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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
裏舞台編
356/411

虚像

 轟く雷鳴の中を、駆け抜ける。

 稲妻。その疾き動作を喩えるなら、実に妥当な表現だ。

 激しく明滅する景色の中は、さながら周囲が異界と化してしまったようだ。雷鳴に撃ち付けられた地面は抉れ、次々と穴が穿たれていく。

 轟音に次ぐ轟音。雷鳴は視界の次に、聴覚さえも遮る。しかしながら、鋭い光を放つ鳶色の瞳は、「敵」を正確に射抜いていた。


「…ッ!!」


 過る既視感。

 以前自分が犯してしまった過ちが、思い出されるようだ。

 同じ景色の中を駆け抜けながら、アンナは瞳に決意を宿す。

 二度と同じ過ちを犯す訳にはいかない。しかし、このまま轍をなぞっても良いのか。疑問が常に視界でちらついた。


「(…私は…ッ!!)」


 それでも、疑問に身を任せることは隙を許すことになる。

 だから立ち止まる訳にはいかなかった。疑問に塗れながらも、己が振るう刃に覚悟を乗せる。


「(斬る…ッ!)」


 アンナは強く、深く、カザイの懐にまで踏み込んだ。

 狙いは、手に持つ銃。銃を弾き飛ばして無効化を図る。

 カザイの顔が近くに見えた。相も変わらず表情に乏しい男が何を思ったのか、定かでないが接近を許してはくれた。


「覚悟ぉッ!」


 振るう刃が届く距離。それが、アンナの得意とする距離。彼女は渾身の峰打ちをカザイの腕に見舞った。


「!」


 しかし、狙い澄ましたはず(・・)の斬撃が吸い込まれたのは、手首ではなくーーー胸。


「!!!!」


 カザイが一歩分前に踏み出したのだと理解するのに、時間を要した。

 剣を通して伝わる手応えも、見慣れた隊員服に赤いモノが広がっていく様子も眼の前にあったが、それでも時間がかかった。

 信じられなかった。男の行動も、そして自分の行動でさえも。

 全てが、信じられなかった。


「な…ぜだ……」


 口を衝いて、疑問が出る。

 それだけではない。別の何かが、とうの昔に涸れたと思っていた雫が、ポツリと心のしじまに波紋を作った。

 何故一歩を踏み出したのだ。

 何故また、自ら傷を負いにいった。

 何故自分は、峰で刃を振るわなかった。

 何故だ、何故。何故こうなった。

 疑問、疑問、疑問が湧く。

 感情が湧水のように噴き上がり、アンナの心を激しく揺さ振る。


「…わたし…は……」


 振り抜いた『轟雷放つ剣(カラドボルグ)』が、鮮血を散らしていた。

 突き抜けた前回とは違うが、刀身に滴るモノは、前回を彷彿させる。

 カザイの胸が赤黒い。見るも無残な横一文字が、物の見事に決まっていた。それだけの手応えが、確かに伝わっていた。

 眼の前で崩れ落ちる男の身体を見下ろすアンナの瞳は、動揺に震えていた。

 直感で分かった。致命傷だ。

 この傷の深さはーーーもう、助からない。


「……おい…何とか言ったらどうだ…? その口は飾りか…? おい… !」


 呟いた言葉は、剣を向ける前と類似している。

 それは、剣を向ける前に戻りたいという彼女の思いが呟かせたのかもしれない。今の現実を否定して、もう一度やり直せたら、どんなに良いことか。あまりにも残酷な現実が、アンナを容赦無く打ちのめす。

 違う。こんなつもりじゃなかった。否定するように何度も首を振る彼女の手から『轟雷放つ剣(カラドボルグ)』が地面に落ち、帯電を失う。

 電撃の爆ぜる音が虚しく響き、明滅していた景色は静けさを取り戻す。

 薄暗闇の中で、崩れ落ちる音がもう一つ。


「おい…駄目だ、眼を閉じるな…っ。私を見ろ、おい…ッ!!」


 カザイの両肩を掴み、アンナは強く、激しく身体を揺さ振る。

 揺れる鳶色の瞳に映る男の瞳に、アンナの姿は無い。

 それでもアンナは揺する。揺さ振り続ける。


「お前には訊きたいことがあるんだ! こんなことで…こんな所で…易々とくたばるなッ! おい、聞いているのかッッ!!」


 瞼が弱々しく開いている。閉じ切ってはいない、開いている。そのはずなのに、アンナの顔は、どこにも映っていない。

 焦点を結ばぬ光は、徐々に陰りを帯びていく。出血は止まらず、気付けば血溜まりがアンナの膝を紅に染めていた。

 もう駄目だ。そんなことは分かっている。だけどまだ、諦めたくない。


「カザイッ! 言え! 何かッ! 言えッ! 言えッッ!! カザイぃっ!!」


 カザイはしぶとい男だ。前回だって、胸を貫かれたはずなのに生還してみせた。だから、今回もきっとーーー


「おい! カザイッ! 眼を閉じるんじゃないッ!! どうした!? いつもの無表情で私を見ろッ!! 聞こえているだろう! 私が、こんなに! 話し掛けているのにッッ!!」


 胸を斬られたからといってもーーー


「お前は! お前はまた何も言わないのかッ! 何も言わないで! 自分から殺されにいってッ! 私を置いて逝くのかッ!? カザイ・アルスィーッッ!!!!」


 ーーー「きっと、だいじょうぶだよ」。

 根拠と呼ぶには、あまりにも幼稚過ぎる言い聞かせだった。

  だがそうせねば、今自身を支えている「何か」が音を立てて崩れてしまうような予感がしていた。

 だがきっとそれは、じきに壊れてしまう。いや、既に一面に亀裂が走っているのかもしれない。ひび割れかけた「何か」が、形を保持しようと尽力しているのかもしれない。

 そんな自分自身への言い聞かせは、己を制すると同時に慰める響きを伴っていた。


「おい……っ、おい……」


 ーーーだが瞳は、力無く閉じられた。


「ーーーッ!!!!!!!!」


 突き付けられた、衝撃の現実。

 揺さ振ろうとも、瞳が開くことはなく。

 小さく頭を振ったアンナは、意を決したように生唾を飲むと、徐にカザイの首筋に手を当てる。


「…」


 触れた首筋を通じて感じられる僅かな振動が、伝わらない。

 手を離すと、アンナは恐る恐るとばかりに胸に触れる。


「……」


 心臓は、もう動いていなかった。


「……生きている…だろう? 前と同じ…死んだ振り…だろう? なぁ…」


 前回は胸を貫いた後に、動かなくなったカザイから銃を奪うとその場を後にした。

 銃を奪ったのは、彼を殺めたという証明のためだった。

 彼は銃を自ら手放したことがない。だから、銃を戦利品として『組織』の査問委員会に提出することも可能と考えた。

 委員会は証拠品として受理した。「元帥同士の争い故に、肉体が残らなかったとしても道理に適う」ーーーそれが、委員会の判断だった。

 その時、アンナは内心で安堵したのを覚えている。

 銃だけを持ち帰った実際は、単に極度の疲労と動揺のあまり、その場を離れたかったからだ。そして、何よりもカザイの「死」を、心のどこかで見たくなかったためだ。

 首を持ち帰る等、他に方法は存在していた。そちらの方が、確たる証拠品ともなっただろう。銃で案件の片が付いたのは、僥倖でしかない。

 そして「死」を確認せずに、「死んだ」と思い込むだけで今日までの日々を過ごしてきた。殺めたという事実から、ほんの少しだけ眼を背けていた。逃げ続けていた。

 その結果が、今に至った。

 カザイは、生きていた(・・・・・)。胸を貫かれただけでは、死んでいなかった(・・・・・・・・)


「お前は…殺したって死なない男だ…。そうだろう…?」


 だから今度は、しっかりと自分で確認しようと思った。

 きっと生きている。死んだ振りだ。かつては見落としてしまったものを見落とさないために、アンナは暫く触れるはずのない拍動を求めた。問い掛け続け、反応を探り、それが不可能だと知るや、カザイに触れている手に魔力(マナ)を込め始めた。


『光よ…集え……』


 込めるのは、光の魔力(マナ)

 彼女の手から、溢れていくのは回復魔法の一つ、“ディバインヒール”。彼女が使える唯一の回復効果を持つ光属性上級魔法だ。


「ほら…早く眼を覚まさせてやる……」


 身体の治癒力を促進させることで傷を癒す魔法の発動に、彼女は尽力した。

 込め続けられている魔力(マナ)が、カザイの身体に吸い込まれることなく周囲に溢れ続けてもなお、尽力し続けた。


「…はぁ…っ、はぁ…っ」


 激しく息切れした彼女は、魔力(マナ)の殆どを消費してしまっていた。

 脱力した身体が、地に両手を着かせる。

 渾身の回復魔法が発動したにも拘らず、遂にカザイはーーー眼覚めなかった。

 それはカザイ・アルスィーという男の死が目の当たりになった瞬間だった。


「…く…っ。私は……」


 アンナは俯き、拳を地面に打ち付ける。

 彼女の中で湧き上がるのは、極限までに濃縮された罪悪感と、その中で淡い輝きを放っている思い出。

 これまでの共闘が思い起こされたり、様々な場面で見てきたカザイの姿が浮かんだ。

 無表情が基本だった男。だが基本であっただけで、表情を変えることは時々あった。顔色すら変えない男の珍しい数々の姿は、アンナの中で鮮明に残っている。

 その中でも、特に印象に残っているのは、とある一人の男に関する出来事。その男と関わっている時、カザイは普段からは考えられない姿を時折見せることがあった。

 カザイは、その男に何故か信頼を置いているようだった。理由は分からないが、共に外出するなど極めて珍しい姿だったのだ。


「やはり私は…お前の真意一つすら訊けなかった…。やはりお前は…私に何一つ語ろうとしなかった……」


 だからーーーもしカザイと対峙したのが自分ではなく、その男だったらーーーこの結果は変わってたのだろうか。そんな考えが、脳裏を過ぎった。


「くそ……っ」


 しかしそれはもう叶わないこと。

 カザイは息絶えた。自分が、殺した。

 何かの間違いだと否定することは出来ない。元帥の片割れは、もう一人の元帥の手によって確かにこの世を去ったのだ。

 「もしも」と、脳裏を過る思考が仮定ではなく、これからを見詰めた。

 それはカザイの死と同じように、これまで彼女が考えないようにしてきたこと。死によって生じる、負の螺旋。

 カザイを友人と認識している「あの男」。彼に、何と説明すれば良いのか。

 元々前回の戦いでは、直感を頼りに「あの男」を追跡した結果、カザイとの再会を果たせた。そして「あの男」が去った後に自分は姿を現し、死闘を繰り広げた。


『元気でな』


 回顧に浸るアンナの耳に、カザイの声が思い出された。

 やはり、カザイはあの時から命を絶とうとしていたのだろうか。

 去り際の「あの男」にカザイが伝えたのは、別れの挨拶であったのだと今なら分かる。緩んだように見えていたあの時の表情は、カザイなりに別れを惜しんだのだろう。

 しかし「あの男」は違う。彼はきっと、再会を待っているはず。

 その事実は、アンナにもう一つの残酷な現実を突き付けた。


「‘…どんな顔をして…会えば良い……’」


 呟いたのは、彼女の本心からの弱音。

 逃げていたことを、これでもかと続け様に直視させられ、彼女は心身共に磨耗していた。


「……」


 そんな彼女の背後から、何かが近づいて来る足音が聞こえた。

 血の匂いに惹かれてやって来たのだろうか。

 心の静寂を脅かす、魔の影。少なくとも前回の来訪時には感じなかった気配だ。

 だからだろうか。

 アンナは背後に現れた気配に、無性に腹が立って仕方が無かった。


「…貴様等。私は今、機嫌が悪い」


 両腰に帯びた鞘から、二振りの刃を抜き放つ。

 カザイ相手なら役不足だった無銘刀も、魔物相手なら事足りる。

 沸々と煮え滾る怒りを得物に込め、アンナは闘志を炎とした。


「とっとと…消えろッ!!」


 双剣を構え、気配へと挑むアンナ。

 その炎の揺らめきは、何者かが嘲るように怪しく唸っていた。

「……つまり、こう言うことね? あなたは手札にイカサマをして、知影と協力しながら勝負をしていた…と」


「いや、イカサマじゃない。単に誰にどの柄のどの数字が配られたか記憶していただけだ」


「そうそう。イカサマじゃないよ。強いて言うなら、天才な私の身体能力とか演算能力の一部が弓弦の身体に残っているってだけ。まぁそれでも、今は弓弦の実力だけど」


「ユリ」


「うむ」


「ぐ…」


「うわぁっ!? 何で私だけ二つ分増えるの!? どうしてフィーナとユリの眼の前で正座させられた私と弓弦の膝の上に石板が乗せられていく内、私の方が二倍で積み上がっていくの?」


「…カードの出し方は良いわ。そう言うところの読み合いも楽しい勝負だから。でも、どのカードが誰にあるのか分かっていたら、それはもうイカサマなのよ。分かるかしら」


「どうりで勝てないはずだ。全て巧妙に仕組まれていただなんて、俄かには信じ難いが…。でも私は失望したぞ、弓弦。負けず嫌いも大概にしてほしいものだ」


「そうよ、今日のユヅル、少し子どもっぽくて甘やかしたくなるじゃない」


「…フィーナ殿、本音が」


「あら」


「…すまん、調子に乗った」


「ううん弓弦。調子に乗ってるのは眼の前の二人。ちょっと本気になっただけで顔赤くしちゃって…そんなに負けたのが悔しいのかな」


「ユリ」


「うむ」


「うぐぅっ…ねぇ、一気に三つも乗せないでくれない!? 重いんだけど?! 膝潰れちゃうっっ」


「…知影、余計なことを言うと増やされるから。今は止めておけ」


「…今、は?」


「うむ」


「ぐぅっ…! お、俺まで二枚乗せか…と言うかこの石板、どこから調達してきた!?」


「じゃあ後になってから言うつもりなのね。どんな蔭口を言ってくれるのかしら♪ 楽しみ♡」


「フィーナ殿、本音が」


「あら」


「う〜…地獄だ拷問だぁぁ。ここは言いたいことが言えない世の中そのものだぁ」


「それだけのことをしてしまったからな。ま…イカサマは駄目ってことだな」


「当たり前じゃない」


「うむ、邪な心が見え隠れしているものは尚更駄目だ」


「うぉぉぉっ!?!? よ、四枚乗せ…」


「ちょっと! 今弓弦変なこと言ってないと思うんだけど!! おうぼーーー」


「何だ、知影殿」


「…応募先はこちらまで♪ 皆のお便り待ってます♡」


「うむ、では二枚応募を」


「ぁぅぐっ。石板のお便りは勘弁してよぉぉぉっっっ!?!?」


「弓弦には六枚だ」


「うぉぉぉっ!? なんで俺まで……っっ!!!!」


「…。うむ、追加で更に十枚」


「ぐぁぁぁぁっっ!?!? お、おいユリ!! 冗談抜きでヤバい!!!!」


「…ゆ、ユリ、やり出した私が言うのも何だけど、あまり乗せ過ぎるのは駄目よ? 本当に膝が潰れちゃうから」


「……」


「ねぇ、ユリ?」


「‘汗…’」


「へ。ユリちゃん?」


「…ユリ、何だか眼が怖いんだが…」


「‘汗…一杯だな…♡’」


「ユリちゃーん?」


「ーーーッッ!? おいフィー、とっとと予告言ってこの話終わらせろ!! 途轍も無く寒気がする!!」


「え、えぇ! 『星の流れを紐解くと、歴史の流れは紙一枚。歴史の流れを紐解くと、人の生死は薄紙一つ。人の生を紐解くと、生死の分け目は紙一重ーーー次回、刹那』…終わったわよ。…って、ちょっとユリ!?」


「ふ、ふ…弓弦、もっと乗せて…良いか?」


「ま、待ちなさいユリ! 本音が見え隠れしているわ!! ユヅル、今助けーーーッきゃぁっ!?」


「弓弦を助けるのは私! ここは私のヒロインパワーの出番だよ!」


「ちょっと、足を掴まないで! こんな所で張り合う必要なんか無いでしょ!?」


「いいや、ここで好感度アップを図る、図ってみせるよ私!!」


「駄目だ! これ以上は!!」


「あ、あなたっ」


「あ、時間制限早っ!」


「ユリ、ちょっと待ーーー!?」


「気にするな! 私は楽しいぞ!!」


「気にしろぉぉぉっっっ!!!!」

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