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弓弦、動く

「それでさー。足下を見たら何と、蜜柑の皮が落ちてたの! そりゃ転ぶはずだよね!? もうゴミのポイ捨てとか信じらんないよっ」


 俺と風音が風呂を上がり、506号室に向かうと、既に昼食の用意は済まされていた。

 そして、風音とセティを加えた五人での昼食の時間になった。

 最初の頃こそ、他愛の無い話をしながら食事を楽しんでいた。しかし話題が昼食のことになると、そこで知影の不満が爆発した。何でも、買い物に出掛けている際に様々な不幸に見舞われたのだとか。

 本人としてはすぐに戻って来ようとしていたらしいので、見付かりたくなかった俺達としては嬉しかったんだが、聞く限りでは中々に災難な目にあっていたようだ。


「(蜜柑の皮…ね)」


 思うことは、ある。

 何でまぁ、そう都合良く蜜柑の皮が落ちていたんだろうなぁ。

 取り敢えず言えるのは、転けそうになった知影も悪い。

 条件反射じゃあるまいし、避けることも出来たはず。転びそうになったのは不注意の要因も大きいだろう。


「そんなさ、バナナの皮で滑りましたーみたいな、ギャグじゃないんだよ! 凄く滑ったし、滑り過ぎて宙返りしそうだったし。…結局したんだけどさ」


「したのか」「したのね」「したのですね」


 俺とフィー、風音の言葉が重なる。

 遅れて、「…したんだ」とセティが呟いた。

 転んだ勢いをそのままに、身体を捻って着地す(事無きを得)る。バク転じゃなくて、バク宙な辺りが相変わらずの身体能力だ。現実じゃ中々に難しい技を平然とやってのけれるなんてな。聞きようによっては自慢のようにも聞こえるが、コイツにとっては当たり前のこと。決して自慢ではない。

 そもそも反則並みの身体能力を誇るコイツにとっては、人間業の範疇に収まる技術ぐらい朝飯前だろう。恐らく、一度見たら真似出来てしまうはずだ。

 恐ろしいのは、意識して真似出来るようになる訳でないと言うことだ。自分の視界に入った情報を、殆どビデオのような状態で記憶出来る彼女からしたら、超人技でさえ一見で模倣してしまうだろう。どこぞの世代かって話だ。


「で、蜜柑の皮を捨てたんだよ。商業区行く途中で良かったよ。もし買い物袋提げてたら惨事になっていたかもしれないし」


 蜜柑の皮で滑る…なぁ。ちゃんとゴミ箱に捨てられたのは偉い。


「確かにな…」


 袋からの落下は遠心力でどうにかなるとは思うが、中身はグチャグチャになってしまう。

 どうせ知影のことだから、その時はその時で最善の対処行動を取っていたのだろう。

 具体的にどうすれば良いのかは分からないが、コイツは何かする。何とかする。そんな奴だ。


「ま、でもちゃんと買い物出来たんだから良いじゃないか」


「それお使いレベルの話…。もっと気にしなければいけないこと、あるんじゃないかなぁ。だって惨事寸前だったんだよ? あわや惨劇寸前の惨事」


「…惨事を回避したから、賛辞を送ってほしいと…そう言うことか?」


 褒めてほしいのだろうか。そう思っての発言なのだが、何故か想定していた反応は返ってこなかった。

 それどころか。何故か場が静止したように思える。それは例えるなら、料理の作品の中で、絶品の料理を食べた後に待ち受けているリアクションまでの静けさだろうか。


「…皆、どうしたんだ?」


 謎の不気味さを感じた。空気が固まったような、そんな感じだ。

 何か変なことを言った訳でもないのに、何故なんだ。


「…審議拒否」


「あらあら…うふふ」


 セティと風音から向けられる、少し冷めたような視線。

 止めろ、そんな視線を向けられても全く嬉しくない。


「スベったねー、弓弦」


 知影がニヤニヤと笑っている。

 スベった? いやいや、何の話だか。

 そもそも、スベるようなことなんて言っていない…よな?


「…惨事ではあるかもしれないけど、惨劇とまではいかないように思えるわ」


 …今。俺は、フィーにフォローされたのか。

 惨事…ん? 惨事…。


「(惨事の回避に賛辞を送る…)」


 どうやら何の気無しに寒いギャグを言ってしまっていたらしい。

 何だ。このそこはかとない惨めさは。意図していなかっただけに、思いの外ダメージを受けてしまった。


「(止めろフィーっ、惨めになるっ)」


 視線で言葉を送ってみる。

 フィーは視線に気付いたようで、さり気無く微笑みかけてきた。

 微笑みが語っている。「仕方の無い人ね♡」と。何か悔しい。


「ほらさ、今日小麦粉買って来たじゃん? アレの封がたまたま空いてさ、私に降り注いだら惨事じゃない? それでさ、たまたま水を掛けられでもしたらもう惨劇。白く濁った物質が私の身体を舐め回す…!」


「知影、飯時に馬鹿なことを話すな」


 馬鹿なことを話し始めたからハリセンで叩こうかと思ったが、自粛しておく。

 セティも居ると言うのに、どうしてそうも変な言葉を言えるのか。実に情操教育上よろしくない発言だ。


「だって…こうでも喩えないと、惨劇の説明が出来ないじゃんっ」


「どう説明しても無理だ。諦めろ」


 知影は悔しそうに項垂れた。

 大体例えがおかしいんだ。そんな都合の良い不幸の連鎖があって堪るか。

 それこそ誰かに仕組まれるか、ワザと自分から不幸に塗れるかでもしないと。


「…ねぇフィーナ。三時と言えばおやつの時間。今日は何のお菓子を作るの?」


 食事を進めようとすると、俺の対面に座っているセティがそんなことを訊いていた。

 小麦粉と三時から連想したのだろう。俺が口に出してしまった洒落の延長線上にある考え方だが、違うのはとても微笑ましい考えたであることだ。


「…そうねぇ」


 セティの隣に座るフィーは少し考えているようだ。

 今朝とは違い、菓子の材料は知影に買って来させたために悩みどころだろう。選択肢が色々とあるからだ。

 対面で行われている遣り取りを見ながら箸を進めていると、彼女は片眼を瞑りながら、首を少し傾けて言った。


「秘密よ」


 と言ったものの、まだ決めていないってのが本当のところだろう。

 今日は何を作ってくれるんだろうな。教えられていないと楽しみも増えるってものだ。


「…じゃあ、楽しみにしてる」


 そう言うと、セティは少し気落ちした様子を見せながらも食事に戻った。

 そして、時間が経つにつれて各々の前に並べられた皿から料理が減っていく。

 自分の分を食べ終えると、ふとセティが口を小さく開いたのが見えた。

 気落ちしていた様子のセティだったが、どうやらいつの間にか眠気も覚えていたようだ。

 何とか舟を漕ぐ姿勢を取らないよう頑張っているためか、後少しのご飯が無くならない。


「ごちそうさま〜♪」


「…!」


 知影の声で、セティの犬耳が立った。

 少しの間、敗北を喫していたようだ。残りのご飯を口に運んでお茶を飲むと、セティも手を合わせるのだった。












 食事が終わると、知影が片付けを始めた。

 今日の洗い物当番は知影。ついで言うのなら、夜食も知影の担当だ。何を作るのかは知らないが、基本的に不味いものは作らないので楽しみだ。

 …問題は、基本的じゃない料理を作ろうとした時だが、アイツが調理に立たない限りは判断のしようもない。


「…弓弦様、少し御願いがあるのですが」


 椅子に座ったまま知影の背中を漫然と眺めていると、風音が困惑したように苦笑を浮かべていた。


「どうした?」


「…彼方あちらを」


 示された方を見ると、セティが舟を漕いでいた。

 隣ではフィーが愛おしそうに見詰めている少女はどうやら、眠気に完敗のようだ。


「申し訳無いのですが、セティを部屋まで運んで頂けませんか?」


「それは構わないが…そこのベッドじゃいけないのか?」


 風音は肯定の返事をする。

 彼女の瞳から、強い意思を感じた。

 どうやら、この部屋では寝かせられない理由がある…ような気がする。

 この部屋は、時々騒がしくなることがある。確かに昼寝には適さないかもしれないな。


「…ま、こっちの部屋だと騒がしくなるか…知影が」


 いつも騒がしくなる訳じゃないが、そんな日もある。

 そして騒がしくなる時は、決まって知影が暴走している時だ。


「そうね、知影が」


 フィーが便乗したように知影の名前を出した。

 セティを部屋に連れて行くのは、彼女の頼みであるのかもしれない。

 頼まれなくても運ぶが、二人に頼まれたのなら、尚更運ぶしかない。


「…え、私なの?」


 視界の端で、自らを指差す知影が眼を丸くしていた。


「良し、じゃあさっさと運ぶか」


 そんな知影を尻眼に席を立つと、反対側で揺れる眠り姫に手を伸ばす。

 フィー側の肩に、膝裏はこちら側から、それぞれ手を差し入れる。


「よ…っ。お、軽いな」


 静かに抱え上げた。


「え、私なの」


 十二歳の身体は羽よりも軽い。成長途中の身体は、流石の軽さだ。下手をしたら力余って天井に衝突させてしまいそうな程に。

 …成長途中にしては成長し過ぎな部分もあるが、そこはフィーの妹と言ったところか。顔のパーツもアイツに似ている部分があるし、将来は黒髪の美人になるだろう。

 まぁ今の状況でも、隊員服じゃなくて、日頃の神社の巫女のような服装をしているだけに創作作品の女の子みたいな姿になっているんだが。うん、ロリコンキラーだ。

 そんなロリコン共には残念なお知らせだが、将来は今以上にこの白と赤の巫女服が似合ったりする大人の女性になるのだろう。その時が楽しみだ。


「んじゃ、行くぞ」


「はい。ありがとう御座います」


 風音が開けてくれた扉を通り、通路に出た。

 部屋の離れ際に、「え、私なの?」とまだ言っている知影の声が聞こえたような気がするが、気の所為だろう。

 セティを抱えたまま、風音の隣を歩く。

 程無くしてセティと風音の部屋である502号室に着いた。


「少々御待ち下さいね」


 少しの間を置いて、風音は部屋に入るよう促してきた。

 部屋に入ると、敷かれている布団が視界に入った。

 風音が手早く用意したのだろう。布団を敷いた彼女の姿は、布団の側にあった。


「おお、ありがとな」


 セティの身体を布団の上に横たえて、布団を掛けた。

 俺の手を離れた少女は身動ぎを少しすると、掛けられた布団の上に片手を出して横向きになった。


「御礼を申し上げるのは私の方です。わざわざありがとう御座いました」


 風音は畳の上に指を置いて頭を下げた。

 顔を上げた彼女を見て、思ったことがある。隠そうと努めていたようだが、顔を下げる前と今とで、明らかに異なる点があったためだ。

 そうと分かれば、あまり長居しても迷惑になるだけ。俺は踵を返すと、部屋を出ようと扉に手を掛けた。


「身体をゆっくり休めてくれよ」


「…はい」


 欠伸あくびをしたために瞳を潤ませていた風音は、どこか悔しそうな声で了承してくれた。

 その返事に満足しながら、俺は部屋を後にしようとしてーーー足を止める。

 そう言えば、言っておかないといけないことがあった。


「なぁ風音、今晩…レオンが風呂を貸し切ってほしいそうなんだが…良いか?」


「…隊長様が…ですか? はい、どうぞ」


 レオンとの約束を果たすためーーー「致し方無しの始まり」として、まずは今晩浴槽を貸し切らないといけなかった。

 さして断る理由も無いのだろう。良く分かっていなさそうながらも、風音は了承してくれた。


「すまんな。じゃ」


 今度こそ、俺は部屋を後にした。


「ふぁ…ぁ」


 風音とセティの眠気に当てられたためか、俺まで眠くなってきた。

 この眠気に身を任せるのも良いかもしれないとは思ったが、俺が足を向けたのは別の部屋ーーーレオンの部屋の隣。

 ずっと話したいと思ってはいたが、結局会えず仕舞いだった人の部屋だ。

 折角今は一人なんだし、この機会に訊きたいと思っていたことが訊けると良いんだが。果たして、居るのかどうか。

 …ま、確かめてみないことには分からんか。


「おーい、居るかー?」


 在室を願って、俺は部屋の扉を叩いた。

「…弓弦君が頼まれてくれたとして…大変なのは、知影ちゃん達。彼女達を説得するためにはどうすれば……」




「…ううん、駄目ですわね。どうやっても、弓弦君に業務を任せるのは難しそうですわね。…彼が手伝ってくれると、仕事も捗るとは思うけど…手伝ってもらうための方法が浮かばない以上、無理な話…だとは分かっていますけど…どうしても頼ってしまいたくなるのが困ったものですわね」




「…博士も、本当に必要な時に限って居ない。どうしようもない人ですわ。…さて、予告いきますわよ。『手遅れだと気付くのは、いつも全てが終わってからだった。いつも終わってから気付くからこそ、全てが終わるまで手遅れだと気付くことは出来ない。見送るのは彼女。送り出してしまった背中。暫く振りにあのキャラが、予告役から戻って来たーーー次回、ユリ、見送る』…まぁ。ユリ…本編に出るのは少し振りですわね。…送り出してしまった背中とは…一体?」

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