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弓弦、旗艦に帰艦する

 『アークドラグノフ』に帰艦した弓弦と風音は、すぐに別れた。


「それでは早速、作製に取り掛かろうかと思います。弓弦様、御疲れ様です♪」


 そんな言葉と共に風音は、風のように消える。

 弓弦の制止の声にすら耳を傾けない辺り、もう無我夢中といったところか。

 だが困ったことがあり、残された弓弦は頬を掻く。


「…うーん、風音…どうやって作るつもりっすかねぇ」


 弓弦ーーー否、今はオルレアの姿か。

 彼女の疑問はもっともである。何故なら、


「…檜…ボクが持っているんすけど」


 風音は大変大きな忘れ物をしているのだ。

 材料無くして、物が作れるはずもない。すぐに戻って来ると思ったが、ここは一つ届けるべきだろう。

 だがその前に、やることが無い訳ではない。オルレアは眼を閉じ、短く息を整える。


「……」


 意識を研ぎ澄ましていくと、瞼の裏に炎が灯る。

 揺らめく炎の大きさは個性があったが、共通しているのは自分からある程度距離が離れているということ。彼女はハイエルフとしての能力を使い、周囲の魔力(マナ)を探ったのだった。

 誰も居ないと分かった彼女は、すぐさま二つの魔法の詠唱を行った。


『…出でよ不可視の箱』


 一つ目の魔法は、空間属性初級魔法、“アカシックボックス”。

 少女は空中に展開する魔法陣に右手を差し入れると、程無くして腕ごと引き抜く。

 魔法で取り出しのは自分の隊員服と下着(男物)。もしもの時のためにしまっておいた物が、役立ってくれたのだ。


「…誰も…居ないっすね…?」


 少女はもう一度、周囲に人が居ないか確認すると、転送装置の裏側に回る。

 そこは、自分の姿が入口側からは影になって見えない隠れ場所なのだ。


『…主よ、僭越ながら申し上げるがよろしいだろうか?』


 頭の中に響くアスクレピオスの声。

 「何すか?」と結い上げていた髪や、帯の紐を解いたオルレアは続きを促す。


『用心が過ぎるのではないか?』


「用心するに越したことはないっす」


 話している最中、瞬く間に下着姿になると上から着始める。

 弓弦サイズなので、丈も袖もブカブカだが、袖を捲りに捲って手を出す。


『…そんなものだろうか』


『貴様は未だ解せていないのだ。…奴等の危険性がな』


 「そうっすねぇ」と、バアゼルの言葉に同意する。

 特に一名、危険な奴が居るのだ。


「(…近くに居ないっすよね)」


 奴はーーー部屋だ。

 今の内だ。オルレアは丈の長い上着を活かし、股上を際どく隠しつつ下着を着脱する。

 誰も居ないが、いつ誰に見られてもおかしくない場所で着替えをするーーーそれは一種の羞恥プレイだった。


「ぅぅ…っ」


 自分は一体、何をしているんだろう。

 こんな所で自らの下着を脱いで、男物の下着を穿いている。

 男物の下着に至って普通なのだが、この時オルレアの中では様々な迷いが交錯していたのだ。

 中途半端に解けている暗示のため、オルレアとしての人格と弓弦としての人格がもたらす迷いが過ぎり、思わず眼が潤む。

 だがそれよりもなお勝るのが、恐怖心。

 こんな無防備な状態で襲撃を受けてしまえば、もう後はひたすら攻められるしかないのだ。

 先の旅行で風音に背後を取られた時のように、あんな無様を晒すことは避けたい切なる思いが、彼女の迷いを打ち消した。


『…し、真なる幻、其は理を捻じ曲げ我が身を化せん』


 足下に展開する魔法陣。

 『古代ルーン語』で「変身」を意味する文字が並ぶ魔法陣から溢れた光が、少女を包む。

 光はやがて広がり、少女よりも大きな人型を取るまで膨張する。やがて光が収まると、


「…良し」


 そこにはオルレアではなく、弓弦が立っていた。

 頭のてっぺんから爪先にかけるまで、それはもう完全に弓弦だった。

 実に久し振りの弓弦のように思えるが、一日振りの弓弦だ。魔法効果を打ち消す魔法ではなく、敢えて変身の魔法を選んだのは、自分が「弓弦」を覚えているかーーーを確認したかったため。

 良かった。まだ自分は「弓弦」を覚えていたのだ。

 あぁ、何故かとても懐かしい。

 弓弦が感動に浸ろうとしたその直後、


「ーーー!!!!」


 彼は危険を察知した!

 一人の人間が、突如としてこちら側に近付いて来たのだ。

 このタイミングで、あり得ないまでの速度で迫り来る人物を、彼は一人しか知らない。


『…来たか』


『…誰が来たと? …まさ…か…ッ!!』


 階段を降りて来た。

 自分を呼ぶ声に、弓弦は苦笑して腕を広げた。


「ゆっづる〜っ♪」


「(何か…テンション高いな)」


 そこに飛び込んで来る女性。

 紫紺の髪を振り乱すように、自らの胸に顔を擦り寄せる彼女の名を弓弦は呼んだ。


「…知影」


「はぁい♪ あなたの知影でーすぅ♡」


 すりすりすりすりすり。


「あ、あぁ…」


 程良く顔を擦り寄せられるのなら良いのだが、知影のそれはまるでドリルだ。

 何をそんなに機嫌が良いのか分からず、戸惑う弓弦。

 このままにさせておくべきか、いやしかしそうすると一日中ドリルをされることになるかもしれない。どうしたものだろうか。


「(なぁ、どうすれば良いと思う?)」


『我に訊くな』


 バアゼルの返事は冷たいようで、もっともだ。

 自分をかなり好いてくれている子が、自分に会えたのが嬉しいのか顔でドリルしてくる。どうすれば良いのでしょうかーーー知るか、そんなもの。正しくそれだ。

 神をもってしても、神ヶ崎 知影という少女は理解し難いに決まっている。いや、理解することを放棄してしまいそうだ。

 それだけ彼女は不可解な人物なのである。


『…主よすまない、私も…訳が分からなくなってきた……』


 とうとうアスクレピオスも匙を投げるのだった。

 悪魔達にさえ呆れられる様子に、弓弦は少しの間見えるはずもない空を仰いでから視線を落とした。


「…一体どうしたんだ? 随分と機嫌が良いな」


「そりゃ勿論♪ 弓弦が戻って来てくれたからね♪」


 それはまた、可愛らしい理由である。

 やっていることは、そこはかとなくえげつないが。


「暫くはどこにも行かないんでしょ?」


 どこにも行かない訳ではない。

 弓弦はふと、自らの隊員証のことを思い出した。

 色々なことがあって、元々あり得ない程お金があったのだが、あれからそれなりの月日が経っている。

 他の面々ならいざ知らず、二度の転移事故に苛まれ、なおかつ時間跳躍までしている弓弦は、必然的に多くの時間を過ごしていた。

 気が付けば二百飛んでの二十歳。この世界に来てばかりだった時は十七歳だったのが、とても懐かしい。


「…さて、な。だが、今のところ予定は入っていない」


任務ミッション行く?」


「ま…行くには行くだろうな」


 行かなければどうにもお金が心許ない。

 問題は誰と行くかーーーに、なるが。


「私と行こうよ。二人切りでさ♪」


 二人切りか。それもたまには良いかもしれない。


「…あれ? 弓弦から知らない女の子の匂いがする」


「…は?」


 知らない女の子。一体、誰のことなのだろうか。

 風音ーーーであるはずはないので、ロソンの匂いを嗅いだのかもしれない。

 だが、知影は一頻り弓弦の肌の匂いを嗅ぐと首を捻る。


「…うん? 知らない女の子…の匂いなんだけど、弓弦に凄く近い匂い。でも弓弦とずっとベタベタしていたから付いた女の匂いって言うより…は、うん。弓弦の匂いが…女の子の匂いになった…って感じがする。…???」


 どうやら、弓弦に残る「オルレア」の匂いを嗅いでいるらしい。

 何と恐るべき嗅覚であろうか。人並み外れて最早、野生児だ。


「…俺は男だぞ」


 それは、自分を納得させる言葉でもある。

 弓弦は旅行中、色々とやらかしてしまったことに罪悪感があるのだ。

 自分とは一体何なのかーーーそれを、じっくり見詰め直していく時間が必要だと考える程に。


「うん、知ってる。私にとって、弓弦はこの世で一番素敵な男性だから」


 優しく慰めるような知影の言葉。

 心に染み入るような優しさが、言葉に込められているのだろう。


『…響かんな』


 どうやら蝙蝠悪魔には響いていないようだ。

 冷たいようだが、日頃の行いからすれば妥当な受け取り方かもしれない。


「ううん…不思議だけど。ま、良いかな。まさかずっと女の子になってた…なんてことは、ないだろうし」


 ドンピシャである。

 弓弦は笑って誤魔化すが、内心では少々動揺してしまった。


「ん? でもこれって強ち間違いじゃなーーー」


 今度は抱きしめて誤魔化す。

 知影の頭の回転速度は非常に速い。それが、彼女が天才と自称する理由なのだから。

 あらゆる出来事、場所を一つの写真として記憶したり、一つのことから次々と思考を広げていく彼女は、正しくあり得ない少女なのである。


「え…弓弦どうしたのいきなり? そんないきなりぎゅーされたら私もぎゅーするし心の準備しちゃうしと言うかそんな強くぎゅーされたら何か切なくなるしと言うか濡ーーー!」


 だがここで一つ、確かなこと。馬鹿と天才は紙一重という言葉がある。

 彼女は天才であるが、それ故に馬鹿でもあるのだ。

 この時の彼女の頭の中は、こうだ。

 弓弦に強く抱きしめられた。少々強引に抱きしめられた。まるで自分が喋ろうとしたことを妨げるように抱きしめた。

 言葉を途中で妨げる方法といえば、キス。強引に抱きしめられて、キスから繋がることといえば、致すこと。

 そういえばここは戦艦の艦底部。いつ誰が来るかは分からないが、他の場所と比べると人が来ない場所。

 そしてここは暗い。周りの明度は低く、部屋の隅ともなれば眼を凝らさない限りは見えない。つまり、シチュエーション的に良い場所だ。

 でも致すとしてもここの床は鉄製なので当然大なり小なり痛い。自分が乗るとしたら弓弦が、自分が寝るとしたら自分が痛さを感じる。きっとそれ以上に気持ち良くはなるのだろうが。

 だが気持ち良さで誤魔化せる状況であっても、優しい優しい自分だけの王子様のことだ。きっとそんなことは強いない。

 だとしたら、彼はどんな体位で攻めてくれるだろう。やっぱり、立ったままま致すのだろうか。それも、後ろから!? あぁ、だとしたら何と気持ち良そうなーーーいや、絶対に気持ち良い。

 弓弦優しい。でも大胆。声聞こえたらどうするんだろうーーーあ、興奮してきた、ふふふ。と、いったところか。


「きゃっ♡」


 心を覗いていない弓弦にそこまでのことは分からないが、少なくとも彼女が妄想以外を止めることぐらいは分かっていた。

 相手が天才でも、思考パターンさえ把していればどうということはない。それが良く分かる遣り取りだ。


『…主よ、大胆では?』


 天才と馬鹿は紙一重。

 だが悲しきことに。どんな馬鹿もこれに当てはまるのではないーーーということを忘れてはならない。

 アスクレピオスは少々頭が固かった。


『貴様は誤魔化す…と云う事も知らんのか』


『な…誤魔化す!? 主は想われ人を謀っているのか!?』


『…誠に勝る虚偽もあると云う事よ』


『???』


 アスクレピオスは馬鹿ではない。頭が少々固いだけなのである。

 主の行動を大胆としか捉えられない彼の頭には、疑問符が次々と浮かんだ。


「良し。部屋に戻るぞ」


 いつまでもここに居る訳にはいかないため、弓弦は知影を解放した。


「え、ここで挿れてくれないの?」


 知影としては、すっかりその気になっていたというのに拍子抜けもいいところだ。


「…何の話だ」


「え、ここで致す話でしょ」


「何を致すんだ」


「え、何って…ナニだよ」


「…レオンじゃないが、サッパリ分からん。ほら、帰るぞ」


 そしてそのまま、弓弦はその場を後にする。

 まずは風音の下に檜を運び、その後レオンの下で帰艦の報告をしなければならないのだ。

 夜にも用事がある。 まだまだ時間はあるが、意外なところでつまずいてもおかしくない。


「えっ、待ってよ〜!」


 知影が追い掛けて来て、隣に並んだ。

 どうやら付いて来るようだ。


「置いて行くなんて酷いなぁ。部屋でするならするって言ってくれれば良いのに」


「…いや、何をするんだ」


「何って、ナニでしょ?」


 答えになっていない。

 何をする気かは分からない弓弦だが、身の危険は感じる。

 背中に感じる寒気に身を震わせ、弓弦は歩みを速めた。


「…えぇっ!? そこで速歩きするぅっ!?」


 知影がそれに合わせる。

 艦底部を後にした二人は、その足で隊員居住区へと向かった。

 最初の頃こそ速歩きだったのだが、そこは弓弦。商業区、食堂を抜けて居住区に入る頃には彼女の歩幅に合わせていた。


「何だかんだ優しい、弓弦なのでした…ってあれ。部屋に帰らないの?」


 弓弦が足を止めたのは、隊長室。

 途中、自室である506号室を通り過ぎたところで知影が声を上げた。


「まだな。レオンに報告しないといけないだろ?」


「あー、そっか。じゃあ入ろう」


 やっぱり付いて来るらしい。

 わざわざ付いて来るまでもないだろうと思いつつも、弓弦は扉を叩いた。


ーーーお〜う。


「弓弦だ、入るぞ」


ーーーお〜。


 扉を開いて入室する。


「本当に一日で帰って来たな〜。お疲れさんだ〜」


 相変わらず気の抜けた声だ。

 だが弓弦はレオンの姿に思わず、「うぉっ」と声を出してしまう。

 顔を上げたレオンの手元が、しっかりと見える。机の上に積まれている書類の量の、何と少ないことか。

 いつもなら、机を埋め尽くさんばかりの書類が乗っているはずなのに。こんなこと普通ならあり得なかった。

 更に、もっとあり得ないことがある。


「まぁ、お帰りなさいまし♪」


「(リィルの機嫌が、良いーーーッ!?)」


 もう一つの机で書類を纏めているリィルが、随分とご機嫌だ。

 彼女の前に積み上がっている書類の数々はきっと、全てレオンが昨夜から今日にかけて片付けてきたものだろう。

 こちらは、机を埋め尽くしてしまいそうな程の書類がズラ〜リと並んでいた。


「お帰りなさいまし〜まし〜♪」


 しかしこのリィル、本当に機嫌が良いのだろうか、

 声は確かに機嫌が良さそうに聞こえるのだが、どこか空々しい。

 この、巣立った子供との生活を回顧する空きの巣症候群のような印象は、まるで。


「(リィルがーーー壊れているッ!?)」


「‘弓弦、リィルさんまだそんな歳じゃないよ’」


 冷静な知影のツッコミ。

 そう、リィルはまだ十代(?)なのだ。子どもも居ないのに空きの巣症候群にはまだかなり早い。


『莫迦な、正論を用いただとッ!?』


『支配の者よ、馬鹿なことを言っているのは其方だ!』


 アスクレピオスのツッコミも実に冷静だ。

 本当のことを言うだけで悪魔に驚かれてしまう。それもある意味、知影の天才たる理由かもしれない。

 バアゼルの驚きに吹き出しかけたのを堪え、弓弦は咳払いした。


「朝から随分と精が出ているようだがまさか徹夜か?」


「お〜お〜、何を言ってるんだ〜。この程度の量に徹夜する訳ないだろ〜?」


「まぁ…変に貯め込まなければそんなもんか」


 本来、普通に捌く分には問題の無い量しか無い書類を、良くもまぁ貯め込んでいたものである。

 リィルの様子が気にはなるが、まずは業務を手伝う必要性の無い状況に感謝をしなければ。


「(…あの人様々だな)」


 だが弓弦は知っている。

 この状況は、レオンがある人物からの書類存在を恐れているが故に作られたものであると。

 レオンはその人物が怖くて仕方が無いのだ。


「(ハンさんはどうしているだろうな。…それに、アンナも)」


 レオンが恐れている人物であるヨハン・ピースハート。彼は今どうしているのだろうか。

 アンナに関しては、あのレオン冤罪事件から音沙汰が無い。

 心配という訳ではないが、気にはなった。


「これで俺が業務を手伝う必要も無くなったな」


 それは一安心だ。

 別に嫌な訳ではないが、帰ってきて早々に手伝いたい気分ではなかったのだから。

 これで思う存分、静かに過ごすことも出来そうだった。


「また頼むってことはあるだろうけどな〜」


「その時はその時だからな。んじゃ、暫くはゆっくりさせてもらうから」


「ね〜♪」


 知影が腕に絡み付いてくる。

 嬉しそうだ。可愛いと思ってしまうのも普通かもしれない。

 弓弦は、知影に引っ張られるようにして部屋の入口へと連れて行かれる。

 あぁ、きっとこのまま布団の中に引き摺り込まれるのだろうか。布団の中に入りたい気持ちはあるのだが。


「いや、弓弦は待ってくれ〜」


 しかし、どうやらすぐには出来なさそうだ。

 「え?」と、知影が止まる。


「…隊長さん、どうして弓弦を呼び止めたのですか?」


 そして、病み状態が始まった。

 振り返った知影の瞳が据わっている。このまま詰め寄りそうだ。


「男と男の話をするからな〜。悪いが、席を外してくれ〜」


「‘え、何言ってんの’…私だって、男と女の話をしたいんですけど…。明後日じゃ駄目ですか?」


 小さく聞こえた声がとても黒い。

 どうやら明日もまた独り占めしようとしているらしい。弓弦は一瞬だけではあるが遠い眼をした。


「すまんな〜。今日のはどうしても話さないとならんヤツだ〜」


「…わたくしも席を外した方がよろしくて?」


 書類を纏めて束としたリィルにレオンは頷く。


「お〜。すまんな〜」


「分かりましたわ」


 「書類は後で取りに来ますわ」と言い残し、リィルは退室した。


「うう…」


「知影、悪いな」


 レオンが何の話をしようとしているのかは分からない。

 真剣な表情から、真面目な話であることは間違い無いのだがーーー

 弓弦は謝罪の言葉と共に知影の頭を撫でる。

 優しく、愛でるようにそっと。

 見詰めてきた据わった瞳は、瞼が徐に脱力してスッと閉じる。


「…扉の外で待ってるからね」


 弓弦はレオンに視線を遣った。

 レオンは頷く。


「ありがとな」


 そう言うと、知影は弓弦の腕に力一杯抱き付いた。

 力強く、強く、強く。少し痛いぐらいに。

 その強さは、想いだ。彼女の想いの力強さが、抱擁してくる。

 そんなことをされると、想いに応えてやらなければという気持ちに弓弦はなった。


「話が終わって用事済ませたら、昼飯食べに行くか」


「…!」


 知影の顔が上がる。

 「本当? いくぅ!!」と、声に出さなくても分かるような喜びの表情がそこにはあった。


「うんっ」


 弓弦の腕を解放すると、知影はスキップの足取りで退室した。


『何と可憐な……』


 アスクレピオスが感動したようだ。


『…涙する迄の事か』


 対してバアゼルは冷めている。


『私は今感動しているのだ。支配の者よ、それの何が悪いと言うのか』


『悪いとは云っていない。我とて感嘆してはいるのだ』


 きっと知影に対してではない。簡単に感動しているアスクレピオスに対しての感動なのだろう。


「(…涙することではないだろうなぁ)」


 流石に涙するまでことではないので、弓弦はバアゼル側の立場であった。

 昼ご飯に何を食べるか。それを考えながら、彼はレオンの手招きに応じた。

「…弓弦は確か、今日には帰って来るとのことだったな。風音殿と無事に、浴槽の材料を集めることが出来たのだろうか…?」


「おろ、ユリちゃんだ」


「む、レイア殿」


「商業区のベンチに腰掛けてるなんて珍しいね。どうしたの? 何かあった? それとも…ユ~君のこと考えてた?」


「っ。な、何故それをっ」


「ん~。ユリちゃんに限った話じゃないけど、皆意外に顔に出るからね。凄く分かり易いよ」


「…むぅ。そうなのか」


「ユ~君ね、もう戻って来てると思うよ」


「! 何故分かるのだ?」


「ユリちゃんは気付かなかったかもしれないけど、さっきね。知影ちゃんが物凄い勢いで走って行ったから。知影ちゃんが先を急ぐ理由なんて、ユ~君関係以外で無いでしょ?」


「それはそうだな。…では、待っていれば弓弦はこっちに?」


「うん。来ると思うよ」


「そうか…! で、では心の準備をしなければならはいな、うむ」


「…おろ。心の準備?」


「うむ、準備だ」


「…ありゃ、そか。じゃあ私、行くね」


「うむ。少し気が楽になったぞ」


「それは良かった♪ じゃあね♪」


「うむ。…では予告だ! 『レオンは立つ。刃を手に。レオンは立つ。鋒に想いを乗せて。夢を捨て切れない大人は夢を忘れた若者に何を伝えるのかーーー次回、レオン、男の戦い』…い、いかん。緊張してきたぞ…っ」

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