

 そんな時に、魔物の軍勢の襲撃を受けたりでもしたらーーー多数の死者が出る。そして『組織』は、最悪壊滅。現存する数多の世界を崩壊から守る守護者が失われるのだ。

 そんなことは、断じてあってはならない。

 だからこそ、例え敵が元味方であっても、躊躇ってはいけない。

 全ては、数多の世界の平和のため。失われていく世界と生命を憂い、『組織』という守護者を結成した『大元帥』の志を守るため。ヨハンとディーは吼える。


「ぬぅぅぅぅッッ!!」


「どぁぁぁぁッッ!!!!」


 連続する、「ピシッ」という音。

 ヨハンとディーが得物に力を込める度に聞こえていた音は、遂に甲高く割れるような音へと変化した。

 そして、アンナの握っていた双剣が加えられている力に負けて砕け散る。


「な…に…ッッ!?」


 双方向からの攻撃は、勢いそのままにアンナの手へと届く。

 槍の穂先が左手の甲を切り裂き、棍の先端が右手首を殴打した。


「あぁぁっ!?」


 激痛に苦しむ声。

 切り裂かれた手からは、鮮血が肌を濡らす。

 深くはないが、決して浅い訳でもない。アンナの動きを鈍らせるには、十分過ぎる一撃だ。


「許せよ…ッ!」


 その謝罪は、誰に対してのものであったのか。

 槍の柄を手元で操り、向けた穂先で狙うは細く、滑らかな肌が覗く喉元。

 止めの一撃だ。穂先が喉元を通れば、次の瞬間アンナは斃れる。


『せんぱい!』


 眼の前の女性を慕う少女の声が聞こえたような気がした。

 だが少女はこの場に居ない。そんなことは分かっている。

 もし少女がこの場に居れば、慕う女性に凶行の訳を問うたのだろう。だがここには、その少女が居ない。


「(…居ない、だと?)」


 少女は、居ない。そのことに、ヨハンは強い違和感を覚えた。

 まさか。そんな予感が過る。

 アンナがここまで必死になる理由。それがまさか、少女が居ないことに関係しているのだとしたら。

 まさか、まさか。まさかだというのか。まさか、だとしたら。


「ヨハン!」


 暫し旅立っていた意識が、腹を押さえたディーの声により呼び戻される。


「…!」


 腰を落として槍を避けたアンナの左手に、光の細剣が握られている。

 反応するよりも先に、光剣は残像を描いてヨハンの腹を狙う。


「ッ…!?」


 横腹に鋭い感触。

 少し遅れて、焼けるような熱さが横腹に滲む。

 滲みはやがて広がり、熱い激痛が全身を駆け巡る。

 ほんの一瞬、アンナの背後で嗤う黒い何かに気を取られた隙を、縫うようにして突かれた。

 素早い足蹴りでディーを蹴飛ばし牽制したアンナは、眼にも留まらぬ速さでヨハンを狙った。

 回避運動が遅れたヨハンは、成す術も無く身体を貫かれ、槍を取り落とし、背中に冷汗を滲ませる。

 『剣聖の乙女』の剣術は、流石の速さと重みを有している。“クイック”によって身体の動きが、感覚が俊敏になっているはずなのに、全く反応出来なかった。


「ヨハァンッ!!」


 叫びながら、こちらに向かって来るディー。

 その腹部に血が滲んでいるのは、蹴られたために傷口が開いたのだろうか。

 壁際近くまで飛ばされた彼の足取りに力強さは見られず、満身創痍なのが見て取れた。


「ぐ…!」


 これが力の差か。ヨハンは痛感する。

 自身より二回り近く幼い女性。しかしその武術は、あまりにも熟達している。大将と中将が、揃って手玉に取られるとは。

 例え単純な力比べで分があろうと、速さや一撃の重さ、正確さ。これらで上回られていては、形勢としては背中が崖の一歩手前か。

 ここでもし細剣を横に振り払われたら、次の瞬間ヨハンの胴と脚は分かたれる。

 身を貫かれることは許したが、その先を許す訳にはいかない。呻きながらもヨハンは、自らを貫く刃を両手で掴んだ。


「邪魔を…するなァッ!!」


 刃を薙ごうとアンナが力を込める。

 勝手を許せば、死。だが両手を負傷した彼女のその力は、ヨハンにとっては子どものようなもの。剣をビクともさせず、同時にアンナの動きを縫い止めるために刃を掴み続ける。


「(ディーが抑え込まれるはずだ…! だ、が…ッ!!)」


 激痛が駆け巡る中、呻くように声を漏らしながらも掴み続ける。

 刃は脇腹を貫通している。そこから身体が焼かれるような感覚は続くが、耐え続ける。

 アンナの背。そこへと目掛けてディーの一撃が振るわれる。


「邪魔をするなァッッ!!!!」


 アンナの右足が動き、埃を立てる。

 ヨハンの直感が、次に来るであろう動作を予見する。

 次に来るとすれば、蹴りだ。

 そして、狙い違わず右の蹴りが飛ぶ。

 背後からの攻撃に対し、ヨハンの身体を蹴り飛ばすことで引き抜いた剣で応戦しようという訳だ。

 ヨハンの反応は速かった。

 用いたのは、アンナと同じく足。

 その足下には、先程取り落とした槍の穂先がアンナの足へと向けられている。


「(させるか…ッ!!)」


 ヨハンは両手をそのままに、槍の石突を、力強く蹴った。

 狙ったのは、未だ地に触れているアンナの左足。

 穂先はまっすぐアンナの鉄靴に向かい、弾かれたものの衝撃を加えた。


「くぅっ!!」


 足下を掬われたように、衝撃に耐えかねて体勢を崩すアンナ。剣を掴む左手に体重を掛け、体勢を立て直そうと上げた右足を下ろすが、その身体は無防備だった。


「もらった!」


 大きな隙に、ディーの打撃が向かう。

 先程許した刹那が、ヨハンの脇腹に突き立てられた剣となった。だから、これ以上絶好の機会を逃す訳にはいかない。振るわれた棍が、風切りの音を立てて首筋を狙い澄ます。


「うっ!?」


 強打、命中。

 痛烈な打撃を当てられたアンナの身体がよろめき、前のめりに倒れていく。


「こん、のっ…!」


 最後の足掻きであろうか。

 血を滴らせるその左手が、ヨハンに刺さる剣へと伸びようとした時。既にヨハンは、後退りながら距離を置いていた。


「く…そ……ッ」


 伸ばした左手は空を切り、アンナが舌打ちするのが聞こえた。

 倒れ行く彼女の表情は、やはり悔し気で。ヨハンの胸の奥をチクリと刺す悲痛な色に染まっていた。


「(…お前は)」


 彼女は、眦に雫を光らせていた。

 その唇が、徐に動く。


「…か…ざ…い……」


 紡がれたのは、彼女が殺めたとされるもう片方の元帥の名のように思えた。しかし一度切り、視界の端で微かに捉えることの出来た動きであったため、本当に呟いたのかは分からなかった。

 ただし、一つ明らかなことがある。

 傷だらけとなりながらも、鬼神の如く戦い続けた元帥『剣聖の乙女』は、戦いに敗れて力無く倒れ伏すのだった。


「…意識は」


 光の細剣が、魔力(マナ)の供給を失い粒子となって消滅した。すると栓を失った傷口から、血が溢れる。

 これ以上の流血は、命に関わる。だが回復魔法の使い手はこの場に居ない。ならば、とヨハンは火魔法の使い手ならではの応急処置を行おうと考えた。

 その応急処置は時間を要する上に、一歩間違えれば傷を増やしかねない。だがヨハンにとっては、もしもの時のためのとっておきだ。効果もそれなりにあるーーーのだが、少々時間を要するといった大きな欠点がある。

 もしアンナが立ち上がり、再び剣を振るって来るようなことがあれば、今度こそ大ピンチだ。

 出血緩和のため傷口を手で押さえつつ、いつでも魔法の詠唱に入れるよう身構えながら、ディーに確認を促す。


「……」


 ディーが俯せになっているアンナの側でしゃがみ、暫く様子を観察する。

 そして指を首筋に添えた。

 指の腹から、微かな振動が伝わる。それを数秒間確認した後に、ディーは表情の緊張を解いて一息吐いた。


「…ど~うやら気絶したみたいだ」


 それを聞いた途端、ヨハンは足から力が抜けるのを感じた。

 安心したのだ。脱力感に身を任せて腰を下ろした男は、傷口を押さえていない方の手に魔力(マナ)を込める。


『出でよ炎伸びよ、我が剣となれ』


 詠唱の完成とともに、集められた魔力(マナ)が魔方陣を形成する。

 ヨハンが魔方陣に手を差し入れてから引き抜くと、その手には剣が握られていた。

 単なる剣ではない。刀身は炎に揺らめき、刃の周囲は陽炎に揺れている。

 火属性中級魔法、“フレイムソード”だ。


「…そうか」


  ヨハンは剣の面を、徐に傷口へと寄せていく。


「ぐ…っ」


 血が焼ける音。

 それは傷口を焼く音でもある。

 傷口を焼くことで、ヨハンは止血を試みた。


「…随分(ず~いぶん)と原始的な方法なんだな」


「今は身体を動かせられれば、それで良い」


「…そ~りゃそ~うだがねぇ」


 呆れたような視線を注がれる中、痛みに耐える。

 暫くした後、傷口から炎剣を離すと出血は収まっていた。


「ぬぅ…」


 しかし、まだ痛む。

 どうやら暫くは身体を酷使出来なさそうだ。


「(これ以上の戦闘行動は無理か…)」


 傷口を労わりながら、ヨハンはゆっくりと立ち上がる。

 こんな姿を妻に見られでもしたら、すぐにベッドの中に押し込められそうだ。必ず到来するであろう自分の未来に苦笑し、槍を取りに向かう。


「…ふ~らふらじゃないか」


 槍が、自分からやって来た。

 ディーが持って来てくれたのだ。


「…そうだな」


 友の手から槍を受け取り、身体の支えにする。

 年寄り染みた姿になるが、身体を壊すよりはマシだ。そのまま槍の石突を突きながら、アンナの下へと寄る。


「……」


 気絶している彼女を見下ろし、見詰める。


「オ~ルレア嬢ちゃんかねぇ」


 戦いの最中でヨハンと同じ答えに至ったのだろう。ディーの言葉は、ヨハンの言外の疑問に対する答えであった。


「…それは、本人が眼を覚ましてからだな」


(ろ~う)入りかい?」


「当然の措置だ。ただし、特別牢に入れる」


「ま~、人眼に付かない特別牢なら、後々(へ~ん)な誤解が広がらずに済むかもねぇ」


「そう言うことだ」


 ディーはアンナを疑っていない。

 それはヨハンも同じ気持ちであり、彼女に対する信頼由来の発言に同意する。

 アンナの背後で嗤っていた、何か。それについての積もる話は後回しに。

 ディーとの短い話し合いの末、『装置』の安否確認を彼に任せることにしたヨハンは、アンナの側に腰を下ろす。


「んじゃ~、行って来るんだな」


「構わん」


 友人の背中を見送り、ヨハンは暫し時の経過を待つのであった。

「もぅ…。あの子にも困ったものね……」


「ぅ…」


「まさか酔った勢いで拳法を振るうなんて…どこの拳法家の真似をしたのかしら? …あなた、災難だったわね」


「…ぅぅ……」


「あら、うなされているみたい。…でも、私には関係無いわね。さて…じゃあこの子、どうしようかしら。こんな通路の端に放置するのも…そこはかとなく良心が咎めるし…。部屋に帰してあげように、も…鍵が閉まってるわね」


「ぅぅぅ……」


「カードキーが必要だけど…。幾らこんな時でも、ポケットとか探すのは憚られるわ。鍵を魔法で開けようにも…この扉は機械製。出来ないわよね」




「どうしうかしら。扉…無理にでも開けるべき? でもそれって、扉を壊すことになるわね。部屋に入れるために扉を壊すぐらいなら…放置?」




「あ、ユリの所に連れて行けばいいんだわ。医務室なら寝かせるベッドぐらいあるはず…」


「…ぅぁぁ……」


「…。何か…少し心配になるぐらいのうなされようね。…大丈夫かしら」


「ぁぁぁ…ぁ……」


「…ねぇ、大丈夫…? …私、変な抱え方して…ないわよね。…何か夢見を良くする魔法って…あったかしら?」


「…もぅらめ…ふくたいちょう……」


「……。まぁ、わざわざ私が何かするまでもないわね。早く医務室で寝かせましょう」




「予告よ。『生きる。人は何かするために生きる。生きる。人は明日を見るために生きる。生きる。人が生きるのは、やがて訪れる死を待つためにーーー次回、死地』…医務室…空いてるわよね?」

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