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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
33/411

それぞれの旅

 周辺全てが一切の暗闇に包まれた中、神ヶ崎知影は一人ぽつんと立ち尽くしていた。

 ここはどこか。それは彼女の無駄に聡明な頭脳をもってしても判別出来ない。

 ただそこに広がっているのは、暗闇。

 何も──否、暗闇の中に、一人だけ。

 一人だけ、彼女以外の人間が居た。


「…弓弦君?」


 彼女の視線の先には彼女の想い人──橘 弓弦が居た。

 笑っているのか泣いているのか分からない複雑な表情を浮かべ、知影を見詰め返している。

 その足下には、何故か一匹の犬が。

 ちょこんとお座りしており、弓弦の顔を生意気にも見上げている。

 そう──何故だか生意気に思えた。


「…待って!!」


 弓弦が不意に背を向け歩き出した。

 何故だか無性に腹が立つ犬を連れて、どこかへと行く。

 それを知影は追い掛けた。懸命に、身体能力の許す限り、全速力で。

 しかし二人の距離が縮まることはなく、寧ろ逆に離れてしまう。

 向こうはどう見ても歩いているのに──。


「弓弦君! 私の声が、聞こえないの!? 何で私を置いていくの!? ねぇ!! 待ってよッ!!」


 弓弦が振り返る。


「(振り返ってくれた!)」


 ──だが。

 振り返った彼を見て様子がおかしいと、彼女は思った。

 振り返った瞬間、弓弦の雰囲気が一変したのだ。


「え…?」


 “それ”は知影がよく知るものとは少し違っていた。

 知影の脳が弾き出す、雰囲気の正体。

 あらゆる感覚から、今自身が抱いているものと照合し──やがて答えを出した。

 喩えるなら、妖精。

 弓弦はどこか、人ならざる雰囲気を纏っていたのだ。


「(どう言うこと…。そんな、弓弦君がまるで妖精さんにでもなったみたいに……)」


「…すまん、さよならだ。知影さん」


「えッ!?」


 告げられたのは、知影にとって死よりも辛い別れの言葉。


「待って! お願い!!」


 必死の懇願。

 しかしそれも空しく、消える彼の背中に言葉は届かなかった。

 後には闇の中、知影が一人取り残されただけだった。


* * *


「ッ!?」


 ──そんな夢を知影は見た。

 身体を起こしてすぐ、自らの内側に意識を集中させる。

 指は人差し指と中指を揃え、額に当てて。

 まるで気でも探るような姿勢で、弓弦の気配を探った。


「…あれ」


 昨日はあんなに近くに感じた弓弦の気配が、殆ど感じられなくなっている。

 夢で見た内容と何かしらの関係があるのかは分からなかったが、弓弦の居場所が変わったのは確かだ。

 夢は予知夢だったのかもしれない。

 無論因果関係は定かでないが、弓弦を探し出す必要がある。

 この世界に来たばかりの頃よりは、彼の存在を感じられるのだ。少し待ち草臥くたびれたのもあるが、取り敢えずは行動したかった。

 気配は探れても、瞬間移動は出来ないのだから。


「…さぁ、まだ見ぬ世界へしゅっぱ──」


「知影殿」


 東から日が昇り始めていた。

 お世話になった城内の人に挨拶をしてから、ユリとレオン宛に置き手紙を残してきた。

 これで思い残すことはない。

 さぁ、支度を整えいざ旅立ちの時。

 片手を振りかざし、意気揚々、気分上々。

 そんな所で、知影は呼び止められた。


「どこへ向かうのだ」


 夜を染め始める朝焼けの光へと、眼を凝らす。

 城門の影に、ユリがもたれていた。

 まるで来るのが分かっていたように、眼を閉じたまま腕組みをしている様子が様になっていた。

 朝日を背負った横顔が、とても凛々しい。

 

「ちょっと…散歩に…?」 


「俺達も同行させてもらうぞ〜?」


 その背後からレオンも現れた。

 

「(な、何これ…雰囲気抜群……)」


 朝日を背負う、二人の人物。

 無理矢理にでも付いて行くつもりなのか、二人共ちゃっかり支度を終えている。

 流石に一人での旅立ちは許してもらえなさそうだ。目論見が外れたので観念して二人の下へ。

 

 視界を眩く照らすバックライトに彩られる二人の、何と頼もしそうなことか。

 知影は少々胸の高鳴りを覚えた。


「単独行動は常に危険が伴う。それに橘殿に早く会いたいという気持ちは私も、隊長殿も一緒だ。…それに」


 ユリは、自らの得物である狙撃銃の他に、もう一つ別の得物を背負っていた。

 背中から別の得物を取り出し、知影の前に差し出した。


「武器を持たないで、これからどうやって旅をするつもりだったのだ?」


 それは、置き手紙の上に残してきた物だった。

 受け取りながら、知影は得物の変化に気付く。


「私の…弓」


 ユリから手渡されたのは、矢筒と先の戦いで壊れてしまったはずの可変式の機械弓(セレイズボウ)だ。

 切れた弓蔓がしっかり結び付けられていた。


「…ッ」


 知影は瞑目し、弓蔓を引き──放した。


──ピィン…!


 耳を澄ましていると、朝風に突き破るかのような澄んだ音がした。

 使える。手応えを感じた知影の表情は、僅かに安堵が滲んでいた。


「(…良かった。露店から武器を盗まずに済みそう) 」


 心中では、とんでもないことを考えていた。


「リィルちゃんお手製の機械弓だから、ユリちゃんが居てくれて助かったな〜。直すのに時間が掛かったが〜…何とか使えそうだな?」


 知影の反応を満足そうに見ながらユリも頷く。


「うむ。知影殿がわざわざ挨拶回りについて出向いてくれて良かった。でなければ間に合わなかったからな」


「あはは…」


 正直、そちらの方向性も考えてはいた。

 人生ちょっとした選択の違いで、大きく結果が変わるものであった。

 知影は弓と矢筒をそれぞれ背中と腰に結び付けた。

 

「ちょっと弓弦君の気配を探ります」


 誤魔化しついでに意識を集中させ、弓弦の意識の残滓を探る。

 自らを中心として、微かな反応も逃すまいと円周上に範囲を広げていく。


「(──あった)」


 捉えた意識の方向。

 朝日を基準に、方角を確認する。


「(…東)」


 幸いにして東西南北の概念は、知影が元々過ごしていた世界と変わらない。

 今居る『カリエンテ』より、東の方角から弓弦の気配を微かに感じた。


「……東大陸には何がありますか?」


「東か~?」


 レオンは記憶を手繰った。

 大陸の情報は、旅をする上で欠かせない情報だ。

 そして何も覚えていないことを思い出し、背負ったリュックから地図を取り出す。


「お〜、成程〜」


 最早見せてくれた方が早い気がしないでもないが、知影とユリはレオンの言葉を待った。


「何でも“わびさび”という独自の文化を持つ変わった国が…」


「(間違い無い!)」


 右も左も分からない状況に置かれた人は、大概僅かな手掛かりを求める傾向にある。

 今の知影達がそうだ。確証も無い知影の感覚に頼っている。

 もし弓弦ならば──少しでも慣れ親しんだ雰囲気に近い場所へと向かうはず。

 その地へと向かえば、知影と合流出来る可能性が高まると考えるのだから。


「あるそうだ…っておい!!」


 気絶する前まで、近くに感じていた弓弦の気配。

 それが今は、東の方角へと移っている。

 ならば彼は現在、東大陸に向かっているのかもしれない。

 レオンの言葉で彼女は確信し、目的地が決まった。


「行きましょう!! 東大陸へ!!」


「お〜!」


「うむ」


 知影、ユリ、レオンは王宮を後にする。

 こうして、世界のどこかに居る弓弦を探す旅が始まったのだ。


「(弓弦君…待っていてね)」


 不思議なあの夢の意味は何だったのか今はまだ分からない。

 しかし進む道の先には、絶対弓弦が居る。

 知影はそう信じていた。


「良い風だぞ、隊長殿」


「お〜し、このまま出発だ〜!」


 朝日を目指し、三人は進む。

 だが一行はこの時、誰も予想していなかったのだ。

 これからの旅が、いかに過酷なものになるかを──。


* * *


 知影達が旅立つ数時間前、フィーナと弓弦もカリエンテの宿から旅立っていた。

 どこまでも広がるような砂漠を歩く以上、灼熱地獄となる日中は避けるべき。そんな判断の下での旅立ちだ。


「フィー、東大陸とやらはここからどれぐらいの距離がある?」


「飛んで歩いて二、三日です。途中海も渡りますよ。一般の旅人場合は船に乗らないといけないので…倍の四、五日は要するでしょうね」


 掌に温もりが触れる。

 細く華奢な指が指の間に入り込み、そっと握られた。


「…何故手を繋いだ」


「さぁ…♪」


 フィーナは上機嫌な鼻歌交じりとなる。

 昨晩の出来事から、こういった形でのスキンシップが増えていた。

 弓弦が言わない限りは側を片時も離れず、邪魔にならない程度で視界の中に居る。

 寝る時は、無理矢理腕枕をさせられたぐらいだ。

 勿論弓弦としても嫌ではなかったのだが──眼の前に安心し切って眠る美女との密着は、中々忍耐力を強いられた。

 圧迫してくるスタイルの良い身体の、何と罪作りなことか。お蔭で弓弦は、若干寝不足気味だ。


「…♪」


 勿論今も、質量の脅威に晒されている。

 何たる約得。しかし、忍耐力がガリガリと削られる。


「(眠いな……)」


 若干寝不足気味な頭を根性で働かせ、弓弦は欠伸あくびを噛み締める。

 若干というのは、何だかんだ結局昨晩に熟睡出来たためである。故に、眠いとは弓弦の個人的な感覚でしかない。

 実際は、熟睡出来ている。美女との同衾どうきんに緊張しない程、彼が鈍い訳ではないのだが、しっかりとした理由がある。

 済し崩し的に知影と姉達と一緒に寝ることの多かった弓弦──の本能は、女性と寝ることに慣れてしまっていたのだ。

 そのため昨晩の熟睡は、高校生男子にあるまじき経験がさせる一種の賜物であった。

 しかし幸か不幸な、本人は気付いていない。

 要約しよう。慣れとは恐ろしいものだ。


「…朝は冷え込むかと思ったが…意外にそうでもないな」


 通りを歩きながら、弓弦は辺りを見回した。

 まだ日も昇らない早朝──か深夜かも定かでない時刻の風は、微かに冷たかった。

 陸地の内の50%が砂漠である南大陸の朝は冷え込むらしいが、聞いた程のものではない。

 昨晩作ったばかりの旅装束を着用し、完全装備で出たは良いものの──これでは少し、拍子抜けしてしまう。


「周辺の空気はかなり冷えていますよ? 恐らく何らかの魔法が発動しているのでしょう。…着ている服のいずれかから魔力マナが発せられているのを感じます」


「ん…これか?」


 布の余りで作った外套を、弓弦は指差した。

 ほんの少しだが、暖かみを感じていたのだ。


「ん〜…恐らく」


 少し思案した後、フィーナは頷く。

 試しに弓弦は、マントを脱いで強烈な寒気が彼を襲った。


「うぉあっ!?」


 急いで着直すと寒気自体はなくなったが、一瞬の内に奪われた熱はしばらく戻りそうになかった。


「寒い…」


 あまりの寒さに思わず愚痴ってしまう。

 自業自得以外の何物でもないが、寒いものは寒い。

 マントを脱いだことを激しく後悔する弓弦であった。


「体感温度の調節魔法ですね。そんなものを付与エンチャントしたつもりはないのですが…」


 風属性魔法の中に、そんな魔法があるのだとフィーナは話す。


「…何か科学反応みたいなことが起きたんじゃないか?」


「だとしたら、魔法反応ですね。科学が何かは知りませんが、不思議と魔法の対局に位置しそうな印象を受けます」


「(言われてみれば…言えてるな)」


 ニュアンスから察したのだろうか。

 その通りな物言いに弓弦が納得すると、


「……」


 腕に柔らかく、温かいものが触れるのを感じた。


「こうすれば寒くないですよね?」


 フィーナだ。彼女が外套の中に入り、帽子を脱いで両手で持つと、寄り添うように身体を預けてきたのが温もりの正体だ。

 確かに暖かい。温もりを感じるが。


「(…参ったな)」


 フィーナの髪から、花のように甘い香りが香る。

 鼻腔を包み込むような、柔らかい香りだ。が、男心には刺激的であった。

 心臓が、僅かに拍動を速めていた。


「こら、人が見ているから…」


 無論それだけではない。

 人通りが少ないとはいえ、全く人が居ない訳ではない『カリエンテ』のバザー通りで、先程から横を通り過ぎて行く人の視線が痛かった。

 見られていることの恥ずかしさが、拍動を後押ししていた。


「な、フィー…」


 あまり人に見せるようなものでもないので、視線を集めていることを口実にフィーナと元の手繋ぎ状態に戻ろうとするが──。


「‘はぁ…はぁ…’」


 赤らめた顔。


「‘ご、ご主人様ぁ…’」


 微かに荒い息。


「‘見られてます…私達、見られてます…っ!’」


 興奮に爛々とした翡翠色の瞳!


「‘ん…っ♪’」


 くすぐったそうによじらされる身体!!


「……」


 ピコピコと交互に動く犬耳ッ!


「…………」


 犬耳ィッ!!

 

「……。それは良かったな」


 結局弓弦は、フィーナを諭すのを諦めることに。

 この状態になったフィーナは何を言ったところで無駄だと分かっていた。

 喜んでいる節さえあるのだ。そのまま放っておくべきだと考えた。


「さぁ、旅の始まりですね」


「あぁ、そうだな」


 二人は街を出た。

 左手の方角遠くに海を臨みながら砂漠を、東へ東へと進む。

 その道すがら──。


「あ、ご主人様! あそこにあるの…遺跡だわ! 知ってる? この砂漠の遺跡、全部地下で繋がってるって話なんですよ?」


「へぇ、そりゃまた…広大な話だなぁ」


「中に入って見ます?」


「ん〜…地下迷宮に興味はあるが、どうにも嫌な予感がするんだよ」


「そうですね…。少なくとも観光気分で入って良い場所ではなさそう……」


 遺跡を発見したり、


「お、見ろフィー。あの蜥蜴とかげは何だ? 羽根付きの」


「あ、『バジリスク』じゃない。こんな普通の場所に居るなんて…人間の討伐隊は何やっているのかしら」


「…まさかとは思うが、石化魔法を使ったりしないよな?」


「そのまさか。絶賛掛けられてますよ。私が途中で相殺しているだけで」


「な…」


 フィーナが“メドゥーサアイズ”で『バジリスク』との睨み合いをしたり、


「見渡す限りの大砂原だな…」


「そんな時は、海を見ましょう。砂に塗れた気分が洗われますよ?」


 二人で砂丘から海を眺めたり、


「お、今跳ねたのは…魚か?」


「『サウスズキ』ですね。塩で焼くと美味しいですよ」


「スズキか…この辺りの海って、水質綺麗だよな?」


「水質? …そうね、水と光の魔力マナが溢れてるし、水自体も透き通ったブルー。…汚くはないと思いますよ」


「となると、刺身にしても美味そうだ。何とかして捕れないか…」


「素敵…。なら、私が風魔法で海水ごと巻き上げます。その間にご主人様は…」


「サッと空を飛んでダイレクトキャッチするさ。包丁は“アカシックボックス”で…お、取り出せるな。後、ピックも…出せると」


「ピック?」


「ま、細く尖った刃物も少し使うんだ。…だが、砂漠だと魚捌く場所に困るな」


「素敵…♪ 刃物と魚は、水魔法で洗いますね。調理台は氷魔法で作ります。その間にご主人様は…」


「(砂漠で捌く…か)…。いや、血抜きをしたい。手早く捌くのはその後だな。後、出来れば皿も頼む」


「命令素敵…っ♪ 勿論よっ。でも血抜き…可哀想ね」


「美味く調理し、美味く食べ、食前食後に感謝を。それが最大限の敬意だ」


「…それもそうですね。では水球を作り出しますので、その中に浮かべておけば良いかと」


 共同作業で食事を作ったりした。

 風によって水揚げされ、素早く確実に神経を締められた『サウスズキ』の刺身は、透き通る程に美しかった。淡白であるが、噛めば噛む程濃厚な旨味と締めたての弾力が美味であった。

 食後は血水をフィーナが光魔法で浄化して海に戻し、骨は火魔法で空へと還した。

 複数の属性を容易く操るフィーナの底知れなさに舌を巻きつつ、弓弦は彼女と共に旅路へと戻った。

 砂漠を楽しみながらの横断は、瞬く間に時の流れを進めていき──日は東から昇り、半円を描いて西へと沈んでいく。


「お、アレ蟻地獄か?」


「はい。『サンドウォーム』が居るのでしょう。近寄らない方が良いですね」


「あぁ。…だが」


「はい。どうやら私達の足下も蟻地獄でしたね」


「なっ!?」


「ふふ…ご主人様のことばかり見ていましたので気付きませんでした」


「おいっ!?」


 途中『バジリスク』以外にも、魔物と呼ばれる存在と遭遇した。


「…相変わらず大きなミミズね。うーん…通常個体の二倍はある大きさ。大人四人分ぐらいかしら。それに繁殖期…。凶暴な時期の個体じゃない。逃してはくれなさそう」


「そうなのか。栄養が欲しくなるお年頃って訳だな。…お、口開いたぞ。のこぎりみたいな歯だな。うわ…綺麗な歯並びしてる。のこぎりの輪だよ。手入れ大変そうだ。…と言うか手入れするのか? お…何か縮んだ。へぇ、バネみたいに縮むんだな」


「ご主人様!? それ捕食態勢です!! そこから離れて!」


「おわッ!?」


 二百年前に悪魔によって創られたと伝えられるが、フィーナ曰く元々存在しているのだとか。

 その内の一体である『サンドウォーム』は、捕食のために跳躍したところをそれ以上の跳躍で避けられ、頭上から剣で貫かれた。


──!


「この…ッ!」


 衝撃にのた打ち回る『サンドウォーム』。

 貫通出来たかと思っていたが、手応えに突き抜けた感覚が伝わってこない。


「フィー! 剣の長さが足りない! 何とか出来ないか!」


『光の剣よ!』


 フィーナの声と共に、感覚が変わる。

 魔物がさらなる悲鳴を上げ、抵抗も強くなる。


「(いける──ッ!)」


 剣の柄を両手で強く、握り締める。


たおれろぉぉぉぉぉッッ!!」


 弓弦は突き立てた刃そのままに、魔物の背を駆け抜けた。

 刃も駆け抜け、着地と同時に魔物の体躯が縦に裂ける。


「…良し」


 重い音を立てて斃れた魔物は、もう動かなかった。

 フィーナの魔法の正体を確認するべく剣を掲げると、切先から光の刃が伸びていた。


「“ライトソード”と言う魔法です。光の刃を作り出す魔法なの」


「へぇ…成程な」


 光の刃で、刃の全長を伸ばしたのだ。


「そんな芸当も出来るんだなぁ」

 

 魔法が解除された剣から体液を振り払うと、鞘へと戻す。


「ご主人様も、もう使えると思いますよ」


「ふっ…俺もとうとうライトセイバー使いに…」


「ふふ、“ライトソード”ですよ?」

 

 この後も、様々な魔物と何度か戦闘を行った。

 しかし二人の敵ではなく、無傷で勝利を収め続けていった。


「日が暮れてきたな…」


「そうですね…歩き詰めですし、休憩しましょうか」


「そうだな。…丁度、向こうの方に泉がありそうだ」


 やがて二人は、日が暮れ掛けた頃に見付けた水辺オアシスを休息場所にすることに。

 弓弦が“アカシックボックス”で取り出したテントを中心として、フィーナが周囲に防護陣バリアを張る。


「お休み」


「はい、お休みなさい」


 テントの中で、二人寄り添って。

 砂漠の夜を過ごすのだった。

「…しっかし、何も起こらないものだねぇ」


わたくしはいつも怒らされていますけど」


「何だいリィル君、まるで人の所為みたいに。カルシウム足りてないんじゃない? 牛乳飲んだ?」


「……」


「別に牛乳飲んだところで君の無い胸は膨らまないけどぼぐぅッ!?」


「ブチ殺しましたわよ」


「過去形ッ!? と言うか僕の右腕が関節可動域をリミットブレイクしているんだけどっ」


「私の怒りバロメーターがファイナルヘブンしているからですわ」


「…ごめん、ちょっと分かんないぎゃぁっ!?」


「雑魚らしい惨めな叫び声ですわね〜」


「…いや、関節決められたら誰だって痛いからねっ!?」


「そりゃあもう、分かっていますわよ? ですけど、あんまり博士がわたくしを怒らせるものですから…」


「僕が悪いみたいな言い方して、困るなぁ」


「…ワザとわたくしを怒らせて、何が狙いですの」


「別に深い意味は無いよ? 単なる…そう、尺稼ぎさ」


「身も蓋も無い理由ですわね」


「そう、僕は尺のためなら自分の身体をも犠牲に出来るのさ!」


「じゃあ犠牲になってくださいまし!」


「しかし、セイシュウには当たらなかった!」


「…自分で言っていて、虚しくなりませんの?」


「…痛い…。関節痛い……」


「馬鹿なことは止めて、そろそろ真面目に業務をやってくださいまし」


「く…関節を人質に取るなんて、卑怯な…!」


「卑怯も何も、ありせんわ。さて、ここで予告ですわ。『南国の砂漠の暑さが、湿気が、共に凄まじい密度で知影達に襲い掛かる。変わらぬ景色と揺らめく陽炎の中で、一行は徐々に疲労を溜めていく。しかし行かねばならない。まだ見えぬ「彼」の背中を求め、ただただ先を急ぐ。たった一人の犠牲を伴いながら──次回、熱砂を踏み締めて』…さ、業務に戻ってくださいまし…って居ないッ!?」




「…人が説明に気を取られている隙に、関節を外して逃げるなんて…。してやられましたわ」

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