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レイア、送り出される

「(ユ~君の、意地悪っ)」


 レイアは今日何度目か分からない悪態を吐いた。

 あれやこれやと思案を巡らせ、弓弦に物を買ってあげようとしたのに。とんでもない反撃をしてくれたものだ、と。

 弓弦が二枚の布を手に取った時、彼女はもしやとは思いつつも口を開こうとした。「買ってあげよっか」、と。

 弓弦に物を買ってあげたい姉的衝動に駆られている彼女は、姉的善意の下に提案をしようとしたのに。それがまさか。


「(女の子へのプレゼントだなんて、流石にお姉ちゃんもお金出せない…)」


 やられた。人へのプレゼントに頼まれもしないで金を出す程、無神経なレイアではない。

 中々考えたものだ。この手段を取られる限り、弓弦が買おうと手に取った物を買ってあげることは出来ない。

 レイアは、レジに向かう弓弦を追い掛けなかった。

 追い掛けて行ったところでどうにかなるものではないし、何より悔しさが込み上げてくる。


「‘ユ~君の意地悪…’」


 レイアの眉を、込み上げた悔しさが顰めさせる。

 誰の眼にも悔しそうだと分かる表情を、彼女はこの日初めて浮かべた。

 それは誰にも見られていないからこそ、彼女の面持ちに表出されたもの。付け加えるなら、その悔しさが大きいためでもある。

 買ってあげたい。だけど、買わせてもらえない。

 どうすれば買わせてくれる? どうしても買わせてくれない。

 買ってあげるためには、どうすれば良いのか。弓弦が欲しがるような物とは、何だろうか。何がある? 弓弦が欲しい物。欲しい物ーーー


「‘ううん…’」


 弓弦に欲しい物が出来るように仕向ける? いや、それはあからさまというか、弓弦の物を壊したり隠したりすることは下手をすれば、彼を傷付けてしまうことになる。そこまでするのは本意ではない。

 他に、方法は。弓弦に物を買ってあげるための方法ーーー


「‘思い付かないよぉ~…’」


 何も、無い。

 棚整理の店員が近くに来たので、彼女は心の中でだけ落ち込んだ。

 折角お店にやって来たのに、何も買わないなんて寂しい気がする。

 別に罪悪感とかの類ではない。ただただ寂しい気分になったが、思い付かない以上仕方が無い。

 レイアは小さな、本当に小さな溜息を吐く。溜息は空気に触れ、静かに消えていった。

 静まり返る心。思案に慌ただしくしていたレイアは、自分の下へと近付いて来る足音に眦を下げた。


「(…ユ~君が帰って来た)」


 程無くして彼女の視界に、弓弦の姿が戻って来る。

 手には袋を提げていた。中にはきっと、先程レジに持って行った二種類の布が入っているのだろう。


「…待たせた」


 弓弦は楽しそうだ。買物が出来たこと。そしてその後に買った物で、何か作ることを楽しみにしているのだと分かった。

 何を作るのか。そこまでは予想出来ないが、きっと可愛らしい小物を作るに違い無い。

 可愛らしい小物を作ろうとする弓弦の、何と可愛らしいことか。レイアはまたも、弓弦の頭を撫でたい衝動に駆られ始めた。

 鎮まれ、私の両手。とまではいわないが、弓弦を不機嫌にしないためにレイアは衝動を抑え込んだ。

 弓弦の楽しそうな姿が見れた。ならば、それだけで満足ではないか。わざわざ撫でるまでもない。


「(…そっか)」


 そもそも、無理に買ってあげようとすることから間違っていることに彼女が気付いたのは、そんな時であった。

 ついつい熱が入り過ぎてしまった。どうして弓弦に物を買ってあげたいのかというと、彼の喜ぶ顔が見たかったからだ。決して、自己満足のためではない。

 自己満足のためとは思いたくないが、ある種自分の自己満足なのかもしれない。そんな声が、レイアの心のどこかで咎めの言葉を発していた。


「(…分かってる)」


 自己満足かもしれない。そんなことは、分かっていた。

 咎めの声を制し、レイアは弓弦に微笑み掛ける。


「待たせたって思うのなら、何か買わせてもらおっかな♪」


 発した声音は、既にいつものレイアであった。

 弓弦に物を買ってあげる。もはや、強制という手段で微妙に手段を選んでいない。

 弓弦は苦笑した。

 そうくるか。とでも言いた気な表情だ。

 そして、


「…分かった」


 折れた。

 その言葉を待ってたレイア、表情が一段と明るくなる。


「やったぁ♪」


 それは、果てなき闘争の果てに勝利という名の栄光を掴んだ戦士のような喜びだ。

 端的に表現すると、超嬉しい、とでもいったところか。

 何を買ってあげようか。鼻歌を今にも歌いそうなレイアが弓弦から離れて行った。


「…おろ」


 否。離れて行こうと、した。

 正確には、弓弦に袖を掴まれて離れることが出来なかったのだ。


「どしたのユ~君、そんなに時間掛けないから少しの間待っててよ」


 何を買おうか。

 この際お菓子とかでも良い。何でも良いから喜んでくれそうな物を探そう。話している最中、レイアの視線は忙しくしていた。


「いや…買ってほしい物…あるんだ」


 ピタリ。

 レイアの動きが止まった。

 彼女の中で、弓弦の言葉がゆっくりと飲み込まれていく。

 買ってほしい物を今彼は、「ある」と言ったのだ。

 まさかのまさか、そのまさか。

 あるとなれば、話は眼と鼻の先。


「ほんとにっ!?」


 振り返ったレイアの間近に、弓弦の顔はあった。

 眼を爛々と輝かせた彼女は、そのままズンズンと弓弦へと近付けた。


「ほんとにほんとにほんとにユ~君、欲しい物あるの!? なになに? 教えて!」


 とてもテンションの高い捲し立てだ。

 少し周りの迷惑になってしまったかもしれない。今にも唇と唇が触れてしまいそうな至近距離の背後を、視線が触れている。

 小さく声が聞こえた。


「「……」」


 「しっ、見ちゃダメ」。それは、子どもの無邪気さと大人の冷たさの合わせ技。

 二人が無言で視線を左右対称で入口に注ぐと、子どもとその母親らしき女性が離れて行く姿が見えた。

 どうやら注目を集めてしまったようだ。レイアは恥ずかしさを覚え、弓弦から距離を取った。

 決して弓弦の顔が近いから赤面してしまったのではない。視線を集めてしまったことが、彼女の羞恥心を突いた。


「コホン、ではユ~君。あなたが欲しい物は何ですか?」


 気を取り直して。

 レイアは両腕を一杯に広げ、花が開くような笑顔で言う。


「このお店にあるものだったら、何でも買ってあげるよ♪」


 お金に糸目は、付けない。

 正確には付ける必要が無いことが正しい。雑貨屋の商品は、その殆どが安価なのだ。

 何を買ってと言われるのだろうか。レイアの胸は期待で一杯だ。


「あぁ、そうだな……」


 弓弦が一瞬曇った表情をしたように見えた。

 引っ掛かるものを覚えはしたが、彼女は弓弦の言葉を待つ。


「お酒?」


「お酒かぁ」


 弓弦の言葉を鸚鵡返しして、眼を瞬かせる。

 数度瞬きを繰り返す内に、妙な間が空いた。

 弓弦の言葉の真意を、もう一度自分の中で噛み締めてみる。

 納得出来そうな理由は、思い付くには思い付いたが。


「…お酒?」


 何故に酒。

 弓弦が酒を嗜むことを知っているレイアだが、とても意外な要求に疑問符が浮かんだ。

 姉が弟に買うものとして、お酒ってどうなのだろう。別に買っても良いのだが、何か違う気がする。

 もっとこうーーー例えば手編みのマフラーとか、装飾品とか。そんな物を送れたら姉らしい気がするのだが。

 それにしても、お酒。別にいけないという訳ではないが、欲しい物としては可愛気を感じない。


「駄目か?」


「ううん、良いよ。何のお酒買ってあげよっか」


 可愛気を感じなくとも、折角希望を言ってくれたのに断りたくはない。

 弓弦の希望に沿うため、彼女はお酒コーナーへと向かう。


「(お酒…かぁ)」


 お酒コーナーへと着いた。

 店の奥の方にあるそのコーナーは、酒屋並みの品揃えーーーというには少々心許無い。

 充実してないとまではいかないのだが、レイアが物足りないと感じることには理由があった。


「(『エルフのくちづけ』…取り扱ってないんだよね…)」


 ここには、レイアが一番買いたいと思っている銘柄が陳列されていないのだ。

 その銘柄というのが、弓弦が愛飲するワイン『エルフの口付け』。レイアは飲んだことがないのでどんな味かは分からないが、それでも常に506号室の冷蔵庫の中に入っているのは知っている。弓弦がフィーナと二人切りで晩酌し合っているのも知っている。

 買ったとして、まず無駄にならない銘柄なので是非とも入手したかった時期もあったのだが、結局諦めてしまった過去があった。何でも大変稀少な酒であるらしく、まず出回らない物なのだとか。弓弦とフィーナは一体、どこで手に入れて来ているのだろうか。

 少なくとも、この店でないことは確かなのだが。他に酒を取り扱っている店があっただろうか。


「そうだな…何が良いか……」


 弓弦は棚の前に立ち、酒を吟味する。


「(…でもユ~君、この店にあるお酒から欲しい物を選ぶんだよね)」


 お酒を眺める弓弦の背中を見詰め、レイアは両手を軽く握り締めた。

 これは、チャンスだ。この状況は、弓弦が欲しいお酒が分かるかもしれない大チャンスだ。これからお酒を買う時の参考になるだろう。


「お」


 弓弦が声を上げた。どうやら、お眼鏡に叶う何かを見付けたようだ。


「なになに? どれどれ?」


 弓弦の隣に立ったレイアは、彼が手に取った物を見る。

 弓弦の気に入ったお酒とは、何なのか。今、その神秘のベールが取り払われた。


「これ…!? …な、んだが」


 隣に立っていたことに驚いたのだろうか。弓弦は少し口籠った。

 歯切れの悪い言い方なのは、罪悪感でも感じているのだろうか。レイアとしては、気にしないでくれた方が嬉しかった。


「どうだ?」


 無色透明の液体が入った瓶が、レイアの眼線の高さにまで持ち上げられる。

 レイアはまず、名前を見てみた。


「たましいりくがめ?」


 「魂陸亀」、とその瓶には書かれていた。

 何とも珍妙なネーミングだ。とても美味しそうには思えない。


「違う違う。『スピリットータス』」


 弓弦に読み間違いを指摘されたレイアは、仄かに頬を染める。

 ちょっぴり、恥ずかしかった。


「…『スピリットータス』」


 何ともセンスの光る名前だ。そして、どこかで聞いた覚えがあるようなないような。

 レイアは取り敢えず、瓶の名前と見た目を深く心に刻み込んだ。


「うん、じゃあ買ってあげる。えへへ」


 酒瓶を渡され、レイアは内心安堵した。弓弦は時々素直じゃなくなるので、酒瓶を渡そうとしないかもしれない。そんなことを心のどこかで考えていたためだ。


「あぁ。ありがとう姉さん」


 弓弦の言葉に送り出され、進む足はリズミカルに。レイアは会計に向かうのだった。

「(…うーん…イメージかぁ…と言われても。実際とイメージじゃ、色々と違ってくるだろうし。ううん…それに、合体技って言っても要は、二方向から突き抜けるだけなんだよね。お互いに全速力で走るから難しいってだけで…)」


「…イメージ…してる?」


「…してるよ?」


「…コク。大事なのはイメージ。イメージが出来ていないと、この技は難しい」


「(…イメージ…ね。イメージも大事だけど…。僕はイメージよりも実践してみる方が好きかも)」


「…ルクセント君…集中してる?」


「…え?」


「…集中してない」


「…かも?」


「……」


「…ご、ごめん」


「…イメージ、十分?」


「…それは、やってみないと」


「…じゃあ、実践する」


「…え、良いの?」


「…構えて」


「…。構えた…けど」


「…タイミング、合わせて。…三、二、一……!!」


「零ッ!」


「と、ここで予告」


「えっ!? ぶべらっ!?!?れ」


「…『その心に炎を燃やしてヴェアルは、行動を起こしていた。身に宿る念動の魔力(マナ)を縦横無尽に巡らせ、志を同じくする悪魔と共に逆襲を起こしていた。睥睨する蒼の瞳、 容赦無く狙いを定めるチャンネル。肉球の上で踊らせようと、ヴェアルは笑うーーー次回、仕返しする』…ルクセント君…どうしたの?」


「肝心のタイミングで急に話を止めちゃうからだよ!? …うぐ…思いっ切り顔から滑っちゃったよ」


「…それは、イメージがなっていないから」


「えぇぇぇ!? そんな無理矢理な!!」


「…」


「…?」


「…緊張…取れた?」


「え…? 緊張…していたかな…?」


「…肩に力が入り過ぎていた。だから先走りし過ぎないために、一つジョークを交えた」


「…うん、そんな気はしてたよ。(だって、あからさまだし…ねぇ)」


「…場が和んだところで。気持ちを切り替えて、剣を構えて」


「…。良いよ…!」


「…三、二、一…!」


「零ッ!!」

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