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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
36/411

迫り来る慟哭、口にする決意

 いつの間にやら、辺りには雨が降っていた。

 上がっていた炎はやんわりと勢いを落としているが、黒煙はなおも立ち昇っている。


「っと」


 氷の中から解放された弓弦は、軽く肩を回して身体の感覚を確かめた。

 氷漬けになるのは、これで二回目だ。身体が固まっているような感覚を覚えないのは、そう長い時間氷像になっていなかったためか。


「ご主人様…その…」


 そんな男の様子を見て、フィーナは伏せ眼がちに口を開く。

 理由はどうであれ、取った行動は褒められたものではない。申し訳の無い気持ちで心が満たされていた。


「分かってるから」


「う…」


 バツの悪そうな面持ちの彼女の頭を撫で、弓弦は破顔する。

 褒められた行動ではないのかもしれない。だが彼女は彼女なりに、町の被害を食い止めようとしたのだ。

 どうして責めることが出来ようか。


「はい…それと、お貸しくださった武器をお返しします」


 されるがままになりながら、フィーナは持っていた剣を弓弦の空いた手に手渡した。

 「手頃な武器が無くて…でも魔法だと気付かれてしまいますから…」と続け、浮かない顔である。本当は使いたくなかったのだろう。


「持って行ってたのか…気付かなかった」


 刃を鞘に戻した弓弦が見上げたのは、上空。


「それで、あの男は」


 フィーナも見上げ、眉をひそめる。


「町にそれ程影響が無い距離までは離れてくれました。ですが…詰めが甘かったようです」


 空の一点。

 灰色の空よりもくらい、見るも禍々しい球体が浮遊していた。


「…取り敢えず、注意しながら近付いてみるか」


 遠眼からでは、詳細が分からない。

 風属性上級魔法“ベントゥスアニマ”を使って飛翔した二人は、空中に浮かぶ謎の球体に接近する。


「…これは?」


 刃が届く距離まで接近する。

 見るからに不吉そうな気配を漂わせている球体は、不気味に沈黙していた。


「…暴走した魔力マナにより形成された、一種の障壁です。本来ならば身に余る程の強大な魔力マナを体内に取り入れ、酷使した影響かと」


魔力マナに呑まれた…ってことか。壊すことは?」


 フィーナは首を左右に振る。


「…正攻法では不可でしょう。私の力不足です…すみません…」


 力技では、難しい。

 直感出来る程には、障壁を構成している魔力マナの密度が桁違いだった。

 このまま球体を放置する訳にもいかないが、どう対処したものか。


「ま、気にするな」


 そう考えていると、


「しかしな…」


 ──嫌な音が、聞こえた。


「まったく、異世界と言うものは兎に角テンプレを裏切らないな…はぁ」


 球体にひびが入る。

 それはまるで、卵からひなが生まれ出るように。

 二人の視線の先で、球体の中から何かが出てくる。

 しかし単なるひなとは違う。

 現れたのは、


「おっと…これはまた、随分と強そうな……」


 あまりにも、この世ならざる雰囲気を纏った存在。


「…この禍々しく穢れた魔力マナ…ッ! 闇に堕ちたエルフの末路だとでも言うの…!?」


 ──漆黒のグリフォンだった。

 翼の生えた鷹の頭を持つ獅子。その何と禍々しいことか。


「…何だこの感覚は…哀しい…?」


 だが禍々しさと同時に、大きな哀しみを背負っているようにも見えた。

 哀しげな姿は、「慟哭」という言葉を弓弦の中に思い起こさせた。


「…解き放つぞ、フィーナ」


 哀しみの中で生きるのは、誰だって苦しい。

 だから、解き放たなければ。穢れた魔力マナに包まれた哀しみの中から、ケルヴィンの魂を。


「…大仕事だ」


 弓弦は剣を握り締めた。

 力がみなぎる。


「…私とご主人様なら、負けることは万に一つも無いですね…引導を渡してあげましょう」


 その隣に、フィーナが並ぶ。

 空気中から、静かに魔力マナを集めていた。


──キェェェェッ!!


 翼を広げたグリフォンの威容は、禍々しくなければきっと猛々しく、気高い印象を受けたであろう。

 耳をつんざくような咆哮が、ときの声となった。


「いくぞッ!!」


 開戦──!


「はい!『鉄壁たる守護よッ!!』」


 弓弦の周囲に魔力マナによる障壁が現れ、


『続けます、動きは風の如く加速する!!』


 彼の両足を、風がまとう。


──キェェエエッ!!!!


 漆黒のグリフォンの羽ばたきが、真空波となる。

 空を切り、音速を超える真空の刃となって弓弦に襲来した。


「はぁぁぁああああッ!」


 加速と障壁を用いた最小の動きで回避しながら、弓弦は一気に肉薄する。

 身体を重力に任せ、刃を振り上げた。


『鋭き一撃鬼神の如しッ!』


 刃が火の魔力マナを宿して鋭さを増す。

 刹那の間隙を縫うように、フィーナの援護パワードエッジが刃に宿っていた。


「せぇぇいッ!!」


 振り下ろしと共に切り抜ける。

 手応えは──あり。


──ギェェエエッッ!!


 上がる断末魔。

 刃は翼を滑るように斬り裂き、骨ごと切断していた。

 片翼となったグリフォンのバランスが、崩れる。


「捉えた…! シフトッ!!」


 その隙を、弓弦は逃さない。

 反転。身体を捻りながら剣先をグリフォンへ。

 声に呼応し、剣先が銃口へと変形した。

 引鉄を引く──!


一斉発射フルバーストッ!!」


 装填されていた六発の銃弾が、閃光と火薬の匂いと共に、全て発射される。

 銃声が一度に響き、失われた片翼の根本に吸い込まれる。

 至近距離での砲撃が、弓弦の身体が仰け反らせた。


「…く」


 反動に抗い、制動を掛ける。

 見上げた先で、撃ち込まれたはずの銃弾が下に落ちていった。


「(飛び道具は効かない…か!)」


 どうやら目立ったダメージは与えられていないようだ。


「(…零距離での射撃ならどうだ…!?)」


 弓弦の脳裏に、障壁への対策が浮かぶ。

 銃弾が到達する前に防がれてしまったのなら、最初から到達させれば(・・・・・・・・・・)良い。


「(だが、後何発…ッ!)」


 剣に変形させた得物から、装填音が聞こえた。

 しかし何故だろうか。これまでとは異なる音が聞こえたような気がした。

 二体の悪魔との戦い、そしてダークエルフとの戦い。

 何発撃ったかまでは覚えていないが、銃弾は確実に少ない。

 こんなことなら、もう少ししっかりと得物のことを知るべきであったのかもしれない。


「(効果の薄い射撃を捨てて、節約で…やれるかッ!?)」


 いずれにせよ、残弾は多くない。

 確実に、決定的な瞬間にのみ用いる切札としての役割を持たせるべきだろう。手数はそのまま、強力な武器なのだ。

 なおさら今無駄に使ってしまった銃弾が勿体無く思えるが、使ってしまったから仕方が無い。


──ギェェェッ!!!!


 グリフォンが吼えた。

 遥か足下にある海面に、魔法陣が展開する。


「…ッ!?」


 空気が、変わった。

 風が鳴き、木の葉が舞う。

 海が荒れ、大気が震えた。


「な、何だッ!?」


 突如として、巨大な竜巻が発生した。

 瞬く間に二人とグリフォンが呑み込まれる。

 劇しい風切り音の中、弓弦の身体を衝撃が襲った。

 フィーナが張った“プロテクト”が、徐々に効果を失っていくのが分かる。


「風魔法“テンペスト”よ!! 発動者以外の中にあるモノ全てを切り裂く、嵐の魔法!!」


「そりゃまた、強力そうな魔法だな…ッ!」


 落下していった銃弾が、微塵に切断されている。

 絶賛魔法の範囲内なのだ。“プロテクト”が切れたら、銃弾の後を追うことになる。

 そんなのはゴメンだ。しかし、そうも言ってはいられない。

 弓弦は視線を横に動かし、魔法の範囲を確認した。


「(…幸いここは海上だから被害は無いが、これが町にまで届いてしまったら…ヤバいかっ)」


 範囲は──広がっていた。

 魔法から逃れることは可能だ。

 しかし守らなければならないのは、何も己の身一つではない。

 弓弦は剣の柄を握り締める。

 魔法を、阻止せねば。


──キェェェェッ!!!!


 グリフォンが鳴いた。

 直後、今度はグリフォンを中心に小さな竜巻が発生し、まるで使用者(獣?)を守るかのように包み込んでしまう。


「無詠唱での二連続発動ダブルキャストッ!? 闇堕ちの力は、ケルヴィンをここまで高めさせたとでも言うの…ッ!」


「持久戦のつもりか…? だが町はやらせない…!」


 時間稼ぎなんて、させない。

 嵐の障壁を越えて、確実に仕留める。


「(幸い、障壁破りには縁があるッ! この場の最善手は、何だッ!?)」


 そのためには──!


「(──そうか…!)」


 身体の奥から、力が湧いてくる。

 弓弦の思考が、最善手を弾き出した。


「(跳び超える、空間ごとッ!!)」


 弓弦は空を蹴った。

 目指すは、三つの竜巻の中心。

 身体に宿る魔力マナを高めながら、翔ける。


「フィー、次で決める。飛翔の維持、頼むッ!!」


 そのままトップスピードに移る。


「はいッ!」


 フィーナが“ベントゥスアニマ”を掛け直した。

 弓弦の代わりに、魔法の維持に集中力を割く。


「(良し…!)」


 弓弦は魔法の維持をしながら、別魔法の詠唱が出来る程器用ではない。

 しかし、一つのことに集中するのは比較的得意だ。

 竜巻の奥に標的を捉え、目的地とする。

 後は、唱えるだけ──。


『思い繋ぎて運び、いざなえッ!!』


 詠唱が完了した。

 刃を構え、生じた魔法陣の中へと飛び込む。


「行くぞッ!!」


 幾何学模様の魔法陣。

 抜けた先には、漆黒の体躯が。


「取ったぞッ!」


 弓弦は一瞬にして、竜巻の中のグリフォンの背後を取ってい た。   


「ケルヴィンッッ!!」


 空間属性中級魔法“テレポート”は、無事に成功した。

 構えた刃を振るい、弓弦は叫ぶ。


「はぁッ!」


 首の肉から、食い込む感覚。

 しかしそれに満足することなく、刃を振るう。

 確実に討つ。そのために、切断を狙う。


「く…!」


 付近で荒れ狂う風が、弓弦の身体を吹き飛ばそうとする。

 まるで嵐の壁だ。刃を食い込ませているだけで、壮絶な抵抗が襲い掛かってくる。


「負けるか…よッ!」


 フィーナによって張り直された“プロテクト”が、ひび割れていく音がする。

 まるでガラスが割れるような音だ。肌に触れている風が、徐々に痛みを増していく。


──ギェェェェッ!!


 グリフォンが悲鳴を上げた。

 刃は、届いている。


「(後は…断ち斬るだけッ)」


「……ッ!」

  

 それを見たフィーナも氷魔法で作り出した槍を構え、タイミングを見計らう。

 首の肉を断った瞬間に止めを刺す。


「(でも…)」


 竜巻の外からは、内部の状況は正確窺えない。

 しかし竜巻の凄まじさはハッキリと分かる。


「(あの暴風の中じゃ、そう長くは保たないわよ…!)」


 守護の魔法が無ければ、今頃微塵切りだ。

 竜巻の中から感じられる自分の魔力マナが弱まれば弱まる程、不自然に心臓が跳ねる。

 弓弦か、ケルヴィンか。互いに互いの心臓を掴んでいるような状態だ。

 戦況は緊迫している。

 横槍を入れるのなら、確実に止めをさせるタイミングでなければ。

 焦る気持ちを落ち着かせながら。フィーナは今か、今かと瞳を細くしていた。


「──!」


 戦況が動きを見せたのは、その数秒後。


「ぐぅぅぅぅっ!!!!」


 “プロテクト”の効果が、失われた。

 頬の皮が裂け、身に纏う装束が凄まじい勢いではためいている。

 傷口が開く。空気に血の香りが混じった。

 長居は危険だ。だが、


「(この好機…逃して堪るか──ッ!)」


 肉を切らせて、骨を断つ。

 死ぬ気は無い。確実に仕留め、生き延びる。

 暴風に全力で抗い、全霊の力を刃に込めていく──!


──キェェェェッッ!!


 手応えが、唐突に固くなった。


「な」


 刃が、力が、押し負ける。


「んだとぉ…っ!!」


 突然現れた障壁に、剣が弾き飛ばされた。

 遥か天空へと吸い込まれていく剣。

 弓弦も受けた衝撃そのままに、暴風に呑み込まれていく。


「ぐぅぅぅぅぅぅううッッ!?!?」


 竜巻と竜巻の間に挟まれ、弓弦の身体が固定される。

 まるで暴風同士の綱引きだ。今にも身体が引き裂かれそうな激痛に、悪寒も走る。


「…おい」

 

 思わず抗議の声を上げる弓弦。

 体勢を大きく崩している彼の眼前で、グリフォンが口を開いていた。

 風の魔力マナが収束してるのが分かる。


「マジかよッ!」


「ご主人様っ!!」


 弓弦の後方に移動したフィーナが、氷槍を投げた。


「それを使ってッ!」


 弓弦の手元に向かって直進する氷槍。

 空気を突き破る音と知覚した魔力マナの属性から、バアゼル戦の時に使用された魔法と判断し、弓弦は利き手である右手を開く。

 暴風に紛れた接近音からタイミングを図る。

 三、二──


「(一──ッ!)」


 身体を挟んでいた両側の竜巻の内、右側が掻き消えた。

 身体に自由が効くようになる。


「ちぃ──ッ!」


 槍を掴んだのと、魔法の体を成していない高密度の風魔力(マナ)の奔流──嵐の息吹(ストームブレス)が放たれたのは、ほぼ同時。


「うぉぉぉぉッ!!」


 弓弦は槍を突き出した。

 空を蹴り、魔力マナの奔流を文字通り貫きながら前進して行く。


「(間に合った…ッ!)」


 その様子を見て胸を撫で下ろすフィーナ。

 弓弦の勢いは、僅かながら競り勝っている。

 危機的状況は脱せられた。ならば、逆転の一手を模索し放つ必要がある。

 自らが用いれる魔法の中で、最も効果的にダメージを与えられる魔法を探した。


「(ケルヴィンの属性は、風)」


 基本となる八つの魔法属性には、それぞれ互いが相克の関係性になるものがある。


「(火は水、雷は氷、光は闇…)」


 即ち同程度の威力で放てば相殺となるが、上回る威力を放てば相手の魔法を呑み込み威力を高められる。


「(風は──地ッ!)」


 正直なところ、確実に上回れる保証は無い。

 だが、試してみる価値はある。

 フィーナは自らが用いることの出来る、最強の地属性攻撃魔法の詠唱を試みる。

 人の世では封印されし、禁忌魔法が一つを。


「(ユヅルとの絆が、私に力をくれるッ!)」


 己の内の魔力マナを高める。

 弓弦が押し負けるよりも先に詠唱を終え、ケルヴィンを討つ。

 詠唱を始めようとした、その時だった。


「──ッ!」


 弓弦が、一瞬こちらを見た気がした。

 まるで合図のように。

 不敵な笑みを浮かべ、視線を向けたように見えた直後。


──ィィィィィンンッ!


 フィーナの眼の前に、魔法陣が出現した。

 転移のための魔法陣が展開されていた。

 こちらは入口。出口となる魔法陣を探す。


「…そう言うことね。ふふっ、分かったわ」


それだけでフィーナは、大切なご主人様からのメッセージを正しく理解した。

 彼女がその中に足を踏み入れると、次の瞬間にはグリフォンの背後を取れる上空に立っていた。


「(まさか…ここまで戦況を読んでいたとでも言うの、あの人は)」


 頭上から、先程弾かれた弓弦の剣が手元に落ちてくる。

 剣を弾かれたのでなく、剣を弾かせたということか。

 自身が前から、フィーナが背後から襲撃出来る状況を作り出せるまでの機会を探っていたとでもいうのか。

 あまりにタイミングと、都合が良過ぎた。

 きっと偶然だ。奇跡という名の。

 しかしチャンスだ。

 弓弦とせめぐため、ケルヴィンは前方に魔力マナを収束させている。それ故に、周囲を守っていた小さな竜巻は収まり、無防備な背中を晒している。

 この絶好のチャンスを逃したら、次は無い。


「(…悪いわねケルヴィン)」

 

 フィーナは剣を両手で握り、上段に構えた。

 身体を重力に任せ、グリフォンに向かって急降下する。


「(…あなたは力にしかすがることしか出来なかった。あなたなりに、森と同胞を愛していたのは知ってるけど。時折見せる力への執着が恐かったのよ。何度も迫って来たあなたに私の心が揺れたことは…残念だけど、一度も無いわ…)」


 岩のように硬い皮膚に、火花が散る。

 しかし、背中に切先が喰い込んだ。

 刃の進行を食い止めようと、障壁が出現した。


「ッ!」


 危うく弾き返されそうだったが何とか持ち直し、そのまま全体重を掛けていく。


「(だからさっきの一撃は、分らず屋で諦めの悪いケルヴィン・ブルム・ブリューに対する、あの頃から変わらない私の返事…! ビンタではなく、刃でのお断り)」


──ギェェエッッ!?


 刃が進むに従って、息吹が弱まっていく──!


「うぉぉぉッ!!」


 直後、弓弦の持つ槍の先端がグリフォンの喉元へと届いた。


「‘…でもね? こんな…二百年も私のことを想っていた。その一途さは、一途さだけは認めてあげないこともないわ。もしあの頃の私だったら…。いいえ、無意味ね’」


 最早届くことのないだろう言葉を、呟きとして語り掛けながら、剣に込める魔力マナを強めていく。

 徐々に、徐々に。


「‘今の私には何よりも、誰よりも大切なあの人が居る…。…私の心の氷を溶かしてくれた、あの人が’」


 進む刃、進む穂先。


「‘…ねぇケルヴィン、あなたに対してこう思えるのもきっと、あの人のお蔭なのよ。感謝しなさい’」


 障壁に亀裂が走る。


「‘…あなたに対する、最初で最後の私の想い…。あの頃の私なら、きっと伝えていた言葉…ちゃんと受け取るのよ?’」


 障壁が割れ、その身に触れる。 


「──ありがとう。最期の最後まで一途だったあなたの想い、ちゃんと胸に届いたわ」


──!?!?


 斬。


「…………さようなら」


 斬り裂かれたグリフォンは爆発を起こした。

 集っていた魔力マナが行き場を無くして爆ぜたのだ。

 生じた空気の振動が、周辺を呑みこんでいた竜巻を消滅させた。


「この言葉を胸に抱いて、魔力マナに還りなさい…」


 歪みながらも自身を想い散っていた同胞に向けて祈ると、以降彼女が振り返ることはなかった。

 彼女は想い人の隣へ──自身の在るべき場所へと移動する。


「…なぁ…あれで良かったのか?」


「何を言うの。私の一番はご主人様です」


「そうか…なら責任重大だな…」


「…ご主人様?」


 明らかに疲れ切った様子の弓弦は、おもむろに瞳を閉じた。

 そのまま隣へ──フィーナに身体を預けてくる。


「(…魔力マナが急激に弱まってる。浅い呼吸、冷や汗…これ、まさか過耗症…!?)」


弓弦に現れている症状から、『魔力マナ過耗症』だとフィーナは判断した。

 一時的に魔力マナを激しく使うことで起こる魔力過耗症(そ   れ)は、暫くの間休養を取ることで完治することは難しくない。しかし人間は兎も角、人よりも多くの魔力マナを体内に宿すハイエルフにとっては、水分や血液──己の体内液の殆どを消費したも同じ。死に至る可能性も無くはないというのが悩みものだ。

 体内の魔力マナが急速に失われた現在の状態は、危険だ。

 弓弦の身体と魔力マナを、癒やす必要がある。

 フィーナは悩んだ末、「ある場所」に向かうことした。

 魔力マナの殆どが失われ、精霊も妖精も消えた世界における、たった一つの安息地へと。


「(…あんな激しい戦闘の中で、ワープイン、アウトの位置の的確過ぎる空間魔法の行使。それにこの人、槍の穂先を起点として障壁を展開しているようにも見えた。ワープホールと障壁を維持するその集中力…人間業ではないわ。これも、ハイエルフ化の影響だとでも言うのかしら…?)」


 少し悩んでから彼を背中に負ぶる。


「(温かい…)」


 僅かに頬を緩ませながら、効果の切れ掛かった“ベントゥスアニマ”を掛け直した。


「(…何と言うのかしらね。“あの人達は”…。いいえ、感傷よりも優先すべきことがあるわね…)」


 目指すは、海の向こう。

 今は亡き、自らの生まれ故郷。


「(……私が変われたのは、あなたのお蔭よユヅル)」


 背中で眠る弓弦を背負い直し、北へと飛翔した。


──ねぇ……きよ。


 消えるように呟かれた言葉は、風に乗ってどこかへと運ばれていった──。

「…あー…。そろそろ気持ち悪くなってきたんだけど。一体いつまで僕は吊るされていないといけないんだい……」




「しかもとうとう一人で予告って、どう言うことだよ…。吊るされながらの予告って、何の罰ゲーム……」




「…誰か〜! 誰か〜!! 居るか〜い!?」




「誰かぁぁぁぁぁっ、助けてくれ〜っ!!」




「……。予告言うよ。『降り注いでいた絶望はいつしか止み、戦いに倒れた男と共に、女は安息の地へと降り立つ。そこは懐かしき、木漏れ日の注ぐ小さな小さな村の跡。大きな樹木のふもとにて、女は静かに乞い願う。願うと共に、想いと共に、口にしたモノは──次回、決意と契り』…ほら言ったぞ! ちゃんと言ったよ!? 誰かぁぁぁあっ、降ろしてくれぇぇぇぇええ!!」

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