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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
34/411

熱砂を踏み締めて

 日の暮れた砂漠は、星の見下ろす世界となっていた。

 輝かんばかりの星々、そして二つの月に照らされて、肌寒い風が吹き抜けている。

 ここは砂漠。熱の冷めた、夜の砂漠。

 弓弦とフィーナが歩いた距離のおよそ三分の二程度か。街からの距離を歩いた所にテントが一つ。人影は三つ。


「…綺麗だなぁ。夏の山奥って、こんな空の感じかも」


「〜♪」


「……」


 知影、ユリ、レオンはテントを張り翌日に向けて備えていた。


「……………ユリちゃ〜ん。早く…飯を……」


 歩いた距離としては予定通りであった。

 しかし、三人共──中でもレオンの消耗が著しかった。

 まるで干からびたように、「飯飯飯」と繰り返す様は、壊れたラジオのようだ。


「隊長さん…気持ちは分かりますけど。そんな、壊れかけのラディオじゃないんですから。三分毎に同じこと言わなくても…」


 知影は困惑気味だ。

 本当は弓弦のことを考えたい彼女であったが、明らかに疲労しているレオンを心配出来ない程には人として終わっていなかった。


「ふむ」


 あまりの疲れなのか、レオンは仰向けのまま動かない。

 そこまで疲れるのかと知影は困惑していたが、ユリとしては分からなくもなかった。


「魔法の連続使用は激しく魔力マナと体力と集中力を消耗する。伝説上の存在である『ハイエルフ』でもなければ、一日中魔法を使い続けて疲れない訳がないだろう。…寧ろ隊長殿は良く保った方だと私は思うのだが…」


「うーん…?」


 ユリの言葉を受け、知影はここに辿り着くまでのことを思い出す。

 『カリエンテ』を出て、それから──。











* * *


 『カリエンテ』を出た三人は、大きな壁に打つかっていた。

 砂漠といえば、何か──そう、だるような暑さであった。

 レオンは兎も角、一ヶ月あまりに渡る期間を涼しい王宮内で過ごしたユリと知影にとっては過酷な環境。

 揺らめく景色は陽炎によるものか、それとも意識が揺らいでいるためか。


「暑いよ…」


「暑い…」


「暑いな〜」


 レオンだけは余裕を持ちながら歩いていた。

 一方、知影とユリはそろそろ限界が近付いていた。

 辺り一面変わらない砂景色。変化といえば、に時々襲ってくる魔物。

 照り付ける日光と、生暖かい風や魔物の襲来は、三人の体力を確実に奪っていた。


「(二人の疲労が大きいな〜…)」


 ユリと知影を先導する形で前へ出ていたレオン。

 地図を両手に広げながら、目印を確認しつつ、目的地との位置関係を把握する。


「う〜ん…まだ次の目的地の遺跡までは遠そうだな。二人共まだ行けそうか~?」


「「……」」


 太陽の位置から、現在時刻を把握する。

 ──恐らく四時間近くは歩き通しだ。レオンとしても休憩したいとは思っているのだが、これが中々手頃な場所が見付からない。

 地図によるとそろそろ水辺があるはず。

 だがそこまでですら、暫く歩かなくてはならない。


「(う〜ん)」


 チラリと後方を見る。


「暑い…」


「暑いな…」


 額から汗を滲ませながら、知影とユリが歩いている。

 水分は飲ませているし、二人が背負っていたリュックも代わりにレオンが持っていた。だからレオンは現在、背中に二つ、正面に一つのリュックを背負っている。

 これが軽い訳ではないのだが、少しでも二人の消耗を減らそうといった苦肉の策だ。

 ──だというのに、二人の疲労は激しくなるばかり。

 一応隊員服は、加熱と冷却機能をある程度両立しているのだが、それは通常の衣類と比較でしかない。砂漠の熱に対応出来るはずもなく、灼熱の空気をを満遍無く身体に届けていた。

 多量の汗で、隊員服やスカートを肌に張り付かせている二人。

 じっくりと眼を凝らせば、胸元から服を押し上げる下着の線が見えてしまう。

 眼福だ。

 ここまでずっと眼福を楽しんでいたが、そろそろ限界が近付いているのかもしれない。

 レオンはたっぷり数分悩むと、ある魔法の詠唱に入った。


『暑いの寒いの飛んでけ〜っと~…シュッツエア!!』


 変な詠唱ではあるのだが、魔法陣が展開した。

 そして発動。生温い風が吹き抜けた直後、冷たい風が三人を中心として吹き始めた。


「わぁぁぁぁ…」


「はぁぁぁぁ…」


 知影とユリ、思わず足を止めて冷風に浸る。

 恵みの風だ。身体の熱を優しく取り去ってくれている。


「周りの環境に応じて体温を調節してくれる常駐型の初級風魔法だ〜。効果が切れたら何度でも掛け直すからちゃちゃっと行くぞ〜?」


 レオンは自慢気に胸を張った。


「隊長さん…」


「隊長殿…」


 部下の瞳に、尊敬の色が宿っている。


「(あぁ…俺、隊長らしいことをしているな〜)」 


 何とか暑さを凌げそうな二人の視線に、満足感が満たれていく。

 さり気無く気絶したところを放置されたりとか、雑に扱われもしたが、ここぞという時には頼りになれる存在で居たかった。

 それが、今。


「はっはっは! この隊長に任せてくれ〜!」


 拳で胸を叩いたレオンの下へ、二人が歩いて来る。


「隊長さん」


「隊長殿」


 そして、それぞれから手が差し出される。


「お〜」


 握手でもしたくなったのか。

 あぁ、これが部下と隊長の信頼関係の証。

 レオンも両手を差し出すが、二人の手は擦り抜けるようにして空に向かい──


「…ん?」


 ガシッという音と共に、レオンの肩を掴んだ。

 それはもう、力強い掴み方だ。


「(中々力強い握手だな〜)」


 これもまた、信頼関係の表し方なのだろうか。

 呑気に考えていたレオンだったが、

 

「「永続で」」


 地獄に落とされたのだと気付くのは、もう少し後。

 道中魔法が切れては掛け直すのをひたすら繰り返すこと、どれぐらいの時間が経ったのだろうか。

 水辺オアシスを超えて、次は遺跡へ。

 途中からレオンと女性陣の立ち位置は、逆になっていた。

 知影とユリが先を歩き、レオンがその後に続く。


「はぁ…はぁ……」


 三人分の荷物。そして、常時魔法を行使しながら、戦闘も行う。

 自らの大剣(得物)の重さでさえ苦に感じながら、何とか二人に付いて行く。


「あまり離れないでくださいよ〜」


「うむ、困るぞ隊長殿」


 涼し気な顔で先行する二人は、ある程度離れると立ち止まってくれる。


「すまんな〜、二人共」


 優しい部下達だ。

 感謝しながら、レオンは二人に追い付く。


「ふっ、大丈夫だぞ」


「だね、ユリちゃん」


 本当に優しい部下達だ。


「「魔法を切らしたくないので(からな)」」


 レオンはいつしか、眼からも汗を流していた。

 何故だろうか。部下達の視線に当てられると、背筋が冷たくなってしまう。

 まるで言葉の裏に、隠された感情があるような。


「良〜し、行くか〜…」


 しかし深く考える頭も、余力も既にレオンには残されていない。

 そして暫くして──


「あ、遺跡が見えた!」


 薄紫に染まりかけた空の下、目的地が見えた。

 一行は速度を上げ、土作りの遺跡へと辿り着く。


「着いた〜!」


「ふぅ…」


 まだ先は長い。

 翌日に向けて疲れを取るため、ユリが夕食調理に取り掛かり、レオンと知影がテントを張っていく。

 旅慣れていたレオンは兎も角、知影の手際が見事であった。

 瞬く間にテントが張られ、ようやく休息となった時──


「…ぐはっ」


 レオンは遂に倒れるのだった。


* * *


 ──そして今に至るという訳だ。

 現在はユリが夕食を作り知影が周囲を警戒している。レオンの魔法の効力は既に消えていて夜風が冷たいが、厚着をすれば凌げない寒さではなかった。

 だから知影もユリも、温かいスープと併せて我慢することにして、夜の間はレオンを休ませようという結論に至っていた。

 つまりは日が昇れば再び魔法を使わされるということ。

 酷使される隊長が、哀れでしかない。


「…うむ。出来たぞ!」


「お〜? 待ってました!」


 そんなことは露知らず。

 いや、そこまで考えられる程の余力が無いだけなのだが。レオンは文字通り飛び起きた。

 疲労に塗れた面持ちに、食事に対する歓喜が宿っていた。


「知影殿も温かい内に飲むと良い」


「うん!!」


 ユリから手渡されたスープを、まずは一口。

 動物の乾燥肉を生姜ベースの出汁で煮込んだ、簡易スープだ。

 飲めば飲む程に身体の芯から温まり、とても美味だった。


「美味いな〜…これ何の肉だ?」


 早速飲み干すレオン。

 ユリに見せるようにして向けた皿は、空になっていた。


「鳥の肉だ。城を出る際に少し食材を貰ったので、それを使わせてもらった。…が、それ以外の材料は秘密だ」


 簡易的なスープだが、出来る限りの工夫はしていた。

 東大陸への出入口となる港町まで、まだ距離はあるのだ。

 食材の節約と、料理のクオリティーは極力両立しなければならない。

 簡易とは手抜きではなく、簡易に落とし込むまでの努力を費やすことなのだった。


「美味しい…でも、弓弦には及ばないかな…?」


 だから、何気無い知影の一言が大きく聞こえた。


「ほぅ…面白い」


 得意気にレオンへとスープを渡したユリの瞳が、光る。

 知影の味覚は、考えなくても弓弦に支配されているようなものだろう。そもそも土俵が違うともいえる。

 しかしそれを抜きにしても、「及ばない」という一言がユリの闘争心に火を付けた。

 己の料理の腕に自身を持つユリ。だからこそ、簡単に火が付いてしまった。 


「橘殿の方が美味しい…か。ならば、今度彼と勝負でもすることにしよう」


 弓弦には、負けられない。

 闘争心と同時に、女のプライドが燃えていた。

 それはもう、三人が囲んでいる焚き火よりもメラメラとしていた。

 

「審査員は…そうだな、隊長殿、お願いする」


「ん~? 俺は美味いものが食えるんだったら良いぞ〜」


「絶対に弓弦が勝つよ!」


「ふっ。どうだろうな」


 その後スープは綺麗に平らげられた。

 満足そうにレオンはテントの中に入って行き、程無くして大きめの寝息を立てる。


「じゃあユリちゃん後の見張りよろしくね。…絶対に弓弦は負けないからね?」


 料理の片付けを見計らい、知影が警戒体勢を解いた。

 調理器具をしまったユリが、代わりとばかりに狙撃銃を手にし、肩に担ぐ。

 交代時間だ。

 以降数時間は、ユリが周囲の警戒に務めることとなる。


「お疲れ様。…兎に角今は身体を休ませてくれ」


 ユリは労いの言葉と共に、知影の背を押した。

 知影は、三人の中で一番旅慣れしていない。平気なように装っているが、激しく消耗しているのがユリには分かっていた。

 こういう時には、少しでも多くの休息を取ってもらわなければ困ってしまう。

 料理勝負の話を喉元で堪え、あくまで旅の経験者としての言葉を口にした。


「…分かった」


 知影は不満気だった。

 だが、眠気が勝ったようだ。欠伸をすると共にテントの中(当然レオンとは別)に入って行った。

 ユリは、静かに耳を澄ました。

 知影のテントからも、程無くして寝息が聞こえてくる。


「…寝た、か」


 二人の休息を確認し、焚き火を気した。

 そして周囲も確認する。

 どこか警戒に適した場所はないだろうか。巡らした視線を、一点で止める。


「ふむ」


 ユリは遺跡前の石段で腰を下ろした。

 数段昇った分高さを稼げたので、二つのテントやその周辺が、薄暗闇の中でもハッキリと見えた。


「思ったより…視界が明るいな」


 焚き火を消したというのに、視野は確保出来ている。

 何故かと思って空を仰げば、眩い二つの月と、星々が輝いていた。


「…敵も…居ない」


 まだ交代時間までは遠い。

 近くに魔物の気配も無いし、聞こえるのは風の音ぐらいか。


「どうしたものか…。む…?」


 暫くは安全だろう。

 だからといって眠る訳にはいかないので、暇潰しをすることに。

 何か無いかと探すと、空より注がれる天然の証明に、眼を奪われた。

 星と星が幾つも側で輝く様子は、まるで星の河。

 河を形作る星を数えるのは、さぞや大変で──時間を必要とするだろう。


「…あれは何と言う、星や月なのだろうな……」


 星の数を数えながら、ユリは時を過ごすことにした。


* * *


 ──???


 ──その神殿はかつての古代都市の名残だと現代に伝えられている。

 伝えられてはいるが、知る者は少ない。精々、「神殿」や「遺跡」という認識が関の山か。

 だが確かにそこは、名残──残骸でしかないが、現在では使われなくなって久しい造形の文字列が壁に記されている。

 文字列が示すのは、その少し上に描かれている壁画の説明──遥か古の時代に起こった出来事について記されていた。

 今となっては、何の出来事であるのかを読み解ける存在は居ない。例え歴史について造詣が深い者であっても、当時栄華を極めた文明の象徴的な建造物としか理解出来ない。

 歴史とは、そういうもの。

 少しずつ、少しずつ、時の流れに流されて風化していく。

 錆び付いていくのだ。


──カツ…。


 神殿。その最深部の祭壇に、降り立つ者が居た。

 濃紺のローブで全身を包んでおり、顔は見えない。

 ローブの途切れ目から、僅かに覗く手は肉が削げ落ちており、まるで骨。

 骨が動いているような奇妙な印象を、見る者によっては与えるだろう。生者とは異なる異様な雰囲気を漂わせていた。


「ヨウヤク…」


 その者が祭壇の中央に手を触れた瞬間、空間が脈動した。

 直後。祭壇を蹂躙するように、幾重にも展開する巨大な魔法陣。

 明滅する魔法陣は、その者の足下に集い──一つとなった。


「クククハハハ……!」


 輝きを増す魔法陣の中心で、その者は嗤う。

 両手を広げ、頭上を仰ぎ見た。


「我ガ悲願、成就シセリィッ!」


 人とは思えない程掠れた声でその者が叫ぶと、魔法陣の光が空間の闇を喰らった。

 溢れ出る魔力マナの奔流。圧倒的な魔力マナが、濁流のように荒ぶりながらその者に流れ込んだ。

 眼が眩むような光の中、その者の姿が徐々に変わっていく。まるで再生していくように、骨に肉が付着し始めた。


「く、くくく、くく…」


 魔力マナの衝撃で、その者のローブの帽子が取れた。

 顕になった面立ちは、浅黒い肌の若い男だった。


「く、くくく、くく…力が満ちてくる…! これで…やっとお前を──!」


 歪んだ表情は、歪んだ心の表れか。

 壊れた嗤いを浮かべた男は求めるもの──目的を達成するために必要なモノの名前を脳裏に浮かべる。

 これでやっと行動に移せる。

 長い時を要したが、やっと。

 嗤いには、歓喜も窺えた。


「──オープスト」


 男の呟きは、まるで合図だった。

 次の瞬間──展開していた魔法陣が消滅すると同時に男も消える。

 歴史の流れに取り残された神殿は、濃密な闇の気配と共に、再び静寂に包まれるのだった。











* * *


 徐々に明るくなり始めた空を眺めていた。

 もう、何時間程の時間が経ったのだろうか。

 途中交代を挟むはずが、入口の閉じられたテントからは誰も出て来ず──結果、一人で警戒役を全うすることになってしまった。

 思うことは大いにある。

 横になりたい。そんなことを考えはしたが、胸の奥に秘めたまま時を過ごした。


「む…?」


 そうしていると、身体が揺れた。

 風の所為ではない。腰を降ろしている石段から、揺れを感じていた。


「…地震…か?」


 立ち上がり、周囲を見回した。

 神殿が少し揺れたような気がしたからだが、既に収まっていたために真相は分らず終い。

 本当に揺れたのだろうか。暫く警戒していたが、余震も本震も訪れない。


「(ふむ…気の所為…か)」


 気の所為と考え、再び腰を下ろす。

 何かの前触れかと思い、周辺も警戒してみるが、変化は無い。

 どうやら、何も危険は無さそうだった。

 野宿は危険だ。緊急時も、自らの力で乗り越えなければならないのだから。寝込みを魔物に襲われる危険性もある。

 しかし、長旅をするには避けて通れない道だ。

 安全のために当初はキャラバンに加えてもらう──等と言う案もあったのだが。残念ながら、バザーの時期に南大陸を動くキャラバンは居なかった。

 そもそも売り時に、格好の販売場所を離れることなど商売人としては何が何でも避けたいはずだ。交渉のテーブルすら、設けられなかった。

 だから仕方無く、こうして三人それぞれ交代して夜の警戒を行うことにしたのだが…初日でこの始末だ。


「何故…私が完徹しなければならないのだ…っ」


 それもこれも、この旅の所為だ。

 腹を立てたくもなる。単純に寝不足だ。


「眠いぞ…っ。はぁぁ……」


 思うことがある。  

 このまま無事に、目的を達せられるのだろうか。

 橘殿を探すために東大陸へと向かっている現在。手掛かりは知影殿の不思議なセンサーだけ。

 知影殿が信じられない訳ではないのだが、本当にこの先に彼は居るのだろうか? …私としては今一つ確信が持てない。そして眠い。

 眠い中不幸なことに、東大陸への船が出ている港町までは、このままのペースでも当分時間がかかる。眠い。

 眠い中幸いなのは、途中に目印として遺跡があることか。無論地図上の情報ではあるのだが、どこまで頼りになるのやら。眠いぞ。


「ふむ…眠気覚ましに、遺跡探索でもするべきか」


 眠気と戦う頭が、対抗策を考案する。

 この遺跡…聞くところによると、相当広いのだとか。

 砂漠の地下中を巡る巨大な地下迷宮があって、この遺跡はその入口らしい。

 …あぁ、こわ…くはないが、良い眠気覚ましになりそうだ。なりはするが、うむ。やっぱり遺跡探索等と言うものは遠慮願いたいぞ、うむ。


「む…?」


 今度は身体の中から何かが吸われた…ような感覚がした。

 この感覚は、一体何なのか。

 訳が分からない。しかもそんな感覚のお蔭か、やけに不気味に思えてくる。

 長い時間この場に留まることは危険──な、ような気がした。


「…。確かめてみるか…?」


 他の二人が起きるのを待つのも良い。

 だがそれは個人的に、出来れば避けたいところ。

 見たところ、多少人の手が入っているようだが、だからといって安全とは限らない。

 トラップ、魔物、等々。何があってもおかしくないのが冒険であり、旅なのだ。

 だがそれでも、敢えて調査をするのなら。二人が眼を覚ます前までに調査を終わらせておいた方が、まだ良い。

 一晩警戒にあたったが、特に魔物の襲撃も無かったのだ。日も昇ってきたし、多少この場を離れても問題は無いと思える。

 もし私の好奇心一つで探索しようというのなら、一人で調査に向かうのが筋だ。

 私達の目的は、橘殿の捜索なのだ。本来の目的から外れた行動は、予定を上回る賞網を招く。

 だから、遺跡に入るのは、やめた方が良い。

 だというのに、無性に好奇心を刺激されるのは、何なのか。


「……ゴクリ」


 造りはしっかりしているとは思う。しかし、もし私が入った瞬間に入口が崩れたりでもしたら。それこそ落とし穴に嵌って二人とはぐれ、一人薄暗い地下迷宮を脱出する羽目になったとしたら。


「こわ…いやいや、私は女である前に一人いちにんの武人だ。ならば、二人の安全を確保しなければなるまいな! うむ!」


 自分自身で納得したところで立ち上がり、少し周辺を見回ろうと歩き出す。

 決して遺跡の前に居るのが怖くなったからではない。二人の安全の確保が最優先だ。…そう、安全の確保が。

 

「(こわ…っ、く…ふ、手強い感覚だ…!)」


「ユ〜リ〜ちゃん!!」


 い゛…っ!!


「いやぁぁぁっ!!」


 何故急に背後から声が!?

 怖い…怖いよ…いやっ…誰か!! 橘殿…!


「嫌だ…嫌ぁ…嫌ぁぁあぁぁぁぁっ!?」


「え、ユリちゃん!?」


 急いでテントの中に逃げ込み、被ったのは毛布。

 鳴り響く鼓動に耐えながら、息を潜めてやり過ごそうとする。


「(どうか頼む…っ、お願いだから…見付かりませんように…っ)」


「お〜い…ユリちゃんか〜…?」


 すると別の声が。


「(何…増えた…だとっ!?)」


 謎の声に次いで謎の声。

 危機的状況だ。

 嗚呼、私はこのまま見付かって殺されるのだろうか…?


「(いや、どうせ殺されるのなら…!)」


 せめて、一矢でも報いたい…報わねば!


「…ッ」


 対抗心と決意を胸に、得物の感触を確かめる。

 カチャッ。近接戦闘の手段は、ある。


「(いくぞ…ッ!)」

 

 毛布から飛び出すと同時に近接用の散弾銃を取り出す。

 震える手をもう片方の手で無理矢理支え、構える。

 照準──捉えたッ!


「…覚悟ぉっ!!」


 引鉄を引く。


──カチャ。


 しかし、鳴らない銃声。


「な…ユリちゃん!?」


 弾は発射されなかった。

 悲しいことに。私としたことが、装填するのを忘れていたのだ。


「ふ…」


 このまま私は死ぬのだろうか?

 橘殿にも…もう会えないのかと思うと…不戦敗か。

 無念だ…。


「…橘殿…さらばだ…」


 幽霊よ、襲いたければ襲うが良い。

 もう、覚悟は出来た。

 さらば、リィル。さらば、私の友達よ…。志半ばで果てる私を、どうか許してほしい…。


「「ユリちゃん!!」」


 …。


「お〜い、ユリちゃんしっかりしろ〜!」


「ユリちゃ〜ん、おーい」


 …。そう言えば…何故、私の名前を知られているのだ…?

 心なしか声も、聞き…覚え…が──ッ!!!!!!!!


「な、な、な、な…」


 隊長殿と知影殿…っ!? 驚きのあまり、言葉が上手く出せない。

 私は何と言うことを! ずっと、隠し通してきたと言うのに!!

 …まさか、まさかバレたと言うのか…っ!


「まぁ〜…何だ、ユリちゃん…苦手だったんだな~」


 隊長殿の様子振りは、私にとって絶望を突き付けられたも同然のものだった。

 表情から分かる。バレてしまった。


「…ゆ」


「言葉に出さないでくれ!!」


 すると、知影殿が、


「幽霊…とか」


「あ、あ、あぁ…」


 ガクガクブルブル…。


「知影ちゃん…」


 名前を聞いただけで、身の毛がよだってしまう。

 今の私はきっと、かなり凄味を利かせて知影殿を睨み付けているだろう。


「あ、あはは…すみません。…お詫びと言っては何だけど…はい」


 身体の震えが、収まらない。

 まるで子鹿のようだ。視界に入る自らの手は、分身しているように見える程震えていた。

 恐らく寒がっているかもしれないと取られたのだろう。知影殿によって、背中に一着の上着が掛けられた。


「…何がお詫びだ」


 抗議するが、不思議と心が落ち着いていく。

 鼻を小さく鳴らすと、鼻腔中に落ち着く香りが広がった。


「落ち着くよねぇ、その香り。私も一番好きな香りなんだ」


 取り乱していた心が、優しく包まれているような心地だった。

 何だこの感じは…。羽毛で包まれているような…意識が溶けていくような…。


「…ふぅ」


 不覚にも知影殿の思惑通り、凄く心が落ち着いてしまった。

 嗅げば分かってしまう。これは…橘殿の隊員服だ。

 一体何の柔軟剤を使っているのだろうな…。


「すまぬ二人共…」


「ま~悪いのは全部知影ちゃんだが〜…本人が謝っているから許してやってくれ~」


 促された知影殿は、頭を下げた。


「本当にごめんね。悪気は無かったんだ…ユリちゃん少し顔が強張っていたから緊張を解そうかなって…」


 そう言われたら、怒るものも怒れない。

 もっとも、そもそも怒る気はなかったが。


「私も悪かった…少し取り乱してしまったのでな…」


 私も同じように、頭を下げた。

 先にやってくれたのは向こうだが、私は私で迷惑を掛けてしまったことに変わりはない。だから、頭を下げた。

 出来れば、脅かすような真似は二度としないでほしいものだ、うむ。











「…すまない、隊長殿」


 その後知影殿は「テント畳んできますね」と言い残して外に出て行った。

 私はどうも慌てるあまり、隊長殿のテントに逃げ込んでしまったようなのだ。

 大胆と言うか何と言うか。少々小恥ずかしい。幸いなのは、テント内に隊長殿が居なかったと言うことか。


「お〜」


 隊長殿は、大して気に留めてないとばかりの返事をした。

 気にしないでくれると、こちらとしても嬉しかった。

 そのまま私は、知影殿の手伝いをするために外へと出た。


「んしょ…と、あ…ユリちゃん。反対側持ってくれないかな?」


「うむ、心得た」


 外に出ると、知影殿は既にテントを半分畳み終えていた。

 これが中々見事な手際で、畳んだ後も美しい。ただ適当に小さくしたと言う訳ではない畳み方は、私も見習いたいと思えるものだった。

 ここは一つ、学ばせてもらうとしよう。

 言われるがまま反対側を持ち、共にテントを畳み終えていく。


「良〜し、次!」


 知影殿、今度は隊長殿のテントの方にパタパタと走っていく。


「お〜、もう一つ畳み終わっ…」


「それ!」


 瞬く間に抜けていく釘。

 かなり深く打ち付けたはずが、一瞬で次々と抜けていく。


「お、お〜?」


 あっと言う間に、テントの形は崩れた。


「ユリちゃんまた頼めるかな?」


 知影殿はテントを半分畳み終えると、また私を呼ぶ。

 荷物を出した途端にテントが畳められていく早技には、隊長殿も眼が点になっている。


「じゃ、行こう!!」


 普通なら旅慣れていていない──はずの人物が、一番旅慣れている。

 私と隊長殿が少しショックを受けたのはまた別の話だが、私達も負けてはいられない。

 隊長殿に再び魔法を掛けてもらいながら、こうして私たちは二日目の旅を始めた。


「…死ぬ……っ」


 隊長殿の訴えから耳を塞ぎながら──。

「ふっふっふ…リィル君、僕を侮ったね。まさか自分の関節を外して逃げられるなんて思っていなかっただろう」


「…えぇ。わたくし、侮っていましたわ……」


「ふ…」


「机にパフェを並べた、だけの簡単な罠に引っ掛かるなんてっ」


「いっただだだだだッ!?」


「逃げるなら、もっとちゃんと逃げてくださいまし! どうして宙ぶらりんになっていますのッ!? まだ仕掛けて五分も経っていませんわよ!?」


「僕が吊り下げられているのは、パフェを取ると足に掛かる縄を君が仕掛けていたからだろう?」


「えぇえぇ。わたくしだってこんな容易く引っ掛かるとは思っていませんでしたわよ!? ふっざけんじゃありませんわよッ!!」


「痛い痛いッ! リィル君、僕サンドバッグじゃないんだけどっ!」


「サンドバッグで十分ですわッ あなたなんかッ!」


「いぃぃぃだだだだだだだだッ!? いぃっだッ!?」


「ふんっ、予告ですわ! 『弓弦とフィーナは、突然眼を覚ます。身の毛もよだつ濃密な悪寒は、砂漠の朝によるものではなかった。二人のハイエルフが、彼方を睨み見る。遠方、潮風漂う彼方に満ちるのは、濃密な死の気配。次回──惨劇の港町』…今日一日、博士は宙吊りですわ!」


「そ、そんな…酷いじゃないかっ」


「知りませんわっ、ふんっ」

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