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ロソン、触れられる

 ロソンとの会話の中。俺は前回の彼女との会話を思い出そうとしていた。

 この、『キュンキュンチェッカー君』と言うらしい馬鹿らしい道具を渡した時のこと。ワザと俺が気になるよう仕向けんばかりの最後の早口で、ロソンは何を言っていた? 不吉なことを言っていたような気はするが、どうにも思い出せない。

 いや、気になるように仕向けられていたからこそ俺は覚えていないのかもしれない。何か気になるように仕向けられていることが分かっていて気にするって、向こうの思い通りになっているようにしか思えなくて悔しいしな。

 あの時ロソンの言葉を間に受けていたのなら、今回の罰ゲームとかも避けられたかもしれない。まぁこれは、もしもの話だが。

 …じゃ、それはその内に思い出すことにして、ロソン(コイツ)にもう一つ質問しなければいけないことがある。


「で。この罰ゲームは、いつ終わるんだ」


「…一気に二つも訊かないでよ。気になる気持ちは分かるけど、こう言うのとお見合いの質問は一問一答が基本でしょ? せっかちだねぇ…これだからチャッチャラチャッチャ、チャ~チャ~チャ~ン♪ 最近の若い者は~、とか言われたりするのに」


 ロソンはどうやら不機嫌になっているようだ。どこぞの青狸みたいだと突っ込んでほしいのは察せる。…分かってて放っている俺も俺だが何だか、もう無理矢理感があるな。いや、無理矢理でしかない。言わせておいて、可哀想になってきた。

 ロソンめ、突っ込んでやらんと答える気が無いのか? だが、ツッコミ入れたらツッコミ入れたで、話が明後日の方向に逸れていくような気はする。

 …。もう少し、様子を見てみるか。


「歳に関しては人のこと言えないだろう。で、どうなんだ?」


「またまた~。そうやって、チャッチャラチャッチャ、チャ~チャ~チャ~ン♪ 私にカマ~…をかけても自分から歳は言わないよ? だって、君に年齢のことは一切言っていないもんね!」


 …いかん、話が逸れ始めた。

 ロソンの奴…やっぱり質問に答える気は無いのだろうか。

 まぁこればっかりは良くあることなんだが…。仕方無い、付き合うか。


「…見た目の年齢からすれば、俺とそんなに変わらないと思ったんだが…」


「え、そう? そう見えちゃうんだ。ふ~ん…」


 ロソンは小さく唸り、考える様子を見せた。

 あのふざけた物真似もしなくなったし、もしかしたら俺、良いことを言ったのかもしれないな。何となく、そんな気がする。

 もしかしたら、このまま押せるかもしれない。


「で、この罰ゲームはいつまでなんだ」


「今日一日中。明日には元通りだから」


 お、すんなり答えてくれた。

 いつまで男に怯える生活を送らないといけないのか恐ろしかったんだが、そうか、明日で元通りか。

 嬉しい知らせだ。笑えない状況だったし、何だか頭が良く回らなくて皆に変なことを言ったかもしれないし。

 それにそもそも俺自身が男なんだから、いつか自分が男であることに対して自己嫌悪に陥るなんてことがあるかもしれない。そしたらもう、俺は男として生きられなくなるかもしれないんだからな。

 となれば、俺はこれからオルレアと言う名の美少女として生きることを強いられていたのかもしれないのか。一生美少女として生きるのは…ちょっとな。受け入れられないこともないんだが…生き方を選べるなら、俺は男のままで生きたい。

 やはり、人間はそのままが一番だ。


「でねー、えっと、他の罰ゲームの件なんだけど。そうだねー…こんなの、かな」


 ロソンがスッと右手を上げると、俺と彼女の間に『キュンキュンチェッカー君』が現れた。

 そして彼女は上げた右手の指を鳴らした。

 パチンッ、と音が鳴る。

 小気味良い、澄んだ音だ。俺も見習いたいぐらい、上手い鳴らし方だった。


 ーーー。


 音が聞こえなくなると、それを待っていたかのように別の音が聞こえた。

 それはどこかで聞き覚えがあるようで、それでいて、聞こえた途端血の気が下がるのを感じるぐらい衝撃的なものだった。


極殺ごくさつ! 千刃サウザント・星煌爆(ブレイザー)ッッ!!!!』


 聞こえたのは若い男の声。

 気取った感じに技らしきものの叫びが聞こえた瞬間、俺の全身に寒気が走った。


「な、なぁぁぁぁぁあああッ!?!?」


 衝撃のあまり後退る。

 寒気の反動か、頬が途轍も無く熱い。

 聞こえてきた声、それは聞き間違えるはずもない。


「ど、どこでそんな声を手に入れたッ!?!?」


 俺の質問に、ロソンはドヤ顔とも呼べる表情で「秘密」と答えた。

 コイツ…一体、どこまでのことを知っているんだ…! だってそれは。


「それは昔の俺の…!」


 忘れたい思い出の一つ。

 中学の時。何を思ったのか創作物に感化されていた頃の、黒歴史ゆめのあと

 俗に言うイタかった時代に俺が自分で考えた、クサ過ぎる技の名前だった。


「キュンキュンさせた回数が五回未満となった次の日。こんな感じで突然変なアラームが鳴るの。どう? 絶対気になっちゃう音でしょ?」


「は、はは…」


 このアラームは、ヤバい。

 ヤバさが世界を一周して、宇宙に飛び出してしまいそうだ。もう笑えてくる、笑うしかない、笑えないけどな。

 人に聞かれたら、変な眼で見られること請け合いだ。このアラーム…気になると言うか、気にせざるを得ないと言うか、気にしないと俺が社会的に殺される気がする。


「必殺より強い意味を込めて、極殺…か。ぷっ…ふふふふ…。ブレイザーって…ぶれ…ぷ……」


「…帰って良いか」


 悪いかよ。男には大体そんな時期があるんだって。ロボットに憧れたり、物語に憧れたり。

 まず家族が色んな意味で特殊だったんだから、自分にも何か特殊な才能が眠っているかもしれないって考えるぐらい良いだろうが。結局特別な才能が無いってことに気付いたから、あれやこれやと努力してきたのだから。

 そう、男には一つぐらい変な時期があったって良いはずなんだよ。…母さんも、妹の木乃香だって言ってくれたぐらいだしな。「何かに夢中になった経験は、必ず芸の肥やしになる」って。…あれ、これ…フォローか…?

 …。考えないようにしよう。


「まぁまぁ。日頃から意識してたらアラーム鳴る前に反応出来ると思うから。最初に携帯よろしくバイブもするから親切設計だと思うよ~?」


「待て、通知機能は無いって聞いた記憶があるんだが。無音で静かにカウントが貯まっていくんじゃなかったのか?」


「うん、だからちゃんと女の子達を、一日合計五回キュンとさせていればひたす~ら無音のアクセサリーも同然だよ? アラーム、イコール、君への警報、通知とは違います。アンダスタン?」


 通知も警報も大して変わらんだろうがっ。

 随分ワザとらしい発音して、人を小馬鹿にしているのか? 趣味が悪いぞ…。


「…返しても良いか?」


「駄目。折角作ってみたのにそんなことされたらつまんないし、それ返すつもりならここから帰さないよ」


 ロソンの声音が本気を物語っていた。

 もし出来るのならば、の仮定で訊いてみたものの、やはりな答えが返ってきたので残念だ。

 それにしても、折角作ってみた…か。手作りのものを突っ返すって…そりゃ怒るか。いや俺も理不尽さに対して怒りたい気分なのは同じなんだけど。一度は受け取った以上、俺の方に非があるし、ここは謝るしかないか。


「…悪かった」


 俺は謝罪の気持ちを込めて、頭を下げた。


「はい駄目~」


「…は?」


 即答に、思わず視線を鋭くしてしまった。

 今の謝り方の何が駄目なんだ。どこもおかしくない、普通の謝り方だろうに。

 だがロソンはそんな俺の視線をまっすぐ受け止めると、人差し指を立てて自らの隣を指し示した。

 視線を誘導された俺は、「キュンキュンチェッカー君』の画面に、何か文字が表示されていることに気付いた。


「口に出して読んでみよっか」


「…カッコ良く…謝る」


 何じゃそりゃ。

 すると…俺の謝り方が全然カッコ良くなかったから、「駄目」なんて言われたのか。

 なら、どう謝れば良いんだか。カッコ良い謝り方なんて、どうすれば。


「…因みにこれ、やらなかったらどうなるんだ?」


「その日一日カウントが溜まらなくなるから、次の日も罰ゲーム確定。更に言うなら、貯まった罰ゲームを全部終わらせるまでアラームが止まらなくなります」


 血も涙も無いな。

 あのアラームが延々と鳴らされている中、罰ゲームを同時にやるぐらいならば…一つの時点で済ましておいた方が楽だろうな。


「…やるしかないか」


 どうすれば良いか分からないのは、どうにもしないことの理由にはならない。

 覚悟を決めて、どう謝れば良いのかを考えていく。

 カッコ良さ…カッコ良さ…なぁ。


「お、良い顔になった。覚悟決めたね?」


「…まぁ、な」


 どう謝ったものか。

 頭を下げるだけじゃ、違うって言うのは先程分かったし…。

 取り敢えず、当たり障りの無い感じで…そうだな、カッコ良いと言えばアイドルとかそうだよな。少し意識して、軽い感じで言ってみるか。


「悪い♪」


 左眼を瞑り、顔の前で両手を合わせる。声は少し軽めに言ってもみたが…これはどうだ?

 ロソンの様子を窺う。腕組みをした彼女は、どうやら納得していないようだ。


「ねぇ、まさかだと思うけど。チャラさをカッコ良いと結び付けてない?」


 …結び付けてたかもしれない。

 だが、アイドルって大体チャラいの多いと思うんだが。


「チャラさとカッコ良さは違うからね。…爽やかさは別として。それこそ、イタぁい考え方だと思うんだけど」


「ぐ…」


 イタくて悪かったなっ。


「ささ、他にも見せてみてよ。カッコ良いの」


「…と言われてもな。お手本の一つでも見せてくれんと、何が、どうカッコ良いのか分からないんだが」


 ロソンは考える素振りを見せる。


「…ん~。だが断る」


 そしてあっさり断ってきた。


「と言うか、顔見えないでしょ? 無理なの。分かる?」


 確かに。顔が見えない状態で、カッコ良く謝ってみせるなんてな。中々難易度が高そうだ。


「そこをどうにかカッコ良く出来ないのか?」


「じゃあ顔が見えなくてもカッコ良く謝るお手本を見せてよ」


「俺も分からないから、手本を見せてくれって言ったんだが」


 堂々巡りだ。

 手本を見ることが出来ない以上、自分で考えるしかないのか。

 さて、どうするか。


「うーん…じゃあさ。君が自分の周りの女の子を泣かせたとします。そんな時、君ならどう謝る?」


 事例か。例え話をされると…確かに考え易い。

 だが、この事例…。


「女の子を泣かせた時…か」


「そ。いつも通りに謝ってみて」


「いつも通りって…まるで俺が、結構な割合で女の子を流せているみたいじゃないか」


「強ち間違いじゃないでしょ?」


 …否定は、出来ないな。


「…分かった。いつも通りにやれば、カッコ良いのか?」


「さぁ? でもさ、自然体って…変に気取るよりかは、全然カッコ良いよね」


 ロソンの断言は、確信に満ちているように聞こえた。

 そう言うものなのだろう。取り敢えず言われた通りにやってみることにする。

 泣いている時…と言っても、泣く理由なんて様々だと思うし、それによって謝り方も違うよな。

 女の子にする謝り方…な。


「俺がいつも…というか、これをするのが俺なりの謝罪なんだが」


「うん、やってみて」


 ちゃんとやらないと、罰ゲームにならないのなら、ちゃんとやる。そんな意を決して一歩、また一歩と踏み出し、ロソンの下へと歩み寄る。


「さ、どう謝る?」


 ロソンは楽しそうだ。顔は見えなくても、声や態度で伝わってくる。

 俺は彼女のすぐ側に立つと、両腕を彼女の背中に回す。


「ん?」


 自然体と言われて、浮かんだ方法は一つだった。

 触れた背中に力が入った。

 深く考えずに、ただ自分が謝る時を頭に浮かべて身体を動かしていた。

 許してもらおうと思うよりも、自分の気持ちをハッキリと伝える時にする謝り方はーーー


「…ごめん」


 そっと抱きしめて、謝ること。


「え…」


 怒っている時ならまだしも、泣かれている時なら多分俺は、そうする。

 そして、頭を撫で(こうす)るんだ。


「ごめんな」


 慣れたように自然と動いた手が、何かに触れる。

 いつものように撫でてみると、手に髪の感触があった。

 それだけじゃない。首から上にあるはずのものが、俺の胸の辺りに当たっている感覚もあった。

 これは…?


「ちょっ…!」


 触れていた感触が無くなった。

 予想だにしなかった感触に意識を向けた瞬間。俺は突然すり抜けたかのように、何も無い空間を抱きしめていた。


「そ、それは君に好意を持っている女の子限定の謝り方でしょ!? 周りって、そう言う意味じゃなかったんだけど!!」


 「あぁぁびっくりしたぁっ!!」と珍しく焦っている様子のロソン。

 新鮮だ。ここまで狼狽えている彼女を、未だかつて見たことがあっただろうか。


「いきなり女の子を抱きしめるって何考えてるのっ!? 大胆過ぎっ!」


「と言われてもな。一応、自然な謝り方をしたつもりだ」


「そうだけど! うん、そうかもしれないけど! 一言ぐらい仄めかしてほしかった!!」


 うん、新鮮だ。

 ロソンがまるで、そんじょそこらに居る女の子みたいに思える。


「…はぁ、悪かった」


 新鮮だ。何度も言うが、新鮮だ。新鮮が頭の中で飛び交っている。

 まさかあんな女の子らしいリアクションをされるとは思わなかった。新鮮だ。

 ロソンは胸に手を当てていた。

 肩が上下している。あれは、相当驚いた証だな。してやったり感はあるが…疑問が出来たな。


「…でも、どうやら『キュンキュンチェッカー君』は、オッケーしてくれたみたいだね。うん、良い、罰ゲーム合格! と言うことで返すね!!」


 右手に何かを握ったような感触がしたので開いてみると、『キュンキュンチェッカー君』がそこにあった。

 罰ゲームは表示されていない。その代わり、現在のカウント「15」が表示されていた。


「?」


 カウント…こんなに多かったか? 昨日分のカウントで罰ゲームだったのに。…初日に沢山カウントが貯まったのだろうか。よく分からん。


「はい! バイバイ! またね!!」


 人の返事も待たずにロソンは俺を魔法陣から生じた中に吸い込ませた。


「お、おい!?」


 手を振る彼女の姿が遠去かる。

 彼女の姿が見えなくなると、薄れゆく意識の中で俺は頭の中を整理することに。

 不思議なここの住人、ロソン。彼女の首から上に、俺は確かに触れていた。

 一体どんな顔なのだろうか。あの焦った様子の時、どんな表情をしていたのか。何故か見えないために、何も分からない。

 だが、何故だろうか。撫でた髪も、抱きしめた際の感触も、妙に既視感がある。

 訊きたいことがあったのに。強烈な眠気がそれを阻んだ。


「…見えないけど触れることが出来るから、そこに存在しているとは分かる…。な~。…何だこの書類、さっぱり分からんことが書いてあるが~…何が言いたいんだ~?」




「…こんな訳の分からんヤツに判を押してもロクなことにならないしな~。承認無しっと~。で、次は~…スカートから見えそうで見えないパンツの良さは、例え見えなくても触れられなくても、素晴らしさが存在していると分かる…だと…!? こんなの…こんな訳の…ッ!」




「分かり過ぎるヤツは承認っと~。スカートの見えそうで見えない、あの勿体振る感じは、最高だからな~!! …で~、これは何の書類だったんだ~?」




「…げ。こ、こいつは~…」




「…。よ、予告だ~! 『アデウスは静かに鎌を研いでいた。弓弦が眼覚めるのを待っていたかのように集まってくる悪魔達。その中に一悪魔、妙な出で立ちをしている存在が居るがために。一秒にも満たない刹那にその鎌を振り下ろすため、アデウスは静かに機を窺っていた。手を取り合う師弟、隙を隠す違和感、蝙蝠が募らせるは蜜柑の恨み。研いだ鎌は、何故振り下ろされたのかーーー次回、アデウス、合わせる』…よし! これで予告は終わりだ~!!」


「…た〜い〜ちょ〜う…!!」


「…げ」

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