ディオ、燃える
ーーーcogratulation!
握った剣で切り開く、いつも通りの光景。
繰り広げれられる光景は現実のものではなくて、仮想の光景。だけど仮想の中に佇む僕にとっては、正に全てが現実そのもの。傷を負ったら痛みを感じるし、傷を負わせたら手応えを感じる。それらは、この仮想空間を用いた戦闘訓練を、現実のものとして錯覚させるために感じるもの。全ては隊員を強化するための経験値積ませなのだから、現実に限り無く近くなければならない。
ーーーnext!
仮想の草原を光の粒が埋め尽くす。
次の瞬間には、辺り一面に木々が生い茂っている。
森ステージだ。草原と違い見晴らしの良くない分、魔物による死角からの襲撃に備えないといけない。
「やッ!」
辺りを駆け抜け、襲来する魔物を斬り裂いていく。
頭上から降って来たかと思えば足下から飛び出てきたりする。一瞬の油断が命取りになり易い状況だ。
でも、この程度の魔物による突然の襲撃に対応し切れない程、僕は弱くない。素早い魔物には素早い一撃を見舞うか、
『絡め蔦、いけぇっ!!』
魔法で動きを封じる。
どんなに動きが素早くても、この魔法…“チェーンプラント”なら動きを抑えられる。
力のある大型の魔物には効かないけど、『ラピッドラビット』みたいな足が速いだけの魔物には非常に強力な効果を発揮してくれる初級魔法…最近覚えたばかりの新しい魔法だ。初級魔法だから使い勝手も良いし、そこまで魔力を使わない。戦略の幅が広がると思って、実際に広がったんだから習得した価値があった。
「これで止めだ!」
最後の魔物を斬り伏せた。
「終了シマスカ?」の文字が眼の前に表示されると迷わず「Yes」を選択する。すると世界が白く塗り潰されて、僕の良く知っている空間へと変わった。
ーーー戦艦『アークドラグノフ』艦内、VR1
「はぁぁ…疲れたぁ!」
伸びをして、身体を解す。
仮想空間、通称VR。その中で受けた傷は、現実世界に持ち越されることがない代わりに、肉体や精神への疲労として現れてくる。
どんなに強くても傷の一つや二つは負ったりするし、仮想空間内での疲労
は現実にまで持ち越されるのだから、これは当然の疲労だ。
それにこの疲労にはもう一つの理由がある。VR空間ではすぐ頭上に自分の現在の状態が表示されているんだけど、そこの端の方には即帰還とか様々な選択肢が表示されている。その中には外の時間や、現在VRを利用している人物に対する通信内容が文言になって表示されてもいるんだ。
疲労の理由には、今の時間がある。お昼の時間と言うことは昼ご飯の時間なのだからお腹が空く。
さっきからずっとお腹が鳴って仕方が無かったんだ。そろそろご飯にしたい。
「あれ?」
部屋を出ようとしたところで、眼の前を弓弦が通り過ぎて行った。
何だか満足そうな顔をしているけど、何かあったんだろうか。
…と、こうしちゃいられない! 弓弦とご飯食べる約束していたんだった!
丁度良いや! 弓弦と昼ご飯を食べよう!
「弓弦!」
部屋を飛び出して弓弦を追う。
声が聞こえていたのか、彼はすぐに僕に気付いてくれた。
「ディオか。どうしたんだ?」
「お腹空いてない? 一緒にご飯行こうよ」
「ん、そうか。昼飯の時間か…良いぞ」
弓弦は「約束してたしな」と、即答に近い形で答えてくれた。
「丁度腹が減っていたんだ。良いタイミングだったな、ディオ」
「それは良かった。僕もペコペコなんだ」
二人並んで食堂へ。
ーーーぐぅぅ。
その道中のこと。本当にお腹が減っていたみたいで、弓弦の方からお腹の音が聞こえた。
「弓弦のお腹の虫が騒いでいるのを聞くって初めてかも」…そんなことを思っていると。
「いやっ、俺じゃないからなっ」
勝手に弁明が始まった。
別に声に出して弄った訳でもないのに勝手に弁明するものだから、思わずマジマジと弓弦の顔を見てしまう。
「…どうしてそんな眼で見詰めるんだ」
すると弓弦は歩幅を広めて先を急ぎ始めた。
これが凄い速さで。上の階に上がる階段なんか、僕が昇り始めるより速く上がり切ってしまった。
「遅いぞディオ!」
「弓弦が速いんだよ…」
お腹が鳴ること、そんなに恥ずかしいことかな。
別に僕に聞かれることなんて、どうってことないと思うんだけど。女の子に聞かれているんじゃあるまいし。
あまり待たせる訳にもいかないから急いで階段を昇ってみたんだけど、一度に駆け上がったものだからかなり疲れてしまった。
「はぁっ…ふぅっ…」
ようやく昇り切った頃には、もう息切れが酷くて何も喋れなかった。
別にこの艦の階段が急な訳じゃないんだけど、VRでの疲れが一気に襲ってきた感覚だった。
「おいおい…運動足りてないんじゃないか? 出会った頃のセイシュウみたいなことになっているが」
「逆…だよ、逆」
息を整えて反論する。
今は兎も角、弓弦が来たばかりの頃の博士なんて本当に酷い運動不足だったんだから。…リィルさんに負けて以来鍛え直した結果、僕が以前瞬殺されてしまったんだけど。
「さっきまでの訓練で身体を動かし続けていたからだよ」
「朝から訓練していたのか?」
「勿論さ。日頃の訓練が実戦では物を言うからね」
僕は中尉だから、自分だけで行ける実戦は『Kランク』の任務だけ。
『Kランク』の任務は物足りないし…かと言って、昇進試験がある訳でもないし。一番効率良く自分を鍛えることが出来る訓練以外では、時間を持て余しているのが現状だ。
「実戦…なぁ」
「弓弦は良いよねぇ。いつでも、異世界に行けるんだからさ」
「んん…そんなことを言われてもなぁ」
「一気に少将にまで上り詰めて。それに比べて僕なんか、未だ中尉だよ…」
賑やかな食堂へと着いた。
僕達は思い思いの注文を済ませて椅子に座る。
「どう考えても偶然が重なっただけだろ? あんなピンチだらけの連続…俺は全力で願い下げだったんだからな?」
「平和が一番だ」。弓弦はそう言うと、頬杖を突いた。
そのピンチだらけの連続で、弓弦は強くなった。だったら僕だって、何度も逆境に立たされたら少しは成長出来ると思うんだけど。
「『オペレーションデッドキャンセラー』以来この艦は平和そのもの…それは良いんだけどさ。こう、イベントが何も無いと…退屈なんだよねぇ」
「ふぅん…まぁ、レオンを救出して以来アラートも鳴っていないしな。イベントと言うイベントはないだろうが…。平和で良いじゃないか」
料理が運ばれて来た。
弓弦が食べ始めたものだから、僕もすぐに食べ始めたけど、出てきた疑問に食べる手が止まってしまう。
「平和なのは良いけど、平和過ぎない?」
「? どう言うことだ?」
「例えば最近『陰』の襲撃がないのは、実は誰かが艦に近付くより先に倒しちゃっているから…とか」
「…作られた平和…か」
「そうそう。実はこの平和は、誰かの策略によるもの~…だったりして」
「…策略…なぁ」
食べるのを止めた弓弦は染み染みと呟いた。
「だとして。その策略とやらは俺達に、どんな災いをもたらすんだろうな」
それを訊かれても分からないけど。
「気付いた時には既に取り返しの付かなくなっているような災い…とか」
「おいおい、物騒だな」
冗談めかして笑うと、弓弦は食事を再開した。
どうやらまともに受け取ってもらえなかったようだ。…そりゃ確かに、こんな話をしておいてまともに受け取れだなんて無茶ではあるけど。
「…だとしたらそれはきっと、さも恐ろしい災いなんだろうなぁ」
「…まともに聞いてないだろ」
「いや、聞いてるさ。少なくとも、今そんなことを考えても無駄だって答えも返してやれる」
そりゃ、想像の話でしかないけど。
「でもそう言うのって、普段から考えておくからこそ意味があることなんじゃない?」
「時間の無駄だって。先のことばかり考えて、今のことを考えないでどうするんだ」
「…うぐ」
言われてみるとその通りだった。
「そりゃな? 先のことを考えた上で何かしらの備えをしておくのは良いことだと思う。だが、それによって今と言う時間を疎かにしているようじゃら、結局のところ時間の無駄だと思う。両立してナンボ…ってヤツだ」
「…弓弦が言うと、重みがあるよね」
「…そうか? 重みも何も無いと思うんだが」
「いーやあるね。色ーんな女性との関係を両立させているんだから」
「ぐ」
「本当羨ましいなぁ。取っ替え引っ替え」
「ばっ、そんなことはしてないからなっ!?」
焦ったように声を上げる弓弦に数人分の視線が集まった。
弓弦は咳払いを一つすると、物凄く鋭い抗議の視線を向けてきた。
「ぷ…冗談だよ」
勿論、僕の中で半分は本気だ。
女性を侍らせて遊び三昧している弓弦のことは、本当に羨ましいと思っている。
皆、素敵な人達なのにどうして弓弦の下に集まっているんだろう。と言うか、女性って男のどこに惹かれるんだろうなぁ。
弓弦の視線を真っ向から受け止めつつ、考えてみる。
パッと浮かぶ答えは、優しさとちょい悪だった。どうして浮かんだのかは、思い付きのため謎だ。
優しさとちょい悪か…。弓弦はこのどちらも備えているよね。だからモテるのかな。
…試してみよう。
「でも羨ましいのは事実だよ」
自分の分のご飯を食べて、さり気無く箸の掴み具合を確かめる。
次に弓弦が話した時。それが…一番の隙ッ!
「端から見るとそうかもーーー」
ここだッ!
「隙ありッ」
伸びる腕、伸ばす箸。
弓弦の不意を突こうとした箸先は、迷わず狙いを…貫くッ!!
「な…ッ!?」
弓弦の反応は遅れた。
狙い違わず弓弦の焼肉を貫通した箸から手応えが伝わる。
これだ。この手応えを待っていた!
「させるか!」
弓弦の動きが加速する。
急に推進力を増したブースターのように。鳥が、大空へと羽ばたくように。彼の箸先が焼肉を照準する。
風を纏うその動きはまるで、二倍速のようだ。僕が突いた一瞬の隙による優位を、圧倒的な速度が強襲する。
「一番最後に楽しもうとしていた一枚ッ! くれてやるかぁッ!!」
周囲から、弓弦の声以外の音が消える。それはまるで、時が止まったかのようだった。
…いや、時が止まっているんじゃない。僕が、僕達が時流の速さを上回っているんだッ!!
静止した世界の中で、弓弦の箸が焼肉に触れた。
このままでは…! 折角勝ち取ろうとしている肉が奪われてしまう!!
「返してもらうぞッ! ディオ!!」
伸びる箸、逃げる肉。
僕は懸命に肉を引き寄せる。
「嫌だね!」
この戦い、この一瞬!
例え君の速さが圧倒的でも!
絶対に負けられない! この戦いはッ!!
「負けられないんだぁぁぁあああッッ!!」
「させるかぁぁぁぁあああッッ!!」
全力で! 全開でッ!! 全霊でッ!!
今こそ僕は! 刹那を超える!!
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおッッ!!」」
一瞬の隙から始まり、刹那の中で起きている戦いはーーー
「はむっ」
僕の、勝利で終わった。
「コイツ…っ」
ジューシーな肉汁、甘さと辛さの調和が取れたタレの香りが口一杯に広がる。
少し冷めているのはご愛嬌。口の中の幸福に僕は大満足だった。
「…俺の肉……」
こちらは愕然としている弓弦。
してやったり…だね。油断しているとそうなるんだよ。
「ごちそうさま♪」
こうして、大満足の昼食が終わった。
いやぁ…出し抜くって、良いね。何か果てしなく無駄に熱い争いをしてしまったように思えるけど、気にしない。
「……」
席を立った頃。弓弦は不機嫌を隠そうともせずに腕を組んでいた。
最後の肉をよっぽど楽しみにしていたみたいだ。視線を向けると、未だに抗議の視線で返してくるのが何とも子どもっぽい。
そんな弓弦の隣に立つ僕の気持ちは、とても晴れ晴れとしていた。
「何か、勝つって素晴らしいね」
「嫌味か、嫌味かそれは」
「嫌味じゃないけど…あまり人を出し抜くって言う経験が無いから、新鮮だ」
ましてや相手が弓弦だもんね。
最近遠い所に弓弦の存在を感じたけど、何だか今はまた近くに感じるようになった。
弓弦は弓弦なんだと改めて分かり、やっぱり素敵な昼を過ごすことが出来たと感じる。
「俺には嫌味にしか聞こえないがな」
「まぁまぁ…」
そんなこんなで食堂の入口まで移動した。
「さて、これからどうするか…」
弓弦はこれから何をするか悩んでいるみたいだ。
訊くと、何でも夕方ぐらいまで時間を潰さないといけないらしい。
「そうなんだ…じゃあ」
一緒に昼ご飯を食べた後はどうしようか悩んでいた。だけど昼ご飯の遣り取りを経て僕の中には、ある強い思いがーーー
「ねぇ弓弦、僕と手合わせしてくれないかな?」
ーーー今の弓弦と、直接剣を交えたい闘争心が生まれていた。
「…ぁぅぁ……兎…さん……」
「…はッ!? しまった、つい寝てしまった…。良い夢だっただけに、中々覚め難くて…くっ、私としたことが。ところで弓弦は……」
「…居ない。居ないだとぉッ!? くっ、いつの間にここを出てしまったのだ!? まさか…私が寝ている間に行ってしまったのか? く…狙撃手が夢に我を忘れ、対象を逃すとは何たる失態。あぁぁぁぁぁ……くっ、何が兎さんだっ、何がっ。くっ…可愛いが反則ではないかっ、くっっっ」
「…いかん、取り乱してしまった。ここは落ち着かねば。すーはー、すーはー…。そして弓弦の写真を…あった。…ふ、やはり弓弦はタキシードも似合うな…? ぬぅ、どこからか残り香が香ってくるような気がするぞ。知影殿だったら、こんな時に匂いを辿ることも出来そうなんだが…私には難しそうだ。それどころか…また眠く…なってきたぞ…ぅぅ」
「…っ、だが寝る訳にはいかんのだ。ここは予告でも言って眠気を飛ばすぞ…うむ! 『食事での戦に勝利を収めたディオは、気力そのままに弓弦と刃を交えた。熾烈な争いが繰り広げられようとした時、弓弦が暫く振りの不幸に見舞われる。そして実戦に燃えていた彼の闘志が、点けてはならない導火線に火を灯す。振り上げられる白刃、舞い上がるディオ、振り被る弓弦。蒼穹はどこまでも果てしなかったーーー次回、ディオ、終わる』…良し、眠気を飛ばすことが出来たぞ」
「…それにしても弓弦…今どこに居るのだ? 同じ場所に居たはずなのに、どうしてこうも擦れ違う…はぁ」