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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
裏舞台編
352/411

不和

 『エージュ街』は、今日も平和だった。

 日が昇ると人が増え、新鮮な緑の香りから腹の虫を騒がせる食事の香りが宙を舞っている。

 街を行く人は、誰もが平和を語っていた。

 歩けども歩けども、絶え間無い笑顔が続いている。


「……」


 その中を一人、歩く者が居た。

 深くフードを被った、旅人姿の者。

 整備されたタイルの上を歩き、時々周囲を窺う姿は何かを探しているようだ。フードの奥から、静かな光を湛えた瞳が覗いている。

 その足は、街の大通りから人通りの少ない路地裏へと向かった。

 住居と住居の合間。細く薄暗い通り道であっても、ゴミの散乱は見受けられない。それは、この街の治安の良さを物語っていた。

 ここは『エージュ街』。『組織』のお膝下が一つ。兵士による定期的な巡回と、整備された衛生環境の中で人々は生を営んでいる。正に、絶えず光の差し込む街だ。

 しかし絶えず光が差し込むといっても、光が建築物を通過する訳ではない。

 薄暗い路地の道。そこは、光が全て及ぶ世界ではない。薄暗闇に支配された細く長い影の道だ。

 光に慣れた者ならば、この道を避けるであろう。この道を歩むのは、影に慣れた者達だからだ。

 しかし旅人姿の者は臆することなく進んで行く。コツ、コツと、足音を立てて。光を離れて、薄暗闇の世界へ。

 その足は、ある路地裏の一角で止まった。

 そこには、住居一軒分の空き地があった。

 周囲を再度確認し、旅人姿の者は自らの記憶を探るかのように思案を始めた。

 それは、答えを合わせだ。旅人姿の者は何度も周囲を見回し、己の眼前に広がる景色が何の変化も見せないことを確認した。


「…やはり、無い…か」


 口を衝いた言葉に溜息が混じる。

 旅人姿の者は、空き地にあったはずの店を探していた。

 その店の名を、『路地裏の彗星』という。旅人姿の者が足繁く通っていた麺の店なのだが、ある日忽然として無くなってしまっていた。

 元々、突然この地に現れた店なのだ。一夜で現れた店が一夜で消える。何ら不思議なことではない。

 そして、一夜で消えた店が一夜でまた現れるーーーそんなことも、あるかもしれないのだ。

 旅人姿の者が空き地に足を運ぶのは、今日に限ったものではない。それは、またいつか路地裏に彗星が降るかもしれないと期待しているからだ。


「…ぐ」


 しかし願いが腹を満たす訳ではない。

 旅人姿の者の胃袋から、悲鳴が上がった。

 先程から小さな悲鳴が上がっていたのだが、ここにきて一番大きな悲鳴だ。

 周りにも、悲鳴は聞こえたであろう。もし聞かれでもしたら羞恥心が声を上げそうだったが、人の気配が無いのが幸いだった。

 旅人は頭を振ると、もう一度小さな息を吐く。


「…帰るか」


 その足先は、来た道を戻って行く。

 身体の中で悲鳴が上がっているためか、その足は急いでいた。

 旅人は腹を摩り、身体の脱力を覚えながらも角を曲がり、大通りへと向かう。


「お待ちを」


 その背に、突如として声が掛けられた。

 旅人が振り返ると、通って来たばかりの角から人が姿を見せた。

 男だ。人の良さそうな笑みを浮かべ、静かに立っていた。


「あなた。こんな所で、何を?」


 出で立ちも、様子も、何らおかしなところはない。その様子は、ここまで暮らす者達と何一つ変わりない。

 ここで声を掛けてきたのだって、このような何も無い場所に何度も足を運ぶ自分のことを不思議に思ったためかもしれない。


「もしかして、この先にあったお店に、ご用が?」


 しかし何故だろうか。

 警鐘が、けたたましく鳴っている。

 問い掛けに応えるか、否か。それを考えるよりも先に、今の状況について思案している自分が居た。


「いや、あそこの店主は友人なんですよ。用があるのなら聞きますけど」


 男に嘘を吐いているような気配は無い。

 本当のことを言っているのかもしれない。しかし、違和感は拭い切れない。それはもしかしたら、この男が嘘を得手としているためかもしれない。


「…あの店主に友人が居たとはな。初耳だ。それに…お前のことを、見たことがない」


 信用は置けないが、店に関する情報を得られるのなら、またと無い機会ではある。

 周囲への警戒を怠らないよう意識しながら、いつでも逃げられるようにしておく。

 人の声は遠い。大通りまでは距離がありそうだが、不審な素振りを見せればすぐに逃げることが出来るはずだ。


「それはそうですよ」


「旧い旧い友人ですからね」


 ーーー出来た、はずだった。


「ッ!?」


 背後に気配。

 聞こえてきたのは、眼の前に居る男と同じ声。

 旅人姿の者が背後を一瞥すると、そこには眼の前に居る男と全く同じ男が立っていた。


「(…嫌な予感程、良く当たる)」


 同じ男が、前後に一人。人の良さそうな笑みは、改めて見返すと仮面のようにも思える。

 旅人姿の者は、左手をマントの内側に潜らせた。

 この男達はーーー危険だ。

 前後に同じ男が立つ。こんなことは普通考え難い。

 場所も場所だ。細く薄暗い路地裏。前後の逃げ道は、封じられている。

 状況は明らかに、故意によるもの。そこには何らかの思惑があると見て違い無い。


「何のつもりだ」


 逃げるには、壁を駆け上がって上に逃げるしかない。

 それかーーー後ろの道を切り開くか。


「物騒だな」


「すぐに殺気立って」


 眼の前の男が話し、後ろの男が話す。そんな男達は調子を崩さない。

 まるでこちらが敵対姿勢を取ることが分かっていたかのようだ。


「…何のつもりだ、と訊いている」


 敵と判断して、間違い無い。

 旅人姿の者はそう結論付けることにした。

 この男達は何故か知らないが、自分を狙ってきている。

 そう考えが至ったのは、旅人姿の者自身が標的にされる覚えがあったためだ。


「俺は君を招待しに来た。会いたがっている存在が居るんだ。…君に」


 眼の前に立つ男はそう言うと、どこかからか何かを取り出す。

 どこかからというのは、どうやって取り出したのか見えなかったためだ。しかし、次の瞬間男の手に握られている物があった。

 それは、薄暗闇でも分かる輝きを静かに放ち、旅人姿の者の眼に存在を訴えてくる。

 こちらを見詰める一つの穴が見えた。物体の先端にある円の形をした穴が、鉛玉を放つ。


「それはーーーッ!」


 旅人姿の者は、鯉口を切っていた。

 自らの下へと飛来する物体を、何とか反応して両断する。

 逃げ道どころの話ではなかった。眼前の男が握る「それ」を見た瞬間、身の内から堰き止めていた急流が、岸に打つかり飛沫を上げながら海原へと流れ込むように。沸き起こる疑念と不安が、逃げるという選択肢を流し去ってしまっていた。

 戦闘が始まった。

 どうやら挟撃してきた男達の目的は、自分の連行にあるらしい。

 ならばその思い通りにさせる訳にはいかない。この状況を切り抜ける。


「それを、何故貴様等がッ!」


 旅人姿の者は両断した勢いそのままに、返す刃で背後に迫って来ていた男に峰打を見舞う。

 その直後、背後から音が聞こえた。恐らく、無防備な背中を狙うためか。

 このままでは鉛玉の餌食となる。しかし、峰打ちの手応えはあった。


「(ならば…ッ)」


 狙いは背後の男ではない。すぐさま胴に蹴りを入れると、足に力を込めて蹴り飛ばす。


「ッッ!」


 その勢いを利用し反転。

 瞬間、頬に痛みが走った。フードが風に煽られ、隠れていた素顔が明らかになる。

 現れたのは美しい女の顔。鳶色の髪を靡かせる彼女の瞳に映るのは、ただ一点。

 彼女は、人に顔を見られまいとしてフードを被っていた。しかし戦闘ともなれば構っていられない。壁を駆ける刃が右側から狙うのは、対峙するもう一人の男が右手に握る物質。

 手を峰で打ち、取り落とさせるべきか。それとも、刃で腕を斬り落とすべきか。刹那の逡巡の後に出した答を得物に込め、壁を蹴る。


「迂闊な」


 男が表情を変えずに嘲る。

 再び音が響いた。

 まるで女による実力行使の方法が分かっていたかのように、狙い澄まされた鉛玉が迫る。


「ッ」


 鉛玉が穿つ、無人の壁。

 軍配は、女に上がった。

 間一髪、鉛玉の到達よりも速く壁を離れた女は、向かい側の壁を蹴っていた。


「…ッ!!」


 振り下ろされる峰が袈裟をなぞる。

 左側から手首を狙った正確無比な一撃。峰打ちか斬り落としか。女が選択したのは、前者の方法であった。

 男が握る物質。それを何としても、取り戻さなければなら(・・・・・・・・・・)ない(・・)

 そうすれば、沸々と沸き上がり続ける疑念に答えを出せるかもしれないーーーそんな予感が、戦意を掻き立てる。


「ぜりゃぁぁッッ!!」


 壁を稲妻の如く駆け抜けた一撃は、狙い違わず手首を打った。


「…!」


「(貰った…ッ)」


 確かな手応えが伝わる。

 痛烈な一撃は、男の握力を弱めるのに十分な威力を有していた。


「返してもらうッ!!」


 男の手から離れた物質を擦り抜け様に奪い取ると、女は大きく飛び退いた。

 そのまま前後の男どちらからも等しく距離を置いた位置に立った女は、奪い取った物質に眼を見張らせる。


「(やはり、これは…っ!?)」


 近くで見ると、確信出来た。

 これは、記憶にある物だ。朦朧とした意識の中で失くしてしまい、朦朧と見付からぬとばかり思っていた。しかしまさか、ここで再開させられるとは。

 ーーーそう、間違い無い。「あの男」の物。二丁の銃の片割れだ。


「答えろ。何故これを持っていた」


 女は男達に問う。

 彼等は「招待」を目的としているらしい。誰が自身を招待したのか。話の流れから、そして何より手土産とばかりに持参したこの銃からーーー結び付けられる人物は一人しか居ない。


「預かったのさ」


「君を良く知る存在から」


 男達ーーー背後に立つ男の復帰が早いことに、女は内心で舌打ちする。

 意識を刈り取るには十分な程の一撃を見舞ったはず。やはり、並の人間ではないということらしい。

 いやそもそも、この男達は人間なのか。それさえ、女には疑わしく思えた。

 対峙して感じる違和感。それはまるで、圧倒的な力を持つ存在が力を抑え込んでいるような。


「随分と曖昧な返しをする。誰だ、と訊いているんだ」


「君を良く知っている、そして君が良く知っている存在だ」


「会えば自ずと分かるものを教えるまでもないさ」


 会うべきか、会わないべきか。

 もし会えるのならば、会ってみたい気持ちがあった。

 だが女は知っていた。それ(・・)は、叶わないからこそ生じた気持ちであることを。

 そう、叶うはずがないのだ。叶わなくしたのは、他ならぬ自分自身なのだから。

 しかし認識している事実の反証として、「銃」が示された。だから女は、己が認識していた「事実」を一瞬疑った。疑いはしたが、疑いを疑い、それを否定した。

 女は知っていたのだ。その人物

は、決してこのような「招待」をするはずがないと、確証を持つことが出来た。

 それは、かつて二人一組として行動していたからこそ分かること。共に日々を過ごした傍らで彼女が認識していたその人物の「招待」といえば、精々あまりに端的過ぎる内容の紙切れ一枚に、送り主が分かるようにするための配慮か銃弾を添えておくぐらいだろうか。実際、女はこの形で伝言を受け取ることが多かったのだ。

 だから自信が持てた。

 この招待。先に待ち受けるのは、自分が再会を願う者ではないと。


「…悪いが、貴様等の誘いには乗らん」


 女は壁を背にしたまま、二人の男を睥睨する。

 拒否を受け、彼等がどのような行動に出るのか様子を窺ったのだ。


「いや、招待されてもおうか」


 男達は、様子を崩さなかった。

 変わらず笑みを向ける姿に、女は違和感を感じた。

 何かがおかしい。この期に及んで、まだ招待を口にする。

 それに何故、銃を取り返さない。違和感は強まるばかりだ。


「(まさかーーーッ!?)」


 女は咄嗟に自らが握る銃を睨んだ。


「招待状を、受け取ったのだから」


 銃を中心として、景色が歪む。


「何…ッ!?」


 形容し難い危機感に、銃を手放そうとした。

 しかし、銃が放つ光がーーー銃から張り巡らされた紐が解けるようにして姿を見せた魔法陣が、彼女の失策を悟らせた。

 歪む、滲む、景色が変わっていく。

 抵抗の暇すら与えられず、女の視界が歪みで満たされた。


「ぐ…」


 歪む、滲む、景色が変わった。

 気付けば、路地裏よりも更に暗いどこかに女は立っていた。


「(私としたことが…ッ)」


 男達が居たはずの方向を見るも、既にその姿は無い。

 それどころか、辺りは一面岩肌景色だ。


「(…ここは?)」


 吸う息が、妙に澱んでいる。

 どこかの洞窟だ。そう理解するまでに時間は掛からなかった。

 それだけではない。ここがどこの洞窟なのかさえも、理解するまでに時間が掛からなかった。

 ーーー否。理解出来ないはずがない。

 理解は容易に出来てしまった。しかし、出来てなお女は理解を拒もうとした。現実から眼を背けるように、衝動的に。

 それは、女の本能が取らせた行動なのかもしれない。だが逃避を、現実が追い詰めた。


「(まさ…か…)」


 女は固まったように、眼を見開いた。

 見覚えのある岩肌に鳥肌が立ち、呼吸が早まっていく。

 気配だ。気配を、感じる。

 すぐそこに、誰かが、立っている。


「お前なのかーーー?」


 暗闇が、薄れる。

 気配の方向だ。徐々に強くなる光が、空間を仄かに照らしていく。

 そして、気配の主を照らした。


「……っ」


 女は愕然として刃を取り落とした。

 乾いた唇が紡ぐ、人の名。応えるかのように、向けられるーーー銃口。


「…おい…何か、言え。その口は、飾りか…?」


 信じていたものが、崩れていく音がした。

 かつてここで起こったように。起こってしまったように。女はーーー『剣聖の乙女』は、かつての同志と対峙した。

「『路地裏の彗星』…か。そう言えばこっちに帰って来る前に回収したんだったな。…お前のラーメン、美味かったよなぁ」


「…ふむ」


「回収したって言うことは…その内、また新しく店をやるつもりなのか? ヴェアル」


「…美味と言ってくれるか。そう言ってもらえると、私としても喜ばしいと言うものだ」


「…あぁ、美味かった。でさ、店…またやるのか?」


「機会があれば。…が、私の考えだ。仮にどこかに長く、腰を据える機会があれば…その際に限りやぶさかではない」


「…成程な。じゃあ、それまではお預けと言うことか。アンナの奴、残念だろうな」


「…それどころではないようだが」


「…そうだ、なぁヴェアル。ラーメンの作り方教えてくれよ」


「残念だが、門外不出だ。今の君に教えることは出来んよ」


「…そうか。まぁ店の味だしな。そう部外者に教えるものでもないか。だがあの出汁…自分で考えたのか?」


「師匠が居た。私はただ、継承しただけに過ぎんよ」


「へぇ。師匠かぁ…意外だな。俺はてっきり、ヴェアルって自分の信じた道を突き進むタイプだと思っていたからな」


「…それでは、行き詰まることもある…と教えてくれた者が居たのだ。埃に埋れた話…さ」


「昔の友達って奴か」


「…フッ。予告だ。『人は謀る。己の欲を満たすため。人は歯向かう。己の存在を認めさせるため。人は知る。虚偽の向こうに隠された、絶望を探すためにーーー次回、襲撃』…では、また会おう」

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